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悪魔のスカウトマンが悪の世界を背負って立つ逸材を探す

俺の名前はサタン・クロース。

この時期間違えられやすいけど

サンタクロースじゃなくてサタン・クロース。

いつもカラスみたいに真っ黒な服をきた、いなせな悪魔。

仕事は将来、悪の世界を背負ってたつ悪の逸材をスカウトすること。


で、その日おれが居たのは小洒落たカウンターバー。

ホットミルクをちびちび舐める。

アルコールは健康に悪い。

寒い冬の夜は悪魔肌のミルクに限る。

それに遊びじゃない。いちおう仕事だし。

で、今日のターゲットはカウンターの隅で

ガンガン、ショットグラスを空けているお笑い芸人K。


いや、今や彼は作家として日本文芸界期待の超新星。

彼のデビュー作は由緒ある文学賞を受賞、

そのうえ200万部を超えるメガヒット。

俺はプライベートなところ申し訳ないが、

少し話していいかと、Kに近寄る。


Kは邪魔されたのがよほど不快らしい。

テレビで見せる表情とは違う凶悪な顔で俺を睨む。

俺はかまわず話しかける。

自分はずっと小説を書きたいと思っていた。

だけどあなたの作品を読んで諦めた。

あなたは天才だと。


Kはバカにしたような表情のまま。

しかし話には乗ってきた。

「へー、で、どんな作家が好きなんですか?」

俺はポケットから一冊の文庫本を出す。

ボロボロになった太宰治だ。

「やっぱり太宰ですかね。

その筆名からして最高ですよ。

堕ちた罪で、堕罪ですからね」

「なるほど、私も太宰が好きですが、

そんな発想はじめてききましたよ。

面白い。

たしかに悪魔に魂を売り渡して、

堕ちるとこまで堕ちないと、

彼のような作品は書けないのかもしれませんね」

おっ、向こうから乗ってきたぞ。


でもここはあせらずあせらず。

昨日読んだ『出来る営業マンは無駄話がうまい』

という本に書いてあった。

まずは見込み客(見込み悪魔)との

話のキャッチボールによって、心に悪の橋をかけるのだ!

「ははは。で、Kさんの次回作はそろそろ発売予定ですよね」

すると、Kは突然また凶悪な顔に戻って吐き捨てるように言う。

「一生そんなものは日の目をみないよ。

おれの名前を使って新刊が本屋には

来月あたり腐るほど並べられることになるだろうが、

それは俺が書いたものじゃないのさ」


Kはかなり酔っているのか危ない話をはじめた。

俺は時々不思議に思う。

なぜ、人間という生き物は俺たち悪魔の前に出ると、

誰にも話せないような秘密を語り始めるのかと。

どれほど恥ずかしい話であろうとも。


Kによれば次回作はKの名前で発表されるが、

別人が書いたものだという。

Kは2作目が書けなかったのだ。

だから所属する事務所のマネージャーが裏で手を回し、

他人が書いたそれなりに売れそうな未発表作品を持ってきたのだ。

これをKの言葉で少し書き直して発表しろ、と。

出版社との契約上これはやらなくちゃいけないことだからと。


「俺はその、確かに売れそうだな、

っていう作品を書き写したよ。

で、明日編集者がそれを取りにくる予定なのさ。

そして衝撃の第二弾ついに発表って大々的に売り出す予定なのさ」


ほぉー。

俺は感心した。

なるほど!第1作ですでに確立した作家Kのネームバリューと、

無名の作家のそれなりの作品の力を合わせて、

読者にそれなりのエンタメ作品を届ける。


読むものは満足、

売る方もがっぽり儲けて、誰もが得する。

これはすごいビジネスモデル、

悪魔のように狡猾な手法だ。


俺が感心のあまり呆然としていると、

Kは自らの半生を語りだした。

それは、あまりに惨めで、かっこ悪く、恥の多い人生だった。

嫉妬、憎悪、裏切り、嘘。

一人の人間としては誰かに語ることのできないほどの恥ずかしい人生。

だが俺のような悪魔にとっては大好物なものばかりだ。

俺はただただ聞き惚れた。


俺は自分の仕事も忘れてKに頼んでみた。

「その恥ずかしい話、

私が自分の話として小説にして発表してもいいでしょうかね?」

するとKは突然怒り出し、

今言ったことは全部うそだ、

もしこの話を漏らしたら殺してやるぞ!

と怒鳴ってその店を出ていった。


翌日私はカラスに化けて

彼の住むマンションのベランダに行って様子を確かめる。

昨日あれほど怒らせちゃったので

契約の前に様子を確かめようと思ったのだ。


すると、彼はものすごい勢いで

パソコンに向かって執筆をしていた。

とても、俺の本来の仕事、

悪魔との契約を持ち出せる雰囲気ではなかった。

悪魔でも怖がるほどの

鬼のような表情をKがしていたからだ。


その1ヶ月後、Kと話したバー。

ホットミルクがうまい。

すると隣に白いコートを着た派手な顔の女が座った。

天使のミカちゃんだ。

ミカちゃんはこれ見た?といってスマホで動画を俺に見せる。

Kの新作発売記念のインタビュー映像だ。

Kは照れたような顔でカメラに向かって話す。

「こんな本書いちゃってすみません。

たぶん、売れないと思います。

でも、僕は、恥を書いてもいいから、

書きたいものを書きたいのです・・・・・・」


確かにKの新作は売れなかった。

自身の半生を綴ったその作品には

エンターテイメント的なカタルシスも興奮もなにもなかった。


そこには恥ずかしいほどに

みっともないひとりの男のボヤキが

綴られているだけであった。


だけど、悪魔の俺としては前作よりずっと良いと思った。

そう思うのは

悪魔だけではないはずなんだがな。


俺はミカちゃんに

Kを天使にスカウト出来たのかい?と訪ねる。

「それがね〜。残念。私としたことが失敗。

なんか、彼、天使にも悪魔にも、なりたくないんだって。

しばらくみっともないくらいに人間をやっていくんだって。まぁいいけどね」


この世には天使も悪魔も実在するし

どちらも心に抱えた人間っていう不思議な生き物も

いるんだよなってことを

俺は思い出していた。

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