~辺境の王者~ -19. ボスモンスターの池 その5
その夜、俺達はイフィール達が暮らしていたであろう、拠点跡で一夜を過ごしていた。
一角だけ石積みの塀が残っていた為、それを背にすれば安全を確保できると考えたからだ。
もっとも、イフィール本人は何故か遠慮し、木の中で眠ると言ってきたので、ここに居るのは俺達だけだ。
恐らくだが、まだパジャーブの襲撃を恐れているのかも知れない。
じゃなければ、ここに居ると、辛い事を思い出すってこともあるのかもな。
何れにしろ、長く木の中で夜を過ごした彼女には、そっちの方が落ち着くんだろう。
しかし、木の中に出入りできるって、何気に良い能力だな。
ターナ達にもできないだろうか。
ちょっとしたイタズラ心で、俺はアニーズを使ってイフィールを探してみる。
ざっと探した感じでは見つからない。
場所は分かっているので、そこに集中すると漸く反応が出てくる。
恐らくだが、アニーズは意図的に隠れている相手には、相当集中しないと情報を拾えない様だ。もっとも、その辺も曖昧で、簡単に拾う場合もあって良く分からない。
ただ、分厚い遮蔽物がある場合、情報は拾えても精度はガタ落ちするらしい。
例えば、あのボスモンスターが居た池の謎反応がそうだ。
恐らくあれは、意図的に隠れている上に、水と言う遮蔽物があるので、反応を拾ったり拾わなかったりしているのかも知れない。
そんな事を考えながら、俺は寝転がりながら夜空を眺めていた。時折、四隅で焚いた火の煙が漂って俺の視界に入る。
この煙は、ただの煙じゃない。イフィールから教えてもらったモンスター避けの効果がある物で、キジャラと言う種類の木を焚いて起こした物だ。
イフィールの話によると、この煙には匂いと共に目や呼吸に対しても強く影響を与える何かがあるらしく、普通のモンスターだとむせって逃げ出してしまうらしい。
俺もちょっと近くで嗅いでみたのだが、凄く嫌な臭いがした。
ただイフィールによると、モンスターにとっては効果的なのだが、人間の場合は相当な量を吸わない限りは害は無いそうだ。だから、こうして煙を眺めていられる。
天然の催涙ガスみたいな物かと思ったが、どっちかと言うと蚊取り線香的だな。
ただし、パジャーブには効果がないらしく、更には拡散すると効果が著しく落ちるので、気休め的な部分もあるそうだ。
効果的に使う為には、空間を限定するなど、工夫が必要になるだろう。
だが、安全をある程度確保できると判断した俺は、今日は久しぶりに外で寝る事にしたのだ。
イフィールの好意によって、寝袋の様な物も借りる事ができたしな。手足を伸ばして眠れるってのは、やっぱり最高だ。
横を見てみると、リディが突っ立って辺りを警戒している。
他の四人は眠る必要があるのに、彼女だけ何故眠らないのかは不思議ではあるが、それで俺を含めて他の者が休めるのだからありがたい。
俺は、久しぶりの心地良い感覚を噛み締めながら、眠りについた。
「ハルたん、起きてよ。何時まで寝てるの」
アニーに揺り動かされ、俺は強制的に目を覚まされる。もうちょっと、寝たかったな。
「ふっ・・・あぁー。こんな風に眠るのは久しぶりなんだ。
もう少しだけ、眠らせて欲しかったな」
俺は、背伸びと欠伸を同時にしながら、肩を回してコリを解す仕草をする。
「何をおっしゃいます我が君。
既に日は真上に来ていますわ。十分すぎる程の寝坊ですわよ」
「え!?」
俺は、慌てて立ち上がった。確かに、太陽は頭の真上からサンサンと光を降らしていた。そんなに寝てたのか?
「ユーカが、寝かせておいてって言うから、そのままにしてたんだよ。あんまり起きないから、心配になって僕が起こしたんだよ」
そう言って、何故かアニーが胸を張る。うーん、コイツめ。俺は、アニーの頭を乱暴に撫でてやる。
「ところで、そのユーカは?」
「水と食料の確保に行ったよ。ターナと、イフィールも一緒に行ってるよ」
食料確保に・・・・って、ユーカとターナは良いとしても、イフィールは大丈夫なのか。まあ、あの二人が居れば、大抵の事は問題はないと思うが。
むしろ、イフィールの気弱さを思い出して、俺は二人に萎縮しながら付いていく様を思い出していた。
「ご主人様、やっと起きたのー?」
そう言って、手を振りながらターナ達が帰ってきた。手には沢山の食べ物らしき物を持っている。
見てみると、木の実以外にもキノコっぽい物まで手に持っていた。こんなの、今まで見た事もない。
「どうしたんだ、これ?」
「イフィールさんから、教えてもらいました」
ユーカがイフィールの方を振り返りながら答える。それに、イフィールは少しだけ恥ずかしそうな顔をしたが、真っ直ぐに見返してきた。
何だか、雰囲気が変わったか。
その後、朝食兼昼食を食べた俺は、今後の事に付いて話し合う事にした。一番の懸念材料は、イフィールだ。
俺よりレベルは高いとは言え、戦闘には適しているとは思えない。それに、これからの行動の殆どは俺の為の物だ。できれば、彼女を巻き込むような事はしたくない。
かと言って、このまま置いて行く訳にも行かない。そこで、イフィールに希望を聞いてみたのだが、意外な答えが返ってきた。
「私、この森を出て行こうと思います」
ハッキリとそう答えたイフィールによると、ケインケネス村があった北の方角には、更に進むと別の村や町があるはずだと言う。
彼女は、今後はそこに向かうつもりだと言った。
何と言うか、何かが吹っ切れたのか、彼女は晴れ晴れとした表情で、俺達に礼と共にそう告げた。
数日後、俺達はイフィールをある程度の場所まで送っていった。
アニーズで調べた限りだが、レベル4以下のモンスターしか居ないと思われる付近まで、彼女を護衛したのだ。
「ハルタさん、皆さん。本当にありがとうございます。このご恩は、一生忘れません」
そう言って、頭を下げるイフィール。
「よしてくれ。むしろ、これくらいの事しかできなくてすまない。
それに、こっちこそ色々と世話になった。ありがとう」
その後、俺とは握手をかわし、他の者とは抱擁して別れを一しきり惜しんだ後、彼女は俺に布に巻かれた何かを手渡してきた。
「これは・・・?」
「村に伝わる剣です。とは言っても、皆さんに及ぶ物ではありませんが・・・・」
布を取って見ると、そこには長剣が収められていた。柄の部分には、緑色の宝石の様な物がはめられている。
アニーズで調べてみると、単に『ロングソード』とされており、説明にも『ケインケネス村で代々使われてきた長剣。村を守る際、一番強い男が使ったとされる。後に祭事用とされてしまい、本来の目的とは別の使われ方をしていた。柄の部分には、コラスルの木から取れる樹液を固めて作った装飾物がはめ込まれているが、飾り以外の意味はない』となっていて、別段、特殊な武器でも無い様だ。
どうやら、拠点を探索した時に、イフィールが探し出したらしい。状態が良い事も考えると、大事に隠されていたのではないだろうか。
「村に伝わるって・・・受け取れないよ」
「いえ、受け取って下さい。本当は、ここまで一人で来るつもりだったので、護身用にでもと思っていたのです。でも、私には重すぎて使えません。
それに、皆さんに守ってもらったお礼や、貴重な物まで頂いたんです。
むしろ、私から上げられる物はこんな物しか無くて・・・」
彼女には、王都跡で見つけた財宝も少し分けてやっていたので、それに対するお礼の意味もあるのだろう。
「でも、この先は?まだ、安全とは言い切れないよ?」
それを聞くと、イフィールは腰から短剣を取り出した。大きさは、ターナの物と同じくらいか。
柄とかの細かい部分では違いがあるが、刃の部分だけを見ると、ターナの持つ短剣と同じだ。もしかして、この手の短剣は、この世界ではポピュラーなのか、あるいは大量生産されているのかもしれない。
まあ、今じゃターナのそれは、炎の様な模様があって、パッと見では、とても同じ物には見えないのだが。
「モンスターと戦うのはほぼ無理ですが、それでも、皆さんからは勇気を貰いました。ここから先は、私一人でも大丈夫です」
「そうか、じゃあ、ここで本当にお別れだ。くれぐれも、気をつけてな」
「ハイ、ありがとうございます。みなさんも、どうかお元気で」
「また、会いましょう。イフィールさん」
「元気でね、イフィールちゃん」
「さよならですわ、イフィールさん」
「イフィール殿、新しい地でも、頑張るが良い」
「またねー」
俺達は、彼女が見えなくなるまで見送り、イフィールも手を振り続けてくれた。
彼女が目指すべき場所は知らないが、俺も、何れはこの先にあると言う町や村に行ってみたいと思う。
人に会う事ができれば、もっと色んな事が知れるだろうし、武器が人化する謎も解けるかも知れない。
だが、今はやることがある。
ボスに再度挑む前に、バンドラナ達と決着を付けなければ。
決意を新たに、俺達は森の奥へと進んだ。
何度か振り返りながらも進んだイフィールは、遂にはみんなの姿が見えない所まで来てしまっていた。
無駄だとは思っていたのだが、何となく見えるのではないかと振り返ってしまう。
或いは、自分を救ってくれた仲間と言っても良い人達との別れが辛いのか。
正直、イフィールには色んな感情が渦巻いていて、今はどれがそれに当たるのかは分からなかった。
ただ一つだけ確かなことは、過去に少なからず押し止められていた自分からは、開放された事は間違いがなかった。
親兄弟、そして顔見知り達は恐らくあそこで全滅したのだろう。
幾つか見つかった骨は、誰が誰の物かは分からなかったが、量的な物と身につけていた装飾品の残骸らしき物で、何となくだが理解できた様な気がした。
イフィールとしては、長い間探してはいたのだ。
だが、誰も見つからなかった。
その答えは、彼女自身も薄々気が付き始めてはいたのだが、ハルタ達の協力によって、一応の結論を得られたと考えてもいる。
寂しさはあった。悲しさも。
だからこそイフィールは、立ち止まる分けにはいかなかった。
何故なら、二度と歩けなくなるからだ。
ハルタに甘えることもできただろう。
恐らくだが、彼はこんな自分でも受け入れてくれたはずだ。
彼が引き連れている女性たちも、きっと自分を仲間として歓迎してくれたかもしれない。
だが、彼女たちから感じた違和感が、どうしても自分自身に居場所を作る事を許さなかった。
四つ腕どころか、池の主とさえ戦う様な連中だ。
ただの人に過ぎない自分が居ては、足を引っ張ることは目に見えている。
全ての話を飲み込めた訳ではないが、ハルタと彼女たちは特殊な存在であろう事は分かる。
別の界から来たらしいことや、武器が変化したという話を真面目に作る意味も無いだろうし、そんなことで自分を欺く理由も見当たらない。
それらを別としても、彼らの側は凄く居心地が良かった。
戦闘力の高さが、安心感を与えていたのかもしれないが、何より優しい連中だった。
孤独で過ごしてきた自分にとっては、あの暖かさはずっと求め続けてきた物でもある。
恐らくだが、あのまま側に居続けたら、二度と離れる事はできなかっただろう。
そして、自分が弱みになって彼らに迷惑をかける事にもなり兼ねない。
それだけは、かつて仲間を失った身としては許せなかった。
それを今一度噛み締め、歩き出したイフィールの目の端には、僅かに光るものがあった。




