~辺境の王者~ -3. 目指せ、レベルアップ その2
俺は、短剣のターナと共に水とレベルアップの獲物を探して、森の中を彷徨っていた。
正直な事を言うと、どこへ向かって良いか分からない上に、方向感覚もクソもないので、知らない土地で当然の様に迷子になっているという、訳が分からない状況でもある。
目印になる物を所々に残してはいるのだが、複雑な地形のせいか時々同じ場所に戻る事もあった。
一応、アニーズで場所の情報を得ようともしたのだが、『呪われた禁忌の森』『深くて危険』『災いのあった場所』等、不安になる情報ばかりで、位置的な面で役に立つ様な事は何も得られない。
それに辟易しながらも、俺はそのまま短剣ターナを再度アニーズで見てみる。
以前は名称に『短剣』とだけあったのだが、今では『銘のある短剣・ターナ』となっており、更に単に『武器』とだけ表記されていた種別も『魔法武器』へと変わっている。
また、強さは『朱雀クラス第10位』、影響度は『素質のある新兵』に変わっており、どっちも『短剣』と言った表記からは大きく変化していた。
強さの評価にある朱雀ってのは、四神、或いは四聖獣の事を指すのだろうか。
これらのクラスは、どう言った基準で割り当てられるのか。
また、俺にしかない百鬼夜行の意味が今だに分からない。
ただ、名前を付けた程度で、こんなに変化する物なのだろうか。
もっとも、こうした評価の割には、ターナ自身には短剣以上に劇的な付加的要素は見られない。
説明には以前の物に加え、『短剣・ターナ。主人に名前を与えられた事により、強い忠義を持った武器』とだけあって、何かしらの特殊性が備わった様子は無い。
やっぱり、この世界では当たり前の現象なのだろうか。
だが、マガツノミホロの例と比較すると、明らかに合致しない部分もある。
「ご主人様、これはどうですか?」
先頭に立って歩き、道の切り開きと露払いを自ら率先して行っていたターナが、木の棒を持って引き返してきた。
アニーズをコンスタンスに発動させているので、モンスターに突然遭遇する可能性は低いのだが、それでも彼女が前面に立って歩くと安心感が違う。
傍目に見ると、小さな子をこき使っている感じで情けない事この上ない。
道中、武器の代わりになる物を探しながら歩いているのだが、それにもターナは協力してくれた。
と言っても、この森に転がっているのは木の枝か石くらいの物であり、しかも、石は武器のカテゴリーには入らないらしく、アニーズで見ても単に『石』とだけ表示されて、それ以上の説明すら無い。
木の枝は、物によっては武器として判別はされる物の、元々から微妙な存在なのか、数回試し打ちをするだけで武器カテゴリーから外れ、『木の枝』と表示が変わって武器的な価値が無くなってしまうのが殆どなのだ。
「どれどれ」
俺は、ターナが持ってきた太めの木の枝を持つと、数回、地面や持って行くには大き過ぎる石、そこらに生えている木などに打ち付けてみる。
すると、今度のは結構頑丈なのか、今までの木の枝とは違って武器カテゴリーから外される事はなかった。
持つにはちょっと太すぎるのだが、逆にこれ位の太さが無いと武器としては役に立たないのかも知れない。
「コイツは良い。お手柄だ、ターナ」
そう言って頭を撫でると、心底嬉しそうな顔をするターナ。
何と言うか、名前を与えて以降、顔の作りや表情が本当に自然になっており、そこだけを見ると人間と変わらない。
一方で、身体の斑模様はジワジワと大きくなって行く感じで、言い様のない不安が募る。
身体の方は大丈夫かと聞いてみたが、彼女自身は特に異常は感じていない様子だった。
俺は、そこらに生えていた蔦を引きちぎると、葉っぱと共に木の枝に巻き付けてグリップ代わりにする。
念の為に確認してみたが、『木製の棍棒』とあって特に即席的な加工への評価はされていない。
説明によると、『落ちていたカロンの木を棍棒に見立てた簡素な武器。同材質の中では固い方に入るが、武器としての価値は低い』となっている。
まあ、武器のカテゴリーに入っているとは言え、落ちている木を拾った物だから、こんなもんだろう。
因みにカロンの木とは、この世界特有の樹木の名前らしい。
俺はそれを肩に担ぐと、再びターナを先頭にして歩き出す。
眼の前を行くターナは服の面積が少ない事もあって、後ろ姿がかなり際どい。
俺の上着を着る様に勧めたのだが、彼女は頑として聞き入れてくれなかった。
理由としては、俺の防御力が落ちてしまう事への心配と、自分の動きが制限されると言った事を上げた。
しかし、後ろからでも分かる彼女の人間的な肉体を蝕む様な斑模様は、見ていて痛々しい。
特に彼女はそれに対して、何らかの不具合を感じてはいない様なのだが、俺的には、アレが全身を覆ってしまうのでは無いかと不安になる時がある。
あの斑模様に覆われた時、彼女は一体どうなってしまうのだろうか・・・・。
そんな事を考えながらも、俺はアニーズを頻繁に使って周囲への警戒は怠らない様にしていた。
グラッド・ラーナンの時の様な事は二度とゴメンだからな。
幸い、アニーズは魔法に分類されているがMPの消費は0とされているので、頻繁に使える。因みに、俺の魔法量は評価は『大海と同等』となっており、恐らくだが、物凄い魔力を蓄えてはいると思う。
ただし、今の所、それを活かせる様な魔法は覚えていなので、全くの無意味だが。
それと、頻繁にアニーズを使っているのは、何も警戒の為だけではない。
手頃な経験値上げになるモンスターを探してもいるからだ。
今の所、アニーズに引っかかるモンスターのレベルは2から3が多く、時折、4以上の物も見つかる。
ターナのレベルが3なので、同レベルのモンスターでも俺と連携すれば何とかなるかも知れないが、ここは安全策を取りたい。
ターナを万が一失う様な事があれば、それこそ行き詰まるからだ。
ここは、できればレベル2以下で単独行動、それも周囲にモンスターが居ない所で戦いたい。
しかし、さっきから条件に合致する相手はなかなか見つからない。レベル2以下のモンスターは、大抵は群れている事が多い。
俺が戦ったワビッチは、ある意味では幸運だったと言える。
「ターナ、待て」
俺の制止の声を受け、彼女は直ぐ様その場で立ち止まり、じっとする。
アニーズに、レベル1で単独行動しているモンスターが引っかかった。しかも、周囲にモンスターの反応は無い。
これなら行ける。
俺はターナに近付くと、小声で指示を出した。
「ご主人様、今です」
ターナの呼びかけに応じ、俺は雄叫びを上げながら瀕死になっているモンスターに走り寄る。
猿と蜘蛛が合体した様なモンスターは、八本あった足を全てターナに潰され、仰向けに倒れて藻掻いていた。
アニーズによると、『トラクル』とか言うモンスターらしい。
強さは『ケルベロスクラス第10位』危険度は『ゴリラ並』となっている。このアニーズによる評価は、相変わらず抽象的な表現ばかりで分かる様で分かり難い。
ただ、『ケルベロスクラス第10位』の強さと『ゴリラ並』の危険度では、『朱雀クラス第10位』には敵わなかった様だ。
もっとも、こっちは相手に存在を知られる前に察知して不意打ちをかけ、それでトラクルと言う名前のモンスターは、最初で片側の手足をターナにほぼ全部切られてしまっているので、本来の力を発揮する前に一方的にやられてしまってはいるのだが。
とは言え、彼女の実力が見事であるのも確かで、レベル3と格下の相手とは言え、全く無駄の無い動きであっと言う間に戦闘力を奪ってしまった。
しかし、ここに来るまでは長かった。
ターナも最初は手加減と言った物に戸惑い、オマケにレベル1や2の相手にとってはその一撃は致命傷となり易いらしく、俺が止めを刺す時には既に虫の息で、レベル上げの相手としては非常に微妙だった。
じゃあ、と言う事で、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだろうと、ターナを囮にしてモンスターの隙きを突き、闇雲に俺が打撃を与えると言う方法に切り替えてみた。
だが、それもタイミングが上手く合わずに、結局はターナの方に経験値を献上する羽目になっていた。
まあ、失敗していたのは、俺が弱いってのも原因ではある。
そのお蔭で、ターナの方はレベルが5にまで上がってしまい、評価の方もクラスこそ変わっていないが、影響度が『素質のある新兵』から『実戦を学んだ素質のある新兵』へと変わっていて、確実に強くなっている様だ。
まあ、本来の目的である俺のレベルアップはお蔭で遠のいたのだが、漸くそのチャンスが訪れたのだ。
気合を入れて木の棒、もとい棍棒をモンスターの頭に振り下ろす。
猿っぽい顔に昆虫の様な複数の目が並ぶ様は、それだけでも怖すぎるのだが、俺が棍棒を振り下ろす度に変形して行き、よりホラー度が増して行く。
しかし、数回の打撃では全く死んではくれない。
俺の腕力が弱いのか、武器が貧弱なのか、レベル差があるからなのか、モンスターが頑丈なのか、それとも全部か。
とにかく、俺は相手がくたばるまで棍棒を振り下ろし続けた。
その数、実に80回以上。
疲労困憊となった所で、漸くモンスターがグッタリとなった。アニーズで見ても死亡が確認される。
これで漸く俺にも経験値が入る。もしかしたら、レベルアップする可能性もあるはずだ。
疲れを押し殺し、今度は自分にアニーズを使ってみる。
ところが、レベルアップどころか、経験値すら入っている様子が無い。
どう言うことだ?
俺は何度も確認してみたが、やはり、何度見ても経験値の欄には変化がない。
それどころか、項目除外を意味する一本線のまま。
混乱する頭で何気なく棍棒の方を見てみると、そっちがレベル2から上がって4になっていた。
嘘だろ。
俺は、力が抜けてその場にへたり込む。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
その様子に、ターナが心配そうに寄って来たのだが、ショックで俺は何も答えられない。
この世界では、武器を使って攻撃するとそっちに経験値が入ってしまうのか?
それとも、何かの制限があるのか?
色んな考えが頭を巡ったが、明確な答えは出ない。
いや、そうした現象を踏まえるとすると、俺の身体で直接打撃を与えると経験値が入ってくるのか?
もしかしたら、レベル差があると武器を使っても倒したと認識されていない可能性もある。
もう一度、やり直しだ。
「だ、大丈夫だ。ターナ、もう一回・・・・」
と言いかけた時だ、横から勢いよく飛んできた丸太の様な物にターナがぶっ飛ばされ、そのまま森の奥へと消える。
何かが飛んできた方向を見ると、全身の毛が剥かれた様な熊の頭に、象の鼻みたいなのがくっついた感じのモンスターが立っていた。
慌てて立ち上がって距離を取り、アニーズで調べる。
名称『ガファアンド』レベル5。
種別『モンスター・ガファアンド種』強さ『ケルベロスクラス第7位』危険度『人食い熊並』
『耐久力はそれ程でも無いが、レベル以上の怪力を持っていて、その一撃は格上の相手すら凌ぐ事がある。自在に動く長い触手は、手の代わりにもなるが、同時に武器にもなる』
ヤバイ。
見た目からしても危険な相手だが、丸太をサッカーボールの様に飛ばした事から見ても、あの怪力は洒落にならない。
何より、ターナをぶっ飛ばされたのが痛い。
彼女の安否も気になるが、あれではどのみち唯では済むまい。
しかも、このガファアンドと言うモンスター、手には俺よりも太い棍棒を持っている。
怪力にプラスされたその一撃は、俺を即死させるのに十分な威力を持っているのは間違いないだろう。
ここは逃げるのが得策なのだが、トラクルにとどめを刺しただけで体力を使い切ってしまったので、逃げ切る自信がない。
何も考えられないまま、俺は自分の棍棒を正面に構える。
ジリジリと奴が俺に詰め寄り、それに対して俺も奴の右方向へと回りながら距離を保つ様にする。
そこに空間が空いていたからでもあるが、何かで利き手の外側に向かうと攻撃はし難いと読んだ事があるからだ。でも、何の武器の話だったかは覚えていないので、確証は何もない。
と、奴の身体が一瞬捻られ、思った以上の速さで詰め寄ると、鋭い棍棒の一撃が繰り出された。
伏せる形で間一髪でかわした俺だが、その直後に何かが振り下ろされるのを視界の隅に捉えて、咄嗟に棍棒をカウンターで当てる。
そのお蔭で致命傷こそもらわなかったが、俺は棍棒ごとぶっ飛ばされた。
奇跡的に両足で着地する事に成功し、後ろに大分滑りながら体制を保つと、攻撃してきた正体を知る。
奴の鼻・・・ではなく、触手だ。
相当マズイ。
棍棒の一撃でさえヤバイのに、あの触手もそれ並みの威力を持っている。
いや、変幻自在に動く分、予想し難いあの触手の方がかえって危険だ。
どうする、どうする?
俺は必死になって考えると同時に、アニーズを使ってターナを含めて情報の収集を行う。
ガファアンドに関しては『高揚』とか『興奮』とか、コッチにとってはありがたく無い変化が見られる一方で、ターナはなかなかアニーズに引っかからない。
まさか、死んだのか?
いや、例え死んだとしても何かしらの情報が出てくるはずなのだ。
多分、俺が慌てているせいで、探知の範囲に引っかかってこないのだろう。
とは言え、ノンビリとはしていられない。
ガファアンドが雄叫びを上げ、突進してきたのだ。
俺は咄嗟に木々の中に入り、それを盾にしてやり過ごそうとしたのだが、ガファアンドはその怪力を遺憾なく発揮し、結構な太さの木をへし折り、薙ぎ倒して追いかけて来た。
その威力に俺は吹き飛ばされ、滅茶苦茶にそこらを転がり回される。
多少、木々が邪魔をして奴の突進を妨げてはいたが、それも意に介さずに真っ直ぐにコッチへと向かってくる。
一方で俺の方は体力の消耗が激しく、それによって逆に木やその根っこが障害物となり、上手く走れない。
そのせいで追いつかれて、再び攻撃を受けたのだが、幸運にも全てをスレスレでかわす。
だが、それも長続きはしなかった。
息が切れ、足が思う様に動かなくなり、木が壁となって追い込まれた。
「や、ヤバイ、ヤバイ。助けて、ターナ!ターナ!!誰か、助けて」
自分でも情けない程の悲鳴を、俺は必死になって叫んだ。
すると、俺の右手に例の妙な感覚が走る。
そして、やはり眩い程の光が辺りを包み込み、ゆっくりと目を開けると・・・・
木でできた少女の様な人形が、俺の棍棒を持ってそこには立っていた。