滲み出し始めた物
再開しました。また、よろしくお願いします。
ただ、今後の更新は不定期となる可能性があります。
ごめんなさい。
その日の朝は、何故か異様な静けさに包まれていた。
普通なら鳥の声や、はぐれモンスターの唸り声なども聞こえてきそうな物なのに、どこか静かだった。
実際には、そうした音も聞こえなくはないが、何時もよりも遠くから聞こえる感じで閑散とした印象を与えるのだ。
前日に強い風と共に雨が降っていたので、もしかしたらその影響なのかも知れなかったが、ジュデの森で起きた異変の後では、単なる変化も何かしらの前触れの様に感じられる。
しかし、それでも村の朝は何時もと変わらない。
やや泥濘んだ道を井戸に水を汲みに行く為、村娘のヘイナも普段通りに歩いていた。
途中、何人かの顔見知りと出会い、その度に挨拶を交わす。
静けさのせいなのか、良く声が通る為に何時もより丁寧に言葉を交わした。
井戸に到着すると、丁度、自分よりも年下の兄妹二人が水汲みを終え、帰ろうとしていたところに出会す。
「ヘイナお姉ちゃん、お早う」
「お早う、おねちゃん」
「お早う。ペジル、ルミン」
これまた、変わらぬ挨拶を交わし、二人が道の向こうに去るのを見送った後、ヘイナも水を汲み上げ始める。
井戸の深さは約二十メートル位あり、そこから水を汲み上げるのを毎日やるのは大変だ。
日課ではある為に慣れはしたのだが、やはり重労働なのは間違いない。
と言うのも、子供でも使える様に桶がワザと小さく作られているので、自分が持ってきた容器を満たす為には、何度も繰り返さないと行けないのだ。
これが、結構面倒だった。
ヘイナとしては、もっと大きめの桶を用意してくれても良いのにとも考えるのだが、さっきの様な小さな子も使う事や、井戸の上に作られた滑車の耐久性を考えると、やはり、これが限界なのだろうと毎回溜息をつく。
一応の工夫として、引き上げる綱の両端に桶が括り付けられてはいたが、結局はやり方次第なので、根本的な解決には至っていない。
ここ、ロンダル村はレパンドルと言う小国の中にあって、更に東の辺境の地にある為、技術的な面も含め、あらゆる物が不足していた。
ある物と言えば農地と牧場くらいで、それらの管理と維持に明け暮れるているのも、発展を鈍らせる原因となっている。
幸いと言えるのは、モンスターの出現頻度が少ない事くらいだろうか。
もっとも、それは裏を返せば、人の支配による影響に、村が左右されている事も意味していた。
持ってきた容器に水を溜めたヘイナは、額の汗を拭うと一息付く。
慣れた作業だったので特に休憩などする必要もなかったのだが、朝の独特の雰囲気と、何時もより静かと言う特別感からか、少しだけその場に留まりたかったのだ。
だが、直ぐにその静けさは打ち消された。
見張り台の鐘が激しく打ち鳴らされた直後、爆発音と共に台の上部分が吹き飛んだのだ。
それを見て、ヘイナはせっかく満杯にした容器を蹴り飛ばしながら、自分の家へと駆けていった。
立ち上る煙と炎。更には断続的に飛んでくる矢のせいで、村は混乱の中にあった。
どうやら敵襲を受けたらしい事は分かったのだが、相手の人数と位置が特定できない。
直ぐさま鐘が打ち鳴らされ、緊急事態が村全土に知らされたが、その鐘も数度鳴らされたと思ったら、何かしらの爆発音と共に聞こえなくなった。
(攻撃は、矢だけじゃないのか)
村の防衛を預かるガミュー・ウロウルは、二十名近い兵士達に集合をかけながらも、相手の事を出来る限り推測する。
しかし、その結果として導き出される答えは、最悪な物だった。
ただの野盗や、今までの小競り合いを目的とした襲撃部隊ではない。
何かしらの形で魔法を行使する正規軍。
それも、噂で聞いた事のある、ならず者部隊だとしたら。
ガミューは、やたらと後ろが出っ張っている自分の鎧を擦った。
特別な仕掛けが施されたこの鎧は、そのせいで重かったのだが、いよいよ出番が来るかもしれないかと思い、仕掛けの手順を思い返す。
「ザッテス、村長の所へ行け。みんなを避難させるんだ」
「迎撃は? 逃げるのですか!?」
「お前は、村人を先導して逃げろ。足止めは、俺達がする」
まだ若いザッテスの頬を両手で挟み、それ以上の口答えをするなとガミューが戯けながらも凄む。
それで全てを悟ったザッテスは、後ろ髪を引かれる様にして村長の居る家へと走っていった。
「悪いが、お前達には、ここで俺と一緒に死んでもらおう」
ガミューが、緊急事態に集まってきた残りの兵士達を、冗談とも本気とも取れぬ口調で言い放ちながら見回すと、皆、仕方がないと言う風に笑った。
直ぐ様、盾を構えると、彼らは入口付近に向かって移動を開始する。
まだ村の中程に居るので詳しい状況は不明だが、見張り台が攻撃を受けた事からすると、恐らく敵はまだ中には入っていない可能性もある。
もっとも、それは、門番達が持ちこたえていればの話ではあったが。
移動する兵士達の後ろで、ガミューは切り札を文字通りに切った。
防御力を上げる魔法の護符。
かなり貴重な物だが、それだけに効果は高い。
全体に対して物理攻撃への耐性を上げると共に、魔法にもある程度の抵抗力を付与してくれる。
しかも、約半日程度は効果が続くので、村を守る為のアイテムとしては破格であった。
当然ながら、ガミューが個人として用意できる様な物ではなく、王都から特別に与えられた物である。
それもこれも、ジュデの森の異変がキッカケとなっていた。
魔法の護符を受け取った時は、森の異変もたまには恩恵を授かる良い面もあるのだと喜んだ物だが、今となっては別の意味があった事に気が付く。
恐らくだが、王都の連中は、こうした懸念を持った上で渡してきたのだろう。
それを考えると、むしろ自分達の油断と準備不足が悔やまれる。
相手は、下手をしたら敵国の兵士。
それも、森の異変を考えれば、明らかに侵略を目的としている。
だとしたら、小競り合い程度の戦闘では済まない可能性があった。
頭では何となく分かってはいたのだが、辺境の地では色々な物が不足しているので、後回しになる事を普通に受け入れていた面が自分たちにはある。
もっとああしていれば、こうしていれば。
ガミューは、移動しながらも今更な後悔をしていたが、直ぐに気持ちを切り替えた。
今できる事はやった。
ザッテスの連絡を受ければ、村の連中は手順通りに逃げるだろうし、王都への連絡も行く。
上手く行けば、近隣の村からの援軍だって来るかもしれない。
敵の戦力は予想外となる事もあるが、こっちの強固さだって敵には予想外のはずだ。
勝つことはできなくとも、何とかなる道筋は残されている。
そう思い、村の入り口に到着したガミュー達であったが、その光景に絶句した。
門番達が肉塊となって辺りに転がり、更には柵も壊されて、敵の侵入を留める役目を成していなかった。
その有様からして、直感的に魔法が使われた事を伺わせる。
だが、そこに居る敵の連中は見た目だけで判断すると、そんな者は居ないように思えた。
「・・・やっと、ご到着か」
壊した柵を椅子代わりして、座っていた男が立ち上がる。
敵の数は、その立ち上がった者も含めても僅か三人。
門番は、少なくとも八人は居たはずだ。
それが、こんな短時間で肉塊にされる程にボロボロにやられたなど、考え難い。
見たところ、魔法の武器や道具の類は持っている様には見えない。
ならば、一体どうやって。
伏兵を疑って辺りを伺うガミューに、立ち上がった男が語りかけた。
「安心しろ。ここには、俺達だけだ」
人の良さそうに言うその男は、それとは裏腹に、身なりからは歴戦の猛者という風格を感じさせ、そして例えようの無い危険さも醸し出していた。
同時に、ガミューはある嫌な予感を必死で頭から追い出す。
(ここには?)
言い様の無い不安が押しよてきたが、とにかく、今は目の前の敵を排除すべきだ。
奴らは、少なくとも魔装戦士や魔法使いの類では無いはずだ。
魔装戦士なら魔法の武器を、魔法使いなら人前に姿を簡単に晒さないはずだし、既に魔法を発動する準備をしているので、見た目で分かる。
だとしたら、自分達と同じ様に護符を使ったのか。
だが、攻撃用の護符など聞いたことがない。
もっとも、ガミューはその辺に詳しい訳ではなかったので、単に自分が知らなだけだろうと自身を納得させる。
あるいは、本当はどこかに魔法使いが隠れており、それを偽っているか。
どっちにしろ、護符を使って防御力を上げた自分達ならば、多少の魔法攻撃なら脅威とはならない。
「相手は、たった三人だ。複数で囲め。だが、油断はするなよ」
ガミューの号令に、予め決めておいたグループで別れ、敵をそれぞれ囲った。
その場における優位性は、絶対のはずだった。
三百人近い兵を率いていたその男は、今頃は襲撃部隊が作戦を完了させた頃だろうかと思い、ふと振り返ってみた。
しかし、木々に阻まれていると言う以上に距離があり過ぎて、何かしらの変化を感じ取る事は当然ながらできない。
男は、辺境の地をほぼ専門に襲う特別な部隊、通称、ならず者部隊に古くから所属する兵士の一人だった。
やっている事が悪徳過ぎる為か、自分たちの祖国であるシーゼスでさえも、これらの部隊の存在を認めていない。
この為、自分たちの部隊に正式な名称はなく、公式的には存在すらしていない事になっている。
もっとも、それらは公然の秘密にも近く、関係者に限りはするのだが、知っている者は知っていた。
そして、その名称の存在しない部隊は、誰が名付けたのか、何時の間にか、ならず者部隊で通る様になっていた。
そのならず者でも古参の男が率いていたのは、この部隊に似つかわしくない程に初々しい、新兵然とした連中だった。
突然、本国から充てがわれた兵力な為、部隊としても扱いには戸惑っていたのだが、隊長からは既に好きに使っていいとのお達しと、今回の作戦に必要な行動を命令されていたので、それに従い、ここジュデの森に来ていた。
ジュデの森とは、この大陸の南部に広がる広大な森の事で、モンスターが徘徊する恐ろしい場所として知られている。
自分達が所属する国、シーゼスとは距離が離れているので、こうした機会でも無い限りは来ることも無い。
故に、新兵の多くがその噂のみを信じて、どこか腰が引けている。
その屁っ放り腰具合に、新兵を預かる男もウンザリしていた。
隊長には、好きに使っては良いとは言われたが、そこには長年の阿吽の呼吸が存在したので、与えられた新兵達に対しては、一応は正規の軍人としての振る舞いを取る様にしており、それが余計にストレスを溜める原因となっている。
まあ、後で上手く騙して悪事に手を染めさせ、言い訳ができない様に仕立て上げるのだろうが、その前段階を受け持つのは結構面倒なのだ。
ただ、中にはコッチ側の奴も存在するだろうし、居たなら積極的にスカウトするのも良い。
実際、既に幾人かにはそうした奴に目星が付いており、今後の働き次第では取り立てようとも考えていた。
「ビビるな、突っ込まんか!」
木々の中に隠れる様にして立ち尽くすモンスターを囲みながらも、その異形さに慄いて、一向に仕掛ける様子の無い新兵達に痺れを切らせ、男は怒鳴った。
隊長から受けた最初の命令は、新兵達にモンスターを狩らせる事である。
モンスターは強力で、下手をすると三百人居ても敵わない可能性もある。
ただし、それは普通の兵士の場合だ。
その男には、特別な切り札があったので、イザとなればそれを使えば良い。
むしろ、モンスターを狩る目的だけならば、その男が戦えば良かったのだが、今回は更に別の目的があったので、敢えて手出ししなかった。
それは、新兵達にモンスターの恐ろしさを植え付けた上で、後で加勢し、上下関係をはっきりさせる事である。
そして、それは、今後の自分達の行動もやり易くする為の布石でもあった。
モンスターの名前は、ペラ・ガファアンド。
ガファアンドの亜種で、モンスターの中でも弱い部類に入るとされている。
ガファアンド類はその怪力で恐れられているのだが、コイツはそこまで力は強くない。
しかも、機動性を重視して進化を遂げたせいか、厄介な触手も短くなっており、手足も細い。
元々、ガファアンド種は防御力が低い事で知られていたが、この亜種はそれに輪をかけていた。
そうした経緯からか、このペラ・ガファアンドは生存競争に負け、森の浅い所で暮らしている事が多いと言われている。
実際、ペラ・ガファアンドは家畜を専門に狙うとも言われており、ある意味ではヒューマスと密接な関係にあるモンスターでもあった。
それ故に、追い返すだけなら何とかなる相手でもあるのだが、追い詰められて戦う場合は、その限りではない。
弱いとは言っても、それは他のモンスターと比べての話であり、ヒューマスと比較した場合、その強さは、やはり尋常ではなかった。
機動性が高いと言う事は、それだけ足の力が強い事を意味し、実際、その蹴りは重甲冑の兵士すら倒すとされてもいる。
もっとも、それは裏を返せば、機動性を発揮できない様にする事で対処も可能な事を意味しており、それを見越して追い詰めたのだが、初めてのモンスター戦に新兵達は戸惑っていて、なかなか攻撃を仕掛けられずにいた。
と、一人の兵士が意を決して突っ込む。
だが、普通の兵が一対一で敵う相手ではない。
案の定、簡単にかわされると、回し蹴りの様な一撃を喰らって吹き飛んだ。
辛うじて、盾で受け止めたので致命傷になるのは防いだようだが、仲間を弾き飛ばしながら尚も木に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
(死んだか?どうせなら、死んどけよ)
などと男は考えながらも、逃げようとしたペラ・ガファアンドを牽制する為、持っていた槍を恐ろしい速度で打ち込む。
魔力により強化されたその一撃は、銃砲にも匹敵し、飛び出そうとしたモンスターの動きを止める事に成功する。
「さっさと、囲み直せ。それと、お前らは馬鹿か。 言ったろう、一斉に攻撃しろと。何の為の人数だ、ああ!?」
男の苛立った声に萎縮しながらも、新兵達は互いに顔を見合わせ、呼吸を合わせて突撃する。
それでも数人は弾き飛ばされ、慣れない実戦という事もあってか、なかなか仕留めきれない。
それにより、被害は拡大する。
男は、その様子をただ見守っていた。
一しきりの戦闘の後、新兵達は、自分達では敵わないと悟ったのか、自然と距離を取る形で、遠巻きにモンスターを囲む。
これを見て、男が鼻を鳴らした。
「こんな物か」
そう呟くと、一つ呼吸をしてから、剣先をモンスターに向ける。
すると、その先から僅かに離れた空間に、オレンジ色の炎にも似た力場が形成され、それが瞬いた瞬間、無数に分裂して放たれ、モンスターに直撃した。
ちょっとした爆音の後、ペラ・ガファアンドがその場でのたうち回り、苦しそうな鳴き声を上げている。
「今だ、誰か止めを刺せ」
その命令を受け、ジリジリと新兵たちが近寄ると、一斉に剣を突き刺してモンスターの息の根を漸く止めたのだった。
「負傷者は22名となります。内、重症は6。残りは、多少の怪我は負っていますが、作戦には参加できると申しております」
新兵から報告を受け、その男はフンっと鼻を鳴らして返事をすると、顎だけで行けと合図を送る。
「ひよっ子共では、こんなものか」
報告した兵士が去るのを見ながら、男が一人呟く。
一応の先輩及び上官、並びに正規兵の様な心得として、出来る限り自分の命は守れと出発前には教えたつもりだったのだが、男の見立て通りには行かなかった。
このモンスター狩りは、あくまでも次の作戦の為の準備に過ぎない。
その段階で躓くなど彼の基準からすれば、全員が役立たずの烙印が押されても良かった。
これらからも分かる通り、命を守れと言う教えは新兵を思い遣っての事ではなく、足手まといを作りたくない意味で言ったのだった。
実際、自分達は襲撃戦において負傷して動けなくなった者は、その場で味方が処分してきた。
そうしなければ、敵地では目的を達成できなかったからだが、そこには更に別の意味もある。
それもまた、ならず者部隊と呼ばれる所以であったが、今更ながらに、自分は運が良かったなどと、男は自嘲気味に笑った。
今頃、他の二部隊も、自分の様に新兵の扱いに苦労しているのだろうかと、その男は天を仰ぎ見るのだった。
「げ、外道め」
ガミューは痛む脇を抑え、それでも必死に三人の敵を睨み付け、呪詛の言葉を投げかけた。
打ち込もうとした瞬間、敵の一人が魔法を発動させ、それを喰らったのだ。
護符の効果がなければ、門番達と同様、肉塊に変わっていたかもしれない。
睨みつけるガミューを見て、敵が嫌らしく笑う。
その三人の体からは、魔法が発動する際に見られる、小型の魔法陣の様な物が幾つか浮かび上がっている。
「・・・食ったのか。貴様ら、それでも人間か」
「人間だからこその所業って奴さ。ま、力こそ正義ってな。たった今、証明されたところだろ?」
リーダー格らしき男が、この場にあって相応しく無い程に、爽やかに豪快に笑ってみせたが、それが、ガミューには余計に我慢ならなかった。
(認めない。こんな畜生にも劣る連中に負けるなど、俺は、絶対に認めない)
ガミューは生き残った兵士、約十数人に目だけで合図を送ると、再び陣形を立て直させ、彼を中心に突撃の陣を敷いた。狙いは、あのリーダー格だ。
ガミューは、刺し違えても倒すつもりでいた。
「おお、コワ。連中、凄い気迫ですぜ。たいちょ~、ボクは怖くて相手できましぇーん」
「大丈夫だって、狙いは隊長だけだから。ハナからお前なんて相手にされてねーよ」
「ガハハハ、俺ってモテるだろ?」
ガミュー達の決死の覚悟を見て、敵が馬鹿にするかの様に戯ける。
それを見て、ガミューは怒りと悔しさで歯が割れんばかりに噛み締めた。
だが、この一瞬で狙いを見抜かれたのに、内心は動揺してもいた。
自分では冷静で居るつもりだったが、敵の目からはそうとは映っていないらしい。
激高した面を容易に見抜かれている事に、格の違いの様な物も感じる。
「突撃!」
勝てないかもしれない。
そう思いながらもガミューは合図を送り、それによって陣形を維持したままで兵士達が全力で駆ける。
それを敵の二人が魔法弾を放ち、両脇の方から崩しにかかるが、事前に使った護符のお蔭で何とか持ちこたえた。
だが、連続して放たれるそれに、一人、また一人と脱落して行き、肉薄する頃には大幅に数を減らされる。
しかし、嫌らしい笑いを張り付かせ、余裕を見せて動かない敵リーダには接近できたので、それで十分だった。
なぜなら、ガミューにも更に切り札があったからだ。
陣形の先端が敵リーダーによって叩きのめされた瞬間、ガミューは盾と剣を捨て、味方の屍さえ踏み台にして飛び出すと、鎧の一部を引き起こし、思いっきり引っ張った。
すると、仕掛けを引っ張った腕の方とは逆の腕に沿う様にして、筒が前面に展開し、一瞬の後、爆発音と共に筒から太くて鋭い杭が打ち込まれる。
その様にリーダー格が驚いた顔をしたが、避ける暇さえ与えずに杭は鎧の上から胸元に命中した。
相手は上半身を仰け反らせて弾き飛んだ。
強引な仕掛けの展開方式や、攻撃力のみを追求した魔力暴発によって、使った方の腕も唯では済まなかったが、手応えはあった様で、敵リーダーは片膝を突き、蹲ったままとなる。
「どうだ!」
会心の手応えに、思わずガミューが叫ぶ。
チャキウスとか言う、変わり者の鍛冶屋に懇願されて買った変な鎧だったが、まさか、こんな形で役に立つ日が来るとは、ガミュー自身も思っていなかった。
以前までは買い換えるまでの繋として何となく身に付けていただけに、思わぬ拾い物をしたと、今は感謝する。
本当は、仕掛けは後一つ同じ物があったのだが、重すぎて自分で外したのだ。
それが、今になって悔やまれる感じもした。
もっとも使ってみて分かったが、自分にもダメージが来るようでは、後一つあったとして、使えたかどうかは疑問が残る。
ともかく、思いがけない仕掛けが功を奏したのは間違いがない。
リーダー格は、今も片膝を付いて動けず、残りの二人も数に押されて防戦一方となっている。
ガミュー自身も動けなくなっていたが、何とかこの場は凌いだ。
一応、まだ力の残る方の手で剣を引き寄せ、それを杖代わりにして立ち上がる。
トドメを。
そう思って歩き出そうとした矢先、片膝を付いていた敵がスクッと立ち上がる。
一瞬驚いたガミューだったが、敵の惨状を見て少し安堵した。
胸元には大きな穴が空き、そこが赤黒く抉れている。恐らく、爆発により焼かれたのだろう。それが幸いしたのか、空いた穴程には血が出ていない。
逆に、それが魔力量の多さを物語る。
口元からも血が出ており、それが流れ出て顎を染めていた。
しかし、立ち上がれる根性には感心するばかりだ。
リーダー格らしき男は、立ち上がったは良いが、そのまま動かない。
動けないのか、それとも意識がないのか。
顔も俯いていたので、表情を伺う事もできない。
それを確かめようと、そろそろとガミューが近付こうとした時、リーダー格の男が顔を上げ、ニカッと笑う。
「びっくりしたぜ。死ぬかと思った」
口元の血を拭うと共に、再びガハハと笑う。
その一方で、ガミューは驚愕しながら後退った。
(効いていない!?)
馬鹿なと思いながら、笑う顔と空いた穴を見比べるが、その差異に現実味を失い、混乱しかける。
「な、何故だ。なぜ、それで平気いられる」
「ん? ああ、これも、魔法サマサマって奴さ」
すると、リーダー格の穴が空いた部分が剥がれ落ち、全く無傷の鎧が現れた。
仕掛けは分からないが、ただの鎧では無かった様だ。
いや、噂では効いたことがある。
モンスターの中には身体の一部を剥がし、それでダメージを帳消しに出来る奴がいると。
恐らくだが、それを体現したのだろう。
「隊長、そろそろ手加減するの、やめても良いですかい?」
驚愕していたガミューに、更に追い打ちをかけるように、敵の一人が気怠そうに喋る。
「まあ、時間も稼いだ事だし、良いだろ」
その瞬間、防戦一方だと思っていた敵二人が大きく腕を振り、それによって味方の兵、数人がまとめて弾き飛ばされた。
護符の効果を無視された事にも驚いたが、何より目を奪われたのが、敵の変化だった。
その腕は、異様に膨れ上がり、まるでモンスターのそれだった。
「き、貴様ら、やっぱり・・・・!」
「だとしたら、どうだと言うんだ?」
何時の間にか、立っている者はガミュー一人となっており、それを三方から囲んだ敵が笑って見ていた。
「ザッテス、ザッテス!」
敵の一人に組み敷かれ、更に藻掻いていた所に手足を折られ、地面に転がるザッテスにヘイナは必死で呼びかけた。
ザッテスの指示により、村長を始めとした村人は避難を開始したのだが、その途中を敵に襲われたのだ。
ザッテスを含む数人の兵士が迎え撃ったが、二十名近い敵の前には歯が立たず、抵抗した者はその場で殺された。
いや、正確には老人と何人かの男が中心に殺され、若い男女は残された。
現に、ザッテスは兵士として抵抗したにも関わらず、乱暴はされたが命までは取られていない。
だが、扱いは残虐その物で、子供であっても、抵抗しようとした者、逃げ出そうとした者は手足を折られていた。
そして、今まさに、逃げようとした幼い子供、ペジルの手足が折られようとしている。
「ヤメテ、その子はまだ小さいのよ。ヤメテ!」
「うるせぇ!」
懇願するヘイナを、敵の一人が思いっきり殴る。それで、彼女の意識は半分飛んでしまい、ガクリとうなだれた。
「なあ、一人くらい、良いんじゃねえか?」
「やめとけ、コイツらは例の事に使うんだ。お前のもんで汚すんじゃねーよ」
「チッ」
意識が朦朧とするヘイナの顔を、舌打ちをした兵士が髪を掴んで上げさせると、暫し眺めた後に服の上からその胸を揉む。
だが、既に意識が飛びそうになっていた為か、彼女は何の反応も示さない。
それに面白く無いと思ったのか、その兵士は乱暴に彼女の髪を放すと、去っていった。
「助けて・・・神様・・・助けて・・・お母さん・・・」
うわ言の様に繰り返すヘイナを、敵に拘束されはしたが唯一抵抗しなかった為に無事だったペジルの妹、ルミンが側に寄ると、彼女の顔を優しく撫でた。
「早く食べろ」
拘束されたヘイナ達は村の一角に集められ、数日間は飲まず食わずで放置されていたのだが、ある日、突然に何かの肉を振る舞われた。
料理等はされておらず、唯の肉塊がそのまま目の前に出されている。
何の肉かは知らなかったが、今の彼女達には滴る血さえも喉の乾きによって欲し、何かの警告を頭に受けながらも、食べたいと言う欲求の方が勝ってしまう。
手足は拘束され、ロープで柱に括り付けられているので、食べるとしても口で直に付けて食べるしかない。
数人が、貪る様にして食べる中、ヘイナはまだ躊躇していた。
だが、隣のペジルやルミンまでもがかぶり付く様を見て、遂には自分も我慢できなくなった。
美味しい。
少し臭みはあるが、たっぷりの肉汁による喉への潤いと空腹もあってか、とてつもなく美味く感じる。
気がつけば、ヘイナも夢中になってその肉にかぶりついていた。
しかし、突然のうめき声にハタと食べるのを止める。
顔を上げて回りを見てみると、数人が苦しそうに藻掻いていた。
その中には、ザッテスも居る。
呼びかけようとしたその時、ペジルやルミンまでもがバタバタと倒れた。
「こ、これ・・・・」
回りの様子を見て、そこで初めて彼女は気がついた。
これは、モンスターの肉だ。
一生懸命に吐き出そうとしたが、手が拘束されているのと、体力的な面から元より上手く行かない。
その内、吐こうとする行為が、身体の内側からくる苦しみへと変わって、彼女もまた藻掻き出し始める。
室内は、藻掻き苦しむ者達の声だけで埋め尽くされていった。
「このガキ、生き残ったのか」
兵士の一人が足で突くと、まだ小さな身体は簡単に転がった。
それに反応し、その少女、ルミンが咳き込む。
「面倒くせえ、殺そうぜ」
「いや、取り敢えず、バードラム隊長に報告してからだ。頼めるか?」
「分かったよ」
一方が出ていくのを見送ってから、残った兵士が剣を抜いてルミンの喉元に突きつける。
「下手な真似はするなよ。お前程度、俺の相手じゃないからな」
その意味を良く理解できてはいなかったが、ルミンは小さく頷いた。
それを見て、兵士は再び彼女を乱暴に地面に放った。
元より幼い彼女には、大きな大人に抵抗する考えさえ存在しない。
ただただ、彼女の中には、親しい人達が何故か動かなくなったと言う事態に理解が追いつかず、大人の言うことを守らないと自分もそうなるかもしれないと言う、幼い故の乏しい知識で、その場を必死に生き抜こうとする本能だけがあった。
這いつくばる中で、彼女は、そっと、傍らに転がる兄の手を握る。
既に冷たくなっていたが、何かを握ると言う行為が、彼女に安堵感を与え、疲れもあってそのまま深い眠りへと落ちてしまう。
どれ位の時間が経ったかは、分からない。
ペジルは、妹が握ってくる手の感触を頼りに、その意識を取り戻した。
妹はスウスウと寝息をたて、静かに眠っている。
それを見て、彼は少し安堵したのだが、周囲を見渡して直ぐに不味い状況にある事を理解した。
体を起こそうとするが、手足に力が入らない。
見ると、四肢は非ぬ方向に曲がっており、明らかに折れている。
だが、不思議な事に痛みは無かった。
それどころか、自分は一度死んでから蘇ったんだという、漠然とした認識を持つ。
瞬間、頭の中が物凄くクリアになり、自分自身が何かに変わったと言う意識も芽生えた。
しかし、それでもペジルが次の瞬間に考えたのは、妹の事だった。
助けなければ。
周囲を見渡すが、既に無事と言える者はなく、生きているのは少なくともルミン一人だった。
この状況で、彼女を自分が連れ出す事はできない。
ならば、誰かに助けを求めなければ。
ペジルは、動かない四肢の変わりに体をくねらせ、這いつくばって前進を試みる。
だが、遅い。
このままで、見つかってしまう。
そう考えた時、彼の両腹を突き破り足の様な物が出てくると、それが彼に逃げるチャンスを与える。
もっとも、それも非常に短くて頼りなく、動くと言う事が精一杯だった。
変わり果てたであろう自分の姿を自覚はしたが、今はどうでも良かった。
妹を助けなければ。
その一念だけを頼りに、彼はその場を後にするのだった。




