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第十話 発見した土塁は外堀

「判断に困るな」


疲れたように父上が溜息を吐いた。


ここは、大坂城下に与えられた屋敷。

私の隣では兄上が平伏し続けている。


先の戦の結果、我ら真田家は加増と改易の両方を味わった。

父上は反徳川から、私は親豊臣から西軍に付き、兄上は親徳川から東軍に付いた。


どちらが勝っても生き残れる策だったが……。

正確には乱世になると踏んだ父上の目論見であり、それは外れた。


関ヶ原では毛利輝元様が一軍を率いて徳川家康を撃破。

数日後には秀忠殿をも降している。


兄上は秀忠殿に付属されていたが、道中の抑えとして沼田に残された。


父上はその秀忠殿を散々に引き付け、合戦に間に合わせないと言う快挙を成し遂げた。

よって西軍からの評価はとても高い。


結果、我らは十万石の加増を受けた。


加増された地は上州沼田ほか。

兄上が治めていた土地が含まれる。


そう、兄上は東軍に加担したとして改易の憂き目にあったのだ。

仕方のないことであるが、内心残念に思っている。


身内で分かれた者たちでも、徳川に加担した者は容赦なく改易された。

なにも兄上だけが特別ではない。


近隣で言えば、小諸城主・仙石秀久も改易。

しかし嫡男・秀範殿が西軍に通じており、家督相続が認められた。


他にも常陸を安堵された佐竹義宣殿だが、一族の蘆名盛重や佐竹義久が改易に。

それぞれ義宣殿の預りとなっている。


京極高次殿は若狭に加増されたが、弟の高知は徳川に付いて改易。

これも高次殿の預りとなった。


兄上は父上に預けられ、真田家は信濃と上野に十五万石を領する大名となる。

内、五万石は私が頂けることとなった。


真田本家十万石は父上が差配するのだが、継嗣はどうなるのだろうか。

豊臣、と言うか奉行衆や毛利からは何も言われてない。


兄上は改易されたが廃嫡されてはいない。

そうせよと言われてないから。


つまり、行く行くは父上の後を継いで兄上が本家の当主となる?

私は分家としてそれを支えることが出来る?


思わず夢見てしまうが、果たしてそれが許されるのか。


父上すらも恐れる、毛利輝元様の神算鬼謀。

何も言われないからと言って許されるとは限らない。


父上の、真田家の憂慮は終わらない。



輝元様の真意が奈辺にあるかは判らない。

しかし私は、兄上が斬首や切腹とならなくてホッとしている。

改易こそされたが、父上の預りであれば憂いもない。


ここはひとつ、義父を通じて真意を探ってみるのはどうか。

父上は無暗に踏み込むなと仰るが……。

せっかく繋がりがあるのだ、使わないのは勿体ないだろう。


そう思い、早速お願いしてみた。



「そなたが左衛門佐か」


なのだが、ならば直接聞いてみよと言われ連れてこられたのは毛利屋敷。

唐突過ぎて頭が付いて行かない。


眼前にてゆったりと仰るのは、安芸大納言こと毛利輝元様。

左右に侍るのは周防宰相こと毛利秀元様、出雲中将たる吉川広家様だ。


要は、天下の行く末を握る毛利の中枢がずらりと並んでる訳で。

緊張のあまり声が出なくなっても仕方が無いと思うのだ。


「話は聞いておる。兄を思うその性根、誠に結構」


広家様が仰る。

何故ばれたし。


秀元様も深く頷いている。

輝元様は……、茫洋としていて全く読めない。


初めて御目に掛る訳ではないが、やはり印象は変わらない。

事実を知らなければ、誰もが騙されること受け合い。


眠れる獅子・毛利輝元。


誰が言い始めたかは知らないが、言い得て妙だと思う。

その輝元様は、どこか遠くを見詰めたままのんびりと零した。


「まあ、良いようになされよ」


え、っと……?


「殿は、構わぬとの仰せ」


「貴殿らの随意に任せると言うことじゃ」


秀元様、広家様が補足してくれた。

つまり……。


「あ、ありがたき御言葉ッ。御礼申し上げます!」


理解が及ぶと、喜色の発露を我慢出来なかった。



ひょっとすると、これも含めて深謀の一端なのかもしれない。

しかし、それでも構わない。


どうせ、私の様な凡才には鬼才の考えは分からない。

であれば、言葉のまま素直に生きてみるのも悪くはないはず。


父上は溜息を吐くかも知れないが、私の心は晴れ晴れとしていた。

真田が抱える憂慮は杞憂だと思う。


輝元様と直に相対した感想だ。

私は自分を信じて、今後も豊臣の為に尽して行こうと決めた。


願わくは、眠れる獅子が覚醒する日が二度と来ないことを……。







【悲報】毛利幕府が開けない!


私は名も無き毛利一族。


関ヶ原の合戦で我らが徳川を破り、日ノ本一の大名家となった。

それを為したのは我が殿・毛利輝元様。

私の従兄弟であり、毛利家中興の祖・元就公の嫡孫である。


孫の代で毛利が更なる飛躍を遂げた。

御爺様も泉下でさぞ御悦びであろう。


因みに、私の従兄弟でもあるが一時は養父でもあった。

今は男子が生まれて養子の座は退いたが。


それでも気を使って長門・周防の二ヵ国を分地して下さった。

お陰で私は分家筆頭の地位にある。


ともかく、今や毛利家は豊臣家に勝るとも劣らない力を有するはず。

だから一言も仰られなくとも、ひょっとすると……。

と、少なからず期待をしたのは私だけじゃないはずだ。


それを今一人の従兄弟で一門の重鎮に愚痴ってみた。

すると、


「宰相殿はまだまだ青うございますなあ」


と、嫌にニコニコと諭された。


なんでも天下人と言うのは進んでするものではないらしい。


いや、武家に生まれた男子ならば一度は夢見るものじゃないのか。

そう指摘すると、


「判りますとも。ワシも今少し若ければ同じように思いましたでしょう」


なんて返答。

どういうことかと更に訊ねると、穏やかな表情で詳しく教えてくれた。



天下人は常に孤独で、独善的でなければならない。

それでいて、下の者を良く見て考え動かねばならない。

この気苦労たるや凄まじきもの。


上手く噛み合わなくなったとき、天下は必ず乱れる。


今は亡き太閤殿下を見てそう思い悟った殿は、祖父・元就公の言を守ることにした。

即ち毛利は天下を望まず、だ。


むしろ日ノ本各所に一門を配置し、政治の中枢にも食い込んでいる。

天下人とならずとも、執権に近い存在になっているのだとも。


遠き鎌倉の世、執権として天下を差配した北条氏を参考にしているらしい。

当然、瓦解した政治の様子もしっかり研究していると。


……なるほど。


豊臣政権下で極めて大きな力を持つ我ら毛利一門。

しかし、毛利宗家が独裁的な力を振るうことが出来る訳ではない。


一時的には出来ても、いずれ必ず綻びが出てくる。


今はまだ、殿を中心とした一門の結束は強く固い。

だが、泰平の世が長く続けばどうであろう。


権力闘争が行われる可能性は高い。

太閤殿下が亡くなられた後の、石田殿と徳川の争いは極端だが似たような例だろうか。


そんな時も、殿の様な英邁な主君があれば良い。

しかし、歴史は物語る。

鎌倉北条氏の二の舞は御免蒙る。


権力は人を躍らせる。


殿は毛利の所領を分割して自ら力を落とし込んだ。

一門が結束していれば大毛利は続く。

そうでなければ容易く瓦解しよう。


やはり、殿は眠れる獅子であらせられる。


殿の御尊顔は、常に眠たげで穏やかだ。

とても、徳川家康を一撃に仕留めた方とは思えない。


しかし、無言でありながら後進を導いて下さっている。

侍臣たちの目に狂いはなかった。


私も、気付けたからには誠心誠意お仕えしよう。

毛利の為に生きて行かねばならぬ!


一時であろうと、仮にも殿の養子となった身。

不甲斐ない姿など見せられよう筈もない。


まずは、殿の嫡子として重圧のかかる若殿の教育からか。


殿は殿、若は若。


皆、判っては居てもついつい求めてしまう。

だから潰されて仕舞わぬ様、我ら一門が全力を以てお支えしよう。



後世、我らの子孫が嘆く事が無いよう万全の態勢を敷く。

これが最も重要であり、その中には後世に伝える書物も必要だろう。


衝撃的で勢いのある表題にすれば、きっと皆にも伝わる筈。

どれ、早速執筆に掛るとするか。



【悲報】毛利幕府が開けない!



論功行賞で真田の描写を忘れてたので補完しました。

これにて終了、ありがとうございました。

2017/7/29 微修正

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