~謎の勢力~ -12. 開戦 その3
「・・・報告は、以上です」
「ご苦労様でした、ファーデル殿。 下がって休みなさい」
「しかし・・・」
更に何かを言いかけたファーデルを、セイレアヌが手をかざして制した。
それに対し、彼もやはり無言で頷き、一礼をしてから退出する。
彼が出たのを確認した後、セイレアヌは手の平で顔半分を覆う様な仕草をして、うなだれた。
「セイレアヌ様・・・」
「ダガスド、それ以上は言わないで」
報告を聞く限りでは、作戦は失敗に終わった。
だが、それは良い。
問題であったのは、こちらの目論見の殆どが叶っていない事だ。
千程度の兵力で何かができるとは、誰も考えていなかった。
今回の戦闘は、時間稼ぎも手段ではあったが目的ではない。
真の狙いは、可能な限りの奮戦を演じる事により、連合王国からの協力を引き出す事にあったのだ。
ロウバル連合王国が支援を渋る理由の一つとして、所詮、小国は持ち堪えられないという過去の苦い経験から来るものがあると、セイレアヌたちは分析していた。
実際、シーゼスに屈した国の殆どが似た様な形で負けているので、レパンドルも結局は同じであろうと思われていたのである。
それを覆し、自分達はこれだけやれると言うのを見せつけた上で、シーゼスには一歩も引かぬ意思を示せば流れは変わるだろうと考えていたのだ。
だが、結果から言えば、レパンドルも他国と同じ道を辿ろうとしている。
もし、この場に連合王国の関係者が居たならば、「そら見ろ」とでも言われんばかりの惨状だ。
しかし、そこまでは予想できた範疇でもある。
本番は、やはり籠城戦にあるのだ。
ここで持ち堪えてさえ見せれば、連合王国とて勝機を逃がす様な真似はすまい。
特に、隣国であるユールフィアは、次は自分達と分かっているはずなので、好機とあれば何かしら動くと言う期待感もあった。
例え、ユールフィアに戦う力がなかったとしても、直前に迫った危機と奮戦する形をレパンドルが見せる事さえできれば、連合王国を説得するには十分な材料になるはずだったのだ。
そして、それを実現するには、中核をなす戦力がどうしても必要不可欠となる。
だが、それに当たるはずの魔装騎士の殆どが未帰還と言う、絶望的な状況に陥っていた。
更に言えば、当初の見積もりが甘すぎたと言う事実も突き付けられている。
希望した目論見としては、自分達は結果的に支援物資を上手く使っている。それにより、シーゼスとも戦える戦力に数えられる国として認めさせる算段でもあったのだが、その肝心の部分が失われようとしていた。
ファーデルの報告によれば、望みを捨てるにはまだ早いとの事だが、それでも、現実を突き付けられると心が折れそうになる。
予想では、一日程度は持ち堪えられる上に、数人程度の被害で収まると言う事だったのだが、現状は厳しいを通り越して最悪だ。
被害の方は確かに予想の範囲と言って良い結果ではあるが、その殆どが魔装騎士と言うのは予定になかった事だ。
特に、敵の大将にしてバウンダーでもあるクラッデルムの力は、こちらの想像を遥かに超えているらしい事が、更に不安要素としてのしかかってもいた。
ある意味、今回の作戦は今後の為の試金石でもあり、見通しを立てる為の道標にもなるはずだったのだ。
それが殆どにおいて未達成であり、むしろ困難さを予想させるに十分な結果だけを示していた。
本当に、持ち堪える事ができるのか。
セイレアヌは、この事態を弟でもある国王に、どう伝えたものかと深い溜め息をついた。
セイレアヌが報告の仕方に苦慮していた頃、当のラウナルは既にその事実を知っていた。
現在、それを知らせた張本人、アライアルと二人で話し合いをしている最中でもある。
ただし、内容は戦闘結果についてではなく、姉であるセイレアヌへの対応が主な議論となってはいたが。
「いっその事、知ってましたで先手を打つ方が良いかと」
「それは不味いよ。姉上の領分は守ってやらないと」
「領分ねえ・・・では何時も通りに、最初から知らぬ存ぜぬで通すかい?」
「うーん、その手は使い尽くした感が・・・・」
溜息をつく国王にして幼馴染、そして友人でもあるラウナルの姿を見て、アライアルはふと笑みを漏らした。
本来であれば、立場上の問題で砕けた感じで会話するのは不味いのだが、幼馴染と言う関係や、アライアルの家系が名門である為、こうした話し方が自然と成立する。
もっとも、普段からアライアル自身が、こうした人物でもあると周囲が認識していたのと、小国故の規律の緩さもあって、ある意味ではその関係を黙認する空気もあったのも確かだ。
ただ、こうした面が、国王でもあるラウナル自身の存在にマイナスに働いている事を、アライアルも多少は気にかけてはいた。
公的にはどうあれ、周囲はラウナルの事を低く評価しがちだったが、アライアルは、個人的にそれは違うと言う可能性を少なからず見出していた。
確かに、気弱で前に出るのを嫌がる性格で、王の重責に常に苦しみ、自身でもその器ではないと常々嘆いてはいたが、何だかんだで彼が提案した事の殆どが正解であり、そして概ね上手く言っていたと言う結果が残されている。
実際、今回における対外的なアピールも含めた作戦の立案でさえも、その発端はラウナルが提案した物が基本となっていた。
勿論だが、当初は周囲から上手く行くのかと懸念された事もあったのだが、結局、それ以上に良い手段を提案できる者も策もなかったので、セイレアヌ他が協議の末、形式的にはまだマシ、或いは仕方なくと言った体裁で採用される運びとなった。
そこには、多分に姉を立てようと、その後ろに着いて歩きたがるラウナルの姿勢もあるのだろうが、これによって大抵の者が、その土台を作り上げたのが誰なのかを見落としがちなのだ。
アライアルでさえも、最近になってその事実に気が付いたくらいなのだから、ある意味で、それは仕方がない事なのかもしれない。
ただ、これが狙ってやっているのか、それとも単なる天然なのかは、彼の姉でもあるセイレアヌとの兼ね合いもあって計り兼ねてはいる。
セイレアヌとも長い付き合いなのだが、彼女とラウナルの姉弟と言う関係は、流石にアライアルでさえも細部に至っては分かりかねた。
もしかしたら、セイレアヌも意識するしないにしろ、とっくにラウナルの能力に気が付き、それを利用しているとも考えられるが、そこまで彼女が狡猾に立ち回るかと問われると、やはりそれもどこか違う。
どちらにしろ、姉の後ろから引きずり出して自らの意思を前面に出して動く事があれば、面白い事になるのではないかとアライアルは考えてもいた。
それ故に、最近では、自分の情報網をラウナルに優先して流す様にもしているのだ。
ただ、それを聞いての彼の興味は、相変わらず姉の心配なのが、らしいと言えばらしい。
それを諭し、無理矢理に思考を変える事も可能ではあるが、それでは良い面を潰しかねない恐れがある。
事実、ラウナルは、勇者と言う予定外の存在を聞いた辺りから、最初の開戦は失敗に終わる様な事を示唆し始めていた。
これにより、籠城戦に主眼を置く様な体制作りにそれとなく移行させ、その準備を加速させてもいたのだ。
理由を聞いた事があったが、何と無くと言う曖昧な返事をされただけなので、やはり、判断をしかねる。
恐らくだが、本人にも明確に理由付けはできていないものの、本能的な面で従って動ける何かがあるのだろう。
ただ、この場合、下手に自覚させるとかえって力む事もあるので、非常事態の今は、任せるままにした方が良いとも判断した。
その為、アライアルは今少し、ラウナルが本当の天才か、単なる幸運の持ち主なのかを見極める必要があると思っていたのだ。
「・・・そうだ。アライアル、一芝居打ってよ」
「? ああ、私から向こうに出向いて伝える訳ですね」
「そう。それなら、姉上の気苦労を削げるからね」
「しかし、私が色々被るような・・・・」
「頼む! ここは、幼馴染のよしみと言う事で」
「まあ、陛下の頼みとあらば引き受けましょう。 で、貴方はどこへ」
「東の城壁を見てくる。 勿論、警護には声を掛けるから、安心してくれ」
そう言うと、ラウナルは素早い足取りでその場を去ると言うよりは、逃げ出していった。
後には、それを苦笑しながら見送るアライアルだけが取り残される。
「おや、奇遇ですね。この様な場所で出会うとは。 騎士団長殿」
「奇遇? 貴方がそういう時は、大抵、悪巧みの合図みたいな物なのだけれど?」
中庭の廊下で顔を合わせたセイレアヌが、不審そうな目をアライアルに向けると、流石に鋭いと彼は心の中で舌を出した。
既に目論見がバレている以上、ここは上手く立ち回らなければならない。
アライアルはそのまま歩みを止めずに進むと、彼女の横をすれ違いざまに告げる。
「陛下なら、既に戦の顛末をご存知ですよ」
それにハッと振り向いたセイレアヌだったが、アライアルは飄々と既に去って行く最中だった。
「~~~もう!」
その場で彼女は地団駄を踏む。
「ちょっと、陛下がどこに居るかくらいは、教えなさいよ」
「東の城壁に居るはずですよ」
やはり振り向かずに、掌だけをヒラヒラとさせてアライアルは返事した。
「ダガスド、行くわよ」
「ハッ」
頬をぷーっと膨らませ、不機嫌に歩み出したセイレアヌであったが、少し歩いた所でその表情が緩む。
イタズラ小僧達の変わらない態度に、彼女は少しだけ癒やされた気がしたのだ。
レパンドル王都の東城壁管理を預かるセッタス・マイヤールは、こちらに向かってくる人物に気が付くと、背筋を伸ばして緊張感を高めた。
ただ、体裁的にはお忍びでここにやってきてもいるので、対応の方は最低限を守り、軽く会釈をするだけに留める。
すると、フードを目深にかぶった人物も、軽く頷く様な仕草で返してきた。
両側には、これまたフード付きのマントを被ったお付きの者が二名、従っている。
「やあ、どうだい。順調?」
「ハッ、全て滞りなく」
短い会話にも関わらず、満足そうに彼、若き国王ラウナルが頷いた。
フードの下から除くその顔は、どこか幼さを残している。
会話の後、国王は無言で城壁の外の方を暫く眺めていた。
準備の視察に来たのではないのか?
セッタスが疑問を呈した頃、国王がふと漏らす。
「もしかしたら、準備は無駄になるかも知れないね」
「それは・・・何故でしょうか」
「いや、すまない。ただの独り言だ。気にしないでくれ。準備の方、しっかり頼むよ」
そう言って、彼は別の方面へと出向いて行った。
(また、陛下の勘だろうか?)
見送るセッタスは、内心、モヤモヤした物を心に引っ掛ける。
彼もまた、外からラウナルの事を見ている内に、何かの力があると気が付き始めた人物の一人でもあった。
ただ、アライアルと違ったのは、そこに大して意味を見出してはおらず、王とはそう言う物だと思い込んでいた事だ。
国王ラウナルの発言には、時々、これから起こる事が見えている様な物が多い。
王都の態勢作りに付いてもそうだ。
ある時期から突然、急ピッチで王都内の防衛を固める方針を、現場レベルで指示が出された。
それも、ラウナル本人から内密にだ。
そして、それを承ったのがセッタスであった。
実質的に、現場における責任者である騎士団長を介さないその指示には戸惑ったが、王からの命令では聞かない分けにも行かなかったので、色々と不安を覚えながらも実行に移した。
すると、短い期間に王からの命令は次々と重ねられる事となり、余計に彼を困惑させた。
余りにも矢継ぎ早にくるので、よっぽど騎士団長に打ち明けようかと悩んだ事もあった程だ。
しかし、それらは直ぐに意味がある物となり、むしろセッタスの負担が軽くなると言う結果を生む。
それは、王都の警備体制であったり、より籠城戦を進める様な物ばかりで、その時点ではまだ、敵の勢力はハッキリとはしておらず、更に方針さえも定まっていなかったはずなのである。
だが、後になるに連れ、王の指示は全て的確であった事が次々と分かった。
それらを翻ってみると、王はそうした事態を予め予想して指示を出していたとも考えられる。
逆に見れば、最初から最悪な事態を想定していたとも取れ、後から情報を繫ぎ合わせれると、導き出せる結論でもあったかとセッタスは納得してもいた。
しかし、それは事が全て終わった後から見ての話であり、もし、全ての者が情報を持ち合わせて擦り合わせる事をすれば、ラウナルは、これらを事が起こる前に実行に移している事に驚く事になるだろう。
勿論、ラウナルも未来を見通していた訳ではなく、拾える情報から判断して動いていた上に、大体が姉の負担や不安を和らげる事を優先して動くという、凡そ国王らしからぬ原則に従っての物だったのだが、結果的にはその優秀さを知らない内に披露してもいたのだ。
だが悲しいかな。
彼は、その性格がやはり自身の力を見誤らせており、その非凡さに気が付くことはなかったのである。
そして、周囲の人間もまた、その可能性に気が付きながらも、真の能力を見出す事はできないでいる。
それは、アライアルやセイレアヌと言った、親しい者達も同様であった。
砦の各場所を確認しながら見回っていたラウナルは、これまでの事と、これからの事を考えながら歩いていた。
森の異変に始まった今回の戦争は、周囲は小規模で済むと考えていたのだが、ラウナルだけは大きな物へと発展するとずっと思っていた。
森の異変が尋常でないと言う事に、他国も縮こまると言うのが姉やダガスドたちの出した意見である。
しかも、今回はシーゼス側も傘下に収めた土地が森と隣接していたので、迂闊な事はしないだろうと思われたのだ。
だがロウナルだけは、シーゼスは大きく進撃してくるだろうと考えていた。
実は、何故そんな考えに至ったのかは、自分でも上手く説明できない。
外縁の村々が襲われ続けていた事実、ロバウル連合王国との確執、そしてシーゼスと言う国の歴史。
これらを総合して見て行くと、セイレアヌ達の考えは覆されるのではないかと、漠然と考えるに至ったのだ。
実際、シーゼスの考え方は、森に隣接して、そこに対応してきた国々とは根本的に違っていたので、ラウナルの予想は正しいと言える。
大局から見れば予想しうることでもあるのだが、連絡網や情報の伝達が限られてもいるこの世界にあっては、他国の事情や国柄、人となりを理解するのは容易ではなかったので、そこに思い当たるラウナルは、やはり非凡と言えた。
ただラウナルは、その考えも単に反論を差し込んだだけではないかと思う部分があったので、強く出る事はしなかった。
故に、彼は小さく、そして秘密裏に事を進める事にしたのだ。
それらの行動は、別に姉に対する反発と言った物ではなく、万が一を考えて、彼女の負うべき物を少なくしたいという思いからやった事だった。
そうこうしている内に、流れは自分が予想した通りとなり、多分だが、セイレアヌは対外的な面にだけ目を向ければ良くなったはずだ。
実際、外交の方に力を入れる事ができてはいたので、ラウナルとしては成功と見ていた。
もっとも、その外交自体も上手く行かないであろう事は、彼には何となくだが見えてはいた。
そして、更に追い打ちをかける様にして、勇者と言うイレギュラーな存在が浮かび上がる。
それが本当に勇者かどうかに限らず、別の勢力が国内で動いている事が分かった瞬間、また流れが変わる事をラウナルは直感した。
特に、敵にまで影響を与えた事は、重大な意味を持っていた。
そこも上手く説明できないが、少なからず、敵は油断や手加減をしないであろう事が予想できたのだ。
もしくは、情勢や色々な意味も含めて、事態が暴走する危険性も見出していた。
だとすれば、展開する魔装騎士たちは負ける可能性が高い。
いや、負ける事は織り込み済みだが、負け方が予想よりも酷くなりそうだと感じていたのだ。
しかし、一つ引っかかっていたのは、謎の勢力のその後の動きである。
足取りが一向に掴めないばかりか、目立った行動も一切報告に上がってこない。
ラウナルもこれには困惑していたのだが、やがて、もう一つの可能性を感じ始める様になる。
それは、謎の勢力が、影響力をこの地全体に広めようとしている可能性だった。
現時点で拾える情報だけで考えると、恐らくはレパンドルへの何かしらの思惑があるか、もしくは、デファーナ大陸の東側全体に影響力を与えようとしているか、だ。
その足がかりとして考えれば、レパンドルの今の状況は、そうした勢力にとっては好都合とも言える。
勇者と言う言葉を使ってみたり、必要最小限に動いて表立って出てこない事で、実際に人々が持つ期待感や、受け入れる体勢が出来上がってきているのも事実だ。
ただ、腑に落ちないのは、そうした意図を持っている割には隠れすぎていることだった。
影響力を強める考えを持つならば、もっと積極的になっても良いはずである。
現在では、勇者ハルタの噂は一人歩きをしており、下手をしたら本人たち以上の存在になっている可能性も高く、それはある意味で、実際の彼を見た時は失望に変わる危険性もはらみ始めていた。
そうなると、彼らの目論見は、半分は失敗に終わるっていると見る事もできる。
それを踏まえた場合、ハルタと関連する謎の勢力の行動は今一つ分かりあぐねるが、シーゼスと少なからず敵対したと言う事実だけはある。
その事実を持ってすれば、そのハルタなる人物は、早い段階でシーゼスに仕掛けてくれるかも知れなかった。
そう、ラウナルは予想していた。
無論、そこには確たる根拠はなく、彼にとっては単なる勘であったのだが。
クラッデルム率いるシーゼス軍は、レパンドル王都に向けて進軍していたのだが、その歩みは思いの外遅かった。
原因は、兵達の士気低下にあったと言える。
味方に背後から撃たれたのだ。当然と言えば、当然の結果だろう。
煙幕の中、ハッキリと確認した者は殆ど居なかったのだが、それが返って恐怖を増長させてもいた。
幾ら勝利したとは言え、前々から噂になっていた"味方殺し"が現実にあり得ると知った時、多くの兵が自分たちの価値の低さを突き付けられ、戸惑っていた。
戦う理由と目的に陰りが出た以上、多くの者が不信感を持ち、戦う意義を失っていたのだ。
この事態に、フィーグスはそれとなく説明をし、士気低下に歯止めをかけようとしたのだが、効果はあまり上がっていないと言える。
実際、どんなに取り繕い、大きな作戦を成功させる上では必要と説明した所で、味方を殺したのが部隊のトップである以上、全て無駄だった。
むしろ、彼の行為は味方殺しを認めた様な物だったのだが、その意味を理解できないままでいるよりはマシだと考えての事でもある。
ままならない状況に、フィーグスはクラッデルムからは僅かに離れてはいるが、聞こえても良い位の気持ちで吐き捨てた。
「もっと、兵達の気持ちを考えろよ。 一人で戦争ができる分けないだろ」
背後からその男の背中を睨むが、件のクラッデルムは何事も無いように馬に跨がり、悠々と前進を続けていた。
足の重い兵達の歩幅に合わせているのは、反省の色があるからなのかとも思ったが、何も考えていない可能性の方も高く、それにフィーグスは余計に腹が立った。
シーゼス軍の様子を隠れた場所で見ていたハルタは、全体的にそれらが弱っている様な印象を受けた。
「これって、好機なんじゃ・・・」
理由はよく分からないが、兵士たちの足取りは異様に重く、進軍していると言うより通夜の帰りの様にも見えた。
想像が付くとしたら、レパンドルが取った作戦により、思った以上に痛手を負ったと言うところか。
勿論、本当の理由は別にあった事など知らない俺は、相手方の犠牲が最初から示し合わせていた物だと思い込んでいたので、そっちの方には想像が行き当たらなかった。
むしろ、味方の犠牲に関心が無いなんて、考えつく方がおかしいだろう。
それ故に、前者の考えに基づくならば、煙幕に類する作戦を加えれば、数的な不利は更に補えるかも知れないと言う結論に至る。
当初は様子見でこの場はやり過ごし、レパンドル王都に進軍した所で頃合いを見て参戦するつもりであったが、これならば、今戦ってもそれなりに戦果を挙げられる可能性があると踏んだ。
その為、俺は直ぐ様行動に移る様に全員に伝え、特にターナを含む最速組には森の奥に向かわせ、キジャラの木を探すように頼んでおいた。
時間的な猶予もあまりなく、更にはミズツノシシオギが、派手に森を荒らしてくれたお陰で一本しか見つける事ができなかった。
キジャラによる煙は、イフィールの話では少ない量だと人間にはあまり効果が無いと言うが、今回は虚仮威しが大半の目的なので何とかなるだろう。
一応、煙を吹き上げさせる為、幾つかに等分したキジャラの木片には、更に別の木を巻き付けて投げ入れる準備をする。
欲を言えばダファンドの油も欲しかったのだが、残念がらアニーズの探知範囲には引っかからなかったのと、時間が無いので今回は諦めるしかない。
担当はターナとリディに任せた。
狙い付けの方は、ユーカに補佐させる。
既に主要メンバーと共に、イーブル・ラーナン達も密かに配置に付かせてある。
普通に考えれば、三万近い相手に千程度の兵力で戦いを挑むのは無謀だが、連中の様子を見る限りでは勝機は十分にあるはずだ。
例え失敗したとしても、あのしょぼくれ様なら逃げるのも難しくは無いだろう。
何より、一度突っついておけば、連中は背後も気にしなければならなくなるので、結果的にレパンドルへの援護にもなるはずだ。
更には、ユーカの制圧力と言う力もこっちにはあるので、互角以上に持ち込める算段は十分にある。
俺は今、そのユーカに、強制的に留まる様に言われた安全な場所に居た。
一応、天然の木々で隠れる様になってはいる場所だが、更にユーカによって厳重にカムフラージュが施されているので、こちら側から相手の様子は見えるが、向こうからは分からない様にもなっている。
何と言うか、ユーカは妙に警戒を強くしているのだが、その理由が良く分からない。
一応聞いては見たが、「念の為」と言う返事が返ってきただけで、それ以上具体的な返答は無い。
いや、彼女自身、戸惑っている様にも見える。
念の為に周囲をアニーズで確認しては見たが、モンスターの反応を少し拾う程度で、特におかしな事はない。
まあ、このアニーズ自体、探知に関してはあまり万能ではないので、用心に越したことはないのだろう。
そこで様子を伺っていた俺は、静かに攻撃の合図を送った。




