~謎の勢力~ -3. 小国の危機 その3
先頭を行くターナにマツリカとユーカ、そして更に一体のユーカレブトと十数体のイーブル・ラーナンが続く。
単純な足の速さでターナに敵うのはメンバー内には居ない。しかも、これでも加減して走っていた。
短距離ならば技を使った方法でマツリカも一時的には上回れるが、継続した速度ともなると、やはり敵わない。
半ば意地になって、マツリカはターナに並んで走る。
背後から追うユーカが、その様を見ながら溜息をついた。
ユーカもメンバー内では三本指に入るくらい速いのだが、ターナとマツリカは別格だと、それを見ていて改めて実感する。
ただ、ユーカ自身は気が付いていなかったのだが、小回りを含めた動きの素早さでは、実は彼女もターナと並ぶ程の能力を持っていた。
そんな感じで走り続けていたら、一日程度で目的地には着いてしまっていた。
ユーカの探知能力により、二つの村の位置も早々に割り出し、手分けして見張りと様子を伺う事を始める。
連絡はイーブル・ラーナンを通して行った。
二つの村は、何やら慌ただしく人が動き回っており、常に作業の様な物をしていた。
恐らく、敵の侵入に対して備えているのだろう。
ただ、戦闘における経験規模が桁違いであったユーカ達から見ると、どうにも遊んでいる様にも見えた。
実際、ターナは祭りの準備だとワクワクして見ていたくらいだ。
また、ここに来てハルタの意図と言うか考えを、ユーカは独自に解釈し始めてもいた。
村からかなり距離をとっては居たのだが、周辺には大規模な兵力が密かに展開しており、その動きからして、恐らくは村を襲撃する側だと推測された。
てっきり敵はモンスターだと想定していた為、この事実を知って、ハルタが何かしらの見返りを村に求めているのだと、ユーカは考える様になる。
いや、特に敵の事を特定して命令はしていないので、モンスターの襲撃も頭には入れろという事なのだろう。
どちらにしろ、自分達に与えられた命令は、ハルタが次の行動を起こし易くする為の布石なのだとユーカは判断した。
ならば、それをやり易い様にしてやるのが、自分達に課せられた最大の使命と言う事になる。
ユーカは、この点に付いて憶測である事を前提に全員に話して聞かせ、その上で今後の方針を話した。
ユーカが命令に込めた意味以上の事を汲み取り、それを実行に移そうとしていた頃、俺はアニーを連れ立って夜の街を彷徨いていた。
明日には直ぐにでも出て行くつもりだったので、今日の内に用事や物見を済まそうと考えたのだ。
夜の街は明かりが少ないと言う事もあってか、格好をあまり気にしないで済んだのも好都合だった。
初めて見る人間の世界にアニーも興味津々と言った感じではあったのだが、警戒も強めていたので、どうも深入りを避けている様にも見える。
まあ、屋台とかの食べ物に興味を持ったとしても、実際に食べる事はできないらしいので、仕方が無いのだろう。
俺ばかりが食ってはちょっと可哀想だったので、興味を持った髪飾りを幾つか買ってやった。
物凄く喜んでくれたのだが、直ぐに大事そうにしまい込んでしまったのには苦笑した。
一応、その他のメンバーにもお土産を買ってから、俺は宿の受付嬢から聞いた武器屋へと向かう。
そこはサーティッツと言う店名の武具店で、俺の希望した条件、品揃えが豊富という店らしかった。
期待を込めて、俺はドアを開けて中に入る。
「いらっしゃい」
中に入ると、眼鏡をかけた感じの良い老人が声をかけてきた。
どうやら店主らしく、店の中央に置かれた番台風の所に座り、そこから店全体を眺めている感じだ。
店は夜と言う事もあってか、俺達以外に人がいない。
淡いランプが店内を良い感じに照らしているので、武器が並んでいる割には、どこか落ち着いた雰囲気を持っていた。
眼鏡をかけ直す仕草をし、店主は上目遣いで俺達を再度確認する。怪しいと思われているのだろうか。
「どんな物が欲しいのかね。子供用は、残念ながら切らしているがね」
そう言って、アニーをチラッと見る。それを感じ取ったアニーが、俺の足元へと身を隠した。
「いや・・・普通の武器を見せて欲しい・・・・」
と言って周りを見渡すが、どっちかと言うと防具類が多く、武器は殆ど無い。
あってもチンピラが持っていた様なナイフの類か、雑貨的な刃物、或いは拷問器具の様な変な物しか無い。
品揃えが豊富って、こう言った事を意味した分けじゃないんだがなあ。
「生憎と、殆どの武器は売り切れたよ。大体が入荷待ちでね。まあ、騎士団とかその辺が優先でね。分かるじゃろ」
成る程ね。戦争が近いってんで、一般用にまで出回らせる余裕は無いって事らしい。恐らく、ここにあった武器も優先して掻き集められたんだろう。
防具が多いのは、武器と比べても摩耗率が低いのかも知れないし、サイズ合わせの関係もあって、たまたま残っていると見るべきか。
だとしたら、他に武器屋があったとしても、きっと同じなんだろう。もしかしたら、ここよりも酷い有様かも知れない。
品揃えが豊富ってのは、こういった意味だったのか。
「お前さん達、どこから来たね。 この辺じゃあ、見ない顔と服装じゃが」
「えっと・・・・俺達、森の近くに隠れ住んでいたんです」
「ほう? すると、落ちぶれ貴族様か。 今頃になって、立身出世の機会を掴みに来なすったかね」
「え~、まあ、それも含めて色々ありまして」
まさか、武器を人化させて、戦力を向上させるなんて言えないよな。知識が豊富そうなニオルトでさえも知らなかったんだし、そんな事を話したら頭が変な奴扱いされちまう。
「どんな戦闘スタイルを得意としているのかね。見た所、お前さんは接近戦には向いておらんようじゃが」
俺の事をジロジロと見た店主が、勝手に決めつける。
まあ、これが一般的な俺に対する評価だろうな。
「えっと、仲間も居るので、そっちの分も必要・・・仲間は、接近戦も大丈夫だ」
それを聞いて、店主が顎を摩り暫く思案していたが、「ちょっと待て」とだけ言い残して部屋の奥へと消えていった。
その間、俺は店の中を歩き回り、何か無いかと探す。
アニーもそれに付いて回った。
前から思っていたんだが、彼女達は武器から人化したからか、他の武器への関心はあまり高くない。
やはり、目ぼしい武器は何もない。鎧なんかは、とっても立派なものが揃っていたりするが、俺には使えないし、重そうで例え身に付けても禄に動く事ができないだろう。
昼間のチンピラ達との戦闘を思い出し、もしかしてと思って念の為に触って見たが、非常にガッシリとした作りで、俺が叩いた程度ではビクともしない。
ヒューマス、及びそれ用の装備が極端に柔いと言う分けでは無い様だ。
やっぱり、昼間のチンピラ達が情けないだけだったのか。
いや、俺もモンスターと何度か死闘を演じたのだ、もしかしたら、アニーズでは拾えない隠しパラメーター的な物が・・・・・
そんな風に考えていた時に、店主が奥から戻ってきた。
随分と埃っぽい木箱を数個、分ける形で運び出してくる。それを机に並べると、一つづつ開け始めた。
「これは?」
大小の大きさのそれぞれの木箱の中には、何やら部品の様な物が収まっている。
「儂の所に持ち込まれた、売り物にならない武器じゃよ」
そう言って店主は、木箱からそれぞれの部品を取り出すと、その場で組み立て始めた。
完成すると、騎士が持つ様な紫色のランスが出来上がった。長さは、約三メートル近いだろうか。
ただ、継ぎ目部分が膨らんだ節状に連なっていて、見た目が不格好だ。
それに、無駄に太い。
「ランス・・・・か?でも、使い物にならないって?」
「持ってみろ」
言われるがままに持ち上げようとしたが、見た目のまんまに、とんでもなく重い。
持ち手の鍔と言うか、傘状の部分より更に少し前にも取手があるのだが、それを利用して持とうとしても、腰を屈めて太ももに乗せているのがやっとだった。
それでも水平に保つのは難しく、先端部分がプルプルとブレる。
これ、俺じゃなくても無理だろ。
「作った奴の言い分じゃ、戦況に合わせて長さを変えられるなんて言ってたがな、ご覧の通りに馬鹿みたいに重い。 余程の力持ちでもない限り、馬に乗って構えるどころか、普通に使うのも無理だ」
その後、貸してみろと言われて店主に返すと、再びバラし始める。
一番先端に当たる部分の継ぎ目、根本付近を半回転程させると何かが外れ、そこを引っ張りだした。
すると柄の様になり、少し短めのランスと言うか、槍みたいになる。
中間部分も同じ事が出来るらしく、長さ調整だけではなく、使おうと思えば三人分の武器にもなる様だ。確かに、これでは重いはずだ。
だが、使われている技術は相当に高い。
「コッチの先端部分なら、子供にも何とか使えるじゃろう」
そう言って、店主はアニーに見せる。だが、アニーは再び俺の足元に隠れた。
「いや、この子は使わないから」
「そうだったか」
ポリポリと頬を掻いた店主は、再びランスの一番大きい根本の部品を弄り始める。
今度は、柄の部分が外れ、クロスボウの様な物が出てきた。
何だよ、この合体メカみたいな武器は。
「ほれ、この通り。柄の部分を外せばクロスボウになるし、コッチの根本も、逆手に持てばメイスになる。 お前さんには、こっちのクロスボウの方が良いのではないか」
ちょっと魅力的ではあるのだが、この武器、人化するとどうなるのだろう。
一応、アニーズで確認したら、組み立てた状態では『ランス』と表示され、バラされたらそれぞれに『槍』『メイス』『クロスボウ』と、店主の説明通りに判別された。
それぞれに関しては特筆すべき説明も無く、単に合体する機能がどうのと言う文言と、それぞれの使い方と言うか、合体分離の仕方が詳しく書かれている。
こんなところだけ、何で丁寧に情報を出せるんだ。
それにしても、人化したら三体、或いは四体合体とかするのか。何だか変な想像をして、俺も大分難しい表情をしていた様だ。
「まあ、おかしな武器ではあるが、無いよりはマシだと思うんだが・・・・どうするね」
言われて暫く考えたが、恐らく、この国でこれ以上の武器を調達できるチャンスは無いだろう。
それに、バラして持って行けるのもありがたい。外に運び出す時も目立たないだろうしな。
「分かった、幾らだ」
「いや、タダで持って行け」
「え?」
どうやら、店主にしてみれば在庫処分が出来て丁度良いらしい。何となく、厄介な品を押し付けられた気にもなったが、タダでもらえるならコッチも文句はない。
「それにしても、この武器を作った人は誰なんだ。相当、腕が立つ様だが」
「ぶっ、はははは。 それを作ったのは、チャキウスとか言うただの変人じゃよ。
唯の鍛冶屋だったのに、自分の道楽に走った武器ばかり作りおってな、今では借金が原因で夜逃げしたそうだ。
全く、まともな武器さえ作っていれば、こんな事にならなかった物を」
店主はそう言って大笑いしたが、俺的にはその人物の事が気になった。
発想は奇抜だが、これだけの機能を盛り込みながらも強度も確保している当たり、唯の鍛冶屋だとしても凄腕だろう。それに、そのチャキウスと言う人物が作った道楽に走った武器にも興味がある。
「今、その人はどこに?」
「さて。 噂では連合王国に逃げたとも、シーゼスに逃げたとも言われているが、本当の所は分からん」
「チャキウスが作った武器は、他には無いのか」
「お前さん、あんな物が欲しいのかね。やっぱり、どこぞの貴族様か。 まあ、止めておけ。 大抵の物は実戦で使われて、殆どが失われておる。 その際の評価も散々でな。買った者からもクレームが来て大変だったんじゃよ」
それでも懲りずにチャキウスは、奇抜な武器を各店舗に持ち込んでいたらしい。
評判が評判だけにまともに取引をしてもらえず、店主の店にあったこの組み立て式ランスも余りにもしつこく頼むので、半ば手切れの様な形で入荷したと聞かされた。
それを聞いて俺も何となく不安になってきたのだが、個別のパーツを触る限りではどれもしっかりしているので、使用に関しては問題なさそうだ。
ただ、俺にランスとして扱えるかどうかは疑問だが。
一応、何も買わずに店を出るのは失礼だと思い、日常使い用にナイフを購入した。
刃渡りは十センチも無く、本当の意味での日用品らしい。
実際、アニーズで確認しても武器として認識はされず、日用品と言う新しい情報を目にする事になる。
でも、敵を攻撃したら武器に変化する可能性もあるだろう。
その後、店主に礼を言って俺達は店を出た。背中には木箱を背負って。
翌日の早朝、人の姿が疎らな内に俺達は街を出た。
衛兵にまた呼び止められないかと冷や冷やしたが、出て行く相手には特に注意を払わないらしく、すんなり外に出られた。
そのまま、みんなが待つ森へと移動する。
「合言葉、こうばい、つきげ!」
到着するなりアニーが決めていた合図を台無しにするので、持っていた物を思わず落とす俺。
「・・・・アニー、お前は"合言葉"だけ言えば良かったんだよ」
「あ、そうだった」
テヘペロと言った感じの表情をするアニー。同時に、みんながゾロゾロと出てきた。
「お帰りなさいですわ。我が君」
「ああ、ただいま。 何か、変わったことは」
「いえ、ありませんでしたわ。 今の所、東に向かったユーカ達からも、特に何かがあったと言う報告もございません」
ここではイユキがリーダーの役目になったらしく、各種の質問に対して返答する。
一通り聞いた所で、街からのお土産をイユキ、リディ、ローナに渡した。
唯の髪飾りな上に、俺のセンスで選んだのでどう反応されるかと思ったのだが、物凄く喜ばれた。
まあ、その後、アニーと同じ様にしてそれぞれが直ぐにしまったので、こっちとしてはどう受け取って良いのか分からなかったが。
喜んで・・・・くれたんだよな?
営業スマイル的な物じゃないよな?
ユーカ達が一日で着いていたとは驚きだが、更に村まで発見して、とっくの昔に監視体制に入っていたのにも驚かされた。
少なくとも、村を探すのには手間取ると思っていたのだが、特にコチラからの助けを出さなくとも自分達で完遂する辺りに、何と言うか、森の中では色々と苦労した感じだったのだが、ここに来て全体の成長を感じられる。
当初、どこに行くかで迷っていたのだが、結局、ミズツノシシオギの行方が全く分からなかったので、闇雲に動くよりはマシだろうとイフィールが言っていた方角の町や村を目指す事にした。
レパンドルと言う国に来たのは単なる偶然で、特に選んだ分けでは無かったのだが、動乱の只中と言うのは、そこに住んでいる人達には悪いが、俺達にとっては色々と好都合かもしれない。
実際、森への監視体制も見られたのだが、どこか隙が多いと言うか、手薄さを感じた。
恐らくだが、何時来るか分からないモンスターよりも、目の前の脅威に対応しているのだろう。
それだけでも、活動し易くなっていると言える。
因みに、イフィールの事もそれとなく探したのだが、見つける事はできなかった。
まあ、警戒が強化されている、あるいは戦争の雰囲気がある所を避けた可能性もある。
「ところで、主君よ。何を持ってきたのですかな」
降ろした木箱を見て、リディが興味を持つ。そこで、中身を出して説明してやったのだが、途端に興味を失った。
まあ、予想通りの反応だ。
改めてランス状態の物を持とうとしたが、やはり重くて使い難い。
まあ、これでも、みんなの力を借りたらレベルアップは可能だろう。
俺が普段装備できるとしたら、店主が子供にも使いやすいと言った先端を槍に変化させた物と、クロスボウくらいか。
中間タイプの物も何とか使えない事は無いが、ちょっと握り部分が太すぎて持ち難い。逆にメイスは握りやすいのだが、重すぎて振り上げるのもやっとだ。
取り敢えず、槍とクロスボウを俺は普段の持ち歩き用にし、後はリディに木箱ごと括り付けて運ばせる事にした。
リディ本人は他の装備を持つことを拒否するが、鎧を通じてなら大丈夫らしい。
ただ使い慣れた武器以外は気に入らないらしく、合体ランスを持つのは断られた。
いや、やはり何かあるらしく、少しだけ持ってみてくれと言う俺の願いも、全力で拒否してきた。
木箱は大丈夫なのに、武器は駄目って意味が分からない。
この後は多少の寄り道はしつつも、東の村を目指す事にした。
イユキの見立てによると、このメンバーの移動速度では、寄り道を含むと到着には四日から五日はかかるらしい。
何にせよ、新たな情報が手に入ると良いのだが。
執務室に籠もり、セイレアヌは、書類の束に目を通していた。
本来であれば、国王たる弟のラウナルがやるべき物も混じってはいるのだが、彼の負担も相当な物だったので肩代わりしていたのだ。
もっとも、そこには姉としての苛立ちの様な物も含まれており、仕方なくやっている部分もある。
気弱で優柔不断なラウナルは、資質的に王には向いていないと内心思ってはいたが、それでも身内ゆえの贔屓目と、慣れたらきっと成長してくれると言う考えもあって、敢えてその部分は見ないようにしてきた。
しかし、結果が伴わないと言う現実に、どうしてもお節介を焼かずにはいられなかったのだ。
そうした書類の一つに、ある騒ぎを起こした者の処分に付いての文面を見て、セイレアヌは手を止めた。
それは間者らしき男が暴れ、その捕縛に一騒動あった事が詳細に書かれてもあった。
この出来事は、セイレアヌも覚えている。
その日は確か、怪しげな連中が幾人も捕縛され、その内の数人を彼女も直に確認していた。
その中の一人が、遠目から自分を確認した途端、急に暴れだしたらしい。
実際には、セイレアヌは揉めている状況を見ただけだったので、そうした顛末は後で聞いて知った。
後の報告によれば、暗殺者の可能性もあったとの事だった。
その男は周囲を振り切ってコチラへ走ってきたのだが、辿り着く前に他の兵士によって叩きのめされてしまい、再び拘束されている。
その後も、男は一切口を割らず、結局はどこの所属かは分からないらしい。
有益な情報を得られない以上、留めておく理由は無いと言うのが書類の内容だったが、要は殺して良いかと確認してきているのだ。
戦争間近の緊迫した状況とは言え、人の命を軽んじる様なその異常さに、彼女は思わず目を伏せた。
何時かは、自分もその手で誰かを殺さなければならないだろうが、今はその時では無い。
そう自分に言い聞かせると、その書類を保留の仕分け箱の方へ置く。
「偽善的ね」
書類を分けた後、自分のその行為に改めて自嘲気味に笑う。
間接的にとは言え、セイレアヌは既に多くの人の生き死にに関わっているはずだった。
特に辺境に当たる村は、自分の決断によって運命が左右されてもいる。
少なくとも、優先順位はかなり下として扱われていた。
それは同時に、そこに居る者達に死ねと言い渡した様な物だ。
今更、一人の間者の命を助ける真似をして、何が変わると言うのか。
(そう言えば、小さな子にまで疑いをかけていたっけ)
大きな騒動や、幾人もの捕縛者が出てきた為、いちいちそれを覚えていられなかったセイレアヌは、そうした連中の中に小さな子が居た事だけは思い出したのだが、色々あり過ぎて、特に印象に残っていない事は思い出せない。
逆に言えば、彼女にかかる重責と仕事の量が半端ではない事を物語っていたのだが、それを自覚する事はなかった。
ただ、その子供に何かしらの引っ掛かりを覚えたが、何も浮かんでこない。
名前を聞いた様な覚えもあるのだが、どうしても出てこなかった。
むしろ、ここ最近の大きな心配事であるユールフィア及び連合王国との交渉の失敗が頭をもたげ、思考がどうしてもそっちに引きずられる。
気が付くと、彼女はどこで間違ったのかを探し、どうしたら良かったのかの反省や後悔を繰り返すのだった。
セイレアヌが書類の山に追われていた日の夜、同じく王城内の一室にも明かりが灯り、忙しく働く者が居た。
その者の名はニオルト。
避難民の申請や、それに類する書類関係の作成、確認に追われていたのだ。
ここ最近、急激に外から流入してくる人間が増え始めており、その対処は彼に一任されていた。
怪しい連中は警備の兵や専門の部署が対応してくれるのだが、それ以外は必然的に彼の預かりとなる。
むしろ前者の方は後者に比べると少数であり、日に日に彼の負担は大きくなっていったのだ。
この状況に少なからずニオルトは怒りを覚えていたが、それは忙しさにではなく、無責任に王都に逃げ込む連中に対して向けられてもいた。
ただ同時に、彼は少数の人間を少なくない繋がりで優先的に受け入れてもいたので、仕方がない事かと逆に考えようとする矛盾も抱えている。
戸籍確認やそれに当たる仕組みは、この国にはまだない。
一応、村長や代表的な人間がある程度の名簿を提出してはいるのだが、それとて毎年更新されている訳ではなく、おまけに家長のみが記されているだけなので、それを辿る形でしか確認する術がない。
それ故に、王都に住む親戚筋等の記憶に頼る部分も多く、結構適当な部分もあった。
どの道、新しく入った連中には手形が発行され、それが無いと暮らせない様にはなっているし、顔なじみが無い連中は直ぐに怪しまれるので、小国故の長閑な信頼性が今の所は最大の頼りとなってもいる。
これに関し、ニオルトは最近限界を感じる様にもなっていて、新しい仕組みが必要だと考えてはいたが、戦争が差し迫った今の状況では、大きな変化は返って混乱を呼び込むだけだとも理解していた。
そうして、多くの人間を不完全な仕組みで取り扱う中、彼は日々出会った人々でさえも、特に重要ではない記憶は薄れる傾向にある。
ただ、そんな中にあっても、時々、妙な連中数名を何の脈絡も無く思い出すこともあるが、やはり、日々の業務に忙殺されると普段は積極的に思い返す事もない。
それに関しても、ニオルトはただただ目の前の仕事に集中し、早く終わらせる事だけを考える様にしているつもりだったので、特に問題視していなかった。
確認の仕組みは他にも用意されているし、手続きを終えて以降は、むしろ警備の兵に委ねられるので、そちらの方に逆に全幅の信頼を置いて一任していたからでもある。
そして、その日も突然、ある連中をパッと思い出した。
そのキッカケは、今日入ろうとした人間の書類が見当たらない事にあった。
どこに落としたと探している内に、そう言えば、申請無しで宿に泊まれる手配をした連中が居たと思い出したのだ。
ただ、探しながらふと浮かんだだけだったので、深くは掘り起こさない。
(確か兄妹だったか? 姫様のご厚意で特別扱いとなった様な・・・・名前は・・ハとか何とか・・・?)
「おっと、あった。これだ」
必要な書類を見つけた瞬間、彼の脳裏からは直ぐに思い出そうとした人間の情報はシャットダウンされ、彼なりの戦いを深夜まで続ける覚悟をしたのだった。




