~謎の勢力~ -23. 天敵襲来 その8
用心しつつも俺たちが砦の中に入ると、そこには数え切れない程の死体が転がっていた。
中は正に地獄絵図と言って良い状況で、恐らくレパンドルの兵士達であろう者達は、暴力的な力によって無残に殺されて肉塊と化している。
その手口からすると、クラッデルムと言う奴の仕業に違いないだろう。
ここまでやる必要があるのかと、俺も憤りを覚えた。
ただ、幸いと言えるのか分からないが、シーゼスの兵も数人倒れており、少なからず彼らは反撃して任務を全うしたらしい事が伺えた。
その敵の死体の一つにはエレメンタリスらしき者も居たので、苦戦を強いられた俺としては、可能な限り数を減らしてくれた事に感謝する。
不意に見回すと、増援に来たレパンドルの魔装騎士たちが一様に悲痛そうな顔をしていた。
仲間がこれだけ殺されたのだから当然であろう。
しかし、他の者のそうした心情を無視するかの用に、フォーメルは砦内に敵が居ないか確認する様に指示を出す。
俺は既にアニーズによって調べてもいたので、中に敵が居ないことを知ってはいたのだが、アニーズも上手く隠れる相手にはあまり効果が無いので、念の為と言う事で参加した。
それに、外から敵が攻めてきた時に、伏兵が潜んでいたら洒落にならないと言う理由もあるからだ。
因みに、アニーズの事はまだ秘密にしてある。
この世界では、俺の様に相手のステータスを簡易ながら見る能力は無いようなので、知られたら色々と面倒そうだったからだ。
暫くの後、全員が一通り調べ終えてから予定の集合場所に集まってきて、それぞれに報告をする。
「異常なし」
「こっちも、敵らしい者は確認できませんでしたわ」
「こっちも・・・シーゼスの奴らは居なかった・・・・」
イーブル・ラーナンとイユキらがそれぞれ簡潔に報告してきたが、レパンドルの騎士たちは空気が重く、表情もそうだが出てくる言葉もどこか沈んだ感じだ。
恐らく生存者は居なかったのだろう。
そして、この惨状である。
兵士である前に、彼らもまた人間なのだ。
ただ、統率するフォーメルはそうも行かない様で、部下が落ち込む中にあって一人だけ冷静に指示を出そうとする。
「ファーデル、二人ほど選んで警戒に当たらせろ。 残りは遺体を・・・・」
「その必要は無いぜ」
「「!!」」
聞き慣れない声に、全員がその方向へと振り返る。
しかし、声の主は上にあり、皆が揃って首を上げると、数メートルはある砦の更にその上、粗野と言うか使い込んだと言うか、如何にも歴戦の戦士といった格好の男が宙に浮いてこちらを見ている。
しかも、その男の周りには赤い何か、そう蜃気楼の様な物が揺らめいていた。
(魔法!? 魔法使い? いや、エレメンタリスか?)
咄嗟に直感した俺がアニーズを使うと、案の定、エレメンタリスと言う形で情報を取得する。
だが、そこには更に驚異的な表記が並んでいた。
名称『アンガム・デタンタス』種別『ファルダー系ヒューマス』レベル32
強さ『マンティコアクラス第4位』影響度『強/狂傭兵』
『主に西方を主戦場として活躍している傭兵。エレメンタリスの使い手であり、数々の戦場を渡り歩いて来た強者。火山地帯から発生したファルダー系ヒューマスでもあり、火の魔素をその体内に取り込んで、それに類するエレメンの扱いには特に優れている』
これまた新しい情報が出てきたが、コイツはまだいい。
問題は、その後に奴の蜃気楼の揺らめきから現れたエレメンらしき物だった。
鹿か馬の様な体から蛇の様に長い首が7つ伸び、その先端にはそれぞれ爬虫類と人間を合わせた様な顔がくっついている。
ディナードがまんま影が薄い奴だったのに対し、コイツにはハッキリと肉眼で確認できる程に像が強い。
一応、裏が透けては見ているのだが、実体の有無以前に、まとっている空気が違う。
事実、アニーズで調べてみても、相応しい情報が並んでいた。
名称『フォービ』種別『アーリー属フォービ』レベル21
強さ『フォービ相当』危険度『都市伝説級』
『かつてあった二つの世界で起きた大戦において、その最中に創造された新種。投入後直ぐに活躍し、立ち向かって来た者全てを焼き尽くした。その炎は水で弱まる事は無く、集中的な攻撃を受けた者は数秒と持たずに消し炭となる。対抗するには同等以上の存在でなければ不可能』
フォービ?創造された新種?
色々と気になる事があるが、さっきのディナードと良いエレメンってのは別世界から呼び出される様な存在って事で、アニーズが扱う枠内には当てはまらないのか。
それに、危険度が都市伝説級って何だよ。
アニーズの情報だけでも十分にヤバイ奴なのだが、発せられる殺気も半端がない。
森の中で遭遇したモンスターとは段違いだ。
そして、それを裏付けるかの様に、フォーメルが慄いた声を上げる。
「ま、まさか、ハイド・エレメンタリス!?」
それを聞くまでもなく、その他の魔装騎士たちも動揺していた。
何だってんだ。
そして、もう一つ気がかりな事がある。
それは、ここに来てアニーズの精度が著しく落ちている事だ。
以前なら相手の持つ技や能力に関しても情報が取得されていたのだが、何時の頃か、それが出てこなくなっていた。
原因は分からない・・・・いや、幾つか考えられはするのだが、ハッキリとした確証はない。
何れにしろ、俺だけのアドバンテージと思われていたステータス取得も失われつつある。
「おい、フォーメル。 アイツは何なんだ?」
「・・・魔装騎士の最高峰はバウンダーと呼ばれている。今し方倒した相手がそれだ。 それと同様に、エレメンタリスにもそれに当たる存在が居る。
それが、ハイド・エレメンタリス。しかし、コイツは・・・・」
「勇者ってのは、お前さんかい?」
フォーメルが二の句を告げる前に、相手側から呼びかけてきた。
どこか人当たりの良さげな感じで見下ろしているが、俺はその裏にあるドス黒い物を感じて身構える。
使役しているエレメンといい、この男からは隠しきれていない危険な匂いを感じたからだ。
それ故、俺は沈黙で答えた。
アンガムは表情にこそ出さなかったが、目の前の光景に多少は驚かされていた。
彼の優れた魔力感知は、複数のそれから幾つもの魔力糸が伸び、それが一人へと集約しているのをハッキリと見て取っていたからだ。
ハッキリと言っても魔力糸は常にぼやけた物である為、肉眼的にはおぼつかないのだが、それでも誰に繋がっているのかだけは確実に分かる。
恐らく巨大な鎧の側に居る者が勇者、あるいはアーマルデ・ロイデンのマスターだろうが、自分の長い経験と知識に当てはまらない状況がそこには広がっている。
魔力糸を見る、或いは知覚する為には基本的に自身にも高い魔力と適正が必要であり、普通は途中でボケてしまうので何となくと言う感じでしか知る事しかできない。
だが、目の前に居る存在には、それが当てはまっていない。
魔力糸によって繋がっているので、恐らくアーマルデ・ロイデンであるのは間違いはないのだろうが、更に多彩であると言う事にも驚かされる。
変な鎧の奴と半裸の娘は良いとして、六本腕や巨大な鎧と言ったアーマルデ・ロイデンは見たことも聞いたこともない。
特に巨大鎧は、一体何のアーマルデ・ロイデンなのだろうかと疑問が湧いた。
持っている獲物からして、恐らくウォーハンマーが媒体になったと思うのだが、それにしてもこんなフルプレートの、それも巨大な鎧として人化できるものなのだろうか。
できたとして、一体、どれほどの敵の血を吸ってきたのか。
しかし、疑問は他にもある。それは、張り巡らされている魔力糸の構造だ。
自分が"見たことのあるアーマルデ・ロイデン”は、一本の細い魔力糸で武器と繋がっていた。
それ故に魔力糸をある程度見る事ができないと、それらはボヤけるか、場合によっては途切れて見えないのだ。
それが一般的なアーマルデ・ロイデンなのだが、この勇者とされる奴の魔力糸は、複数が枝分かれして幾つも武器へと繋がっている。
それ故に、本来であれば専門ではないアンガムにも、容易にそれらを見る事ができた。
だが、こんな魔力糸の展開方法など、彼の知る限りでは聞いたこともない。
そもそも、これほど広範囲に魔力糸を展開するなど、相手の魔力量は一体どうなっていると言うのか。
更に不可解なのは、魔力量が多そうな展開方法を実施しているにも関わらず、当の本人からは、そうした気配が一切ない。
とは言え、所詮はアーマルデ・ロイデンである。
蓄える魔力が仮に多いとしても、それを放出できる魔力糸の細さは変わらない。
それは同時に一度に送り込める、或いは使用できる魔力量に限界があると言う事を示していた。
恐らく強大な魔力を感じられないのも、結局はそういう事なのだろう。
アーマルデ・ロイデンが兵士として如何に強力であったとしても、使える魔力に制限があるのではエレメンタリスの敵ではない。
大火も爆発するほど激しい炎をぶつければ消えると言うが、同じ熱量であってもロウソク程度の火を何本並べようが、それは何の意味も持たない。
魔力の概念とはそう言う物だ。
そして、彼の操るフォービは、煮えたぎる溶岩溜まりその物と言って良い。
もはや、同格以上の存在でも無い限り、どうこうしようがないのだ。
「もう一度聞く。勇者ってのは、お前か」
しかし、魔力糸が集中している男から返事はない。
相手が勇者かどうかなど本当はどうでも良かったのだが、変わった魔力糸を展開している事から、その正体に多少の興味を持って聞いてみたのだ。
「ま、いいさ。 どの道、全員を殺せば済むことだ。 なあ」
それを合図にして高さのある塀を軽々と乗り越え、アンガム以外にも六人のエレメンタリスが現れた。
新手の出現にフォーメルたちがざわめいたが、俺も相当に驚く。
アニーズで周囲を確認していたはずなのに、全く探知できなかったからだ。
単に隠れていたのか、或いは後から来たのかは分からないが、雑魚では無い事は間違いないだろう。
実際、程度の差こそあれ、全員が似たような危険な匂いを放つ。
その後に出現させた細長くしたアカエイの様なエレメンは『ファエルエラ』とか言う奴で、種別が『ファルダー系エレメン』、強さ『サラマンダー・ダウン』危険度に『オリジナル属上位』とあり、『火属性のエレメンで、その上位種。火系の魔法を主として攻撃するが、オリジナルの加護により、許される範囲でそれを応用した他属性の魔法も使う』と、先のディナードの説明を流用した様な情報が表示される。
アンガムのそれに比べたら劣る物のレベルは30以上と高く、ディナードに苦戦した俺のメンバーからしたら強敵と言えるだろう。
また、危険度に『オリジナル属上位』とディナードとは違う表記があるが、それを信じるなら更に強い事になる。
実際、奴らの纏う蜃気楼の様なこれまた赤い揺らめきは、ディナードを操っていた連中よりも幾らかハッキリとしている。
だが、それだけではない。
こうも容易く接近を許すと言う事は、使用者もそれぞれ相当な実力者を持つと見ていい。
事実、後から現れた連中のレベルも20代後半から30となっており、単純な強さで言えばクラッデルム並と見て良いだろう。
さっきの今で、この連戦は不味過ぎる。
「くっ・・お前たち、東側の人間ではないな。 シーゼスに西側の勢力が介入したのか」
フォーメルが下から睨みつけながら武器を構え、他の連中もそれにならって動く物の、明らかに動揺が見て取れる。
「おい、フォーメル。コイツら、そんなにヤバイのか」
「後から来た連中は問題ではない。 あの中央の奴は・・・ヤバイどころの話ではない。ハイド・エレメンタリスが本気を出せば、一国が瞬時に滅びる。 全方向での攻撃力で言えば、バウンダーよりも上だ。 一説によれば、ヴィーダルにも匹敵するらしい」
「ヴィーダル・・・?」
なぜフォーメルがヴィーダルの事を知っているのかと疑問に思ったが、今はそれどころじゃない。
一国を滅ぼすって、実力で言えばミズツノシシオギ並って事じゃないのか。
もしかして、奴もエレメン、あるいはエレメンタリスの一種だったのか?
ともかく、この場を切り抜ける方策を考えなければ。
「・・・ハルタ殿、我々が盾になります。 その隙きに、貴方は全力で逃げてくれ」
「何言ってんだ。 死ぬつもりか」
「その通りです。 あの真ん中の奴を相手に生き残る事は不可能だ。 貴方とその仲間も」
「オイオイ、そう焦るなよ。 こっちだって本気を出せばタダでは済まないんだ。だから、十分に遊んで行け。 外で相手をした連中みたいに、俺らだって倒せるかも知れないぜ?」
俺たちの会話を聞いてか、アンガムと言う男が会話に割り込む。
タダでは済まないって事は、向こうにも何かしらの使用制限があるのか?
だとしたら、つけ入る隙きはあるかも知れない。
しかし、その希望はフォーメルによって否定された。
「その口ぶり、態度。 恐らく我らが到着する以前から、事の成り行きを見守っていたのであろう。 ハルタ殿の正体を知って言っているなら、全くの戯言だ」
そう言って、武器を短く鋭く振ると、フォーメルは自分が相手になると言う意思を示した。
フォーメルの言うヴィーダル級の強さと言う基準がよく分からないが、既にバウンダーだったらしいクラッデルムの魔法攻撃や、ディナード相手に苦戦した俺たちでは、確かに相手にならないかも知れない。
それに、俺達がアーマルデ・ロイデンと言う物ならば、エレメンタリスにはどうも分が悪いらしいので、ここはやはり逃げるべきなのだろう。
チラッとマツリカやイユキを振り返ると、全員がまだ『損傷・小』と言う表示がされている。
ディナード戦でかなりのダメージを受けたはずなのに、ここまで回復したのは凄いのだが、万全でも駄目だったのに、これでは勝てるかどうかは確かに怪しい。
だとしたら、逃げる方がやはり良いのか。
しかし、俺は首を横に振った。
フォーメルは強がってはいたが、もし彼が言った事が事実であるならば、足止めできる時間も限られるはずだ。
そうなれば結局は追撃を受けて、どこかで戦わないと行けなくなるだろう。
それに俺のアニーズで確認したところ、外に数人が待機しているのも確認済みだ。
元より連中も簡単に逃がすつもりは無いって事だ。
よしんば逃げ切れたとしても、最悪、王都近辺で戦う事になれば被害は想像もつかない。
ならば、被害を気にせず暴れられ、戦力の揃っている今の方がまだ勝機はある。
「フォーメル。 悪いが、俺達も一緒に戦うぞ」
「何を言って・・・」
「どの位持たせられるつもりでいるんだ」
「っ・・・・」
俺の参戦を否定しようとしたフォーメルだったが、その質問には詰まった。やはり、見立ては間違っていないようだ。
「大丈夫だ。 こっちにだって切り札はある。ただ・・・時間をできるだけ稼いでくれ」
「切り札? 何を・・・」
「今は説明している暇はない。 とにかく、やれる事をやるんだ」
一瞬、困惑した様な顔をしていたフォーメルだったが、直ぐに元の顔に戻るとこう言った。
「貴方の考えている通り、我らでは隙きを生み出す以上には保たせられない。 切り札があると言うのなら、その間に何とかしてもらうしかない」
「分かった」
「相談は終わったか? そろそろ、仕掛けさせてもらうぞ」
如何にもな余裕を見せ、俺達の会話が終わるのをご丁寧に待っていてくれた風に装うアンガムと言う奴だったが、勿論そんな分けない。
奴も大技を使う為に溜めの時間を使っていただけだ。
「来るぞ。 全員、最大出力で防御を展開・・・・」
「フォーメル、できるなら範囲を絞って、防御力を上げろ。 受けるんじゃくて、受け流せ」
俺の言葉にハッとなったフォーメルが直ぐに反応し、大きく展開しようとした防御壁を絞り鋭く鋭角的に展開すると、他の者にも合図を送って同じ様にさせた。
俺も合図を送って彼らの影に他のメンバーを入れる。
マツリカは飛びかかろうとしていたので、それを手を取って無理矢理に引きずり込んだ。
その直後、猛烈な炎が辺り一帯を襲い、あっという間に火の海に包まれる。
それも唯の炎ではない。
威力が桁違いというか、何か別の作用を持っているのが魔法防御越しにも伝わってくる。
実際、フォーメルたちがジリジリと押され始め、周囲に転がる遺体はどんどんと燃え上がり、最後は完全に消し炭になっていった。
しかも、魔法防御の中に居るはずなのに、微妙に熱さを感じる。
こんなのをまともに喰らっていたら・・・・・
「マツリカ、あれを俺にやってくれ」
「あれ?」
「ミズツノシシオギと戦った時の奴だ。 あれなら、アイツらにも勝てるはずだろ」
「ば・・・バカ、お前、あれは危ないんだぞ。 第一・・・・」
何かを言いかけて、マツリカは黙る。何を言おうとしたかは分からないが、危険なのは今の状況も一緒だ。
ならば、こちらに少しでも有利な手段を取る方がまだマシだろう。
それに、俺は彼女の事を信じている。
「危険は承知だ。 だが、奴らに勝つにはこれしか無い。 見ろ、周辺を。 この魔法は、お前らがさっき戦ったエレメンタリス共の比じゃない」
言われて周囲を見渡すマツリカ。その脳裏に何を思っているかは読み取れなかったが、彼女は口をキュッと結んだ。
恐らくだが覚悟を決めてくれたのかもしれない。
そうこうしている内に敵の攻撃が止む。
しかし、同時にフォーメルたちが全員ガクッと膝を付き、肩が激しく上下する程に粗い呼吸をしていた。
「へぇ、やるじゃないか。 いや、そっちの勇者かも知れねぇ奴の助言のお陰か」
アンガムが俺を見つつ、嫌らしく笑う。
「マツリカ、時間が無い。フォーメルたちがまだ持ち堪えている内にやるんだ」
「アレは必要ない。 この程度の敵、私なら何とかできる。 リディ、アシュレイ、お前らはハルタを守れ。 イユキ、ターナ、行くぞ。援護しろ」
「え、援護?援護って?」
行き成りの事に慌てるターナだったが、イユキは理解したのか無言で頷く。
「ちょっ、マツリカ!」
狼狽えるターナと俺を他所に、マツリカは飛び出して行ってしまった。そして、ターナもそれに続く。
(要は相手の体を、魔力で形成できない様にすればいいんだろ。ならば!)
凄まじい速度で加速したマツリカは、次の瞬間には跳躍してアンガムに突進した。
その速さには流石の相手も反応できなかったのか、驚きの表情と共に身を少し引くくらいしかできなかった。普通に見れば、完全にアンガムを殺った様に見える。
だが、そこへフォービが間に入って、アンガムを守る盾となった。
「読み通り!」
そう言い放ったマツリカは、次の瞬間には空中で体を一回転させて溜めを作ると、凄まじい速度で振り下ろすと同時に、目では捉えられない速さで何度もフォービを切り刻んだ。
恐らくだが、数えきれない程の斬撃を浴びせたのだろう。切れ目が幾つも入ってフォービの像が歪な形となる。
俺でさえも、その光景を見てやったと思った程だ。
だが、一瞬の後にはフォービの姿は元に戻ってしまい、今度は向こうが攻撃の溜めを作る。
「あぶない」
ターナがマツリカを横から掻っ攫うのと、敵の炎が吐き出されるのはほぼ同時だった。
しかし、僅かの差でターナが速かったらしく、何とか回避に成功する。
そこへ、更にイユキが転がっていた石をアンガムに投げつけ、アシュレイの矢が放たれたが、それらは届く手前で爆散した。
奴の背後にゆっくりとフォービが回り込む。
恐らく、アンガムを守る為に何かしたのだろう。
「コイツ・・・・」
睨み上げたマツリカだったが、アンガムは余裕の表情で見下ろしていた。
「驚いたな。 まさか、力技でこの俺のエレメンの魔力を減退させようとするとは。 いやはや、参った。流石は勇者様のアーマルデ・ロイデンと言ったところか」
さも感心した様に拍手を送ると、奴の周りに居る仲間からも笑い声が漏れる。
それにマツリカが怒る。
「貴様、そんな所でお高く止まってんじゃねー。 それとも、逃げる準備をしてないと怖くて戦う事もできないのか。 降りてこい」
その言葉にアンガムは肩をすくめて戯けたポーズをとる。
「手厳しいな。 俺たちゃ傭兵だから臆病なのさ。 確実に勝てる敵しか相手にしない様にしてるしな。 お人形さんの言う通り、ヤバくなったら直ぐ逃げ出すための準備をしておくのさ。 だから、怖くて下には降りられないってこった」
むさい顔に似合わない言い方でアンガムはマツリカをからかう。それと同時に、周りに居る連中の仲間が腹を抱え、さも可笑しいといった具合で声を上げた。
それにマツリカは顔を赤くしたり白くしたりして怒りを爆発させる。
「ふ・・・っざけるな!」
再び突進を試みるマツリカだったが、今度はフォービが先手を取り、その行く手に炎を撒き散らして妨害する。
さしものマツリカも、これには飛び下がるしかなかった。
「くそ、やっぱり駄目じゃないか。 マツリカ! 戻れ」
「ハルタ殿、中途半端に戦うと全滅するぞ。 切り札はどうなった!?」
「今使う、待ってろ。 マツリカ、戻ってこい」
フォーメルの忠告が飛び、俺もそれに怒鳴る様に返答する。
しかし、マツリカは俺の呼びかけを無視した。これじゃ暴走と捉えられても仕方がないじゃないか。
こうした事も含めて、俺たちがアーマルデ・ロイデンってのは間違い無いのかも知れない。
残念だが、殆どにおいてフォーメルが言っていた事が当てはまっている。
そして、まともにやり合ったら、エレメンタリスには勝てないのだろう。
だからこそ、マツリカのあのバーストモードが必要なのだが、俺の身を案じてなのか、頑なに拒否している。
そうこうしている内に、リディが俺に中に入るように促してきた。
「待て、まだだ。 マツリカに・・・」
「なりませんぞ、主君よ。 マツリカたちは、貴方に頼らずに戦う方法を探しているのです。今しばし静観を」
「頼らずに戦う? リディ、何を言っているんだ」
しかし、彼女は俺のその質問には答えずアシュレイの方をチラッと見ると、それを合図と受け取ったアシュレイがその複数の腕で俺を拘束して強引に鎧の中に入れ、直ぐに後退した。
「アシュレイ、我の背後に隠れよ。お主は前面に出てはならぬ。 先程は油断したが、主君を守る為ならば・・!」
リディが何事かを呟いたのだが、俺はその意味が分からない。だが、外部から見る事ができる者が居たならば、リディの鎧から赤く光る煙が溢れだすのを確認できていたはずだ。
そして、それをマツリカは視界の隅で捉えていた。
「リディめ、貴重な力を使いやがって・・・いや、ハルタの為には仕方ないのか。 だが!」
リディの内部に入り込んで直ぐ、彼女の能力である外を見る能力が発動されたが、飛び込んできたのはアンガム相手にマツリカが構えをとった姿だった。
型からして『必殺の斬撃』だろう。最初から使えば良い物をと考えたのだが、同時に違和感も覚える。
そうだ。何故使わなかった?
いや、構え自体は『必殺の斬撃』なのだが、どこか違和感がある。
それが何かは上手く言えないのだが、ダオウルルズ戦や他で見たのと比べ、構えに力がないのだ。
マツリカは、何をしようとしているのか。
そして、リディが言った俺を頼らない戦い方とは何だ。
それに疑問はまだある。
フォーメルは魔装騎士はエレメンタリスの天敵と言ったのに、何故ハイド・エレメンタリスは除外されるのか。
「リディ、俺に隠している事があるだろう?」
「・・・」
「リディ!」
「女同士の秘密ですわ。言えません」
これまでのリディの口調と違う形でそう言い放つと、彼女はプイッと顔を背ける。
普段が普段だけに、意外なその行動が可愛い・・・・じゃない。
女同士の秘密って・・・何だ。
生体的に何か変化があったとでも言うのか。
色々な考えが巡るが、その中心にはフォーメルの言っていたアーマルデ・ロイデンに関する不穏さが、俺に伸し掛かる。
みんな、大丈夫なのか?
ハルタが違和感と疑問を感じているのを他所に、マツリカは全身全霊で、元あった己の力をかき集めるのに集中していた。
マツリカの力の幾つかは制限がかかっている。
基本、彼女は「人間」が使う事を前提とされており、且つ、使用者が一定の能力に達していなければ力を発揮できない。
しかし、その頚木を解き放ったのがハルタの血だった。
詳しい事についてマツリカ自身も分かっている訳ではないのだが、しかし、自我と言う物を持つ事で制限の緩和、能力の把握とそれの実行と言う、ある種、マツリカの采配で力を自由に振るえる様にもなっていた。
それはマガツノミホロと言う武器が「人間化」する事で、本来あった制限を飛び越えたと見る事もできる。
それでも全力を出すにはまだ足りない部分も多かったが、マツリカ自身の長い歴史で見れば、それは革新的でもあったはずだ。
故に、彼女の本体でもあるマガツノミホロには、ハルタの血に頼らない力があるはずだった。
常に帯びる魔力がそれであり、まだ眠っているであろうこの妖刀の力を引き出す事ができれば、十分に対抗できる。
彼女は、そう考えていた。
果たして、マツリカは妖刀の力を繰り、その力を刃へと乗せ始める。
だが、これでは全然足りないと言う事も瞬時に悟った。ここまで僅かな時間であったのだが、それでも敵にとっては攻撃を開始するに十分な時間だったろう。
リーダー格らしい男は、ターナが牽制してくれていたので幸いにもマツリカに注意を向ける事はなかったが、逆に取り巻きの連中が動き出し、その内の一人がマツリカへとエレメンを向ける。
それに対し、マツリカは全力で切りかかった。
構えこそ必殺の斬撃だったが、斬撃は飛ぶことは無く、そのまま彼女は突進して技を繰り出す。
先程フォービにした攻撃よりも更に速く鋭く叩き込まれたマツリカの斬撃は、確実にファエルエラの姿を細切れにした。
しかし、その状態でファエルエラは炎の槍と形容すべき何かを、マツリカに向けて突き出す。
相手に接近していた為に、彼女はその攻撃を受け流すしか無かったのだが、触れた瞬間、爆発が起きて吹き飛ばされた。
「マツリカ!」
リディの中でその様子を見ていた俺は思わず叫んだが、当然の様にそれは彼女には届かない。
吹き飛ばされて意識を失ったかの様に中を舞うマツリカはしかし、途中で体制を整えると地面に着地する。
どうやら、何とか耐えきった様だ。
とは言え、状況が好転した訳ではない。
あれだけ威勢よく出て行ったと言うのに、結局は対抗しきれていない。
それどころか、出し惜しみをして完全に負けている。
・・・出し惜しみ?
そうだ。
違和感と言うのは、これだ。
マツリカにしろターナにしろ、もっと力を振るえるはずなのだ。
ターナならば、バンドラナ戦で見せたあの炎をまとった様な超スピードと、相手を焼き尽くす特殊攻撃を。
マツリカなら、通常でさえも特殊な攻撃になる力、それに加えて強力な必殺の斬撃や必中の一閃、そして相手の攻撃を相殺できる功相討つなどがある。
なのに、何故それらを使わないのか。
リディが言った俺に頼らない戦い方がその原因だとしたら、何と無謀な事をしているのか。
何故こんな事をしているのかは分からないが、状況を考えれば今やるべき事ではない。
「リディ、お前の言ってた秘密って、力を抑えて戦うってことか? だとしたら、間違った選択だ。 このまま行けば、ターナもマツリカも、俺達でさえも殺られるぞ」
狭い鎧の中でリディを見上げながら言った俺に対し、彼女は困ったような泣きそうな顔をして口をへの字にする。
ここまでして俺に秘密にしたいって、やっぱり何か恥ずかしい理由とかがあるのだろうか。
俺は完全に明後日方向で勘違いしてしまい、そのままリディに追求するのを止めた。
しかし、このままでは不味い。
何かしら策を打つなり行動しないと。
とは言え、出来ることは限りなく少ない。
マツリカが力を抑えて戦っているなら、本気を出せば対抗できる可能性もあるが、それが本当にエレメンタリスらに効くかどうかは、ある意味で賭けだ。
だからこそ、出し惜しみをしている場合では無いのだが・・・・。
リディは一瞬、自分が何であるかを、よっぽどハルタに話そうかと迷った。
しかし、それは余計に彼に混乱を招き、或いは血の補給を促してくる可能性もあった為、思い留まる。
リディはハルタの血を必要としないのではなく、既に彼の血を、彼があの王都に来る前から受け取っていた。
それも、オリジナルとも呼べるかも知れない物を。
リディは自分に血肉を分けた人物の事を知っている。
しかし、それは今のハルタとは違う事も理解していた。
故に彼女は、自分の中にある血を大事にしてもいたが、同時に今側に居るハルタも同じ位に大切に思っている。
彼女の中にある血は自分を構成する全体からすれば数%にも満たないが、それでも彼女の力の根源としては重要だった。
本来であれば、彼の血を十分に依代とし、それで完全に起動するはずだったのだ。
だが新しいハルタが側に来て、その膨大な魔力を自分に流し込むと言う別の手段により、リディは再び起動できた。
その魔力はあくまでも起動の為のキッカケに過ぎなかった為、彼女が力を発揮する為には、まだハルタの血が必要であったのだ。
そのリディも、だんだんと血の消費が早くなる事を感じていた。
ある意味で、彼女もマツリカたちと立場を同じにしているが、オリジナルを大事に思うが故に、新しいハルタの血が入る事でそれが薄れ、更には不具合が生じる可能性を恐れてもいたのだ。
実は、それを必要としない方法もある。或いは、これが本来の方法であったとも言えるかも知れない。
今のハルタの魔力を上手く取り込み、それ自体を依代とする事で機能を万全にする方法だ。
言わば自分の中にハルタの力の中継点、もしくは第二の供給源となるベースを作る方法なのだが、今もまだ完成してはいない。
故に、リディは常に見張りと称して、夜も動いてその魔力を隅々にまで行き渡らせる努力をしていたのだ。
そして恐らく、マツリカがやろうとしている事も同じなのだろう。
自分も含めて、マツリカも本来とは違う形でその姿と力を得て、主の為の武器として存在している。
今行っている無謀とも言える戦い方も、現ハルタと言う仕様に対応する行為でもあるのだ。
マツリカも、きっとあの時を知っている者なのだろう。そして、変化を起こさなければ、あの時と全く同じ運命が待っていると分かっているのだ。
ハルタにそれを話し彼の血肉に頼る事は凄く簡単な事だが、それでは同じ失敗を繰り返すだけとなる。
或いはそれを知らない分その意味を重く受け止めずに、ハルタは無理に血肉を差し出す可能性すらあった。
だからリディは敢えて黙った。
自分の意思が介在すると言う事は、少なくともあの時には無かった事であり、選択する幅が広がっていると見ることもできる。
ただ命じられるがままのあの時とは違う状況であるからこそ、この程度のピンチは自分たちで乗り越える必要があるとも考えていた。
「主君よ、どうか私達を信じて欲しい。 この程度の危機を乗り越えられなければ、どの道、あのミズツノシシオギに勝つことはできない」
それを聞いて俺はハッとする。
今まで、俺は無意識の内にミズツノシシオギに勝った気になっていたが、既に回復していると言う可能性が抜け落ちていたからだ。
そう考えれば確かにこの程度の敵をどうにかできなければ、あのミズツノシシオギに再度相対したとしても、勝てるかどうか分からないだろう。
結果的には追い払う事はできたが、既に手の内が割れている今となっては、地力を上げるのもまた大事なことではある。
それについては分かったが、しかしながら今は分が悪い。
エレメンタリスに関する情報を今得た上に、元から相性が悪いとされているのだから、超えるべき相手としてはハードルが高すぎるのだ。
ここは、どうやってでも勝ち残り、後で方法なり手段を検討するのが正しいと思うのだが、リディたちが力を振るうことを嫌がっている様に見える俺は、それも強く言い出せない。
そう言えば、何でアーマルデ・ロイデンは女ばかりなんだ。
男のアーマルデ・ロイデンが居たなら、今回の件に関しても相談してくれていたのだろうか。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
ここから、どうするかだ。
マツリカたちが勝手に動いている以上、できる事は限られる。
俺は、頭をフル回転させた。




