~辺境の王者~ -6. 悪夢、再び!?
ターナとユーカのレベル上げを優先してから数日が経った。
俺のレベルは相変わらず上がっていなかったが、少なくとも彼女達のレベルは、とっくにここのモンスター達の平均を超えていた。
だが、谷底を攻略するには、まだ足りない。
今居る森周辺のモンスターは、平均レベルが大体4から5ってところだ。
また、それらが複数存在していたとしても、広い場所だと撹乱する事ができたので、多少のレベル差があっても何とかできた。
それに比べて、崖の底に居るモンスター達のレベルは10以上の上に、確認できただけでもかなり密集していた気がする。
場所が狭いと言う事を考えると、真正面からの潰し合いになる可能性も高い。
俺と言う足手まといの事も計算すると、彼女達には最低でもレベル15位にまでは上がってもらう必要がある。
現在、順調な事もあってターナはレベル9に、ユーカもレベルを7にまで上げていた。
ただ、アニーズによる評価はあまり変わっておらず、ターナもユーカも、強さでは『朱雀クラス第10位』で止まり、影響度もそれぞれに表示された『実戦を学んだ素質のある新兵』『冷静で有能な補佐官』のままである。
この評価自体イマイチ当てにならないのだが、俺が見た範囲では確実に強くは成ってはいる気がする。
大体、モンスターの強さや危険度の評価も、何が基準になっているかが不明過ぎて参考にならない。
実際、二人の連携には磨きが掛かってきており、レベルアップのお陰もあってか、並のモンスターでは全く相手にならなくなっていた。
もっとも、そのせいでレベルアップのペースも落ちてきている。
「ターナ、後ろだ。ユーカ、右10メートルに新手」
そう叫びながら、俺は牽制の為に即席の槍を投げる。
投げた槍は、ターナの背後から迫るガファアンドにこそ当たらなかったが、それによって一瞬怯ませる事には成功する。
もう一体、ガファアンドの相手をしていたターナは、その隙きを見逃さなかった。
クルッと身体を一回転させる動きを見せたかと思ったら、弱点でもある触手を根本からバッサリと切り落とす。
堪らず、切り口を抑えてのたうち回るガファアンド。
一方で、ターナが今まで相手をしていたガファアンドが、彼女目掛けて突撃しようとした所を、背後からユーカが襲い、素早い一撃を膝裏に叩き込んで、ガファアンドの勢いを削ぐ。
現在の戦闘スタイルとしては、前面にターナが出るのは変わらないが、ユーカが中間位置からやや前に出ると言う感じとなり、俺は彼女達の背後に回る様にして、離れた位置からの指示と援護に回っている。
俺に何かあった場合でも、ユーカの反応速度と機敏さならば、直ぐにカバーに入れると踏んでのポジショニングだった。
木の枝を削って何本か用意した槍は、軽くて投げやすいので、俺にも扱いが容易だった。
ただ、アニーズによると、この木を削って作った槍は武器としては認識されず、ただの木の枝と言う評価になっている。
そのせいか、これで幾ら攻撃しても、武器として経験値が入る様な事は無かった。
新たな仲間を増やすと言う目論見があっただけに、ちょっと残念だ。
一応、材質が駄目なのかとか思って、色々と木の種類を変えたり、また、最初はターナに頼んで削ってもらっていたのだが、武器が武器を作ると駄目なのかとも考え、俺が石で削って加工したのを試したりしても見たのだが、やはり武器としては認識されない。
そう考えると、ユーカはある意味では希少な存在だったと言える。
そのユーカが、今度は茂みに隠れて向かってきた猿と蜘蛛の合体モンスター、トラクルに狙い澄ました一撃で致命傷を与える。
そして、ピクピクと痙攣するそれに、容赦ない一撃を加えて止めを刺した。
同時に、断末魔の声を上げて、ガファアンドがその巨体を横たえ、そのまま絶命する。
巨体の向こう側には、短剣を逆手に持ったターナが居た。
辺りには、数体のモンスターの死骸が転がり、その中にはガファアンドが三体も居て、彼女達が確実に強くなっている事を物語る。
今までの様に低レベルで単独行動しているモンスターを狩っていては、もはや彼女達の相手にすらならないので、効率を求めて多数のモンスターを襲う様にしているのだが、それでもレベル差がありすぎるのか、不意打ちさえ喰らわなければ一方的に圧倒して見せた。
もちろん、多数を相手にする以上は対応が遅れる事もあるのだが、そこは俺の指示と援護が上手く行き届き、今のところは苦戦すらした事がない。
「ご主人様、ありがとうございます。ターナ、助かっちゃいました」
「主様、的確なご指示、お見事でした。疲れてはいませんか?」
見た目には激しい戦闘を熟したはずの二人が、涼しい顔をして俺の元にやってくる。
実に頼もしい限りだ。
「二人共、ご苦労さん。ココら辺に、モンスターはもう居ないみたいだ。次を探すまで、少し休もう」
そう言って、俺達は少し場所を変えて休憩を取る。
と言っても、ターナとユーカの二人にはあまり疲れは見えないので、どっちかと言うと、俺の為の休憩みたいな物だ。
俺は、前の晩の残りの木の実を取り出して食べ、竹の様な植物で作った水筒から水を飲んだ。
ターナにも協力して作ってもらった水筒は、我ながら良いアイディアだと思ったのだが、水の回復効果はユーカから離れて暫く立つと無くなってしまう様で、中身は単に浄化された唯の水となっていた。
それでも、喉の渇きを潤すには十分だ。
と、ユーカがコッチをじっと見ているのに気が付いた。
いや、今はこれで十分だから。
ひと息つきながらも、俺はアニーズを使って周辺を探る。
不意打ちを避ける為と、手頃な獲物を探すためだ。
恐らくだが、この周辺のモンスター程度では、相当な数とぶち当たりでもしない限り、もはやターナとユーカの相手では無いだろう。
だが、グラッド・ラーナンの例もある。
対処方法が分からない相手では、相性の問題で一方的にやられる可能性だってあるだろう。
俺のレベルが上がらない以上、彼女達を一人でも失う様な事は避けたい。
だからこそ、俺はアニーズを使って相手を見定め、かつ、想定外の事態を避ける為に慎重になっていた。
ただ、あまりにも慎重になり過ぎている為か、ここに来て明らかに経験値の入りが悪くなってきている。
元々彼女達は、その攻撃をヒットさせるだけで経験値が入ると言う特性がある物の、その回数と比べると、得る経験値は最初から少ない。
これも特性の一つと言えばそれまでだが、このままだと時間がかかり過ぎる。
原因の一つとしては、高レベルの相手を避けている事も、多分起因していると考えられる。
観察した限りでは、同格以上の相手と戦うと、少なからず経験値の入りは良い。
しかし、高レベルモンスターの周辺には多くのモンスターが集まっている事が多く、同格の奴が複数居る事も珍しくないので、安全策を考えると迂闊に手が出せないでいた。
命令すれば、彼女達は自分の身すら顧みずに戦ってはくれるだろうが、俺には、どうしても彼女達を道具として割り切れない部分がある。いや、してたまるか。
ユーカの能力や細かい配慮は、俺が生活する上では既に欠かせない物となっていた。
ターナは、やや向こう見ずで危なっかしいところもあるが、最初から支えてくれたと言う点では、恩人と言って良い存在でもある。
何よりムードメーカー的なところもあるので、何時でもニコニコと笑う笑顔に、俺自身が癒やされてもいる。
それを、ただでさえ危ない橋を渡らせているのだ。できるだけ危険を回避する事こそが、今の俺にできる最大の役割だろう。
と、アニーズで周辺を探っていた俺は、思わず立ち上がる。
それに素早く反応して、ターナとユーカが構えを取った。
「主様?」
「ご主人様、敵なの?」
「あ、いや、大丈夫だ。ちょっと、気になるのを発見しただけだ」
その言葉に、ホッとする感じで二人が身体の緊張を緩める。
距離にして約五十メートル。三体のガファアンドが確認できる。
今では大して珍しくもない相手だが、一体だけ、レベルが8と読める奴が居る。
残りの二体は恐らく5、判別が間違っていたとしても6くらいだろう。
しかも、奴らの周囲に他のモンスターの反応は無い。
これは、チャンスか?
二体の低レベルの奴は、不意を突けば今のターナとユーカなら、速攻で倒せる可能性が高い。
その後に、レベル8を三人で相手したら、十分に勝てるだろう。
「ターナ、ユーカ。ガファアンド三体を見つけた。内、一体のレベルは8だ。狩るぞ」
「ハイ、ご主人様」
「ご随意に」
俺達は、相手に気取られない様に隠れながら、だが素早く移動して奴らの側まで近付いた。
その間、アニーズでレベル5のガファアンドの位置を正確に把握し、ターナとユーカにそれぞれの獲物を割り当てる。
勝負は、最初の一手で決まる。
速攻が失敗した場合は、取り敢えず引く事も念押しして、攻撃の合図を送る。
俺の移動速度に合わせていた彼女達は、その速度を加速させて突進して行った。
茂みから飛び出した二人は、それぞれのやり方で攻撃を仕掛ける。
ターナは勢い良く跳躍し、空中で身体を丸めて回転しながら更に勢いを付け、ガファアンドの触手の根本から頭部にかけて、深い一撃を与えた。
逆にユーカは地を這うようにして突進すると、脛に鋭い一撃を加えて体勢を崩させ、横っ面から更に打撃を加える。
残念ながら、ユーカの攻撃は決定打に欠けるので、これだけでは致命傷にならない。
だが、これは彼女の計算でもあった。
衝撃を受けて倒れた方向には、ターナが既に待ち構えており、弱点でもある触手を根本から抉る。
ガファアンドとは体格差のある彼女だが、体勢が崩れて低くなっていれば問題にならない。
同時に、今度はユーカが飛び上がり、身体を丸めて数回回転させると、ターナが最初にダメージを与えたガファアンドの頭部に目掛けて、重い一撃を加える。
そのまま、連続殴打で止めを刺す。
ターナの方も、丁度首に短剣を突き刺し、息の根を止めた所だった。
この間、僅か二秒。
一瞬の出来事に、レベル8のガファアンドが呆然と突っ立っていた。
だが、それも僅かな時間であり、仲間を殺された事に怒ったのか、もの凄い音量で吠える。
遅れて到着した俺は、少しでも役に立つ為、格好を付けて槍を投げつけてやった。
それを、難なくはたき落とすガファアンド。
カッコ悪。
しかし、間近で確認すると、俺はコイツがただのガファアンドではない事にギョッとした。
アニーズの鑑定では、ただのガファアンドとされているのだが、問題はその装備だ。
右手には良く見る棍棒を構えていたのだが、左には巨大な盾を装備している。
やや細長い三角形をし、上の方はそうでもないが下に向かって鋭くなり、強度確保の為なのか、その部分には金属の様な物で補強もされている。
全体的には鮮やかな青色なのだが、乳白色の何かで装飾が施されてもいた。
この森に似つかわしくない程に立派で荘厳な盾だ。
コイツが作ったのか?いや、まさかな。
調べてみると『メイスルトル王国近衛騎士団用カイトシールド・デファルタス』となっている。
更に説明によると『メイスルトル王国の近衛騎士団用に、特別に作られた盾。
名工、トロフラグが盾本体を作り、王国一の魔法使い、ヌージィダルが強力な魔法効果を付与して完成させた。
これにより、物理、魔法、何れの攻撃に対しても強い防御を誇るばかりか、使用者にもその恩恵を与える。
更には、盾その物の付属品もその恩恵を受けるので、壊れ難い。
その素晴らしさから、国王自らデファルタスと言う銘を与えた特別な盾』となっていた。
物理、魔法攻撃に強い防御?
使用者にもその恩恵があるだと!?
オマケに本体も頑丈とか、こんな高級品、どっから手に入れたんだよ。
これが本当なら、コイツはレベル以上に遥かに強い事になる。
ガファアンドは、攻撃力こそ破格さを持っていたが、小回りが苦手な事や防御力その物は大した事が無かったので、これまでは互角以上に戦えた。
それが、防御という面も克服されたとしたら・・・・・・・
「ターナ、ユーカ、気をつけろ。コイツの持っている盾は、魔法装備の一種だ。今までの相手だと思うな。特に、攻撃が効かない場合に備えろ」
二人の後ろに下がりつつ、俺は注意を促す。それに、無言で応じる二人。
正面からはターナがジリジリと間合いを詰め、その隙きに乗じてユーカが慎重に回り込む動きをする。
これは、戦って行く内に二人で築き上げた連携プレーだ。
特に、強敵相手の時は、自然とこうした動きを、打ち合わせた分けでも無いのに行うようになっていた。
ユーカが相手のやや斜め後ろにまで来た時、頃合いと見てターナが突進する。
素早さではユーカに劣るターナだったが、最高速と突進力では彼女の方が上だ。
それに、ガファアンドは加速すると速いが、動きその物は大雑把なので、特に接近戦では隙きを見せる事が多い。
案の定、速度を抑えて突進したターナのフェイントに引っかかって攻撃を空振りさせられ、それを踏み台にされて懐に飛び込まれる。
彼女の狙いは、最初から触手だ。
「もらった」
普段、俺に使う甘えた声とは裏腹に鋭い声を発すると、彼女の狙い済まされた一撃が、正確に触手の根本にヒットした。
だが、攻撃が当たった瞬間、彼女の顔に驚きの表情が現れる。
攻撃が通らないのだ。
いや、僅かに切り傷を与えたのだが、何時もの様に致命傷とはならない。
その様を見て、ユーカがガファアンドの膝裏に一撃を差し込む。
それが功を奏し、体勢が崩れてくれたので、ターナは何とかガファアンドの反撃を避ける事に成功した。
どうやら、盾の効果は近衛騎士団の団員でもなさそうなこのモンスターにも、十分に与えられている様だ。
優秀な盾と言う事が証明されたが、コッチにとっては驚異以外の何者でもない。
どうするか?
その疑問を出す前に、ターナとユーカが連続で攻撃を仕掛ける。
しかし、全て無駄に終わった。
逆に、相手の攻撃が大した事が無いと踏んだのか、ガファアンドが大ぶりに棍棒を振り回し始めた。
ユーカは余裕でかわしているのだが、ターナは際どい。
いや、彼女は攻撃を重視して踏み込んだ位置に居るので、必然的に危険度が増しているのだ。
これは、一旦下がらせたほうが良い。
そう思った瞬間、ターナが攻撃に捕まった。
僅かにかすった程度だったのだが、怪力のガファアンドの攻撃は、それだけで体勢を崩すには十分な威力を持つ。
ユーカがカバーに入るが、ガファアンドは全く意に介さず、棍棒を横から振り抜く。
その直撃を受け、ターナは派手にぶっ飛ばされた。
だが、レベルが上がっていた為か、それともこれまでの経験からか、彼女は何とか自ら身体を空中で回転させると、その威力を殺して着地する。
しかし、受けたダメージまでは帳消しにはできなかった様で、左脇付近を抑えて片膝をついた。
顔も苦痛で歪む。
「ターナ!」
「だ、大丈夫です」
いや、全然そうは見えない。
アニーズで確認すると、状態『損傷程度・中以上』となっていた。一瞬焦ったが、同時に『回復中』と言う表示も遅れて出てきたので、安堵する。
恐らくだが、あの一撃で耐久力の半分以上を奪った物と思われる。
ターナだってレベルは上がっているのだ、それなのにこの威力。レベル8のガファアンドの力は、二桁台のモンスタークラス並と認識した方が良いかも知れない。
幸いであったのは、レベルが高くても知能は低いようで、大ダメージを与えたターナを追撃する事は無く、近場で牽制するユーカに釣られ、そっちの方に気を取られていた。
だが、これは非常に不味い事態だ。
ダメージを与えられないと言う状況は、あのグラッド・ラーナンの時と似ている。
有効な攻撃手段が無い以上、素早さがこっちにあっても、追い込まれるのは経験済みだ。
また、このガファアンドも結構しつこい。
突進能力に優れてはいるが、小回りが苦手なので逃げるのは容易ではあるが、それもダメージを与えられる事が前提となる。
有利な地形、状態に持っていって倒せるなら、相手が幾ら追いかけてこようと驚異ではないが、攻撃が通じない場合は話が違ってくる。
あの時の悪夢をまた味わうのかと、一瞬俺は震える感覚を覚えた。
「回復しました。行きます」
そんな考えをしていたら、ターナが再び突撃をかける。
制止するタイミングを完全に逃した。
このままでは、不味い。
何か、何か打開策はないのか?
「ターナ、深く踏み込んでは行けません。間合いの外へ半歩出て、牽制しなさい」
俺に変わって、ユーカがアドバイスを送る。それに、ターナもコクンと頷き、言われた通りにやや下がった。
そのユーカが、チラッと俺を見る。アイコンタクトと言う奴だ。
時間は自分達が稼ぐから、その間に打開策を見付けるか、何かしらの方針を決めろと言うのだろう。
だが、その打開策が見つからない。逃げるか?
逃げ回って経験値を稼ぎ、この防御を無視できるまでレベルを上げるか。
いや、とても現実的じゃない。
彼女達だけならできるかも知れないが、俺と言うお荷物が居るのだ。
今ここで、何とかしなければならない。
「アニーズ!」
俺は何かしらの攻略のヒントにでもなればと、情報収集を始める。
しかし、アニーズは基本的な情報を示すだけで、弱点など教えてくれない。
ならば、地形はどうだ?
転がっているガファアンドの死体に使える物は?
だが、どれにも役に立つ様な情報は無かった。
一体どうしたら・・・
「ん?今、何か・・・・・」
俺は、盾の裏側に、一瞬チラッと見えた様な何かを確認しようと、凝視する。
「これは!?」
完全に確認できたわけではないので確証はないが、もし、俺が思っている通りの物ならば、これで突破口を開けるかも知れない。
俺は、自分が持ってきた槍改め木の枝を、適当な大きさに折って揃えていった。