第一話 動き始めた中の人
ふと気付いたら毛利輝元に成っていたでござるの巻。
なんで輝元だと判ったかって?
……いや、なんでだろ。
ただ、何となく知ってたんだよね。
今まで輝元として生きてきた人生と。
これから輝元が生きるであろう未来の出来事も。
毛利元就を祖父に持ち、中国地方に百二十万石を領す大大名。
豊臣政権では大老という職に就き、前田利家や徳川家康らと共に重要な地位を占めている。
今ココ。
後に起こる関ヶ原の合戦では石田三成に担がれた挙句、色々見誤って三十万石程度に転落。
改易されなかっただけマシと言えるような状態になってしまった。
これらを知ってる意味も判らんので、俺はこれを夢と判断した訳だ。
……そっかー、夢ねー。
夢なら仕方が無いねー。
手鏡を見ると、まあまあ良い年したオッサンの顔がある。
貴公子と言えなくもないし、茫洋としてるとも言える。気がする。
少なくとも、戦乱の世を生き抜いた正に戦国武将ッ…って感じはしない。
大毛利の当主として、戦にも政治にも関わって来てるんだけどな。
生来のモノなのか、叔父や祖父に従兄弟たち。
あとは祖父伝来の優秀な家臣たちに支えられるが為のモノなのか。
最早、本人にも判らないようだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
どうせ夢だし。
さてさて、まずは状況整理。
俺は毛利輝元。
今は太閤秀吉が亡くなった丁度その時。
次に来るのは関ヶ原。
様子見に徹した挙句、出し抜かれて騙されて。
戦国大名らしく、真っ当な戦をすることもないまま領地の大幅な削減。
そして残るのは騙された者と出し抜かれた者、彼らを纏め切れなかった当主への相互不信。
固い団結を誇った筈の毛利家中は割れてしまう。
やがて幕末に到るとそれが維新の力となる訳だが、そんな先のことは輝元には関係ない。
だから差し当たり、目の前の出来事に対処しないと。
なに、どうせこれは俺の夢だ。
好き放題やって、ご都合主義の何たるかを堪能してもバチはあたるまい。
よし、そうと決まれば話は早い。
「誰か、おるか」
なんだこのおっとりとした喋り方。
もうちょい、きちっと出来んのか。
……出来ませんでした。
あの後家臣を呼んで、色々手配したりしたんだけどね。
ずっと、あのおっとりのんびりした喋り方でね。
家臣の人たちが切れないか心配したんだけどね。
向こうも当たり前のように対応してくれて、それはそれで安心したんだけどね。
これが、戦国武将……毛利輝元だと、……諦めるしか、ないのか……。
何だかガッカリだよ。
どうしようもないし、仕方ないから切り替えよう。
とりあえず、俺がすべきなのはー。
1.関ヶ原で間違えない。
2.毛利家の所領を削られない。
3.あわよくば天下を!
失敬、かなり飛躍した。
祖父の教え、毛利は天下を狙わない。
これはこれで間違ってないと思うんだよね。
天下なんて面倒なだけ。
地方の覇者でいいじゃない。
でも、もし仮に関ヶ原で徳川家康に付いて、領地を安堵してもらってもさ。
いずれ、なんやかんやで滅ぼされそうなんだよね。
複数ヶ国を持つ、大大名なんて江戸時代には存在しない訳だし。
ああ、加賀百万石の前田家。
これは例外的に存在してた感じだけど、あれはあれで重臣を徳川家中から迎えたり、当主が奥まったり、色々と頑張った結果だからな。
そこまでしたくない。
天下が地方の覇者を認めないってんなら、対抗するしかないよね!
またちょっと話が飛んじゃった。
まあそんな訳で。
俺は大人しく領地を削られて隠居する気はない。
天下を狙う程の気概を持って、戦国最後の戦乱に臨むのだ。
幸いにして、家中の人材には事欠かない。
毛利には両川と呼ばれる、名物両輪がある。
吉川と、小早川ね。
残念ながら、ずっと頼りにしてきた叔父の小早川隆景は亡くなってしまった。
小早川家を継いだのは、豊臣から養子に来た秀秋。
悪い人間じゃないし、無能でもないのだが……。
如何せん、叔父上伝来の薫陶を受けてない他家の者。
頼りにはならない。
よって、敢えて今、毛利両川と言うならば、吉川広家と小早川は分家の秀包になるだろうか。
広家は吉川元春の子だし、秀包は隆景の養子だった。
二人とも、隆景の薫陶を受けて育ってきた。
十分頼りになるはずだ。
特に秀包は秀秋が養子になった時に別家を興したが、元は隆景の養子であった。
真の小早川当主と思っている人間も多い。
因みに秀包も輝元にとっては叔父にあたる。
年齢が逆転してるが、血統的にはそうなる。不思議だね。
さて、十分頼りになる吉川広家だが一つ問題がある。
それはこの広家こそが、毛利没落の要因を作ったということだ。
簡単に言えば、徳川に騙された。
それだけなんだけど、一門の重鎮たる人間がしていい失敗じゃない。
お陰で、何とか毛利改易は回避したものの、家中から白い目で見られ続けることに。
広家のせいで毛利は関ヶ原の敗者に名を連ねた。
広家のお陰で毛利は改易を免れた。
どっちが正解?
どっちも正解。
ちょっと迂闊で、不幸な行き違いがあったってことさね。
まあ細かい事を言い出せば切りが無い。
結果は変わらんし、広家が毛利の為を思って行動したことに間違いはない。
だから信頼出来るのは事実だし、今はそれでいいさ。
他にも叔父の元政や元康、従兄弟で養子の秀元などなど。
頼りになる一門重臣が綺羅星の如く。
そのせいで、領地を削減された史実家中で対立も発生した訳だが。
んま、そんな感じで優秀な人材を上手く使って動乱を乗り切ろうってこったな。
ついでに、良い感じに天下を覗ける位置まで行きたいって野望もある。
太閤秀吉薨去の後、近畿周辺はキナ臭い感じになってきた。
豊臣政権の権威を頑なに守ろうとする奉行・石田三成。
豊臣政権下にありながら天下を嘱望する大老・徳川家康。
彼らを中心に色んな事件が巻き起こる。
そんな頃、俺は俺で動いていた。
吉川広家の妻は宇喜多秀家の姉。
早くに亡くなってしまったが、未だその正室の地位を守り続けている。
その縁を使って、宇喜多家中に侵食。
宇喜多では、色々あって当主と一門重臣の間に隔たりが生じていた。
豊臣一門たろうとする当主・秀家と、あくまで土着・宇喜多を大事にする一門・詮家。
徳川家康の画策もあって、史実では一門重臣が大量に離反。
宇喜多は弱体化する。
その離反者を吉川家に、正しくは毛利家で取りこもうと画策した訳。
なんせ、広家は宇喜多一門にも連なる人間だからな。
で、その企みは概ね成功。
イザコザが起こりかけ、家康が介入する前に俺が介入。
大老たる俺が裁定し、宇喜多一門に連なる広家が騒動の主犯らを預かる。
何も問題はない。
概ねと言ったのは、何故か離反を取りやめた重臣もいたから。
あと、家康から若干睨まれた。
ゴメンネ。
相変わらずおっとりとした喋りで対応したら、程々で切り上げられた。
どうやら、家康にそれ系の耐性は余りないらしい。
宇喜多の武辺を取込んだ毛利家。
いざとなれば、備前への蚕食も可能だな。
ニヤニヤが止まらんぜ。
手鏡を見る。
相変わらず茫洋とした表情だ。
表に出ないのを喜ぶべきか、この顔を悲しむべきか……。
まあこの顔のお陰で、裏でコソコソやってるとか思われてないっぽいからな。
良いことだと思っておくべきだろう、な?
そんな感じで、迎えるのは関ヶ原前哨戦。
勢力陣地取り合い合戦だ。
石田か、徳川か。
はたまた第三極か。
毛利の勢力は大きく、誰もがその趨勢を見守っていた。
寝苦しい夜、突発的に湧き上がった作品。
リハビリがてら、数話で終わる予定です。