1.どうして瀕死の状態でも宿屋に泊まれば全快するの?
日本に移住したのは30年前位。移住の記念に買ったのはファミリーコンピューター。一番最初に遊んだソフトは某有名RPGの2作目。謎解きが難しい、仲間の一人がいまいち頼りない、どんなに成長しても終盤で即死する、当時はそんな印象のゲームだった。
当時、私は説明書を片手に危険な冒険を繰り広げていた。で、どこだかの地方の冒険中、とんでもなく敵が強くなりやばくなった時があった。ああ、残りHPが2しかない、薬草もMPも無くなりそう、でも、なんとか、ギリギリ、町に着いた!助かった!生き延びた!ひとまずとにかく宿屋に入ろう。ボロボロの体で宿屋の主人に話しかけ、魔物を倒して得たお金を支払い、いざ就寝!そして、気持ちのいい目覚めの曲と共に宿屋の主人はこう言った。
「おはようございます ゆうべは よく おやすみになれましたか? では いってらっしゃいませ」
宿屋の主人のいつもの台詞を聞いて何気無くステータス画面を開くと、そこには体力・気力共に充実した主人公達が。昨日の醜態など無かったかのように。
何で?どうして?いやいやHP2だったんですよ!?もしかしたらアバラの2、3本やってたかも知れないんですよ!?『おびただしい りゅうけつ!』ってヤツだったかも知れないんですよ!?何で一晩寝ただけで元に戻るの!?
恐らく、これは私だけじゃない。全てのゲームのプレイヤーが疑問に思った事であろう。「ゲームの仕様」と言えばそれまでだが、今回はこの誰もが思った疑問について空想に思いを馳せてみよう。
まず、パーティ内に僧侶をはじめとした回復役がいる場合。これなら理由は簡単だ。まず、就寝前に回復役が残りMPの許す限り、ありったけの回復魔法を皆にかける。で就寝。もし、回復が足りない場合は一旦起きて回復魔法をさらにかけて、再び就寝。で、翌朝には元気になったパーティメンバーが顔を揃える、というわけだ。
ちなみにこの方法、どこかのゲームでも採用されていた。そのゲームはどこでも休める(この場合キャンプを張れる、と言うべきだろう。)のだが回復役がいない場合、体力があまり回復しないのだ。回復役がいる場合はご丁寧にメッセージの欄に「〇〇〇の回復魔法を受け△△△の体力は全快した」と表示されるのだ(ちなみにこの時ステータス画面をよーくチェックしてみると回復役の回復魔法の残り使用回数が減っていたりする)。
回復役がいれば先に挙げた通りだろう。
でも、もしパーティメンバーに回復役がいなかったら?そう、所謂「縛りプレイ」というヤツで勇者以外全員脳筋職業のヤツらだとしたら(勇者もプレイヤーの意向であらゆる魔法を使用しないようにしている)?
そして、体力が残り僅かの状態、つまり、さっきも述べたようにアバラの2、3本やってたとしてもおかしくない状態だったとしたら?回復役はいないから薬草で治す?いやいや、あんなの擦り傷位しか効果が無いでしょうに。で、なんとか宿屋に辿り着いた。宿屋の主人は何故か顔がスッポリ隠れる鉄仮面を被った半裸の筋肉モリモリマッチョマン!ちょっと気持ち悪いが、それでもこの状況ではこんなおっさんでも天使に見えr………
ん?
待て。何で宿屋の主人がこんなに屈強な男なんだ?宿屋の主人といえばちょっとぽっちゃりしたおじさんのイメージが…
そこまで思った時、私の中に一つの推測が浮かび上がった。
この人、もしかして、かつては結構名の知れた冒険者だったのでは!?適当な装備(鉄の剣・鉄の鎧・鉄の盾・鉄の兜)であらゆる危険地帯を走破し、ドラゴンとかも一人で屠った猛者なのでは!?と。彼が回復魔法も、あらゆる武術も修得した武人だとすれば鉄仮面も筋肉も納得がいく。ということは他の宿屋の主人も!?そうだ。そうに違いない。宿屋のぽっちゃり主人も、普段おっとりした顔つきをしているが昔は魔法のエキスパートで身の丈程もある大剣とかも軽々と振り回していた冒険者だったんだ!!
そう考えた根拠はある。そもそも旅の宿は何も勇者一行の為に用意されたものじゃない。各地をあちこちさすらう冒険者も、時には荒くれ者達も利用するのだ。宿屋の主人が弱ければ簡単に制圧され、金品等を略奪されるだろう。そんなことをしなかったとしても、彼らの中に回復役はいるだろうか?「縛りプレイ」じゃないにしろ彼らに回復役の僧侶とかがいる保障はない。
では、傷ついた彼らが宿屋に訪れたら宿屋の主人はどんな対応をするのだろうか。
「いらっしゃいま…うおっ!?大丈夫ですか!?酷い怪我じゃ無いですか!?」
「す、すまん…四人…部屋…」
「四人部屋ですね!?代金は後です!!ひとまず傷の消毒をしますよ!!」
「イタイイタイイタイ!!」
「我慢して下さい!!このまま回復魔法で傷を治したら化膿するかも知れないんですよ!!それにベッドのシーツを血染めにするわけにはいかないんです!!」
「親父…早く…」
「その前に皆さん、毒とか呪いにはかかってませんね?」
「かかってないよ…骨は折れてるけど…」
「こんな時に何ですが、お代は?」
「腰の……サイフから、勝手に…とって…」
「ふむ………よろしい。それでは魔法をかけますよ。」
パァアアアア
「あー、助かった。」
「死んだかと思ったよ。」
「おっさん、ありがとよ。」
「まだあちこち痛いけど…」
「いま、皆さんの骨折や内蔵の損傷は治癒しました。外傷の治療は皆さんお風呂で身体を綺麗にして、食事をとってからです。いいですね?」
「「「「へーい」」」」
と、まあ、こんな感じだろう。どこの宿屋でも重傷者が泊まりに来た場合はこういう対応をとるのだ、きっと。そうなると、彼らの場合、彼らには宿屋経営者の協会みたいなのがあるのだろう。
誰かが簡単に宿屋の経営を始めてチンピラとかに大変な目に合わないように、宿屋で死者を出さないように、またぼったくりとかで冒険者達に迷惑をかけない経営者を育てる為に設立されたものだ。
この協会は毎年やってくる宿屋経営者志願の腕に覚えのある冒険者達を過酷な試験でふるいにかける。で、その血で血を洗うような過酷な試験をパスしたほんの一握りに宿屋の経営が許されるのだ。当然ながら協会には規則が存在するはずだ。恐らくその中には「毒とかに侵されてる者は必ず教会に寄らせて治療を受けさせること」みたいな取り決めがあるはずだ。全てを宿屋がやっちゃうと教会の立ち位置が無くなる。彼らには「病気や呪いから人々を解放させる」という使命がある。現実の教会も昔は病院としての役割を持っていた。教会の神父に話しかけた時に出るコマンドに「死者の蘇生」の他に「毒の治療」と「呪いの解呪」があるのはこの為なのだ(たぶん)。
では、もし、他の宿泊客とかに迷惑をかける奴が現れたら?
「いらっしゃいませ。旅人の宿に…」
「おい、じじい」
「何でしょう?」
「何でしょう、じゃねえよ。有り金全部寄越しな。」
「何言ってるんです?できませんよ、そんなこと。」
「ケケケ、アニキ、このおっさんバカだぜ。」
「アタイ達3人でぇ、かかればぁ、お前なんか、ヒック、テメェなんか1分、れ、殺せるのによん?」
「おい、じじい、俺様の気が変わらない内に金を寄越さねぇと、この剣の錆びになるぜ」
「ふ~む……」
自らの首筋に突き付けられた鉄剣を少しだけ眺めた宿屋の主人は剣の端を優しくつまむと、
ペキ
いともたやすく折った。
「「「!?」」」
悪党達は一瞬で怯む。
「こんな剣では、獣一匹も狩れませんよ。」
そう呟くとそのぽっちゃり体型からは想像もつかないようなスピードで彼らの背後に回り込むと一人の両腕の関節を折り、一人の両指を握力でメチャクチャにし、一人の両肩の関節を外した。笑顔で。めっちゃ笑顔で。小さな子供に優しく話しかけるような優しい笑顔で!!
「「「~~~~!!!!!!!」」」
激痛で声にならないような酷い叫び声をあげた彼らは外に追い出された。
「これに懲りたら悪いことはしない方が身のためですよ。あ、教会はあちらですから。」
そう言うと、主人は宿屋の中へ戻っていった………。
と、まあ、多少誇張しているかもしれないが、こんな所だろう。彼らは物凄く強いのだ。LV99の勇者や賢者よりも。宿屋にやって来た者達が自分や他の宿泊客に迷惑をかけると判断された場合、宿屋の主人が男性なら鍛え上げた武術で返り討ちにし、女性であれば一瞬で消し炭にするような即死魔法を問答無用で放つのだろう(宿屋の中で死人を出したらまずいから手加減はしていることを祈ろう)。
どうしてそこまでするのか?
答えは簡単。
彼らは村を、街を、ひいては世界を平和にするための、縁の下の力持ちの役割を自らの使命としているからだ。さっきも述べたように、宿屋を利用するのは勇者一行だけじゃない。冒険者も利用するのだ。勇者一行は悪の根源たる魔王の討伐のため、傷ついた身体を癒す為に宿屋を利用する。同様に他の冒険者達も各地のモンスターを討伐しながら旅をしている。考えてみよう。彼らが登場するRPGって、村とか街って現代のように道路続きじゃなくあちこちにぽつんと存在していないだろうか?彼らの住む世界はモンスター達も跳梁跋扈する世界。彼らの住む村や街は比較的モンスターの襲撃の少なそうな場所に存在しているはずだ。勇者や冒険者達がモンスターを討伐するのは、長い目で見れば自分達の住む村や街の平和へと結び付いている。命をかけた冒険をする彼らをいつでも受け入れられるように、彼ら宿屋の主人達も強くなければならないのだ!!でないと、仮にどこかの宿屋が悪党とかに占拠されたら、勇者達の休む場所が無くなる!!勇者達は無補給で旅を続けなければならない!!そうなってしまったら、彼らがどこかで野垂れ死ぬ可能性がぐぐっと増えるのだ!!
死んだ勇者一行を近くの教会へ運ぶ誰かさんの苦労を考えておくれよ。そんなことになる可能性を少しでも減らすために宿屋はあるんだ。宿屋の主人達は何でもできなきゃ駄目なのだ。
じゃあ、彼らが魔王の討伐に行けばいいんじゃね?と思うが宿屋の主人達は口を揃えてこう言うのだろう。
「私達は引退した身です。人生の現役である彼らの手助けは寝床の提供くらいまでしかしちゃいけないんです。どうしてって?それはですね……」
―未来を切り開くのは、何時でも、先の見えない真っ暗闇を松明も無しに通り抜けようとする勇気を持った人達なんですから―
もしあなたが、仮に、異世界に移住したとして、冒険の旅に出ることになったとしても、宿屋の主人達の言うことには、素直に従った方がいい。何故なら、彼らはとてつもなく強い。それに、
彼らのうち、誰かが一人でも欠けてしまえば、世界は闇の方へと傾いてしまうだろうから…………………。
結論:宿屋の主人達はありとあらゆる事を究めし者。彼らの言うことは年老いても尚、子供達を気に掛ける優しい親の言うことだと思って素直に受け入れましょう。