~辺境の王者~ -7. 悪夢、再び!? その2
木の枝を折って一定に揃えると、俺は更に森の中に入って行き、適度な大きさの枝を沢山集めた。
長過ぎる物は、やはり適当な大きさに折る。ただし、あまりに太い物は、そのまま使うことにした。
それらを一箇所に集め、二つに分けて太めの蔦で縛って両肩から担ぐ。
ただし、結び目は直ぐに外れる様に細工しておいた。
茂みからこっそりと覗くと、ターナとユーカが、ガファアンドの周囲をグルグルと回りながら、付かず離れずの攻防を繰り広げている。
「そのまま、聞いてくれ」
茂みに隠れたまま、俺は二人に呼びかける。
「今から、ある策を仕掛ける。それで、もしモンスターが引っくり返ったら、ターナ、君は盾の裏の紐を切れ。ユーカ、君はそのサポートを頼む」
「了解しました、主様」
「はい、ご主人様」
二人の返事を聞くと、俺はそのまま茂みに隠れてガファアンドの近くにまで移動する。
敵を眼の前に、大声で作戦内容を打ち合わせるのは何だか間抜けだが、ガファアンドはコッチの言葉は理解できないはずだろうから、今は問題ない。
息を殺しながら、アニーズで絶えず位置関係を把握し、俺は茂みから木へ、木から茂みへと密かに移動する。
作戦の肝の一つは、出来る限りガファアンドに気付かれずに、奴に近付く事だ。
できれば顔を出して位置を確認したかったのだが、迂闊な行為が全てを台無しにする可能性があったので、ぐっと堪える。
アニーズは余り万能ではない。
実際、位置関係も目安に過ぎないので、下手をしたら、近すぎたり遠すぎる位置に来る可能性もあるのだ。
一分や数秒が長く感じる時間を経て、俺は、漸くガファアンドを間近に捉えられる所までやってきた。
木の陰からそっと覗くと、奴の姿をどうにか見る事ができる。
幸いにも、ターナとユーカの牽制に気を取られ、コッチには注意は向いていない。
後は、奴が背後を向くタイミングを見計らうだけだ。
そして、そのチャンスが遂にやって来た。
茂みから飛び出した俺は、蔦で巻いた木の枝の束を、奴の足元付近に、できるだけ広がる様にして巻いてやる。
その幾つかが奴の足に当たり、それに気が付いたガファアンドがコッチを振り向く。
これを攻撃とでも受け取ったのか、奴は怒りの声を発して俺に向かってきた。
計算通りだが・・・どうだ?
駄目だ。
木の枝を踏みつけて進むだけで、引っ繰り返るどころか、体勢を崩す気配すらない。
俺は、慌てて逃げ出した。
と、ガコンと言う感じの音がして、奴がつんのめっていた。
しかし、片足で飛びながら、上手くバランスを取ろうとする。
そこへ、ユーカが素早く走り込み、膝裏に蹴りを入れる。
それによって、仰向けに引っ繰り返るガファアンド。
「今だ!」
「「ハイ!」」
ターナは俺の指示通りに盾の裏に短剣を差し込むと、固定用のベルトを切断にかかる。
俺もそれを手伝う為に近づき、盾を捻って作業をし易くしてやった。
心臓が飛び出るかと思うくらいに鼓動が速くなったが、それを何とか平常を装って表面的な部分だけで抑え込む。
幸いにも、ユーカが奴の頭部に連続して打撃を与え、視界を奪う様にしてくれていたので、俺達への注意は多分向いていないはずだ。
だが、それができたのは僅かな時間だった。
奴が手足を振り回して暴れたので、俺達は離れるしか無かった。
唸り声を上げながら、奴はしっかりとした足取りで、ゆっくりと立ち上がる。
盾は、奴の腕に付いたままだ。
「失敗したか」
「ごめんさない。ご主人様」
「まだです」
そう言って、ユーカがジグザグに走ってガファアンドに近付くと、奴の右側から跳躍して突進する。
それを迎撃するガファアンド。
だが、ユーカは身体を捻ってそれを回避すると、盾を思いっきり蹴飛ばした。
すると、盾の固定用のベルトが千切れ、傾く。
しかし、それでも手で握っている部分があったので、完全には離れない。
そこへ、ユーカが更に身体を空中で縦に回転させると、追撃の一撃を放った。
偶然だったのか、それとも狙ってやったのか、上付近を蹴る事でテコの原理が働き、盾は遂に奴の腕からは引き剥がされた。
「ターナ、今です」
「! いっっけええええええ!!」
ユーカの呼びかけに応じ、今度はターナが突進する。
盾を失ったのに動揺したのか、一瞬、そっちの方向を見たガファアンドは、完全に対応が遅れた。
そして、跳躍したターナによって、今度は弱点である触手の根本に、深々と短剣の一撃を受ける。
今度は弾かれる事無く、奴の触手は根本から千切れ、一瞬だけ残った繊維が留める様な動きを見せたが、直ぐに垂れ落ちた。
だが、奴は今までのガファアンドの様に、倒れ込んだり藻掻いたりはしなかった。
傷口を左手で押さえると、その場で踏みとどまる。
レベル8は、伊達ではないと言うことか。
「倒れない?」
仕留めきれなかった事に、ターナも驚く。
更には、まだ空中に居る彼女に、奴の一撃が加えられ様としていた。
「逃げろ、ターナ!」
奴の一撃がターナを捉えると思った瞬間、後頭部にユーカの一撃が加えられ、何とか攻撃は逸らされる。
しかし、それでも倒れなかった奴は、今度はユーカにその棍棒を振り上げた。
と、今度はターナが、奴の下腹部に深々と短剣を突き立てる。
ガファアンドは防御力は弱いのだが、腹部だけは皮下脂肪が厚い為、ターナの攻撃でも通らない場所となっていた。普通なら、無駄な攻撃だ。
だが、それは彼女の狙いでもあった。
小さい彼女に目線を落とした奴は、注意がそこに逸れてしまう。
そこへ死角から、ユーカが傷口へ効果的な一撃を放つ。
堪らず後ろに蹌踉めくガファアンド。
その隙きを突き、ターナが下腹部をめった切りにする。
それに注意が向いた所で、またもやユーカが頭部を襲う。
完全に、二人のパターンにハマったと見ていいだろう。
もはや、勝負は着いたも同然だ。
それでも、念の為に俺は盾を回収した。
手に取ってみると、俺の予想通りであった事が分かる。
この盾、デファルタスは、説明によると付属品も頑丈とあった。
それが本当ならば、固定用のベルトと言えど、本来なら簡単に切る事さえできなかったはずだ。
だが、そのベルトは壮麗な盾に似つかわしく無い、何かの革で出来ていた。
人間用に作られた為に、ガファアンドがそのまま使う事はできなかったのだろう。
だから、後付で固定用のベルトを追加して利用していた。
しかし、それでは盾の加護の範囲には入らなかったらしい。
何もかもが推測に基づく賭けではあったが、何とか上手く行った。
と考えていたら、地響きを立て、ちょうどガファアンドが倒れたところだった。
「二人とも、大丈夫か?」
「ハイ、大丈夫です。ご主人様」
「私も、特に問題はありません」
二人揃ってそう言ったが、まともに攻撃を食らったターナに、俺はどうしても確かめずにはいられなかった。
念の為、彼女の左半身、特に脇腹付近を触らせてもらう。
それに、ターナはくすぐったそうにする。
触ってみたが、特に異常は感じない。
もっとも、赤錆色の硬質な材質に変わっているので、表面的には変化を感じられない。
武器だからか、打撃にはある程度は強いのかも知れないな。
「本当に、良かった」
安堵感からか、俺はターナの頬を両手で包んで撫でた。そこだけ人の顔に近いので、暖かくて柔らかい。
実際、本当の人の様に顔を赤らめた彼女は、そのまま俯いてしまった。
「ところで主様、その盾は一体・・・?」
ああ、そうだった。そのまま戦闘に突入してしまったので、コイツの詳細を伝える事ができなかったんだっけな。
アニーズは俺にしか使う事ができないので、彼女達は幾つかの部分で疑問を持っている様だった。
俺は、盾の素性と作戦の意味を説明した。
「なるほど。実に鋭い観察眼です。流石は、主様」
「ターナ、良く分かんないけど、ユーカが褒めてるから、ご主人様が凄いって事だけは分かる」
「あ、ありがとう。アハハハハ・・・」
苦し紛れの賭けだった事は話さなかったので、変に褒められて俺は乾いた笑いをするしかなかった。
「さて、この盾をどうするかだが、ターナに持たせたいんだけど。良いかな?ユーカ」
それを聞いて、二人は顔を見合わせた。
「お言葉ですが、主様。私達に、その盾は無駄だと思いますが」
「え?」
俺は、その意味が理解できなかった。
俺達の中で事実上の主力であるターナは、必然的に敵の的になり易い。実際、今回もそれで危うい目に遭っている。
それを考えると、防御を上げる装備は彼女には最適と考えての判断だ。
だが、無駄とはどう言う事なのか。
機動性や俊敏さが、削がれるとでも言いたいのだろうか。
でも、俺としては多少は動きに制限を受けても、できれば身の安全を確保してもらいたいのが本音だ。
「えっと・・・・それは、どう言う意味?」
「貸してください。装備しますので、鑑定をお願いします」
そう言ってきたので、ユーカに盾を渡す。
ところがユーカは、何故かそれを恐る恐る手に取る。
それに付いて聞いてみたが、彼女自身も良く分からないと返事してきた。
俺は疑問符を浮かべながらも、アニーズで調べてみる。
すると、ユーカのレベルが、7から一気に9に上がっているのを確認できた。
ターナに至っては、10になっている。しかも、後一回位の戦闘でまたレベルが上がる所まで、経験値が溜まっている。
と、そうじゃなかった。盾の方を調べないと。
改めて確認してみると、俺はユーカが言った事の意味を知った。
盾の名称や説明に変化は無い物の、各項目に『使用不可』『付与効果無効』の表記が出ている。
どうやら、彼女達は盾には使用者としては認められないらしい。
武器が人化した存在だからだろうか。
ついでに言うと、盾にはレベルの概念がないのか、そうした表記が見当たらない。
「この盾は、主様が持つのが妥当かと思われます」
俺が理解した事を見越して、ユーカがそう提案してきた。まあ、俺が装備すると各種の能力が正常に表記されるので、必然的にそうなるか。
考え様によっては、俺の守りが向上することでもあるので、二人の負担を減らす事にもなる。
俺は、ありがたくその盾を使わせてもらう事にした。