~辺境の王者~ -33. 辺境の王者
池の底から湧き上がる泡の様な物はどんどん激しさを増し、最終的には池全体が沸騰したかの様に荒れ狂いだした。
「何だ?」
あっけに取られて見ていた俺達だったが、次の瞬間、真ん中付近から思いっきり水柱を上げて何かが飛び出す。
その勢いがあまりにも強すぎて、俺達は正体を確かめる前に先ずは下がるしかなかった。
辺りには飛び出した何かによって、巻き上げられた水が拡散し雨の様に降り注ぐ。
それが視界を妨げてはいたが、その向こうには何かが確かに居るのが見えた。
それは人の様な形状をしている感じだった。
全ての水が地に落ちた時、漸くその何かの姿をハッキリと確認する事ができた。
そいつは、全身が水色っぽい人間の男の様な姿をしているが、背中からは複数の棘の様な物を生やしていた。
髪は濃い青色をしており、短髪っぽい髪型をしている。
一見すると痩せている様に見えるのだが、バランスの取れた筋肉質な身体をしていた。
オマケに、水の上に立っている。
水色――青っぽい人間・・・・?
俺は、こいつをどこかで見たことがある。
一体どこで・・・。
「御機嫌よう、諸君。
よくぞ、この"あ"の封印を解いてくれた。 先ずは、礼を言わせてもらうぞ」
そう言いながら水の上を歩いて来た奴は、俺達の居る側までやって来る。
封印?
何だ、何を言っているんだコイツは。
そう言えば、ダナウン・ダナンザの拿捕の魔法は、何に対してかけられていた物だったんだ?
「アニーズ」
直感的に危険な相手と悟った俺は、奴の情報を遅まきながら確認した。
名称『ミズツノシシオギ』強さ『リヴァイアサン相当』危険度『全ての災害の集合体』レベル190。
レ、レベル190?
それに、リヴァイアサン相当って何だ?
そして、全ての災害の集合体だと。
何なんだコイツは。
オマケに、アニーズを使ってもこれ以上の情報が出てこない。いや、表示はされているのだが、遠方の情報を拾った時の様に不鮮明になっている。
「"あ"自ら語るのも面倒と思ってな、名に関する事だけは与えてやったのだ。 感謝せよ」
コイツ、俺の能力を知っているのか。しかも、意図的に情報を隠す事も出来るなんて、何者なんだ。
「さて、諸君。 名残惜しいが、"あ"も忙しい。
本来であれば、一人ひとりに丁重に礼を返したいところだが、今回はまとめてお相手致そう。
特に、強大な力を持つその方は、今後"あ"に取っても邪魔になる可能性がある故な、この場で滅してくれる」
そう言って俺を指さすミズツノシシオギ。一瞬、側に居るリディかターナの事かと思ったが、奴の指はどう見ても俺を指していた。
強大な力って何だ。俺は役立たずの無成長者だぞ。
いやそれよりもコイツ、今物騒な事を言いやがった。
その言葉に反応したのか、リディが俺の前に立ち塞がり、ターナも低く姿勢を構える。
駄目だ。コイツはヤバ過ぎる。
レベル差もさる事ながら、強さの評価が半端じゃない。
オマケに重要な情報も知る事ができないとあっては、どんな戦い方をするかも分からない。
正面切って戦えば確実に全滅させられる可能性がある。
だが、逃げられるのか?
そう考えていたら、徐にミズツノシシオギが腕を振るい、水のカッターの様な物を飛ばしてきた。
アニーズでも情報は拾えなかったが、ヤバイ事だけは分かる。
「リディ、まともに受けるな。逃げろ」
その言葉も虚しく、水のカッターがリディに向かう。
そう思った瞬間、間にイーブル・ラーナンが割って入り、瞬間的にだが、その攻撃を受け止めたあと消滅した。
どうなっているんだ。
イーブル・ラーナンに、あんな防御力は無いぞ。
すると、イユキが五体のイーブル・ラーナンを引き連れて俺達の前に出る。
「みんな、我が君、ご無事ですわね」
「イユキ、何をしたんだ」
「分体達に、私の防御補助を与えましたの。 ただし、離れると効果の付与時間は限られますわ」
そんな能力を持っていたのか。だが、感心している場合じゃない。
今は、この場をどう切り抜けるかだ。
「ターナ、時間を稼いでくれ」
リディがそう叫ぶと、ターナが短く返事をして突っ込んで行った。俺が止める間もなく、赤い残像だけを残して、最高速でターナが詰め寄る。
その速さに着いて行けないのか、奴は微動だにしない。
それを好機と見たターナは、死角から飛びかかった。
だが、ターナの攻撃が届くと思った瞬間、それに反応して奴は振り返り拳を振るう。
それは、ターナの脇腹を捉えた。
と思ったのだが、ターナはギリギリで回避したらしく、何とか飛び退いて地面に膝を突く。
見ると、脇腹を抑えている。完全には、かわしきれなかった様だ。
「ほう、"あ"の攻撃をかわすとは面白い。だが、次はどうかな」
ミズツノシシオギが嫌らしく笑うと、ゆっくりとターナへと歩を進める。
その時だ、奴の背後から水飛沫を上げ、ヴィーダル二世が襲いかかった。泡立つ池に飲まれ、水の中に図らずしも潜伏する形となっていたのだ。
凄まじいスピードで突進すると、大アゴでミズツノシシオギを挟み込み、そのまま引っこ抜く・・・・・事は叶わず、まるで巨大な岩でも咥えたかの様に、ヴィーダル二世はその場で上下に藻掻く。
「ふん、出来損ないのヴィーダルモドキが」
そう言ってミズツノシシオギは強引に振り向くと、大アゴを掴んで恐ろしい力でその拘束を解き、逆にヴィダール二世を振り回し、その勢いのままに遠くへと投げ飛ばす。
なんて、デタラメなパワーなんだ。
しかし、何とか時間を稼ぐ事は出来ていた。
「ブレンダン・バーズ!!」
ヴィダール二世を投げ飛ばした為に、その姿勢を正そうとしていた所へ、リディが必殺の一撃を放つ。
強烈な閃光が帯状に放たれ、それにミズツノシシオギは完全に飲み込まれていった。
直後に凄まじい爆風の様な物が吹き荒れ、大地と大気を震わせ、水煙さえも巻き上げて辺りを包み込んだ。
やったか?やったはずだ。
例え耐えたとしても、あの一撃を喰らって無事な分けがない。
そう思って固唾をのんで見守っていると、青い筋の様な物が回転する様な光景が目に飛び込む。
それには見覚えがある。ダナウン・ダナンザが使っていた防御魔法だ。
そして、その中心には、無傷のミズツノシシオギが居た。
「危ない危ない。 まともに喰らっていたら、"あ"も唯では済まなかったではないか」
さも、危機的な状況にあった様な口調をするミズツノシシオギであったが、その顔はとても涼しげだ。
「ば、馬鹿な」
そう言って愕然としたのは俺だけではなかったはずだ。
「さて、そろそろ遊びも終いだ。"あ"が復活した祝いの宴としては、なかなか退屈しない良い出し物であったぞ。 褒美に、死を与えてくれよう」
ミズツノシシオギがそう言いながら、腕を身体の前でクロスする。
すると、奴の背部の棘付近に青色の光と言うか、何かしらの球場の力場の様な物が次々と形成されていく。
何か知らないが、危険な技を使おうとしているのだけは分かる。
ここで、ローナが寄越したと思われるイーブル・ラーナンの増援が現れる。だが、この敵に数の優位は無意味だ。
「逃げろ。全員、今直ぐこの場から離れるんだ」
「本気で"あ"から逃げられると思っているのかな。愚かな者よ」
可笑しそうに笑うミズツノシシオギ。
悔しいが、奴の言う通りだろう。
俺は、なんて間抜けなんだ。
ザウバラム達が目指していたのはこの池で、レジリオルノの封印とはコイツを封じる為の物だったのだ。
ダナウン・ダナンザは、ずっとコイツを封じる為に存在していたんだ。
拿捕の魔法がコイツを直接封印していたかは分からないが、少なくとも、俺がそれを破るキッカケを作ってしまった。
アニーズで確認できなかったのに、迂闊に興味を持ったせいだ。
このままでは、みんながやられてしまう。
どうしたら・・・・
「全防御喰い破り、必中の一閃、必殺の斬撃。 喰らえ!」
逃げようとした俺の側を、影が駆け抜け、その直後、鋭い斬撃が飛んでミズツノシシオギを弾き飛ばす。
「マツリカ!」
「全員逃げろ。コイツは、私がここで食い止める」
「バカを言うな。お前も一緒に・・・・・」
「我が君!」
直後、凄まじい威力を持った青い帯状の攻撃が一帯をデタラメに襲う。
高圧水流による攻撃魔法の一種だろう。ダナウン・ダナンザが最後に使った奴にも似ている。
それをイユキが文字通りに盾になって受け止め、俺を守ってくれた。
「ふん、出来損ない如きが。 "あ"の邪魔をするなど、おこがましい」
「コイツ・・・彼方の果て」
一瞬姿が消えた様に見えたマツリカ。
だが、腕を剣に変えたミズツノシシオギが、その攻撃をも意図も簡単に受け止める。
「く・・・見切られただと・・・!?」
「ふん、出来損ない如きの紛い物の技で、この"あ"に対するなど笑止」
「だぁれが、紛い物か。 この河童が、必中の一閃」
刀で相手の剣を弾いて僅かな距離を取り、マツリカが必殺の一撃を放つ。それは確実にミズツノシシオギを捉え、奴の身体に斬撃の痕を刻み込んだ。
しかし、その傷はみるみる内に塞がって行く。マツリカの特殊攻撃は、ラーナンの様な特殊な体質や、ドノロファルの様な回復持ちさえ屈服させる強力な攻撃手段だ。
だが、それが全く通じない。
レベル差だけではない。コイツ、防御力とか耐久力とかも異常に高いらしい。
それに気付いたマツリカも、驚愕の表情を浮かべる。直後、裏拳を喰らって派手にふっ飛ばされた。
「やはり、出来損ないよな。 形だけ真似た技など、"あ"には通用せん」
「貴様・・・・」
強がって立とうとするマツリカだったが、膝がガクガクと震える。どうやら限界の様だ。
いや、ダナウン・ダナンザ戦から無理をしていたので、当然の結果だろう。
「終わりだ」
マツリカに攻撃されたせいで数が減っていたが、ミズツノシシオギが形成した青色の球が膨張し、そこから同色のブーメラン状の物が連続して発射された。
前面に展開したイーブル・ラーナンの大群を瞬く間に屠り、その一部が俺に到達しよとしたその時、イユキが滑り込んで受け止めたが、直後に大爆発を起こす。
彼女はそれに数発は耐えたが、連続で発射されるそれによってどんどん押され、最後は爆風をモロに喰らい、周囲を囲むイーブル・ラーナン達と共に吹き飛ばされた。
イユキが居なくなった事で俺に攻撃が届くと思われたが、寸前でリディがカバーに入り、今度は彼女が盾となる。
「リディ、無茶をするな」
「主君よ・・・お逃げ下さい。ここは、私が・・・・」
凄まじい爆発がリディの背後で連続して起こり、それを四つん這いになりながら耐える。
だが、鎧こそまだ耐えられていた物の、明らかに中に居るリディが弱っていくのが分かった。
「アニー!」
爆発を一手に受けながらも、リディは渾身の力で叫ぶ。
すると、茂みから素早く飛び出たアニーが、俺を抱えてその場を離れる。
耐えきれなくなったのか、リディが倒れて行くのが見えた。
そのアニーを追って、ミズツノシシオギの攻撃が執拗に食らいついてくる。
とは言っても、ほぼ全領域に対して打ち込んで来るので、僅かな隙間をアニーが懸命に掻い潜る。
そして、あと少しで岩の陰に入れるといった時、アニーに青いブーメランが迫った。
刹那、アニーは俺を投げ飛ばし、自分は爆発に巻き込まれてやはり吹き飛んでいく。
「アニー!」
叫ぶ俺の声はしかし、爆風に掻き消され、顔を出す事も出来ない程の猛攻を受けて安否の確認もできない。
このままでは、本当に、みんなが死んでしまう。
だが、手も足も出ない。
状況さえも見えない。
いや、アニーズで情報を拾うと、リディとアニー、そしてイユキは『損害・大』となっており、完全にやられた分けでは無いのが分かる。
ターナも『損害・中』で一応無事だし、マツリカは単なる疲労が溜まっているだけだ。
実際、彼女達はそれで回避に徹している。
奥に控えるローナとユーカはまだ健在だし、まだ何か打てる手があるはずだ。
すると、爆発の範囲が遠のく。少なくとも、俺とは離れた位置で何かに遮られている感じがする。
恐る恐る覗いて見ると、ヴィダール二世が八の字を描く様な動きをしながら、攻撃の盾となっていた。
だが、どんどんボロボロになって行く。
その僅かな時間を使い、俺はアニーの元へ走り寄る。
「アニー。 しっかりしてくれ、アニー」
俺は彼女を抱き上げると、安全だと思える岩陰に移動させた。
後は、イユキとリディだ。
そう思って走り出そうとした俺を、誰かが引き止めた。




