レパンドル王国滅亡記
レパンドルは滅亡したが、不思議と人的被害は少なかったと言う。
その理由は国王ラウナルが事前に避難の準備を進めていたのと、勇者の仲間が助成した為に成せた業でもあったとも言われている。
ただ、一方で敵の狙いが別のところにもあったとも言われており、それで結果として国民の命は助かったともされていた。
もっとも、これらは全てレパンドル側の都合を取り出した場合の事情であり、実際には少なくない被害と犠牲が出ていたのも確かである。
大抵、その犠牲になったのはレパンドルの外から入って来た者達であり、それらを見捨てたからこそ結果的にレパンドルに限って言えば、人的被害は少なく済んだとも言えるだろう。
陥落した国の混乱と無法ぶりは目を覆わんばかりの物であった。
見捨てられた人々の敵は、寧ろ攻め込んで来た連中には無く、つい最近まで隣に居たかも知れない連中にこそあったのだ。
レパンドルと言う国の体制と、その規律を保っていた者達が居なくなった途端、無法者共はこれ幸いにと好き勝手に振る舞い始めたのである。
弱者から略奪し、命すら奪う様な事さえあった。
レパンドルでその後に確認された死体の多くは、下手をしたら攻め込んできた連中の犠牲よりも遥かに多かったかもしれない。
火と煙が上がり、喧騒と建物が崩れる様な騒音の中で、一人の少女が裏路地で母親に縋りつてい泣いていた。
既に声は枯れ果てたのか、ただただ涙を流して体を揺すっている。
そこへ現れたのは救世主でも勇者でもなく、やはり混乱を利用して貪る悪党どもであった。
「へへ、ピーピーうるせえと思ったら、ガキか」
そう言いながらも、数人の男たちは平気で少女の母親と思しき遺体を漁る。
少女は懸命に覆いかぶさったが、当然それらは無視された上に、更には足蹴にされて建物まで転がされた。
「ちっ、何もねえぜ」
「まあ、刺し傷があるからな。 俺たちみたいなのに既に金目のモンはとられたんだろうよ。 クソが」
「・・・おい、あのガキを売れば幾らかにはなるんじゃねえか?」
「おお、そりゃ良い」
「へへ」
怪しい視線を一斉に向けられた少女は慄いた。
少女とは言っても、彼女はともすれば結婚できる様な歳にまで来ていた為、本能以上に危険を察したのだ。
男達からは目をそらさず、何かないかと地面を弄りながら後ずさると、彼女の指先に触れる物が見つかる。
視線を落とすと、そこには短剣が転がっていた。
ゴミと一緒に埋もれていたらしく酷く汚い物だったが、何故か刃先に付いていた何かの血らしき物は鮮やかで、それが余計に少女の目を引いた。
彼女は夢中になって短剣を掴むと、それを握りしめて男達に突き出す。
「おいおい。 お嬢ちゃん、そんな物を振り回すとあぶないぜ?」
男達はからかう様にしゃべると、ジリジリと近づいてくる。
少女は牽制の為に剣をデタラメに振り回すが、そんな攻撃は当然の様にかわされ、一瞬の隙きを付いてケリを食らって派手に地面を擦って転がっていく。
それでも彼女は短剣を離さなかった。
彼女にとっての文字通りの最後の武器。いや、救いだったのかも知れない。
絶望と恐怖の中、少女は自らの喉元に短剣を当てる。
「お、おい、待て!」
男達が慌てて叫ぶが、少女の覚悟は決まっていた。
ただ母親との最後の約束、生きると言う事を破ってしまう事だけが悔しかった。
いや、何もかもが悔しいと瞬間的に色々な事が頭を過る。
貧乏だった、つらい日々だった。その中でも母と暮らせた僅かな幸せ。
それすらも奪い取られ、今尚絶望が襲おうとしている。
もう良い。疲れた。
少女の喉に短剣の切っ先が僅かに食い込み、出血を強いた正にその時だった。
辺りを眩いばかりの光が照らし出す。
その光源は少女の手元にあり、目を閉じてさえもまぶたをつらぬく感覚に彼女は小さい悲鳴を上げて短剣を思わず手放してしまった。
いや、正確には手に何かしら得体のしれない感触と重量を感じたからもである。
うっすら開けた目には、男達でさえも光を避ける様にうずくまっているのが見えた。
そして光は更に強くなり、ついには弾ける様にして膨れ上がった為、少女は更に目を強くつぶる。
恐る恐る少女が目を開けると、そこには何時の間に来たのか、肌の浅黒い一人の少女がふわふわと浮かぶかの様にして、爪先立ちに立っていた。
バランスが取れないとでも言うかの様に、その爪先立ちでフラフラとしている。
燃える様な・・・と言うよりはピンク色に光ると形容してい良いショートカットに、胸と腰のみを覆う布切れと言う半裸に近い姿は、この場所にあって余計に異常な風景を醸し出す。
背丈は先に襲われていた少女よりも更に小さい。
一体、どうやって現れたのか?
その疑問を解こうと思案する暇も無く、無法者たちが動き出した。
「何だったんだ・・・・って、一人増えてるぞ?」
「何だコイツは? って、上玉じゃねえか。 ちょうど良い。 コイツもさらっていこうぜ」
そう言って男の一人が突然現れた方の少女にうかつに手を伸ばした瞬間だった。
手首からやや上がスッパリと切り落とされる。
切られた男は突然過ぎる出来事にしばらく呆然としていた。
恐らく、何をされたのかすら理解が追いつかなかったのだろう。
だが、顔を上げた黒顔の少女の真っ赤な瞳と邪悪な笑みを見た瞬間、その男は痛みよりも本能的な恐怖に慄いて悲鳴を上げた。
その後に男達を待っていたのは一方的な虐殺であった。
最初に男達に襲われた少女は、後から現れたピンク髪の少女の凶行を震えながら見ている事しかできなかった。
自分よりも小さいはずの少女は、遥かに背丈と体重に勝る男達を、その辺に落ちているゴミでも振り回すようにブン回し、食肉でも捌くかの様にして切り裂いて殺していく。
いや、殺すなどと言う生易しい物ではない。
切り刻んで命乞いをさせてから、更に絶命するまで切り割いて殺していくのだ。
その前、ピンク髪の少女は仕切りに男達に何かの質問をしていたのだが、聞いている誰もが意味がわからず、更には答えようがなかった。
しかも、言葉も片言の様に話す為、余計に理解し難かった。
それでも尚、ピンク髪の少女は答えを求めんと余計に荒れ狂う。
虐殺の最中、それを行う少女はずっと邪悪に笑っていた。
まるで、それが張り付いた仮面であるかの様に。
少女が気が付いた時、辺りは何時の間にか静かになっていた。
男達は絶命し、うめき声一つ立てない。既に死んでいるのだろうが、肉片となって転がる姿からは、とても人がそこに居たとは信じられなかった。
一部始終を見ていたはずだったが、少女はある時点から全く覚えていなかった。
何か昔の事を考えていた事だけはハッキリしているのだが、目の前で繰り広げられていた無残な光景はどうやっても思い出せない。
恐らくだが、本能による防衛反応の様な物が作動し、酷い現状から思考を背けたのかも知れない。
気が付くと、危険な存在は目の前に今も存在し、それがゆっくりとこちらを振り向いた。
真っ赤な目がじっと見据え、それによって少女はピクリとも動けなくなった。
逃げても無駄と言う思いがあったのも確かであったし、絶対的な暴力と絶望的とも言える周囲の状況を見て、もはや生きる気力さえ失おうとしていた。
この騒ぎを恐れたせいではないだろうが、既に人々は逃げ出しでもしたのだろう。
微かに聞こえていたはずの喧騒すら聞こえなくなっていた。
恐らく、この王都後に残っているのは少女と得体の知れない目の前のピンク髪の者だけなのかもしれない。
「お前、紛い物。 わたし、本物のマスター殺す。 力貸す。 その間、わたし、お前守る。 それとも協力できないか? 協力できない。 わたし、お前の手足切って連れて行くだけ」
片言の言葉ではあったが、何かしらの協力をしない限り、ピンク髪の少女は自分を殺す、もしくは痛い目に合わす事だけは理解できた為、少女は必死になってうなずきながら言葉を吐き出した。
「う、うん。 き、協力する。 手を貸します」
「では、お前、名前教えろ」
「わ、私はニーニア」
「ニーニア、わたしに名前つける」
「え!? あ、あなたの名前・・・リモン」
少女は、咄嗟に暫くあっていない友人の名前を口にした。
その瞬間、目の前の邪悪な少女から鈍い光が溢れ出る。
いや、光と言うよりは気持ちの悪い波動とも言えるそれに、ニーニアは思わず身震いした。
「ニーニア、仮のマスターよ。 このリモン、お前にしばしの間、我が力を行使することを許す。 だが忘れるな。 これは仮の契約だ。 我の本当の目的、本当のマスター、ハルタを殺すまでのな」
最後の名前にニーニアは聞き覚えがあったが、その時は思い出す事はできなかった。
レパンドルの滅亡はロウバル連合王国よりも、むしろシーゼスの方に大きな動揺を与える事となった。
彼らの主導で始まったと思われていた戦いだけに、レパンドルを落としたのが自分達で無いのが直ぐに分かったからだが、それは同時に予定外の存在が関わってきている可能性もあるとして彼らの焦りは相当な物であったと言う。
真っ先に思い浮かんだのは西側の何れかの勢力の介入であり、最悪、連合が手を結んだと想定すると更に不味い状態になるとも考えたのだ。
結果、シーゼスは今まで以上に活発に動き出し、レパンドルのその先、ユールフィアまでも手中に収める事となった。
もちろん、簡単に事は進んだ訳ではない。
シーゼスが連合王国に直接攻め込めなかった理由は、連合が秘匿している"魔導兵器"にある。
戦力では東側より勝っているともされる西側が、容易に攻め込んでこない最大の理由は魔導兵器を警戒している為であり、それ故に小手先だけで掻き回すと言う回りくどい事をしているくらいなのだ。
魔導兵器が何であるかは、実は良く分かっていない。
一般的に伝わっている物としては、単なる現象のみであり、実際にその姿を見た者は実は連合王国にすら居ないとされている。
気がついたら敵が駆逐されていた。
と言うのが殆どであり、何が起きたかを説明できる者もほぼ居ない。
いや、極一部の人間や国によっては、自らそれを見たことがある、持っている等と公言している場合もあるが、あくまでも自称なので確たる証拠は何も無く、現在においても不明のままと言える。
誰も姿を見た事が無いとされる魔導兵器ではあるが、その力だけは本物であり、かつて攻め込もうとした西側の勢力は一瞬で消滅させられ、そしてシーゼスもその迎撃にあって軍隊を全滅させられかけた事があった。
ただし、この魔導兵器は誰かが操れると言う物では無いらしく、更に言えば発動条件も謎とされている為、必ずしも連合王国の戦力として宛にできる物でもない。
実際、カーロブの魔王が出現した時は、あれ程の被害が出たのに無反応であったし、幾つかのモンスターの襲撃やシーゼスによる侵攻時にも攻撃しなかったと言う例がある。
それについては幾つかの推論がなされてはいる物の、どれも憶測の域を出ていない。
そう言った面も含めて、連合王国に攻め込むのは容易では無いのである。
ただ、そうした一方で魔導兵器が守っていないとされている空白地帯も明らかにされつつあり、シーゼスは長い時間をかけてそれを調べ上げてきたのだ。
そこには自ら犠牲を払った物もあるが、彼の国に間者を送り込んで過去の事例を洗い出し、その上で確定できる情報を地道に吸い上げると言う気の遠くなる様な事をしてきた。
そうした努力からか魔導兵器について一番詳しいのは、実はシーゼスとなっていた可能性も高い。
魔導兵器に関する情報は当然ながらトップシークレット中のトップシークレットであり、連合王国内ですらも情報の交換が行われていなかった。
そうした事は連合のどの国が魔導兵器を持っているかを覆い隠し、ある意味で攻め込み難くしてはいたが、同時に魔導兵器に関する事を正確に把握させ難くもしていたのだ。
正確ではないと言う事はブラフにも使える一方で、連合王国内でも少なくない溝の様な物を生じさせてもいた。
そうした疑心暗鬼の面をシーゼスは利用できたと言えよう。
シーゼスから見れば連合などは、手を取り合う裏で足の引っ張り合いを何時までも続けている気持ちの悪い連中でしかなかった。
古い体制とかつて大王国であったと言う栄光を今でも振りかざし、我が物顔で周囲を自分達のルールに従わせ様とする傲慢な集団であり、新しい時代と体制への移行を阻む悪の権化にして、西側の優れた物を取り入れて他国が成長するのを邪魔する東側にとって最も憎むべき存在。
だからこそシーゼスは連合王国を何としても倒さなければならなかった。
とは言え真正面からぶつかり合えば、負けるのは目に見えているし、魔導兵器と言う地雷は避けなければならない。
故に、狡猾に嫌らしくこれまで立ち回ってきたのだ。
混乱に乗じて領土を拡大し、戦力の拡充にも努めてきた。
そして連合王国が最も嫌い、手を結べば必ず潰すと恫喝する西側とも秘密裏に手を結んだ。
全ては、連合という人類最大の敵を倒す為に。
だが、レパンドルと言う小国が意図せずに滅んだと言う知らせは、その全てを台無しにする恐れがあった。
もし、連合が何かしらの形で元レパンドル国を取り入れてしまった場合、シーゼスは全ての国境が連合王国と接する形となり、今までの様な小競り合い程度では済まなくなるからだ。
予定ではユールフィアを最終防衛ラインとし、そこで稼いだ時間を持って魔導兵器に対抗する術を揃えるつもりであった。
ユールフィアは表立っては西側との取引を否定してはいるが、実際にはジュテの森を抜け道として細々と、そして秘密裏に関係を持っていた。
その証拠は、シーゼスがそのルートを使って実際に勢力として引っ張り込めたのだから間違いない。
そして、ユールフィアの地を手中に収めた今、それは確信へと変わった。
何故なら、今では大手を振ってシーゼスは西側とやり取りができているからだ。
当然、連合の連中だけではなく国内からも激しく反発の声は上がりはしたのだが、急速に力をつけている実感がある今、その声を黙らすのは容易かったし、何よりも連合さえも非難のみで実際に手を出して来ないという事実こそが、現状が正しいと物語っているとも言える。
ただ、一つだけ懸念すべき事が発生しつつもあった。
それは、時折現れる謎の集団である。
西側の戦士や戦力と互角、いや、それ以上の戦闘力を持つ何者かが現れる様になり、順調と思われた西側とのやり取りが少なからず妨害を受けていた。
その謎の集団に関しては全力で調査中ではあるが、現状では確かな事は何一つとして分かっていない。
例の魔導兵器と見る輩も居るが、シーゼスが集めた情報に照らし合わせれば論外である。あれが発動したならば、敵は完全に駆逐されるので、正体不明の敵などと言う情報すら回っては来ないはずなのだ。
では、ユールフィアの残党とも考えられが、連中程度の戦力はたかが知れている為これもないだろう。
何より、その謎の集団は決まってジュデの森へと去るとも言われているので、モンスターが徘徊する死地に飛び込むなどは常識では考えられない。
ならばモンスターかとも疑われはしたが、生き残りの話によれば、連中は明らかにヒューマスとの事だったので、やはりこれも違う。
謎の集団の規模は今のところは小さい為、全体から見れば被害は少ないとも言える。
出現頻度も少ない為、今のところは無視して良い問題とも言えるだろう。
そうシーゼスの関係者は強がってはいたが、ジュデの森と言う物が絡んでいる為か、実際には得体の知れない不安がジワリと彼らの間に広まってはいた。
シーゼスの深部のとある部屋には色々な物が山積みにされている場所がある。時代が付きすぎた扉には資料置き場と書かれてあるが、その文字すらも読めるかどうかと言う程にかすれていた。
中は掃除が行き届いていないのがひと目で分かる様に埃っぽく、ある意味でシーゼスの合理性、矛盾性を孕んだ姿が伺える気がする場所でもあると言える。
恐らくだが、極一部の関係者、それもかなりの権力を持った者以外は顧みる事は想定されていないのだろう。
無造作に置かれた幾つもの資料には非常に価値のある物ばかりだったが、保全と言う意味ではかなりおざなりだったとも言える。
中には、東側に存在する魔導兵器に関して重要な物もあると言われているが、この有様と消えかかった文面を見ると、流石に漁るのは諦める気持ちになる。
後の時代に下れば、この現状が愚かである事は証明されるかも知れないが、今を生きる連中にとっては、ここにある物の価値は限りなく低い。
優秀でもある彼らは、ここにある資料の全てを記憶に止め、極一部の人間に対して正確に口伝できていたからである。
資料置き場などなっては居るが、ここは実際には用済みの記録の一時置き場でしか無い。
そこに黒尽くめの男が仕えている主に許可をもらって立ち入っていた。
埃だらけの部屋は、ある意味で新しい資料を直ぐに見つけられると言う点では利点であったと言える。
黒尽くめの男は、その新しい資料を手にすると、軽くはたいてから読み始めた。
私は今、半年前に起きた、とある小国の滅亡についての調査報告をどうまとめるかで頭を悩ませている。
これは我がユールフィアに限った事ではないのだが、情報網の未発達な国々が多い中では正しい情報と言うのは殆ど伝わらず、しかも時間が経つにつれて有益な物も増えるが、同時に大げさな物まで出てきてどれが本当か分かりづらくなってしまうのだ。
一応、これまでに判明した事を整理しておくと、半年前に隣国レパンドルが滅んでしまった。
ただし、何が原因なのかはハッキリしていない。
むしろ、何時の間にか消えてしまったと言う感じで、正確な事を知っている者は居ないと言っていいだろう。
何しろ、レパンドルの辺境にある村々の住民でさえ、王国が滅んだと言う事実を知らなかった位だからだ。
我々がレパンドル滅亡を知ったのは、彼の国の王都が陥落して恐らく三週間弱くらいであっただろう。それも、シーゼスの発表があって間接的に知る事となったのだ。
更に言うのであれば、シーゼスの発表はレパンドルが勇者擁護で覇権を狙っていると言う何時もの言いがかりであり、特に信用に値する物とはその時は考えていなかった。
少なくとも私はそうだったのだ。
ところが、定期連絡と監視の為に人員を送り込んだところ王都が燃え落ちていたのを発見、ようやく事態を知る事になる。
ロウバル連合王国と協議の末、直さま我がユールフィアと共に調査が開始されたが、戦闘の痕跡を発見はした物の、それ以外の情報を掴む事はできなかった。
その当時の混乱ぶりは酷い物で、特にレパンドルを盾にしようとしていた我がユールフィアの目録は完全に崩れさった為、直様自国が戦場になる可能性に誰もが慄いた物だ。
これらからも分かる通り、最初は誰もがシーゼスの仕業だと思っていた。
しかし、調査を進めていくと違うらしい事が判明する。
確かに国境付近でシーゼスはレパンドルとやり合ったらしいのだが、何れも敗北しており、少なくとも侵攻はしていないらしい。
実は、その事実も実際には後で分かった事であり、当初はそれとは別働隊が動いたとも考えられていた。
だが、調査する程に疑問は大きくなり、今ではシーゼスごときの仕業ではなし得ないと言うのが、現在のおおよその見解である。
その様な見解に至った一つの根拠としては、戦闘の跡が、どう考えても大規模な軍隊による物では無いからだ。
最大に見積もっても数十人程が戦ったと程度であり、侵攻目的であったはずのシーゼスと言う国の方から見たらありえない事だった。
恐らくだが、レパンドルを落とした相手は少数精鋭であり、それと戦ったのも同格の限られた兵士であっただろう。
これでは、まるで決闘である。少なくとも、軍事的な目的で動いたと考えるには無駄が多すぎるし、何より陥落させた首都や領土を放置しておく意味が分からない。
こうした時点で、既にシーゼスがレパンドルを滅ぼした直接的原因では無いと結論付けられている。
無論、多少の関わりやきっかけとなる可能性も残ってはいるが、現状では連中の行動を鑑みても無いと言って良い。
実際、レパンドルが滅んだと言う話が出回る頃になると、シーゼスはめっきり大人しくなってしまった。
まるで、自分たちに目を向けられたく無いかの様にだ。
だとすると、レパンドルを滅ぼしたのは一体、どこの誰なのか?
その事に付いては憶測や推測を重ねる事しかできず、私は報告書の作成に苦しんでいる。
苦しむ理由の一つは、レパンドルに現れたとされる勇者の存在もあるからだ。
勇者。
伝説に語られる強力な戦士は、モンスターよりも優位に魔力を吸い上げる故に、それで人々の尊敬を集めた。
ただし、それも昔の話である。
今では、それに変わる魔法武器の存在やその他の技術等の出現により、勇者なる存在は、力と言う部分だけで見れば絶対ではない。
もっとも彼の者の存在は、為政者達にとっては目障りともなっている。
勇者は民衆の味方と言うのが通例であり、場合によっては国がひっくり返されると言う事態も起きる。
極端な独裁者や狂人が納めている国なら良いかもしれないが、ある程度の安定を持った国でそれをやられてしまっては、たまったものではない。
勇者と言う存在はカリスマ性や力において確かに優秀かもしれないのだが、歴史を振り返ると、必ずしも国を収める良き君主とはならないのだ。
むしろ、迂闊な国主の交代が混乱を招き、場合によってはヒューマス同士の戦争にまで発展する事さえある。
故に、勇者などに頼る国はあってはならないし、時代遅れの存在は簡単に淘汰されるはずなのだ。
その為、レパンドルに現れたと言う勇者に関しても当初は胡散臭い、もしくは苦し紛れの虚言、でっち上げだと考えられる傾向が強かった。
だが、レパンドル王都で調べられた戦闘跡を見ると、かなりの手練が激しく渡り合ったと言う見方しかできない。
レパンドルには、そんな戦力は無いだろうし、襲う側にも、それだけの戦力を投入する根拠をどうして見積もったのかを考えると、恐るべき考えが頭を過ぎってくるのだ。
恐らくだが、レパンドルを襲ったのは強力な魔法使い、もしくはエレメンタリスの可能性が高い・・・・のだが、これも推測の域を出ない。
仮に先に述べた存在であったとして、戦闘跡から導き出せる可能性は2つ。
魔王かハイドエレメンタリスの何れかである。
バウンターと呼ばれる魔装騎士最高位の存在も疑ったが、それにしては魔法攻撃の頻度が高すぎるので除外した。
魔装騎士も魔法は使えるが、対魔法戦において、連中が持つ最大能力を発揮できる以外の方法を選ぶ意味が分からない。
モンスターの襲撃と言う線も出てきたのだが、それにしては襲い方が丁寧と言うか、無駄な戦いをしていない為にこれも違うとされている。
大体、モンスターが襲ってきたのであれば、それらが今も彷徨いて居ないのも可笑しい。
ただ、レパンドルを滅ぼした者が何であれ、ここで問題なのは、それらと戦った存在にある。
レパンドルには数だけで言えば確かに魔装騎士は多く居たが、何れも二流の連中であり、下手をしたら正規に訓練された一般の魔装騎士にさえ及ばない。
それらでは、到底、魔王やハイドエレメンタリスの相手になる訳が無く、そうなると必然的に持ち上がってくるのが例の勇者の存在である。
それも、ただの勇者ではない。
ヴィーダル殺しの勇者。
多くの勇者伝説の中にあって、ただ一つ別格とされる存在。
曰く、万のモンスターを素手だけで屠り、魔王すら一対一で圧倒し、膨大な魔力を自在に操って不可能を可能にする。
これらの噂の真偽は定かではないが、各地に残る資料はハッキリと、強者たる何者かが居たらしい事を示している。
中には否定する説もあるにはあるが、魔王連中が力を弱めたと言う他に説明のつかない事実を説明しきれていない。
そして、今回の勇者騒動とも言える出来事の発端にはヴィーダルの話が先にある。
今更になって、それが無視できない物として持ち上がろうとしていた。
もし、本当にヴィーダル殺しの勇者、或いはそれに相当する実力の持ち主がレパンドルに味方し、ハイドエレメンタリスや魔王と戦闘を行ったとしたら話は色々と違ってくる。
何者かはしらないが、そうした存在が居ると言うだけで、恐らく世界は動乱に走ろうとする可能性があるのだ。
だが、例えそうだとしても、レパンドルの連中はどこへ行ったのか?
勇者は勝ったのか?
負けたとしても、それを打ち倒す程の相手とは誰だ?
私は、その答えが出ずに頭を抱え込むのだ。
「・・・・これが資料?」
読み終わった後、黒尽くめの男は静かに呟いた。
レパンドル攻略作戦に満を持して参加した彼は、既に事が終わっていた跡を見て流石に愕然とした。
その前から予定外な事が発生して居た為、立場上としては非常に不味い事態に陥ってはいたが、彼個人としては楽しみの方が大きかったと言える。
最強クラスと言える部下が撤退しなければならなかったと言う相手、勇者ハルタなる者を抱えるレパンドル。
それを滅ぼす事ができるのは、魔王たる自分だけだと自負していたからだ。
だが、結果として空振ったせいで、彼の不満は隣国たるユールフィアを過剰なまでに滅ぼす事でウサを晴らす事になり、それによって一応の味方でもあるはずのシーゼスにさえ恐れを持たせてしまう。
それでも尚、腑に落ちないと言う気持ちは収まらずにいた。
それ故、こんな埃っぽい部屋にまで来て調査をしようとしたのだが、やはり聞いた以上の事は出てこない。
レパンドルと言う国が滅んだ真相は謎のままだ。
ただし、彼なりに集めた情報によれば、部分的に分かりつつある事もある。
恐らくだが、レパンドルを襲った連中は自分たち以外の西方国の連中だろう。
手際の良さから考えると、消去法で行けばラウナー公国の可能性も高い。
特に、連中が抱えるバロルとか言う組織ならば、今回の件は十分に有り得る。
もっとも、バロルと言うのは単なる情報収集の部隊であり、戦闘部隊としての側面には疑問が持たれてもいる。
ただ、時折発生する謎の暗殺や一部隊の全滅は確実に起こっており、その多くにバロルと言う組織が見え隠れしていると言う事実があった。
噂の出どころは、その一点のみである為、疑問を持つ者も多い。
今の所、連中の事で分かっている事は少数精鋭で目的完遂を最小限で行うと言う事だけであり、それに当てはまると言うだけで名前が出ているだけでもある。
もう一つ理由を当てはめるとするならば、ラウナー公国を治める王は、ある時から自分の痕跡を消しつつあるという事であり、それが重なると言う形でバロルの存在が反射的に持ち出されている側面もある。
何れにしろ、コソコソ動くやり方はラウナー公国のやり口であり、これだけの事を成し遂げられるのも連中しか居ないだろう。
むしろ黒尽くめの男が所属するテロータ帝国は、ラウナー公国のやり口を見て真似ているだけであり、連中から見れば下手と見られている可能性もあった。
だが、今はそれで良い。
良い物は柔軟に取り入れるのが、帝国の長所とも言えるのだから。
「ラ、ラ、ラゲンザ。 ほ、ほ、本国から、つ、つ、使いが、きき、来てる。 い、い、急ぎだそうだ」
「キライス。 俺を本名で呼ぶなと言っているだろう」
「お、お、お前の呼び方には、く、く、苦労する」
「魔王で良いだろ」
「そ、そ、それは、人々が、こ、こ、怖がる」
「ふっ」
手に取った資料を静かに置くと、ラゲンザは口だけで笑った。




