~謎の勢力~ -39. 絶望と希望への出発
焦る俺の心とは裏腹に、拠点となっているらしい王都跡への出発は遅れに遅れた。
その原因も俺にある。
何故か。
俺はまともに歩けなくなっていたからだ。
最初はバッツロギィ達による攻撃の後遺症とも考えたのだが、ユーカの回復を受けても戻らず・・・と言うより、アニーズで確認してもダメージを負っていると言う表記はなかったので、怪我が原因と言う分けでも無いはずなのだ。
そして、その動揺は俺に起こっていたある重要な情報の変化までも見落とさせる事にもなってしまう。
それだけ余裕がなかったのも確かなのだが、見落とした要因の一つにはユーカの行動も関係していた。
俺が芳しくないと見るや、ユーカは無理矢理に口移しで水を飲ませてきたのだ。
お陰で事情を知らない連中からは変な目で見られてしまい、俺自身も恥ずかしくて慌ててしまう。
一応説明はした物の、気まずい空気が解消する事は無かった。
ともかく、俺自身の不調に関しては一向に良くなる気配が無かった為、恐らくは身体的な事が原因では無い様だ。
実際、単純に歩けないだけだと考えていたのだが、ユーカの移動する台に座る事さえ難儀した上に、バランスを取る事さえ容易では無くなっていた。
それ故に周りが相当に心配してアレコレと見てくれたりしたが、一向に原因が分からずに戸惑うと言った感じで出発できなかったのである。
ただ、同じく動けないファーデルが俺を観察していたと思っていたら、ある事を指摘してきた。
「・・・ハルタ殿は、相当な疲労を自身でもそうと知らずに抱え込んでいる様ですな。 ハイドエレメンタリスとの連戦に、アーマルデ・ロイデンの得体が知れないマスター連中と、立て続けに戦ったのですから無理もない。 私にも覚えがあるので、休めば良くなるはずだ」
言われて見れば、と言う感じでマツリカを含む一緒に行動をしていた連中も納得した。
ただし、ユーカを始めとした別行動組はそれぞれ違った反応をする。
ユーカは、俺が危険な目に会っていたらしい事に憤慨し、再びマツリカに小言を言い始めていた。ただ、流石にこればかりは彼女一人のせいでは無い為、ファーデルも入る形で俺も擁護してやる。
一方のセイレアヌ達は、単純に会話の内容に驚いたと言った顔をしていた。
当事者であった俺達はサラッと流したのだが、特にハイドエレメンタリスと連戦したと言う話には信じられないと言う顔をする。
まあ、エレメンタリス相手には、普通に考えるとアーマルデ・ロイデンは勝てないと言う認識があった上に、後からハイドエレメンタリスまで居たと聞かされては、そうなるのも無理はない。
ただ、セイレアヌ達の反応を見るに、フォーメルも詳しい事までは話していないらしい。
でなければ、こんな風にただ驚くと言うだけでは済まなかったはずだ。
砦に居た兵士だけではない。殆どの魔装騎士が死んだのだ。そして、リディの異常な戦闘力の発揮。因みに、ユーカがリディについて少しだけ口にしたが、俺の状態が状態だけに聞くのを止めてくれた。
正直な気持ち、俺も今は話したくない。
そして、セイレアヌ達の口ぶりを聞くに、魔装騎士らは王都を襲った連中にやられたとでも考えている様であり、それで納得している感じがする。
これまでの事を考えるに、当てにしていた勇者と担いだ俺たちを守る為、犠牲になったとは考えてもいない様だ。
それが何か言い難い雰囲気を生み出してもいる。
フォーメルの方をチラッと見ると、ふいっと顔をそむけた感じもして気を使わずにはいられない。
そうした状況で俺自身を顧みてみると、確かに疲労感を強く感じ始めた上に力が足に入らないと言うか、幾ら気張っても力が抜けると言う感じなので確かに連戦の影響なのだろうと納得できなくもない。
よく考えれば、俺自身もある意味で相当な無茶をしていたのだ。
唯でさえ能力の無い奴なのに、上限以上の力を発揮しようとしたので、その反動が来てもおかしくはないだろう。
何せ、レベル1でレベル20幾つやら、百幾つとやりあったのだ。普通ならタダでは済んでいないはずである。
結局、仕方がないと言う事でフォーメルが俺と一緒に台に乗り、支えながら移動すると言う事になって、ようやく森の中をゆっくりと進んでいると言う有様なのだ。
因みに、ユーカはおせっかいを焼きたがったのだが、俺自身が精神的な面でちょっと今は彼女を側に置きたく無かったので遠慮してもらった。
じゃあ根子によるサポートをとはなったのだが、繊細な固定は無理な様で、ぐらんぐらんになるか、ギッチギチにされる為、フォーメルに任せると言う事になったのだ。
精神的な面と言うのは公衆の面前で接吻をしたと言うのもあるが、バッツロギィ達に指摘されたのも引っかかっていたからと言える。
実際、ユーカにキスをされたのを見られて引かれていた感じもしたので、もしかしたらセイレアヌ達も似た様な考えがあるのでは無いかと思い、今は何となく遠ざけたいと言う気持ちになっていた。
正直、俺の中ではユーカ達は家族や娘と言う感情もあるだけに申し訳ないと言う思いもあって複雑さがある反面、別の要因としてやたらとユーカがピリピリしているので、あまり側にいると気疲れする様な気もしたからである。
もっとも、その原因自体、俺がセイレアヌと仲良くしようとしていた事にあったらしいのだが、その時は全く気が付く事はできなかった。
そんなこんなで漸く落ち着いて移動し始めてから周囲を見ると、マツリカやユーカ、そしてアニーやファーデルらもボロボロと言った感じなので、見た目には何とも無い俺が自分の足で歩けないのは実に情けない。
しかし、それ以上に俺の心には強く刺さった何かがあって、本当はその性でおかしくなったのではないかとも思い、改めて自分の弱さに嫌悪感を抱いていた。
ただ、その心情を察した者が一人だけいた。フォーメルだ。
「・・・ハルタ殿は、人を殺すのは初めてだったのですかな。 まあ、今は深く考えない方が良い。 さもなければ自分だけではなく、仲間も失う事になる」
小声で俺にだけ聞こえる様に呟いたフォーメルは、こっちは見ずにただ前を見据えていた。
その目には、彼にも同じ様な責を負っている気がして、少しだけ楽になった様な気がする。
俺を気遣っているせいで行軍は遅く、合流した場所からまだ僅か数百メートルしか進んでいない。
その辺りで、新たな来訪者が俺たちの元に現れた。
と言っても敵ではない。
数名の魔装騎士とアシュレイ、そしてアシュレイに抱えられたルミンだった。
「アシュレイ、どうしたんだ? イユキは、ローナは?」
俺は動けないと言うもどかしさから矢継ぎ早に質問を浴びせたが、無口なアシュレイは静かに目を閉じて小幅に首を振るだけで、明確には答えない。
恐らくだが、彼女にも分からないと言う事なのだろう。
それについては、一緒に来た魔装騎士が補足する。
「御安心くだされ。 勇者殿のお仲間は、こちらで責任を持って預かっております。 ただ、流石に我らも専門外ゆえ、状態に関してはハッキリとした事は言えません。 個人的な見解ではありますが、今のところは静かに眠っているだけの様に見え申した」
その様に返答したのは、少し年配と言った感じの魔装騎士だった。
セイレアヌ達は当然の様に知っている様で名前を呼んでもいたが、不安ごとが大きい俺の耳には入って来ない。
「ルミン、何故来たんだ。 ここは危ないだろ・・・」
「おねちゃんが、たぁおねちゃんが!」
恐らくターナの事を言っているのだろうが、辿々しい上に語彙力に乏しいルミンは上手く伝えたい事を言えないのか、彼女自身ももどかしそうに同じ言葉を繰り返す為、俺も周囲も戸惑うばかりだ。
いや、もしかしたら更に俺は動揺していたのかも知れない。
ターナをある意味で身内として頼っていたルミンには、彼女の能力か、或いは子供特有の感性も相まって何が起きたのかを鋭く察知したとも考えられる。
それは即ち、俺が見ないふりをしていた途切れた魔力糸の先、つまり目を背けていた事実を突きつけられている様な気もしたのだ。
「この子が急に尋常ではない程に騒ぎ出しましてな。 一人で森に出ようとさえする物ですから、陛下の命もあって我々も着いてきたのです・・・ところで、この子は、その・・・・」
「私からも、その子に付いて聞きたい事があります」
後から来た魔装騎士らが言い難そうにしていた後を受けて、代わりにセイレアヌが俺に訪ねてきた。
「この子は、モンスターの肉を食べたのですか?」
「は!?」
質問の意味が分からなくて俺は思わず聞き返したのだが、それに対してセイレアヌは少し溜息を付くと、可能性の話しと言う前置きをしてルミンに関する事を話し始めた。
その間もルミンはターナの名前を呼んではどこかへ行こうとするので、最初はユーカの根によって拘束されていたが、最終的にはアシュレイによって強引に両腕を掴まれて宙に浮かされる形で拘束されてしまう。
ルミンは見た目に反して健脚を持っており、恐らくユーカによって阻止されなければどっかにすっ飛んでいた可能性もある。多分だが、彼女の能力の一つである脚力強化の魔法、ストライルドが関係しているのだろう。
と言っても、魔力量には限界があるのか、或いは不安定と言う表記が関係しているのか、発動したりしなかったりを繰り返してもいるようだった。
「恐らくですが、この子はロンダルと言う村の生き残りの可能性があります。 私も噂には聞いていたのですが、シーゼスには禁断の外法で魔力を得ている連中が居るとされていましたので、その依代にされかかっていたのではないかと。 つまり、モンスターの肉を食べさせられて、魔力を得た物かも知れません」
そこまでハッキリとセイレアヌが喋ると、俺たち以外からはどよめきの様な声が漏れる。
俺自身には、その意味がよく理解できなくてポカンとしていたのだが、その後に説明されたその外法の内容を聞いて怒りを覚えた。
「そんな、人でなしの方法を!!」
ふらつく体で拳を叩き付けてしまった為、俺は台から落っこちそうになるが、それをフォーメルがしっかりと掴まえてくれる。
「そ、そう言えば、この子は色々とおかしい・・・と言うか、体調不良みたいな部分があるんだが、それが関係しているのか?」
俺はアニーズで調べた事を隠す為に言葉を選びながら、セイレアヌに質問してみる。
もしかしたらルミンが不安定と言う状態を、セイレアヌたちなら治せる可能性もあったからだ。
「体調不良? モンスターの肉を食べて生き残れた時点で、魔法に対する毒性の影響は殆ど無いはずなので、それは変ですね・・・或いは、元から体が弱いとか・・・」
セイレアヌも首を傾げた為に、どうやらルミンの状態は特殊なケースの可能性も出てきた。
念の為にアニーズで確認してみたが、やはりルミンに関する表記に変わりはなく、不安定とか何時死んでもおかしくないと言う不穏な表記のままだ。
体が弱いとかの情報も無いので別の原因があるとも思うが、何れにしろセイレアヌ達でも分からないなら、俺にはどうしようもない。
ルミンは相変わらず騒ごうとしていたが、アシュレイが口を塞ぐ格好も取っていた為に、それもできなくなってしまう。
ちょっと可哀想だが、モンスターもうろつくこの森では仕方が無い事でもある。
「ルミン、ターナの事は俺に任せて欲しい。 な? だから、静かにしてくれ」
一応の説得を試みるも、それでも全く無視してルミンは宙に浮いたままで抵抗を続ける。
俺も、ホトホト困り果てていた。
ルミンと言う人間の子供にハルタが手を焼く姿に、マツリカは少し呆れた様に溜息を突いた。
ターナの事を心配しているのは自分だって同じなのだ。
むしろ、その子供が騒ぐ姿は神経を逆なでにする。
許されるなら切り捨てたいと言う気持ちも持ち上がるが、弱い相手を殺すのも気分が悪いだろうと更にマツリカの心を暗いものへとさせた。
と、彼女の感覚がとてつもない殺気を感じ取る。
「全員、散れ! 必殺の斬撃!!」
弾かれる様に反応した者は、流石にユーカだけであった。
周囲の連中がマヌケにもマツリカをただ見ただけなのに対し、ユーカは根を即座に伸ばすと全員を絡め取り、安全圏であろう場所へと引っ張り込む。発端が何であれ、精神的に張り詰めていたのが、ある意味で役に立ったのだ。
直後、上空で爆音にも似た斬撃同士がぶつかり合う音がして、マツリカの方が押し込まれて地面に転がされる。
それでも体制を整えて構えを取ると、上空からゆっくりと赤い炎の様な物を纏った何かが降りてきた。
「・・・・ターナ? それとも、奴らの?」
その姿にマツリカは惑う。
赤髪に見覚えのある顔ではあったが、その髪は短髪だったターナとは違ってかなり長い。
持っている武器も短剣などではなく、刀身の赤いロングソードと言った形状をなしている。それどころか、どこか魔剣を思い起こす様な雰囲気すら漂っていた。
更に胸と腰を覆ってはいるが、それらは布ではなく赤い鎧である事も判断を鈍らせる。
もしかしたら、一度は引いた連中が再度襲いかかってきたのかもとも考えたのだ。
と、そのターナの様な何かはニッコリと愛らしい表情で笑う。
それによってマツリカは直感した。これはターナであると。
しかし、その顔は幼かった少女と言う風貌とは違っており、大人の女性と言う言葉が相応しい容貌に変わっていた。
あの一件があったのだから、何かしらの変化を遂げてもおかしくはない。
何せ、ユーカの様な例もあるし、何体かがそうなる経験もマツリカ自身にも覚えがある。
だがターナのそれは何かが違うと、彼女の頭では激しく警報が鳴り響いてもいた。
するとターナの様な何かは、ゆっくりと周囲を見渡す様にしてハルタを認めると、ゾッとする程に美しい笑顔を漏らす。
「ターナ?」
ハルタの方でもそれに気がついたらしく、思わず名前を呼んでいた。
ターナに似ているそれに、俺も疑わしい目を向ける。
いや、先のアーマルデ・ロイデン戦を考えれば、目の前の存在がターナとは限らない。
実際、この"何か"には俺の魔力糸は繋がっていないのだから、普通に考えれば違うと判断できるのだが、断定できないのは、ターナに似たそれは他に魔力糸が出ていない為、下手をしたらキライスの使っていたスライム型エレメンタリスとも考えられたからだ。
故に似たような別物と言う可能性も十分にありえた物の、俺の中にある直感は激しく否定する。
何というのだろうか、長く付き合って来た故の勘的な物が、ターナであると言う認識も強くしていたのだ。
俺に向けて笑いかけているその表情は、ターナのそれでしかない。
ニッコリと微笑む愛らしい表情は確かに覚えのある物だし、その奥にある俺を見据える感情的な物はエレメンタリスに出せない物ではないだろうか。
だが同時に、そこには邪悪な何かも備わっている。
何より、ターナに似た何かは余りにも美しい姿をしていて、ただ見られているだけだと言うのに、こっちがうっとりしてしまうのだ。
だが、一切合切に結論を付ける者が居た。フォーメルである。
「やはり、邪神化したのか。 くそ、ロズッテ・・・」
苦々しい表情を浮かべて、彼は拳を強く握りしめていた。
こちらを見る事は無かったが、非難じみた空気が俺にも伝わってくる。
「じゃ、邪神化。 そんな分けない! ターナ! 返事をしろ、俺だ。 ハルタだ」
その呼びかけにターナであった何かは静かに目を閉じる。
その顔もやはり美しく、むしろ邪神と形容されるのに違和感を感じる程だ。
と、次の瞬間には歯を向いて邪悪な笑みを浮かべると同時に、素早い動作で剣と言って良い武器を振る。
ユーカによって土台ごと俺たちは回避する事ができたが、今まで居た場所には赤い線が走ったと思った瞬間、地面からはマグマの様な物が吹き出して途端に火と煙を吹き上げた。
「ターナ!」
叫びつつも飛び込んだのはマツリカだったが、その一撃を邪神化したターナは難なく受け止められてしまう。
それどころか、超高速と言って良い動きでいなすと、マツリカの体を泳がせて空いた部分に蹴りを入れて吹き飛ばした。
攻撃を受けたマツリカは直ぐに立ち上がろうとするが、ダメージが通ったのか膝を落として倒れ込んでしまう。
「やめろ、ターナ。 俺たちの事を忘れたのか!?」
「無駄です。 あれが邪神化したアーマルデ・ロイデンなら、誰の言う事も聞きません」
セイレアヌまでもが、ターナの存在を危険視して叫ぶ。
本当にターナは邪神化してしまったのだろか。
憶測でしか語れないのは、アニーズでは明確な情報の取得ができないからだ。
いや、アニーズのボヤケた表示状態を過去の物と照らし合わせて判断するならば、今のターナはミズツノシシオギと同等、もしくは、あのリディから別の物へと変わった女と同じ物と言える。
そして、それが事実であるならば、実力だけは本物で危険な存在と言っても良いだろう。
だとするならば、邪神化と言う表現も間違いではない。
何故、こんな事になってしまうのか。
リディに続いて、今度はターナを失おうとしている。
体が動かないと言うもどかしさもあってか、俺は知らない内に血が出る程に唇を噛んでいた。
「マツリカ、下がりなさい。 アニー、全員を先導して退避して」
「! ユーカ、お前一人で戦える相手じゃない」
ユーカの指示に対して、マツリカが半分涙声混じりで意を唱える。
意見だけは至極マトモだったが、同時に自分も戦える状態では無い事を知っていただけに、マツリカ自身も瞳を震わせる。
ここ最近に起きた事があまりにも辛すぎて、今になって彼女自身の精神を押しつぶし始めていたのだ。
見ているだけの俺にも、その辛さの様な物が伝わってくるが、何もできない。
「おねえちゃん!」
緊張感が高まる中、それを打ち壊す様に叫んだのはルミンだった。
アシュレイが拘束していたはずだが、それすら強引に抜けようとしていた。
いや、なりふり構わないと言うか、自分の体が壊れても良い様な状態で暴れているので、アシュレイも扱いに苦慮すると言う感じで手を付けられない。
そして、余りの大声に邪神化したターナが眉間にシワを寄せて睨んだ。
恐ろしい程の殺気は俺にまで伝わり、明確な敵意を感じる事ができる。
だが、それでもルミンは怯まなかった。
何度もターナに呼びかけて藻掻くと、遂にアシュレイの拘束から逃れてターナへと一直線に走り出す。
「あぶ・・・」
そう思った瞬間だ、邪神化したターナから繰り出された一撃がルミンを襲った。
轟く轟音と舞い上がる土煙。
姿が見えなくなった事で、誰もがルミンの死を覚悟したのだが、奇跡的にも彼女は無事だった。
とっさに回避したのか、或いは狙いが逸れたのか。
何れにしても、安心できる状態ではない。
逸れた斬撃は直ぐにマグマを吹き出し、ルミンの近くで炎を吐いて尚も獲物を求め様としている。
咳き込みながらもルミンは立ち上がると、再びターナの元へと駆け寄る。
ユーカが繰り出した根すらも器用に掻い潜ると、遂に彼女はターナの前へと立った。
「おねちゃん、たあおねちゃん」
涙ぐみながらルミンは両腕を一杯に広げると、まるで抱っこしてくれとでも言わんばかりに近づく。
「やめろ、ルミン! 逃げるんだ。 ユーカ、マツリカ!」
俺は半ば台から落ちそうに成りながらも叫んだ。
ターナが何であれ、ルミンをその手にかけさせる訳には行かない。
もし、そんな事をしてしまえば本当に邪神になってしまったと認めざる得ない。
いや、子供を容赦なく殺してしまった時点で、今のターナは俺たち全員の敵となってしまう。
俺の合図に弾かれる様にしてユーカとマツリカが動いたが、恐ろし程に早く振られたターナの斬撃によってユーカは展開した根を全て薙ぎ払われ、マツリカは再びぶっ飛ばされて木に叩きつけられると遂には沈黙した。
恐ろしい力と能力を彼女は手に入れていた。
そのターナは、今も叫びながら手を広げるルミンに見下す様な目をすると、遂に長剣へと変わった武器を振り上げた。
「たあねえちゃん・・・」
最後の瞬間をルミンも悟ったのか、彼女は祈るようなポーズと共に目を瞑った。
恐ろしい程の風切り音と共に、邪神の武器はルミンへと吸い込まれる様に一直線に振り下ろされて行く。
ルミンには、自分で何がしたいのか、しようとしているのか分からなかった。
ただ、今の自分にとって頼るべき存在に何かあったと言う思いが心に染み出すと、只管に会いたいと言う思いだけが吹き出し、それが彼女の行動の全てを支配する様になっていた。
そして出会えた最愛の存在は、姿が大きく変わってはいたのだが、直ぐにそれと分かったのに向こうは拒絶する様な行動を取ってきたので戸惑ってしまう。
語彙力に乏しい故に言葉では紡ぎ出せなかったが、ルミンは心の中では必死に呟いていた。
(おねえちゃん、ルミンは良い子にしてたよ。 ご飯も一杯食べたよ。 お薬も飲んでたよ。 緑の人たちの言う事もちゃんと聞いていたよ。 もっともっと、良い子にするから、だから、お願いだから)
呟きは届かなかったのか、目の前の姿が変わったターナは武器を振り上げるとルミンを殺すと言う明確な意思を示す。
ああ、自分は要らないのだとルミンは受け取ったが、それでも彼女は全てを受け入れようとするのだった。
セイレアヌは、目の前で起こった事に理解が追いつかなかった。
振り下ろされた恐るべき魔剣と形容して良いそれは、ルミンと呼ばれる子供の寸前に迫ると、ギリギリの位置で止まったままとなる。
更には、何かに妨害を受けているかの様に細かくブルブルと震えており、押し込もうとする力と何らかの綱引きをしている様にも見えた。
ルミンと言う子供の力か、或いはハルタとその一味の力かと周りを見たが、良く分からない。
いや、連中でさえも何が起きているのかと固唾を飲んでいる状態だったので、彼らでさえも目の前の光景に答えを持ち合わせていないのだろう。
その為か、誰もが事の成り行きを見守るしかなかった。
「おね・・・ちゃん?」
ゆっくりと目を開けたルミンが語りかけると、邪神は苦悶の顔を浮かべる。
歯軋りをし、片腕を別の腕で握ったりするなど、まるで自分では無い何かに妨害を受けている様な様子を見せた。
「おねちゃん、たあおねえちゃん!」
その呼びかけに遂に邪神は頭を押さえて苦しそうに振り始める。
「おねちゃん、返せ! おねちゃん、おねちゃん!」
最初、俺には邪神がルミンの何かしらの力によって苦しんでいる様に見えたのだが、暫くして違うと直感する。
「ターナ、戻って来い。 負けるな、俺たちの所に帰って来い!」
もはや自分の姿勢すら構わず、俺も叫び続けた。ルミンの呼び声も合わさると、邪神は更に苦しみ始める。
それにユーカも同調してターナに呼びかけると、アニーも一緒になってターナに呼びかけ始めた。
それらは効果があったのか、ターナは苦しそうに呻き声を漏らし始める。
だが同時に、怒りの様な目を俺に向けると、攻撃を繰り出してきた。
間一髪でユーカによってかわす事はできたが、俺達の声が届いていると言うのは気休めなのだろか。
いや、違う。
俺たちはともかくとして、ルミンの声は確実に届いている。
何故ならルミンにだけは、ターナは攻撃を仕掛け様とする度に苦しんで止めるのだ。
それを見て、ルミンも更に今まで以上に呼びかけた。
「たあおねちゃん、たあおねちゃん!
・・・・・ママ!!」
それは、ルミンの魂から出た叫びの様に聞こえた。だからこそ決定打となったのだろう。遂に、邪神に大きな変化が見え始めたのだ。
「ぐ・・うううう・・・・わ・・・た・・・しの・・・中・・・から・・・・・出て行けぇー!!」
天空にターナの叫び声が響き、彼女を中心にして赤い波動の様な物が同心状に周りへと広がると、俺達はあまりの勢いに頭を抱えて突伏するしか無かった。
アーマルデ・ロイデンとは魔法によって武器を人型へと変え、兵士化する方法であり、例えどんなに優れた能力を有していようと所詮は物体に過ぎず、ヒューマスとは全くの別物であると信じられてきた。
人間にとって魔法が危険な側面を持つとされ恐れられたいた時代、これらの存在は非常に画期的な物とも見られてはいたが、所詮は武器であり物でしかなかったはずなのである。
特にその性質から対モンスターとしては有効とされ、短いながらも一時期は西側において隆盛を極めたともされていた。
モンスターに与えられる魔力優勢も、アーマルデ・ロイデンと言う存在にはあまり意味が無い上に、単体としての戦闘力も高いと言う事から天敵と成り得ると見られていた時期もあったのだ。
アーマルデ・ロイデンが優れているとされている部分は、見方によっては不死身の兵士ともされる所であり、それが最大の利点ともされていて、単純な消耗戦をしかける事でモンスターを圧倒する事もできたとさえ言われている。
それは対人間においても同様であり、倒しても倒しても魔力が続く限り襲いかかってくる敵など、絶対に負かせる事のできない最強の存在だと信じられてもいた。
しかし、その対人戦へと用いられた当たりから魔法に弱いと言う点や、マスターを倒せば脆くも消失すると言った弱点が知られる様になった事で一気に衰退し、今日では絶滅したとも信じられてきたのだ。
ただし、こうした説は後付と言う部分も多く、実際にはどの様にしてアーマルデ・ロイデンが消えていったかは謎が多い。
と言うのもアーマルデ・ロイデンは特に西側において、ある時期から不自然な程に急激に姿を消してしまい、情報すらも断片的にしか残らないと言う形になったからだ。
それ故に、今において残される資料や情報も正確さに欠くとされており、実際にはアーマルデ・ロイデンその物についても多くの謎が残っている。
この辺に付いては使われていた期間が十数年程度と短い間であった事も関係しているのだが、その割には噂程度でも話が何時までも伝わっていたり、資料や情報が残っていると言う矛盾する部分もあって特に軍事に携わる者は興味を持つ者も多い。
その様な点も含めてアーマルデ・ロイデンが消えた理由に付いては今も論争が続いているが、一つ有力視されているのは、その危険性である。
アーマルデ・ロイデンの強みは、壊れ難さと疑似的な不死性にあると言っても良い。
魔力を帯びた武器は、それによって強化の補正が自然と付くだけではなく、本来なら壊れてしまう程の衝撃を受けたとしても人型の方が身代わりに受ける為に、本体とも言える武器部分まではなかなか壊せないのだ。
しかも本体たる武器が無事でさえあれば、魔力を注ぎ込む事によって直ぐに復活して戦線に復帰する為、実質的に不死身の戦士とも呼べる存在とされている。
もっとも、そうした点は逆に魔法攻撃と言う、武器に直接ダメージを与える方法に関しては無防備ともされていた。
アーマルデ・ロイデンは魔力の使用を人型の維持に注ぎ込む為、その他への応用が不可能ともされており、対魔法においては殊更弱いのだ。
ところがである。
この武器にダメージを与えると言うのも、実は危険な側面を持っていた。
アーマルデ・ロイデンの本体である武器は魔法補正によって簡単には壊れはしないのだが、逆に破壊された場合、その強固な面が暴走してしまうと言う危険性を持っていたのだ。
一般的には自壊する事が多く、危険とされている現象は稀であるともされているのだが、その稀さ故に引き起こされた場合の影響は計り知れない。
壊滅的な爆発を起こす事もあるとされているが、最も危険なのは邪神化する事にある。
魔力の暴走はアーマルデ・ロイデンを単なる魔法の産物から解き放ち、一個の怪物へと変貌させて恐るべき存在へと生まれ変わらせると言う。
その兆候として伝え残っている話としては、本体である武器が破壊された場合に見られる自壊、或いはアーマルデ・ロイデンとしての能力の消失である。
通常、本体たる武器にダメージを負った場合、アーマルデ・ロイデンは急速に機能を失ってただの武器に戻る事が多い。
しかし、それでも尚アーマルデ・ロイデンとして留まろうとした場合、そこには何かしらの自我が介在しており、邪神化、或いは抵抗の様な物が発生して爆発するともされている。
ただし、この様なケースであっても邪神化する確率は低いともされていて、基本、本体である武器がダメージを追えば魔力自体が保持できず、アーマルデ・ロイデンと言う機能その物を失う為に、大体はガラクタに戻る事が多いらしい。
結局のところ、アーマルデ・ロイデンその物に関して分かっている事は少なく、それ故に危険性だけが今日では大きく伝わっているのが現状でもあるのだ。
それに、邪神はマスターを何故か優先的に狙うともされており、それによって自滅した、或いはその危険性に気がついて使う者が居なくなったともされている。
と言うのも、邪神化したアーマルデ・ロイデン不安定な側面も見られたとされており、完全な自立、つまりは魔力の供給をマスターに頼らない様にするまでに時間がかかったともされていた為、その根本を自ら殺してしまう事で勝手に滅ぶ可能性を示唆されてもいたのだ。
ただ、こうした部分も含めて邪神化に関しては正確な事はよく分かっていない。
邪神化したらしい噂や話は幾つも残ってはいるが、その後にどうなったかと言う話は殆ど残っていないのだ。
単純に倒されたと言うだけの話かもしれないのだが、それにしては恐れられる一方で処理された経緯や後の話だけは不自然な程に残っていない。
マスターを自ら手にかけて自滅すると言うのも単なる噂に過ぎず、そうした具体例と言うのは実は残っていない。
一応、対アーマルデ・ロイデンへの魔法攻撃による対処から考えるに、邪神化した物も結局は同様にして倒されただけで、本当の意味で驚異では無かったとも言われている。
魔法攻撃による対アーマルデ・ロイデンへの対処方法とは、武器ではなく人型へのダメージの蓄積である。
武器を破損させれば暴走するのだから、逆に人型を攻撃して魔力の供給を追いつかなくさせれば良いと言うのが、今日に伝わっている対処方法でもある。
確かにアーマルデ・ロイデンは強力ではあるが、魔力に関しては結局はマスターに依存する為、その供給を追いつかなくすると戦闘力を削げるともされていた。
これらの対処方法もやはり噂に過ぎず、実際にはどの様な形で影響を受けるかは正確には分かっていない。
複数の効果によって武器を初期化、つまりただの物にまで変える事ができるとも言われているし、単に武器と人型を繋ぐ形式を破壊できるともされているが、確認されてはいないのだ。
使われた魔法攻撃の強弱によっても直ぐに効果が認められる場合もあったとされる一方で、使われた魔法の種類によっても差が認められているらしい。
こうした事から、ただ事実として魔法攻撃による効果が認められているに過ぎず、それによってアーマルデ・ロイデンは簡単に倒せると言う話だけが伝わっているだけなのだ。
その様な点から推測されて、邪神化した物でさえも結局は武器が本体である可能性が高く、その様式を破壊されて倒されたのではないかとも言われている。
言ってしまえば、アーマルデ・ロイデンは使う魔法の種類や威力によっては、極端に弱いと言う側面を持っていたのではないかともされている。
それが何かまでは分かっていないが、アーマルデ・ロイデン自体も種類があった可能性を考えると、相手によっては違った結果があったのかも知れない。
何れにしろ、運用されていた期間が短かったと言う理由を考えると解明するまでには至っていないのだ。
そうした経緯から、邪神化したアーマルデ・ロイデンは単純に倒されたのだと誰もが信じていた。
森の中で子供の鳴き声と嗚咽が響いていた。
それを赤髪の女神と形容して良い程に美しい娘が抱きしめ、静かに優しく撫でている。
「ママ・・・ママ・・・」
「ごめんね、ルミン。 そして、ありがとう」
短い言葉であったが、それだけで二人には十分に通じ合えている様だった。
その光景を見ていたフォーメルは、複雑な思いを胸に去来させる。
目の前に居る赤髪の存在は、邪神である事に間違いはないだろう。
女神と言って良い美しさを持ってはいるが、半端な魔装騎士であるフォーメルにさえも、今はその魔力の有り様が見える。
いや、本来言われてきたアーマルデ・ロイデンであるならば、ヒューマス以上の外観を備える等ありえないのだ。
これは異常な光景であると同時に、目の前の存在がモンスターなど遥かに超える存在である事を物語ってもいた。
アーマルデ・ロイデンが邪神化した後どうなったかは殆ど伝わっていないが、もし、この様な形で自我を持って人と触れ合う様な状態になっていたのだとしたら・・・
邪神は居なくなったのではなく、ヒューマスの社会に単に紛れ込んだのではないのだろうか。
時折、世界には強力な力を持つ規格外の存在が誕生する事があるとされるが、その一端にこれらが関係していたら?
魔剣の誕生その物にも実は邪神が関わっていたとしたら・・・・。
まさかとは思うが、ヒューマスは少なからず邪神のなれの果てとも交わりがあるのではないか。
確証は無いが、その可能性を知った気がしてフォーメルは震えた。
自分達と言う存在が揺らいでいる様にも見えたからだ。
そして、ロズッテは死んだであろう事も、彼に深い痛みを刻み込む。
険しい顔をするフォーメルを盗み見ながら、俺はそっとアニーズを使って見た。
そこには、初期に見たターナの情報は一切無くなっていたが、同時にエラーの様な文字も出ていて読み解くのが難しくなっていた。
しかし、ある意味で恐れていた情報らしき物も知る事になり、俺を更に不安にさせる。
名称『ターナ・ハル■ブラ■ド』種別『オ■ジナ■』強さ『邪■類・ブー■ト』
解説『■リ■ナルへと到達し■システ■の最終形。ただし、邪神■因子は取り除■ていない欠陥■でもある。能■のみは■神と同等であり、その気になれば世■に■厄をもたらす事も■■。この個体に限り、火の能力に特化している』
ターナと言う名前は残っているが、その他の情報に関しては全て入れ替わっている。
強さの面においても、あの良く分からないクラス分けからは外れており、ブーストとも読める表記がされている上に、システムとか読める物もある為、俺はマツリカと融合していた状態を思い浮かべてもいた。
こうした面は、ある意味でフォーメル達が懸念している事を証明している様にも見える。
能力に関しては取得できなかったのだが、説明をそのまま信じるのであれば、それだけで世界にも影響を与えると言う存在にもなったらしい。
この事を話して良いものかと俺は一人悩む。
いや、言える分けがない。
邪神化に対してのフォーメル達の反応を見る限り、迂闊な事を言えば更にややこしい事になるだろう。
俺自身は今のターナであっても信じる気持ちがあるが、その他の連中は容易に受け入れられるとは考えられない。
今でさえ皆の眼差しには疑惑の色が見て取れるのだ。
ターナの秘密は俺だけの物として、今はそっと胸にしまい込む事にした。
ただただターナの変化に戸惑っていた俺は、それによって、もう一つの重大な事実が自身にも起こっていたのを知る機会を再び失う。
それについては後になって知る事になるのだが、同時に新たな謎を呼ぶことにもなるのだった。
「これで良いか・・・」
手の土を払う様にしてカーロブが立ち上がった。
彼の前には土が盛り上がっており、更に上の方に小枝が三本ほど平行に置かれていた。簡易的ではあるが、それが彼ら風の弔いの様式だった。
やや俯き加減にしてはいたが、カーロブの顔は無表情だ。しかし、その背中からは怒りの空気が発せられているのをバッツロギィは感じ取っていた。
「コニュムヌさんと、こんな形でお別れするなんて思わなかったわねぇ」
それでも、空気を読まないかの様にバッツロギィは軽口を敢えて装って、かつての仲間の事を口にする。
「奴は・・・ハイヤッキ機構か?」
やはり、こちらを振り向きもせずにカーロブが訪ねてきた。
「違うわね。 あれは全くの別物・・・・いえ、もしかしたら、貴方の様に新種かも」
「新種だと!?」
カーロブが、より怒りの表情を作って振り返る。
そこには非難する様な感情も読み取れた。
今回における責任者と言う立場はバッツロギィにある為、情報の不足と言う点において落ち度があるのは確かであり、新種の一言で片付けるのが逃げに見えたのである。
が、バッツロギィは両手を広げる形で、それをかわす。
「あくまでも、推測よー。 私にだって分からない事はあるんだから。 大体、単純な能力で言えば、あの勇者って子は雑魚には間違いないわ。 次は、最初から全力で相手すれば良いのよ。 こっちのお人形さん達を使ってね」
そこまで言ってバッツロギィは溜息をつく。
その目には憂いが宿っているのを、この時になってカーロブは初めて気がついた。
おちゃらけている様で、この男も仲間の死はそれなりに堪えているのだろう。
そう思うと、やっと整理が着いた様な気になる。
実際、彼だけを責めるのは間違っている事も、カーロブ自身も分かっていた。
ある意味、迂闊であったのは自分自身と言う思いもあっただけに、激しい後悔が渦巻いてもいたのだ。
「さて、何時までもここには居られないわ。 残念だけどコニュムヌさんとは、ここでお別れよ。 その代わり、絶対に東側には代償を支払わせる事を誓うわ」
そう言って、バッツロギィはスタスタと先に歩き出す。
一瞬だけその背中を睨んだカーロブだったが、その背中から感じ取れる物を見出してしまったので溜息をつく。
「すまない。 こんな所に置いて行く事を許してくれ。 だが、必ず戻ってくる。 それまで、またな。 コニュムヌ」
カーロブは自国の形式で敬礼をすると、バッツロギィの後をゆっくりと追った。
色々あって、俺達はようやく森奥の王都跡に辿り着く。
ターナが一応戻って来たと言う安心感からか、それとも時間が経って回復したからか、俺の体の不調も、ある程度改善されていたので移動速度も上げる事ができていた。
不思議だったのは、王都跡に近づくにつれてモンスターの数が激減したと言う事だ。
例の魔剣のアーマルデ・ロイデンが暴れた影響かとも思ったが、ユーカやアニー、そしてセイレアヌ達の話によると、元から少なかったと言う意見もあるので、どうやら別の要因があるらしい。
それが何かは分からないが、少なくともそのお陰で無事に辿り着けたし、レパンドルの人々が避難する時も助かる事になったはずだ。
そして、王都跡に到着して俺は驚く事になる。
俺が最後に出発した時も雨水によって池みたいになっていたが、現在では完全に水の中にあるという感じとなっていた。
まあ、そのお陰でドノロファルとも戦わずに、ユーカの力で水の上を渡って楽々と内部に入れる様になっていた。
王都内部も水浸しであり、普通なら避難できる様な場所ではなかったはずなのだが、これまた以前にユーカが作った施設が役に立っていた。
とは言え、数千近い人数が完全に入りきれる容量は無いため、ユーカの作った住居は女子供や病人、或いは年寄りが優先して使っているらしい。
入りきれなかった連中も、残っている王都跡の建物を上手く利用して暮らしている様だ。
そこでも、そのままユーカの移動する台が土台となって役に立っていた。
国を失って、どんな暗い顔をしているのだろうと想像していたのだが、人々は思ったよりも明るい。
ただ、流石に余裕は無いのだろう。
セイレアヌが帰還してきたと言うのに、誰も彼も忙しいと言う感じで気にかける様子はなかった。
俺としては勇者と言う微妙な立場上、気が付いてくれなかった事には正直ホッとした。
そんな感じで俺たちはユーカの作った施設の一角へとやって来ている。
そこは布で仕切りが設けられており、ちょっとした天幕と言った感じになっているが、兵士が数人居て見張っている感じとなっていた。
兵士の一人がセイレアヌを確認すると、深々とお辞儀をする。
それにセイレアヌも答えると、布の仕切りの一部を開けて、俺に入れという合図を送ってきた。
促されるままに入ると、そこにはイユキとローナが静かに寝かされていた。
外傷と言った物は見られないが、全くの無反応であり、眠っていると言うよりは人形が置かれていると言った雰囲気だ。
何というか、バッツロギィ達と接触して以降、俺の感覚的な物は自分でも不安になる様な物が加わっていて心配になる。
アニーズで確認すると、二人とも停止中と言う表示が出ている為、それで目を覚まさないだけだと考えられる。ただ、回復中とは出ていないのは、やはり心配だ。
今までの経験からすれば、きっと二人も無事に戻ってきてくれるはずに違いない。
もしかしたら、新しい力を身につけてくる事だってあるはずだ。
そう考えて、俺は二人の頭を優しく撫でてやった。
ユーカの施設はギュウギュウ詰めと言った感じの為、人々の出す音で騒がしかったはずなのだが、何故か二人の頭を撫でる度に、段々と俺の耳には届かなくなって音が気にならなくなって行く気がした。
レパンドルが滅んでから数カ月後、そこにはシーゼスの旗が立つ事となる。
ここを足がかりとして、彼らはいよいよ連合王国と決着を付けるつもりでいた。
決着と言っても、それはロウバル連合王国の滅亡ではない。
シーゼスの最終目的は、西側との自由な交易路の確保である。
その為には、このまま彼らの思惑通りに南側の一部を削り取る事さえ出来れば、勝ちなのであった。
しかも、この南側には彼らが危惧する連合王国の魔導兵器と呼ばれる切り札の影響が無い事も調査済みであり、その為に色々と狡猾に入念に立ち回ってきたのだ。
更に言えば切り札も準備済みである為、その念願成就まで後少しに迫っていると誰もが信じて疑っていなかった。
だが、その数年後、彼らは森から現れる謎の勢力に脅かされる事になる事を、今はまだ誰も知らない。
第二部とも言える話は、これで終了です。
更新は一旦停止、もしくは更に不定期となります。
申し訳ありません。




