~辺境の王者~ -29. 始動 その2
総勢、六百近い人数が列をなし移動する姿はやはり圧巻だった。
その大部分はイーブル・ラーナン達であったが、俺達を中心に周囲を連中が囲み、更にその外周にも分隊化された少数のイーブル・ラーナン達が配置されて警戒に当たっている。
数ヶ月経つ割にはイーブル・ラーナンの数は少ないが、それはローナの経験値稼ぎを優先したのと、それによって増殖させる時間が必然的に限られた為でもある。
もっとも、先頭はマガツノミホロが自ら努め、立ちふさがるモンスターは容赦なく素手で叩きのめすので、その数も大して意味がない。
オマケに、即応にはターナやアニーが入るので、モンスターは警戒網の中に入る事すらできず、結局のところイーブル・ラーナン達は見せかけ以上には余り役に立っていないとも言えた。
ただし、数的な有利は余裕を生むことも確かだ。
それ故、俺はと言うと、ユーカがドレスを変化させた台に彼女と共に座り、ノンビリと回りの景色を楽しみながらその快適さを満喫していた。
台は、両側から木の根が蜘蛛の足の様に生えており、実際にそれが動いて移動するので、自分の足で歩かなくても済んだ。
その真ん中に腰を据え、直ぐ側にはユーカが。
そして、両脇にはユーカレブトが控え、身の回りの世話をしてくれるなど、まるで王様にでもなった気分だ。
前回の過酷だった旅と比べると偉い違いと言える。
また、ユーカの台はかなりの重量物でも運べるらしく、リディを載せても軽々と移動できた。
その気になれば、交替で休憩しながら移動するなんて事もできるだろう。
まあ、そうなると今度はユーカに逆に負担がかかり過ぎるので、実際にやるかどうかは別だ。
そのリディはイユキと共に両脇を固めており、最終防衛ラインを敷く。
もっとも、ユーカの探知能力が向上した事もあってか、モンスターは場合によってはイーブル・ラーナンの警戒に引っかかる前に迎撃されたりするので、俺はその姿さえ見たことが無い。
心の中で「また油断しているなー」とか思うのだが、この万全の体制の中にあっては、気を緩めるなと言う方が難しいと言うものだ。
事実、モンスターを探知する役目すら俺には回っては来ない。
その為、一日の内、半分近くは寝て過ごしていた。
何と言う自堕落ぶり。
ただ、眠る事を進めたのはユーカでもある。
彼女によると、俺は自分が考えている以上に相当に疲れているらしい。
それを聞いた時、最初はピンと来なかったのだが、後で彼女の言っている意味の中に、俺の心の疲れも指している気がしてちょっと驚いた。
その甲斐もあってか、最近はすこぶる調子が良い。今の所、全てが順調だ。
数日後、俺達は複雑な地形を超えて、王都跡へと続く平原へと降り立った。ここを進んで行けば、王都跡までは直ぐだ。
平原を見渡しながら、地面に降りた俺が伸びをした時、ユーカが緊張した声を出した。
「モンスターの反応、複数・・・いえ、かなりの数です。みんな気をつけて」
その一言に、俺も慌ててアニーズを使うと、確かに、前方に数えきれない程のモンスターの情報が表示された。あまりにも多すぎて、情報タグが層を成して重なるほどだ。
機能の一部を使い一番大きいナンバーを表示させて確認させると、モンスターの数は大凡で三百体近い事が分かる。
以前は居なかったはずなのに、こんな膨大な数のモンスターが、何故こんな所にいるのか。
モンスターの名前は『ザウバラム』と言い、狼や犬の様な身体に、ぶどうの様な房が大小付いた様な頭部を持っていた。そして、それらから目のない蛇の様な物が幾つも生えている。
強さは『ケルベロスクラス第6位』危険度は『戦闘車両』と、これまた見たことが無い評価が並ぶ。
説明も変だ。
『封印防護の為に作られた魔法生物。特にレジリオルノの封印に対して危険が及ぶと判断された時、その為に緊急で生成されて派遣される。今回はイレギュラーによる本拠地侵入により、機能不全に陥って失敗した。ただし、"現地の防衛システム"により、封印防護は成功している』
初めて聞く単語が並ぶ上に、既に何事かが終わったのに動いている様な情報だ。
と言うか、来た方向、生成されたと言う説明を見るに、王都跡由来のモンスターなのか。
しかも、最低でもレベルは13もあり、最高の奴に至っては15の奴もいた。
それが三百体以上とか、俺達にとってはある意味最悪の相手だ。
それが、真っ直ぐにコッチを目指してやって来る。
いや、前後の様子を見るに、最初は別方向に向かっていたはずなのに、突然進路を変えたらしい。
数だけで言えば俺達は確かにニ倍近いのだが、レベル差で考えればとても太刀打ち出来る相手ではない。
ここは、一旦引いて様子を見るべきだろう。
そう考えたのだが、ここで声を上げた者がいた。
「腕鳴らしには丁度よい。私に任せろ」
そう言って進み出たのは、マガツノミホロだった。
確かに、彼女の力量を見るにはいい相手かもしれない。
俺も雑魚しか倒しているところを見た事がないので、その力をじっくりと見たことがないのだ。
早々に刀を抜き、身体を捻って後ろ手に構えるマガツノミホロ。
目の錯覚で無ければ、彼女の身体全体から、青い気の様な物が立ち上っている。
そして、低い声で「必殺の斬撃」と言い放つと同時に刀を振るった。
すると、先頭を走っていたザウバラムの大多数が宙を舞って弾き飛ばされる。下手したら、百近い数にダメージを与えたかもしれない。
かなりの距離があったと言うのに、とんでもない威力だ。
しかし、マガツノミホロ見てみると、腕を押さえて疼く待っていた。
「ど、どうした。どこか、痛いのか?」
「な、何でも無い」
そう言って立ち上がろうとしたが、刀を落としてしまった。その手は震えている。
尚も拾って振るおうとする彼女を、俺と他のメンバーが止める。
「や、止めろ。私は大丈夫だ。まだ、やれる」
強気の発言をするマガツノミホロだったが、明らかに身体に力が入っておらず、俺でもやすやすと制止できてしまう。理由は分からないが、これ以上は無理だと判断し、刀を取り上げて下がらせた。
涙目で悔しそうな顔を俺に向け、何か訴える様な表情をしたが、俺は分かっていると言う風に頷く。
まあ、マガツノミホロに相手をさせるモンスターは他に居るので、後でその事を話せば良いだろう。
それよりも、今は迫ってきているモンスターの事だ。
イーブル・ラーナンを盾にして、ここは一旦逃げるべきだ。
俺がそう判断を下そうとした時、また別の者が声を上げた。
「主様、ここは、私に任せてもらえませんか」
今度はユーカだった。
「いや、無理をするな。あのレベルの大群は、流石に不味い。マガツノミホロの不調もそうだが、お前もどうなるか・・・・」
「彼女の場合、力の巨大さに身体が付いて来れなかったのでしょう。以前の私なら、同じ様になっていたかも知れませんが、今なら大丈夫です。どうか、任せてはもらえないでしょうか」
真剣な眼差しを向けるユーカに、俺はそれ以上は何も言えず、ただ一言、任せるとしか言えなかった。
それを聞いたユーカは、台から自分とスカートを分離させると、地面に降り立つ。
「展開なさい、強欲の根」
すると、スカートから幾つもの根っこが生え、それが地面に潜っていった。
そのまま、地面に亀裂が入って何かが突き進む様な光景を見せた後、その先で再び根っこが地面に現れ、ザウバラムの群れに襲いかかる。
あるものは貫かれ、あるものは拘束されて動きを止められた。
しかし、それでも全てを止める事はできず、数十体がこちらに向かって走って来る。
それを見たユーカが、更にスカートの根を前に伸ばす。
そして、そこから、彼女の腕と同じ位の長さで、棘の様な物が幾つも飛び出た。
「絶命の棘」
と、ザウバラム達がある程度近づいた所で、その棘が発射され、デタラメではあるが広範囲に命中して尽く突進を阻んで見せる。
その威力は、ただ棘が発射された様な威力ではない。
一種のロケット弾とも言える破壊力を持っていた。
植物の中には種を破壊的勢いで飛ばす物があると聞いた事があるが、その様な物を応用でもしたとでも言うのだろうか。
だが、棘が刺さった位ではダメージはあまり与えられなかったらしく、ザウバラム達は直ぐに立った。
そして再び走り出そうとした所で、急にひっくり返り始め、そのまま藻掻き苦しむ。
「ユーカ、あれは・・・・?」
「毒です」
事もなげにユーカはそう答えた。そう言えば、アニーズで見た時、『苦悶の毒』とかあったな。いや、棘自体も絶命何とかってあったから、最初から毒を含んだ物だったのかも知れない。
・・・俺、今もユーカから水を飲ませてもらっているんだけど、大丈夫だよな。
「心配ありませんよ?水はちゃんと浄化した物で、別物ですから」
そんな俺の心配を見抜いたのか、ユーカが顔を覗き込んでくる。胸が大きい。
じゃなくて、近いよ。
思わず、赤面して顔を逸らす俺。
そんな俺を見て、小悪魔の様にウフフッとユーカが笑う。
「そろそろ、頃合いですね。みんな、敵の数は適度に減らしました。今です」
ユーカの合図により、動ける者が一斉に突撃して行く。
その後は、一方的な狩りの場となった。
王都跡に辿り着く前に、思わぬ収穫を得たと言って良いだろう。
ザウバラムを大量に倒した事で、それぞれがレベルアップしたのだ。
それにより、ユーカとターナがレベル17に、イユキが13に、アニーが11に、ローナとリディが9に上がった。そして、マガツノミホロもレベルが2になっている。
これで、最低でも目的の一つは簡単に達せられそうだ。
それにしても、ユーカのパワーアップには驚かされるばかりだ。
基本的に、後方支援的な存在だと思っていたし、それでも十分だったはずなのだが、今では直接戦闘においても高い能力を発揮する様になっている。
下手をしたら、ダナウン・ダナンザとも差しで勝負できるのでは無いだろうか。
一方で、マガツノミホロの落ち込みが酷い。
ターナが作った移動式台の後ろで膝を抱える様にして座り込み、ずっとブツブツ言っている。
一応、活躍の場はまだある事を言ってはあるのだが、彼女的には色々と納得が行かないらしい。
因みに、前方にはリディが変わって立っている。
まあ、目ぼしいモンスターはザウバラムだけだったので、その後は戦闘らしい戦闘は起きていない。
と、隊の前進が突然止まる。
「前方に、王都跡を確認」
一人のイーブル・ラーナン報告してきた。
それを聞いた俺達は、台を降りて前へ移動し、自分の目で確かめる。
そこには、確かにあの王都跡が変わらぬ姿で存在していた。
アニーズで魔法陣の正確な位置を確認した後、俺達は少し離れた位置で野営の準備に入る。
本当なら、ここでマガツノミホロとドノロファルを戦わせたかったのだが、本人の体調と精神面を考慮して、今日は休ませてやる事にした。
本人だけは、それに不平不満を言った上に、かなり強がって見せたが。
既に陽は暮れはじめ、辺りに落ちる影が長く伸びる。
忙しなく動くイーブル・ラーナン達のせいで、まるで影のカーテンが閉まったり閉じたりしている様だ。
その中で、一つだけ佇む影があった。リディだった。
近付いて見ると、珍しく鎧を開けて本人が外の景色を眺めていた。いや、正確には王都跡を見つめている。
「やはり、生まれ故郷が懐かしいのか」
「主君・・・いえ、我はあそこで何をしていたのかと考えておりました」
確かに、リディの存在には疑問が多い。
まあ、それを言ったら、今のところ俺も含めて謎が多いのだが、この王都の存在とそれに関連する事もまた、興味が尽きないではある。
ただ、新たに気になる事ができた。それは、今日戦ったザウバラムの事だ。
説明にあった『封印防護の為に作られた魔法生物。特にレジリオルノの封印に対して危険が及ぶと判断された時、その為に緊急で生成されて派遣される。今回はイレギュラーによる本拠地侵入により、機能不全に陥って失敗した。ただし、現地の防衛システムにより、封印防護は成功している』が色々と気になる。
魔法生物とか対侵入者用とかの説明を読むと、このモンスターは王都跡と関係がある感じがする。
だが、レジリオルノの封印って何だ?
機能不全により失敗とあるが、これは直近で俺達に負けた事を意味するのだろうか。
いや、そんな分けない。
戦う前からこの説明はあったのだから、それ以前の情報として考えるのが自然だ。
だとしたら、俺達が王都跡に侵入した時の事を指しているのか。
そう考えると納得なのだが、イマイチ腑に落ちない。大体、俺達が王都跡に最初に侵入したのは、随分と前の事だ。
それが、今になって何故現れて動く必要があったのか。
そもそも、アニーズを使っても何かしらの封印に関する情報は拾えていない。
この手法もどこか信用できないところがあるが、少なくともレジリオルノと言う名称は王都跡では一度も見た事がない。
大体、本拠地に侵入されて機能不全に陥ったとあるが、そこは一体どこだったのか。
また、派遣されるって表現も変だ。
ザウバラム達が大群を成して移動していたって事は、本来の目的地は別にあったと考える事もできる。
まさかとは思うが、俺達が来る事を予想して派遣されたのか?
だが、そうなると、失敗したと言う表現がおかしい所に戻る。
説明のみから推測するに、このザウバラム達は、本来ならばもっと以前に何かに備えて生成が開始される予定だった。
しかし、それが予期しない事態によって間に合わず、結果として今になって移動を開始した。
それなら確かに失敗している。
つまり、封印に関する危機に駆けつけるのには、間に合わなかったと読み取る事もできるのだ。
一方で、別の封印を守っている装置により、事態は収拾されたらしい。
俺達の知らない所で、何かが起きていたのか。
そうすると、ザウバラムを全滅させたのは不味かったかも知れない。
とは言え、奴らがコッチに向かって来たのだから、仕方が無い事でもある。
いや、進行方向を変えたのを見ると、やはり、標的は俺達だった可能性だって大いにある。
もしかして、封印とはリディの事を指すのだろうか。
だとしても、今度は現地防衛システムとか、封印防護と言う説明に疑問が湧く。
リディを中心に考えると、彼女に何かしらの作用を及ぼしたとしたら、それは俺とドノロファルと言うことになる。
事実上、ドノロファルに対してリディは一度負けている。
あれを持って封印防護が成功したと誤認されたのだろうか。
或いは、俺が名を与えた事で安定化した事を指すのか。
そうだとすると、ザウバラムがコッチに向かってきた事にも説明は付く。
しかし、仮に封印の対象がリディを指すとしたら、レジリオルノだの危険だのと言う表現に疑問が出る。
第一、アニーズで見たリディの説明では、彼女は本来、何かの脅威に対抗する為に作られた様に表記されていた。
言わば、ドノロファルを始めとした王都の防衛組の一つとも言えなくもない。
大体、危険である存在であれば、もっと厳重に保管されていても良いはずだ。
少なくとも俺が王都跡でゴーレムの家を見た時、彼女が居たとされる場所は何もなく、更に言えば整然と並んだ他のゴーレムとは違い、リディは放り出されたも同然にただ置かれていただけの印象を受けた。
そうした様子から、彼女は実験の為に動かそうとしたところ、何かしらの理由によって放置された可能性が高い。
逆に言えば、放置しても問題ないと見られていたと言うことだ。
念の為、その辺りも彼女に聞いたのだが、特に心当たりが無いと言う返答が返ってきた。
やはり、謎は残ったままだ。
今だに立ち尽くすリディをそのままにして、俺は野営地の方へと足を向ける。
別に、彼女をそっとしておこうとか考えた訳ではない。
気配を感じてそれとなく振り向けば、マガツノミホロが遠慮がちにこちらを見て立っているのが見えたからだ。
何と言うか、何時もの強気な彼女とはすっかり様子が違い、どことなく少女っぽい佇まいを見せていたので、これは行ってやらなければと思ったのだ。
俺が気が付いてくれたのにホッとしたのか、その表情が一瞬緩むのを、辺りが既に日を落としつつある中でも分かった。
だが同時に、それによって彼女が強気に戻り、ぷいっとして腕を組みながら横を向くのも確認する事になる。
それに一瞬だけ苦笑した俺は、やれやれと思いながらも歩いて行った。
直ぐ隣まで来ると、マガツノミホロは相も変わらず悪態を突きながらも側に着いて並んで歩く。
内容的には、リディに抜けかげさせるつもりかだの何だの、それらしい事を言っていたが、指で俺の袖を摘んでいるあたり、どうにも心細い何かがあるのだろう。
この娘は、その戦闘力の高さとは裏腹に、どうにも精神的な面で弱い面が垣間見える。
ただ、その原因の一端は俺がお預けにしている、ある事に起因している可能性もあるので、よっぽど気を付けてやらないと行けない面が俺にもあった。
さてはて、問題と謎はどんどんと積み上がるが、こちらは前進し続けるしか無い。
イーブル・ラーナン達が作る影は、今では完全に王都跡の巨大な塀のそれに紛れてしまい、カーテンと言う表現を今も用いるなら閉じた状態だ。
その先を見ればほぼ薄暗くなってはいたが、ぽつりぽつりと明かりが灯り始める。
恐らく、ターナが夜に備えて火を付け始めたのだろう。
それが新たに影を生み出し、テントの中ではしゃぐ様な仕草をするアニーとターナの姿を浮かび上がらせる。
マガツノミホロを側に寄り添えさせながら、俺はその方向へとゆっくりと歩いて行った。




