~辺境の王者~ -23. 崖の底へ
ダナウン・ダナンザ戦から一週間後、俺達は寺院跡に戻ってきていた。
あの時、ボス戦直後、恐らく重い空気を振り払おうとしたのだろうが、イユキからこのまま追撃するのか、作戦を練り直して再度挑むのかを聞かれた。
正直、その時の気分として俺は即答を避けたかったのだが、一様に落ち込むみんなを見ていては、強気に振る舞うしか無かった。
そもそも、失敗の責任があるとしたら俺にある分けで、彼女達が落ち込む必要など無いはずなのだが。
何というか、知らない内に俺のやろうとしたことを、深刻に捉えていた事には驚いた。
もちろんだが、慌ててそんなに重要ではない事を説明はしたものの、むしろ気遣って余計な気を使っているとでも思われたのか、更に謝られて微妙な空気になる。
まあ、みんなであれだけ頑張って、準備したのに失敗したと言うのも確かにあるのだろう。
でも、それとて結局は俺の見通しが甘かっただけであり、他の誰かが責任を感じることじゃない。
「あ~、だ・か・ら!お前たちが気にする事ないんだって」
「・・・すいません」
ずっと、この調子である。
仕方がないので、更に理由を説明すると共に、今後の方針をその場で決定する羽目になったのである。
水中に逃れた奴を追うのは自殺行為である事。
作戦を練り直すにしろ、準備するにしろ、これ以上の手立ては今は用意できない旨を告げ、それでも当初の予定であるレベルアップは叶ったのだから、結果的には上手く言った事を説明した。
それをもって、次の目的である峡谷の調査に専念する事を掲げ、その場を後にするのを今後の方針として言い聞かせる。
確かに、池の謎は残ったままだが、仕方がない。
何かしらの戦力の補充、アイディアが浮かんだらまた挑戦すればいいだけの事だ。
ただ、ダナウン・ダナンザ戦以降、謎の反応は活発になっていた。
情報その物は相変わらず不明瞭なのだが、アニーズに対して投げかけると言うか反応の様な物があるので、集中して出処を探ると、やはりあの池の方から出た何かを拾っているのが分かる。
それも、これまでの距離などを無視した形でだ。
もっとも、その何かの情報は字の判別すらできない程にボケボケなので、どうしようもない。
変わっているのは、寺院跡ほども距離が離れているのに、その反応がコンスタンスにあると言う事だろう。
多少なりとも奴に大ダメージを与えた事で、何かしらの変化があったのかも知れない。
だが、今はどうにもならない。
戻ったその日の内に直接崖下に行っても良かったのだが、人数が膨れ上がったので、それを有効活用する為に、一時的に寺院跡に拠点を構える事にした。
出発する時は、俺を含めても僅か四人だったのが、今では千以上の大軍団になっている。
一応、ローナによる統制は取れていたとは言え、彼女一人で動かそうとすると、どうしても細かい部分で不備が出たり、順番的な点でどれを優先するかで悩む時がある様にも思える。
この辺に付いては、ダナウン・ダナンザ戦で投石機隊を率いていたユーカからの感触もあっての事だ。
幸いにも、イーブル・ラーナンは多少の認識力と知能も持っているので、ローナに仲間と認められた相手の言う事は聞くし、それによって使役させる事もできた。
それを最大限に活かす為には、やはり部隊として編成し、リーダーを頂いて動かした方が良いと考えたのだ。
特に、崖下は動きが制限される場所でもあるので、バラバラに活動させてしまうとそれが混乱を生んだり、イーブル・ラーナンその物が障害物となってしまう恐れもあるので、一定数に分けて活用する事にした。
その為として、俺とローナ、アニーが率いる連中を1番隊とし、以降、ターナ、ユーカ、イユキ、リディを隊長とし、それぞれ2から5番隊として編成する。
一つの部隊は、大凡200のイーブル・ラーナンからなり、更に、その中から適当に選んだ5体のリーダー格に40体程の部隊を統率させる形を取ってみた。
本当はもっと細かくしたかったのだが、現在のイーブル・ラーナンのレベルでは難しいらしく、上手く機能しない。
ローナによる補助を入れると可能にはなるが、当然、彼女の負担が増えて本末転倒となるので、今はこれが限界の様だ。
一応、即席的に全体的な訓練をしてみたのだが、概ね良好と言える。
これは俺が勝手に思っていただけなのだが、ローナから生まれた分体なのだから、その行動は寸分違わずピッタリとなると考えていたが、そうはならなかった。
若干というか、繰り返す度にズレの様な物が伺えた。
場合によっては、一部のイーブル・ラーナンは見当違いの動きを見せる事もあるので、彼らはどうも一体一体が個性の様な物を持っていると見た方が良いのかもしれない。
その事実は、ちょっと俺の中に不味い感情を生み出そうとしたが、敢えて無視する事にした。
そして、その編成を持って、俺達は遂に崖の前にやって来ていた。
今でもハッキリと覚えている。恐らくここで俺は、一度生きるのを諦め、そして、初めて武器が人化する瞬間を見た。
大体ではあるが、今居る場所の下に、マガツノミホロが落ちているはずだ。随分遠回りした様な気がするが、遂に、取り戻す時が来た。
取り戻した所で何が変わるのか、あるいは待っているのかは分からないが、それでも、何かしらの手がかりは得られるかも知れない。
そう考えて、俺は崖下へ降りる合図を出した。
先ず、イユキ、リディ率いる4番隊と5番隊が先行して谷底へ降りる。
崖の高さは大凡だが、三十メートル位はあるだろうか。
起伏が激しく、それによって光が遮られ、少なくとも上からは底の様子が良く見えない。
アニーズでは、幾つかのモンスターの反応も既に拾っている。ただ、気になったのは、マガツノミホロの情報が拾えない事だ。
すると案の定、少し降りた所で何かしらのモンスターと接触したらしく、ローナから戦闘に入ったと言う報告が届く。
アニーズによる調べでは、モンスターの名前は『マウルマドス』とあり、レベルは13となっている。
レベル2程度のイーブル・ラーナン達には強敵だが、同じく先行して降りたリディやイユキも居るので、大した抵抗も許さずに排除されてしまう。
その後も十数体のモンスターと戦闘に入るも、統制の取れたイーブル・ラーナン部隊により、リーダーであるイユキやリディに一対一の戦いに持ち込まれるので、全く相手にならない。
レベルで言えば最高戦力であるターナの投入時期も伺っていたのだが、結局は、その必要すらなかった。
安全を確保した所で、ターナとアニーを除く、俺を含めた残りの部隊が谷底へと降りた。ただし、イーブル・ラーナンの約半数は崖の上に待機を命じてあり、何かあったら逐次投入する様にしてある。
つまり2番隊をまるまると、それぞれの部隊から70体程のイーブル・ラーナンを引き抜いて残したのだ。
ターナとアニーを残したのは、その速度性能の高さから、即応部隊としての働きに期待したからだ。
残りのイーブル・ラーナンも、それを補佐あるいは対処する為の予備兵力と言える。
谷は比較的平らになっており歩き易い。因みに、崖を降りる際には、俺はやはりリディの力を借りた。
また、上から見ると暗かったが、底にはある程度光が届くので、それなりに視界が利く。
念の為に松明も持ってきたのだが、そこまで必要ない感じだ。
もっとも、数体のイーブル・ラーナンがそれを持って四隅を照らし出してもいるので、そのお陰かも知れない。
松明は当然だが、ダファンドの油を染み込ませた木を使っている。
俺を一度は追い詰めた奴だが、最近ではすっかり便利モンスター化しちまったな。
まあ、今の軍団あっての事なんだが。
早速イーブル・ラーナン達を使い、マガツノミホロの探索を命じるが、ここには無かった。
ここじゃ、なかったのか?
そこで俺達は二手に別れ、それぞれの方向に進んで探す事にする。
崖・・・と言うか谷は、大雑把に言えば東西に別れており、東側を俺とローナ、リディの1、5番隊が。西をユーカとイユキの3、4番隊が受け持つ事にした。
この部隊分けには意味があり、それぞれに敵探知能力を持つ者を入れてある。つまり、俺とユーカがそれに当たる。
敵を先に察知できれば、取り敢えずは、どんな奴が出てきても遅れを取る様な真似は無いはずだ。
そう考えての部隊分けである。
「リディ、ローナ。どうだ、何かあったか?」
「残念だが族長、今のところは、何も見つからない。向こうもそうみたいだ」
「我もだ。今だに、それらしき物を発見できない」
大分歩いて来たのだが、一向にそれらしき物も、反応さえも見つけられない。
ローナによって、ユーカとイユキ達が連れているイーブル・ラーナンからも、向こうの様子が知らされて来るのだが、あっちでも何も見つかってはいないらしい。
どうなっているんだ。モンスターが持ち去ったのか。それとも、俺が場所を勘違いでもしたのか。
場所に関して言えば、実は正確性を欠いている可能性は大いにあった。
何せ、目印があるわけでもなく、俺の勘と地形的な検討で、ここら辺だろうと判断したからだ。
ただし、人海戦術によって調べさせた結果、開けた感じで崖に行き当たる地形は他に無いのも確かなので、多分、当たっているとは思う。
ともかく、今は虱潰しに探すしかない。俺達は、互いの様子を確認しながら、更に進んだ。
一体のイーブル・ラーナンがユーカの元へと走り寄ってくると、唐突に喋りだす。
「ユーカ、族長より連絡だ。もう暫く移動して何も見つからない場合は、一旦引き上げろ」
そう、リーダーに任命した者が、主様からの指示を伝えてくる。
生みの親であるローナの影響なのか、単にローナの伝言をそのまま伝えただけなのか、隊長であるはずのユーカに対しても思慮無く話しかけてきた。
「分かりました。主様も気をつける様にと、伝えて下さい」
それに返事は返さず、リーダーは背筋だけをピンと伸ばすと、暫く目を閉じ、その後、何事も無かったかの様に所定の位置に戻っていった。
あの目を閉じた瞬間に、ローナに言付けを伝えたんだと思う。
便利な物だ。
「ユーカ、見せたい物がありますわ。至急、こちらまで来てくださる」
次は、イユキの預かるリーダーが報告してきた。
やはり、言葉遣いに違和感があると言うか、オウム返しな感じがしてユーカは苦笑した。
直した方が良いとは思うのだが、自分達の主がそのままで良いとしているし、私的にも、そこまでこのイーブル・ラーナン達の面倒を見る気にはなれないので、任せるままにしている。
別に上下関係を重んじている訳ではない。
一応、主であるハルタを頂点とした組織作りをしようとしているなら、そこには一定の線引をした方が良いというのが、ユーカの考えであった。
ただ、この子達も、結局は主様を守る意味では大切な仲間なので、好きにさせてやりたい思いもあった為、強要する気にはなれなかったのだ。
「イユキ」
イユキがモンスターの一匹に止めを刺した所に、ユーカは声をかけた。
前方の方を見ると、まだ複数のモンスターがおり、それらをイーブル・ラーナン達が牽制している。
レベルが低い為か直接的に仕掛けることは無く、その小回りの良さを活かして相手の目の前でクルクルと入れ替わっては、敵を翻弄していた。
その連携の良さは見事としか言いようが無く、やはり、ローナと言う一つの存在から生まれた故の為せる技なのだろう。
ただし、主であるハルタによれば、これでも動きに微妙な乱れがあるのだという。
ユーカも、よく見ればそうと分かる様な部分が感じられたが、許容範囲ではないかとも思っていた。
それを見抜くハルタはやはり偉大だと、ユーカは彼に対する内申点を更に加えるのだった。
「来ましたわね、ユーカ。変な物を拾いましたの。アナタの意見を聞かせて欲しいですわ」
私の姿を確認したイユキが、モンスターと戦いながら、身振りで一匹のイーブル・ラーナンに合図を送る。
すると、やって来たイーブル・ラーナンが、何かの棒を私に差し出してきた。
それは、ところどころ土に塗れた何かの棒の様な物だった。手に取って調べてみると、鞘の様にも見える。
「どう?私には、鞘の様に見えるのですけれど」
戦いながらも、私の様子を伺ってイユキが声をかけてくる。
「ええ、鞘だわ。多分・・・・」
武器から人化したと言う私達には、ある程度の知識が備わっている。ただ、その源がどこにあるのかは、自分達にも分からない。
これまでの経緯なのか、あるいは、主様の物を断片的に受け継いだのか。
それ故に、推測はできるのだが、見た事が無い物には流石に判断に困る時がある。
イユキ達が見つけたと言うその棒は、片方に穴の様な物が空いており、確かに何かを差し込める様になっていた。
感覚的には鞘だと思うのだが、武器の形状に想像が及ばないので、確証が持てない。
取り敢えず、主様に報告したら何か分かるかも知れないが、その前に確かめる事がある。
「イユキ、私を呼んだ理由は、これだけ?」
現在私達は、主様の指示によって前方をイユキが受け持ち、後方に私が控えて支援する様に言われている。
それをわざわざイーブル・ラーナンを使っての伝言ではなく、来る様に言ったからには、別の目的があるのだろう。
「・・・気のせいかも知れませんけれど、モンスターの数が思ったより少ない気がしますわ。念の為、この場で確認して欲しいの」
前線で戦っていない私には、モンスターの数を言われてもピンとこない。
そもそも私の能力は、主様の様に正確ではない。
数においても大体しか出せないので、少ないと言われても誤差の範囲だって事もある。
だが、戦っているイユキ本人は何かが気になるらしい。私は、意識を集中して、周辺のモンスターの反応を調べ始めた。
私のモンスターを探知する能力は、その辺りに生える植物に由来する物から反応を拾う物だ。それ故に大雑把な反応しか分からないが、存在その物に関しては確実と言えるだろう。
ここは、一見すると植物の数は少なく見えるが、実際には苔とか僅かな根っこなどがあるので、それでもカバーできる。
それをフルに使って探知を試みる。
「上よ」
その言葉にイユキが一旦下がり、松明を持つイーブル・ラーナン達に指示を出す。
明かりを掲げると、崖の中腹付近に僅かに蠢く物が見える。モンスターだ。
「こんな所に居ましたのね」
そう言って、警戒感を強めるイユキ。だが、何かが変だ。
襲いかかる為にそこに居ると言うよりは、身を縮めて隠れている様にも見える。
イユキもそれを感じ取ったのか、「変ですわね」と漏らした。
よく見ると、かなりの数のモンスターが崖の中腹に潜んでいる。
私の能力では、遠距離からだと前方に居るとしか分からないので、これでは気が付かない。いや、襲いかかる気が無い以上、危険としてそもそも探知できない。
「モンスターが、何かを恐れている。イユキ、一旦、引く・・・」
そう言いかけた時、地中から何かが飛び出した。
「族長、あっちで何かあったらしい」
前方で、リディと一緒になって戦っていたローナが突然戻ってきた。
伝言で済ませれば良いところを、わざわざ戻って来たという事は、大変な事態が起きたと考えられる。
「どうした?」
「それが分からない。ユーカとイユキも戦闘に入ったらしく、詳しい報告が届いて来ないんだ」
ローナによるイーブル・ラーナンを通じてのやり取りは、今のところ、あくまでも感覚的な物なので、詳細に関してはどうしても曖昧となる。
特に距離があると、敵に関しての情報は居るか居ないかくらいの精度になるので、だからこそ伝言を必要としたのだ。
それ故にわざわざ部隊化し、言葉できちんと報告できる隊長を立てたのだが、その二人が手一杯になると言う事は、よほど差し迫った事態が発生しているとも考えられる。
「ローナ、ターナ達に伝えろ。残りの部隊を引き連れて、イユキ達の元へ向かえと。俺達も、ここが片付き次第、行くぞ」
短く返事をすると、再びローナは前方に戻っていく。
一体、何が起こったと言うのか。
嫌な予感が、俺の頭の中を過った。




