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俺のLVは上がらないのに、  作者: 松戸真 寿司
47/81

~謎の勢力~ -9. 何も知らない勇者 その3

今年最後の更新となります。

再開は、2月ごろを予定しています。


今年も、読んでくださった方、感想や評価してくれた方、本当にありがとうございました。

来年も、どうぞよろしくお願いします。







「勇者・・・勇者だと!?」


クラッデルムは天幕内に用意されたテーブルの前に一人立ち、そこに置いた報告書を睨んでいた。


副官フィーグスが指揮した調査隊、及び、その後の斥候などから上がってきた話を総合すると、村を襲撃した部隊は全滅させられたらしい事が判明した。

当初、クラッデルムはそれを信じる事ができず、何度も確認させると言う愚にも付かない事を繰り返させる。

だが、何度調べさせても、上がってくるのは全滅を裏付ける物ばかり。

それどころか、調べるに連れ、余計に信じられない話が次々と出てくる始末だった。


やれ、三人組の魔女に倒されただの、レパンドルが秘蔵していた魔装戦士に一瞬で屠られただの、どれも不確かな物ばかりで、それが余計にクラッデルムを苛立たせ事にもなる。

極めつけはレパンドル一体に広まりつつあると言う、勇者が現れたと言う噂だ。


クラッデルムも最初は単なる与太話だと思っていたのだが、レパンドル王都の関係者が関わっているらしいと言う話や、バードラム率いる部隊が、見張りも含めて全滅させられた痕跡を聞いた後では、無視できなくなっていた。


バードラムとその部隊は、確かにシーゼス王国内では大した部隊ではない。

しかし、それでも小国に遅れを取るとも思えなかったのに、末端も含めて全滅させられるなど、予想外にも程がある。

何より、侮っていた相手にしてやられた事に、無性に腹が立った。


自分が描いていた勝利への青写真が全て台無しにされた上に、更に評価が落ちる事に対しても怒りが湧く。



 勇者の伝説など、カビが生えた単なる民間の伝承に過ぎない。


神話や伝説の時代もとっくに過ぎ、今では単なるお伽話で美化された作り話でしかないはずだった。


魔法を使う手段も方法も限られていた昔ならばいざ知らず、現在では勇者など、辺境の一英雄を持ち上げただけの昔話と言うのがオチだ。

そんな骨董品、昔話を超える能力を持つ現在では、特に今の自分達の前では赤子も同然のはずだった。


 ならば、バードラムが自分が評価していたよりも弱かった事になる。


それがクラッデルムの出した結論だったのだが、それは同時に彼の軍人としての資質も否定する事になるので、結局は勇者等と呼ばれる相手への怒りが募ると言うのを繰り返していた。


「必ず。 必ず探し出して、このワシの手で息の根を止めてくれるぞ。 勇者、ハルタ」


クラッデルムは、天幕の向こうに、まだ見ぬ相手を思い浮かべて静かに闘志を滾らせた。




 フィーグスは、自分が想定していた以上の事態に、どこか上の空に成りそうなのを抑えながら、必死に侵攻準備に取り掛かっていた。


バードラム率いるならず者部隊の行方を調査させたのだが、連中が辿った末路が実は悲惨かつ、王国にとっても危機的な状況で在る可能性を知り、少なくない動揺を覚えたのだ。


確かに、フィーグスは彼らの事を良く思ってはいなかったが、それは生きている事が前提だっただけに、激戦の末に破れた今となっては、仲間を失ったと言う、どこか矛盾した感情を抱えていた。


自分が連中を罵っていた間にも彼らは途方もなく強大な敵を相手に、最後まで戦っていた事を想像し、勝手に自己嫌悪に陥る。

これまで負けを知らなかったフィーグスの中には、一種の仇を討ってやりたいと言う思いが芽生えてもいたが、同時に、得体の知れない敵の存在に漠然とした不安も持っていた。


それは、ジュデの森で起きた異変とも無関係ではないとも考えていたので、余計に不安は膨れ上がる。

しかも、この報告はクラッデルムの所で今は止められており、本国の知るところではない。


それは不安を増長する要因の一つでもあるのだが、一方でクラッデルムの判断も理解できない訳ではなかった。

今だに事の真相がハッキリとはしていない上に、バードラム達が全滅した詳細に関しては不明な点も多いからだ。


掻き集めた情報によれば、どうやら三人の何者かと勇者なる存在が関わっているらしい事は出てきたが、それをそのまま上に知らせたとして、一体誰が信じるだろうか。

実際、現場に居るはずのフィーグス達でさえ、半信半疑なのだ。


ましてや、伝説の勇者とその一味がレパンドルに味方したなど、常識で推し量れば、だからどうしたと笑い飛ばされるだけだろう。

作戦失敗の言い訳なら、もっとマシな嘘を付けと糾弾の材料にもされかねない。


勇者の存在など、その昔、ヒューマスがモンスターに対抗手段を持たない時代の話であり、魔法の使用やそれによって戦闘能力を上げた今から見れば、ある意味で時代遅れの存在とも言える。


近年の研究では、そうした勇者と呼ばれる存在は、環境によって魔素を取り込み、少なからず魔法を使えた者達の事だと判明しつつある。

そうした種族も実際に存在するし、シーゼスにも魔法使いと言う形で抱えても居るが、魔法の武具や道具が発達した現在では、彼らの存在はそこまで重要では無くなってきていた。

例外も確かにあるが、その存在は危険な上に場合によっては人類の敵となる可能性もあったのと、容貌的な面からも勇者などとは区別されている。

そう言った面から言えば、レパンドルごとき小国が扱えるはずもない。



 道具などに頼らずに、常時魔法が使えると言う点では確かに勇者、或いはそれに類する存在は貴重ではあるのだが、より強力な魔法や能力の付与で考えれば、むしろ魔装戦士と呼ばれる存在の方が現在では遥かに上を行く。

彼らは魔法使いではないが、魔法の武具等を使い熟した場合の戦闘力はその上を行き、一説によれば大隊と同等か、それ以上とも言われていた。

そして、その一人がクラッデルムであり、本来であればバードラムも、それに次ぐ戦闘力を持っていたはずなのだ。


しかし、そのバードラムは討ち取られた。

それも、彼の育てた直属の部下と、一千名の兵士と共に。

大多数が新兵であったとは言え、ある意味で数も実力もそなえていたはずの部隊がたった三人に倒されるなど、本当にありえるのだろうか。



 実は、勇者伝説には一つだけ、後の時代になってもその存在と強さが、全国的に共通する形で語り継がれているものがある。


それが、ヴィーダル殺しの勇者の物語だ。


魔法が発達し始めた後の世においても、ヴィーダルの脅威は続いていたが、それを一人で終わらせたのが、その勇者だったと言われている。


彼は一人で世界中を巡り、各地のヴィーダルを狩って回っていたと言う。

何が目的であったのかは判然としていないが、ともかく、辺境の地より突然現れたその勇者の力は、一国の軍隊を凌ぐとも言われ、その時代においては尊敬されると同時に、時の権力者には警戒されてもいたそうだ。


しかし、ヴィーダルの目撃報告が激減すると同時に、彼の足取りも途絶え、以降は行方不明と言うのが話の結末となっている。


この世界が何時始まったかは定かではないが、少なくとも、ヒューマスが歴史を作り上げた中において、傑出した強さを持って語られるのは、このヴィーダル殺しの勇者だけである。


話のみを信じて比べるならば、その実力は今の魔装戦士よりも上だとされていた為、軍事に関係する物にとっても興味が尽きない話であった。


その勇者の名前等は伝わっておらず、それが余計に人々に想像を掻き立てる物ともなっていたが、一方で、ヴィーダルがある時期を境にして、忽然と姿を消したのもまた事実である為、それが実在を強く裏付ける根拠ともされている。

更には、二度とこうした勇者が誕生する事も無いであろうことも、印象を強くする要因となってもいた。


 その理由は、彼の誕生秘話にある。

物語の始まりとして、勇者は瀕死になりながらも倒した最初のヴィーダルの魔力を取り込んだとされており、それが絶対的な強さに繋がったとある。


それが勇者の根幹の一つである以上、ヴィーダルが居ない現在では、確かに二度とは現れないだろう。


また、例えヴィーダルが居たとしても、それを倒すなど容易ではないし、更にはその魔力を取り込むなど、並のヒューマスでは死んでしまうので、やはり無理なのである。

何れにしろ、このヴィーダル殺しの勇者の話は、空想の類とされる反面、その存在を全て否定できないとして、時折話題に上がるのだ。


と言うのも、一般的な勇者の伝説がその土地にのみに伝わる物が多いのに対し、ヴィーダル殺しの勇者の伝説だけは、何かしらの形で全国に残っている。

この事実は後年になって分かった事でもあるので、口伝えに広がったとも考え難い事から、それを裏付ける理由の一つとされていた。

しかし、別の視点で見た場合、実はただの作り話であると言う見方もある。


 実は、ヴィーダルその物が、最初っから関係していなかった可能性もあるからだ。


ヴィーダルと言う名称は広まってはいたが、その存在が統一して扱われ出したのは、ずっと後になってからの事である。

それ以前は、とにかく強くて正体不明のモンスターがヴィーダルと呼ばれた為、それを退治した者は、必然的に誰であれヴィーダル殺しの勇者となってしまう。

ヴィーダルは確かに存在していたらしいのだが、元から数が少なかったと言うのが後になってからの見解であり、それに照らし合わせると全国に頻繁に現れたと言う話自体が怪しくなる。

もし、本当にヴィーダルが各地に存在していたとしたら、今頃、ヒューマスの生活圏は狭い範囲で留まっていたはずだし、人類の生存権その物が危うくなっていた為、語り継ぐ材料なども残っていなかったはずなのだ。

恐らくではあるが、ヴィーダルと呼ばれるモンスターその物が既に絶滅に近い形にあり、自然的に消滅したのが真相で、最初から、ヴィーダル殺しの勇者など居なかったと言う意見も確かにある。


しかし、森で起こった異変の目撃情報を信じて、今度の出来事を見た場合、ヴィーダル殺しの勇者が誕生できる条件は揃っていると考える事もできた。


突然現れ、同じ様にしてヴィーダルは消えている。

もしそれが、誰かによって倒されたのだとしたら、レパンドルに実際にその魔力を得た勇者が出現していてもおかしくはない。


その勇者、或いは力を受け継いだ何者かがレパンドルに加勢していたなら、これはシーゼスにとっては最悪な事態とも言える。


その様な懸念をフィーグスはクラッデルムに対して話したが、全く取り合わなかった。

常識的に考えれば、その反応は凄く真っ当ではあったが、では、誰が、どうやって、バードラムとその部隊を討ち滅ぼしたのか。

その答えは出ていない為、彼は油断していると呆けてしまいそうになるのだった。



しかし、彼を不安にさせていたのはそれだけではない。もう一つの懸念は、クラッデルムの立てた戦略等と呼べない侵攻作戦だった。


敵の正体が分からないのならば、向こうから来るように仕向ければいい。

と言うのが彼の結論で、その為に展開させた全兵力を持って、レパンドル攻めに出ようとしていたのだ。

動かない時も不満はあったが、未知の敵や情報の不足に陥っている現在では、逆に迂闊な行動は差し控えて欲しかった。

その旨を告げたのだが、例のごとく却下されてしまう。


ただ、強く出る事ができなかったのは、得られた情報の全てに確証が無かったのも事実だったからだ。

勇者の出現や、少数による襲撃部隊の殲滅など、冷静に考えればありえない。

もしかしたら、敵の流した嘘の情報と言う可能性もあり、それに万が一振り回されているのだとしたら、自分達が相手の掌で踊らされているだけに過ぎない事になる。

普通なら、否定要素を探すところなのだが、クラッデルムと言う決して智将と呼べない者が上に立っている以上、それを利用されている事も捨てきれなかった。

何よりフィーグスも、結局はクラッデルム一人の傑出した強さに信頼を置いていたので、本物の強さの前に、これらの真偽不明な存在が化けの皮を剥がされると言う期待感もあったのだ。


だが、一つだけ、その期待を持ってしても拭い切れない不安要素があった。

それは、勇者の名前がハッキリと出ている事であり、過去の事例と照らし合わせると、そうした話は、大抵本当であった事が多いとされている。

もし、勇者ハルタなる存在が今度も本当であった場合、襲撃部隊が全滅させられた事も含めて、その実力は自分達が考えている以上の可能性も高い。


フィーグスは得体の知れない何かに向かって、自分達が破滅の歩を進めているのではないかという不安を、ずっと捨てきれずにいた。





 斥候を使わずとも、敵の動きが活発になっているのが遠目からでも良く見えた。


それを少し小高い丘の上から、第一騎士団の隊長フォーメル・ボゼークと、同じく第三騎士団隊長のファーデル・デレが眺めている。


「いよいよ、だな」


「そうですね。 もっとも、問題は何時なのか、ですが」


敵の襲撃部隊が全滅して以来、少なからず敵は活発に動いてはいたのだが、それは偵察に限っての事であり、本体の方に動きが見られ始めたのは、ここ最近になってからの事であった。

今までと違う動きと、その準備の様子から、明らかに進軍しようとしているのは確かだが、流石に何時動くかまでは悟らせない様にされていた。


とは言え、近日中である事だけは間違いないだろう。


「・・・例の勇者は、現れると思うか」


ポツリと言ったフォーメルの質問に、ファーデルは即答できない。

恐らく、フォーメル自身も、それに明確な回答を求めてはいなかったのだろう。

何も言わない事に対し、彼は特に聞き返さなかった。



 ここ最近の情報の錯綜は酷かった。デマや噂が幾重にも折り重なり、どれが真実かを見極めるのも困難な状況だ。


特に酷いのは、膨れ上がる勇者の話だった。

どこそこに現れたと言う話から始まり、一部では全く起こってもいない勇者に関連した戦闘のデマまで出てきて、それによって振り回される有様だ。


場合によっては騎士団から確認の部隊を送らねばならず、それによって少なからず負担を強いられる。

結果的に、その何れもが真実ではなく、そして、勇者だのその一味だのの消息は、今もって分かっていない。


一つだけ真実があるとすれば、敵の襲撃部隊が全滅し、村が守られたと言う事だけである。

そして、それに敵も少なからず、確認の為に動いているであろう事であった。


別に、勇者の存在や、その支援に期待していた訳ではない。

せめて、敵なのか味方なのかをハッキリさせたかっただけなのだ。

不安要素を残したまま敵と戦うのは、どうにも気持ちが悪い。

ある意味、妙な希望は味方にとっては最大の敵でもあると言えるからだ。



 騎士団は、レパンドルでは切り札に当たる。


と言うのも、レパンドルは小国にしては有数の魔装騎士保持国であり、数だけで見ればシーゼスにも匹敵する。

レパンドルには一つの騎士団に四、五名程の魔装騎士がおり、全部で八つの騎士団が存在するので、最低でも三十名以上の魔装騎士が居る計算だ。


ただ、こうして数が増えた事には、成り行き的な理由も存在していた。

それが、連合王国から他国への支援が滞ったと言う事だ。


支援の中には、魔法武具や魔道具等も含まれていたのだが、安全の確保と出庫には厳しい条件を連合王国自体が付けた為、結局、これらはレパンドルから出される事は無かった。


これに対し、当然ながら連合王国からは返却等が求められたのだが、膨大な物資を一方的に送りつけられた弊害により、どの方面に送り返せば良いのか分からないと言う問題が出る。


そもそも、連合王国側もこれらの魔法の品は返却されない事を前提にして出していた二流品に近い物だったので、全く整理ができていなかったのだ。

特に、流通面で整理が行き届いているとはとても言えないこの世界では、適当に送りつけられた物を仕分けるなど、労力的に考えても途方もない作業量となる。

下手をしたら、それだけでレパンドルの国力が傾く可能性すらあった。


そうした手続き上の問題でゴタゴタしている内に、シーゼスとの小競り合いにレパンドルは突入し、更には連合王国の支援への鈍化などがあって、これらの支援品を使わざる得なくなったのである。


結果として、レパンドルは、数だけなら魔装騎士が多いと言う国となった。


もっとも、適正かどうかは微妙な者が多く、厳選された、あるいはその様に特訓や訓練を受けた他国の魔装兵士に比べれば、その質は遥かに劣る。

とは言え、そうした数の多さが、少なからず、騎士団には勝機の在りどころとして、士気を高める要因の一つとはなっていた。


ただし、当の魔装騎士達は楽観的ではなく、色々な不確定要素も含めて、自分達が不利な状況にある事を殊更自覚していた。


シーゼスのこれまでの動きからして、恐らく相手の魔装兵士は多くても二人か三人程度だろう。

数で言えばコチラが上回るが、問題は、敵の魔装兵士の一人に、バウンダーと呼ばれる超適合者の存在が居る事だ。


 その者の名は、クラッデルム・バーズバルン。

眼前の敵部隊の総大将にして「転がる岩」の異名を持ち、戦況の不利をその力でひっくり返すと言うとんでもない猛者である。

言うなれば、現代の本物の勇者と言っても過言ではない。


噂からの推測でしかないが、少なくとも、紛い物の魔装騎士が勝てる相手ではないだろう。

下手をすれば、村を襲った敵の襲撃部隊の末路を、今度は自分達が再現する事になる。

また、その他の魔装騎士も質で見ればやはり侮れないし、魔法使いだって連れてきている可能性もある。

魔法使いは紛い物であっても魔装騎士の相手ではないが、その力は全体を対象とする程であれば、自分らの立てた作戦にも影響を与えるだろう。

冷静に考えれば、何一つとして勝てる見込みは無かった。


もっとも、ここでの戦いは、単なる時間稼ぎに過ぎない。


王都の防備を固め、相手の損耗を招いて退却を願おうと言うのが、レパンドル側の作戦の根幹である。

特に、季節の変わり目まで持ち堪えれば、敵は寒さもあって身動きできなくなるので、例え撤退しなかったとしても幾らでもやりようが出てくるはずだった。

どんなに強力なバウンダーや魔装戦士であっても、生理現象や環境の変化はどうにもならない。

腹が減れば食べ物が必要だし、寒ければ暖を取らなければならないのだ。


そして何より、シーゼス相手にどんな状況や手段であれ立ち回って見せれば、連合王国とて動かざる得ないはずだった。

むしろ、今回の作戦における本当の狙いは、その意識しては行けない希望にあると言ってもいい。


これらを見越した遅滞戦の準備も既にできている。

しかしそれは、一方向の相手に対して備えられた物であり、これ以上の存在や敵に対しては意味をなさない。


ただ、それとて博打に近い。


勇者とやらが敵か味方かは分からないが、その関わり方によっては、先ず間違いなく、自分達の敷いた作戦は崩れ去る可能性がある。

用意された作戦は、最初から今のシーゼス相手に用意された物であって、それ以外の要素が絡むと失敗するだろう。

何せ奇襲と混乱を肝としているので、別の存在が加わると効果が薄れてしまうか、場合によってはこちらが作戦を放棄しなければならくなる。


作戦を成功させる為に、数人の兵士と共に、フォーメルやファーデルでさえも大道芸人の様な真似を部下に笑われながらも練習してきたのだ。

それが無駄になるなど、ある意味では我慢できない事でもある。


例え、その勇者とやらが味方してくれるとしても、連携も取らずに戦場で無秩序に暴れられるのは迷惑なのだ。


何故なら、その後に勇者とやらが実は第三国の関係者でしかなく、敵に回った場合や負けてしまった場合、全てレパンドルには悪い方に向かうからだ。

だからこそ、正体不明の勢力は不安材料以外の何者でもなかった。



 勇者の情報で唯一正確とされているのは、ハルタと言う名前だけである。


報告に来た兵士、並びに王都関係者とその調査において、複数人から証言が得られたとの事だったので先ず間違いないとされている。

だが、正確な情報はそこまでだった。


その後は、一人で千体のモンスターを倒したとか、不死身だとか、数万の軍隊を引き連れているとか、途方も無い話ばかりが上がってきた。


ハルタと言う人物に関する話ならまだ良いのだが、常識的に考えて、大袈裟な数字は明らかに尾ひれが付いたと見るべきだろう。

千だの万だの、そうした物が実際に伴っていたならば、少なからず目撃情報が出てくるはずなのだ。


だが、その様な報告は一切ない。


唯一、数字として確認できたのは、敵兵が千人近く死んだと言う事だけであり、それすらも、実際には三人の正体不明者の所業であって、今の所、ハルタと言う人物が直接関わったと言う事実は何一つとしてない。


大体、ハルタと言う名前も、本名かどうか怪しいところだ。



 この様に目に見えない存在ばかりが日に日に誇張されると、レパンドルは国として動き難くなる。

実際、連合王国やユールフィアにも話が伝わると、少なからず変化が見られたと言う。

勿論、連中とて勇者の話を信じた分けではないだろうが、少なくとも、敵の脅威を退けたという事実は掴んだと見られ、レパンドルには力があると見られたらしい。


強力な戦力をレパンドルが隠し持っているなど、冗談も良いところだ。


そして、そうした不確かな希望は、兵士達にも妙な期待感を抱かせ、楽観的にさせて覚悟を鈍らせてしまう。

それが絶望と変わった時、その反動は考えているよりも酷い事になるだろう。


眼前のシーゼスと謎の勢力を前にして、レパンドルの情勢を俯瞰して見れる者には、その状況は不安でしかなかった。





「あいことばは」


「こうばい」


「つきげ」


決められた合図をすると隠し砦の出入り口が開き、イーブル・ラーナンが入ってきた。敵本隊を見張っていた内の一体が帰ってきたのだ。

と言うか、俺が呼び寄せた。

待ちわびて入口付近で待っていた俺だが、合図のやり取りを聞いて自分でも間が抜けていると苦笑する。

実際、この合言葉の使い方はおかしい。


普通、呼ぶほうが「オイ」とか声をかけるか戸を叩いた後で、隠れている方が「合言葉は?」と投げかけるはずなのだ。

こうなった理由には、実は俺も納得していない。


仕組みを説明をしてもユーカ達はなかなか納得してくれず、流れ的に「合言葉は」が最初の合図として用いられる形となった。

どうも彼女達にはキーワード的な何かが先に来ないと、こうした構造を理解し難いらしい。

ターナなどは「じゃあ、"えい"とか"やあ"とか声をかけられたら、どうしたらいいの?」と、真顔で返してきた。

この世界の文化的な違いなのか、それとも武器が人化した者たちの独特の考えでもあるのか。


ただ、一番問題だったのがイーブル・ラーナン達だ。

ユーカ・レブトらは別としても、彼女たちはレベル差によっても思考の柔軟性にばらつきがあるらしく、決められたキーワード外の事を自ら発するのには不都合があった。

よって、こんなおかしな使い方がされる事になったのだ。


まあ、使う必要があるのか? と言う根本的な問題もあるのだが・・・・



「何かやろうとしているな・・・・」


戻ってきたイーブル・ラーナンから直に説明を聞いた俺は呟いた。


シーゼスの動きが活発になったと言うので、当初は直に見て確かめたいと俺は思っていた。

ところが、それを聞いたユーカ達には全力で止められてしまったので、仕方なく直接見た連中から話を聞くことにしたのだが、その報告だけで判断してもレパンドルの方は何かしらの罠と言うか、作戦の準備をしているらしい事が分かる。


まあ、敵を迎え撃つのがだから、何かしらの作戦や準備をするのは当たり前だろう。

ただ、細かく報告してきたイーブル・ラーナンの膨大な話を聞くと、正面切っての戦闘ではなく、何か複雑な事を考えているらしいのを何となく感じた。


俺は作戦だの戦術だのに詳しい分けではないので、ハッキリとした事は分からないし断定もできないが、用意周到と言うか、一見すると意味の無い様な事も何かしらの準備の為の様な物にも見える。


特に、幹部連中が定期的に遊びの様な事をしていると言う話は、実に怪しい。


ただ、これが作戦として用意されているのなら、俺達は下手に手を出さない方が良いだろう。

そして、俺の見立てでは、成功するかどうかも五分五分って感じなので、やはり支援するかは迷いどころだ。



これを軸に考えると、俺達が取れる方針としては二つしかない。


敵がレパンドルに接触する前に動くか、どちらかが完全に撤退、この場合、レパンドルは敗北した事を意味するが、その後に撃って出るしかない。


どちらにしろ、レパンドルに味方をするつもりならば、余計な手出しをして損害を出す真似だけは避けるべきだろう。

むしろ、レパンドル側が何かを狙っているのだとしたら、俺達の存在は邪魔なだけだ。


やはり、意思の疎通ができていない状態での参戦と言うのは、どこかやり難い。


と言うかだ、何時の間にか俺はレパンドルに味方するつもりでいるのだが、その代償を払うのは俺じゃない。

それを忘れそうになって、時々怖くなる。


本来この戦争は俺には無関係なので、無視したって良いのだ。

大体、何でこんな事に肩入れする羽目になったんだっけ・・・・。



「おねちゃ、はい・・・」


悩んでいたところに、ふと声がしたので見てみると、ルミンが摘んできた花をターナにあげているところだった。


ルミンは、あれから少しは元気になっていた。


まだ表情は殆ど変える事はなかったが、会話だけはする様になってきたので、徐々に良い方向には向かっているはずだ。

ただ気になるのは、今も不安定で死ぬ可能性があると言う情報は消えていないので、そこが心配でもある。


どうにかしてあげたいのだが、俺は医者でもないしカウンセラーの知識も無いので、幼い子供が負ったであろう諸々の傷を癒やす事は難しい。

もしくは、魔素を取り込んだ影響に関する事にも乏しいため、どうにもできなかった。

それを考えた場合、この世界の専門家に相談する必要がある。

その近道としては、レパンドルと手を組む他に無いのだ。

だが、それでは、こちらを安売りする事にならないだろうか。



 幸いなのは、ルミンはターナには良く懐いてくれているので、それがあの子にとって少なくとも良い兆候になっている事だろう。

それにより少なからず変化が見られるので、きっと良くなると思いたい。



「ありがとう」


ルミンから花を受け取ったターナは、摘み取った複数の花を更に分けると、一方を自分の方に、そしてもう一方をルミンの髪に挿してやる。

それに対しルミンは特に反応を示さなかったのだが、手を繋ごうと差し出されたターナの手を、すがり付く様に掴む。

何と言うか、小さい子なりに、必死に自分の居場所を守ろうとでもしているかの様だ。


理屈じゃない。

ルミンの為、それで十分じゃないのか?


俺は、諸々の事情を全て無い物とし、自分で迷いを断ち切った。





 前線でシーゼスと対峙する第一騎士団の隊長、フォーメルから知らせを受け、セイレアヌはどこか落ち着かなかった。


時間は夜であったが、月が上っているせいなのか、ランプの光以上に室内がやけに明るいのを感じた。

それも頼りにしてセイレアヌは、今一度報告書を取り出して眺めてみる。


知らせによれば、国境付近に展開していたシーゼス軍に動きが見られるとされており、数日以内には進軍してくるであろう事が記されていた。


その日が来るのは分かってはいたのだが、イザそれが目前に迫ると、セイレアヌはどこか現実感が無い自分に動揺してもいた。


経験が無さ過ぎてピンとこないのか、それとも、準備を整えた為に必要以上に驚かなかったのか。



(そのどれもとも違う)


セイレアヌは、胸元で小さく拳を握りしめる。


分かっていた。

本当は、怖くて仕方がないのだ。要は、覚悟が無いのだろう。

準備など、幾らやっても足りず、そして、自分自身の余りにも迂闊で、ちっぽけな存在が今になって許せなかった。



 本来であれば、騎士団長は第一騎士団のフォーメルがなるはずであった。しかし、それを退けてセイレアヌを推薦したのが、ダガスドだった。


自分の様な小娘に、そんな大役が務まるはずがないとも思ったのだが、意外だったのは、フォーメルまでもが騎士団長になる事を勧めた事だ。


彼曰く、騎士団は確かに王と国に忠誠を誓って戦うものではあるが、もっと身近な存在として、象徴としての仲間が居ると尚良いとの事で、それにはセイレアヌが相応しいと言われた。

王の為に戦うのは大前提であり、言わば騎士団にとっては呼吸をする事と同じだが、それをまとめる騎士団長と言う地位は、全体をまとめ、その道筋を照らす光でなければならない。

それ故に、わかり易い存在は、そのまま騎士たちの士気を高め、結束に役立つのだと言う。


本当の騎士では無いセイレアヌには、その様な事を言われてもピンとはこなかったのだが、回りからの正しい選択だという声に押され、半ば押される形で今の地位に収まった。

無論、責任ある立場で、自分も働かなければならないと言う思いもあったからだが、実際に努めて見れば、何もかもが力の及ばない日々の連続であったと言える。

正直な事を言えば、自分は余りにも無力で、そして何一つ役に立てていると言う実感がない。


連合との交渉に失敗したどころか、迂闊に勇者の存在を場に出した事から、ユールフィアとの関係も微妙にしてしまった。

アライアルからは、事前に止めた方が良いと言う忠告を受けていたにも関わらず、だ。


セイレアヌとしては、謎の勢力に対する探りも入れるつもりで話題を振ったつもりでもあったのだが、勇者の話を持ち出すと言う行為は、自分が考えていた以上に愚かな事だったらしい。


後にアライアルから説明された話によると、自分がした事は、レパンドルに後ろ盾が居る等と嘯いた・・・下手したら恫喝したのと同じだと言われた。

そんなつもりなど無かったセイレアヌは、その結果に驚愕した。

それはつまり、自分で相手を突き放す行為にも等しいからだ。


何故、早くそう言った事を言ってくれなかったのかと後でアライアルを問い詰めたのだが、言おうとしても聞き入れなかったと返され力が抜けた。


そうだった。

自分は、何も見ていなかった。誰の声にも耳を傾けなかった。

その結果が、このザマである。


ずっとずっと、この調子で空回っている。

本当に、自分の様な者が騎士団長など努めて良いのだろうか。


月明かりだけが部屋を満たしているその空間で、セイレアヌの頬を僅かに光が反射した何かが伝う様に見えた。



 セイレアヌ自身が後悔の日々を送っているのとは裏腹に、実際には周辺における彼女への評価は高かった。


勇者の話を持ち出した事でさえ、確かに不適切ではあったが、結果として、その反応から連合王国の関与は除外できたと言える。

更に言えば、こうした話に興味を持った関係者により、水面下では接触も始まっており、必ずしも悪い事ばかりでもなかったのだ。

逆に言えば、彼女以外では話を持ち出せなかっただろうから、何かしらの突破口を開いたのは間違いがないのである。


こうした行動は、セイレアヌがどう思うかは別として、内外からは少なくない評価を得られていた。



 そうとは知らない彼女は、毎晩、こうして一人で反省会を開いていた。


もっとも、本人としては夜も寝ずに働きたいのが希望だったのだが、ダガスドやスタリファに無理矢理にでも寝るように言い聞かされるので、最近になって夜は形式的にも寝室に籠もる様にしている。

ただ、直ぐに眠れる訳でもなかったので、何時の間にか一人反省会が習慣ともなっていた。


一しきり静かに落ち込んだ彼女は、寝間着の裾でそっと頬を撫でると、今度は別の事に思案を巡らせる。


「勇者・・・勇者ハルタ・・・」


後の報告にを突き合わせた結果、セイレアヌも漸く、件の人物に接触していた事を思い出した。

より正確に言うならば、名前を言った者の側に居た人物を思い出しただけだが。


確か、アニーと言う少女と一緒だったはずだ。

その子の顔や様子は何とか思い出したのだが、側に居た男の顔は何故か思い出せない。

襤褸をまとっていたと言う事は何となく覚えてはいるのだが、どうにも顔の印象が薄い。


それもそのはず。

真っ直ぐに見ようとして、自分で目を逸らしたからだ。

今思えば、不思議な雰囲気と特徴を持っていた。


彼の目を見ようとした時、何か、大きな物に引き寄せられる様な感覚があった。

そうした物があった為か、目の印象だけはハッキリと覚えているのに、顔の方はどうにも朧気にしか覚えていない。

もっとも、そこには別の感情があったのではないかと考えて、その度にセイレアヌは否定を差し込んでもいたので、余計に印象が消えかかる。


いや、むしろ勝手に美化した顔を想像する様になっていたので、余計に本人の顔がどうだったかを思い出せないでもいた。



 勇者ハルタの伝説は、ある時から急にレパンドル中に広まったと言われている。


そのキッカケはよく分かってはいないのだが、王都の内外から漏れ出たともされているので、それが本当であれば、彼は本当に勇者で密かに活動していたとも考えられた。


もし、それが真実であったとしたならば、レパンドルにとってはこの上ない吉報でもある。

実際、彼の仲間らしき者によって村が救われてもいるので、もしかしたらという期待感もあった。


危機的な状況にあって、突如として現れた勇者。

これでは、まるでお伽話の様だと、セイレアヌは少し笑った。


ダガスドやアライアルには、不確かな物には頼らない方が良いと言われた。

彼らの言う事は正しいのだろう。


だが、セイレアヌにしてみれば、縋るものが欲しかった。

それは神でも良かったのだが、ここに来て実体の伴う者が現れた今となっては、どうしても無意識に引っ張られてしまう。


「勇者ハルタ、この国を救う者なのか・・・いえ、お願い。 どうか、救って下さい」


月明かりが薄っすらと部屋に入り込んでいる中、彼女は静かにポツリと呟いた。

それが、当人には聞こえていないであろう事を百も承知で。

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[一言] 良いお年を。 続き期待しています。
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