~謎の勢力~ -6. とある者達の話
ロータル村が襲撃されたらしい。
と言う情報は、それから三日経ってから王都に知らされた。
らしいと言うのは、普通なら伝令等によって知らせが上がってくるのが、今回に限っては責任者が直に報告しに来たので、まだ詳細を誰も知らないからだ。
報告者の名はラッゲイン・ブールムア。
ロータル村の防衛を任された兵達の隊長だが、報告以外にも何か話したい事でもあるらしく、通常以上の対応を求めてきた。
その本人は負傷しており、頭の包帯が痛々しい。
その割に、彼の顔はどこか穏やかだった。ともすれば、明るくさえ見える。
報告はまだだったが、王都の者達は少なくとも常識の範囲内で内容を憶測していた。
大規模と思われた敵の襲撃は予想よりも小規模で、それによって撃退に成功したのだろうと。
逆に逃げてきたのだとしたら、申し開きの為に表情を作っている事にもなる。
何れにしろ集ってきた関係者の多くは、彼のこの行動を、単に自己アピールの場と捉えていた。
成功していればその自慢話を、失敗していれば言い訳を、その何れであっても聞くつもりだったし、特に彼の行動を咎めようと思う者は居なかった。
責任を追求すると、その一端が自分達にある事も十分に理解していたからだ。
むしろ、欲しいのは情報である。
中央に戦力を集中させているのと、辺境を見ない振りをしている関係上、外部から得られる情報は貴重だったのだ。
この国の体制では、まだ各種の軍事面が整理されていないのはおろか、人員を割く余裕もなかった為に、基本中の基本が出来ていなかったので情報面に関しては後手どころか行き当りばったりに近いのだ。
「それでは、ラッゲイン殿、報告しなさい」
セイレアヌは、努めて平常を保つ様にして話した。
外縁の村に関しては心配をしていたのだが、来た者の表情だけで判断すると、良い報告が聞けそうだと勝手に思う。
実は、あの後アライアルから追加でもらった情報によると、敵の規模は予想以上との事で、毎日、救援を送るかどうかで悩んでもいたのだ。
因みに、アライアルの情報源は独自に構築した物で、詳しくは教えてくれなかったが、恐らく連合王国に作ったコネであろうと思われる。
それが明るい知らせが聞けそうな感じで、報告者が眼の前に居る。
だとすると、敵の動きは実はこちらが予想したよりも、小規模に留まっている可能性だって出てきた。
そんな淡い希望さえ持っていたのだ。
それとは別に、村から報告者が来たと聞かされた時は、例えそれが敗残の兵であっても、よくやったと労ってやるつもりでいた。
だが、セイレアヌが見た限りでは、ラッゲインの様子は敗者のそれではない。
そうした雰囲気もあってか、セイレアヌは油断すると綻びそうになる。
もし、防衛に成功、あるいはそれに近い戦果を上げていたならば、手放しで賛辞を送りたいほどた。
しかし、立場上、特別扱いする分けにも行かない。
例え勝利したとしても、その裏には少なくない犠牲が在るはずなのだ。
そして、まだ戦っている者、これから戦う者も居るはずである。
少なくとも、今は気を緩める時ではない。
「その前に殿下、援軍派遣の是非をお聞かせ願いたい。 ロータル村に、何かしらの助けは送られたでしょうか」
その問いに、僅かに周囲がざわめく。批判と取った者も居たのかも知れない。
実際、セイレアヌは、その言葉に自分の意識が後ろに引っ張られる様な感覚を覚える。
長らく覚えていた罪悪感を突き付けられ、後ろめたさが表面化した気がしたのだ。
「いえ・・・コチラも手一杯で、援軍を送る余裕はありませんでした。申し訳ありません」
しかし、彼女は平静を保って答える。
「いえ、滅相もないお言葉。しかし、そうでしたか」
それに対し、ラッゲインが少し沈んだ顔をした。
これを見て雲行きがおかしくなって行く事に、セイレアヌはだんだんと不安を覚える。
まさか、虚勢を張っていただけなのか。
明るく見せていたのは、こちらへの配慮を見せただけに過ぎないのではないか。
もしくは、強烈な皮肉を態度で示していたと言う事もあり得る。
セイレアヌは、誰にも悟られぬ様に唇を小さく噛んだ。
「ご報告申し上げます。
ロータル村は、シーゼス軍と思われる約千名近い敵兵と交戦。
これの迎撃に当たりましたが、多勢に無勢、その侵攻を食い止める事はできませんでした。
死者は三十四名、負傷者は七十八人。村その物も三分の一が被害を受けました」
「しかし、正体不明の魔法使い、並びに兵士二人による介入を受け、敵部隊は全滅。 防衛には成功しました」
予期していなかった報告に、周囲が大きくどよめいた。平静を保っていたはずのセイレアヌでさえ、驚きを隠すことができない。
「ど、どう言う事だ。今一度、詳しく申せ。正体不明の兵とは、何だ」
ざわめくだけの周囲を押し退ける様にして、ダガスドが今一度問いただす。
「申し訳ありません。本当に正体不明なのです。突然現れたと思ったら、突然去ってしまい・・・。
特に要求も無かったので、てっきり小官は、王都から何かしらの形で援軍を寄越した物だと思っていました・・・」
正体不明の兵に、千名近い敵戦力の全滅。
なる程、これでは唯の伝令では報告にならなかっただろう。責任者と言う立場で話しているからこそ耳を傾けられているのであり、その他の者や手段であったなら、最初から誰も信じなかったはずだ。
恐らくだがその報告に嘘はない。ダガスドとセイレアヌは、彼の目を見て確信する。
「三名・・・・他に居なかったのですか。本当に、そんな事が」
セイレアヌは、自分でも驚愕の表情を張り付かせていると分かってはいたが、それを隠す事ができない。それ程、ラッゲインの報告は驚きに満ちていた。
敵の数が千名近い事も驚きだったが、それを殲滅した存在も気になる。下手をしたら、別の問題がそこには存在する。
一番厄介なのは、連合王国以外の第三国が、混乱に乗じて介入してきている事だ。
「私が見た限りでは、三名でした。 とにかく圧倒的で、その強さは尋常ではありませんでした」
それを聞いて、再び周囲がザワめき始める。
森の異変に始まり、シーゼス王国の侵攻と来て、今度は正体不明の存在。
一体何が起きているのか、今後の事も含めて誰も予測ができない事態に、不安を覚えたのだろう。
「ただ・・・それら三名の内、一人がある事を漏らしていました」
「何と?」
「ハルタ様に感謝しろ、と」
それを聞いて、セイレアヌは何処かで聞いた覚えがしたのだが、どこだったのか思い出せない。
同じく、覚えがあると言う風にしていた者が一人。
ニオルトが頭を捻って、必死に思い出そうとしていた。そして、ハッとした表情になる。
「ハ、ハルタだと!」
「襲撃部隊との連絡が途絶えた?」
天幕の中で、ノンビリと茶を啜っていた侵攻部隊を預かる将、クラッデルム・バーズバルンは、部下から受けた報告を聞いてその手を止める。
四角顔に、これまたがっしりとした四角形的な体型を持つクラッデルムは、見た目通りに愚直な、そして武闘派な軍人であった。
ただし、本人の高い戦闘力が逆に慢心をもたらす部分が多々あり、戦略面における手腕は必ずしも優秀とは言い難い。
実際、報告した副官のフィーグス・タライルは、今だに三万の兵を遊ばせている状況に、密かに不満を抱いていた。
クラッデルム本人の弁によれば、襲撃部隊による背後の撹乱が見られたら動くとしているが、あのならず者連中を信用して動くなど、不確定要素が大き過ぎると考えていたのだ。
そして案の定、連中は問題を起こした。
定期的に行うはずの連絡係が姿を見せないばかりか、予め決められていた地点にさえも人員を置いていなかった。
明らかな軍務違反、怠慢、職務の放棄である。
連中の事だ、まとまった兵力を与えられた事でタガが外れ、それによって好き勝手にやっている可能性だってある。
連絡をしない理由としても、単に自分らがやっている外道な行為を知られたくないか、それを優先するあまりに人員を割くのを怠ったか。
何れにしろ碌でもない理由だろうと、フィーグスはこの時まで考えていた。
そうした不安面を、作戦開始前にクラッデルムにも進言してあったのだが、当の本人の考えでは、その与えた兵が彼らの行動を見張る事になるので、そうはならないと否定した。
確かに、まとまった戦力とは言え、与えた兵の殆どが新兵だ。
彼らの世話をするのにも手間であろうし、不正の行為を堂々と行えば、少なからず後で問題を告発される可能性も高いので、多少は大人しくするかも知れない。
だが、結論から言えば、その期待も無駄だったと言えるだろう。
クラッデルムは、どこか人柄や能力を見ると言うよりも、戦果のみで判断して取り立てている面があるので、もしかしたら、襲撃部隊を預かるバードラムの実力だけで判断し、それを信用しているのかも知れない。
あの男こそ、最も警戒すべき要素だと言うのに。
「ふむ、ちゃんと調べたのか」
カップを回して中身をかき混ぜる様な仕草をしながら、クラッデルムはコチラも見ずに尋ねる。
「いえ、連中の常駐予定地周辺は調べたらしいのですが、それ以上の行動は作戦への影響が出ると考え、担当した者は断念したそうです」
これは別に、現場のみの判断ではない。そうしたケースが起きた場合、予め決められていた予定の行動だ。
むしろ、忠実に守って情報を持ち替えると言う任務を全うしたのだ。
そうした忠実性こそが、軍にとっては必要であった。
それ故に、バードラム達の無秩序な行動に、フィーグスは怒りが湧いた。だが
「なら、ちゃんと調べさせろ。もしかしたら、どこぞの村で休憩を取っているか、拠点の構築でもしているのかも知れん」
「そ、それは・・・」
何かを言いかけたフィーグスを、クラッデルムが手を上げて制する。
「とにかく、ハッキリとした情報を上げろ。ただ居ませんでは、話にならん。 まあ、副官の心配も分からんでは無いが、好き勝手に暴れてくれているのなら、特に心配する必要もない。むしろ、後の事がやり易くなる。 そうであろう?」
そう返されたフィーグスは、それ以上は何も言えなかったので退室した。
一応、調査の為に人員は割いて良いとの事だったので、そちらで納得の行く結果を得るだけだ。
「うーむ、このお茶は美味いな」
フィーグスが退室した後、温くなった茶を一気に飲み干したクラッデルムは、周辺の情報を記した地図に目をやる。
そこには敵の拠点と兵力が、知りうるだけの情報として駒が配置されていた。
現在、対峙している敵の兵力は約一千。対して、コチラは三万余り。
力押しすれば、簡単に片が付く戦力差だ。
だが、今回は敵を滅ぼし、領土を手に入れる所までやらなければならない。
本番は目の前に居る雑魚どもではなく、その奥にある城だ。
攻城戦こそが、本当の意味での戦いとなる。
だから、華麗に勝たなければ。
クラッデルムは、これまで何度も戦闘で勝利してきたのだが、イマイチ、自分に対する回りの評価が低い事が気になっていた。
同期に何故かと聞いたら、勇猛な戦い方をし過ぎて、味方の損害が大きいからでは無いかと言われ、成る程と納得する。
ならば、今作戦では力押しではなく、戦略を用いて攻略して見ようと考えていた。
そして導き出した答えが、大軍団による囮で敵の注意を引き、その間に別働隊が背後で撹乱するという物であった。
それにもっとも適任であるとして任命したのが、バードラムと言う男だった。
噂ではかなり乱暴な連中を率いていると聞いていたが、辺境襲撃には何度も出撃し、成功を収めたと聞いているので、正に打って付けだと喜んだ。
多少、問題を抱えている様ではあったが、結果さえ出せば何も問題はない。
英雄的な戦果を残せば、軍人は結局は許されるのだ。
それに、小国を相手に本気を出して戦うなど、バカバカしい。
被害も最小限に押さえれば、自分に対する評価も多少は見直されるだろう。
クラッデルムは、その能力が高過ぎて、誰もが自分と同じ様にできると勘違いしていた。
それにより、極端に偏った思想を持っていたが、同時に自分の持つ強さのせいで、戦略の意味を頭では分かってはいたものの、重要であるという事にはピンと来ていなかった。
戦争は、結局は強い者が勝つ。
それが彼の信念であり、戦闘における最大の戦略構想であった。
実際、彼はその力で、敵の策略を無造作に押し潰してきたので、内外から「転がる岩のクラッデルム」と恐れと侮蔑を混ぜて呼ばれてもいた。
そのクラッデルムは、ふと駒の一つを持ち上げると、自軍の位置からかなり離れた場所にある、木々の絵に置かれている駒の一つを弾く。
そこに千近い敵兵が隠れているらしい。
特に意味の無い行動であったが、何かを思い出して彼はニヤリと笑った。
「敵に動きは」
その千近い兵と共に潜伏していたファーデル・デレが、茂みに隠れて敵を見張る友軍にそっと近づいて聞いた。
少しは脅かしてやるつもりで居たのだが、見張りは既に気配に気付いていたらしく、特に振り返りもせずに返事をする。
「特に変わった動きは見られません。ただ・・・」
「ただ?」
「数人分の馬が用意されましたね。装備からして、長距離を移動する様です」
長距離を移動?どこかに連絡だろうか。或いは、敵も襲撃部隊の全滅に勘付いて対応に出たか。
ファーデルは、レパンドルの第三騎士団の隊長である。
まだ、二十代と言う若さではあったが、隊長を努めていることからも分かる通り、その能力は極めて高い。
ただ、若い故に行動力が余り、自分で無意味に現場を歩き回る事も多かった。
もっとも、その裏には、年上連中が多い為に息抜きをしたい思いもあったが、更には別の用件、意味不明な報告に関する手掛かりが少しでも欲しいと言う考えもあった。
王都から秘密裏に上がってきた報告は、とても信じられない物だった。
ファーデル自身も何度も読んだが、意味が良く理解できないと言うか、誰かが狂って作り話でも差し込んだのかと思ったほどだ。
だが、それは正式な物であり、騎士団として再三問い合わせても一切問題が無い事が確認された。
千名近い敵襲撃部隊に、それを殲滅したという謎の兵士三人。
前者はシーゼス軍と判明していたが、後者の方は王都でも正体を掴め倦ねているらしく、この前線においても情報収集の協力要請が来たほどだ。
こんな忙しい時に何をとも思ったが、冷静に考えてみると、正体不明と言う事は、別勢力がこのレパンドルで暗躍している可能性があると言う事にもなる。
シーゼスと戦うので精一杯のレパンドルには、これ以上の戦力分散は不可能だ。
それを考えれば、新たな脅威の情報を集める事も確かに重要ではある。
とは言っても、何も敵の眼前に展開する自分達に、特別に情報収集に当たれと言う事ではなく、敵の動きに注意しろというニュアンスだったのだろう。
それらから推測するに恐らく王都の連中も、ロータル村と言う所で起こった一件に確証が持てていないのが分かる。
謎の勢力とやらは、シーゼス軍を殲滅した一方で、村には一切手を出さなかったと言う。
シーゼスと敵対しているなら大歓迎ではあるが、見返りを一切求めずに行動しているのも考えられない。
単にロータル村に価値を見出だせなかっただけの可能性もあるが、それなら尚更、救援に入った意味が分からない。
現地の事を直接知らないので全て想像に過ぎないのだが、もしかしたら、シーゼスの自演自作と言う可能性だってあるのだ。
安心し切った所に、そんな連中が背後で暴れだしたら、それこそレパンドルの防衛体制は瓦解する。
それ故に、王都は敵の動きに注意しろと言ってきたのだろう。
第一、謎の勢力に関する情報は色々とおかしい。
魔法使いらしき者が居たというが、それでもたった三名で千近い兵を殲滅するなど、それはもはやモンスターと同じだ。
ヒューマスも特殊な手法で、それらモンスターと互角に戦える力を持っている者も居るらしいが、それでも千近い兵力を相手に出来る程には万能ではない。
また、ハルタと言う名前の人物を発見したら、優先的に保護、あるいは確保して連絡しろとある。
この人物に関する詳しい情報は一切ないのだが、恐らく、謎の勢力に繋がる情報として、王都が手に入れた数少ない手掛かりなのかも知れない。
何れにしても、ここ数日の間に敵は大きく動くはずだ。
ファーデルは、そう確信していた。
ニオルトは、数人を連れ立って王都内の調査を行っていた。
最初は、宿屋のサリエルメル。
そして、関係者の話から得た情報を元に装備屋も訪れる。
だが件の人物、ハルタに関する足取りは掴む事はできなかった。
一泊した翌日の朝には直ぐに出ていってしまったらしい。
得られた数少ない話によると、彼は装備屋で何か武器も買ったという。
それならば目撃情報があっても良いはずなのだが、全くと言っていいほど何も出てこない。
念の為、城の外も調べさせてはいるが今だに報告は何もない。
やはり正体を敢えて隠していたのだろうか。
今更になってニオルトは、彼と話した内容を懸命に思い出そうとしていた。
幾つかの気になる事を言っていた気もするのだが、大して重要ではないと考えていたのと、他にも重要な案件に幾つも取り組んでいた為に、あまり覚えていないのだ。
裏を返せば、それだけニオルトも忙しかったのである。
(確か・・・青いモンスターがどうとか・・・親の仇だったか。いや、それは私の勝手な想像だったか? そう言えば、アーマルデ・ロイデンを探していたんだったか・・・)
顔はハッキリと覚えてはいるのだが、会話の内容が思い出せない。
優先すべき事柄が他にも幾つもあったので、その時々のどうでも良い事は殆どと言って良い程に覚えていない。
何より似た様な連中の流入も多く、その対応に明け暮れていたので、いちいち覚えていられなかったのだ。
ただ一つ、彼らに問題を起こすなと言ったのだけは覚えているが、今になって、逆にそれが悔やまれる。
本当に、大人しくしていたらしい。
もっとも、装備屋からは少しだけ有力な情報を得ており、店主の話からすると他にも仲間が居た可能性が判明した。
だとしたら、村を守った連中がそれに当たるのか。
「ニオルト様、怪しい連中を捕まえました」
「何?」
その報告に一瞬喜んだニオルトだったが、単に、ならず者を捕縛したと聞いてガッカリする。そりゃ、ならず者は怪しいのが当たり前だ。
「治安も大事だが、我々の仕事の方を優先してくれ」
「いえ。例の人物の事を聞いたら、連中、突然逃げ出したのです」
「え!?」
捕縛した連中は全部で四人。
内、二人はそれぞれ足と腕を怪我でもしたのか、治療の跡が見られる。
その内の一人は大男で、どうやらリーダー格らしい。
身なりや粗暴な感じからして、如何にもなチンピラ連中だ。
レパンドルは小国とは言え、連合王国と少なからず物流のやり取りがあったので、それによる多様性により王都にもこういった者達が残念ながら居る。
「君たち、ハルタと言う名前に心当たりがあるそうだね」
問いかけに連中は不貞腐れた様な顔をするだけで何も答えない。
それに対し兵士が怒鳴り散らすが、それをニオルトが制止する。
「別に、君たちに何か不利益になる事を聞く訳じゃないんだ。素直に話してくれれば、このまま開放する。それは約束しよう。
私達が探している人物は、場合によってはこの国の運命を左右するかも知れないんだ。
君たちだって、ここが攻め落とされたら困るだろう?
だから何でも良い。知っている事を教えてくれないだろうか」
「おい、やっぱり」
「本物だったのかよ」
それを聞いた連中が、コソコソと話す。
「おい、コソコソ話すな。 何なら、力尽くで聞いても良いんだぞ」
怒り出す兵を再びニオルトがなだめると、リーダー格らしき大男が口を開いた。
「お、俺達を、本当に捕まえたりしないんだな?」
「ああ、本当だ。約束する」
「し、知らなかったんだ、あの人が伝説の勇者だったなんて」
おかしな事を言い出した連中に、ニオルトとその場にいた兵士達が一斉に困惑した顔をした。
「で、あれをどうするよ」
ひとしきり騒いだ後に、マツリカがターナの方を見る。
そこには、ずっと無表情の小さな女の子が、ただただ一方向を見て、身じろぎ一つせずに立ち尽くしていた。
見た目だけで言えば、アニーよりも更に幼い。
それをターナが寄り添い、頭を優しく撫でている。
イーブル・ラーナン達が敵拠点を襲撃した際に、報告されていた子供がここに居た。
出来る限り人間との接触を避ける様に言われていたので、当初は放置する様に指示したのだが、どうやって突き止めたのか、自分でイーブル・ラーナン達の後を着いてきたらしく、この偽装された拠点の前に座り込んでいたのだ。
これでは見つかってしまうので、仕方なく中に入れたものの、幾つか不審な点がその子供にはあった。
一つは、なぜ敵の拠点に居たかだが、拘束されていたらしい事から、敵の兵という事は無いだろう。
ハルタから与えられた情報や、村近辺の状況からすると、捕まった村人の可能性も高いのだが、どこの村の者かは分からない。
何故なら、何を聞いても答えず、他の村へ行くのを促しても、その場にただ立ち尽くすだけなので、手を焼いてもいたからだ。
辛うじて、ルミンと言う名前だけは自分から名乗ったのだが、それ以降は完全に口を閉ざしたままとなる。
それと、この子供からは、ヒューマスとは違う何かが感じられた。
先ず最初に見たマツリカは、モンスターだと言って切り捨てようとした。
慌てて止めたのだが、ユーカも確かに妙な気配をその子供から感じてはいた。
一瞬だけ、モンスターの様な波動を感じたのだが、どこか違う。
何がどうかと聞かれると分からないのだが、むしろ、最初に目にした主以外の人間、イフィールにも似た感覚が、姿は違えどそのルミンからはした。
詳しい事は、自分達にはどうやっても分からないので、ここはハルタの判断を仰いだ方が良いだろうと言うのが、ユーカの下した決断だ。
とは言え、特に急ぎの用件でも無いので、敢えて報告はしていない。
人間であった場合、もしかしたらハルタは何かの行動を起こす可能性があったが、彼の優先すべき事はこれではない。
それ故に、到着した序にでも話せば済むので、取り敢えずは、自分達の預かりと言う形で見張る事にした。
例えモンスターの類だとしても、大して脅威ではないのも確かだ。
実際、刀を抜きかけたマツリカも、相手の力が極端に弱いと見るや否や意欲を失い、あからさまに残念そうな顔をしたくらいだ。
と言うのも、マツリカが殺気を向けた途端、表情こそ変えなかったが、更に萎縮する感じで生命力と言うか、力の様な物が弱まったのをユーカも感じた。
正直、得体が知れない内は警戒するに越したことは無いのだが、ターナは可愛そうだと言って、甲斐甲斐しく面倒を見ようとするので困ってもいる。
ユーカは隔離して閉じ込めておく事を提案したが、ターナの必死の懇願によって、そのまま扱いは保留とされた。
ユーカはハルタに及ぶ危険まで考えて判断していたが、ターナは単純に弱い者を可哀想と思う感情が強いらしく、それで両者に対応の差が出たのだろう。
とは言え、ユーカ自身も時々慎重さが過ぎるかと思う事もあるので、そうした素直さを持つターナを愛しく思ってはいた。
一応、手当等はしたので、体調等は大丈夫なはずなのだが、常にぼんやりしていると言うか、心を閉ざしている感じで何に対しても無反応なのだ。
ユーカの持つ人間の知識も限られていたので、その子の精神的な面までは、よく理解できなかった。
恐らく、辛い経験をしたであろう事は何となく分かっるのだが、それがどの様な物までかは、本人が話さない以上は実感として捉える事ができないでいた。
イフィールの時は、感情を露わにしていたので、それで自分にも理解できたのだが、このルミンにはそうした物が無いので、ユーカも手の施しようが無い。
「ターナ、備蓄した食料を与えてみて」
「良いの?」
「人間なら、食べないと元気が出ないでしょうしね」
それを聞いて、喜んでターナが食べ物を与えたのだが、やはり、無表情でかぶり付くだけで、特に変化は見せない。
その様子を見て、ユーカは何となく、最初に人化した自分の事を思い出す。
状況は全く違うが、この子供は何かが欠落しているであろう事を、彼女は辛うじて理解した気がした。
ロータル村から離れた位置に、かなり広めの窪地が存在していた。
そこは村のゴミ捨て場として利用されていたが、今は、敵兵の死体置き場にもなっている。
一応、焼かれた上で埋められてはいたのだが、雑に扱われた事は間違いがなく、服を含めて身ぐるみを剥がされた上で、裸のままで投げ捨てられていた。
既に腐敗と白骨化が進んでいる死体もあったが、中には折り重なって奥に存在する為、まだ原型を留めている物さえある。
一見すると非道な扱いではあるが、この世界においては、これでも丁寧な方だろう。
本来であれば、ずたずたにして死体すら陵辱されても、負けた側は文句は言えないのだ。
ただし、そうした労力を割くのを嫌がったロータル村の人々は、身ぐるみだけ剥がして打ち捨てるだけに留めた。
火で表面的に焼いて埋めただけでも、ある程度の葬儀にはなったとは言える。
その死体の山の中に、首が無い物が一つあった。
既に変色は進んでいたが、他の死体と比べるとまだ傷みは酷くない。
更に言えば、その他の死体が虫や獣によって損壊される中、それだけは無事であった。
すると、その身体の内側が突然うねり出し始める。
腹部あたりがボコボコと盛り上がったと思った次の瞬間、切断された首の辺りから、丸いコブの様な物が迫り出してきた。
「ぐはっ」
迫り出したコブの様な物に切れ目が入ると、そこから息の様な物を吐き出す。
更には目が見開かれ、人の顔となった。
「ぐっ、うううう・・・」
呻きを上げながら、折り重なる死体から自分の身体を引っ張り出すと、その元死体だった物は、両の足で立ち上がり周囲を見渡す。
「・・・酷い事になった物だ」
口だけは笑っていたが、その目には怒りが宿る。
すると、身体を数箇所叩く仕草をし、変色した部分が剥がれ落ちて、生気に満ちた身体が現れた。
その元死体だった物は、バードラムであった。
彼は、以前に二つの首を持つモンスター、ラコイドを取り入れていた為、簡単には死ねない身体を手に入れていたのだ。
だが、これは必ずしも不死身を意味するものではない。
ヒューマスが使う以上、代償を伴う復活であった。
歩き出したバードラムは、そこらに転がっていた布切れを拾って身体に巻くと、一つ呟く。
「ハルタ・・・何者かは知らないが、必ず殺してやる」
そう、怒りの言葉をその場に残すと、足早に去っていった。




