~辺境の王者~ -10. 南西の森へ
「グ、グスッ、ウッ、ウゥ・・・」
「だ、だから、ターナ。ちょっと切るだけだって。切断しろって、言ってんじゃないんだからさ・・・・・」
「でも、でもぉ・・・」
「いい加減、慣れたらどうですの。むしろ、貴方のその態度、我が君を不快にさせるだけですわよ」
「おい、イユキ。それは、言い過ぎ。てか、お前は飲みたくてしょうがないだけだろ」
俺達は今、南西の森を目指して移動していた。その道中、ある事も試していた。
それは、俺の血をターナとユーカに少しづつ分け与えて、変化を見ると言う物だ。
これは、完全な思いつきだった。
イユキの説明を読む限りでは、人化する前に血を与える事で、その後が決まる感じだった。
だが、そのイユキが包帯代わりに巻いたドレスが、徐々に俺の皮膚に同化し、加えて彼女のドレスも元通りになるのを見て、その逆もあり得るのではないかと考えたのだ。
つまり、俺の血が彼女達に吸収される事で、後からでも変化の起爆剤となる。
そして、それは数日の内に効果を現した。
イユキに比べたら未だまだだったのだが、ターナは赤錆色とは別に、鮮やかな赤い縦縞の様な模様が全身に走り、ユーカは身体のアチコチがひび割れて剥け、その中から新しい皮膚・・・・と言うには、まだ木に近い材質だったが、徐々に人間に近い色と、最初に比べたら柔らかさを持つ物へと置き換わり始めた。
しかし、最大の障害となったのが、ターナとユーカの説得だ。
俺の身体に傷を付けると言う事に、彼女達は猛反対した。
そんな事をする位なら、このままの状態でも良いと言ってくれたのだが、ダファンドの例もある。
モンスターの能力は底が知れない。
ただでさえ、俺と言う足手まといが居るのだ。
できる限りの事はしておかないと、俺ばかりか、彼女達まで失いかねない。
その様な感じでどうにか説得し、毎回、少量づつ血を分け与える事にした。
まあ、少量と言うか、ユーカに厳し目に量を決められたので、せいぜい5、6滴しか与えられない。
その傷を付ける役目は、必然的にターナとなってしまうのだが、毎回泣きながら行うので、ちょっと気の毒ではある。
ユーカに至っては、俺が傷つけられるのを見るのが嫌なのか、自分の番が回ってくるまで、ずっと後ろを向いている。
どことなくなのだが、その後姿は怒っている様にも見えた。
いや、多分、怒っているんだろうな。ここ最近、彼女はあまり口をきいてくれない。
ターナが、恐る恐る、俺の親指の付け根付近に刃を押し当てると、慎重に引く。
すると、熱さと共に血が流れ出た。それを、先ず、ターナに飲ませる。続いて、ユーカ。
で、最後にイユキにオマケで与える。こうしないと、傷を塞ぐ処置をしてくれないので仕方が無いのだが、下で口を開けて受け取る他の二人と違い、コイツは直に舌で舐めて飲もうとするので厄介だ。
「イユキちゃん、もう十分でしょ。早く、ご主人様の傷を手当して上げて」
「もう・・・ちょっと・・・」
「イユキ、いい加減になさい」
ターナとユーカの二人に嗜められて、漸くイユキが俺の傷の手当をする。例のドレスの切れ端を貼るのだ。
「あなた達、大袈裟過ぎですわ。私が好んで・・・我が君の血を飲んでいると・・・勘違いしていません?これは・・・強くなって・・・我が君を守る為に必要なことですわ」
口元に付いた血さえ残さまいと、舌で舐めながらイユキがそう言った。
「「「説得力ない!」」」
毎朝の儀式を終えると、俺達は移動を開始した。
移動して直ぐにモンスターに出くわしたが、南西付近はモンスター密度が高いらしく、積極的に避けない限りは頻繁に遭遇する。
現在の戦闘時のパーティ構成は、やや様変わりしていた。
前衛は相変わらずターナなのだが、中衛にはイユキが入り、ユーカは後衛に入った。
ターナが突撃して先制し、相手の意識を集めている隙きにイユキが必殺の一撃を叩き込む。
と言うスタイルが確立していたのだが、イユキの存在は別格と言って良く、高レベルかつ複数のモンスターが居たとしても、彼女のパワーの前には、どんな相手であっても薙ぎ倒された。
もちろんだが、打ち漏らしや細かな対応をユーカが行うからこそ成り立ってもいるので、必ずしもイユキ一人が全てを終わらせている訳ではない。
ただ、確実に変化したのは、ターナとユーカだけの時には攻撃力不足故に無茶をさせたり、不意打ちと言った形で状況を選んでいたのに対し、今では真正面からでも叩き潰せる様になっていた。
そうした面も含めて、ここに来てのイユキの参加は、物凄く大きな戦力強化へと繋がったと言える。
イユキのレベルは5なのだが、それに対して、ここら辺のモンスターは10近い奴がゴロゴロしている。
にも関わらず、倍以上のレベル差を物ともせず、イユキは圧倒した。
これは、彼女が上位体と言う特性を持っているからかも知れない。
ただ一方で、経験値の獲得量やレベルアップは遅く、ターナやユーカと比べると、半分以下の速度でしか成長していない気がする。
そのターナとユーカのレベルは、それぞれ14と12になっていたが、実はここに来て、彼女達も伸び悩み始めていた。
レベルだけで見ると、既に彼女達は森で遭遇するモンスターを上回っており、必然的に格下ばかりと戦っている事が原因だろう。
そして、遭遇したモンスターも、レベルだけで見たら格下だった。
ボロパスと言う名称のモンスターは、姿形だけを見ると羽根の無い悪魔と言った風貌で強そうだが、そのレベルはせいぜい7程度。強い奴でも8って所だ。
因みに、クラスはデュラハンで、第9位とある。
特殊能力として、ダメージを負ったとしても、その部分を剥がす事で回復できるとある。
そいつが、七体現れた。
今までなら逃げ出す所だが、強力な新メンバーのお陰か、全く驚異を感じない。
まあ、油断は禁物ではある事は分かってはいるのだが、その戦いぶりを見ると、どうしても安心してしまうのだ。
前衛を務めるターナが、一呼吸の後に突撃する。彼女の速度は更に上がっており、感覚的にはあのダファンドの最高速にも匹敵する。
案の定、ボロパス達はその姿を見失い、一瞬、辺りを見回す仕草をする。
そこへ、ターナが連続して切り込む。奴らの中に入って好き勝手に暴れ回るので、相手はその対処に手一杯となった。
そして、それをイユキが見逃さない。
「ハッ!」
気合と共に突進すると、直ぐ近くに居たボロパスに重い一撃を加える。途端に、脇から身体をくの字に折り、跳ね上げられた。
だが、彼女の唯一の弱点である低い素早さが、敵の反撃を招く。
数体のボロパスが、黒い霧の様な実態の無い斧を振り上げると、一斉に、そして何度もイユキに振り下ろした。
しかし、その全ての一撃に平然とイユキは盾を掲げて耐え、再び近くに居た一体に、鋭い一撃を見舞う。
そうした感じで、イユキは確実に敵に大ダメージを与えて行く。
そして、動きが止まった相手は、そのままターナの餌食となった。
背後に回り込まれ、首筋に深々と短剣を突き刺し、大きく引く事で致命的なダメージを加える。
ボロパスは、表面的なダメージなら何とかする様なのだが、あそこまで切られると駄目らしく、そのまま倒れ込んで死んでしまった。
その二人に気を捕られすぎると、今度はユーカが死角から殴打してくるので、もはや手がつけられない。
戦闘とは名ばかりの一方的な狩りによって、結局は一分もかからずに戦いは終了する。
実は、最初の予定では、もっと時間を掛けてから南西の森には行く予定だった。
ダファンドと言うトリッキーなモンスターを目にした事で、単純なレベル上げだけでは危ないと判断したからだが、現在の戦闘力の目安を確認しようと思って、仮の形で出向いてみたら、今の様に終始敵を圧倒してしまい、気が付いたら前進する形となっていたのだ。
因みに、俺のサポートは完全に必要なくなってしまい、アニーズの出番さえも無い。
強いモンスターが出てきたとしても、イユキがその前進を止めてしまい、ターナが狩ってしまうので、使う暇すらないのだ。
加えて、血を与え続けた為か、ユーカがモンスターを探知する能力まで身につけていたので、頻繁にアニーズを使って確認する必要さえ無くなっている。
アニーズの様に詳しい事までは分からないみたいだが、少なくとも接近する相手に気づかないって事は無くなった。
一応、俺自身も護身用に槍に見立てた木の枝を持ってはいるが、アニーズの鑑定では武器として認識されてはいないので、完全に気休めだ。
何より、不意を突かれた場合は必ずユーカが俺の側に寄り添い、万が一に備えるので、盤石の体勢が出来上がっている。
アニーズの使い所としては、周辺のモンスターを狩り尽くし次の獲物を探る時か、方向の確認をする時ぐらいだ。
ボロパス達との戦闘終了後、直ぐに新手が現れたので又も戦闘に入ったが、今度の奴らは数こそ十数体と多いが、レベルは2から6程度だったので、ターナ達に良い様にぶちのめされる。
そのモンスターは以前も遭遇しており、アニーズでラコイドと言う種類だと確認してもいる。
特徴として首が二つあって、一つがやられても生き延びると言う説明がされてはいるが、見た目には一つしか無い。
ただ、首を切られたり一旦死んだ様に見えても、傷口やその他の部分から新しい首が出てきて、復活する。
これが、首が二つあると言う意味なのだろう。
最初はびっくりしたのだが、数回の戦闘済みで種はバレてもいたので、特に問題とならない。
そもそも、実力差がある時点で、もう一度起き上がった所で結果は変わらない。
それを俺は、ノンビリと眺めていた。
そんな感じで、またもや完全に緊張感を失った俺は、リンゴに近い食感と桃の味がする果物を噛じりながら、得られた情報から謎の一端に関して考えを巡らせた。
武器の人化は、どうやらレベルではなく、使用者の状態がキッカケとなるらしい。
更には、事前に血を与えておくことで、その後の性能と言うか、より人間に近い上位体と言う物になる様だ。
また、後から血を与えても似た様な効果は得られる可能性も高い。
ただし、それらの事実を持ってしても、マガツノミホロには幾つかの点で当てはまらない部分がある。
恐らくだが、マガツノミホロは俺の血を得た上で人化した事は間違いない。
グラッド・ラーナンに襲われた時、誤って刃の部分を握っていたので、その時だろう。
しかし、与えた量が足りなかったのか、俺から離れた瞬間に劣化し、更には人化が解けた。
これは、血の量が半端だった為に、不安定となったと見るべきだろうか。
そもそも、あの状況で与えられた血の量は、あまり多くなかったのではないだろうか。
似た様な状況で比較すると、むしろターナの時の方が多かったぐらいだ。
なのに、一方は中途半端な『中程度の極上』と言う状態から除々に劣化し、片方は行き成り上位体に近くなりながらも、急速に劣化して、そして人化が解けている。
まあ、ただの短刀とアホみたいなステータスを持つ妖刀とでは、何かしらの違いがあるのかも知れないが・・・・・
「ボアー!!」
等と考察している内に、戦闘は終了していた。最後の一体が、断末魔の声を上げた所に、更にイユキが止めの一撃を入れていた。今度は、一分もかからなかったんじゃなかろうか。
「主様、終わりました。周辺に、モンスターの反応はもうありません」
相変わらず怒っているのか、ユーカがそっけなく答える。ちょっと、寂しい。
「そ、そうか。みんな、ご苦労だった。えーと・・・・方向は・・・・」
気まずい雰囲気に焦りながら、俺はアニーズを使う。
(進む方向としては、やや右側寄りに行った方が良いか。多分、レベル10か11のモンスターが居るしな。よし・・・ん?)
これは・・・この反応は・・・・ナンバー1、4号。アイツか!?
俺は、一点を凝視して、動かないでいた。
自分では分からなかったが、どうやら身体が震えていたらしい。
そこをユーカが手を取り、大丈夫かと声をかけてきた。
「主様?一体、どうしたのですか。こんなに震えているなんて、体調でも悪いのでは・・・・やっぱり、血を私達に上げたから・・・」
「違う。この先に、俺が最初に出会った恐ろしいモンスターが居る。みんな、気をつけろ」
俺は、掻い摘んでグラッド・ラーナンの事を説明した。
それに対し、彼女達はウンウンと聞いていたが、何となく危機感が薄い。まあ、あの恐ろしさは、遭遇した者で無いと分からないか。
それにしても、アッチもレベルが12になっているのは驚いた。
モンスターって、種類によって上限レベルが決まっていたんじゃないんだな。
これは俺の見解だが、遭遇するモンスターを見た限り、種類的な物で括ると、一定のレベルから上を見た事がない。
その為、モンスターは種類によって上限レベルが決まっている物だと思っていた。
厄介な奴が更に成長を遂げているとなると、今は避けて通った方が懸命だ。
「と言うわけだ。分かったな?」
「・・・我が君を酷い目に遭わせたモンスター、許せませんわ。今直ぐ鉄槌を下してやりましょう」
「ターナ、そいつを今直ぐに倒しに行く。ご主人様に怖い思いをさせたなんて、絶対、見逃してやらない」
「モンスター風情ごときが、主様の身体を汚したなんて。必ず、この世から消滅させてやります」
「うんうん、分かってくれ・・・・おいぃ!?」
アイツが、どんなに恐ろしい奴かをしっかりと説明してやったのに、彼女達は今まで感じた事の無い殺意を発し、すっかり戦闘モードに入っていた。
アニーズを使うと、『絶対的な殺意』とか『憤怒』とか『凶暴化・小』等など、不穏なキーワードが並ぶ。
「待て、待て。幾らお前達でも、アイツの相手は不味い。普通の攻撃は通じないんだ。下手に接触すると、絶対にヤバイ事になる」
その後も説得を続けるが、彼女達の興奮状態は収まらない。やっぱり、武器が意識を持ったら、こんな事態が起きるのか。
「では主様、様子見と言う形で奇襲をかける事だけは、許可してください。このままでは、収まりません」
そう提案したのは、ユーカだった。
うーん、確かに不意打ちで一撃を与えるだけなら、実力差を確かめるのは良いかも知れない。
どの道、奴、もしくはその眷属とも何れは戦う時が来るだろうから、今の内に経験を積ませるのも一つの手ではある。
「・・・分かった。ただし、行くのはユーカとターナだけだ」
「な、何故です!?私も・・・・」
「イユキ、お前は足が遅い。逆に、あのモンスターの足は想像以上に速いんだ。加えて、俺が遭遇した時よりもレベルが上がっている。
だとしたら、その速度も更に上がっていると考えた方が良い。奇襲に失敗した時、逃げられなかったらお終いだ。今、お前を失うわけにはいかない」
「我が君・・・・」
そう言って、何故か顔を赤らめるイユキ。と、同時に、背後で殺気を感じた気がした。
「と、とにかくだ。ターナ、ユーカ。油断は絶対にするな。一撃を加えて、ダメージが通らないと確認したら、即座に逃げろ。いいな」
「はい、ご主人様」
「分かりました、主様」
こうして俺は、因縁の相手に、自分が育てた?武器達で再戦を挑む事にした。
アニーズで小まめに確認しながら、慎重に奴に近付く。
不意打ちをする場合、やはり役に立つのはアニーズの探知能力だ。
最初に発見した時は距離があって、やや情報の判別が難しかったが、今はハッキリと読める位置まできた。
『グラッド・ラーナン』強さ『デュラハンクラス第9位』危険度『闘犬』
レベルが上がった為か、強さと危険度の評価が変わっている。説明には変化は見られなかったが、魔法の方に『ドレップ』に加え、『ファーレイ』と言う物があった。
アニーズによると、格闘用魔法とある。コイツ、近接能力まで強化しやがったのか。
俺は、一抹の不安を覚える。
一応、その情報をターナとユーカにも伝え、再度、警戒を強める様に促した。
二人はそれに無言で頷くと、「行け」の俺の合図で速度を上げて先を行く。
ターナとユーカはレベルは上がっているが、アニーズによる評価は相変わらず変わっていない。
強さ『朱雀クラス第10位』影響度『実戦を学んだ素質のある新兵』『冷静で有能な補佐官』が、『デュラハンクラス第9位』危険度『闘犬』と、どこまで戦えるのか。そして、一体、どっちが強いのか。
それも、直ぐに分かるだろう。




