~辺境の王者~ -17. ボスモンスターの池 その3
「ターナ・・・だよな?」
全身に炎の様な物を纏い、それを立ち昇らせる様にして立っていたそれは、外観こそターナであったが、今まで赤錆色だった部分が全て人の肌の様になっており、髪の毛も赤く光っていて、それ自体が炎の様に立ち揺らめいていた。
更には、目も赤く輝き、構える短剣も炎の様な模様を浮かび上がらせ、それ自体も燃えている様に見える。
と、反応した数体のバンドラナが、鋭い一撃をそのターナの様な人物に繰り出した。
次の瞬間、ジグザグに赤い残像だけを残し、彼らの背後には、短剣を構えたポーズのままターナが立つ。
一瞬の静寂の後、喉笛を切られて血を吹き出したバンドラナが、一瞬で燃え上がった。
これを見て、盾を構えて陣形を立て直すバンドラナだったが、またもや赤い残像が走ったと思った瞬間、その背後から切りつけられて炎をあげる。
そして、俺達もこのスキを見逃さなかった。
「縮め、リディ。イユキ、頼む」
その号令の下、リディが急速に縮まって空間を作ると、そこへイユキが水平からの打撃をお見舞いする。
何体かはかわしたのだが、それでも数体がまともに喰らって吹っ飛んだ。
更に、身軽になったリディが起き上がり、大槌を掴んで追撃する。
それでも動きが大雑把過ぎる故に、背後を取られたのだが、そこへアニーが突進してカバーした。
しかも、敢えて力を加減したらしく、バンドラナは体勢を崩しただけでそこに留まったが、そこにリディの大槌が容赦なく振り下ろされた。
流石のバンドラナも、リディの攻撃をまともに食らってはお終いだった。
後には、グチャグチャになった肉塊が残るのみとなる。
それを見て、咆哮する残りのバンドラナだったが、リディは怯まずに突撃し、次の獲物を狙う。
数の上ではまだ向こうが有利だったのだが、パワーと防御に優れたリディの死角を、アニーが上手く補うという連携が取られたので、引き下がるしかなかった。
形勢は逆転した。
超スピードのファイアーターナにバンドラナは完全に対応できず、陣形を崩された所に、リディやイユキ、そしてアニーが突撃して、更に傷口を広げる。
俺を狙おうとしても、ユーカが足止めをし、そこへ他の三人がカバーに入るので、逆に返り討ちにされた。
特に、アニーの突撃スピードは以前のターナにも匹敵するので、他の三人にも余裕が生まれる。
だが、それでも完全に押し返すのは難しかった。
数で言えば、まだ向こうが上なのだ。その数を活かして突撃したことで、思わぬ形で乱戦となり、僅かにだったが、カバーが遅れる。
そこへ、数体が俺の所までへ到達した。
「主様、下がって」
そう言って、ユーカが俺を突き飛ばす。それで距離を取れたが、後ろで音がして振り返ると、俺を散々痛めつけた、あの拳闘士タイプのバンドラナがいた。
俺を見下ろし、嫌らしく笑う。
(ヤバイ)
そう思う間も無く、奴の手が俺の首元に伸びようとした。だが、その腕は肘から落ち、同時に傷口が燃え上がる。
ターナだった。
構えるターナに、拳闘士バンドラナも構え直す。今も燃える炎に体を焼かれても、それを歯を食いしばって耐えている。
何と言う闘志か。
両者は僅かに睨み合った後、一瞬だけ体を重ねる。見えない程のスピードで、互いに攻撃を繰り出した様だ。
だが、次の瞬間に吹き飛んだのはバンドラナの方だった。
全身が炎に包まれ、断末魔の声を上げながらのたうち回る。
そこへ、ターナは容赦ないトドメを刺し、拳闘士バンドラナは完全に動かなくなった。
「ターナ・・・」
呼びかけようとしたが、彼女は再び残像だけを残し、敵に切り込む。
彼女の姿が見えた時には、既に敵は切られた上に燃やされており、それを捉えようとすると、また残像だけを残して消え、敵が倒されて行く。
圧倒的な数の有利が、その単純作業によって、どんどんと崩されていくのが分かる。
と、重低音のラッパな様な音が複数、辺りに響いた。
それを合図に、バンドラナ達が一斉に引き上げ始める。
どうやら、形勢不利と見て引き上げ始めた様だ。相変わらず撤退の手際と、見極めが上手い。
それを見て、ターナが追撃しようとする。
「待て、ターナ、行くな!」
悲鳴にも似た俺の呼びかけに、ビクッと体を震わせたターナが、俺の方を見る。
「ご・・・ご主人様、大丈夫・・・?」
「・・・バカ。こっちのセリフだよ」
漸く、ターナが俺達の元に帰ってきた。
バンドラナの大軍団を追い払った俺達は、場所を移して休憩を取っていた。
まあ、この中で一番ボロボロにになっていたのは、ろくに戦闘もしていない俺だけなのだが。
一応、ユーカの水とイユキのドレスにより手当されたので、万全とは言わないまでも何とかなった。
また、アニーが入ってきた一方で、武器を二つも失ってしまった。
一つはフォッドの槍だ。
バンドラナに柄を切られてしまい、それによって武器として機能しないと判断されたのか、アニーズではレベルの項目が除外扱いになった。せっかく、レベルを4にまで持っていったのにもったいない。
一応、その辺の木を拾って修理してみたのだが、修理の程度が悪いからなのか、それとも一度でも壊れると人化対象から外れるのか、変化はなかった。
ただ、なぜ人化しなかったのかの疑問も残る。あの程度では、危機とは認められないのか?
一応、落としたクロスボウも探してはみたのだが、結局は見つからなかった。まあ、あっちは人化の条件すら満たしていなかったので、惜しくは無いが、これでまた、俺が戦闘に参加する手段は無くなってしまった。
それにしても、ターナのこの変化は一体、どうした事だろう。
アニーズで確認すると、説明に『炎の属性を取得』程度の事が書かれているだけで、他に情報はない。
一応、クラスが第10位から8位にはなってはいるが、この表記の意味自体が今も不明なので、上がるとどの様な効果や変化が出るのかも分からない。
そもそも、ただの短剣がどうして炎の属性を得る事ができたのか、そこが不思議だ。
考えられる可能性があるとすれば、火打ち石と一緒に保管されていた事だが、それなら石の属性とはならないのか。
謎は増えるばかりだ。
ターナは今、あの炎の様な揺らめきは無くなっており、一見すると普通の赤髪の少女と言った風にしている。髪と目の赤みがやや強く、光っている様に見える以外は、人間と言っても良い程に変化していた。
ただ、それを怖がっているのがユーカだった。相当、炎が苦手らしい。そして、ターナもそれに気が付いた様だ。
「大丈夫だよ、ユーカ。この力は、敵以外は燃やさないから」
そう言ってユーカの手を取ると、例の炎の様な物を体から溢れ出させる。
それに、一瞬、短い悲鳴を上げたユーカだったが、燃えないと言う事を実際に確認できたのか、やや引きつった表情を見せながらもホッとした顔をした。
「それにしても、ご主人様。この子は一体・・・・・まさか、ユーカかこの内の誰かと、私が気を失っている間に作ったんですか!?」
「そんな訳あるか」
武器の癖に、何で子供を作る方法を知っているんだよ。と言うか、彼女達も子供を産めるのか?またもや、謎が増えた。
「むう、ターナ殿。主君とは、どうやったら子を作る事ができるのだ。是非とも、ご教授願いたい」
「え!? えっと・・・ご主人様がどこかから持ってきて、プレゼントしてくれる・・・はず」
微妙な返答だな、オイ。
やっぱり、こいつらは唯の武器だ。と言うか、リディのこの質問で、更に変な方向に話が向かおうとしていたので、俺は強引に介入した。
「この子は、アニーだ。あっちは、リディ。どの子もターナが眠っている間に、王都跡で手に入れたメンバーだ。もっとも、アニーは今さっき人化したんで、全員とは初めましてだけどな」
俺の言葉に、アニーがペコリと挨拶をする。
「僕の名前は、アニー。よろしく」
「か、可愛い」
そう言って、ターナがアニーを抱っこして振り回す。
「や、止めてよ。はなしてよ」
その微笑ましい光景に、俺は目を細めた。何はともあれ、取り敢えずは結果オーライだろう。ボス攻略の目処はまだ付いていないが、失うと思っていたメンバーが帰ってきた事、そして、新しい戦力が増えただけでも、ここは良しとするべきか。
俺は、次の方針をどうするか、考える事にした。
その日、森は異常に騒がしかった。
理由は直ぐに分かった。四つ腕達が群れをなし、移動していたからだ。また、狩りが始まるのか?
それに怯えた私は、恐怖で萎縮し、木の中でじっとするしか無かった。
奴らの狩りが始まったら、数カ月は続く。その間は、動くのは危険だ。だから、空腹になっても我慢するしかない。
もっとも、食べ物を探そうとした時に出くわしたので、ひもじさに耐えられるかどうかが心配ではあった。
しかし、おかしい。
この時期に狩りをするなんて、今までは一度も無かった事だ。更には、向かっている方向は、あの池の方角だ。
もしかして、これは狩りでは無く、池の主と決着を付ける為の物なのか。
あの、計算高く、ずる賢い連中が?
ありえない。
勝てない相手は無視する連中だ。勝てる相手に、更に万全を喫して狩るのが連中のやり方だ。
この程度の数では、あの池の主に勝てるとはとても思えない。
だとしたら、これは一体なんなのか。
そう思って暫くの間をジッとして過ごしていたら、今度は四つ腕達が、慌てる様にして逃げていった。
そして、辺りは不気味な程に静かになり、それが余計に私を不安にさせる。
だが同時に、四つ腕達が逃げた理由に興味を持った。
と言うのも、池の主と戦った割には、森への影響が少なかったからだ。
あれが暴れた時は、少なからず水がアチコチに撒き散らされる。しかし、今回はそれがない。
だとしたら、連中はもっと別の何かと戦っていた事になる。
この付近で、四つ腕に勝てると言ったら、池の主くらいな物だ。それを負かした相手とは、一体どんな奴らなのだろうか。少なくとも、私の知るモンスターではないと言う事だ。
もし、新しいモンスターがここに住み着いたと言うのなら、どれ位の危険性があるか見ておく必要もある。
半分は好奇心が抑えられなくなった私は、静かに、そして慎重に、四つ腕達が逃げてきた方向の森へと移動を開始した。
ユーカが急に立ち止まり、振り返る。
「・・・・・。」
「どうしたんだ?」
「いえ・・・・何でもありません。気の所為のようです」
そう言って、再び歩き出す。何だろうと思い、俺も振り返ったが、別段、異常は見られない。念の為、アニーズを使っても見たが、特にこれと言った反応はない。
もっとも、アニーズによる探索は、意識を集中して行わないと漏れがある上に、今の俺は怪我と体力の消耗によって、その辺がそぞろになってもいたので、上手く隠れている相手は見つけられない可能性もある。
再度振り返って見てみたが、やはり変化は無い。俺も、それ以上は気にしない事にした。
俺達は今、ユーカが探知した別の水の在り処に向かっていた。
アニーズで探知できるのは、あくまでもモンスターや何かの建物があった場合に、ついでと言う形となるので、水の在り処のみに絞って探すのは難しい。
それだけに、ユーカのこの能力は、やはりありがたい。
水は直ぐに見つかった。ただ、妙な成長の仕方をして、窪んだ幹に溜まっていた物だったが。
それに口を直接付けて、ユーカが補給を始める。よく観察すると、どこから流れてくるのか、木の上の付近から水滴の様な物が一定の間隔で落ちてくる。
上には、更に別の水溜りでもあるのだろうか?だとしても、確かめる気にはならない。
俺は、体力の回復に務める事にした。
一しきり、俺に水を与えた後、ユーカが再び回りを警戒する様に見回す。どうも変だ。
「ユーカ、大丈夫か。何か気になる事でもあるのか?」
「・・・・・」
それに、ユーカは答えなかったのだが、突然叫んだ。
「やっぱり、居る。みんな、気をつけて」
その声に、俺を真ん中に置く様にして、みんなが一斉に武器を構える。
「ユーカ、どこに居るのだ?主君も、気が付いたのか」
「・・・分からない。私じゃ場所の特定はできない。でも、何かが側まで来ている」
「俺の能力でも反応が無い。ただ、ちょっと体力が落ちているから、上手く行かないのかもしれない。すまん」
肝心な時に役に立たないなんて、本当に申し訳ない。だが、一体、何が居るっていうんだ。
不意打ちをする為に付け狙っているのか。それとも、バンドラナ達の斥候か何かか。
ユーカが一人、陣形を離れると、辺りを注意深く歩き回る。そして、一つの木の前で止まった。
「ここだわ。この上に、何か居る」
それを聞いて、ターナとアニーが素早く回り込み、その木を包囲した。イユキとリディは、俺を庇うように前に出る。
「・・・・待って下さい」
すると、消えそうな泣き出しそうな、か細い声が、上の方から聞こえてきた。




