~謎の勢力~ -1. 小国の危機
デファーナ大陸の西側中央から、やや東寄りに位置する小国レパンドルは、深刻な事態に直面していた。
北の大国、シーゼスによる本格的な侵攻の兆候が見られ、その対応に追われていたのだ。
事の発端は大陸の南に広がる広大な森林地帯、通称、ジュデの森で一ヶ月ほど前に起きた異変にあった。
その日、森の中央付近に黒い柱の様な物が立ち上っただの、巨大な水柱が落ちてきただの、これまでに聞いた事も無い様な現象が、森近くの村や砦から報告されてきたのだ。
中には、山程もある巨大なヴィーダルを見たなどという目撃もあり、それが本当だとしたら世界の終わりが近い事にもなる。
ヴィーダルとは、モンスターの中でも飛び抜けて巨大で、それに見合う攻撃力と耐久力を持ち、更には天変地異を引き起こす多数の魔法を持つ事でも恐れられている。
一度暴れだしたら、人の手では止める事ができない存在だとされているが、ある時期を境に、その全てが滅んだと言われてきた。
それ故に不確かな情報とは言え、レパンドルを始めとした周辺国は大騒ぎとなっていたのである。
ところが。
その後は目撃情報がパタリと止み、以降、森には大した異変も見られず、むしろ不気味な程に静まり返っている。
元々、ジュデの森は人間にも利用されていた唯の森林地帯であり、レパンドルもその恩恵を受けてきた国の一つであった。
モンスターもそこそこ住んではいたのだが、脅威になる程でもなく、互いに良い距離を保って少なからず共存できていたのだ。
しかし、ある時を境にして、ジュデの森は強力なモンスターが徘徊する恐るべき場所へと変わり、その恩恵が得られなくなってしまった。
最初に異変があったその日、森が不気味に紫色の光を放っていた事から、かつて存在したと言われる外道魔道士リックスに擬え、その異変をリックスの日と呼んで忌み嫌う者も居る。
リックスは、独自に魔法獲得の方法を編み出し、それが発動する際、魔法陣が紫色に光っていたと言う伝説があるので、そこから来ているのだ。
その獲得の方法は、身の毛もよだつ物であり、しかも実践しようと思ったら誰でもできる可能性もあった為、簡単に禁忌を超えられる手法であった事から、世間的には今も危険視されている。
そうした戒めも含め、以降、人間は森へ簡単に入る事ができなくなってしまった。
気まぐれか、或いは意思を持ってかは知らないが、この頃から積極的にモンスターも攻めて来る様になり、少なからず人間側の領域にも度々踏み込む事態が起こった。
種類によっては、たった一匹が大規模兵団に匹敵する力を持っていたので、必然的に、その脅威へ備える必要が出てきたのである。
こうした傾向は、微妙に保たれていた各国のバランスまでをも崩してしまい、紛争が絶えず起こる様になってしまう。
そして、それを好機と捉えたのがシーゼス王国で、各国が脅威に備え、更には少なからず損耗を強いられる中、ジュデの森とは適度に距離が離れていた為に勢力を拡大。
それまで、東側のもう一つの大国、ロウバル連合王国がシーゼスとは拮抗を保っていたのだが、同国も防衛に手一杯になった事で、他国への支援が滞り、それを良い事にシーゼスは小国の幾つかを滅ぼし、或いは支配下に置いていった。
レパンドルもこのシーゼス王国と少なからず対立して来たのだが、地形的な事が理由で、非常に微妙な立場に置かれる事になる。
レパンドルは歴史的にロウバル連合王国と友好関係を結んではいたが、シーゼスの侵攻により連合王国が領土の一部を失った事で、国境が遠のいてしまった。
これにより、隣国であるユールフィアを挟んで各支援や協力を受けられてはいたが、別の国を挟んでの援助関係は何かと問題が多く、レパンドルは十分な助けが得られない状態が続く。
極論すれば、レパンドルはロウバル連合王国の勢力の中でも、飛び地に近い形でシーゼスと接する形となってしまったのだ。
ロウバル連合王国は、直接繋がるユールフィアには優先して支援を行ってはいたが、その先のレパンドルに対しては腰が重かったの問題であった。
と言うのも、レパンドルより更に東にある国々も、当初は連合王国に味方していたのだが、シーゼスの力の前に次々と屈服、隷属する形となっていた。
レパンドルも、それと同じ道を辿る可能性があるとして、その際の損失を恐れ、本格的な支援を渋られたのである。
しかも、東の国々が屈服したその責任の一端が、レパンドルにあるとも考えられていた。
実際、連合王国から東の国への支援等は、レパンドルが行っていたが、所詮は小国である。
大国の不文律が当てはまるはずもなく、膨大な支援体制を上手く捌く事ができず、必要な時に送る事ができない事もあった。
それ以降、連合王国はレパンドルよりもユールフィアの防衛を第一に考え始めたので、それが支援にも影響を及ぼし始める。
実は、ユールフィア自体はレパンドルに対して好意的で、何かと救援の手を差し伸べようとはしていた物の、連合王国の要請などがあって結局は満足に動くには至っていない。
こうした扱いは、やがてレパンドルと連合王国に微妙な亀裂を生むに至り、次第に連合王国もレパンドルを疎ましく思う風潮さえ出てきていた。
それ故に、レパンドルは度々シーゼス、又はそれに与する国による攻撃を受け、外縁に位置する村等が略奪行為に遭ったり滅ぼされると言う目に遭う。
もっとも、そうした嫌がらせは森に異変が起きる以前からあったのだが、これまではロバウル連合王国の牽制により、本格的な侵攻だけは避けられてきた。
飛び地的で無かった頃は、レパンドルも連合王国には近く、シーゼスと言えども、迂闊に手は出せなかったのである。
しかし、今回、再び見られた森の異変によって、連合王国が防備を固め始めたのを、シーゼスは好機と捉えたらしい。
と言うのも、連合王国が警戒しているのは何も森の異変その物ではなく、大陸中央に横たわるルッター山脈を挟んで更に西に存在する三つの大国、テロータ帝国、ラウナー公国、ルーマン共和国の動きを特に気にしなければならなかったからだ。
実際、連合王国がシーゼスとの拮抗状態を失ったのは、森の異変と言うのは間接的な理由に過ぎず、同じくそれを好機と見たラウナー公国による侵攻、さらには帝国か共和国の何れかによる破壊工作を許してしまったからであった。
そうした経緯から、連合王国の備えは国内に向けられ、特に飛び地であるレパンドルへの支援は、関係悪化もあって更に蔑ろにされるだろうとシーゼスは見たのだろう。
実際、今の連合王国では、レパンドルに対して本格的な支援や軍隊の派遣、或いはそれに類する行動を取る余裕は無かった。
一番最初に起こった森の異変による混乱から、連合王国も完全には立ち直っていなかったのだ。
そうした事情から、レパンドルは支援を期待できない状態で、シーゼスを相手に本格的な戦争を覚悟しなければならなかったのである。
「ダガスド、ユールフィアのゼスル殿からの返答は」
「申し訳ありません、殿下。現在も交渉中です。今少しお待ちを」
「その時間が無いのよ、急がせて。 スタリファ、兵の展開は」
「はい。 フォーメル様率いる第一、及び第三から第五騎士団、並びに千人規模の兵が、国境の北東付近に展開を完了しました。ですが・・・本当によろしいのですか。 これでは、モンスターへの備えが手薄になります」
「仕方がないわ。 幾ら異常が目撃されたとは言え、何も起こっていない所に兵を割く余裕は無いもの。 森付近の砦の方に、通達は出しましたね?」
「はい、その辺は抜かり無く。ケーニグル様が率いる第二騎士団も密かに展開中です」
「よろしい」
石畳の廊下を、ブーツの音を高らかに鳴り響かせながら、レパンドルの第一王女、セレイアヌ・ホバートは歩いていった。
その後ろから、屈強そうな体躯を持つ中年の男、ダガスド・ゴーランと、女騎士、スタリファ・タリアヌが付き従う。
「陛下、連合国からの返事は!」
「あ、姉上・・・その、まだみたいです・・・・」
三階に続く石段を登り、会議室のドアを開けると同時に、セイレアヌは自分の弟にして現国王、ラウナルに呼びかけた。
「姉上ではありません。 騎士団長です」
「ア、ハイ、騎士団長」
「陛下、もう一度催促なさい。事は一刻を争うのですよ」
王になってまだ数年と経っていないラウナルは、日々の業務を熟すのもやっとと言った感じであったのに、ここに来ての緊急事態に完全に浮足立っている様に見える。
それをセイレアヌが支え、王としての体裁を何とか保たせようとしていた。
それを見たダガスドは、少し深い瞬きを俯き加減に一回だけする。
セイレアヌもまた、必要以上に無理をしている事を痛ましく思ったからだ。
ジュデの森が変わってしまって以来、多くの兵士が命を失い、その中で何時の間にか古株の一人となっていたダガスドは、昔からの王付きの一族として、幼少の頃からこの二人を知る数少ない側近の一人となっていた。
それだけに、過酷な運命に懸命に向き合おうとするこの若者達の姿を見ると、全てを自分が背負えたらと言う思いが込み上げてくる。
しかし、この二人なくして、レパンドルと言う国は守る事はできないだろう。
父親でもあった前王は、モンスターとシーゼスの警戒に明け暮れて倒れたが、それでも良く国を結束させ、今日まで守ってきたのだ。
その背中を見て育った二人が、自らの意思でその重責を降ろすとは考え難い。
「落ち着け、セイレアヌ・・・と、騎士団長殿でしたな」
そう言って茶化したのは、参謀を務める騎士の一人にして、セイレアヌ達とも幼馴染の一人、アライアル・エンケーレであった。
ダガスドと同じく、彼も王家に仕える一族の一人で、元は北方の名門からこっちへ婿入りした貴族の末裔でもある。
もっとも、その血縁筋は、今やシーゼスによって取り潰されたらしいが。
「何か・・・あったわね」
アライアルは何も言っていなかったが、長い付き合い故に感じ取る物があったのだろう。セイレアヌは、彼が話す前に問いただす。
「実は・・・数日前の話なんだが、東部外縁付近にあるロンダル村が襲撃されたらしい。
前から、怪しい連中が彷徨いていた話はあったんだがな。
更にあそこには、ロータル村とセウネインの村がある。さて、どうしたものか」
それを聞いて、セイレアヌは親指の爪を噛んで、苦悩する顔を隠しもしなかった。
最近、彼女のストレスは過大に掛かっていると言ってもいい。
特に、解決に至る提案や策を幾つも重ねているのに、その殆どが満足の行く結果が得られていないのだから、仕方がないだろう。
また、連合王国のレパンドル切りが加速している事にも、焦りを覚えていた。
「あね・・・騎士団長、救援を向かわせては」
「駄目よ、重要拠点の配置段階でも手一杯なのよ。明らかな陽動に引っかかるなんて・・・」
そう言いながらも、セイレアヌは眉間に皺を寄せる。
姫らしく、苦悶の表情さえも美しい。
村に退避命令を出す事もできるが、簡単に住んでいる所を捨てろと言うのは躊躇われた。実際、今のレパンドルには、その土地を捨てた人間を養ってやる程の余裕がない。
ただ逃げろと言っても、その後をどうするかも考えなければならない。
そこまでは、食料問題も含めて今は手が回らないのだ。
そもそも、連合王国との関係悪化以来、レパンドルは食料の生産に関しても問題を抱えていた。
村の放棄と言う選択肢は、ある意味では国全体が餓死に向かう意味も持っている。
正に、八方塞がりとなってもいたのだ。
村には一応の戦力もある。今は、彼らの奮闘に期待するしかない。
だが、ロンダル村が滅ぼされたのは、危惧すべき問題だ。
通常であれば、小競り合いや嫌がらせ程度でしか無い為、これで終わるはずなのだが、今回は違う。
アライアルが他の村の名前を上げたと言う事は、敵はまだ襲ってくる可能性があると言う事だ。
そして、その戦力規模も、これまでの野盗程度では無いのかもしれない。
セイレアヌは、自分でも知らずに、腕に爪を食い込ませていた。
「こっちだ、さっさと歩け」
会議室を出たセイレアヌは、更に複数の関係者を連れ立って、連合王国と交渉が出来る人物の下へと向かっていたが、その途中、気になる光景を見て足を止めた。
恐らく警備の兵士だろうが、その者達に連れられ、襤褸をまとった二人組が連行されて行く。
この時期、怪しい連中を取り調る為に連行する光景は珍しくも無いが、その二人はいささか違う様子を呈している。
なぜなら、その内の一人は小さく、傍目からは子供に見えたからだ。
それを見たセイレアヌは、思わずそちらへ歩を進めようとするが、それをダガスドたち取り巻きが慌てて止めに入る。
その為、かなりの距離を開けてしか、警備の兵士たちとは話ができない。
「どうしたのですか。この者達が何か?」
「ハッ、セイレアヌ姫・・・・いえ、騎士団長様。怪しい二人組が城内に入ろうとしていたので、尋問の為に連行中であります」
姫と聞いてセイレアヌが険しい顔をしたので、慌てて代表らしき兵士が訂正しつつも敬礼を返す。
レパンドルの王都は城壁に囲まれ、その中に町がある。いわゆる城塞都市の様な作りだ。
こうした城塞都市は、レパンドルがかつて大国であった名残の一つとも言える。
もっとも、今では内紛や他国の台頭により、全く見る影も無かったが。
城塞都市と言えども、本来であれば物流を優先して、人の流入に関しては寛容であったのだが、森の異変を受けて以降、その辺を厳しくしていた。
恐らく、それに引っかかったのであろう。
ただ、普通であれば、入口付近にある詰め所等でそうした尋問が行われるのだが、戦争が近い今は、その規則も変わっていた。
もし、捕えた相手が本当に間者であった場合、不用意なトラブルを避ける為、より厳重な場所で、そうした取り調べ等を行う様に指示が出されている。
もっとも、セイレアヌ自身は、このやり方は余りにも過剰だとも考えていたのだが、その手法自体が古くからの仕来りに近い上に、ダガスドと言う経験ある年長者からの提言とあっては、聞き入れない分けには行かなかったのだ。
それを踏まえつつも、セイレアヌは、小さい方の人物に顔を見せる様に促す。
案の定、まだ五、六歳と言った感じの女の子が現れた。ただ、襤褸をまとっていた割には服も含めて小奇麗にしている。
「その方も、まとっている物を取れ」
もう一人にそう命じると、そろそろと布を外していく。すると、やはり小奇麗にしている男が姿を現した。
距離が離れてはいたが、顔立ちがこの辺の者ではないと分かる。
「何者です。今のこの時期、我が国に何の様があって来たのですか」
目を細め、セイレアヌはその見慣れぬ男を真正面に捉える。
自分では真意を見抜くつもりでそうしたつもりだったのだが、その男から発せられる妙な魅力にどうしても興味が湧いてしまい、むしろ、そっちの方に意識が向いてしまう。
その為、自分で見つめておいてから、目が合った瞬間に、思わず顔を僅かに反らせた。
「俺達は・・・ケインケネス村の生き残りだ。今まで、隠れながら生きてきたんだが、森の異変を見て、コッチに避難してきた」
「ケインケネス村?」
セイレアヌには聞き覚えの無い村の名前だった。振り返ると、ダガスド達も首を振っている。
「どこにあるのです。その、ケインケネス村と言うのは」
「・・・分からない。森の近くにあったのは確かなんだが、数年前に滅ぼされて今はない」
数年前と言えば、ジュデの森に異変があった頃だろうか。
その混乱期には、幾つもの村が乱立しては滅んだと言う話もあるが、明らかに怪しい。
村が本当にあったとしても、身なりが村人に見えない。かと言って、貴族の様にも見えない。一体、何者なのか。
「あの、従姉妹が疲れてしまって、それで安全に休憩できる場所を本当は探していたんだ。休んだら直ぐに出て行くので・・・・。
何なら、城壁の側に少し居させてもらうだけでも構わないんだ」
暫し思案した後、セイレアヌは城内で休憩する事を了承する旨を伝えた。
「ひ、姫様、よろしいのですか。こいつら、明らかに怪しいですよ。
シーゼスの密偵と言う可能性も・・・・」
連行してきた兵士が至極真っ当な事を言ったが、それをセイレアヌが手で制する。因みに、姫と呼んだ事に対して睨みつけたのだが、向こうの方は気が付かなかった様だ。
「念の為、名前を聞いておきましょう。
私の名は、セイレアヌ・ホバート。この国の騎士団長を努めています」
「俺の名前は、ハルタ。この子はアニー。
その・・・・本当は遠くから逃げてきて・・・・」
「そう言う事にしておきましょう。他に、何かして欲しい事は」
それを聞いたハルタと名乗った男が、服の内ポケットから幾つかの宝飾品を取り出してきた。
「ここで使えるお金に、変えてもらえないだろうか」
男が見せてきた物を取り巻きに取りに行かせ手に取ってみると、専門家では無い自分にもかなりの値打ち物だと分かる。
やはり、どこぞの国の貴族なのか。だとしたら、見慣れない格好からして、西から来た可能性も出てきた。
もし、そうなら、更にこの者達の素性はややこしい事になる。
だがまあ、今はそれどころではない。
「ニオルト、これらの品を相応しいお金に交換してあげて。それと、私の名前で宿の手配を」
「「え!?」」
部下の一人であるニオルトと、ハルタと名乗った男が同時に驚きの声を上げた。
「い、いえ、そこまで甘える分けには行かない。第一、少し休んだら出て行くし、宿を取るにしても、自分達で支払うから」
「そ、そうですよ、セイレアヌ様。 貴方の名前で、何もここまでしなくても・・・」
「いいから、人の好意は受け取っておきなさい。それに、私はその子、アニーの為に何かをして上げたいのです」
名前を呼ばれてアニーと言う女の子が、ハルタと言う男に身体を隠す様にする。
その仕草に思わず微笑んだセイレアヌであったが、それだけを見ると、後の事はニオルトに任せて再び歩き出した。
「本当に、よろしかったのですか」
そう問いかけてきたのはダガスドだった。恐らく、密偵やその類の危惧を彼はまだ持っているのだろう。本音を言えば、セイレアヌもそうした面を完全に拭いきったわけではない。
「ダガスド。私は、人を信じられなくなったら、お終いだと思っています。
例えあの二人が密偵だとしても、子供まで使ってまで我々の情報を得たいと言うのなら、やれば良いのです。
その程度の事しかできない国は、何れ滅ぶでしょう。そうならなかったとしても、それを命じた人間は地獄に落ちれば良い。
それで父は・・・」
そこまで言いかけて、彼女は言葉を飲むと共に、唇を噛み締める。
それを見て、それ以上に何かを言う者はいなかった。
「ほら、これだけあれば、一年以上はやって行ける。もっとも、戦になれば、どうなるかは分からないがな」
そう言って、その男、ニオルトはお金の入った袋を渡してきた。
ただし、袋自体は更に別のお付きと言うか、兵士に手渡されてこちらに持ってこられたのだが。
ニオルトと言う男自体は、やや高い教壇みたいな所に立っており、更に俺達との間は柵で仕切られている。
そして、その両脇付近には数名の兵士が控えていた。
身分的に随分と偉いみたいだが、俺の見立てでは、彼は十代って感じがするも、話し方や落ち着き方からすると二十代の可能性もあるだろう。
どちらにしろ、若い割にはしっかりとしていた。
宝飾品の交換ついでに、この国における貨幣の概念と価値も教えてもらったのだが、終始怪しまれた。
「戦・・・が、始まるのか」
「本当に何も知らないのか。それとも、ワザとか」
「いや、本当だって。 俺達、訳あって身を隠して生きてきから・・・・」
自分でもちょっと不味いと思った。案の定、ニオルトがジト目でコチラを見ている。
兵士の一人も、僅かに体を震わせた気がした。
「あの、その、戦っている相手は・・・・どこの国なんだ」
「・・・シーゼス。 北に位置する火事場泥棒が得意な卑しい国だ」
そう言ったニオルトは、どこかコチラを探る様な眼差しを向ける。
しかし、ここら辺の地理と情勢に全く疎い俺は、それを聞いてもピンと来てはおらず、それを見られて溜息をつかれた。
「本当に何も知らないのだな、全く」
「知らないついでに、色々と教えてくれないか。
勿論、話せる範囲で構わないから」
それを聞いたニオルトが、空中を指でなぞりながら、各国の位置や関係を大体教えてくれた。
「・・・・なる程。この国は、物凄く大変な状況なんだな」
「まあ、な。
姫・・・・じゃなくて、騎士団長様が色々な策を練ってはくれているが、正直な所、何もかもが圧倒的に不足している。
特に、外縁の村々の存続に関しては絶望的だ」
「村とは?」
「聞いた限りでは、ロータルとセウネインと言う村が危ないらしい」
「コチラに避難させては?」
「馬鹿を言え。それだけの人数、今は受け入れる余裕は無い。
更に言えば、お前達の様な怪しい連中の流入まで警戒するとなると、余計に負担が大きくなる。
連合王国が支援してくれるならともかく、今は、全国民が出来る事をしなければならない。村の犠牲も、その一つ・・・・・」
言ってて、ニオルトも自分で納得してはいないのか、最後の言葉は歯切れを悪くする。
実は言うとニオルトも、件の村の防衛に着いている者から、個人的な避難の依頼を少なからず受けていたのだ。
その者の名前はラッゲインと言ったが、特に深い知り合いでもなく、業務上の付き合いで名前を覚えていた程度の者だった。
だが、その短い付き合いを頼ってきたのだ。
手紙には、悲痛な思いと懸命な願いが込められていた。
恐らく、彼はそれを了承する事になるだろう。それを思うと、自分の言っている事に矛盾を感じたのだ。
「別の事を聞いても良いかな」
何か深刻そうな顔をするニオルトを見て、何か不味いことを聞いたと思った俺は、別の話題を振る。
「何だ」
「青い人間・・・・或いは、モンスターみたいなのが、ここら辺に来たとか、見たとか聞いた事はないか」
「青い人間?モンスター?何だ、それは」
と言いつつも、ニオルトが暫く思案する。
「確か・・・西方の南部辺りに、青色のフォッドと言うモンスターの亜種が居ると聞いた事はあるが・・・・ここらでは聞いたことがないな。それが何か」
「いや、別に」
そう言って、アニーと一緒にニヒヒと笑って誤魔化す。それに対し、余計に怪しげな目を向けるニオルト。
フォッドと言う名称、共通認識で良かったのか。
「それともう一つ、武器が人になるって話、聞いた事はないか」
「はあ?」
「これを持って行け。この書状があれば、城下のサリエルメルと言う宿なら泊めてくれる。場所も、そこに書いてある」
「何から何まで、世話になった。礼を言う。ありがとう、ニオルト・・・さん」
「私じゃなく、セイレアヌ姫・・・っと、騎士団長様に感謝しろ」
「そう・・・そうだな。よろしく言っておいてくれ」
「ああ、言っておく。 本当は、お前達を助けている場合じゃないんだからな。それを肝に命じて、絶対にトラブルを起こすなよ」
「分かった 。でも、俺達を助けてくれた様に、姫様とこの国も、きっと誰かが助けてくれるはずだ」
「はは、そりゃ良い」
ペコリとお辞儀をして去って行く二人を見送った後、ニオルトも足早に移動する。恐らく、連合王国と交渉できる人間との話し合いは、まだ続いているはずだ。
自分も、そこへ早く言って力にならなければ。
「ん?待てよ。武器が人になるって・・・もしかして、アーマルデ・ロイデンの事を言っていたのか」
そう言って振り返ってみたが、既に二人の姿は無い。
何か引っかかる感じはしたのだが、今はそれどころではない。
大体、大昔に存在した、西側に居るとか居ないとか言われている不確かな存在を聞いてどうするつもりだったのか。
それも、一般にはあまり知られていない話であり、ニオルトも噂程度でしか聞いた事がない。
変なモンスターの事を訪ねた事といい、もしかしたら親の仇でも追っているのかも知れない。
しかし、それは今のニオルトには関係が無い事だったので、直ぐに興味を失うのだった。




