身分は二の次
「桜が終われば、藤も見頃だな」
「花は枯れてもまた新しい花を咲かせる。新たな恋もしかりってところだね」
「貴殿の頭に咲く花は永遠に枯れないようだがな」
「そういう頭中将に美しい花々を愛でる機会はないのだろうか?」
「……おふたりとも」
小柄な雑色が、杯を片手に藤棚の下でいがみ合い始めたのをそれとなく止めた。
この美しく房をつけた藤に対して、先ほどの言葉はやはり不似合いである。
「風見が言うなら、そうだね。この藤の花にも失礼だ」
「すまない」
「い、いえっ。自分なんかに頭など下げないでください、頭中将! しょ、少納言様も自分などに酒など……」
「私が風見に捧げるのは駄目かい? 頭中将からは受け取っていたのに……」
「そ、それはただ杯を下げただけであって、意味が違います!」
「……風見」
必死に否定する雑色の男に、頭中将と呼ばれた彼は笑いを噛み締めながら視線だけでいさめた。
その態度こそ、この藤見の宴に不釣合いだと。
「も、うしわけありません」
「では、受け取ってくれるかな?」
「恐れ多くも、頂戴いたします」
よろしい、と上機嫌の少納言に静かに酒を注がれた。
本来ならば雲の上のような人物であるのに、雑色である自分が酒を頂くとは。まったくもって恐れ多いことである。
そうは思いつつも、頭中将も少納言も視線で酒を飲めと言うので、風見は困りながらも杯に口をつけた。
甘い甘い、貴族のために醸造された酒。
「美味いか?」
「……大変、甘い酒にございますね」
「甘い? ふむ、市の酒はやや辛いと聞くが……」
「まあ、それもいいじゃないか。どうだい、藤で一句詠んでみるかい?」
「い、一句ですか!?」
「止めとけ少納言。無理にやらせるものじゃない」
句は強制するものではなく、自然と口をつくものだ、と庇ってくれた頭中将に感謝を捧げたくなった。
貴族ではないし、教養だって無い。この二人と縁があったのも、たまたま宮中に出仕できるようになったからであって、本当ならこのような場にも出るような立場ではなにのだから。
残念だ、とそうは思っていないような表情で、少納言は扇の陰で優美に笑った。
「ところで、貴殿は行かないのか?」
「行くって何処へだい?」
「貴殿が先ほど花と称した女房のところへ」
それは風見も少々思っていた。
先ほどから御簾の中から投げかけられる視線は全て少納言へ向けられている。おそらく、この屋敷使えの女房たちのものであろう。
すでに少納言も気付いているだろう視線に一度も視線をやらず、少納言は小さく苦笑した。
「そんなに、私に向こうへ渡ってほしいのかい?」
「そういうわけじゃない。ただ視線がうっとおしいだけだ」
「武官の君からすればそうなのかもしれないね。気にしなければいいだけのことだよ」
「ですが……」
風見が控えめに主張すると、少納言はどこか納得したようにぱちり、と扇を閉じた。
「たまにの宴で、友と語らうのは悪いことかい?」
「いえ、ご友人との交流も大切ではありますから」
「ふふっ、その友人の中に君も含まれているのを、ちゃんと理解しているのかな?」
「え……えぇ!?」
くすくすと袖で口元を隠して笑う少納言と、苦笑いを浮かべた頭中将。
そんな恐れ多いと恐縮する風見の肩を抱き、頭中将と少納言はそろって庇の方へと歩き出した。二人に挟まれた風見は歩くほかなく、交互に二人を見上げながら狼狽していた。
「親しい友と書いて親友と読む」
「自覚が無いとはまこと悲しきことかな。だろう、頭中将?」
「そうだな、少納言。風見には少なからず分かってもらわなければならないな」
「え? えぇっ!?」
女房たちの痛い視線を受けながら、風見は二人に連れられていくのであった。
あぁ、後日また変な誤解を受けるんだろうな、とは思いつつもその腕は振り払えなかった。
【身分は二の次】
(あの、藤見をしにきたのではないのですか?)
(そんなことより、遠慮せずに飲め)
(友との絆を深めることも大切だからね)
念のため。女房は女中さんのことを指します。
個人的にこの三人のような関係がとても好きなのです。超らいく!
※決して衆道ではございません。