~謎の勢力~ -19. 天敵襲来 その4
ダースフィル王国はロウバル連合王国の中でもっとも国土が広く、それ故に自らを盟主であると内心では自負していた。
そこには彼らの成り立ち的な物も関係している為、仕方の無い部分でもあったのだが、そうした古い考えは他国に遅れを取らせる原因の一つともなっている。
結果、実質的に連合王国内でもっとも支持を集めているのは、シュライゼ共和国となっていた。
彼の国は、いち早く人材を集めて手広く徴用し、体制の改革や柔軟な運用を確立すると、取り分け商売に優れていた為あらゆる分野で他国より抜きん出てみせ、どの国も認めざる得ない存在にまで急成長したのだ。
その裏には、シュライゼ共和国の莫大な支援や資金的な援助を受けると言う、ある意味で裏取引に近い物もあった故に、発言等も彼の国寄りの所が多くなっていると言う流れも出来ている。
でありながらも、シュライゼ共和国は表面上は道徳とか仁義を慮った為、少なくとも金を貸しているからと言って高圧的な態度を取る事も無く、それが更に信頼を厚くしてもいた。
そうした面から、ダースフィル王国としてはシュライゼの存在は面白くなかったのである。
とは言え、敵対する真似をするほど彼らも馬鹿ではない。
いや、むしろ肥大化したプライドが、それすら出来なくさせてしまっていた。
ダースフィル王国の誇りとして、たかが商人と農民が寄り集まって生まれたシュライゼなど、表面的には取るに足らない存在として見なければならなかったのだ。
それに、一度分裂してしまった国々をまとめ上げたと言う唯一の実績もある以上、こちらから亀裂を入れる様な真似もできなかった。
何よりシュライゼも、そうしたダースフィルの気質を匠に利用しており、彼らも表面上は立てていると言う姿勢を取る為、奇跡的にロウバルはまとまってもいたのである。
もっとも、そこには更に苦い過去の出来事が、分かち難い楔の様に打ち込まれていると言う事情もあった。
今から数百年前の話だが、ロウバル連合王国は元々はデファーナ大陸東側において最大規模を誇っていた大王国、サルザンムが分裂した後に小国が次々と誕生し、長い混乱と小競り合いの末に誕生した体制だった。
サルザンムが分裂した理由は、女王その人にある。
現在では記録も一切残っておらず語れる者すら生き残る事ができなかった為、何と言う名前の女王だったかは今日においても分かってはいない。
しかし、一つだけ周辺に伝わっている確かな事があり、それにより今もこう呼ばれている。
カーデムの魔王、と。
これは単なる比喩や皮肉ではない。女王は、本当に魔王化したのだ。禁断の所業を持って。
その結果、恐るべき魔法を自ら使い、女王は国も国民もゴミへと変えた。
その被害を食い止めるべくサルザンムの各領主と諸国は一致団結し、多大な犠牲を払ってようやくカーデムの魔王を倒す事に成功したのだ。
ちなみにカーデムとは、魔王が最後に目撃された土地に由来している。
逆に言えば、それ以外に全く情報が無く、如何に魔王が恐ろしい存在であったかを物語ってもいた。
それ故か、東側では女王の本当の名前すら分かっていないのに、カーデムの魔王についてだけは詳しい話が今も残っている。
実際、戦った者たちの話もあって、姿さえも今日まで伝えられていた。
それによれば、概ね、人の上半身と大蛇の様な下半身といった物が、カーデムの魔王とされる姿だ。
ただし、近年では、その姿も独自解釈されて描かれている物も多く、大雑把なイメージこそ伝わっている物の、どれが本当の姿であったかは不明となりつつある。
いや、カーデムの魔王は今も存在しており、その度にイメージが書き換わっているからこそ、姿が変化しているのかもしれない。
女王は、自らの因子が何らかの形で残る様にしていた為、今もカーデムの魔王、あるいはそれに似た物が時々現れては人々に恐怖を与えいる。
ある意味で、サルザンムの悲劇は、まだ終わってないのかも知れないのだ。
そうした混乱の中で、いち早く立ち直ったのがダースフィル王国だった。
その広大な国土を背景に軍事力にも長けていたダースフィルは、その余裕もあって先頭に立つと、様々な工作と交渉を持ってロウバル連合王国を誕生させたのである。
当初は、ダースフィルも力を持って支配を広げようと考えていた時期もあったのだが、現状や周辺国の台頭と言った物を目にした結果、手っ取り早くまとめ上げる方法として、連合王国と言う形を取る方が一番良いと言う結論に至った。
その方向性は、予想以上に他国の支持を受けるなどした上に、それによってダースフィル王国その物の評価に繋がるなど、その時はそれでも良かったはずなのである。
しかし、時が経つに連れ、ダースフィルと言う土台を利用して多くの国が頭角を現し始め、遂にはシュライゼ共和国と言う新たなリーダー的な存在の誕生まで許してしまうと、かつての大王国の様な勢力を夢見ていたダースフィルにとっては、望まない結果を招いたと言って良い。
だが同時に、既にできあがって上手く回っている組織を壊すには、時期を逃したと言う段階まで来ていたのも確かだ。
もっとも危機感を煽っていたのは、軍事力でさえ、既にダースフィルは実質的に三番手なのである。
数的な面にばかり気を取られていたダースフィルは、質の面でおざなりにしていた結果、ジュデの森で起きた異変によって大打撃を受けたのだ。
一方、質の方を重視して、魔装兵士等に金をかけて取り揃えていたシュライゼ共和国は、その混乱の中にあっても唯一持ちこたえたばかりか、その後の各国の復興にまで力を発揮した。
そして、その中にはダースフィルも含まれていたにも関わらず、シュライゼにはそれでも余裕があるという、ここに至って彼我の実力差が大きく開いていると言う現実を目の当たりにしたのだ。
故に、彼らは別の方向で力を伸ばそうと考え始める。
それは、西側の国々と手を結ぶと言う、禁じ手であった。
ジュデの森で異変が起きた時、彼らは敵としてロウバル連合王国に牙を剥き、それによってダースフィルを含めて各国は少なからず被害を負うことになる。
そもそも、西側との交流を良しとしない理由の一つも、カーデムの魔王にあった。
確かな証拠は無いのだが、女王がおかしくなり始めたのは西側の連中と頻繁に接触を持った頃からだという。
そして、西側には今も魔王、あるいはそれに類する物が存在していると言う。
ただし、ここで言う魔王と言うのは、一種の皮肉や勇者と分ける意味での便宜上の物であり、神話や伝説とはまた別物ともされている。
もっとも、かつて魔王と呼ばれる存在その物が、今日にも繋がっている要素を生み出したことも間違いではない。
西側が東に侵攻する理由は色々とあるのだが、中には美味そうな条件を提示し、懐柔しようと試みるところもあった。
当然だが、ロウバル連合王国の一切が、その申し出を断っている。
表面的には。
しかし、幾つかの追跡をして行くと、少なからず接触しようとした国があった事も確かであり、連合王国内でも不穏な動きが水面下では進んでいる可能性もあった。
それが、ダースフィルに良からぬ計略を抱かせるキッカケともなる。
ただ、それは単なる口実であったのかも知れない。
ダースフィルが、そう強く動くことになったのは、レパンドルと言う一小国の動乱にあったと言える。
本来であれば、たかが小国、しかも各国の魔法武器を盗み取った国がどうなろうが知った事では無いのだが、不確定要素を自ら取り込み、嘘か本当か東側諸国で台頭しようと言うのであれば話は別であった。
特に、勇者と言う存在を大っぴらに宣伝している事は、王と一部の利権が集中するダースフィルとしても看過できない話である。
或いは。
シュライゼが、何かしらの関わりを持っている可能性も考えられる。
もし、そうであるならば、今度こそ、ダースフィルは遅れを取る分けには行かないのだ。
そして、それを実行に移すべく、ダースフィルの奥深くで密談が行われ様としていた。
そこは山奥にあって、名目的には山荘という扱いになってはいるが、実際には関係者以外には存在すら知らない隠れ家でもあった。
当然の様に、利用できる者も限られている。
元々は、万が一の事態が起きた場合に王などの避難所として用意された場所でもあり、それ故に警備体制が整っている割りに、非常に快適に過ごせる場所でもあった。
そして、ここに他所者が来る場合、厳重な結界による目隠しと、隠蔽魔法による位置情報の遮断が行われる。
一種、身柄拘束に近い扱いを受けながら、その地に三人の人物がやって来ていた。
彼らは既に部屋に入り、ダースフィル国王が来るのを待っている。
室内には、その三人の人物と執事が居た。
執事は、畏まりながらも彼らの様子を盗み見る。
一人は眼帯をした男で、灰色の軍服らしき物を着込んでおり、無言のまま椅子に腰掛けていた。姿勢こそ良かったが、非常にリラックスしている。相当に場馴れしているのか、あるいは、その男の気質なのか。
その隣には、緑髪の可憐といって良い女性が凛として座り、出された茶を優雅に啜っていた。やはり、服装は灰色の軍服といった出で立ちで、暖色でまとめられた部屋の中にあっては、一人だけ妙に浮き上がって見える。
もっとも、その様に見えるのは、彼女の肌が薄緑だったせいもあったかも知れない。
恐らくプラウネ系ヒューマスなのだろう。執事も噂くらいは聞いた事はあるが、見るのは初めてだった。
更にもう一人、同じ様な服装をした男が窓によりかかり、外の方を見ている。
こっちの方は体格が良く、服の上からでも筋肉の盛り上がりを見て取る事ができた。そして、肌の色が赤い。
オマケに、下唇から長い犬歯が飛び出ており、見た目だけで言えば凶悪その物である。
何かしらの系統のヒューマスと思われるが、この様な者、執事は見たことも聞いた事もなかった。
肌の色だけで言えば山近くに住むマウテリル系ヒューマスに近いが、彼らはどちらかと言うと薄い茶褐色であり、ここまで赤くはないし犬歯も飛び出ていない。
執事にとって西側の人間はただでさえ珍しい物だったが、連中の持つ怪しげな雰囲気が更に興味を抱かせる。
と、扉がノックされ数人が先に入り、そして国王であるガムラ・ロハウ・レシャブリクスが現れた。
それに反応する様に立ち上がって三人が姿勢を正すと、肘を曲げて胸の前でV字にし、更に手を捻って平の部分を相手に見せると言う奇妙な挨拶を返す。
恐らく敬礼の一種なのだろうが、こっちでは見たことの無い形式の為、執事はより一層興味を引かれる事となった。
ただ、関係者からは出る様に促された為、その場を後ろ髪を引かれる様にして立ち去る。
「さて、わざわざのご足労、感謝する。 ラウナー公国の方々」
扉が閉まったのを確認してから、騎士風の出で立ちをした男が話しかける。
「随分と念入りでしたわねぇ。 この様な扱い、初めてですわ。いえ、悪く取らないでください。 貴国の立場と言うのも、十分に分かっているつもりでしてよ。 むしろ、わたくし、ダースフィルの力には驚かされましたの」
そう、女口調で返答したのは、眼帯をした男の方だった。
初めて見た者もその場にいたのか、多少変な空気が流れる。だが、眼帯の兵士は構わずに続けた。
「これだけの力を持った国と、わたくし達の国が協力関係を結べるなんて。 凄く、す・て・き。 ね? コニュムヌさん」
そう言って、その眼帯の兵士は緑髪の女を見る。
「なったくな! おどでぃだずぬ。 うらっさ、東っちぬ、たたきり未開っで、かめっとるとおもずわぬんだ」
美人で清楚と言って差し支えないコニュムヌと呼ばれた女はしかし、物凄く訛った言葉で話すため、ダースフィルの誰もが理解できなくてポカーンとする。
ロッター山脈によって分かつ前は人の往来が自由であった頃の名残により、基本的に東と西の言語には、それ程の違いはないとされていた。
しかし、長い間によって流石に方言といった物もできあがっており、場所によっては全く言葉が通じない事も出始めていたのだ。
「あら、やだ。 コニュムヌさん、よその国の方の前では、丁寧なお言葉で話さないと駄目でしょ。 ごめんなさいね。 この子・・・コニュムヌ・タタロンさんって言うんですけど、ど田舎の出身な上に、そこにプライド持っている物だから、なかなか改めないの。 でもね、あなた方は凄いって言ってるのよ」
「うんど」
眼帯の方と緑髪の女は、それで通じるらしく、二人でコクコクと頷く。
「あ・・・えっと・・・お、お褒め頂きカタジケナイ・・・・」
ダースフィル側の騎士も、どう扱ってよいのか分からずに対応するのが精一杯といった感じだ。
「確かに光栄ですな。 しかし、我らの力は、あなた方の様に正当には評価されてはおらん。 故に、力を借りたいのだ」
微妙な空気を引き裂く様に喋りだしたのは、国王ガムラだった。
誰もが、突っ込んで良いのか迷っていたのを無視して、その威厳で全てを無かったかの様に話を進める。
「あの情報も、確かであろうな?」
そう言って、鋭い眼光を眼帯の方に向ける。が、眼帯の方はさらっと受け流し、それだけで只者では無い事を周囲に印象づけた。
「勿論ですわよガムラ国王陛下。 このバッツロギィ・キスト。 ダースフィルのお力になれるなどと、とても栄誉な事だと思ってますの。 既にわたくし共の王様からも許可は頂いておりますし、不義な対応など、この命に変えて行いませんわ」
体をくねらせ、まるでガムラに魅入るかの様にバッツロギィが返事をする。その異様さに、ダースフィル側の何人かは後ずさった。
「ね、貴方もそう思うでしょ? カーロブ」
バッツロギィは両指を組んで胸の前に持ってくると、まるで乙女の様にして振り返り、背後の男、カーロブ・ゼブゼに同意を求める。
「俺に話を振られても困る。 交渉事は、お前たちに任されているはずだ。 俺は、お前たちの目付け役に過ぎんからな」
「あら、つれない~い」
「なっぐど、おむら、そすた態度にっから、友達いけんねべ」
「やかましい。 お前らの話すべき相手は向こうだ」
そう言ってカーロブは、バッツロギィとコニュムヌの頭を掴まえて、無理やり正面を向かせる。
それを見て、ダースフィル側の者は誰もが思った。
見た目こそ怖そうだが、できれば一番まともそうなカーロブさんと話を進めたいと。
「証拠はない? どう言う事ですかな、キスト殿」
鋭い目つきでガムラ王は睨んだ。普通であれば、少なくともダースフィルの者は萎縮するそれも、相変わらず彼の者には暖簾に腕押し状態であった。
「そんな怖い顔しちゃいやよ王様。 それに、バッツロギィと呼んで下さいな。 向こうも一流なのよー。 簡単に尻尾は掴ませてはくれないわ。 でも、それで分かった事もあるのよ」
「ほう?」
「ま、消去法なんだけどね。 恐らく、シーゼスが手を組んだのは帝国よ。テロータ帝国」
「根拠は?」
「国の相性を考えればね、分かるわ。 私達の情報網を抜ける時点で、小国の雑魚は必然的に除外。 あとは~、帝国と共和国の体制を見ると答えが出るの」
楽しそうに話すバッツロギィに対し、ガムラはいい加減うんざりし始めていたが、それを表には出さない。それでは自分の器が小さいと負けを認める様な気がしたからだ。
それを知ってか知らずしてか、彼の者は続ける。
「わたくし達の国。 つまりラウナー公国は、極端な独裁国家は大嫌いなの。 だからこそシーゼスなんて相手にしない。 一応王様は居るけど、決まり事は、その道の専門家に任せるのが、わたくし達のやり方。
だから、元老院なんて、偏った連中が力を持った所とは反りが合わない。
じゃあ共和国? いいえ。 あんなおバカな国が、シーゼス何かと手を組んだりなんて出来ないわ。 共和国なんて言っているけど、連中の実態は一握りの一族が全権を持つ独裁国家よ。 周りにはイエスマンしか居ない上に、相手を見るのに上か下かでしか議論出来ないんだもの。 東側の方々を下に見ている時点で、上手く交渉をまとめるなんて器用な事は無理よ」
そこまで一気に喋ったバッツロギィは、頬に人差し指を当ててわざとらしく悩む振りをする。
「そうなると~、残るのは帝国だけ。 帝国は一見すると独裁国家っぽいけど、実際には立憲君主って感じなのよね。 そういう意味では、わたくし達の国とも近いけど、向こうが決定的に違うのは、皇帝にもちゃんと力があって、決定事項にも優先的な権限があるってことね。 しかも、皇帝自身も頭が良いもんだから、優秀な人材を取り揃えている。 決断も速い上に常に謀略を練っているんだから、シーゼスと手を組んでいるのは間違いないわ」
一方的に話、結論を勝手にまとめ上げただけなのに、バッツロギィは満足そうに胸を張った。
当然だが、そんな説明にダースフィル側で納得する者は居ない。
「しょっちどな、あるがい。 傭兵じ、うごってん。 そつらば、帝国のぶらむや」
「訳すと、だな。 確証はある。 帝国に関連する傭兵連中が早い段階から動いていた。ってところだ。 つまり、この眼帯の話だけで、俺たちも動いているわけではない」
フォローのフォローに、ようやくダースフィル側から安堵の声が漏れる。
「それで、貴国の本当の目的は何だ? 我々も帝国の動きを阻止する為に協力する等と言う申し出は本気にしておらん。 後々の駆け引きも面倒だ。 ここで、多少の裏は出してみよ」
一層眼光を鋭くして、ガムラ王はお目付け役と言うカーロブの方に目を向けた。
しかし、カーロブの方は無視をし、それとほぼ同じタイミングでバッツロギィが彼の前に飛び込んで代わりに返答する。
「裏だなんて。 そんなの、ありませんわよ。国王陛下。 わたくし達は柔軟性が売り。 手を差し出した相手に対して、邪険な扱いをしないというだけですわ」
「では、その裏の無い本音を聞かせてもらおう」
「まあ、簡単に言えば、食料の確保ですわね」
バッツロギィは、声のトーンをやや落とした。それに対し、ガムラは無言で続きを促す。
「わたくし達西側は、確かに鉱物資源は豊かにありますけど、逆に土地はやせ細ってますの。 その為、農作物が中々育たなくて難儀してますのよ。 そのせいで戦争ばっかり。 嫌になっちゃいますわ。 ですので、食料を得ると言うのが、最大の目的ですのよ」
「・・・・つまり、我が国に食料の支援をしろと?」
「それもありがたいですけど、最終目的は、東側に、ちょっとだけ公国用の農地を確保する事ですの。 ジュデ大森林に接した東の豊かな土地の恩恵を、すこーしだけ、わたくし達に恵んで欲しいのですわ」
それに対し、ダースフィル側に動揺めいた声が上がる。その話は、西側の国が東側に拠点を置きたいと言っている様な物であり、ただでさえ西の侵略に手を焼いている東側としては、容認できない事だったからだ。
そして、その片棒をダースフィルに担がせようとも言うのだから、彼らにとっては承諾しかねる話でもある。
公国に協力関係を求めている時点で、今更な話でもあるが、彼らには彼らなりの線引があった為、それを意図も簡単に超えて交渉しようとする西側の非常識さに、ダースフィルの面々は段々と怒りを覚えた。
「食料の供給だけでは駄目なのか」
他の動揺を抑えるかの様に、重く良く響く声でガムラが語りかける様に話す。
「王様、ただ与えるだけの関係は長続きしませんし、互いに得るものも少なくなってよ。 物事はギブアンドテイク。 それに、この話はダースフィル側にも大きなメリットがあるのよ~。 特に、商業関係で、あの国にあけられた溝を埋めるチャンスにもなりますわ」
この時、バッツロギィの目が怪しい光を放ったのだが、それに気がついた者が果たして居ただろうか。
むしろ、その後の話も彼の主導で進み、大きな利益を得られると言う説明だけで、そこに居たダースフィル側の心を惹きつける事となる。
より具体的にはダースフィルを窓口として、西側への食料供給を一手に任せると言う話しであり、それが実現できれば確かに独占的な貿易ルートが確保される事なるだろう。
僅かばかりの土地と言うのも具体的な話が出たが、ダースフィル側が懸念する程の大きさではなく、むしろ本当の意味での食料確保に専念された物だと安心する者も居た。
それに全ては実現されたらの話でもあったので、本当の意味で危機感を抱く者は居ない。
僅かな穴を容易く押し広げる相手などとは、誰もが思っていなかった。
もっともバッツロギィ達は、そうした事を隠して動くのが得意な連中でもあったのだが。
「では、バッツロギィ殿。 今後ともよろしく頼む」
「もちろんですわ王様。 出来得る限りのご協力をさせてもらいましてよ。 ですから~。 例の件、私達が動くと言う話も前向きにご検討下さいませ」
「う、うむ」
眼帯男の気持ち悪い位の可愛い笑顔に、ガムラ王も顔を引きつらせる。
両陣営は、最初の部屋からは既に出ており、廊下で話をしていた。
例の件とは、レパンドルが勇者を陣営に引き込んだと言う話であり、何故かバッツロギィ達は、それを独自に調べたがったのだ。
場合によっては、それらの排除とレパンドルその物を自分たちの手で潰したいと言う申し出もあった。
当然その理由も問い質したのだが、彼らの話によれば、その勇者とやらは裏切り者の可能性が高いとの事。
その全部をガムラも信じた訳ではないが、辺境国のゴタゴタを進んで潰してくれると言うのなら、こちらとしても特に引き止める理由も無かった。
特に勇者などという不確定要素を排除してくれるのは、彼に取っても望ましい事だ。
本来であれば裏切り者に付いての話も詳しく聞きたい所だったが、確認できない内は話せないとはぐらかされたのと、これ以上は不味いと考え関わるのをやめた。
ただでさえ西の国と危険な取引をしようとしているのだ。更に面倒な話に自ら首を突っ込むのは得策ではない。
場合によっては、知らない方が駆け引きの材料としては旨味がありそうだったという理由もある。
万が一その件に関してシュライゼ共和国が絡んでいた場合、それはダースフィルにとっては最高の切り札となる可能性もあった。
魔法武器を横取りしたレパンドルに対し、ダースフィルは武力介入を支持する強硬派でもあったが、それを押し留めているのがシュライゼである。
表面的にはアレコレと理由を付けていたが、今から考えれば連中が西側と最初から手を組んでいた、あるいは利用しようとしていたなら、また違った風景がガムラには見えてきた。
もっとも、その場合に問題となるのは、どこと手を結んでいるかである。
裏切り者とやらがラウナー公国と関わりがある場合、更に話は違ってくるだろう。
その時は、こちらが裏をかいて利用すれば良いだけの話でもある。
「ま、まあ、その件に関しては問題ないだろう。 我が国にとっては、特に重要ではないしな。 むしろ、そちらで対処して頂けるなら面倒が無くて良い」
「ありがとうございますぅ」
そう言ってバッツロギィは、あの奇妙は敬礼をしながら深々と頭を下げた。
「ではな。 辺鄙な所ゆえ、派手なもてなしは出来ないが、ゆっくりとくつろぐが良い」
そう言い残し、ガムラ王は去って行く。それをバッツロギィは身じろぎ一つせずに見送った。背後に居た残りの二人も、それに習って頭を下げている。
そして誰も居なくなったのを確認するかの様に、バッツロギィは目だけを動かしながらも、ゆっくりと姿勢を直した。
「さて、ここまでは予定通りね」
「なんが、予定通りくが。 スタートラインのいっちにも、たたんでぬんがい。 それどりも、ハイヤッキ機構のごっど、早くな、なんごどしちゃば」
「あ~ら、焦らないのよ。 コニュムヌさん。 そもそも、レパンドルとか言う雑魚が、本当にハイヤッキ機構を手に入れたかなんて、まだ分からないんだから」
「・・・かと言って、悠長に調べている時間も無いぞ。 本当に、例の奴らがハイヤッキ機構なら、早めに潰して置かないと手遅れになりかねんからな」
「ん分かってるわよ~。 でーも、ダースフィル側を隠れ蓑にするのも重要よ。 今は慎重に動く時だわ。 なーんてね。 ホントの事を言うと、既にある程度の情報は仕入れてあるわ。 まあ、でも、今の所はグレーって感じだけど」
「何が、すっちからグレーかいが。 知ってんば、もっだいねつけるば」
「コニュムヌの言うとおりだ。 知っていたなら、さっさと教えろ。 そもそも、グレーとは何だ。 ある程度の情報を仕入れて、そんな答えか?」
「まあまあ。 焦らないでって、言っているでしょ。 そもそも~、こんな土地で情報を集められるわたくしを褒めて欲しいわ~。 限られた中で、ホント大変だったのよー」
そう言ってバッツロギィは、自分の両頬を、やはり両手で軽く叩く様にして撫でる。しかし、二人の冷たい視線に気が付き、少し膨れながら続けた。
「集まった情報を見る限り、それっぽいのは確か。 でも、まだ発展途上か、或いは擬きって可能性も捨てきれないかしら。 どっちにしろ、わたくし達で直接確認する必要があるわ」
そこまで聞いて、ようやくコニュムヌは頷いたが、カーロブは苦言を呈する。
「にしても、あの交渉の仕方はどうにかならんのか。 終始、俺が間に入っていた感じがするぞ」
会談の時を思い出したのか、カーロブが渋い顔をする。
「あら、あれでいいのよ。 人ってのは難物を相手にしていると、時々出てくるお人好しには勝手に安心して前に進もうとするもの」
「俺がお人好しだと?」
「そーよ。 それに、そんなに言うならカーロブ、貴方がお話すれば良かったじゃないの」
「俺は、お前の様に口が回らん。 よくもまあ、裏切り者などと出任せが出てきたもんだ」
くくっと、カーロブは短く笑った。
「ある意味、本当の話でしょ」
「大昔の事だろ。 しかも、今じゃ関係性は薄い」
「いいえ。 わたくし達の陛下にしてみたら、今もそうだわ」
「どうでも良いっらば。 確認しば、たたっくせば良いよらばね」
「そうよね。 相手が何であれ、わたくし達、いいえ。 陛下の邪魔をする雑魚共は、残らず潰すだけよ」
そう言って怪しく笑ったバッツロギィは、二人の間を通って用意された部屋へと歩き出す。
それを、カーロブとコニュムヌも後から追う様にして着いて行く。
用意された部屋の扉を開けたバッツロギィは、指を鼻に当てると匂いを嗅ぐような仕草をする。
「あら、何か動きがあったのかしら?」
その言葉に呼ばれる様にして、物陰から音もなく一人の人物が現れる。
バッツロギィたちと比べると背が低く顔も幼い。
しかし、その姿勢や表情からは、兵士のそれが十分に張り付いていた。
服装は、やはり灰色っぽい物を着込んでいたが、バッツロギ達とは明らかに違った様式をしていた。
大きく違っているとするなら赤色・・・というよりはもっと暗い、どちらかと言うと臙脂色といった感じのマントを羽織っている事だろう。
その右手には抜身の剣が握られ、無造作に垂れ下げていた。
「動きがありました。 予想通り、帝国が支援していたようです。 例の連中に付いては現在も調査中ですが、展開されていた魔力糸は少なくともセカンドクラス以上だった様です」
それを聞いたバッツロギィは鼻を短く鳴らし、部屋の奥に進んで椅子へと腰掛けると目を瞑って何かしらの思案を始めた。
「その情報、何時の物だ?」
続けて聞いたのは、カーロブだった。
「一週間ほど前になります」
「遅いな」
そう言って今度はカーロブが考え込む。
彼はヒューマスとしては未だに分類されていない突然変異種の一人であり、ある事がきっかけで容姿が元から変わってしまった者だ。
西側において少なからず存在すると言う話だけは伝わっていたが、発生数は極端に低く、存在する数で言えば限りなくゼロに近いとも言われている。
その意味で言えば、カーロブは希少な人物とも言えるだろう。
もっとも、重要かどうかとなると話はべつだ。
一見すると赤色の肌は、実は赤錆に由来する物だと考えられている。
実際、彼がこの様な姿になったのは、古い武器の影響だとも考えられていた。
そして、それに影響されるかの様に身体の一部も変化しており、より顕著なのが飛び出た下顎の犬歯である。
今でこそカーロブ自身もその姿を受け入れてはいる様だが、当時としてはどうだったかは彼が語ることも無いので誰もわからない。
しかし、そうした突飛な存在であるにも関わらず、彼が所属した部隊はひとクセどころか何曲もある様な連中ばかりなので、むしろカーロブの容姿など瑣末事であったとも言える。
それが、彼にとっては居心地の良い場所ともなっていた。
そんなカーロブを眺めながらバッツロギィは、今回の真の目的でもあるハイヤッキ機構らしき物について考えを整理していた。
恐らくカーロブもその事について考えているに違いない。
彼らが忠誠を誓う王もハイヤッキ機構の一人であるとされている。
もっとも、今では表立ってその力を使う事もない為、それらの件についてはバッツロギィも伝え聞いた以上の事は知らない。
ただひとつ確かなのは、彼らの力も王に頼った部分で完成された物であると言う事だ。
公国が他の国に対して持っている唯一無二の力であり、そこらの紛い物とは違う。
ただし、それだけに危険性を持った力でもある為、公国ではハイヤッキ機構らしき存在を確認した場合、それらを優先的に排除する部隊を密かに結成していた。
それがバッツロギィ達が所属する部隊、通称バロルである。
バロルは表向きは単なる諜報活動と他国の交渉に当たる部隊とされていたが、真の姿を知る者は少ない。
それを知る者は王を除いたとしても数人程度であり、それらの者とてバロルの関係者に限定されている。
例え家族であっても彼らの活動内容を知る事はないのだ。
ハイヤッキ機構、それは平行世界から膨大な魔力を永遠に提供されるという能力であり、使い方を理解した者はこの世界を意のままに操れるともされていた。
もっともバッツロギィは、その事に付いては懐疑的に見ている一人でもある。
もし、それが本当であるならば、自分たちの王が既にそれを成し遂げているはずだからだ。
ただし、王の真意がどこにあるかは彼にも分からない為、単に出来るがやらないだけという可能性も否定できない。
何しろ王の望みは世界の安定と安寧であり、自らそれを乱す気がないなら、その力を使わないのも一応は納得はできる。
ただ、その一方で自分たちを使って他国を突くと言う矛盾した事をやってるのを考えると、やはり大げさに語られているだけなのかもしれない。
何せ言い伝えの殆どは他者からの又聞きであり、王その人は一度もそれについて語ったことはないのだから。
そうした事を差し引いたとしても、ハイヤッキ機構が危険なのは理解しているつもりだ。
ヒューマスにとっては危険と利便性、表裏一体の魔力を自由に取り出し、しかも何のリスクも無く使えるのだとしたら確かに恐るべき存在である。
現状、ハイヤッキ機構を用いて何者かが脅威になったという話は聞いた事は無いが、未然にバロルが防いだと考えれば、その御蔭だとも言えるだろう。
ただし、これに付いてもバッツロギィは一つの懸念を持っている。
これまでに彼自身が関わって処分してきたハイヤッキ機構、あるいはそれらしき者達。
彼らは本当にハイヤッキ機構だったのか?
噂だけを頼りに探し出し密かに片付けてきたが、確証と言う物に足るものは何もなかった。
本当の事を言えば、バロルは本物か偽物かに関わりなく、ハイヤッキ機構らしき者は片っ端から殺してきたのだ。
ハイヤッキ機構を見分ける事は実質的に不可能とされているので、この手法は仕方がないとも言えるのだが、時に思うことがある。
果たして何時まで続けるつもりなのかと。
終わりがあるのか或いは当たりを引いた時、本物のハイヤッキ機構と言う物が存在した場合、自分たちが勝てる様な存在なのか。
普通ならば、そうした考えは不安を溜め込むような物でしかないのだが、バッツロギィは本物のハイヤッキ機構を前にした事を想像して笑いが込み上げる。
バロルに集められる人材と言うのは、単に実力が伴っているだけではなく、そうした面も考慮された上での事であった。
「にんでが、楽しそうっちな」
「あら、分かる? 今回は、なんとなくだけど当たりの気がするのよね」
「自分でグレーとか言ってたのにか? まあ、確かに・・・ここまで相手の事がハッキリしないのは何時もと違うな」
三人の間にしばしの沈黙が流れる。それぞれ、やはり思う所があったのだろう。
長年携わってきた故の勘とでも言うのか、今回のハイヤッキ機構討伐の話が来た時から、彼らは僅かだが異変の様な物を感じ取っていた。
それは本当に些細な事でしかない上に、ただの気の所為とも片付けられるちょっとした事だったのだが、それでも何時もと違う雰囲気を鋭く見出していたのだ。
そして、ここに来て少なくともバッツロギィは確信を持つ様になっていた。
相手が本当にハイヤッキ機構で、更に噂で聞く様な勇者ともされる様な実力の持ち主であるならば、初めて自分の本気を出せるかもしれない。
それを考えると、バッツロギィは自然と笑いが込み上げて来るのであった。




