~謎の勢力~ -11. 開戦 その2
まるで爆発したかの様な反応を感じ取り、フォーメルは立ち止まった。
魔法使いでは無い彼は直接魔力を感じ取る事はできなかったが、魔法武器の反応からそれを知る事はできる。
だが、今さっき感じた反応は、彼が知りうる範囲の中でも桁違いの物だった。
魔法武器から伝わる感覚はまるで傷みの様に自分に響き、武器を手放したくなる程の振動となって身体の芯にまで響く。
そして、それが敵の将、転がる岩である事は容易に想像が付いた。
恐らく、誰かが犠牲になった可能性も高いだろう。
「止まるな、動け!」
誰に届かす訳でもなく声を上げた彼のそれは、視界の悪い中で可能な限りの悪足掻きをしたに過ぎないが、自身も止めていた足を動かす。
動き回れば、少なくとも回避できる可能性は高くなる。
一撃離脱、それに徹して暴れまわり、少しでも多くの敵を倒す。
フォーメルは、新たな決意を胸に戦いを継続する。
(しかし、解せない)
例え魔力を感知できたとしても、敵味方をどうやって判別しているのか。
魔力の大小である程度の判別は可能となるはずだが、それは相手が魔装騎士、或いは魔法使いに限っての話だ。
周辺に居るかもしれない一般兵については、どうやって区別を付けているのか。
あちらも、何かしらの魔法を使っているのか。
だとしたら、自分がどんなに動き回っても逃げられないかも知れない。
もし、そうだとしても、コチラにはこれ以上の手立ては無い。
やはり、止められるまでは足掻き続けるだけだと、フォーメルは戦いながら考えていた。
「そこだな! 味方なら避けろ」
一応の警告を発して突っ込んだクラッデルムではあったが、その言葉は突っ込みながらだったので、当然ながら、かわせる者など居なかった。
もっとも、それを聞いたからと言って、クラッデルムの突進をかわすのは視界が良かろうが悪あろうが普通の兵には容易ではない。
ただ、それが裏目となったのか、狙いを付けた敵は辛うじて攻撃を避けられた様で、まだ立っている。
代わりに、多数の味方の死体が地面に転がり、或いは煙の中に弾かれるのが確認できた。
それをチラッとクラッデルムは確認したが、特に何の感情も湧かない。
ただ、敵が味方の兵を利用して、攻撃を回避した事だけを瞬時に理解はした。
だが、それも終わりだ。
クラッデルムの攻撃によって味方の兵も消えたが、残った敵にもかなりの手傷を負わせる事には成功した。
恐らく、その場に踏みとどまるだけで精一杯だろう。
その証拠に、武器を杖代わりにして辛うじて踏みとどまっているだけらしく、身体はブルブルと震えていた。
「・・・キサマの部下も居たんだぞ」
敵の魔装騎士が、より身体を震わせながら何かを喋った。その目には、怒りの様な物が見える。
「それが、何だ?」
面倒臭そうにクラッデルムは応じた。
「この、外道が!」
力を振り絞って、再び武器を構えた敵の魔装騎士が魔力を充填させる。
しかし、クラッデルムにしてみれば、マッチに火を付けた程度の事で全く話にならなかった。
代わりに、自分の武器を正面に構え、軽く魔力を充填してやる。
すると、敵とは比較にならない膨大な魔力が直ぐに発揮された。
それに相手は驚愕した顔を浮かべたが、それが最後となる。
直撃を受けた敵は、魔法武器共々木っ端微塵になり、魔力を伴った煙ごと消滅した。
正に、圧倒的な力の差だった。
レパンドル側で、唯一拠点に残った魔装騎士の一人ファーデルは、煙幕の起点とも言える地点に居た為か、その異変にいち早く気がついた。
最初に比べて、明らかに煙が薄くなりつつあるのだ。
それも、予想を超えた速度で。
この日の為に用意した魔防煙幕装具は、数回の実験を経て利用を決められた物だが、その時にはファーデルも立ち会っていた。
しかし、あの時と比べて明らかに効果が薄れるのが速い。
魔防煙幕装具で発生した煙は無害ではあったが、魔法によって煙が制御されるので、強い風が吹いた程度では流されず、それによって効果も決められた範囲で平均的に充満する様になっている。
それから考えると、まだ煙が辺りを覆っているとは言え、明らかに薄い所と濃い所が出ると言うのはおかしかった。
それを見て、直感的にファーデルは危険を悟る。
そして、周囲の兵に手で撤退準備を静かに合図すると、冷静にタイミングを見図るのだった。
煙幕が充満する只中にいたフォーメルも、その変化には気がついていた。
ただ、彼の場合は中に居た為に、全体的に見てその変化を感じ取った分けではなく、ある地点に来た時に、効果が切れるのが速いと感じただけだった。
そもそも、魔防煙幕装具を実戦に利用すること自体が初めてでもあったので、こんな物かとも思う面もあり、それが異常であるとは考えなかった。
それよりも、次々と仲間の反応らしき物が消えて行くのと、その度に感じる痛覚にも似た魔法武器からの手応えの方に警戒する。
フォーメルが感じ取っただけでも、数名の反応が既に消えていた。
自分も含めて、まだ十人以上は居ると考えられるのだが、彼の能力では全体の把握は難しい。
その為、現状を詳しく知る事はできなかった。
今は仲間を信じて、少しでも多くの敵を叩くしかない。
ここに来るまでに、五十人程度の敵は屠った。
残った味方の数と合わせて都合の良い計算をすると、最低でも五百以上の敵は倒したはずだ。
敵が損害をどう評価するかは別として、三万の兵力に与えたダメージとしては、レパンドル側からしたら危機を脱する物でもない。
しかし、こっちの兵力は千程度。
しかも、実質的に戦闘に参加しているのが十五人くらいである事を考えれば、この戦果は十分とも言える。
あるいは、ここが潮時か。
欲張るか、それとも十分とするかで、フォーメルは少なからず揺れ動きながらも、足を止める事だけはしなかった。
だが、フォーメルが考えている様な戦果は、実は味方は出していなかった。
数人は、早い段階で敵の魔装騎士二人の追跡を断続的に受けていた為、それを避けるので手一杯となった事や、煙幕の効果が思った以上に出ていた為、会敵頻度が低く、更には同士討ちを警戒して躊躇させる側面もあったので、せいぜい数十人程度しか倒せていなかった。
更に、五人はクラッデルムによって排除されたので、実質的に、"彼らだけで見た場合の戦果"は三百に届くかどうかであったのだ。
しかし、一方でシーゼス側の被害は、千に届かんとすると言う妙な事が起きていた。
当然それは、クラッデルムの戦果である。
敵を排除する為に動いた将が、その味方にも犠牲を出しているなどとは、恐ろしい程の皮肉だが、視界の利かない状況にあってはどれが正しいとは言えない部分も確かにあった。
実際、クラッデルム以外の魔装騎士は、味方に配慮したせいで対応が後手に回り、敵の動きをある程度封じてはいたが、撃破には至っていない。
そのせいで、味方には少なからず損害が出ていた。
恐らくだが、これを続けられていたら、長期的に見るともっと酷い犠牲が出ていた可能性もある。
事実、フォーメルを始めとした敵の追跡を外れたメンバーは、それなりに戦果を上げてもいたので、クラッデルムの取った作戦は必ずしも的外れではなかったのだ。
実際に出た犠牲は別として。
もっとも、その前段階で対応なり策を講じていれば、こんな犠牲も出なかったと言う見方もできる。
敵によって半分成功、半分失敗の状況を作り上げながら、フォーメル達の思惑はしかし、凡そ敗北へと向かって急加速していた。
成功の部分は、敵の兵力が予想以上に減っている事だが、失敗は、彼らが想定したよりも早く決着がつきそうなのと、主戦力の大幅な損耗だった。
早く決着がつくと言う事は、時間稼ぎができていない事でもある。
フォーメル達の想定では、最低でも半日以上はここで敵を足止めし、辺りが暗くなった頃には引き上げる予定であった。
暗くなれば、流石に敵も動きが鈍る上に、場合によっては、進軍を一旦停止する可能性だってある。
ブラフに近いが、魔防煙幕装具と言う切り札も見せたのだ。敵も進軍に関しては慎重にならざる得ないはずだった。
しかし、現状では半日どころか、後一時間も持つかどうかとなりつつある。
加えて、魔装騎士の損失は想定の範囲を早くも上回っていた。
煙幕に隠れて戦いはするが、それでも二、三名程度の犠牲覚悟はしていたつもりだ。
だが、実際には既に五名も倒され、更にクラッデルムによって、早くも次の獲物が狙われつつある。
この調子で行けば、フォーメル達の犠牲は十人に届く勢いとなるだろう。
視界の悪さは混戦という状況を作り上げ、当初こそ有利に働いたが、想定外の事態が発生していた今となっては、次第にフォーメル達を不利に追い込もうとしていた。
「何だ・・・これは・・・・」
薄れつつある煙の中で、周囲を確認できる様になってきたフィーグスは、馬上から地面に転がる無数の兵士を見て絶句した。
そのどれもが味方なのだが、問題は、その殺され方に見覚えがある事だった。
明らかに、魔法武器による攻撃を受けている。
だが、それは、クラッデルムの持つガイルゼンの痕跡によく似ている。
「まさか」と言う思いがもたげるが、それを頭を振って追い出す。
敵にやられたのだ。或いは、敵と相対した偶然の結果とも考えられる。これだけ、視界が悪いのだから、仕方がない。
そう、自分自身を説得すると、彼は再びクラッデルムの姿を追って移動した。
明らかに煙幕が効果を削がれ始めているのを、ファーデルはハッキリと認識する。
このまま行けば、この陣地が敵の目に晒されるのも時間の問題だろう。ならば、早々に退却する以外に残された道は無い。
だが、余りにも早すぎる。
本来であれば、もっと粘れるはずだったのだが、魔防煙幕装具の実力がこの程度だったのか、それとも、敵が何かしらの対策を講じたのか。
その何れであったとしても、これは不味い状況と言えた。
もっと心配なのは、味方の魔装騎士が誰も戻ってこない事だ。
こちらからは、既に煙幕の効果が薄れてきているのが分かる。
だとしたら、それに気がついて誰か一人でも引き返してきてもおかしくないのだが、その気配は全く無い。
全滅したとは考えられないが、何かがおかしかった。
しかし、決断しなければならない。
ファーデルは、暫く目を瞑った後、決心するように振り返り、部下に最後の魔防煙幕装具の使用を指示する。
「良いのですか。 これは、撤退用に取っておいた物ですよ」
「構わん。 状況が変わったのだ」
実際、煙幕は既にファーデル達の居る付近に限って言えば、その役目を果たさなくなりつつあった。
考えられる理由としては、恐らく煙が何かしらの方法によって取り払われ、平均化する為に密度が薄くなった事だ。
ある意味、決められた範囲に煙を充満させると言う仕組みが、裏目に出た形とも言える。
もっとも、その為に流れの様な物も発生しているので、時折、濃くなったりするが、逆に極端に薄くなる事もある。
少なくとも、ファーデル達が居る地点は流れからは取り残されていると考えられ、どんどんと薄くなってきていた。
このまま撤退すれば、敵に見つかる可能性も高い。
それ故に、最後の魔防煙幕装具を使う決心をする。
ただ、そこには更に別の意味も込められてもいた。
魔防煙幕装具を使えば、それなりに音がする。
勘が良い者であれば、それを撤退の合図と気が付いてくれるかも知れない。
そうなれば、魔装騎士達も引き上げてくれる可能性があった。
作戦は失敗に近いが、戦力の温存は少なからずできるはずだ。
ファーデルは、そう考えていた。
聞き覚えのある音を聞いて、地面スレスレを跳躍しながらもフォーメルが振り返る。
(魔防煙幕の打ち上げ音・・・?)
彼が知る限り、その装備は既に一つしかなかったはずだ。
それも、ファーデルには撤退に際し、万が一の時の為だけに使えと言っておいた物しかなかったはず。
それが、こんな形で使われるのはおかしい。
(敵に突破された?)
いや、それなら使うタイミングが変だ。
幾ら魔防煙幕装具が優れているとは言え、即座に効果を発揮する物ではない。
魔法による効果が足された物ではあるが、煙の拡散には若干の間がある。それ故、突破するほど接近してきた相手に使っても、殆ど効果はない。
そう考えれば、あのファーデルが焦って無駄撃ちしたとも思えない。
だとしたら、考えられる事はただ一つ。
「予想以上に、煙幕の効果が薄まってきているのか」
そうフォーメルが呟いた時、こちらに向かってくる魔力を探知した。
一瞬、敵かと思って身構えたが、反応がやや弱い。
もしかしてと思って足を止めた瞬間、何者かが煙を突いて現れた。
互いの姿に反応し、その場で身構える。
だが、その顔には見覚えがあった。
「フォーメル様」
「ヘンザーか」
現れたのは、第二騎士団に所属する魔装騎士、ヘンザー・バトレットだった。
本来であれば、古参として騎士団を率いてもおかしくない実力者だったが、それ故に思慮深く、先の事を考えて彼は敢えて若い者に道を譲る事をしていた。
そして、その期待として押していた者の一人が、ファーデルである。
彼が若くして第二騎士団の隊長の座に居られたのは、何を隠そう、ヘンザーのお陰でもあった。
そして、今回の特攻に近い作戦に際しても、彼は率先して参加を表明したのだ。
「どうして、ここへ」
「申し訳ござらん。 敵の魔装騎士に追い立てられ、無様に逃げ回っている内に、煙で位置を見失いもうした。 全く、この老いぼれめ」
忌々しそうに、自分に舌打ちをするヘンザー。
と、数人現れた敵兵士を一撃で倒してみせる。
回りを見渡すと、それらしき影がチラホラと自分達を囲んでいるのが見えた。
しかし、ハッキリと位置が把握できないのか、あるいは敵として認識できないのか、こちらへはやってこないので、まだ余裕がある。
「いや、無事で何よりだ。他に誰か見なかったか?」
「数人、それらしき者を見た気がしますが、この煙では・・・後、オフェロアを見ました。 ただし、死体で」
「!? そこにまで、移動したのか」
「いえ、儂のところまで、飛ばされてきたのです。 恐らくは、奴の仕業かと」
「転がる岩・・・」
その時、二人は激しい反応を魔法武器から感じ取った。
「逃げろ、ヘンザー!」
フォーメルが飛び退いた一瞬後、凄まじい勢いで突進してきた何かによって、ヘンザーは胴体から上が抉れ弾けた。
そして、同時に彼は見た。
突進してきた何かの力によって、煙がまるでトンネルの様にかき消されるのを。
更には、シーゼス軍の兵士達までもが無残に殺されるのを。
(こう言うことか。どうりで、コチラの被害が予想を超えるはずだ。
だとしたら、煙幕の効果は全体的に渡って薄れている。
あの魔防煙幕装具の音は、それを補う為の物だったのか)
内心、件の人間が転がる岩等とは、随分と可愛い渾名を付けたものだと毒づいた。
どっちかと言えば、突撃する溶岩の方が、その凶悪さを現すに相応しいだろう。
全てを悟ったフォーメルは、ジグザグに逃げ回りながら撤退の決心をする。
何人がこの状況に気付いたかは分からないが、もはや逃げる以外に方法はない。
ただし、逃げるにしてもファーデルたち本体が居る方向は駄目だ。
敵の目を引きつける為にも、別方向に向かう必要がある。
しかしそれは、逆に言えば撤退が難しい事も意味していた。
そして、位置を見失ったこの状況では、どこに向かえば良いかは完全な勘だ。
だが、それで足を止める分けにはいかない。
強大な反応が、ずっと魔法武器を通じて伝わってくる。
奴が、あのバウンダーが、転がる岩のクラッデルムが狙っているのだ。
煙は薄れ始めているとは言え、まだ視界は覚束ないが、それでも気配の様な物を強烈に感じる。
フォーメルは、喉元にナイフを突き付けられている様な感覚に陥りながらも、それを必死に振り払う様にして動き回った。
「チッ、ちょこまかと!」
まとめて倒す予定だった獲物に逃げられ、更に狙いをつけようとしたクラッデルムだが、思いの外動きが良くて捉えるのに苦労させられていた。
その内、他の小さな反応と混ざってしまい、確信が持てなくなってくる。
いや、恐らくだが、激しく動いている反応がそれなのだろうが、感覚だけでは位置の特定は難しい。
その内、彼は諦めて他の動きの鈍い獲物に的を絞り始める。
遠く離れた小高い丘の上に陣取り、俺は戦いの行方を見守っていた。
距離がある為に視覚による状況把握は難しいが、アニーズがそれを補ってくれるので、何とか流れ的な事だけは知ることができる。
結局、ユーカ達の反対を押し切る形で、俺は前線へとやってきていたのだ。
一応、レパンドル側に味方する方針はみんなに伝えたのだが、最後のひと押しをする何かが欲しかった。
数的な差から見て、どう足掻こうがレパンドルの負けは目に見えていると、最初は思っていた。
それも根拠として、俺自身に介入する言い訳を作り上げたかったからだが、その為には、実際にどうなるかも見ておきたかったのだ。
ただ、煙幕を張ると言う戦術が使われたのを見て、これは分からないとも思った。
アニーズで拾った情報では、むしろ当初はレパンドル側が有利に見えたのも確かなのだ。
実際、レパンドル側は煙幕によって敵の視界を奪うと、上手い具合に立ち回っていた。
少数の兵力が敵陣に切り込み、次々と敵を倒して行く。
更には、網で言えば出口の様になっている所には兵力を集中させているので、逸れた敵もそれによって容易く撃破されていた。
見事な各個撃破の状況を作り上げ、これはそのまま勝てるのではないかとも思ったのだが、やはりそうは行かない様だ。
特に驚いたのは、クラッデルム・バーズバルンとか言うシーゼス側の魔装騎士とやらの戦い方だ。
レベルは35、強さは『マンティコアクラス第3位』影響度は『狂/強英雄』となっており、やや引っかかる表現や説明が幾つかある物の、評価だけを見ても相当な強さを持っているのが分かる。
対するレパンドル側は、一番強い者でもせいぜいレベルは19、強さは『ペガサスクラス第6位』程度であり、シーゼス所属の残りの魔装騎士と比べても劣っていた。
唯一勝っているのは、その数であったのだが、それもクラッデルムと言う魔装騎士が参戦すると、あっという間に優位性を失う。
最初は味方である兵士ごと敵を倒すのに理解が追いつかなかったが、ワザとやっていると分かって色々と納得した。
そして、その冷酷なまでの決断によって、結局、戦闘は一時間もかからない内に終了し様としている。
いや、既に煙幕自体も完全に薄れてしまい、敵も統制を取り戻したせいか、勝敗は決したと見ていいだろう。
レパンドル側の損害はせいぜい数十人程度の様だが、逆にシーゼスは千名以上も味方に犠牲を出している。
それでも、見方は分かれるかもしれないが、結果から言えばシーゼス側の勝ちだと言えた。
実際、シーゼス側は、まだ二万以上の兵力を有している。
レパンドル全体の兵力がどれ位か分からないが、最初から正面切っての決戦を挑まなかった事を見ると、恐らく相手よりは遥かに少ない戦力である事は容易に想像が付く。
それを考えると、本来ならばレパンドルの方は、ここでもっと敵に損害を与えるか、足止めをしたかったはずだ。
いや、用意した兵力や煙幕の戦術をとったのを見ると、時間稼ぎが本当の狙いだったのかも知れない。
次の一手が何かは知らないが、その目論見が上手く行かなかった今となっては、逆にシーゼスの千程度の損害は、全体に及ぼす影響は小さいとも考えられる。
まあ、中の兵士達の感情は複雑だろうが、あくまでも勝つことを優先するとなると、味方を犠牲にしても早期に決着をつけると言う判断としては、間違っているとも言えない。
何より、こんな戦い方は俺にはできないだろう。
数だけではない。
戦術や戦略面においても、敵は非常に厄介な相手と見るべきだ。
完全にレパンドル側の抵抗が無くなってしまい、敵が再び動き出したのを確認した後、俺も引き上げる事にした。
レパンドルを救う為には、こっちもグズグズはしていられない。
ただ、俺のこの考えは、余りにも過大評価なのを当時は知る由もなかった。
(何かしら? さっきから感じる、この変な反応は・・・)
ハルタの後に着いて回りながら、ユーカは辺りを注意深く見渡す。
モンスターを探知できる能力を持つ彼女であったが、実際にはそこまで確信を持って特定できる訳ではないので、どうしても曖昧さが出てしまう。
場合によっては、完全に勘違いとの境目の様な感覚もあるので、慎重にならざる得ない。
それ故に、ハルタに報告しようにも、言い出せずにいた。
大体、ハルタ自身がその反応に気がついていない様なので、ますます自信がなくなる。
ユーカは今、周辺に奇妙な反応を拾ってはいたのだが、戦闘はほぼ終了しているとはいえ、混迷する戦場の中にあっては更に判別には窮してもいた。
大凡の場所に意識を集中しても見たが、やはり何かを感じる気がするだけで、それ以上の反応は拾えない。
(やっぱり、唯の勘違いかしら)
そう考えたユーカは、ハルタが移動を開始した事もあって、それ以上探すのを止める。
ユーカが立ち去ると、それを待っていたかの様にして彼女が意識を向けた木々の辺りで葉が微かに動いて、フードに覆われた何者かが覗き、再び葉が微かに揺れた瞬間には消えていた。
戦闘は終了していた。
多少の手こずりはしたが、終わってみれば、敵は、その策も甲斐なく、あっけなく敗走したと言える。
その光景を横目に再編成を行いながらも、地面に転がる無数の味方兵士の死体を見て、フィーグスの内心は複雑だった。
まさかと思っていた事が、実際には起こっていたからだ。
更に言えば、それを行った張本人は大して気にも止めておらず、それが余計に彼の中に言い様の無いさざめきの様な物を揺り起こし、寄せては引くを繰り返させる。
そして、眼の前の光景などまるで目に入っていないかの様に、その張本人は上機嫌だった。
「フハハハ。 やはり、勇者は現れなかったな。 所詮、我らを惑わす為の戯言であったと言う事だ」
クラッデルムの傍らに並ぶ魔装騎士の二人に、そう話しかけている。
犠牲も大きかったが、ある意味では作戦は成功したのかも知れない。
しかし、それでも強引の言葉では片付けられない、非情とも言える手段であった事は確かだ。
更に言えば、勇者が仮に居たとして、今回のレパンドルの出方をどこかで見ていたとすれば、敢えて出てこなかった可能性も高い。
そうだった場合、むしろ手の内を明かしたのはコチラという事になる。
無理矢理ではあるが、それを考えると敵の取った作戦にも色々な見方ができる。
彼らは、コチラの戦力を知る為の餌に過ぎなかった。
それにしては腑に落ちない点も色々あるが、少なくともフィーグスは、クラッデルムの様に楽観視する気にはなれないでいた。
転がる岩には気をつけろ。
周囲からもそう言われて、ある程度は覚悟していたつもりではあったが、現実的に目の当たりにすると何とも言えない気持ちになる。
ただ、あの状況下で解決策があったのかと聞かれれば、フィーグスにもその答えは持ち合わせていない。
戦場にあっては臨機応変が必要な場合もあるし、指揮する人間は時には冷酷な判断を下さなければならない事もある。
だが、これは、あんまりだ。
敵ではなく、味方に殺された兵士の顔はどこか恨めしげに見え、フィーグスはそれ以上、下を向く事ができなかった。
一足先に撤退したファーデル達は、敵が背後に居ない事を確認してから、その歩みを止める。
ファーデルは来た道をジッと見つめると、どうするかの判断を自身に迫った。
作戦は失敗と言って良い。
時間稼ぎにもならず、更には魔装騎士達が戻ってこなかった事は、作戦全体の根幹部分が消失した事も意味する。
このまま自分達が戻っては、何の貢献もできなかった事になるし、王都に戻ったとしても、どれだけの働きができるのか。
ならば、ここで再度陣形を組み、敵を迎え撃って少しでも足止めをするのが得策ではないかとも考えた。
しかし、敵の数はまだ相当数存在しているはずだ。
千程度の兵力で、果たして何ができるのか。
ましてや、今度は煙幕という奇策を使う余裕も準備もない。
一応、この一帯は複雑な地形を有してもいるので、それを利用できない事もない。
ただ、そんな小手先の手段が本当に通じるかは疑問が残る。
大体、今回の敵の前には、そうした小手先の戦い方が通用しない事を、たった今、身を持って知ったばかりだ。
等とファーデルは悩んでいたが、実際には、今回の失敗の原因は、全く別の所にあったと言って良い。
味方の犠牲を全く考慮しないクラッデルムと言う最悪な存在がそれであった。
そうとは知らないファーデルは、数の問題に焦点を当てて、今後をどうしようかと思案する。
(こんな時、フォーメル隊長ならどうしただろうか)
そう考えた時、ふと、日頃から言われていた言葉が頭を過った。
『何かあったら、必ず生きて王都に戻れ』
その言葉は、フォーメルが何かしらに付け、前線に出たファーデルに言って聞かせていた物だ。
それを思い出した時、彼は少し笑った。
恐らくだがフォーメルは、こうした事態になる事を予見していたのかもしれない。
どこまでそこに真実があるかは分からなかったが、事実、この場においての判断としてファーデルに決心をさせる。
「聞け。 我らは、これより王都に全力で生きて帰る。 一人として、欠ける事無く、だ」
みんなをファーデルが見回すと、それに応える様に全員が力強く呼応した。




