~辺境の王者~ -21. ボスモンスターの池 その7
光が収束し消える僅かな瞬間、俺は自分の手の中に、光を反射して緑色に光る黒髪を握っていたのを見た。
目線を移すと、そこには胴体部分にだけ鎧を身に付け、後は長袖とスカートと言う出で立ちをした、剣を掲げる少女が立っていた。クルクルと先端が巻かれたロングヘアーが印象的だ。
ロングソードが人化したらしい。だが、一体なぜ?
事態は緊迫していたが、俺自身は、危機的状況に無かったはずだ。
しかし、今重要なのはそこじゃない。少なからず、戦力が確保できた事を喜ぶべきだろう。
「族長の呼びかけに応じ、来てやったぞ。俺は、何をすればいい?」
そうだ。今は、この新たな戦力をどう活かすかを考えねば。だが、その前に、やっておくべき事がある。
「直ぐに働いてもらう。だが、その前に、名前を与える」
「本当か?俺に、名前を付けてくれるのか!」
相変わらず顔立ちはあどけなさがあるが、切れそうなと言う顔立ちと表情をしていたロングソードの娘が、一瞬、顔を綻ばせる。人化した武器ってのは、名前を付けられるだけで、何故こんなにも嬉しそうにするのだろうか。
そんな事を思いながらも、俺は名前を考えた。とは言え、事態が緊迫した状態で絞り出すのは、結構難しい。長く付き合うかも知れない事を考えると、できるだけ良い名前を付けてやりたいと言う思いもある。
(長剣・・・・ロングソード・・・・イフィール達・・・・ケインケネス村・・・ううーん・・コラスルの樹液・・・・)
「ローナ。君の名前は、ローナだ」
「! お・・・おお!!俺の名前は、ローナ。族長の為に、この全てを賭して、働くぞ」
『銘のあるロングソード・ローナ』強さ『青龍クラス第10位』影響度『腕の立つ剣士』レベル5。
『名前を与えられ、その力を族長の為に振るう事を誓ったロングソード。あらゆる難敵に対し、一切の恐れを知らずに立ち向かう。また、コラスルの樹液とハルタの血が混じり合った事で、分体を発生させる力を持つ』
分体?何だこの能力は。
「族長、敵はあいつらだな。後は、任せてもらおう」
「お、おい、ちょっと」
言うが早いか、ローナはリディ達の元に向かい、戦闘に参加する。
ところが、レベル差がある為か、あるいはただのロングソードでは地力が違うのか、数回打ち合った所で弾き飛ばされた。そこを、イユキがカバーに入る。
「あなた、大丈夫ですの?新しい仲間みたいですけど・・・・」
「何のこれしき。族長の為ならば、この俺の事など!」
そう言って、また突撃を繰り返すが、やはり敵わない。
腕の本数の差もあるのか、武器を持っていない相手にさえ、攻撃に対応しきれないという様子だった。
そうこうしている内に、バンドラナ達がジワジワと戦闘に参加する人数を増やし始める。
更には、火の付いた杭を一本、どかす事にも成功した。
たった一本だが、出口の動線が出来てしまったので、そこから外に出易くなり、更に戦力が増える。
「~ローナ、分体だ。分体の能力を使え」
どんな能力かは知らなかったが、俺は苦し紛れに叫んだ。現状を少しでも打破できるなら、使える手は全て打った方が良い。
「分かった、族長よ。俺の力、存分に振るってやるぞ」
そう言って、地面に剣を突き刺すローナ。すると、地面から緑に光る何かが次々と盛り上がって来た。
それは更に形を変えて行くと、半透明な緑色をした剣を構えた人の様になる。全体のイメージだけを捉えると、ローナにも似ている。
『コラスル・イーブル・ラーナン』強さ『デュラハンクラス第10位』危険度『猟犬』レベル2。
『銘のあるロングソード、ローナの特殊能力によって生み出されたラーナンの突然変異体。ラーナン種の様な柔らかさを持ちながらも、部分的に硬質化する事ができる。これにより、生み出した本体をある程度再現する。ただし、強さは本体レベルの三分の一程度しか受け継がない上に、媒体にも左右されてしまうので、本体以上の強さは持たない』
ラーナンの突然変異体?ラーナンって、俺が最初に遭遇したモンスター、グラッド・ラーナンの仲間って事なのか。大丈夫か、これ。
情報の方にも、影響度ではなく危険度ってあるが、こっちを襲ってくる事はないだろうな。
一応、能力の方を見ると、『自然治癒』と『同化・同族限定』はあるが、グラッド・ラーナンの様に、分解や分裂なんて物がない。
「分体共、族長の為に敵を叩け。行け!」
俺の心配を他所に、ローナの指示を受けて、八体くらい生み出されたコラスル・イーブル・ラーナンが前進する。
だが、勢いだけは凄かったが、近付いた所でバンドラナ達に蹴散らされる。しかも、レベル差のある強力な打撃を喰らった為か、グラッド・ラーナンよりも簡単に屠られた。
飛び散った体組織が、煙を上げて消滅して行く。この辺はグラッド・ラーナンに似ている。
もしかして、ラーナンの分裂って、意図的に行うものであって、打撃による体組織の飛び散りまでは対応できないのかも知れない。
単体は弱すぎて全く話にならないのだが、それでもなお、イーブル・ラーナン達は次々と生み出され、命令された通りに前進し、そして倒される。
全く同じことの繰り返しに、どうしようかと思っていたのだが、暫くすると様子が一変してきた。
弱いとは言え、次々と迫るイーブル・ラーナンの群れに、バンドラナ達が手を焼き始めたのだ。
ある者は、それによってリディを始めとした何れかに大打撃を負わされ、それに対応しようとしたらイーブル・ラーナンに少なからず切りつけられる。
次第に、緑色の勢力の方が、洞窟の入り口を占有し始めた。
既に燃えていた杭は下火になり、辺りを覆っていた煙も薄くなっていたが、洞窟の中の方には、依然として煙が充満しているのが見える。
そこへ、イーブル・ラーナン達が押し寄せ、後からリディとイユキが続く。
アニーも中に入ろうとしたのだが、彼女の能力では洞窟内部では力を発揮できないとして、入り口付近で待機を命じた。
今度は、外から入り口を塞ぐ杭を中へと弾き飛ばし、こっちが雪崩込む。
鋭い金属音や、鈍い打撃音が断続的に続いたが、それも次第に奥へと移動していき、最終的には外からは何も聞こえなくなった。
外部からは、相変わらずローナが八体単位で生み出す分体達が、生み出されては洞窟内部に向かう。
ここまで来たら、もう良いのではとも考えたが、戦いが終わるまでは油断できないとして、俺はそのままにした。
どうやら、分体を生み出す間は、ローナは動けないらしい。
そして夜が明けた頃、リディとイユキが戻ってきた。
「敵の抵抗、ありませんわ。全滅したものと思われます。ただ・・・・」
「ただ?」
「その新しい仲間が生み出している連中が邪魔で、完全に確認するのは困難ですわ。一旦、外に出して頂きませんと」
ああ、なる程。
俺は、それを受けて、直ぐ様ローナに分体の発生を止めさせる様、指示すると共に、少しずつイーブル・ラーナンを外に出す様に言った。
少しずつ出す様に言ったのは、敵の反撃を念の為に警戒したためだ。
しかし、それに対して、剣を地面から引っこ抜いて分体の発生を止めながら、ローナが意外な事を言ってきた。
「敵勢力は、既に中にはないぞ族長。分体を通して、それは確認済みだ」
「え?分体を通してって?」
彼女の説明によると、分体からは思念波の様な物が常時送られ、それによってある程度の状況が確認できるのだとか。それで、既に洞窟内部の隅々まで調べ終えたらしい。
これは、もしかして凄い能力を持つメンバーを迎え入れたかも知れない。
その後、洞窟の後方で警戒に当たっていたターナとも合流し、全てが終わった事を確認した。
多少の苦戦はしたが、俺達の勝利だ。
「やったぞ、勝った。これも、みんなのお陰だ。良くやった」
アニーズでのチェックも済ませ、脅威の一切を排除した事を確信した俺は、集まった全員に向け、勝利宣言をする。
すると、何時の間にか八十近い規模に膨れ上がった仲間たちが雄叫びを上げた。大半はイーブル・ラーナンだ。
ローナによると、これらを消滅させる為には、一体一体潰す必要があるとの事で、どうするかと迫られたが、その作業自体が面倒であることや、せっかくの戦力なので、そのまま使う事にした。
戦闘に勝利した俺達は、取り敢えず、柵を作って仮りとした拠点にまでゾロゾロと戻る。
主要メンバーが俺を囲み、それを中心にしてイーブル・ラーナンが更に周囲を行軍する様は圧巻だった。
何となくだが、急に気持ちが大きくなり、何でもできる様な気分になる。もちろん、気の所為に過ぎないだろうが。
だが、これでボスモンスターをようやく倒す事に集中できる。
等と考えてから数日後、俺は頭を悩ませていた。
バンドラナを排除する事に集中し過ぎて、ボスモンスターをどうするかなど殆ど考えて来なかったので、その攻略方法に悩んでいたのだ。
そもそも、ダナウン・ダナンザの強さは規格外過ぎるのだ。
更には、水中と言う奴にとっての天然の砦もある以上、こっちに打てる手は少ない。
イーブル・ラーナンと言う、数の上では有利となる手札を持ってはいるが、レベルが低すぎて、大したアドバンテージにもならない。
奴にとっては、レベル2程度が幾ら居ようが、ハエが集る様な物だろう。
因みに、イーブル・ラーナンを幾ら発生させて使役させても、ローナには経験値は一切入らないらしく、更にはイーブル・ラーナン自体もレベルが固定されるので、ここに居る大半は、雑魚のままだ。
牽制や撹乱程度には使えるかも知れないが、奴相手には戦況に影響を与える程の存在ではない。
後、興味を持って血を与えたり、名前を数体に与えるなどの事もやってみたのだが、武器の様な反応は全く見せず、全て無駄に終わった。
因みに、バンドラナ討伐戦により、リディがレベル8に、イユキがレベル12に、アニーのレベルが9に、それぞれ上がった。
当初の目的から考えると、もう、十分過ぎると言える程、レベルと戦力を獲得したので、ボスの攻略など無理して行う必要も無くなってきたのだが、謎の反応と、この為にわざわざバンドラナを倒したと言う点から、俺は諦めきれなくなっていた。
一応、このメンバーと兵力により、崖下に一気に降り、マガツノミホロを回収すると言う案も考えたのだが、その間に別の勢力が台頭してきたら、また苦労するかも知れないと言う余計な考えもあって、俺はボス攻略と合わせて考えが堂々巡りとなっている。
「どうした物か・・・・」
深い溜息と共に、地面に引っ掻いて描いた簡易地図と、石ころを駒に見立てた盤上で、俺は特に良いアイディアが浮かぶでも無く、ただただ眺めるだけしかできない。
「何か悩んでいるのか?族長」
声をかけてきたのは、ローナだった。その傍らには、ターナとイユキも居る。
彼女達にはパーティを組んでもらい、レベル上げの為にモンスターを狩る事を日課とさせていた。もちろん、主に戦うのはローナだ。
レベル差がありすぎる為か、ローナ一人では苦戦しまくるので、その補助としてターナとイユキも同行させている。
お蔭で、現在のレベルは7にまで上がっている。彼女も、上位体と呼ばれる存在である為か、なかなかに成長が遅い。その割には、大して高い戦闘力を持たないのだが・・・・もしかして、それらのステータスを全部、分体発生に持って行かれたのだろうか。
それとは別に、俺達が最近暴れすぎた為か、ここら辺のモンスターの数が明らかに減っており、これによってレベル上げも容易では無くなりつつあった。
特に、バンドラナは大規模討伐以降、少数グループの反応すら無くなってしまった。どうやら、俺達を恐れてどこかに逃げてしまったらしい。
ボス戦に集中できるという意味では、好ましい状況ではあるのだが、肝心のボス攻略の糸口が掴めない。
「いや・・・何でも無い。帰ったなら、お前たちも休めよ」
「いや、モンスターには結局逃げられたので、再度、族長の指示を仰ぎに来たのだ。どっちに行けば良い?」
どうやら、今回も収穫は無かった様だ。
最近は、アニーズで拾える反応自体が遠のき、そこに行く前に逃げられる事も珍しく無くない。
モンスター同士の連絡網でもあるのか、俺達はヤバイと認識されているらしく、一定の範囲からは近付いても来ないので、どうしても逃げられ易くなっている。
もっとも、周囲にはイーブル・ラーナンが常に彷徨いているので、そのせいもあるのかも知れない。
俺は、アニーズを使って幾つかの反応を拾い、それを元にして行き先を指示してやる。
それを受けて、再び三人が森の奥へと消えたのと入れ替わりに、アニーとユーカが戻ってきた。
食料と水の確保をしに行っていたのだ。もちろん、俺の為にだ。何だか申し訳ない。
ただし、最近はイーブル・ラーナンを数体引き連れて行くので、荷物はそっちに運ばせている。
命令系統の仕組みは良く分かっていないのだが、ローナ以外の命令もイーブル・ラーナン達は聞いてくれるので、色々と作業の効率や幅が広がってはいる。
加えて、周囲の警戒も行ってくれるので、俺や他のメンバーの負担も大幅に軽減された。
そうした面を見ると、凄く役に立っていると言えるだろう。これで、戦闘力も高いと申し分ないんだけどだな。
「主様、また悩んでらっしゃったのですか」
そう言って、ユーカが覗き込んできた。垂れそうになる髪をかき上げると、陽の光を反射して美しく冴える。
ここ最近、俺の血の影響を更に強く受け始めたのか、ユーカもだんだんと人間に近い姿へと変わりつつあった。
アニーズによる調べでは、まだ上位体と言った表示は出てこないのだが、確実に変貌を遂げつつある様だ。
ただ一方で、別の問題も浮上しつつある。それは、武器が人化するキッカケだ。
これまでは、レベル、俺の血、危機的状況の何れかが関係していると思っていたのだが、ローナの例が全てを否定した。
彼女の場合、レベルも5以上で更には血も与えていたのに変化は見られ無かった癖に、たった一言、俺が悪態をついただけで人化した。
だとしたら、実際には俺が命じたら人化するって事なのではないだろうか。
これまでの経緯を思い返すと、確かに、これだと辻褄があう部分が多い。
それを証明する為には、新しい武器を調達して確かめる必要がある。ただし、その肝心の武器が新しく調達できない。
バンドラナの洞窟を攻略した際、何か役立つものがないかと探させはしたが、見つかるのは奴ら用の大型用品ばかりで、俺が使えそうな物は見つからなかった。
そもそも、形状が人には持ち難い物ともなっている。
もっとも、何かの役に立つのではないかと、働き手が増えた事もあって運ばせてはあるが、今の所、有効に活用できる物は少ない。
試しに、イーブル・ラーナン数体にバンドラナの防具類を加工し、盾として持たせてあるのだが、機動力が目に見えて落ちたので、思った以上には戦力アップには繋がっていない。
バンドラナの様に隊列を組ませ、移動する防壁の様な姿を想像していたのだが、リディ達との模擬戦でも容易に吹き飛ばされ簡単に突破されてしまったので、今のところは役に立つとは言えない状況だ。
「ボス攻略のアイディアが、全然思いつかない。ユーカ、何かいい考えはないか」
「うー・・・ん。主様が思いつかないなら、私にはとても。そもそも、あの化け物は小山が動いている様なもの。同じ位の大きさでもなければ、まともに戦うのは無理だと思います」
確かにな。レベル差云々の前に、巨大過ぎるのが問題なんだよ。動きを止めるとか、絡め取るとかの策も、短時間ならともかく、その大きさの前には実効性が揺らいでしまう。
だからこそ、悩んでいるんだが・・・・・
「ねえね、ハルたん。リディは、あれ以上は大きくなれないの?」
「「!!」」
アニーの不意に放った一言に、俺とユーカが顔を見合わす。その可能性は考え付かなかった。
「無理だな」
アニーのアイディアを元に、見張りの為に歩き回っていたリディを掴まえた俺達は、巨大化できるかの質問をしたら速攻で否定された。
「やっぱり、駄目かー」
俺はガックリと項垂れた。少しは希望が持てると思っていただけに残念だ。
まあ、よく考えれば当たり前か。あれ以上に大きくなれるのであれば、最初にダナウン・ダナンザと戦った時になっているだろうしな。
「申し訳ない、主君よ。期待に応えられなくて」
「いや、良いんだ。こっちが勝手に期待しただけだしな。気にするな」
しかし、同じ大きさと言うのは、何かのヒントになっているかも知れない。
俺の中で、パズルのピースが僅かに埋まった感じがした。




