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異世界転移取材旅行紀  作者: 夜光電卓
2/4

第弐話

連続投稿弐つ目です

       ☽―☀―☽   



 もしも――そんな風に思うのは、たいてい事が終わってしまった後だ。

 IFの話は噺にならない。

 ただただ後になって後悔だけが後を追いかけてくるだけだ。


 その時の俺だって、もう少し冷静でいられればあんな事にはならなかったのだろう。


 もしあの時、教室の戻って急いで制服に着替えて、荷物を引っ提げて職員室へ向かっていなければ……。


 もしあの時、持っていたスマホのメールや電話の履歴を確認していれば……。


 もしあの時、偶然制服のポケットに入れっぱなしだった“ジッポ”に手を触れ、俺の悪い予感の所為で焦燥し、無我夢中で職員室まで疾走しなければ……。


 釣りで釣り糸同士が絡んでしまうのを“お祭り”というように、この時点で俺の“運命の糸”は大きく絡まってしまったのだ。


 まさに“後の祭り”


 職員室の扉の前へ立った時、俺はその音を聞いた。


『ドォオオオ――ン!!』


 それは巨大な爆発音だった。それに続く小さな悲鳴。

 扉越しでもその爆発も悲鳴もハッキリと聞こえた。そして部屋の中の声も――。


「キャァツ!」

「マジか……」

「嘘だろ!」


 なんてシンプルで、捻りの無い台詞だろう。

 俺はノックもせずにドアを開けた。

 職員室にいた教師陣全員の視線が俺の方へと向く。

 しかし俺の視線は、職員室に唯一設置してあるテレビの方へと向いていた。


『――いま、爆発が起きました。バスが爆発しました。繰り返します。現在修学旅行中の学生を乗せたバスとたトラックが衝突した現場に来ており、たったいま爆発が起こりました』


 テレビにはヘリコプターからだろうか、空撮している映像が映っており、そしてそこには炎上するトラックと無残な姿のバスが三台ほど見て取れた。

 テロップに流れている場所は北海道だ。


「情報によると、バスに乗っていたのは、K県立――」


 それは翔兄の通う高校の名前だった。


        ☽―☀―☽   



「翔兄ぃ……」


 俺はそれだけを呟いた。

 空気は凍った。冷たい。確かに七月初旬にして今日は少し肌寒かったが、此処は屋内だ。

「職員室、冷房利き過ぎてません?」と、そんな冗談が頭に浮かぶはずも無い。


 意味が解らなかった。理解が出来なかった。

 だって、テレビに映るその映像は『LIVE』と片隅に浮かんだ、衝撃映像だ。

 テレビの世界は異世界だ。自分とは別の世界の出来事でしかない筈だ。

 ニュースだとしても、事実を語っていたとしても、今までそれが自分の身の周りに直接関係している事なんてほとんどなかった。

 どこか他人事。可哀想だったり、憤ったり、喜んだり……色々な感慨は浮かぶ者の、その液晶で構成された風景は、俺には遠い何処かの出来事でしかない。


 ましてやドラマや映画、アニメ、そこにゲームをいれてもいいが、それらはフィクションだ。

 現実では無い。――そして現実感が無い。


 あるのは安全な此方側で、その状況を楽しむ自分だけだ。

 誰が傷つこうが、誰が悲しもうが、それは自分には関係ない他人事。


 異世界の出来事なのだから――。


 それなのに、今現在そのテレビに映し出されているのは酷い地獄絵図だった。

 画面には大型トラックと一台の観光バスが炎上している。その後ろに玉突きで突っ込んだのか同じような観光バスが荷台前方を潰している。


 北海道、遠い。距離的にもそしてテレビの中の出来事だとしても、その距離感は遠く感じる。

 なのに、この寒気はなんだろう。この冷たさはなんだろう。

 こうも現実離れしているのに、非現実なのに、この世界の出来事でないというのにこの、この……、


 恐怖はなんなのだろう――。


 不安はなんなのだろう――。


「永谷……」


 名前を呼んだのは担任の木内先生だった。


「永谷、さっきお母さんから電話があってな……」

「兄は、翔兄は!? 無事……大丈夫なんですよね?」


 木内繊維は静かに首を振る。


 そんな、まさか……。


「いや、違う、勘違いするな。まだ何もわからないんだ。ただあの事故に遭ったって事は間違いないみたいだが、彼も、そして他の人達の安否も解ってないんだ」


 木内先生はそう言って悲痛な顔を必死に笑顔に変える。


「大丈夫だ、なにせあの翔一……お前の兄貴だぞ。後方のバス何台かは事故に巻き込まれず無事だというし、大丈夫に決まってるだろう」


 木内先生は翔兄が中三の時の担任だった。生徒会長もこなし成績優秀、クラスメイトからも人気が高く、クラスのリーダー的な存在だった翔兄は、木内先生の大切な教え子の一人だ。

 翔兄が卒業して次に入学してきた俺にも、よく翔兄の武勇伝を聞かせてくれた。

 木内先生にとって翔兄は自慢の教え子の筈だ。

 だからだからこそ、信じたいのだろう。

 俺も同じだ。

 翔兄は、きっと、きっと――でも……。


『……なお、学生たちにの中にも死傷者は田主う出たようで、現在――』


 チッ、と木内先生が舌打ちをして『テレビを消せっ!』と怒鳴る。

 確かに最悪のタイミングだった。いや、ベストなタイミングかもしれない。

 今思えば……。


「帰ります……」


 俺はそう言って後ろを向く。


「待て永谷……今お前のお母さんが迎えに……」

「途中で会えるでしょうから大丈夫です」

「待て、永谷、落ち着け。焦る気持ちはわかるがこういう時こそ……」


 こういう時こそ冷静に落ち着くことなんて不可能だ。

 事故に遭っているのは、安否不明で、学生の中に出た死傷者の一人は俺の兄、翔一かもしれないのに。

 俺の大好きな、憧れの、尊敬する、あの翔兄かもしれないのに、

 家族かもしれないのに――。


 俺は木内先生を振り切って、走り出した。


 今でも思う。


 もしも――そんな風に思うのは、たいてい事が終わってしまった後だ。

 IFの話は噺にならない。

 ただただ後になって後悔だけが後を追いかけてくるだけだ。


 その時の俺だって、もう少し冷静でいられればあんな事にはならなかったのだろう。


 今となってはその――もし――があったのか聞いてみたいものだ。


 誰でもない、翔兄に……。



        ☽―☀―☽   



 俺の手にはさっきまでポケットにしまっていたジッポライターが握りしめられていた。


 これは先日翔兄から借りたものだ。ゲームセンターのクレーンゲームで翔兄がとったものらしい。

 銀色のメタリックな光沢に独特な蝶のデザインが施された、ちょっとお洒落なものだった。

 蝶の部分だけ、光の加減で時折虹色の溝をつくって輝く。


 数日前、次の新人賞に向けて新作に取り掛かっていたのだが、どうしても発表が気になって、手につかず。だからといって日が近づくにつれて変な緊張が俺を襲って……、

 端的に不眠に近い症状だった。


 そんな夜の事だ。


 PCのモニターに白紙のままのテキストが凍結していて、重低音のブゥーっという震動音だけが部屋内を満たしていた。


「駄目だ――なんも書けない」


 仕方ないのでリフレッシュでもするかと、コーヒーでも淹れようかと部屋を出た。

 すると隣の翔兄の部屋から光と、小さな「カチッ、カチッ」という金属音が漏れていた。


「翔兄も起きてるのか……」


 扉の隙間から覗くとやはり翔兄は机に座って勉強をしているようだった。


「違うな。それじゃアプローチとしてシンプルすぎる。でもそうだとしたら沙羅双樹って言うのは……」


 沙羅双樹……の鐘の声?

 たしか平家物語だったか。古典だろうか?

 だが俺が気になったのは翔兄が勉強していた内容よりも、先ほどから鳴る金属音の方が気になっていた。

 おもむろに部屋の中へと入っていった。


「翔兄、まだ起きてるの?」

「ん、どうした勇二? また新作で徹夜か?」


 その時、翔兄が持っていたのがこのジッポだった。


「あ、翔兄、ライター! まさか翔兄タバコ吸ってたの?」

「まさか、これはこないだゲーセン言った時の戦利品。こないだ母さんに爪噛んでたの怒られてさ」


 翔兄は悩んでたり、考え事をしてると爪を噛む癖があった。完璧超人にもウィークポイントはあるんだよな。


「それで、爪噛む代わりにこの蓋開け閉めしてるって訳。なんか探偵モノみたいでカッコいいだろ?」


 こういう子供っぽいところもあるから、翔兄はモテるんだろうな。

 それこそ爪の垢でも煎じて飲みたいぐらい。


「あっ、そうだ。勇二こんなの知ってるか?」


 そうやって翔兄が見せてくれたのが、ジッポのトリックだった。

 手を器用に使って、くるっと回したりして火をつける。

 カッコよかった。正直、中二心くすぐられるよね。まぁリアルで中二なんだが。

 翔兄は動画サイトを見て覚えたのだという。


 俺が感動してると、翔兄が教えてくれた。あまつさえしばらく貸してくれるという。

 それから、俺は練習の毎日だ。

 翔兄みたいに俺はなんでもできる訳じゃないからね。

 勿論両親には内緒、ジッポなんか持ってると色々言われそうだし。

 少しでも出来るようになれば翔兄に見せにいった。

 すると翔兄は褒めてくれて、また新しいトリックを教えてくれた。

 

 ただ練習のために、いつも持ち歩いていたのはまずかったな。

 今日もいつの間にか制服のポケットに入れちていたし……。

 せっかく、翔兄が今朝「そうだ勇二、学校では練習すんなよ!」って注意してくれたというのに……。


 その時の翔兄の顔が目に浮かんでしまった。


 泣きそうだった。いや実際に泣いていたのかもしれない。

 もしかしたら、あの翔兄の笑顔をもう見ることができないかもしれないということが。

 俺の拙い小説を読んで褒めてくれたあの笑顔も、新しいジッポのトリックも教えてくれないのかもしれない。

 空手をやめてから「お前の作品で使えるんじゃないか?」と空いている時間に教わり始めた古武道の動きや、棒術やヌンチャクなんかの型もまだ教わっていないのがある。

 俺に教えてる時のあの翔兄の嬉しそうな笑顔。


 あの顔にももう会うことが出来ないのかもしれない。


 そう思うと不安だった。状況もよく理解していない。それでも最悪の状況しか想像できない。

 こういう時は厭な事しか思い浮かばない。

 むしろ今日起こったすべての出来事が伏線に見えてしまう。

 最悪のエンディングを示唆するフラグ。

 突然、事故の様に湧いてくる不幸。


 頼む、頼むよ――。

 お願いだから、何事もない平穏な日常を――、

 ドラマティックな非日常はフィクションの中だけで充分だ。

 俺の書く、紡ぎだす物語の中だけで充分なんだ。


 俺は必至で走った。走って、走って走りまくった。

 一人が嫌だった。早く母さんに会いたい。父さんに会いたい。

翔兄に会いたい。


 頼むから翔兄が無事で――こんな駄作ハッピーエンドで終わらせてくれ。


 そこで俺は自分がしくじった事に気付く。

 先ほどのマラソンの時もそうだった。

 思考が別の方向に行っていると、俺の集中力は格段に落ちる。

 いや注意が散漫になると言った方がただしいのかもしれない。


 横断歩道の告げるランプはレッドカードだった。

 そこで俺はまた失態をする。必死に急ブレーキをかけてしまったのだ。しかし既に真ん中程まで来てしまっていた。

 そしてその時急ブレーキをかけたのは俺だけではなかった。

 軽トラが目の前まで来ていた。フロントガラスには太った中年の驚愕の顔が浮かんでいる。


「クソォっ、」


 俺は思い切り跳んだ。

 文字通り、軽トラの脇に飛び込んだ。軽トラが急停車し俺は荷台の横に倒れこむ。


 助かったのか……。


 その時だ。

 気づいた。気付いてしまった。


そいつは恐ろしく冷たい視線で俺を見ている。

 ドライアイスで作ったアイスピックのように、鋭く冷たい視線。


『あの制服は……』


 そうしてオレ(勇二)はニヤリと厭な笑みを浮かべる。


 ガタっと上の方で音がする。

 視線を上空に上げて俺は現状を理解する。


 しかしこの時の俺はやはり気付いていなかったのだ。


 これはハッピーエンドには程遠い――まだプロローグだったと言うことに。


 軽トラの荷台に積まれていた鉄板が俺に向かって落下してきたところで、俺の意識は途絶えた。



        ☽―☀―☽



「夜か――」


 満点の星空を見上げながら俺はそう目を覚ました。

 静かに降る粉雪が頬に当たる。


 最後に覚えているのは“鉄板”とそしてあの笑顔だった。

 冷たく、蔑むような絶対零度の笑顔――。しかしそこからが思い出せなかった。

 あの笑顔を向けていたのは誰だったか?


 右側頭部に痛みを感じる。鉄板に頭をぶつけたのかもしれない。

 しかしその割に手を当てても出血もしていなかった。意識もハッキリしている。

 あの後どうなったのだろう。

 俺は翔兄の事故を聞いて学校を飛び出した。

 急いでいた所為か別の事を考えていた不注意の所為か、俺は赤信号の横断歩道も飛び出した。

 結果、猛スピードで駆け抜けてきた軽トラックと接触事故を起こしそうになった。

 そう起こしそうになったのだ。

 だが、なんとか避けた場所が不味かった。

 荷台の脇……その所為で急ブレーキの影響でバランスを崩した荷台から、載せていた鉄板が上から落ちてきて……おそらく俺にぶつかったのだろう。

 そして、いやだからこそ思う。


 此処は何処なのだろうか?


軽トラに轢かれかけた横断歩道では無い。ましてや意識を失って病院にいるという訳でも無い。


 其処は森の中だった。雪積もる森の中に俺一人倒れていた。地面は白い雪で埋まっている。

 それも信じられぬほど大きな巨木が群生している。昔家族で行った屋久島を思い出すが、それよりも木々が大きい。星空が思いのほか明るいせいか雪に反射する光量だけで、思いのほか視界は良好だった。

 

 それにしてもひどく寒い。

 夏服の制服じゃ当たり前か――。俺は背負っているリュックサックから体操着のジャージの上着を取り出す。

 吹雪かず風も無いため、上着を着るだけで大分ましになる。

 ついでにリュックの中身を確認する。取りあえず所持品は学校を出た時のままらしい。


 俺は再びリュックを背負いなおすと森の中を歩き始める。

 いったいこの状況はなんなのだろう。


 トンネルを抜けると雪国だった――というのは聞くが、鉄板に当たると雪積もる森だったというのは聞いたことが無い。

 当たり前と言えば当たり前だが。


 俺は取りあえず自分の現状を思い出しながら整理してみる。


まず、1、翔兄が事故に遭ったと聞いて学校を飛び出した。

 次に、2、慌てすぎた結果トラックに轢かれそうになる。

 そして3、俺は見事にそれをかわした。

 でも、4、たぶん荷台に積んでた鉄板が落ちてきて負傷(打ちどころによっては死んでるかも)

 結果、5、雪積もる森にただ独りでいる。


 何も解らなかった。

 そして現在俺は何処かも解らない森の中を彷徨っている。

仕方ないので何故俺はこんな森にいるのか……そこから考えてみることにした。

 

 俺は鉄板に当たったのだろう、その証拠に右側頭部に鈍痛を感じる。そして意識を失った。

 ならば普通救急車を誰かが呼んで、俺は病院に直行の筈だ。死んでなければ。

 そして目覚めるのは病室だ。

 いつかのアニメと同じように『見知らぬ天井』が待っている待っている筈である。

 しかしあったのは満天の星空の天井で、舞っていたのは粉雪だ。


 だとしたらどうすればこの現状にあった状況になるのか考えてみる。


 先ほど最初に考えたように、普通なら俺は病院に行くはずだ。

けれど現在病院にいない。なら普通では怒らないことが起こったと考えるべきだ。

だとしたら俺は死んだのか……と言いたいところだが、見る限り自分が死んでいる実感は無い。

そもそも死んだら何か実感できるのか解らないが、それでも自分が死んでるようには思えない。

 ただ他の人物が死んだと思ったらどうだろう。


 あの時俺は轢かれそうになった。そして鉄板で頭を打った。そして死んだように気絶する。

 あの中年のトラックの運転手は驚愕したろう。

 そして例えば偶然他に目撃者がいなかったとしたら……。

 いや、あの時他に誰かが俺を“見て笑っていた”気がするのだが……。

 思い出せないということは、気の所為なのかもしれない。


 そして俺を殺してしまったと勘違いした運転手はその事故を隠す為……俺を連れ去り、今も雪積もるどこかの森の中へと遺棄……。


 無理があるか。


 まず今日は少し肌寒かったとはいえ七月だ。未だこんなに雪の積もった場所があるのか?

 いやあったとしても、そのまま俺を放置したなら別として、移動させて生きている事に気付かないなんてのはないだろう。


 なら生きているのをしていた上で拉致した――?

 それこそ意味が解らない。俺を拉致したところでなんのメリットも無い上に、俺を改めて殺していない。

 森の中に放置すればそれで充分だと思ったか? それもまた現実的ではない。

 だとしたら他にどんな状況なら現状のような状態になるのだろうか?


 鉄板に当たって目が覚めたら白銀の世界――それを説明できる現実的な解答。


 そこまで考えて、俺は物凄く厭な想像をしてしまった。

 それは俺の趣味の範囲で、且つ守備の範囲で、この状況を説明できるが同時にあまりに非現実的な想像による解答だった。

 俺が好きな『ファンタジー作品』で最近、特にラノベやネット小説でよくみる設定。

 つまりテッパンのネタだとしたら……。


 テッパンに当たって(事故の所為で)目が覚めたら異世界


 無いな。無い無い無い。絶対に在りえない。

 そんなのがあってたまるものか!


 俺はいつの間にか止めていた歩みを再び動かし始めた。

 とにかく一度この森を出よう。何かの理由で俺がこの森に来たのだとしても、所持品や俺の体力的な状況からあの事故からそんなに時間が経っているとは思えない。

少なくとも何日という訳では無いはずだ。

ならば近くに人気か、人里ぐらいはある筈だ。


 暫く歩くと段々と森が開けてきた。木々も段々とその背を低くしている。

 そこで俺は見てしまった。あまりにもの驚きで肩がけしていたリュックを落としてしまう。

 しかしそれは下手すれば腰を抜かすほどの驚愕的事実を内包した風景だった。


「あれは……月なのか……」


 低く宙に架かるその月達――。

 そう空には二つの月が星達に囲まれるように漂っていた。


 赤く紅い月と青く蒼い月を。


「いったい此処は何処なんだよ――」


 いや、此処まで来るとバカな俺でも状況を理解し始めている。非現実的な現実が突きつけられているのだ。


 月が二つあるなんて“地球”じゃ、俺の住んでいた2世界“じゃ在りえない。

 絶対にない。


 だとするなら俺はやはり、テッパン的な展開で、


「異世界に――」


 静まり返った世界を絶叫が斬り裂いたのはその時だった。

 人か――!

 

 マズい、マズい――、マズいマズいマズい。


 俺は慌ててリュックを背負うと駆けだした。先ほどの絶叫は恐怖で彩られていた。

 何か、何かがあったのだ。絶叫を上げるほどの恐怖が。


 翔兄ぃ、助けてよ――。


 俺は走った。森の中を。転んでも、転んでも立ち上がって、走り続けた。


 そして、やっと森が完全に開けた。


 一面の銀世界。そして星で輝く夜空。

 そう思った時、目があった。


 彼は木に背を預けて、俺を見上げていた。

 コスプレイヤーだろうか。赤い西洋の鎧みたいのを付けている。手元には剣らしきものも転がっている。

 クオリティがあまりにも高い。

 まるで本物のようだ。

 でも、目があったってのは違うな。俺が一方的にその目を見つめただけだ。

 その濁った目を。


 彼は、首が胴から外れていた――。


「ウワぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」


 それが自分の悲鳴だと気付いた時、背筋が凍った。

 闇の中に六つの光。

 口元を血で濡らした、銀狼だった。


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