~謎の勢力~ -14. それぞれの秘密
「主様、敵は撤退したようです」
「ああ・・・」
ユーカレブトの報告を聞くまでもなく、その様子を遠くからでも確認した俺は、呆気ない幕切れにモヤモヤとした物を感じていた。
クラス分けにおけるレベル差は、せいぜい4から5程度だと俺は考えていた。
だからクラス差を2つとすれば、こっちのメンバーのレベルとヒューマスとの間には、最低でも8、最高では10程度の開きになるだろうと思っていた。
一応、クラスを2つも挟むともっと差がある可能性も見てはいたのだが、それでも倍程度の16や20程度がせいぜいだと考えていたのだ。
それで考えれば、クラッデルムと言う奴のレベルが35であった事を踏まえると、マツリカが幾ら強いとは言え、彼女のレベルが2である以上は、単純計算でも最大で25程度、最小では13の開きがあって、戦闘力にも差が出ると思っていたのだ。
それ故、最初は最高レベルのターナを当てようとも考えていたのだが、敵への牽制攻撃、即ちキジャラの木に火を付ける役割もこなさないと行けないのを考えると、少々、負担の面で心配して外した。
そこで悩んだ挙げ句、特殊な攻撃手段を持つマツリカ、そして防御に優れるイユキを向かわせたのだが、実際には、その計算以上の強さを彼女たちは見せつけた。
これを例に考えるならば、クラスが2つも離れると、20倍以上のレベル差が出ている可能性が出ている。
もしかしたら、クラス分けにはもっと別の意味があるのかも知れず、単純にレベル差を比べられないのかも知れないが、これだけでは今は良く分からない。
などと考えていたら、再びユーカレブトから報告が上がる。
「主様、1号から連絡です。 怪しい者を捕まえたそうです」
「怪しい者?」
「はい、こちらを見張っていたとか。 処分しますか?」
「いや・・・連れてきてくれ」
その後、暫くしてユーカレブト1号が戻ってくると、報告通りに捉えた何者かを連れてきた。
フォーメルは努めて平常を保っているつもりではあったが、自分を拘束した連中を間近に見るに至り、例の勇者連中ではないかという確信がもたげてくると、内心は落ち着いていられなかった。
シーゼス軍を撃退したばかりか、転がる岩のクラッデルムを赤子扱いした実力を見るに、この連中を味方に付けることができれば、レパンドルの今の状況を引っ繰り返せるのではないかと言う期待感もあって、彼は心の内では逸ってもいたのだ。
むしろ、そうであれば連中に捕まって連れてこられたのは、好都合とも言えるだろう。
問題は、勇者ハルタがどの様な人物か、だ。
容易に姿を見せず、その正体を隠し通す様な相手である。
恐らくだが、一筋縄では行かない可能性が高い。
大体、何故レパンドルに味方・・・・しているとは限らないが、少なくともシーゼスに対立していると言う事実は、交渉には使えるはずだと彼は考えた。
ただ、対立している理由が分からない上にどの様な目的があるかも分からない以上、一つ間違えれば恐ろしい敵となる可能性も十分にある。
勇者という存在を過去にまで遡って見れば、場合によっては国家にとっては大きな敵となる可能性も高いからだ。
暫くして、フォーメルは幹部、もしくは中心メンバーらしき連中が揃っている所に引っ張り出され、強制的に跪かされる。
軽く見渡すと、戦闘に参加していた二人の他に、これまた只者ではないと分かる連中が更に五人確認できた。
フォーメルは、誰が勇者なのかを注意深く観察する。
パッと見で言えば、中央に陣取る異形の鎧を着込んだ者がそれっぽいのだが、既に報告にあった、村を救った戦士の概要と一致するので恐らく違うだろう。
その他は一体を除けば全て娘なので、やはり除外できる。これは、チンピラたちの証言を信じればの話しだ。
ただ、六本腕の人間など見たことがないので、それにもフォーメルは驚いた。
自分の知らない土地で、魔素の影響を受けた人種だろうか?
消去法で言えば、緑色のフルプレートの鎧を着た者が勇者の可能性が高い。
形状がちょっと気になるが、欺瞞行為だとしたら上手い手口だ。
なぜなら、勇者は男だという自分達の思い込みを逆手に取った方法だからだ。
それにしても、随分と立派な鎧である。フォーメルが知る限りでも、これ程の一級品は見た事がない。
ただ、それだけに重量も相当にありそうなのだが、それを物ともせずに動いている当たり、確かに勇者たる存在だとしてもおかしくはないだろう。
連れてこられた男は、一見すると落ち着き払っている様に見えた。
一応、俺の周りはターナたちや他のイーブル・ラーナンが固めているので、その男に顔を見せる事無く観察する事ができる。
因みに、リディはその存在をできる限り隠すため、今は省エネモードと言うか、縮んだ状態で待機させてあった。
その為か、男はこっちを注視しつつも、周囲を警戒する様な素振りを見せてもいる。
ただ、冷静になって見てみると、この男には見覚えがある。
確か、レパンドルが布陣していた場所に居た一人のはずだ。
アニーズで確認すると直ぐに分かるのだが、今までの経験上、交渉前に相手のことを知りすぎると返って怪しまれるので、ここは事前情報無しで話をした方が良いと判断した。
と、ここで俺の考えを先回りして読み取ったユーカが、耳元に口を寄せて意見してくる。
「話すべきではありません。 主様の素性を知られては、どの様な結果を生むかわからないのですよ」
その言葉には、色々な意味が含まれてはいるのだろう。特に、万が一相手を殺す事に至った時、後悔するのは俺だと言う心配も強く感じる。
ほんと、ユーカは良い子に育ったよな。
とは言え、こっちも実質的に八方塞がりなのである。
本来の目的であるミズツノシシオギに関する情報は全く得られない上に、この世界に関する情報においても殆ど集まっていない。
ならば、多少の不安要素を抱え込んでも、ここは前進する方を取るべきだろう。
そう決意していた俺は、ユーカの頭を軽く撫でて意思を伝える。
それに対し、少しユーカが頬を膨らませた気がした。
何やら、中心メンバーと思しき連中が集っている場所で動きがあったのだが、それだと思ったフルプレートの戦士が蚊帳の外に居る感じに、少しフォーメルは戸惑った。
もしかしたら、まだ誰か隠れているのか?
そう、フォーメルが考えていた時、明らかに男と分かる声が話しかけてきた。
「オホン。 アーあんた、何者だ。 名前は?」
「!?」
俺の呼びかけに、明らかに驚いた顔をした男はしかし、正面を真っ直ぐに見つめ直した。
恐らくだが、交渉できる相手を確認できたと感じたのだろう。何となくだが、決意した様な表情を見せる。
そして、その後に続けられ言葉を聞くに、恐らく大体のことは察していたらしい事も伺えた。
「私の名は、フォーメル・ボゼーク。 レパンドルの将にして魔装騎士。 あなたは・・・・あなたは、勇者ハルタ殿ではありませんか」
「!?」
その問いかけに、俺だけではなくユーカたちが微かにざわめく。
マツリカは、早々に刀を抜いて構えてすらいる。
まあ、隠れてこちらの戦闘をのぞき見ていたのと、事情を知っている風な言葉を発したのだから仕方がない反応でもある。
そのフォーメルと名乗った男の素性は、俺以外は全く知らないと言って良いのだから。
「みんな落ち着け」
俺の制止によって一応はその場は静まったのだが、マツリカは刀を下に降ろしただけで、収める様なことはしなかった。何かあれば、直ぐに切るって感じだ。
と言うか、彼女の場合は暴れ足り無いと言った不満もあるようなので、相手が驚異かどうかは関係ないのかも知れない。
「俺のことを、知っているのか」
「ええ、もちろん。 随分と振り回されましたからな」
「振り回された?」
「勇者殿の力の在処と正体を巡って、我が騎士団も奔走したのですよ」
そう言って、その男フォーメル・ボゼーグは、見えない相手にゆっくりと語りだした。
フォーメルの話を総合すると、どうも俺たちの存在が、レパンドルと言う国の立場を微妙にしているらしいことが分かった。
勇者云々は、やはりマツリカが放った余計な一言に端を発しているらしく、それを話すフォーメル自身もチラチラと彼女を見る。
「なるほど」
フォーメルの話を一通り聞き終わり、ゆっくりと目を閉じた俺は、次の瞬間にはキッと目を見開いてマツリカを睨むが、彼女は素早く明後日の方向に顔を向けて、知らんぷりを決め込んでいた。
まあ、俺もチンピラたちに余計な事を言っていたので、彼女だけを責めることはできないのだが、何れにしろ身から出た錆なのは間違いないだろう。
迂闊に無責任な事を言ったのも悪いのだろうが、まさか、勇者の存在がこの世界でこれほど影響を与えるとは思ってもいなかった。
いや、勇者云々以前に、戦闘における結果を残してしまっているのだから、レパンドルと言う国に何かしらの驚異があると他国に思わせるのは、時間の問題だったろう。
どうやら、俺たちの存在は自分らが思っている以上に、大規模な勢力と捉えられているらしい。
さて、どうしたものか。
「ハルタ殿、我らが王に、会ってはもらえないでしょうか」
これからどうしようかと思案していた俺に、突然フォーメルが提案してきた。
ユーカたちに遮られ、今だ面と向かい合っては居ないはずなのだが、俺は何となく彼がこちらが見えている様な気がして落ち着かなかった。
それは、見透かされている様な部分もあったので、尚更だ。
レパンドルの国王に会う。
この国のトップと接触できるのは願ってもないことだが、それだけにリスクも大きい。
物別れに終われば対立してしまう可能性だってあるし、何より、俺はこの国に決定的に肩入れしたり、利用されるつもりなんて毛頭も無い。
それに、冷静に考えれば、こんな弱小国に味方をするのはデメリットだらけだ。
本音を言えば、こちらの都合で好き勝手に暴れ、敵の侵入や進撃を、その都度迎撃する方が望ましい。
そうすれば本当の意味で弱い人達、そう、例えばルミンの様な子供を守る事もできはずだし、国王を含めたトップ連中が腐って居るなら遠慮なく切り捨てる事もできる。
そもそも、表面から拾える情報だけで判断すれば、こうなる政策しかできないこの国は味方するに値しない存在だ。
まあ、実際には、そう単純な話でもないのだろうが、泥舟に乗りたくないのは俺個人としても避けたい。
仮に国王やその側近、一部の連中の為に動くような決まりごとを結んでしまえば、必然的に俺たちは弱者を見捨てる選択を簡単にすることにもなる。
それはある意味では楽なのだが、逆に言えばこの国に味方をしてやる必然性も消える。
むしろ、小出しにしての関係ならば、互いに牽制し合う形でも付き合いやすい。
情報提供に関しても制限は出てくるだろうが、それは向こうも同じだ。
この国の内情はよく知らないが、俺個人の意見としては、できるだけあの時に恩を受けた姫様と交渉するのが望ましいと考えている。
彼女の事を知っている訳ではないが、少なくとも、あの人となりならば良い形で関係を作れる可能性が高いのではないだろうか。
「国王・・・に行き成り会うつもりはない」
「では、どの様な謁見をお望みか」
「そうだな。 セイレアヌ姫・・・・だったか。 まずは、その人との交渉を望む」
その言葉に、フォーメルはやや納得した様に頷いた。
その態度に、俺自身は一瞬だけ腑に落ちない感情を抱いたが、一連の出来事に彼女も加わっていると言う考えも直ぐに思い浮かんだので、何となくだがこちらも合点を得た。
互いの落ち所は、どうやらセイレアヌ姫にある様だ。
シーゼス軍、レパンドルより撤退。
そのニュースは瞬く間に広がって行き、当事国であるレパンドルの民衆には喜びをもたらしてはいたが、同時に各国を巻き込んで不穏な動きを呼び寄せる原因ともなっていた為、関係者は対応に苦慮していた。
現状で一番問題であったのは状況の不明確さであり、実際にはどの様にしてシーゼス軍が撤退したのかが分かっていない事にある。
何かしらの戦闘が行われた様な痕跡はある物の、推測される限りではかなり小規模であったと言うことしか分かってはおらず、それでどうしてシーゼス側が撤退を決めたのかは一切不明のままだった。
そうした不明さは、やがて例の勇者の存在を殊更にクローズアップさせてしまい、噂として広がるのも早かったと言える。
いや、この噂は一部は肯定されたものともなっており、しかもその出処が敗れたはずのシーゼス側からとあっては、余計にレパンドルとその関係する国々を困惑させてもいた。
実際、それを持ってシーゼスは、各国に対して「レパンドルに覇権を狙う野望あり」と非難する声明を出しており、それが余計に事態をややこしくしてもいた。
以上の事は、ハルタとフォーメルが出会ってから一ヶ月余りの間に起こった事だが、短いとも長いとも言えない期間で、状況は目まぐるしく変化していたのだ。
「話にならん!! 我らが、何時、覇権など唱えたというのだ!」
情報を調査する集まりに来ていたダガスドは、珍しく声を荒げて周囲を驚かせた。
国王、及びセイレアヌへの報告を前に、彼らだけで今一度精査し、どの様な状況が起き、今後はどうすれば良いかの指針を打ち立てるため関係者が集っていたのだが、各部からの報告の読み上げの途中、彼は突然に声を荒げたのだから回りの反応は当然とも言える。
(勇者だかハルタだか知らんが、我らが姫と国王の苦労を無駄にしおって)
発した言葉とは別に、ダガスドは他方に関しても怒りを持っていた。
いや、彼もこの複雑な状況とタイミングの悪い事態に、自身の中で整理が付けられずにいたと言える。
シーゼスが撤退した事実は喜ぶべきなのだが、国としての存続を考えた場合、レパンドルはかつて無いほどに孤立し、長期的な視野で見れば不味い事態に陥ってもいた。
実際の所、今回の一件が起きる前には、隣国ユールフィアの働きによってロウバル連合王国の中にも、レパンドルへの援助を考え始める動きが見えてもいたのだ。
そして、それらは国王と姫の尽力が間違いなくあった事は確かであり、厳しい状況の中にあっても希望が見え始めてもいた矢先だった。
それが、シーゼスをレパンドルが単独で撃退、しかも勇者と言う存在が加担して追い払ったと言う情報により、連合王国ばかりかユールフィアまでもが態度を一変させた。
もっとも、この変化は直ぐに起こった物でもなく、ある時点までは、むしろ有利に働いていたとも言える。
と言うのも、シーゼス側からの発表には一ヶ月程度のタイムラグがあったので、当初は勇者などと言う存在は全く浮かび上がらず、レパンドルが自分達でどうにかしたであろう事が評価に繋がっていた程だったのだ。
その事実を持って連合王国を説得に当たっていたユールフィアだったのだが、それを見計らった様にシーゼス側から敗北を認める発表があった為、全ては悪い方向へと流れ始めた。
当然、レパンドルはこれらに対して直ぐに反論等を行ったのだが、不信感を拭うには至っておらず、シーゼス、そしてバウンダーを撃退したと言う事実は変わらず、逆効果となり兼ねない緊迫した事態が続いてもいる。
ともすれば、レパンドル側がシーゼス侵攻を餌に、連合王国の兵力を削ろうとしていたのではないかとも見られているらしく、完全に疑心暗鬼に陥ってもいるのだった。
ここまで勇者と言う存在がクローズアップされ、各国が警戒するのには訳がある。
その一つはヴィーダル殺しの勇者伝説だが、もう一つは勇者出現に伴う国の動乱である。
勇者と言う存在は権力者よりも民衆寄りである事が多く、これにより、それまで溜まっていた不満が爆発し、民衆が結束して国を根本から引っ繰り返すと言う事例が幾つも知られている。
実際、かつてのレパンドルもそうした流れでできた国の一つと言われており、国力自体がそこに左右されてきたと言う歴史がある。
それが、ここに来て再び勇者が出現したとあれば、国を治める権力者達にとっては、必ずしも歓迎すべき話ばかりではないのは当然の事とも言えた。
しかも数千に及ぶ兵力と一緒に、バウンターと呼ばれる最高位の魔装戦士まで打ち破ったとあっては、実力も伴っている事は間違いがなく、少なくとも伝説に言われる様なおとぎ話と笑い飛ばす事もできない。
いや、本物の勇者かどうかなど、この際は関係がない。
重要なのは、実力を備えた何者かが動乱に乗じて動いている事であり、民衆の感心が寄り易いのが問題なのだ。
もし、その勇者とやらが無自覚な詐欺師であれば、この世界は容易くその者の下に集い、大きな流れを生む可能性がある。
下手をすれば、レパンドルとシーゼスの領土戦争どころか、デファーナ大陸全土を巻き込む大戦にさえ発展しかねない。
更に懸念されるのは、その勇者をどこかの国が捏ち上げて送り込んでいる場合であり、だとしたらレパンドルは良いように利用されている可能性さえあるのだ。
そうした状況を勝手に複雑に読み解いていたダガスドは、答えの無い答えを探そうとしては、怒りを蓄積させていた。
しかも、事態は次々に転じて行き、幾ら対策を立てても追いつかないのだ。
そんな中、良いニュースがあるとしたら、魔装騎士たちが無事に戻ってきたことくらいであろう。
一時は、相当な損失を覚悟していただけに、彼らの帰還は少なくない喜びを関係者にもたらせた。
まだレパンドルには力が残っており、ある程度の事には対応できる。
そう思うことができたのである。
更には、死んだと思われていたフォーメル・ボゼークが、一番最後ながら無事に帰ってきた。
その帰還は劇的とされ大々的に扱われるなど、正に英雄として取り上げられ、レパンドル全体の士気だけは高かったと言える。
それだけに、ここに来ての各国との関係悪化は、ダガスドにとっては無念でならなかった。
もっとも、その流れに至ったのは彼の知らない経緯があった為であり、それを知る唯一の人物フォーメルは、何とかセイレアヌ姫との単独会見に臨もうと、今正に覚悟を決めたところだった。
その扉の前まで来ると、彼は一つだけ呼吸をし、そして、ゆっくりとノックをする。
彼自身は実際に目を向ける事はしなかったのだが、扉の両脇に控える警護の兵士達は、恐らくその仕草を訝しげに見ていたのでは無いだろうか。
騎士として重鎮に近い彼が、まるで新兵の様に緊張していたのだから。
「どうぞ」
涼やかな声が扉の奥から聞こえたのを合図に、フォーメルは中にそろりと入っていった。
「フォーメル殿、無事の帰還、本当に感謝します。 お疲れではないですか?」
声の主、セイレアヌ・ホバートは、どこか柔らかな表情で微笑みかける。
身なりは騎士の様な出で立ちで凛としていたが、彼女自身が作り上げているのか、全体的には穏やかな雰囲気が漂っている。
恐らく、自分に気を使って精一杯労おうとしているのであろうが、彼にしてみれば、それが返ってプレッシャーともなっていた。
また、一国の姫だけあって彼女は美しく、それも手伝ってより一層フォーメルは直視できない。
どう話を切り出せば良いのか。
そう躊躇した時、向こうの方から問いかけてきた。
「フォーメル殿、あなたの帰還は喜ばしいのですが・・・その、あんなにも長い間帰らなかったのは、どうしてなのですか?」
本人からすれば、それは単なる興味本位の疑問、或いは心配しての事でしか無かったのだろうが、フォーメルは、それに裏読みを当てて勝手に冷や汗をかく。
長い間・・・恐らくだが約一ヶ月以上、彼は異形の存在たちと行動を共にしていた。
彼らに拘束された時、勇者ハルタは無条件で直ぐにフォーメルを開放しようとしたのだが、彼の仲間の一人、恐らく女かも知れないが、ユーカと名乗る者だけがそれに反対し、暫くは連れ回されたのである。
もっとも、ユーカと言う女は自分を殺すとまでは行かずとも、唯では済まさないという感じだったので、連れ回されただけで済んだのは勇者ハルタのお陰であったとも言える。
勇者ハルタの姿を初めて見ての印象は、噂に囁かれる人物とは相当にかけ離れていると言う事であった。
優男と言う点では好印象でもあったが、戦士あるいは勇者と言う存在で推し量ろうとすると、どうにも頼りない。
チンピラ共をまとめて叩きのめし、異形の兵士たちをまとめ上げていると言う割には、覇気の様な物を感じる事ができないのだ。
恐らくだが、一対一ならば、フォーメルでも瞬殺できるのではないかとさえ思った。
それ故に、何故これだけ強い連中が付き従うのか謎であったが、一つの会話によって深い疑念と一緒に、それなりに推測する事もできた。
様式も、種族も違う感じがする連中の集まりに、フォーメルはずっと戸惑っていた。
勝手な推測で山脈向こうの西側関係者、または何かしらの目的を持って集められた傭兵団と言った考えを持っていた為、迂闊な事は聞けないと言う躊躇いがあり、ずっとそれを口に出す事は遠慮していた。
しかし、例えそうだとしても連中の異形さは異質であり、特に緑色の娘型兵士と六本腕の兵士は、種族としては聞いたことすら無い。
それに、自在に巨大化するフルプレートの兵士など、よく考える必要も無く異常である。
無理矢理に当てはめれば、どの兵士も神話世界の戦士や異教の女神と言っても良い存在であり、実際、幼い感こそあれど、どの娘も際立った器を持っていた。
もしかしたら、連中はモンスターを
と、そこまで考えていたフォーメルは、ふいにハルタに話しかけてしまった。
「あの、ハルタ殿。 こちらの方たちとは、どの様なご関係なのですかな?」
その質問にハルタは動きを止めると、まじまじとこちらを見つめる。
それに対し、フォーメルはバツが悪そうに顔を逸らした。
聞く順番と言うのがあっただろうに、それをすっ飛ばして行き成り核心を突いては流石に不味いだろうと、彼は下手を打った事を後悔する。
色々な事が重なりすぎていることや、常識はずれの現実を見て、浮足立っている様だと彼は自分で反省した。
しかし、それが意外な突破口を開く。
「・・・教えても良いけど、そっちも、こちらの話にちゃんと耳を傾けてくれるか?」
意外な返事に、フォーメルは自分でも驚くほどに、素っ頓狂な声で呻いた。
アーマルデ・ロイデン
ハルタからこれまでの成り行きを聞き終えた時、フォーメルの頭に真っ先に浮かんだ言葉だった。
だが、何かが違う。
フォーメルも、直接アーマルデ・ロイデンを見た事はないので確信は無いのだが、ハルタ一味の異様さと完成度の高さとでも言える部分は、噂に聞いた物に照らし合わせる限りでは、当てはめ難い事も確かだったからだ。
それと、もう一つ。
ハルタとその一味は、自分たちがアーマルデ・ロイデンであるとは欠片も思っていない様だった。
だとしたら、やっぱり別物なのか。
どちらにせよ、ここで迂闊に情報を与えるのも不味いかも知れない。
「どうかしたか?」
「あー・・・いえ。 ルッター山脈を挟んで、その西側にかつて居たと言われる特殊な兵士たちの事を思い出したので」
フォーメルは、カマをかけてみた。
「特殊な兵士?」
これは・・・演技か?本当に知らないのか?
一瞬躊躇したフォーメルはしかし、そのまま重要な部分は隠して話してみる事にした。
「まあ、一般的には知らない者も多いですし、私も噂でしか聞いた事がないので、詳しい事はこれ以上は知りません」
そう誤魔化したが、自分で言葉を並べ立てていくと、不思議とフォーメル自身も周りの連中の奇妙さに納得が行き始めた。
なるほど。
あくまで仮定ではあるが、アーマルデ・ロイデンであるならば、その強さと奇妙さが一致してくる。
人の様であって人ではなく、更には魔装騎士以上の強さは、アーマルデ・ロイデンならば説明が付く。
そして、誰もそれに気が付かなかった事が、彼らが活躍できた一因でもあるだろう。
もし、初めから正体を知られていれば、早々に倒されていた可能性も高い。
第三国の介入があるとしたら、誰かは知らないが、上手い使い方である。
腑に落ちない点は幾つかあるが、それも含めた形で実験をしているのかもしれない。
ただ、そう考えると、この連中は勇者などではなく、ただの尖兵とも言えるが・・・。
もっとも、フォーメルのその「連中」とは"イーブル・ラーナン"か"アシュレイ"、もしくは"マツリカ"を見ての事であり、他にも居るとは思っていなかった。
特にユーカに関しては、漠然とではあるが、当たり前の様にプラウネ系のヒューマスと考えていた。
それが違っている事を後に彼は知るのだが、噂を唯一の常識として入れていた為、今暫くは勘違いしたままとなる。
その後も勇者かも知れない人物ハルタは、こちらからの問いかけに対し疑問を幾つかぶつけて来た。
本音で言えば、コッチの方も聞きたい事は山ほどあるのだが、大方が無視された。
彼は武器を人化する能力を持っているらしく、その力自体に付いて悩んでいる様だった。
それらを総合すると、彼は確かにアーマルデ・ロイデンと言う特殊能力の使い手の可能性が高い。ただし、幾つかの点で自分の知る要素とは違う部分も見えた。
それとは別に彼がアーマルデ・ロイデンだとしたら、勇者と言う可能性はやはり無くなってくる。
ただし、まだ話していない多くの経緯がありそうなので、結論付けるには早いだろう。
その後も、勇者かも知れないハルタは幾つかの質問をしてきたが、こちらもそれに乗じて、どこから来たのか、どこの出身か。
そして、目的は何かをそれとなく聞いたのだが、全てはぐらかされた。
ただ、そこには何かしらの策略的な意図は見えず、何となくだが、彼も説明するに足る、裏付ける材料を持っていない様な印象を受けた事も確かだ。
質問その物も、まるで自分が何者か分からない様な内容が多く、国家だの策略だのは絡んでいない様にも思えたので、最初に思った勘ぐりは空振りかとフォーメルは思い直し始めてもいた。
しかしながら、話は殆どが彼の一方的な質問ばかりなので、核心を突くには至らない。
大体フォーメルの周囲には、ユーカ以外にも彼に殺意を持つ娘たちが取り巻いていたので、強く出る事もできなかったのだ。
特に、彼が一番怪しむ異形鎧の殺気は半端ではなかった為、アーマルデ・ロイデンが廃れた理由の一つが「これか」と勝手に納得してもいた。
「特殊な兵士って、あんたの話だと、武器を兵に変えてたんだよな?」
「まあ、噂ではそうです」
「その・・・・どうやって武器を兵士に変える事ができのか・・・その条件とか、知らないか?」
「は?」
訝しげな顔をし、意味が分からいと言った顔をフォーメルはした。
「えーと、実は・・・」
質問したは良いが、自己の能力を否定する様な事を言い出した為、その言い訳を探す様な感じで頭をかかえるハルタに、例のユーカと言う女が肘で突く仕草をする。
二人の様子を見るに、女の方はこれ以上話すなと言う風にしているらしい。
が、それを頭を撫でて黙らすと同時に、勇者ハルタは、何故かこちらに手を振って何かしらの合図を出す。
フォーメルは一瞬気づくのが遅れたが、振り返って見れば、大盾を持った少女と、片刃の剣を持った少女がユラリと近づきつつあり、それに気付いて思わず後ずさった。
幸いにも、ハルタが更に強く制してくれたので、彼女たちは下がったのだが、短く舌打ちした音を聞いた様な気もしてゾッとする。
それに気がついたフォーメルは、慌てて繕う会話をした。
「あ、いや、私も噂しか知りませんので、技術的な面で詳しい事は何も・・・それに、この特殊な兵士自体、今では完全に廃れてしまっていて、少なくとも東側、つまり、こっちの地域に住む者で詳しい人間は居ないと思われます」
実際、フォーメルがアーマルデ・ロイデンに関して知っている事は、噂をまとめた程度のことでしか無い。
例えば元々アーマルデ・ロイデンとは、人化した武器その物を指す言葉であったらしいのだが、後年ではそれを使いこなすマスターも含めての総称となった程度の事であり、どの様にしてそれらが行われていたのか、技術的な体系と言った物は一切知らなかった。
ただ、これらは知ろうとしても、それ以上に知りえないと言う理由もある。
廃れてしまったと言う事も関係しているのだろうが、アーマルデ・ロイデンに関する詳細に関しては一切伝わっておらず、現状では西側の極一部以外には詳しい資料すら無いとも言われていた。
それ故、世の中の殆どの人間が、結局は噂以上には知らないのだ。
しかし、ハルタの質問を受けたフォーメルは、後になって矛盾に気がついて戸惑う。
当たり前だ。
力は使えるのに、その発動条件を本人が知らないなんて、おかしいと考える方が普通である。
やはり、まだ隠している事があるのだろう。
だとしたら、コチラも迂闊に情報を出してやる分けには行かない。
フォーメルは、アーマルデ・ロイデンその物に関して、詳しく語ることだけは止めようと決めた。
もし、連中が敵に周るような事があれば、その弱点を知らぬままに殲滅する事もできるからだ。
もっとも、それはハルタがアーマルデ・ロイデンであり、かつ知らない風を装っていない事が前提でもあるが。
「そうなのか・・・・。 俺はその何というか、見よう見真似でこの力を身につけた為、よく分からずに使っていてな。 できれば、知っている事は全部教えて欲しいんだが。どうだろう?
もちろん、答えてくれたら、それなりに礼はするつもりだ」
それに対し、フォーメルは暫し思案する様な仕草をとった。
話して良い事と、不利になりそうな言葉を素早く吟味すると、短く頷いてから喋りだす。
「私が知る限りでは、その特殊な兵士と言うのは、武器に何かしらの血肉を与える事により、その両方を依代とする事で兵士にする事ができると聞いています。
その強さは、多くの戦場で血を吸わせた・・・つまり、敵を殺した武器ほど強力であったとも言われていますが、同時に名工等による技術や素材によっても影響を受けたとか。
ただ・・・・」
「ただ?」
「兵士化した武器は、必ずしも術者に従うわけでは無いとも言われており、効率も含めて、そこまで安定した戦力にはならないとも。
故に、もしハルタ殿がそれだとしても、ここまでの戦力規模を持てていること自体、規格外とも言えます。」
「普通は、どれ位の人数しか持てないんだ?」
「これも噂ですが、最高でも六名程度だと。 それ以上は統率に欠き、中には暴走すると言う話も聞いた事があります」
途端に、ハルタ以外の者たちがフォーメルに殺気を放ち出し、彼はそれに慄いた。
俺は、夜空の星を見ながら物思いにふけっていた。
人工的な明かりが無い森の中で見上げる星空は、それはそれは綺麗だ。
ただ、よく観察すると、星空は俺が知っていそうで知らない様な位置取りをしており、じっと見ていると心をかき乱される。
以前、星座の配置が思い出せないと感じていたのだが、ボーッと見ていると、何かを時折感じる気がして、妙な気分になるのだ。
それが何となく気持ち悪い。
そうした物を振り解こうと横を見ると、間近にユーカの顔が迫って少し慌てた。
俺は今、見た目的には、ユーカに絡め取られる形で寝ている。
フォーメルと言う人物と接触して依頼、ユーカは寝る時は必ず側に居るようになった。それも、ドレスを変形させて俺を拘束する形でだ。
それ自体は強い拘束力を持っている分けでも無いので、逃れようと思えばできた。
当然だが、そんな事をしたら直ぐにユーカも起きてしまう。
で、反対を向くと今度はマツリカが居る。
その奥には、恐らくターナも居るのだろう。
皆、心配なのかも知れない。
そして、その不安を煽っている原因は、俺自身にもある。
あの日、フォーメルが語った特殊な兵士の可能性の一つに、人数制限と言う物があった。
『最高でも六名程度。それ以上は統率を欠き、暴走する可能性すらある』
俺は無知ゆえに、これまで考え無しで武器を人化してきたが、もしかしてヤバイ感じでターナたちを使っていたのだろうか。
いや、でも、主要メンバー以外、つまりはイーブル・ラーナンたちはローナの技の範疇だからカウント外・・・・だとしても、それでも現在は八名だ。
マツリカを入れた時点で定員オーバーだったらしいのだが、特にそうした兆候が見られない為、大丈夫なのかとその時は思った程度だった。
だが、ユーカを含む他のメンバーは違った。
その言葉を聞いた途端、急に様子がおかしくなったのだ。
再び俺は、あの時の様子を思い返す。
「お、落ち着けみんな。 お前たちなら、大丈夫だ。 な?」
そう言って懸命にフォーメルのカバーに入ったのだが、ふと見るとユーカが相当心配そうな顔をしていた。
しかし、直ぐに顔を反らしてしまう。何だろう。
「えっと・・・どうやら、危うい形で力を使ってたみたいなんだが・・・このままだと、危険だと思うか? 或いは、回避する方法とか、知らないだろか」
「いや、その、私の知っている事はあくまでも噂だけですし。 それに話によれば、軍団規模で率いていた者も居たとか居ないとか・・・。 まあ、方法自体は知りませんが」
「軍団規模?それって、どの位の人数なんだ」
「詳しくは知りませんが、軍団となれば数百以上だったかも知れませんな」
「それなら、何で廃れて・・・・」
「主様、この様な者の話、まともに聞いてはなりません。
貴様、私達が暴走するとか、ふざけるな。 私たちが、主様を裏切るとでも言いたいのか!」
話の途中に割って入ってきたユーカは、珍しく怒りを顕にし、それに周囲も答える様ににじり寄る。
そのユーカの怒り様に、フォーメルは少し身を低くしたのだが、その表情には疑問の様な物も湧いていたのが見て取れた。
それは、ユーカの発した言葉に対してであったのだが、俺には、彼がユーカも特殊な兵士の一人として見ていない事などとは、気が付きもしなかった。
ただ、他の連中も騒ぎ出し、流石に収拾が付かなくなりそうだったので、俺は会話を中断してみんなを制止するのに手一杯となった。
これじゃ、フォーメルの言っている事を肯定している様な物だ。
どうして、彼女たちが、ここまでフォーメルを警戒するのか、俺には理由がピンと来なかった。
それが何かを尋ねてはみたが、結局、ユーカたちは返答らしい返答をしなかった。
やはり、特殊な兵士と言うものが一つの鍵を握っているのは間違いがないだろう。
そんな訳で、それ以上詳しく知る事はできなかった。
まあ、フォーメルと言う男自体、それに関して話した以上の事を知らないそうなので、あれ以上は聞いても無駄だったろう。
廃れた理由ってのも、結局は既に会話にあった暴走や服従しない可能性、そして兵士化する効率の悪さを繰り返されただけだった。
ともかく、俺たちは安全圏に下がってから、ようやく彼を開放する事にした。
より正確には、ユーカによる追跡妨害の策が完成したので、それによって許可が出たと言うところだ。
何と言うか、シーゼスを追い払って以降、ユーカはやたらと警戒心が強くなっている。
フォーメル一人を開放するにしては、やり過ぎだとも言えた。
一通り回想し終えた俺は、ゆっくりと目を閉じ、その後の事を考える。
フォーメルには、こちらの話は他言するのは控える様に約束させ、あくまでもセイレアヌ姫と極秘に接触できる様にと頼んだ。
どこまでそれが守られるかは疑問ではあるが、破られたとしても、それはそれで仕方がない。
むしろ、そうした事は、ある意味で向こうを試す材料にもなる。
相手の出方次第ではスッパリと関係を絶ち、ここを出て行けばいいだけの事だ。
大体、俺たちの存在自体、レパンドルにとっては必ずしも良いとは言えないらしいので、交渉の目が絶たれても一向に構わない。
一応、フォーメルからそれなりに情報も得られたので、他国に行って活動すると言う手も残されている。
それでも極秘の接触が可能となれば、フォーメルには特定の場所で決められた方法で、その結果を受け取る手はずになっている。
後は、待つだけだ。
そう考えていたら、俺はいつの間にか眠りについていた。
ハルタが眠りについた頃、フォーメルの方は帰路に着いたばかりだった。
普段であれば城で待機する身であるのだが、ここ最近の活躍と、それを労うと言う意味でも、自宅へ自由に休養する事を暫くの間は許されていたのだ。
既に夜中だと言うのに、街は何だか明るい。それは、単に街明かりが普段よりも遅く点いていると言うだけではなく、当面の危機が去った故の雰囲気的な物もあるのだろう。
その道中、彼は姫の自室で話した事を思い返す。
セイレアヌ姫に、どうやって話を切り出そうかと迷っていたのだが、向こうの方から事情を察してくれて、人払いと共に誰も入ってこない様に手配してくれた。
それで改めて聞かれたのだが、それでも話をどこから始めて良いのかは迷った。
そもそも、例のハルタと言う人物自体、勇者ではない可能性が浮上してきていたのだ。
レパンドルを助けたと言う意味では、勇者に値する人物ではあるものの、噂された存在とは違う可能性も出てきている。
ある意味でそれは受け入れ易い面を持っている一方、戦力的な面で考えれば不安な要素も持っていた。
仮に彼がアーマルデ・ロイデンだとしたら、その対抗策は幾らでも存在する。
特に、天敵の前では彼らは無力であり、そうなると期待は失望に変わるだろう。
むしろ、今の正体不明の状態だからこそ、彼らは活躍できているに過ぎない。
タネがバレてしまえば、彼らの独壇場も終わりを迎える。
まあ、それでも得体の知れなさと言う点を持っている為、その不安は必ずしも的中しないかも知れないと言う、一縷の希望をフォーメルは持ってはいた。
何せ、予想外の者も、アーマルデ・ロイデンだったのだ。
その事実は、フォーメルの知っている知識を上回っていた。
何れにしろ、切り札の使い方が重要となっている局面にある事を、フォーメルも自覚してはいたが、それ自体を手札として取り込んで良いのかも迷う。
「姫様、例の勇者の件ですが・・・実は、私は彼らと暫く行動を共にしておりました」
その告白に、柔和な表情をしていたセイレアヌが、スッと真剣な顔つきに変わった。
その後の事を思い返そうとして、フォーメルは止めた。
平静を保とうとしていた少女はしかし、無理をしているのを彼も感じたからだ。
そして、今後がどうなるかも今は不明だ。
ハルタと言う人物がレパンドルにとって良い存在になるか、それとも破滅を呼び込むかは、結局のところは誰にも分からない。
ある意味、その判断を、彼は一人の少女に丸投げしたと言って良い。
例えそれが、王家と言う特別な地位にあったとしてもだ。
所詮、魔装騎士だ何だと言っても、自分にやれる事は限られている。
直接的な戦闘に関する事は別としても、対局に影響する様な事、特に秘密裏という制約が付いている以上、判断はセイレアヌに任せるしか無い。
フォーメルは、自分の無力さを噛み締める様にして、石段の一つ一つを踏みしめながら帰路を行く。
ハルタが眠りについたのを確認したユーカが、静かに体を起こす。
軽くハルタの頭にかかる髪を掻き分けて見るが、よく眠っているらしく、特に反応しない。
それを見てユーカから思わず笑みが溢れたのだが、気配を感じて直ぐに真顔に戻った。
「今行くから、待ってて」
暗闇に立つ相手に小声で話しかけると、ドレスを変化させた寝床を慎重に自分から分離させるとスッと立ち上がり、今一度ハルタの顔を確認し、やはり足音を立てない様に静かにその場を後にする。
気がつくと、何時の間にかターナも側に居た。
目で合図を交わすと、二人はやはり音を立てずに移動を開始する。
「ここなら、大丈夫そうね」
アシュレイらと連れ立って、ハルタから距離を取った場所に来たところで、ユーカがつぶやく様に話しかけたが、相変わらずアシュレイは無言だった。
いや、そこに集まった全員が一言も喋らない。
アニーやローナ、リディもそこには来ていたが、全員が一様に影を落とした様な暗い顔をしている。
何故か虫も一匹すら鳴いておらず、それが一層静けさを際立たせていた。
ただ、ユーカたちができる限り木の陰に隠れようとするのに対し、アシュレイは月明かりが差す部分に立っているので、それがそのまま自分らに対する訴えかけにも見えた。
まるで、隠し事を明かせと態度で示しているかの様だ。
「目立つことすんな」
振り向くと何時の間に来たのか、マツリカもやって来ていた。
そのまま歩みだしてユーカの側に並ぶと、続けて言う。
「これから話す事は、ある意味、私達だけの秘密だ。 心構えって物も重要になる。覚悟もな。 聞くつもりがあるなら、態度を示せ」
それを聞いたアシュレイは、やはり黙って上を向くと、夜空を見上げる風にした。
「おい・・・」
「いいのよ、マツリカ。 アシュレイ、みんな、あのね・・・」
「きれい・・・」
突然、アシュレイが月明かりを浴びながらポツリと呟いた。
「私は遅すぎたのね。 みんな程ハルたんと深く結ぶ事ができてない。 恐らく自らを使い果たして、一番に消耗するはず・・・いえ、そうなる様に、みんなが心して欲しい」
「アシュレイ・・・・」
普段の無口さからは考えられないほど、アシュレイは喋った。
それが、かえって重い沈黙を生み出す。
「ハッ、見上げたもんだ」
沈黙を口悪く打ち破ったのは、やはりマツリカだったが、その目には相手に対する尊敬の念が込められてもいた。
その日、彼女たちはある心配事に対して情報を共有し、それを確認しあった。
そして一つの方針、できる限り力を使わない事と、ハルタにはこの事を秘密にしておく事を誓い合う。
「よし、景気づけに」
話が終わると同時に、マツリカが刀を抜いて構える。
「神魔絶刀!」
掛け声と同時に彼女の刀からは緑色の蜃気楼の様な物が立ち上り、それを振ると剣圧と言うか、風の様な物が巻き起こって周囲に影響を与える。
必然的にそこに居る全員が手で顔を覆う様な格好を取るが、仲間しか居ないと言う無頓着さが、服やスカートがめくれ上がる事への反応を遅らせる。
特にアシュレイは全く動じなかったので、スカートどころか服が半脱ぎとなってしまい、ターナが慌てて直しに入った。
「ちょっと、マツリカ!」
ドレスを手で抑えながらもユーカが小声で怒る。
それには恥ずかしさと言うよりも、ハルタが起きるかも知れないと言う心配と同時に、今しがた力を使わないと言う誓いを破った事への非難の方が強く含まれていた。
「いやいや、力は使ってない。 今のは刀の力だけを利用した・・・模索技ってところだ」
それに対し、ユーカがジト目で睨む。
「・・・ほんのすこーしだけ、使ったかな? アハハ」
くるりと体ごと視線を反らしてマツリカは更に弁明を続けた。
「分かってるって。 最後に、どうしても試して見たかったんだ。 何れ、あの河童野郎とも決着を着けなきゃならないんだ。 その為の技の種類も増やしておきたかったからさ・・・長らく封印したんじゃ意味ないし。 その確認も兼ねた・・・・と、やっぱり具合が悪いな」
「当たり前でしょ。 それは既に確認済みなのに、これ以上、主様の力を無駄遣いしないで・・・」
ユーカは自分で言って暗い表情をする。
「それだよ。 辛気臭い顔するな。 何なら、もう一回景気づけようか?」
「やめて!」
必死に止める仕草をするユーカを見てマツリカは笑ったが、彼女の声は上擦っていた。見様によっては、一人で無理をしている感じとも言える。
辺りは相変わらず静かで、月明かりだけが妙に明るかった。




