~謎の勢力~ -33. 天敵襲来 その17
六本腕の巨人が反撃に出たと思ったのも束の間、再び劣勢に立たされて状況は振り出しに戻った。
それを見たフォーメルは相手のエレメンタリスが、まだ余力を残している事を感じとる。
実際、戦っているのはエレメンタリスだけであり、しかもエレメンと融合的な技を最小限で使っているのみならず、従えているエレメンにも何かしらをやらせているのが見えたからだ。
パッと見ではエレメンは沈黙している様だが、何かしらの魔力を充填しているのは間違いないだろう。
そして、アレがカーデムの魔王をコピーしているのだとしたら、これから使う技として考えられるのは二つ。
恐らくフォーグライグか、もしくはエウロビガーのどちらかだ。
どちらも最強クラスの攻撃魔法であり、例え超一流の魔装騎士が居たとしても防げるかどうかは運次第だ。
フォーグライグは、今まで繰り出していたドゥラスターの全周囲版とも言える物で、空中を含む広範囲を射程とする。
つまり、今までの様に飛び上がって避ける事もできない。
エウロビガーは範囲こそ狭いが、攻撃のための予備動作がない為、見て避けるのは不可能だ。
例えそれらを感知できたとしても、ここに居る連中の能力だけで考えれば、何れにしても回避も防御も難しいだろう。
本来であれば、これらの技は発動にかなりの時間を要する上に、効果範囲もそこまで広い物ではない。
何れを使うにしても、影響範囲の外まで逃げれば助かる事もある。
もっともそれは、逃げられる足があればの話だ。
フォーメルの予想は概ね当たっていたが、やはり相当に追い込まれていたのか、彼は一つだけ見落としていた。
魔王は二体存在するのだ。
「逃げる事もできんか・・・」
そう言ってフォーメルは、盾のアーマルデ・ロイデンを降ろした。
既に彼の体力も限界だった。
魔法武器も持ってはいたが、使う余力はもうない。
同調こそ武器の方でやってはくれるのだが、扱うには結局使用者の体調や精神力も影響する。
どんなに道具が優れていても、扱う側に問題があれば力を発揮する事はできないのだ。
フォーメルがその場に頭を垂れると、緑色の人形の方も両膝を付く。
チラッとフォーメルがそれを見ると、向こうは相変わらず呆然としていた。
まるでマスターに何かあったかの様な状態だ。
ハルタの説明では、コイツはアーマルデ・ロイデンとは別だと聞かされてはいたが、ならば何が原因で動きを緩慢とさせているのか尚更検討がつかない。
ただし、ハルタの姿が見えないことや六本腕の巨人と言う疑問の方が大きかった為か、フォーメルも大して重要視してはいなかった。
どちらにせよ、何もできない現状では彼の思考も堂々巡りを繰り返すだけだったのだ。
俺は、再び暗い空間へと沈み込んでいた。
ただ前回と違っていたのは、必死に藻掻いていた事だ。
何かを掴まなければならない。
或いは、誰かを探さなければならない。
泥に沈もうとする意識を何とか繋ぎ止め、どうにか現状を打破しようと試みる。
しかし、それをあざ笑うかの様にして、闇が俺の手足を絡め取り、奥底へ沈めようと拘束してきた。
(駄目だ。 俺一人の力じゃ、ここから逃れられない。 あの子の力が必要だ・・・・あの子? あの子って、誰だ)
俺は、尚も闇の中で藻掻く。
背後で轟音がした為、フォーメルは力なく振り返った。
見てみれば、六本腕の巨人が敵の攻撃を受けて仰向けに倒れている所だった。
その胴体には、鋭い氷の塊が突き刺さっている。
更に、その状態に容赦なく敵の青色の鎌が襲いかかってきた。
六本腕の巨人はそれを何とか防いではいたのだが、もはや時間の問題だろう。
いや、武器で打ち込んでいる最中に、更に魔法攻撃を放つ余裕のある相手には何をやっても無駄だ。
しかも、この後にはエレメンによる魔王級の攻撃も控えている。
万が一、今相手をしているエレメンタリスに、何とか反撃を試みる事ができたとしても次の攻撃は受けざる得ない。
そして敵は、その時に生まれる隙きを見逃す事はないだろう。
絶体絶命と言える中で、フォーメルは何故かふと笑みを零した。
自分でも意味は良く分からない。
いや、少しでも希望を持とうとした自分を、今更ながらに滑稽だと思ったのかも知れない。
或いは、敵のあまりの強さにバカバカしくなったのか。
彼は、天を仰ぎ見た。
殆ど闇に沈みかけた俺は、既にバタつかせる手足も見えないまま、最後に自分でも分からない叫びを上げた。
何と言ったかは分からない。
とにかく、最後まで足掻こうとしたのだ。
(あの子だ。 あの子が俺を見つければ!)
その時だ。
暗闇に一点の光が差す。
そうだ、そこに居るはずなんだ。
『おおおお、ああああああああああ!!』
雄叫びを上げ、暗闇に沈んだはずの腕を俺は強引に引きずり出し、その光へと伸ばす。
『ぐぅうう、ア、アシュレイ!』
すると、呼びかけに応じる様に光から無数の手が彷徨い出る。そして、がっちりと俺の腕を掴んだ。
その掴んだ光の先に、俺はアシュレイの姿をハッキリと見た。
キライスは六本腕の巨人に止めを刺そうとしていた。
腕にまとったスライムの一部を融合変化させた武器により、接近戦を楽しむつもりでいたが、いざ戦ってみれば向こうは唯の力押しで全く話にならない。
念の為に準備していたエレメンの攻撃を使うまでも無く、彼の実力だけで押し込めてしまっているので、これ以上は相手をするのも無駄だと判断したのだ。
少しは期待していたつもりだった。
彼も六本腕の巨人は、もしかしたら邪神化したアーマルデ・ロイデンの可能性も考えていたからだ。
しかし、パワーや武器こそ見るべき物はあったが、それ以外には大した物は持っていなかった。
この程度の敵、キライスの長い戦いの中では、モンスターを含めれば幾らでも思い当たる。
単純な力も確かに大事ではあるが、それを使い熟せない相手など所詮は雑魚に過ぎないのだ。
実際、六本腕の巨人は能力に頼った形でしか防御しておらず、技や戦術、あるいは戦略的な動きなど取る様子がなかった。
一瞬だけ、最小限に武器を振るったり、攻撃力を増す様な所作を見せた事はあったが、それだけだ。
それ以上は、何もない。
だからこそ、彼はエレメンを向かわせるという安全策ではなく、敢えて自分を晒して危険にも飛び込んでみたのだった。
「も、も、もう良い。 飽きた」
そう呟いたキライスは、鎌に似た武器を大きく振りかぶる。
一刀両断にして終わらせようと思ったのだ。
いや、数撃くらいなら、相手も受け止めるだろう。それだけの実力を持つ相手だとキライスも認める部分はある。
だが、その一撃は今までの様な安っぽいものではない。
渾身と言える攻撃を受ければ、それだけで相手は消耗し、特に今の敵は防御以外に手段を取れなくなる。
そこへ横に払うも良し、力任せに押しつぶすも良し。
もはや、勝負は付いたと彼は考えていた。
そう思って振りかぶったキライスだったが、その格好のままで動きを止める。
再び、巨人に変化が見られたからだ。
ただ、それは崩壊している様にも見える。
実際、その巨人は光を放ちながら、何かブロック状に体がバラバラになろうとしていた。
しかし、更に強烈な光を放った為、そこからどうなったかまでは途中から見ることはできなくなる。
フォーメルは、突如巨人が放った眩いばかりの光に耐えられず、目をつぶるだけでは無く腕まで使って遮ろうとする。
それでも、光の存在を瞼の裏でも感じることができたので、それが如何に強烈であったかが伺えた。
(自爆? それとも、何かの攻撃を仕掛けたのか?)
普通では考えられない光量に、フォーメルの思考は希望と絶望が混ざり合ってグチャグチャになる。
この次に起きることが、何も予想できない。
しかし、暫くして光がおさまったのを感じて恐る恐る目を開けると、そこには果たして、あの巨人が立っていた。
あの強烈な光は、敵を怯ませる為のものだったのかと、まだ覚束ない目を数回瞬いて見てみれば、様子が違っている事に気がついて更に目を瞬かせる。
そこには、六本腕の巨人には違いはないが、最初に見たのとは異なった者が存在していた。
歪な長さの六本腕は綺麗に揃い、全体の等身と言うか、バランスまで整っていて美しささえ感じる。
実際、その巨人は体の節々から金色の光と言うか、粒の様な物を溢れさせており、それが神々しさを更に演出していた。
そして、幼かったはずの顔立ちは見違える程に成長した女性のそれに変わり、知らない者が目にしたとしたら、女神と思っても仕方ない程に美しい。
実際、フォーメルはその姿に感動を覚え、声にならない声を上げて驚きと共に魅入られていた。
それは、敵であるはずのキライスも同じであったと言える。
ただ、彼がフォーメルと違っていたのは、感動よりも驚きの方に重点があったという事だろう。
「なな、何だ、こ、こ、これは・・・・」
目の前には、姿だけで圧倒される者が存在していたが、心の片隅で危惧していた何かが実体化した可能性に、恐怖と喜びの両方に似た物も同時に覚えていた。
少なくない感動は、彼の動きだけではなく、思考までも止めてしまう。
普段の彼であれば、こんな事はありえない事だ。
意識では、そう自身を顧みていたが、感情という部分が強烈に覆いかぶさって来る為、自身でも色んな意味で驚きを隠せない。
すると、六本の腕を有する巨神は、ゆっくりと光の剣を振りかぶる。
思考が停止に近い状態にいたキライスだったが、彼の本能と長年染み付いた戦いへの条件反射が刹那的に体を動かし、かろうじて相手の攻撃をかわさせた。
恐ろしい事に、巨神の攻撃は速すぎて武器の軌道を読む事すら不可能であり、勘だけが頼りとなって辛うじて受け止める。
とは言え、その瞬間にも相手を観察していた彼は、その経験に照らし合わせて瞬時に対応策を弾き出してもいた。
武器の軌道は見えずとも、相手の動きは素人同然であり、そこから予測できると考えたのだ。
言ってしまえば簡単だが、実際にそれをやれるかどうかは別とも言える。だが、それをやれてしまうのがキライスと言う男だった。
そして、二撃目をあっさりと大鎌で受け止めて見せる。
ほんの僅かだが、大鎌が欠けるのをキライスは見逃さなかった。
単純な能力、或いは性能では向こうが上らしい。とは言え、持ちこたえられないわけではなかった。
そう判断したものの、しかし、今度はキライスが受けに回される事となる。
確かに、相手の攻撃の出処は読むことができた。その変わりに繰り出す速度は向こうの方が上なので、反撃の隙きを与えてくれなかったのだ。
だが、既に不利になった場合の一手も打ってある。
キライスは、スライムの魔王体を横目で僅かに見た。
「「ここからだ」」
更なる変化を見せたアシュレイを前に、俺は叫んでいた。当然だが、他の者には聞こえていない。
俺とアシュレイは、偶発的な形で融合的な事を行ったらしいのだが、それが不完全さを招いたらしい。
しかし、俺が自覚した事で、そしてアシュレイの精神か何かとガッチリ組み合った事で、正常な状態へと変化した様だ。
実際、今まで苦戦していたのとは打って変わって、反撃に出ている。
ただし、安心はできない。
俺は、キライスとか言う奴が目線を動かすのを見逃さなかった。
その先にはスライムが変化したカーデムの魔王とか言う奴が居る。
既に何かしらの攻撃準備に入っているので、仕掛けてくるのだろう。
だが、どうする?
「「アシュレイ、気をつけろ。 奴のエレメンが、何か仕掛けてくるぞ」」
それに無言で頷いた彼女は、攻撃を続行しながらもボウガンに矢を装填する。
しかし、アシュレイは構えただけで、直ぐには矢を放とうとはしなかった。
何か、考えがあるのか。
と思ったら、アシュレイは更に矢をボウガンに押し込んでいく。
装填された矢は、最初に準備された矢に吸い込まれる様にして消えたが、見た目には何の変化も起きていない。
それでも彼女は空いている3本の腕で、次々と矢に矢を押し込むと言う、奇妙な事を繰り返す。
しかも、一つの手で常に三本くらいの矢を持って行うのと、どんどん装填速度が上がる為に、途中からは何本の矢をそうして押し込んだのかは分からなる程だった。
と言うかだ、見た目的にはかなりアバウトにやっている様に見えるので、最初に矢を持つというのを見ていなかったら、フザケている様にも見えたはずだ。
それらの行為は時間にしたら十数秒程度だったと思うのだが、見ていた俺からしたら、かなり長い間やっていた様にも思えた。
あまりの速さに数える事はできなかったが、恐ろしい本数を一つの矢に集約した事だけは確かだろう。
何をするのかは分からないが、これは期待して良いのか?
巨神が何かをしているのをキライスも確認はしていたのだが、直後に行った出鱈目な動作には流石に理解が追いつかず、彼は初めて対応に迷う。
何かしらの攻撃準備に入っているらしい事は分かる。
しかし、その狂った様な動きだけは、どうにも読みかねた。
最初からおかしな存在であったと言う事も、彼にこの行動の意味を間違った方向へと誘導させる。
(もしかしたら、身体的な欠陥が出ているのではないか?)
キライスは六本腕をどうやって操るのかと興味を持っていたのだが、それがここに来て制御に不具合が出たのではないかとも考えたのだ。
そこには彼の経験に照らし合わせた部分もあり、多数を操ろうと苦労していた故の思い込みもあった。
だがそれは、件の巨神が先制攻撃をした事で、向こうから回答を与えてくれる。
直後、数千という膨大な矢が上空に放たれ、見上げるキライス。
こっちを直接狙わなかった事は、彼に意表を突かせたと言って良い。
速度も、最初の六本腕の巨人が放ったものと比べたら遅かった。だからこそ、かわせると思ったし、観察する余裕があると思ったのだ。
しかし、彼の勘と経験が咄嗟にヤバいと判断させ、腕からスライムの融合体を切り離して相手への牽制を行うと、直ぐにスライムの傍らに移動する。
強力な防御壁を展開すると共に、スライムの一部を切り離して傘上のドームを更に幾つも展開させ、自分とカーデムのコピー体を守る様にした。
それが完了したとほぼ同時に、巨神の放った矢が頂点に達したところで、一瞬だけ速度を失い自然落下したと思ったら、矢の尻から何かを吹き出して恐ろしい速度で降下して襲いかかってくる。
スライムの防御を一つ一つ打ち砕き、瞬く間にキライスの防御壁に迫ると、凄まじい威力を持って矢が突き刺さってきた。
一つ当たりの威力が途轍もない。
一発当たる度、キライスの張った防御壁がたわみ、魔力がごっそりと持っていかれる。
エレメンからの供給がなければ、最初の数発で破られていたはずだ。
だが意外にも、敵の攻撃がキライスの防御壁に当たった数は少なかった。
気がつけば、既に敵の攻撃は止んでいたのだ。
恐らく、スライムの最初の防御で大半を凌いでいたのだろう。
それを示すかの様に、膨大なエネルギー同士がぶつかって発生させたらしい煙が充満している。
いや、周囲にも矢は着弾しており、地面が抉れているのが確認できたので、それによって土も舞い上げられたらしい。
少し煙が晴れると、抉れた地面には無数の矢が突き刺さっていた。
それだけを確認したキライスは、二体の魔王コピー体に、それぞれ準備させてあった二つの魔法、フォーグライグとエウロビガーを使わせる。
先ずはフォーグライグで牽制し、相手が対処できると思った時点でエウロビガーを放つつもりだ。
フォーグライグはドゥラスターの様に攻撃前には予備動作が必要となる。
敵は、これに気を取られる事になるだろう。
それに対して何かしらの行動を起こしたところで、エウロビガーを食らわせる。
エウロビガーは予備動作なく発射される為、見てから避けるなど不可能だ。
敵の力が例え未知であっても、この二段構えをかわすのは不可能なはずだ。
万が一、この攻撃に何かしらの対処をしたとしても、キライスにも切り札はまだある。
自分達の優勢は、揺るがないのだ。
キライスが手を振って合図を送ると、魔王のコピー体がフォーグライグを発動させた。
予備動作とも言えるクモの巣状の帯がドーム状に広がる。
それは地面だけではなく空間にも展開されており、恐らく百数メートルの周囲が覆い尽くされている事だろう。
かわそうと思えば、これでさえも逃げれば回避できたかもしれない。
だが、背後を見せれば、こちらの思うツボである。
巨神はボウガンを構え、こちらを見ているだけだった。
傍らには、囮にしたスライムの残骸らしき物が転がっている。
まだ抵抗しようとしているのか、微かに動こうとしたのが見えたが、巨神がそれに反応して止めを刺す。
その直後だ。
予備動作が完了したフォーグライグの本攻撃とも言える光が、先に展開された帯状の道に広がって行く。
膨大な魔力と凶暴な力が敵を蝕もうと勢い良く駆け抜ける。
その時だ。フォーグライグの光の帯が周囲に刺さっていた矢に触れた瞬間だった。
急に、フォーグライグの進行速度が鈍り始める。
いや、ある程度進んだところで、完全に動きを止められてしまった。
周囲の矢が光輝いており、それがまるでフォーグライグの動きを阻害しているかの様に見える。
「ここ、こ、これは?」
矢の輝きが更に増す。キライスは危険を感じて防御の姿勢を取った。
フォーメルはフォーグライグが迫るのを無念の思いで見ていた。
歯を食いしばったその顔は、苦悶に満ちていたのだが、それは怒りとも悲しみとも取れない表情を作り上げる。
(もう、駄目だ)
そう思った時だ。
フォーグライグの光が急に止まり、更には押し止められて一定の場所で球体状のまま震える様にする。
いや、力と力のぶつかり合いによって、進行しようとしているのを留められているらしく、膨張と収縮を明滅の様に繰り返している。
見れば、六本腕の巨人が放った矢が地面に刺さって光り輝いており、それが一種の結界の様な物を形成し、それによってフォーグライグは押し止められていたのだ。
そうこうしている内に矢の光は更に強くなり、その輝きは直視できない程になると、次の瞬間には周辺に光の帯を放つ。
フォーメルは、突っ立っていた緑色の人形を引っ張り込み、盾のアーマルデ・ロイデンと共に地面にできるだけ突っ伏した。
直後、凄まじい轟音が辺りに響き、突風が彼らの周囲とその背中を撫で付ける。
だが、思ったよりも衝撃は少ない。
しかし、それでも何かしらの破砕物が舞っており、それが細かく体に当たる事で攻撃の威力を実感させる。
暫くして、やや収まったのを確認したフォーメルが恐る恐る顔を上げると、魔法攻撃があった辺りは派手に土煙が巻き上がって視界が閉ざされているのが確認できた。
敵はどうなったのか分からなかったが、その代わりに振り向けば六本腕の巨人が光の粒子を溢れさせて戦塵舞う中で屹立している。
神々しいその姿に、フォーメルは思わずうめき声の様な溜め息をついた。
その直後だ。
巨人のまとう光の粒子が蒸発するかの様な変化を見せ、次の瞬間には、その左胸元が黒くなって抉られ飛び散り、そして吹っ飛ばされる。
「エウロビガー!?」
慌てて敵が居たと思われる方向を見れば、不気味な笑い声が聞こえてきた。
「うくくくくっ。 フハハハハハ」
青い大鎌が大気と粉塵を切り裂き、払い除け、エレメンタリスと魔王のコピー体が姿を現す。
「おお、驚いたな。 ま、ま、まさか、フォーグライグを、しし、正面から防ぐとは」
爆心地の中心に居たはずなのに、キライスとスライムは全くの無傷であり、更には不敵な笑みさえ浮かべて宙を漂い巨神を見下ろした。
それを、アシュレイがキッと睨みつける。
しかし、左胸は大きく抉れており痛々しい。
機能的にも喪失したのか、3本の左腕は力なく、だらりと垂れている。
「「まだだ。 お前らだけが、二の矢を準備していたと思うなよ!」」
相手に聞こえてはいなかっただろうが、俺は懸命に叫んだ。
何ともなれば、僅かにでも、こちらに注意を向けられるかもとも思ったからだ。
アシュレイの事も心配だったが、今の俺にできる事はこれくらいしかない。
と、キライスが何かの気配に気がつく。だが、遅かった。
一瞬だけ天空を仰いだ彼の目に、無数の矢が高速で降り注ぐのが映った。
アシュレイが咄嗟に行おうとした攻撃は、単なる防御を前提とした物に過ぎなかった。
それ故、最初は装填された全部の矢を一回で放つつもりでいた様だ。
しかし、それを俺が止めた。
二回に分けて撃つようにと。
俺には、アシュレイの無数に装填した矢が分けて撃てるかなんて分からなかったのだが、試しに言ってみた事に対し、彼女は意図も簡単に応じてくれた。
矢が更に防御にまで機能を及ぼす事は知らなかったが、結果的に、それが相手の意表を付く布石へと繋がる。
相手の攻撃を押し留め、それによって発生した爆発と煙を隠れ蓑に、二射目を撃たせたのだ。
そして、百戦錬磨の相手に対し、見事に隙き突く事に成功する。
完全に不意を突かれた攻撃であったが、それでもキライスは対処してみせた。
大鎌を器用に操り、押し込まれながらも高速で迫る矢を撃ち落とす。
矢の速度は生半可ではなく、目で追ってから対応できる様な物ではない。
実際、スライムの方は蜂の巣にされ、粉々になって千切れ飛ぶ。
それでも、彼は全神経を研ぎ澄ませて凌いで見せようとした。
もっとも、彼にとって、これは明らかに想定外だったと言える。
数の多さ、速度。
それは、彼の能力を限界以上に必要とする攻撃だったのだ。
更にはエレメンへの想定外の打撃。
もはや、余裕はない。
そして、俺達もそれを見逃さなかった。
「「アシュレイ、頑張れ。 もう一撃だ!」」
その言葉に反応したアシュレイが、体を捻る様にして右側の腕を動かす。
落としたボウガンを拾うと、必殺の一撃をキライスに見舞った。
その瞬間を、俺はスローモーションの様に見ていた気がする。
明らかに不意を突かれた、あるいは「まさか」と言った顔をキライスがしたのを、俺ははっきりと見たのだ。
奴は目をカッと見開き、矢が迫るのを最後まで見ていた様な感じだった。
もしかしたら、それにすら対処しようとしていたのかも知れない。
実際、奴は体を捻ろうとでもしたのか、少しだけ動いたのも見えた。
だが、奴の足掻きも間に合う事は無かった。
痛烈な一撃が奴に直撃すると、爆音を響かせて弾き飛ばす。
ボロボロと言って良い奴が、黒煙を上げて地面に向けて落下するのも見えた。
今度こそ倒したはずだ。
しかし、こちらの方も甚大な被害を負ったと言っていい。
ただ、今の所それはアシュレイを見た場合の話しだ。
あの酷い怪我が、俺にどの程度跳ね返るか今は分からない。
いや、マツリカの例を取れば、ダメージの負債はアシュレイだけが背負い込む可能性も高い。
「「アシュレイ、大丈夫か?」」
俺の呼びかけに、アシュレイは無言で頷く。
表情も変えない為、本当の所は分からない。
彼女の周囲には金色の粒の様な物が舞い、それが抉れた部分に降り注いでいる。
何かしらの修復をしているのだろうか。
だが、見た目的には殆ど変化はない。
ともかく、彼女もこの辺りが限界だろう。
とは言え、どうした物か。
回復を待ってから、融合を解いた方が良いのか・・・・。
そう、俺が一人で考えていた時だ。アシュレイが突然立ち上がり、光の剣を慌てた様に構える。
直後、青いブーメランの様な物が迫り、受け止めたと思ったらスルリとアシュレイの剣を掻い潜ると、彼女の胸に深々と突き刺さる。
「ぐうぅ」
「「アシュレイ!」」
俺の呼びかけに応じる事なく、小さな悲鳴だけを残してアシュレイはがっくりと膝を突く。
しかし、それでも突き刺さった物を抜こうと彼女が手をかけると、ブーメラン状の物は形を崩してアシュレイの腕を手首から拘束した。
これは、スライムの一部だ。
あの攻撃でも残っていたとでも言うのか?
その答えは、直ぐに出た。
「い、い、今のは、かか、かなり、きき、効いた」
見れば、宙に黒い焦げたような塊が浮かんでいた。
それが少しずつ剥がれ、中からは無傷のキライスが姿を現す。
よく見れば、剥がれた黒く焦げた様な物の裏側は青い。
恐らくだが、エレメンの力か何かを使って凌いだのだろう。
実際、奴が伸ばした腕の一つから更にスライムの体の一部が伸びると、大鎌を幾つか展開し二つ程がブーメランの様な形状になって発射の体制を整える。
残ったアシュレイの腕も絡め取ろうと言うのか。
俺は、愕然とする。このキライスって奴は、単純な戦闘力だけで言えばミズツノシシオギ以上だ。
ミズツノシシオギは確かに強かった。単なる力と言う点で見たら、恐らくキライスよりも上だろう。
だが、奴の強さは直線的であり、ある意味こちらから付け入る部分が多かったし、それによって奇策が通じもした。
実際、高慢さが仇となり、それによって隙きもあったし、読み合いと言う点でも軽んじていた部分もある。
だが、コイツは違う。
次の一手を読み、あるいは準備するだけの能力、そして計り知れない経験に裏打ちされた柔軟な戦術性、戦略性。
オマケに、エレメンを存分に使いこなしており、そこから生まれる咄嗟の対応力。
明らかに、戦い方を熟知した上で力を振るっている。
しかも能力の偏りも無く、防御や回避までもが高次元でまとまっており、単純に仕掛けては奴に全く届かない。
いや、届くとこまでは行っている。しかし、万が一に対しても十分に応じるだけの能力があるのだ。
実際、次々と繰り出される新手の攻撃手段を見ても、それが分かる。
こちらが上を行けば、直ぐにそれを超えてくる点からも間違いない。
コイツは、一体何なんだ?
エレメン、つまりスライムの能力に頼っているとも言えるが、それにしても差があり過ぎる。
少なくとも、俺達は森のモンスター相手には苦戦したことはあるが、互角以上に戦えていたはずだ。
なのに何故、エレメンとその使い手には、こうも一方的なのか。
やはり、フォーメルが語った天敵である連中には、アーマルデ・ロイデンの俺たちでは勝てないということなのか。
だが苦戦をしたとは言え、既にエレメンタリスとエレメンを倒したと言う事実もある。なのに、これ程までに上を行かれるって事は、このキライスって奴の強さが異常なのだ。
それを見透かすかの様に、奴はゆっくりと振りかぶった。
先に動いたのはアシュレイだった。
まだ自由だった腕の一つを素早く動かすと、光剣で自らの腕ごとスライムを切りつける。それにより、スライムが変化したらしいブーメランは消滅した。もちろんだが、これによって彼女の腕は更に一本が駄目になる。
それにも構わず、彼女は剣を振るってキライスに切りつけた。
が、それを奴は大鎌で受け止め、まるでこうなる事が分かっていたかの様に、アシュレイの光剣を軸にするかの様に青色のブーメランを回転させながら這わせ、残っていたニ本の腕も拘束する。
これにより、アシュレイは完全に攻撃の手を封じられてしまった。
「「アシュレイ!」」
ただ見ている事しかできない事に、俺は苛立つ。
何がブーストだ。
何がバーストだ。
全く、俺は役に立たないじゃないか。
「とと、トドメだ」
キライスが青い大鎌を大きく振りかぶる。その姿は衣装とも相まって、まるで青い死神の様だった。
と、突然キライスは、首だけで後方に振り返って動きを止める。
「ソライ・・・?」
そう呟いた後、武器を収納してスライムを巨大な鳥の怪物フレスベルクに変化させると、自らをそれに回収させ、その場からあっと言う間に消え去った。
その突然の出来事に、そこに居る誰もが呆然とする。
話は、キライスがハルタ達を圧倒する少し前に戻る。
ターナに捉えられたフレスベルグは、その最大火力によって徐々に形が崩れ始め様としていた。
しかし、同時にターナの短剣も一部が溶け始め、それによりターナの体の一部もブリキの様になって行き、それと共に火力が目に見えて落ち始める。
「う、ぐうう・・」
一瞬だけ苦悶の表情を浮かべたターナはしかし、歯を食いしばると鬼の形相で短剣を掴み直し、更に炎を拭き上げて深々とフレスベルクに突き立てた。
彼女の気迫が勝ったのか、ブリキ化した部分は元の姿と交互に変わるといった現象を見せる。
「こ、こいつ、一体何なんだ」
圧倒的な熱量の前には流石のソライも手出し出来ず、二体が組み合うのを見ている事しかできない。
一応、シールドを展開してはいたのだが、それでも熱波の様な物がジリジリと体に照りつけてくる。
「くそ! 何とか距離を取らせろ。 後は、俺がやる」
そう言って、ソライは更に距離を取りながら魔力の充填を開始した。
自分のエレメンと相手が僅かでも離れたら、それだけで必殺の一撃を叩き込めるはずなのだ。
だが、相手は更に炎の威力を後方に集約させると、それを前進する力に変え、尚もエレメンに対して食らいつく。
炎に焼かれた影響ではないだろうが、既にフレスベルグは魔力の供給に対して異常を生じさせているのか、その形が崩れつつある。
その様な現象、ソライは見たことも聞いたこともなかった。
(こいつ、キライスが言った通り、アーマルデ・ロイデンじゃないのか?)
その様な疑問を持ったソライだったが、それでも半信半疑だった。
何故なら、体の一部はブリキの様になっており、彼女がよく知る物へと姿だけは変わりつつ合ったからだ。
ただし、その力だけは尋常ではない。
半壊しかけていたフレスベルグだったが、それでも巨人の腕による殴打だけは止めなかった。
確実にダメージは与えている。
その証拠に、相手の方も炎が萎もうとする現象を見せていた。もっとも、その度に気合の様な声を出し、必死に維持しようとしている。
恐らくだが、限界が近いのだろう。
ならば、このままにしておけば勝手に自滅する可能性も高いとも言えるが、それはソライにとっては、ある意味で不本意だった。
彼女自身、実力をそれなりに持っていると自負している。ただ、そこには劣等感もあった。
キライス、その他の連中に比べると、自分は明らかに不足している部分がある。
それ故に強がり、そして影で努力してきた。
そして、目の前の敵は、そのソライの強さを揺るがしている様にも見える。
とは言え、手出しができないのも確かだ。
と、フレスベルグの一打が迫った時だ。
敵は、その動きを突然変えた。
耐えに耐えたターナは、必殺のタイミングを待っていた。
いや、どこにタイミングがあったかは、正確には彼女にも分からない。
だが、彼女なりの勘が、最大の好機を引き寄せる。
敵エレメンの激しい殴打により、意識を何度も飛ばされそうになったが、それでも何とか耐え抜くと、背後に居るであろう敵マスターに対しても気配を感じ取ろうとしていたのだ。
それが功を奏したとは言えないが、一瞬だけ、背後の気配から気が抜ける感覚を掴み取る。
そして、そのタイミングで来た敵の打撃。
その瞬間、ターナは武器を引き抜くと、その打撃を足蹴にして急速反転し、大きく反対側へと飛び出した。
自身から吹き出す炎によっても推進力を得ると、複雑な機動を描いて敵マスターの背後へと回り込む。
ほんの一瞬である。
ソライは確かに少しだけ油断したかもしれない。
だがそれは、本当に瞬きするかどうかの一瞬だったはずだ。
敵は、それを見逃さなかった。
どうやって察知した?
どうやって感づいた?
必死になってソライも対応しようと試みたが、疑問の方だけが頭に過る。
敵の速度は恐ろしく速かったのだが、全てがスローモーションの様に進行していた様に思えた。
背後では形が崩れたフレスベルグが駆けつけようとしているのが分かった。
だが、間に合わない。
敵の加速と炎の魔力らしき物を帯びた攻撃は、ソライの防御壁を回り込みながらも突き立てて切り裂き、更にブリキ化した足をねじ込んで広げると、ソライに迫った。
必死に体を捻る。だが、全然追いつかない。
それでも、中途半端な位置で魔法攻撃を発動させた。
その無理やりな発動により、彼女の腕にも影響を及ぼし、酷く傷つけ血を撒き散らす。
だが、不思議と痛みは無かった。
そして、敵が突き出した短剣は、無理矢理の魔法攻撃の発動によって空振る。
何とかなった。
そう思ったのも束の間、敵から吹き上がる炎が今度はソライの魔法攻撃に巻き込まれる様にして吹き荒れると、もろともに吹き飛ばして大爆発を起こす。
その一瞬、フレスベルクが鳴き声を上げた様にも思えたが、もしかしたら自分か相手の悲鳴だったかも知れない。
吹き飛びながら、ソライは自分のエレメンが消滅するのを見ることしか出来なかった。
(また、負けたのか)
ソライの思考は、そこで途切れた。
「う・・・ぐううう」
溶けて変形した短剣を地面に突き刺しながら、ターナは何とか移動を試みようとしていた。
両足、そして体の一部が醜い姿となっており、上手く動かす事ができない。
いや、身体維持の方にターナ自身が意識的に力を持っていこうとしていた為、それが彼女の動きを阻害する結果ともなっていた。
優先すべき事の順位を間違った判断は、彼女の中で魔力制御の混乱を招き、動くと言う機能に悪影響が出る。
もっとも、そこには戦闘時の負傷、そして、本体とも言える短剣の劣化も絡んでいる為、彼女自身の意識が介入しなかった場合、下手をしたら停止していた可能性もあった。
それでも動く事ができたのは、ハルタの血のお陰と言えただろう。
だが、それも残り少ない。
その少ない力で、ターナは是が非でも敵の息の根を止めるつもりだった。
自分の全力を持ってしても、やっと相打ちに持ち込める様な敵である。
ここで仕留めておかなければ、今後、ハルタの驚異となる事は間違いない。
あの反撃に出た一瞬、全てを注ぎ込んで確実に倒せると思ったはずなのに、敵は犠牲も構わずに攻撃に出てきた。
それが計算だったのか偶然なのかは分からないが、結果として、全てを跳ね返されてしまい、ターナにはもう何も残っていない。
出来ることは、短剣を相手に突き刺す事くらいだ。
それでも、今の相手になら届くはずだった。
その距離、僅かに数メートル。
しかし、その数メートルが今のターナにはとてつもなく遠かった。
ブルブルと震える腕は、思った通りには動かない。
殆ど腕を投げ出すと言う動きしかできないのだが、それも自分が思ったよりも遠くに放り出す事ができず、必然的に短い距離を移動させるに過ぎなかった。
自分の体のはずなのに各部が動かない為、重りを付けているかの様でもある。
このままでは、相手の方が先に回復する恐れもあった。
敵はピクリとも動かなかったが、ターナの勘が、まだ生きていると訴えている。
だからこそ、ここでトドメを刺さなければならないのだ。
そう思って短剣を振り上げたターナの目の前で、何か青い物が突き刺さたっと思った瞬間、地面が突然弾け、そのまま彼女をボロ雑巾の様にして巻き上げると、土砂もろとも吹き飛ばした。
「ソ、ソ、ソライ! おお、おい、しし、しっかりしろ」
「う・・・あ、あ?」
「しし、しゃべるな。 だだ、大丈夫だ。 かか、必ず、たた、助ける」
自分のマントでそっとソライを包んだキライスは、フレスベルクとなったスライムで一旦上昇すると、更に形を変化させて物凄い勢いでその場を去った。
地面に転がりもはや動く力すらなかったターナは、それを見ている事しか出来ず、やがてガクリと頭を垂れると、それを合図にするかの様にして彼女の体は赤錆色の斑点が広がり、そして人間に近い皮膚は全てブリキへと変わってしまうのだった。




