それほどまでに仲良しで
「このような場所に、藤原の頭中将殿と少納言殿がいるとは珍しいですね」
「三位蔵人頭殿か」
「珍しいとは、不思議なことを言う。私たちはただ親友と語らっているだけだよ?」
「親友、ですか?」
三位蔵人頭と言われた彼は、微かに不思議な顔をした。
それもそうだろう。
左大臣派の実力者二人が揃って、雑色である風見を引き止めていたのだから。
「そうとも、私たちは親友なのだよ。何かおかしなところでもあるかい?」
「し、少納言様……」
「そう恐縮するな、事実だから気にすることではない」
「頭中将様まで……」
「いや、貴殿方の友人関係は特に気にすることはないのだが……」
狼狽する風見に、微かに苦笑を浮かべた三位頭中将は、少々困ったようにこの場を指差して言うのだ。
殿所での仕事の滞りを起こしてしまう、と。
「あぁ、それは失念していたよ。すまないね」
そうぱちりと閉じた扇で、少納言はぽんと己の頭を叩いた。
すまない、と言ったのはこの場を通り抜けられなかった舎人や雑色たちに向けてだろう。
少納言と頭中将は、それぞれが風見と三位蔵人頭をしっかりと掴み、手近な空き部屋へと連れ込んだ。
「と、頭中将殿……」
「気にするな、たまにはいいだろう」
何故自分まで、と困惑している三位蔵人頭に、しれっと言う頭中将。
何がいいのかは分からないが、連行されることに慣れた風見はそんな三位蔵人頭に苦笑を浮かべる他なかった。
少なくともこの二人に逆らってはいけない。
「……今宵、帝よりお召しがあるのだが」
「またかい? さすが今上帝のお気に入りだね、三位蔵人頭は」
「風見、三位蔵人頭にそう恐縮するな」
「い、いやいやいや! 三位蔵人頭様に、本来ならばこうして面を合わせることですらないものですからっ!」
「まったく、身分など気にせずともよいと言っているのに」
優美に笑みを浮かべた少納言に、少し驚いたようにして目を見開いた三位蔵人頭は、不思議そうに少納言を見つめた。
身分社会であるこのご時世、貴族であるかれらにとって雑色などいてもいないような存在だというのに。
彼らはそれでも親友と呼び、身分など関係がないようにふるまう。
「まさか、とは思っていたが本当なのか?」
「なにが、かな?」
余裕を持って扇を広げ、口元を隠しながらも目が笑っている。
そんな少納言を見て、頭中将に視線を向けて、迷うように風見を見てから、三位蔵人頭は言いにくそうに口を開いた。
この場には他に誰もいないと言うのに、小声となって。
「その、少納言殿と頭中将殿は、とある雑色に夢中故に女性に振り向かない、と」
「……はい?」
「いや、君をかこっているのではないか、と噂があるのだが……」
かこっている。それは主に多くの妻がいるということをさす言葉であって……
さっと血の気が引いた風見は、噂を立たせている本人たちを振り返った。
「……よもやそのような噂が流れているとはね」
「三位蔵人頭が知っているとなると、当然今人帝のお耳にも届いているのだろう」
「それは、困ったことになったね」
そうは言っても、少納言も頭中将もまったく困ったそぶりはみせていない。
むしろ、どこか楽しんでいるような笑みを浮かべていた。
「しょ、とっ、しょうな、とうちゅうじょっ、さ!」
「落ち着け風見。舌を噛むぞ」
「いや、そんな落ち着いて笑ってる場合じゃないですよっ!?」
「構わないさ、言わせておけばいい。私たちは一向に構わないからね」
「か、構わなくは無いですよ!? 何言ってるんですか!!」
狼狽する風見に、くすくすと袖で口元を隠して笑う少納言と頭中将。
「三位蔵人頭殿、解釈は好きにするといいよ」
「好きにって、何を仰っているのですか少納言様!」
「問題は無いだろう、なぁ三位蔵人頭殿」
「私はありのままのことしか言わないので、気にすることはないかと」
「気にしますよ、問題がないはずがないじゃないですか!」
一所懸命に否定する風見に、三人は嘘とも本気とも分からない言葉を重ねて、静かに笑っていた。
【それほどまでに仲良しで】
(風見となら、勘違いされても一向に構わないよ、私は)
(そうした場合は、風見は北の方と言うよりは愛人、だな)
(悪ふざけはよしてください、少納言様も頭中将様も! 三位蔵人頭様も笑っていないでくださいよ!)
※大事なことだから繰り返しますが、衆道関係ではありません。
こんな風にネタにして笑えるのも、素敵な関係だと思います。
えぇ、本当に。大好きです。