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六噺紙片  作者: 葉山
【玉響紡歌】
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雨に夢を映し見る


今上帝(こんじょうてい)。……今上帝?」

「あぁ、大丈夫だ。続けてくれ」


 物憂げな様子の帝の返事に、男は訝しげな表情を浮かべながらも報告を続けた。


 少し耳障りな掠れた男の声が、雨音に混じって部屋の中に落ちる。

 さぁ、と五月雨が涼やかな音を立てて大地に降り注ぎ、芽吹いた新緑を撫でていた。


 この雨が上がった後に、雨露がしっとりと残った雛罌粟(ひなげし)の花でも愛でに行きたいものよ。


 そんなことをぼんやりと思いながら、脇息に寄りかかる。

 思うだけなのは、帝であるこの身ではなかなか外に出られないと言うことを、重々と理解っているからである。


「ご報告は以上にございます」

「ご苦労、その書簡を置いて下がるとよい」

「ありがたきお言葉、仰せのままに」


 平伏する男の冠が傾いていることに気がつきながらも、黙っている。


 他にも声を掛けられないものかと期待しているのであろうか? その動作は酷く緩慢だ。


 これ以上掛ける言葉などないというのに。

 そもそも、書簡を置くだけでも十分な内容であるが、一体何故このように時間を浪費しているのだろうか。


 殿上人(でんじょうびと)の最たる人物である私に好かれたいがためだとしたら、無意味な宴ばかり催さずに、少しは真面目に仕えればいいものを。


 手に取るように分かる思惑を退けるのは至極簡単なのだが、後々のことを考えるとなかなか行動に移しにくい。


 思わず吐き出してしまったため息は、雨音に溶けて消えた。


「お疲れですか」

「貴方は?」

「今年少納言として殿上にてお仕えさせて頂いています、藤原 頼平(よりひら)と」


 膝をつき、丁寧に平伏する年若い青年。

 いや、青年と呼ぶにはまだ早いのかもしれない。


 儚げな容姿をした、美少年。


 まるで絵巻に出てきそうな彼を見て、そう言えば、と思い出す。


「雑色をかこっている少納言、であったか?」

「あぁ、一時期そのような噂もありました」


 面を上げよ、と命じると、少納言は苦笑しながらもその秀麗な面立ちを見せる。


 今年殿上人になったと言っていたが、受け答えもはっきりとし、物怖じしないその性格を好ましく思う。


「噂はあくまでも噂ですゆえ」

「あぁ、知っている。そなたは友としているのだろう、その雑色を」

「語弊がありますゆえに、恐れ多くも訂正させて頂いても?」

「申してみるがよい」


 では、と少納言は薄っすらと笑う。


「友ではなく、親友にございます」


 あぁ、そうだった。

 時経(ときつね)からそう聞いていたではないか。


 雑色である彼を親友と言い切った、少納言と頭中将がいると。

 堂々と言い放つその様は、私が時経に名を呼ばせる時と同じようだと。


 何故だか少納言に共感ができるような気持ちを抱いて、帝は脇息にもたれかかりながら、小さく笑みを浮かべた。


「その部分は譲れぬか」

「えぇ、我々の絆は断ち切れませぬ」

「私でもか?」

「ご容赦を。断ち切られても、我々はその絆を結び直させて頂きますゆえ」


 その答えがなんとも頼もしい。


 ふっと息をついて空気を和らげると、少納言はどこか安堵した様子で漆塗りの小さな箱をそっと捧げ置く。以前の行事の報告書かなにかであろう。


 それを届けに来ただけなのか、少納言は再び平伏して退がろうとしていた。


「待て」

「……何か不備でもございましたでしょうか?」

「いや」


 手をついた状態でこちらを見上げてくる。


 そんな少納言の視線を感じながら、帝はそっと外へと視線を向けた。

 その目を細める。


「雨が止んだら、雛罌粟の花を摘んできてはもらえぬか?」

「雛罌粟の花、でございますか?」

「あぁ、次に参内するときで構わない。頼めるか?」

「しかと、承りました」


 衣擦れの音も立てずに、少納言は今度こそ本当に退ってしまった。

 雨は尚も優しく降り注いでいる。

 止みそうにないその細い雨を、帝はしばらく眺め続けていた。



【雨に夢を映し見る】


(自由になれない身を)

(恨めしいとは思わない)

(だが、他の者は幸せであってほしい)

(だからこそ、私はここにいる)

そこに映し見たのは、夢か理想か。

ままならない現実に嫌になるときは、誰でもあるよね。

そんな想いを込めて、帝さまの視点で書きました。

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