~辺境の王者~ -34. レベル上昇
「待て、行くな」
そう言って引き止めたのは、何時の間に来たのかマツリカだった。
「放せ、まだリディとイユキが」
「行ってどうなる。 お前ではあの二人を救えない」
「そんなの分かっている。だけど、だけど・・・」
俺は自分でも驚く程に動揺していた。
無茶をしようとしているのは分かっている。だが、無能は無能なりに力を尽くしたかった。
何より彼女達が倒れている理由は、この俺の弱さにあるのだから。
「落ち着け。 貴様がやられては元も子もない。
あのマムシの竜も、ターナも、お前の為に懸命に戦っている。ここで下手な事をしたら、それこそ戦った者達が犬死になる可能性だってある」
見ると、ヴィーダル二世の身体を張った防御に加勢する様に、ターナが超高速でミズツノシシオギの攻撃を打ち落としていた。
速度がある為か、爆発する前に何とか回避できている。
だが、それも完全とは行かない様で、明らかにダメージを負っているのが見えた。
「じゃあ、逃げろっていうのか、このまま。 嫌だ、そんなごど。俺ば、俺ば逃げない」
涙声で変な喋り方になる。自分でも情けない顔をしているのが分かったが、今までとは違う絶望的な状況に、堰き止めていた何かが崩れた。
「・・・大丈夫だ、私が何とかするから。 だから泣くな」
マツリカが俺の頬を優しく撫でる。
今まで悪態をついたり突っかかるだけだったのに、今の彼女は嘘の様に優しく接してきた。
そのお陰か、俺は少しだけ持ち直した気がした。
「ど、どうするつもりだ。 あの化け物は、とんでもな奴だ。お前の攻撃だって・・・」
「ああ、通じない。今のままじゃな」
「?」
「なあ、私を信じてくれないか」
マツリカは、唇を噛む感じで、少しだけ微笑みながらそう言った。
ユーカは焦っていた。それは隣に居るローナも同じだろう。
集中する必要がある為に確認した分けではないが、見なくてもその雰囲気が伝わってくる。
それだけ、状況は緊迫していた。
自分達はヴィーダル二世を操る為に、池からかなり離れた位置で安全を確保した上で今回の戦いに参加していた。
これは主たるハルタの指示であり、それに対して不服は言えても従う他無かった。
それは彼の優しさであり、自分達が主と仰ぐに相応しい優しさでもあったが、今はそれが完全に裏目に出ている。
直接助けに動けば、戦力となっているヴィーダル二世の能力が限定されてしまう。
それでは、あの化け物には対抗できない。
単に動かすだけなら良いのだが、戦闘能力を維持した上で操作するとなると、自分とローナは動けなくなってしまうのだ。
これが近くであるならば、少なくとも自分は他の方法で支援もできたかも知れない。
だが、ここは流石に距離があり過ぎる。
現場の事は強欲の根の感覚によってある程度分かってはいたが、遠方では得られる情報の精度が低すぎて、自分の能力を発揮できない。
そもそも、ヴィーダル二世の主導権はローナにあると言っていい。
視覚を始めとした多くの精度を伴う情報を、彼女は分体であるイーブル・ラーナンによって直接得られている。
更には、近くにもそれらを配置して目の代わりとしているので、彼女はある意味で全体を観察できているはずだ。
強欲の根は力もあり、ある程度は自由に動かせたが、遠隔の操作となるとイマイチ精度に欠ける。
イーブル・ラーナンは、それをカバーする意味で張り付かされており、ユーカは単にその感覚を読み取って追従しているに過ぎなかった。
その為、距離があり過ぎると、彼女には出来る事が限られてしまうのだ。
逆にローナはこの状態でも分体を生み出す事が可能で、更には予め用意してあったイーブル・ラーナンを直ぐ様向かわせたのだが、元からそんなに強い分けでもない為に、状況はあまり変わらない。
いや、例え自分があの場に居ても、状況にどの程度影響を与えたかは疑問だ。
それ程に、敵対する相手の力は強大だった。
それだけに、余計にハルタの側に居られない事が悔やまれる。
よっぽどユーカレブトを送り込もうかとも思ったが、この二人の能力では、どの道あそこでは役に立たない。
しかも、少なからずヴィダール二世の操作に関わっているので、結局は動かせない。
今の所、八方塞がりなのだ。
「え、ちょ、おい。 マツリカ、何・・・キャア、族長!」
珍しく、ローナが何時もの乱暴的な口調からは、考えられない声で叫んだ。
ローナは、イーブル・ラーナン達の目を通してある程度、離れたところの状況を見る事ができた。
見るとは言っても、全体の輪郭がボヤけた状態なので、どちらかと言うと感覚的な物にも近い。
それでも、敵と味方の判別は容易にできたし、集中する事である程度は鮮明にする事もできた。
その能力は主に彼女が族長と仰ぐハルタに向けられていたが、そのハルタが倒れたのだ。
「ハルタ、私を信じて欲しい」
ローナが少し悲鳴を上げる前、マツリカはハルタに覚悟の念を込めて訴えていた。
真剣な顔で俺を真っ直ぐに見つめてくるマツリカを前にして、俺はどう答えて良いのか分からなかった。
何かをするつもりらしいのだが、その言葉の意味には何かしらの葛藤が含まれている事に気が付く。
これが、彼女自身を犠牲にする物であったなら、俺は判断に困る事になるだろう。
「何を・・・信じると言うんだ。どうするつもりだ」
「私を取り込め、ハルタ」
「取り込む?俺の身体を乗っ取るのか」
「違う、逆だ。 お前が、私を吸収するんだ」
「お前を吸収?そんな事できるのか。 いや、吸収された後はどうなるんだ」
「大丈夫だ。だから、私を信じて欲しい」
全く目を逸らさず、本当に真正面から見つめる彼女に、俺は彼女の意思の固さを見た気がした。
「・・・分かった、お前を信じる。
でも、お前が危ないと判断したら、俺はどんな手を使ってでも、お前を助ける事を優先するからな」
「ふ・・・貴様は、本当に馬鹿だな。 だが、私はそんなお前が好きだ」
少し俯いた後、顔を上げたマツリカの顔は、どこか寂しげに笑う。
直後、刀を抜いた彼女は、それを俺の腹へと深々と突き刺した。
「がはっ!マ・・ツ・・リカ・・」
「大丈夫、大丈夫だから。 私を信じて、ハルタ」
俺はそのまま持たれかかり、マツリカはその俺を受け止める様にして抱きながら、仰向けなって大地に倒れ込んでいった。
マツリカの顔を横に見ながら、俺は、どんどん意識が遠のいて行く感覚に、遂には目を閉じる。
腹の辺りが物凄く熱いが、同時にけだるさと眠気が襲う。
頭を擦られている感覚があったが、それがマツリカが行っていた事なのか、俺の鈍る感覚が勘違いさせていたのか、遂には分からなくなった。
ターナは一瞬だけ、主人の悲鳴の様な物を聞いた様な気がした。
激しさを増す敵の攻撃を迎撃するのに精一杯なのに、そんなはずは無いとも考える。
第一、敵の攻撃は撃ち落とす度に派手に爆発するのだ。
その爆風の中、主人の声が聞こえる分けがない。
だが、どうしようもない不安が、その時から彼女の胸に付き纏う様になる。
集中しなければ。
そう考える度に背後に居るはずの主人の方に、意識を向けようとする思いが強くなって行く。
自分はどうなっても良い。とにかく、主人が無事に逃げさえすれば。
その思いを今一度確かめると、ターナは既に力が入らなくなりつつある手に、無理矢理に力を込めて構え直した。
眠い・・・・俺は、一体どうなったんだ。
体中がだるくて重い。それに辺りも暗い。今は夜なのだろうか。
眠いし、このまま目を瞑れば・・・・
「#$$%!!」
何だか騒がしいな。
ちょっと静かにして欲しい。俺は眠りたいんだ。
「ハ・・ル・・」
誰だ、こんな夜中に。良い加減にしてくれ。俺は疲れたんだ。
色々な事があり過ぎて、みんなに迷惑をかけて・・・。
みんなって誰だ?
そう言えば、みんながまだ戦っていた気がする。
・・・誰と戦っていたんだっけ。
「ハルタ!」
ああ、マツリカじゃないか。
「って、マツリカ。 何でお前、服を着てないんだ」
「うるさい。 私の手を取れ、ハルタ。」
「手を? 悪い、俺は眠りたいんだよ」
「眠るな、手を伸ばせ。私の元に来い!」
「そう言われても・・・腕がだるくて・・・動かないんだ・・・・・」
「無理にでも動かせ。この根性なし、アホ、バカ、間抜け」
相変わらず、酷い言われ様だな。それにしても、どうしてマツリカはこんなにも必死に手を伸ばして来るのだろう。そんなに手を握って欲しいなら、そっちから掴めば良いだろうに。
全くもって、本当に我儘な奴だ。
仕方がない・・・
ローナの悲鳴に、何が起きているのかとユーカも感覚だけを頼りに当たりを探った。
だが、あるはずの感覚が拾えない事に、彼女は少なからず動揺する。
主たるハルタの存在が確認できない。いや、身体があるのは分かるのだが、意識の波長の様な物が拾えない。
これは、まさか、死・・・・・そう考えた次の瞬間、戦場の方で大音響と共に、赤黒い何かの柱が立ち上るのが見えた。
突然起こった異変に、その場に居る誰もが動きを止めた。
「何だ?」
それは、ミズツノシシオギも例外では無く、わざわざ攻撃の手を止め、その異変を確認しようとしていた。
既にヴィーダル二世はボロボロとなり、動きが完全に鈍くなっていたのだが、逆に攻撃を止めた事で操っていた者達の緊張が解けたのか、そのまま地響きを立てて横たわる。
ターナも迂闊に動きを止めてしまった為に、限界を迎えていた身体が強制的に休息を求め、敵の動きが止まったと言うのに、反撃するどころか一歩も動けなくなってしまう。
黒と赤い稲妻の様な柱が立ち上ったと思ったら、次の瞬間には完全に消え去り、その変わりに周囲に土煙を巻き上げ、一切の視界を奪う。
暫くの後、木々の間を抜けた風が突風の様に吹き、その土煙を飛ばして、その中から黒い鎧武者を露わにさせた。
「コイツは・・・?」
その姿を見たミズツノシシオギの顔が険しく僅かに歪む。
「「俺は一体、どうなったんだ」」
自分の身体を見てみると、武者の様な鎧や防具を何時の間にか身に付けていた。
感覚的にもふわふわとしていて、何が起きたのかさっぱり分からない。
いや、一つ気になる事がある。胸が異常に膨らんでいるのだ。
何だこれは。
「「あまり見るな。 恥ずかしい」」
「「恥ずかしい?」」
「「ああ。 こんな風になるとは、思わなかったがな」」
意味が分からなかった俺は、状況を確認する為にアニーズを自分自身に使ってみた。
名称『マガツノミホロ・ハルタマツリカバースト・百鬼夜行システムブースト』強さ『龍神相当』影響度『全てを平伏させる戦場の王』レベル106
『タナベ・ハルタがマガツノミホロ・ハルタマツリカを取り込んだ事により、妖刀の能力が異常活性化された姿。ハルタ本人が上げた武器のレベルに加え、人化した者のそれぞれのレベル、及びイレギュラー要素のレベルが総合的に加わった強さを持つ。更には、妖刀本来の力もある程度発揮できる様になった』
レベル106!?
この俺のレベルが上がっている。遂にやったぞ!
俺と、俺が人化させた武器のレベルが総合的に加わっている様だが、ともかく念願だったレベルが上がっている。しかも、三桁台。
百鬼夜行がどうのとか龍神相当とか気になる表記もあるが、これで俺も戦える。
「「やったぞ、俺は強くなった。アハハハ!」」
「ああ、そうだな。後は任せてもらおう」
「「ハハハ・・・はっ!?」」
「「え、ちょ、何?俺の身体・・・・」」
気が付くと、俺の身体と言うか、俺自身が幽体離脱的な感じで武者の鎧から外れて浮かんでいる感じになっていた。
慌てて身体に戻ろうとしたがすり抜けてしまい、逆に外から見る形となる。
するとそこには、大人びた顔立ちの上に、背まで伸びたマツリカの姿があった。
「「ど、どうなっているんだ。俺の身体・・・」」
「心配するな。私を信じろと言っただろう」
「「し、信じろって・・・俺がお前を吸収するんじゃなかったのかよ」」
「吸収されたさ。 それが、この姿だ」
「「じゃあ、何で俺の自由に動かせないんだ」」
「身体は確かにお前に預けたが、精神までとは言ってないぞ。
心配するな。終わったらちゃんと返す。優しくするし、痛くしない」
「「何を優しくして痛くしないんだよ!?」」
「うふふ」
そう幽体離脱状態の俺に彼女は笑いかけると、軽やかに跳躍してミズツノシシオギの前に降り立つ。
「ターナ、良くやった。下がれ」
突然現れた見覚えがある様な無い様な存在に、ターナは目を何度かパチパチさせた。
恐らくだが、マツリカである事は何となく分かる。だが、妙な違和感を感じた。
それは単に外観が変わったと言うだけではない。
何か、不思議な親近感とでも言うのか、側に居るだけで落ち着くと言うか、どこかで見知った事のある安心感を感じるのだ。
だが、既に足手まといにしかならない自分がここに居ても無駄だと悟った為、重い体を引きずりながら、その場から立ち退く。
それを黙って見送るミズツノシシオギは、表情こそ余裕を浮かべて笑っていたが、その目からは警戒心が伺え、そして変異したマツリカかからは目を離さなかった。
「ほう・・・何をどうしたかは知らないが、面白い事になっているな。 少しは、楽しませてくれよ」
「ふん、お前のその余裕が、命取りになる事を教えてやろう」
それを合図に、双方は構えて向かい合った。




