~辺境の王者~ -25. 崖の底へ その3
イーブル・ラーナンを何度か突撃させ、ダオウルルズの反応を見てみる。
それで大体の攻撃範囲とパターンを把握した。
遠距離攻撃は届くとしても五メートル前後。
これ以上の距離を維持しておけば、取り敢えずは安全な様だ。
そして、奴の攻撃パターンには特徴があり、必ず刀を起点としている事が分かる。
空いている腕の方を使う事は殆どなく、時間差でかつ四方から突撃させても必ず刀を返して攻撃する。
それに何の意味があるのかは分からないが、少なくとも、どの攻撃にも何かしらの補助効果が伴うので、喰らえば確実に大きなダメージを喰らうのは確かだ。
或いは、既に乗っ取られた部分に主導権がある為、それ以外は反応できないのかもしれない。
しかし、コイツは厄介過ぎる。
百体のイーブル・ラーナンを突撃させ、その内、二十体程度を奴に張り付かせる事に成功したのだが、超至近距離攻撃とでも言うべき手段によってやすやすと剥がされてしまった。
予めユーカから報告はあったのだが、改めて自分の目で確かめてみても凄まじい。
ただ、あの攻撃は、俺をグラッド・ラーナンから救ってくれた方法でもある。
やはり、あれはマガツノミホロだ。
アニーズで確認しようとすると、何故か武器単体としては情報を拾う事ができず、ダオウルルズだけが対象となってしまう。
それにより当初は別の何かとも思ったのだが、これで確信が持てた。
同化しようとしている事で、奴の体の一部として認識されてしまっているのか、或いは中途半端に事が進んでいるので、判別に遅れが生じているのかも知れない。
実際、そうした現象は、人化した武器にも名前を与える前と後でも見られた現象だ。
これで少なくとも、以前に俺が見た情報全てに警戒しなければならない事になる。
ユーカ達から聞いた話を総合すると、どうも『全防御喰い破り』と『必殺の斬撃』とか言う物を併用して使っていた感じもする。
確かその他にも、相手の生命とか魔力を吸収して変換するとか『神魔絶刀』など、名前だけ聞いても物騒なのがあったはずだ。
これらが使われている様子は今のところない。単に使う必要がないと思われているのか、それとも使えないのか分からないが、油断はできないだろう。
他にも魔法とか技とかの表記もあったはずなので、それが発動する前に倒さないと行けない。
もっとも、それが一番難しい問題だ。
超至近攻撃がある以上、生半可な方法では押さえ込むのも難しい。
リディなら、その攻撃にも耐えた上で押さえ込む事もできる可能性もあるのだが、追い詰められた奴が何をするかは分からない。
まだ出していない『神魔絶刀』と言うのがどう言った攻撃方法かはしらないが、知らないまま送り出すにはやはりリスクが大きい。
幾らでも生み出せるイーブル・ラーナンならまだしも、主要メンバーで賭けに出る様な真似は出来る限り避けたい。
正直、唯一互角に渡りあえているターナも、できるなら引かせたいところだが他に手がないので仕方がない。
実際、既にイユキは危険な状態と言ってよかったので、下がらせて待機を命じてある。
本人はまだやれると言ってはいたが、アニーズで調べると『損害・中』となっており、防御力が高い彼女でこれなのだから、他のメンバーだとどうなるか分からない。
むしろ、この程度で済んでいたのが幸いだ。
他にも、俺が覚えている限りでは『必中の一閃』とか『攻相打つ』なんて物もあったのだが、それらは話を聞く限りではまだ出していない。あるいは使えないのかも知れない。
どれが当てはまるのかは分からないが、奴に相対するならこちらも必殺の策を持って当たらないと、反撃を受けて大変な事態になるだろう。
それだけは絶対に避けなければならない。
だが、どうする。
唯一こちらが勝っているとしたら、イーブル・ラーナンの数とターナの速度だ。
この両方があって釘付けにできているが、ローナが今も発生させているとは言え、イーブル・ラーナンの数もこのままでは尽きる。
更に言えば、だんだんとターナの速度にも対応し始めている気がする。
時間が経つほど、こちらが不利になって行くのは間違いない。
ユーカが実行したと言う作戦は良い線行っているが、今から水を補給させて準備をするには時間がかかりすぎる。
等と考えていたら、ダオウルルズが突然藻掻き苦しみだした。
変異した部分がまるで別の生き物様に大小のコブを波立たせ、そして、下半身から足の様な物を生やし、更には完全に形状を変える。
その姿はまるで、鎧を着た戦国武将その物だ。
だが、同時に妙な反応も見せる。
足で立とうとするのだが、半分はまだダオウルルズのままなので、バランスを崩して地に手を着く。
何がしたいんだコイツ?
しかし、これはチャンスかもしれない。咄嗟にそう思った俺は、弾かれる様に指示を出した。
「リディ、俺の合図でアイツをひっくり返して抑え込め。
ユーカは全イーブル・ラーナンを統制して、リディの支援に当たれ。
アニー、隙きを見てリディの補助を。
ターナ、リディが抑え込んだら、変異していない方を集中的に攻撃しろ。お前の炎で、内部から出来る限りのダメージを与えるんだ」
この指示は、全部が単なる思い付きでしかない。もはや、作戦なんて呼べる物でもない。
妙な動きを見るに、ダオウルルズは完全にはマガツノミホロの侵食は受けていないのだろう。
それ故に、両者には統率を巡る駆け引きの様な物が内部で起こり、それによって非効率な動きを取っている様にも見える。
変異が著しく進行した事で、それは更に顕著になったのかもしれない。
その証拠に、バランス的にまだ悪いと言うのに、無理矢理に立とうとしている。
恐らくだが、どっちかの意識が相手の形状の把握を邪魔をして、それぞれがてんでバラバラに動いているのかも知れない。
そこに、火と言う亀裂を入れるとどうなるか。
完全に侵食できていない宿主の半身が死にそうになれば、変異部分はそれに慌てる可能性がある。
そうなれば、攻撃以外に意識を持っていけるかも知れない。
何とも自分に都合の良い方向での解釈ばかりだが、拾える情報だけで当てはめるのなら、必ずしも大きく外れてはいないはずだ。
どの道、準備不足の現段階では、他に取れる手段はない。
これ以上、何かを待っていても、今以上の好機はやってこないはずだ。
再び、ダオウルルズが立ち上がろうとしたが、バランスを取りそこねて、今度は派手に転ぶ。
「今だ、ユーカ!」
「イーブル・ラーナン、1番隊突撃。2番隊は両脇から崖上を伝って側面から攻撃せよ」
その合図によって無数のイーブル・ラーナン達が駆けてゆく。
案の定、転んだ事でダオウルルズは反応できない。そこへ、奴の武器を持つ腕を中心にイーブル・ラーナン達が群がり、その動きを封じようとする。
しかし、剣を振る仕草をした途端、超近接攻撃が発動し、イーブル・ラーナン達が弾き飛んだ。
その僅かな隙きにリディが突進する。更にはアニーがリディの背中に突撃して蹴り飛ばし、突進速度を速める。
お蔭でリディはダオウルルズを抑え込むのに成功した。
加えて、崖の上を伝ってやって来たイーブル・ラーナンの2番隊が、体のアチコチに取り付いて地面に貼り付ける。
「来い、ターナ!」
リディの呼びかけに応じ、ターナが赤い残像だけを残し、ダオウルルズの変異していない方の腕に攻撃を仕掛ける。
このダオウルルズ自体も元から防御力は高かった様なのだが、同じ箇所に連続して攻撃を喰らっては流石に一溜まりもなかった。
肉片が飛び散り、骨が抉れて、遂には腕と胴体が切り離される。
そして、ターナが最後の一撃を、その肉が露わになって柔らかくなった部分に深々と差し込んだ。
すると、勢い良く炎が上がる。
「どうだ?」
期待を込めた俺の叫びを打ち消すかの様に、次の瞬間、凄まじい威力の斬撃の嵐がダオウルルズの回りに吹き荒れ、ガッチリと押さえ込んでいたはずのリディを、イーブル・ラーナンごと弾き飛ばす。
威力が上がった?
見ると、元のダオウルルズの部分がみるみる内に茶色く変色し、既に変異していた部分には赤い割れ目の様な物が走る。
そして、その赤い割れ目は、更に茶色く変色した部分へと及んでいく。
まさか、余計に侵食部分の支配を進めてしまったのか。
考えられない事ではない。
もしかしたら本体部分は既に瀕死状態で、この攻撃でそれを後押ししてしまったのかも知れない。
だとしたら、奴は、更に力を増した可能性がある。
迂闊だった。
「失敗だ。全員、下がれ。退避!」
その号令により、ターナやアニーは楽々と逃げられたのだが、リディはそうは行かなかった。
数体のイーブル・ラーナンと共に重い一撃を受け、その場で片膝を突く。
そして、重いはずの大鎧をまるで人形でも持ち上げるかの様に、変異が進んだダオウルルズが片手で引っこ抜く。
「リディ!」
「主君よ、逃げよ。コイツは・・・異常・・・ギャア!」
ダオウルルズが刀を振るった瞬間、リディが悲鳴を上げる。大鎧には特にダメージを受けた様子はない。だが、中に居るリディには奴の攻撃は届くらしい。
全防御喰い破りなのか、必中の一閃なのかは知らないが、このままでは彼女が危ない。
「ユーカ、全イーブル・ラーナン達を突撃させろ。リディを助けるんだ」
その指示により、撤退途中だった者と後方に控えていたイーブル・ラーナン達が動き出すが、奴の放ったたったの一撃で数百単位で破壊され、近づく事さえできない。
その様を見て、変異した部分が笑った様な気がした。そして、リディに追い打ちをかける。
その度に彼女の悲鳴が上がる。
不味い。
アニーズで見てみると、リディの状態が既に『損傷・中』となっている。
後数回、同じ攻撃を受ければリディが破壊されてしまう恐れがある。
これを見てターナとアニーが突進をかけるが、どちらも容易く迎撃された。
既にターナの動きにも対応したらしい。
すると、まだ半分しか侵食していない鎧部分の口が開き、赤い口内を見せる。
「ヒ・・ッチュウノ、イッセン・・・・!」
そう言うと同時に、徐に刀を振り上げ、無造作に振った。
「主様!」
危険を察知したユーカが俺に覆いかぶさる。と同時に、彼女の背中付近と俺の肩に鋭い斬撃の様な何かが走った。
いや、全てのイーブル・ラーナン、ターナ、アニー達までもが、斬撃の様な物を浴び、弾き飛ばされ、そして、動かなくなった。
「ユーカ!」
「あ、るじ・・・様・・逃げ・・・」
そこまで言って、ユーカがガクリと崩れ落ちる。彼女の背中に走った剣撃の後は直ぐ様ふさがっていくが、人間の皮膚に近付いていた全体が、また木よりに変化して行く。
俺の肩からも血が流れるが、ユーカのお蔭でそれ程深くはない。
アニーズを使うと、ユーカの状態が『停止』となっている。
慌てて回りの連中も確認すると、ターナ、イユキ、ローナが『損傷・大』。アニー、リディが『停止』となっていた。
そして、背後に居た数体を除き、数百体居たはずのイーブル・ラーナンも、ほぼ全滅している。
これが、必中の一閃なのか。
どう言った原理なのかは知らないが、ほぼ全ての敵を確実に捉えてダメージを与えるらしい。
回避不能な上に、死角が無い。こんなの、後一回でも繰り出されたら確実に終わる。
だが、それだけでは済まされなかった。
俺の傷口から、奴の刀の方へと血が空中で帯状に流れていく。
血を吸っているのか?
確かマガツノミホロには、生命力や魔力の吸血とかあったのを思い出す。
冗談じゃない。
慌てて、俺は肩口をイユキからもらったドレスの切れ端で押さえた。
すると、流血はあっという間に収まり、血が吸われるのも阻止する。
その様子を確認したダオウルルズの変異体は、俺とリディを見比べる様な仕草のあと、何度もリディを地面に叩きつけ、そして動かなくなったのを確認し、無造作に投げ捨てる。
アニーズで確認すると、彼女の状態も『停止』となった。
「ご、ご主人様」
這いつくばりながら、俺の元に寄ろうとしたターナを、ダオウルルズが生えたばかりの足で踏みつける。
それに対し短剣を突き刺して、尚も抵抗を試みようとするターナ。
「や・・・めろ、ターナ。逃げろ」
分かっている。
それが出来るのなら、ターナもこんな事はしていない。次の瞬間、刀による直接の攻撃を受ける。
だが、それを何とか短剣で受け止め、直撃をさけるターナ。それにより、幸いと言うのか、奴から距離を取る事に成功する。
それが気に食わなかったのか、ダオウルルズの変異部分の顔が忌々しい顔をする。
そして、そのバランスの悪い体で無理矢理に方向を変えると、これまた、歩き難そうにターナの元へ向かう。
どうやら、必中の一閃って技は、何度も出せる物では無いらしい。オマケに、魔力か何かを激しく消費するらしく、攻撃が物理的な物に限定されている。
ある意味で、今がチャンスなのだが・・・・。
「イーブル・ラーナン、一体はターナを回収。残りは、奴を足止めしろ」
その命令に直ぐ様向かったイーブル・ラーナン達であったが、一瞬の後、ダオウルルズの斬撃によってあっという間に殲滅された。
特殊攻撃を、まだ出せるのか。
お蔭で、こちらには、もはや戦力はない。
それを一瞥したダオウルルズは、再びターナの元へと向かう。
と、その背後に一撃を加えた者がいた。アニーだ。
それにより、元々バランスが悪かったダオウルルズが前のめりに転ぶ。
アニーは確か、状態が『停止』だったはずだ。だが、今見てみると、『損傷・大』となっている。途中で回復したらしい。しかし、彼女も渾身の力を使い切ったのか、その場で動かなくなってしまった。
「アニー!」
走り出そうとした俺を、数体のイーブル・ラーナンが止める。
ユーカの側に待機していた奴らだ。どうして、こいつらはここに残っているんだ。
僅かに疑問が浮かんだが、今はそれどころじゃない。
このままではアニーがやられてしまう。
案の定、起き上がったダオウルルズは振り向いて確認すると、怒りの咆哮を上げアニーを掴み上げる。
そして凄まじい力でアニーの首を締め上げ始めた。
呼吸が必要ない彼女達に、こうした窒息させる様な行為は無意味だが、握りつぶされたらどの道終わりだ。
「や、やめろ。アニー!ローナ、ローナ!イーブル・ラーナンを向かわせ・・・」
振り向いてローナを見ると、彼女は今まさに、崩れ落ちる最中だった。状態は
『停止』になっている。元々、レベルがあまり高く無かった彼女だ。
高レベルな敵の特殊攻撃を受けた事で遂に力尽きたのだろう。
最後の力を振り絞ったのか、八体のイーブル・ローナンが生み出されてはいた。
だが、この数ではどうにもならない。
すると、鈍い打撃音が前から聞こてくる。
ダオウルルズが、アニーを地面に何度も叩きつけていた。
刀で攻撃すれば一思いに殺せる物を、なぶり殺すつもりらしい。
実際、数回に渡る叩きつけにより、アニーがボロボロになる。
何もできない事に、俺は自分の唇を噛み締めた。僅かに血の味がした様な気がする。
何か、何か手はないのか。
俺は、どうしてこんなに役立たずで無力なんだ。
あの時、退いておくべきだった。あんな刀に固執なんてしなければ。最初から放っておけば。
みんなが死んでしまう。誰か、誰か助けてくれ・・・・・。
何か、顔に温かい感覚の物が感じられたが、それが怪我によって付着した血なのか涙なのかは、今の俺にはどうでも良かった。
絶望から全身の力が抜け、何かが手から落ちる。
それは鞘だった。
俺は無意識にアニーズで確認する。しかし、やはりただの鞘だ。特に、何かの解決になる様な情報は見当たらない。
刃が収まる鯉口とも言われる部分に呆然と目をやっていた時、これまで過ごした日々の出来事がまるで走馬灯の様に流れていった。
これだ!
俺は、その中にあった僅かな手掛かりにかける事にした。




