~辺境の王者~ -5. 現状の整理と方針転換
日は完全に落ち、辺りは暗くなっていた。
ただ、数日を過ごして慣れてしまったのか、僅かな星明りでも俺は何となく明るいと感じる様になっていた。
もちろんだが、細かな部分までは見る事ができないので、真っ暗な事に変わりは無い。
俺は、アニーズで小まめに周囲を警戒する。俺自身は戦闘では今のところ役に立たないが、この能力のお蔭で見張りだけは得意だった。
幸いな事に、驚異となる様な存在は近くには見当たらない。
遠くには、恐らくレベル5か6の強力なモンスターの存在も複数確認できたが、コッチに来る様子はない。
しばらくすると、アニーズの探知範囲からも消えてしまった。
アニーズは、物やモンスターの情報を抽象的だが知る事のできる便利な能力だが、その探知距離はせいぜい数百メートル程度であり、しかも、ハッキリとした情報を得られるとなると、その距離は十数メートル程度でしかない。
それ以上になると、精度がガタ落ちしてしまう。
この場合の精度と言うのは情報取得の面では無く、取得された情報の判別方向でという意味だ。
情報は頭の中に展開されるので、この表現はちょっとおかしいかも知れないが、敢えて例えると視力検査をしている様な物であり、遠くの対象物ほど情報の判別がし辛くなり、何が書いてあるのか読み取り難くなるのだ。
数字の方は形が決まっているので、遠くの対象であっても何とか判別できるのだが、文字の方は流石に厳しい。
その変わりとは言えないが、書かれている事は明かりがあるかどうかに関係なく判別できるので、暗闇でも普通に読む事ができた。
俺は、ターナとユーカにもアニーズを使ってみた。
状態に『休息』と出ていて、ぐっすりと寝ている事が確認できる。
食事はしないのに休息が必要なのは不思議だが、この世界でそんな事を言ったら謎だらけなので、今更気にかける事のほどでも無いだろう。
俺は、周囲への警戒を今一度行いながら、これまでの事を整理し始めた。
まずは、武器が人化する条件とキッカケだ。
最初に怪しいと思ったのはレベルだ。
実際、ターナとユーカに限って言えば、どっちもレベル3以上で人化している。
しかし、あのマガツノミホロに関しては・・・・あれも人化したと仮定しての話だが、レベル1で変化したので、これも必須条件では無いのかもしれない。
それに、レベルアップして直ぐに人化した分けでもないので、むしろキッカケの方がここでは重要となってくるだろう。
俺は、当時の状況をできる限り鮮明に思い起こした。
その中で共通している事と言ったら、どれも俺が危機的な状況に陥った時だ。
と言う事は、人化の条件としては、武器の使用者が危険な目に遭った時なのだろうか?
しかし、ある事がこれに矛盾を投げかける。
それは、あの人骨だ。
ターナ ― つまり、短剣の持ち主はあそこで死んだのは間違いがない。
防具には鋭い一撃が刻まれていた。
と言う事は、少なくとも危機的な状況には陥っていたはずだ。
なのに、彼は自分のメインウェポンである剣を握りしめたまま死んでいた。
その状況から推測すると、彼の剣は人化しなかった事になる。
もちろん、何らかの要因によって人化が解除された可能性もあるし、条件を満たしていなかった可能性もある。
実際、マガツノミホロは、解除されたらしい現象を見せていた。
消えた様に見えたのは、冷静に考えるとそうした解除現象が起きたと見るべきだろう。
もし人化したままであったなら、彼女の実力なら何かしらの反応を、アニーズによって拾っていたはずだ。
何の情報も無かったと言う事は、少なくとも人化が何かしらの条件によって解除されたと言う事になる。
ただし、これにも色々と矛盾と謎が絡む。
解除の条件とは一体何なのか?
俺から離れた事?レベルが低かったから?それとも、使用者が武器の使用制限に達していなかったからか?
三番目は特殊過ぎるので今は無視するとしても、一番目と二番目を解除の理由にすると、今度はターナとユーカの方に矛盾が出てくる。
実際、ターナとユーカはガファアンドにぶっ飛ばされて、かなり俺と引き離されたりしたが、人化は解除されていない。
俺と離れた場合に解除される条件の一つとして、レベルが低すぎると言う事も複合的に考えられるが、今度はユーカと他の二人の差異が引っかかる。
レベル1で人化したマガツノミホロは、ほぼ人間と言っていい容姿をしていた。鎧をまとってはいたが、剥き出しになっていた皮膚は人間その物だった。
一方で、ターナはレベル3で人化したのに、人間の皮膚と赤錆っぽい斑模様のハイブリッドと言う状態だった。
加えて、何がキッカケとなったのかは分からないが、後から完全に人間の皮膚感は、顔以外は失われてしまった。
そして、ユーカはレベル4で人化したにも関わらず、身体の大部分が元の材質に等しい状態だ。
これを整理すると、低レベルで人化する程、人に近付くと見る事もできる。
ただ、別の面で謎が残る。
マガツノミホロが離れた瞬間、確かにブリキの様な感じで手足が変化したのだ。
だとすると、今度は低レベルでの人化が、必ずしも人間に近くなると言う考えも怪しくなってくる。
とは言え、サンプルとなる情報が少なすぎるので、どれも仮説の域を出ない。
後、あの妖刀自体も特殊過ぎるので、一旦、この考えは忘れた方が良いかもしれない。
しかし、それを無視したとしても、最初の人骨の問題は片付かない。
剣は使い込まれていた様に見えたし、実際にあれを使って戦っていた事は間違いないだろう。
だとしたら、必然的に武器レベルは上がっていたはずだ。
更には、主が死ぬ程の状況に陥っていたのに人化しなかったと言うのは、俺の例に当てはめると腑に落ちない。
だとしたら、人化のキッカケが危機的状況と言うのも怪しくなってくる。
「・・・・・・そもそも、何で武器が人化する必要があるんだ?」
俺は、それぞれで寝相が違う人化した武器達をチラッと見た。
武器は所詮道具だ。使い手が振るうからこそ、本来はその役目を果たす。
それ自体が人化して戦うと言うのは、一見すると便利な様にも見えるのだが、何かしらの条件を持って変化させる必要がある以上、効率が悪過ぎる。
これは、現在分かっている範囲である、使い手が危機的な状況に陥った場合を前提としての話だが、人化の条件に危険が伴う場合は、それこそ命が対価となる可能性があるので、状況によっては全く引き合わない。
実際、ガファアンド戦の例を見るに、武器が勝手に動くと言うのは、使い手が無防備になる瞬間があると言う事であり、本末転倒でもある。
それに、いちいち武器が人化して勝手に動き出すと、それぞれの個性によっては統制すら難しくなってくるはずだ。
幸いにも、ターナとユーカは俺に好意的だし、主と仰いで付き従うので問題は無い。
だが、マガツノミホロが人化したあの人物は、明らかに我の強さを感じた。
下手をしたら、武器に殺される可能性だって出てくるはずだ。
これでは、人が使うと言う前提自体が揺らいでしまう。
結局、武器が人化する意味も、そのキッカケも、そしてそれぞれで起こる差異も、今は憶測と仮説の域を出ない。
「ふう・・・」
今は、一旦置いておこう。
何故なら、もっと重要な問題があるからだ。
それは、俺のレベルが一切上がらない事だ。
ターナを使ってのモンスター瀕死からの止め刺し作戦では、結局は経験値すら入らなかった。
一方で、武器の方は使っただけで経験値が入ってくる。
まあ、感触として、使った割には入る数値が低い気がしないでもないが、確実にレベルアップすると言う事からみれば些末なことだ。
しかし、武器の方に経験値が入ってレベルアップしたのを考えると、俺がこの肉体を使って直接止めを刺せば、もしかしたら上手く行くかもしれない。
もしかしたら、この世界は何かの対価を払わないと、相応の報酬が得られないと言う仕組みの可能性もある。
「うし、明日からは瀕死作戦に加え、俺のこの拳でモンスター共を狩ってやるぜ」
幸いにも、今の俺にはユーカと言う回復要員も居る。多少の怪我位なら恐れる事は無い。
安心できる保険が手元にあるせいか、星明りの下、俺は暗い森の中に潜んでいるであろう、獲物となるモンスターを想像して何となくテンションが上がっていた。
翌日、何回かの戦闘の後、俺は方針を転換した。
モンスター狩りは、新たに加わったユーカのお陰もあって順調その物だった。
致命的なダメージを与えやすいターナと違い、打撃による攻撃はダメージをコントロールがし易く、それによって何度か俺の拳によって止めを刺す事ができた。
が、結局、経験値が入る事は無かった。
もしかしたら、モンスターを倒す際に、活躍した度合いが影響しているのかも知れないとも考えた。
しかし、これも後の確認で意味無しと分かる。
ユーカがワビッチを無傷で捉え、ターナと共に抵抗できない様に押さえ付けた奴を拳で殴打して倒したのだが、やはり変化は起きなかった。
モンスター虐待の罪ってあるのかな・・・・・
もうあれだ。
これは、何かの呪いがかかっているとしか考えられない。
そして、その原因は、間違いなくあの妖刀にあるだろう。
そう言えば、精神汚染とか乗っ取りとかあったし、俺が自覚していないだけで、何らかの悪影響が出ている可能性は十分にある。
だとしたら一刻も早く、あの妖刀を回収して確かめなければならない。
呪いを解く方法は分からないが、既に人化した実績があるのだ。
話をして説得できれば、打開策は見つかるはずだ。
また、あのマガツノミホロ自体が、俺のレベルアップの条件となっている可能性もある。
意味ありげに側に転がって理由は、きっとそれかも知れない。
・・・もっとも、俺はずっと目を逸し続けている事実があるのだが、敢えて無視した。
アニーズで見た、俺のステータス。
そんな事は無いはずだ。
そう思いたい。
何れにせよ、妖刀を回収しなければ前には進めないと考えたので、俺は自分のレベルアップは一旦中止し、ターナとユーカのレベルアップを優先する事にした。
手頃そうな相手を俺が探し、ターナとユーカに狩ってもらう。これを、ひたすら繰り返せば良い。
最初、二人は連携が上手く取れず、格下の相手にも遅れを取ると言う事があったのだが、段々と噛み合い始めいていった。
と言うよりは、ユーカの方がターナに合わせていると言う感じだろう。
単純な戦闘力で言えばターナの方が上なのだが、彼女はあまり戦略的な動きができない。
大抵、突っ込んで暴れ回るだけだ。
それを、ユーカがサポートする形を取り始めたのだ。
前のめりに突っ込む分、ターナは隙が生まれ易かったのだが、それを読んでユーカがカバーしていた。
そして、前衛にターナ、中衛にユーカ、後衛に俺と言う形が生まれつつある。
ユーカの動きや戦い方は、俺が見ても勉強になる。それによって、俺のアドバイスの精度も上がりつつあった。
拾った木の棒にしては、彼女の多方面への能力の高さは驚くばかりだ。
ただ、これによってターナも学習し始めたのか、ユーカや俺の事も考えた動きをする様になってきていた。
元々素直なので、言った事や教えた事に関しては従うのだが、ちょっと抜けているのか、身体に染み込ませるのには時間がかかるようだ。
だが、良い傾向だ。
俺達は、パーティとしても段々と成長を遂げつつあった。