表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六噺紙片  作者: 葉山
【玉響紡歌】
4/59

想ってるから別れる


 貴方は、とてもお忙しいお方。


 私が貴方を垣間見ることが出来たのは、ただの運命の悪戯。

 方違えで我が家にお泊りにならなければ、そのお姿を見ることも出来なかったでしょう。

 女は、部屋で愛しの方が訪れてくださることを待つしかないのです。


 なんて、待ち侘しいことでしょう。


 貴方を見たその瞬間、息をすることも出来なかったのに、貴方が私を見ることはないのでしょうか。

 貴方のその黒炭のような瞳に、私の姿が映ることはないのでしょうか。


 叶うことなら、今すぐにでも貴方の下に駆け寄って、「お慕い申し上げております」と告げたいものです。


「あの方に、北の方はおいでなのかしら……」

「姫さま」


 乳兄弟の諫めるような声。


 えぇ、分かっています。私は恋心なんて抱いてはいけないのですから。


 お屋敷の奥で大切に大切に育てられて、お父様以外の殿方にはお会いしたことがないくらい、箱入り娘として生きてきました。

 いつか帝からお召しがあってもいいように。


「分かっているわ、大丈夫よ」

「姫さま、あちらで碁をうちましょう?」

「待って、もう少しだけ」


 私をこの場所から引き離したいのでしょうね。

 これ以上あの方に想いを寄せないように……。


 それでも、分かっていても、目がはなせないのです。

 抱いてしまった恋心を、偽ることなど私には出来ません。

 誰か、偽る方法を教えていただけないでしょうか?


 生まれてこの方、文の一つも頂いたことがありませんもの。


 あぁ、あの方はどのような歌を詠むのでしょうか?

 どんなお声で読み上げるのでしょうか?


「姫さま、いけません」

「もう少しだけ……、お願いよ」


 私のことに、気付いてください。

 一度で良いのです。


 どうか、どうか私のことを見てください。


 ひとときの夢を私に与えてください。


 文がほしいと、贅沢などは言いませんから、哀れな女がいたとだけ、そっと心の隅に置いてください。


 それだけで十分ですから、どうか……


「あ……」


 ふわり、と風が優しく吹きました……。


 ほんの一瞬だけ、目が合ったような気がいたしました。


 ほんの一瞬、されど一瞬。

 私には永遠のように感じました。


「姫さま、これ以上はいけません」

「えぇ、分かっているわ……」


 衣擦れの音を立てないように、私はそっと御簾から離れようと立ち上がった。


 これでいい、これでいいのです……。


 ひとときの夢と思わなければ、私はこの恋心を押さえることもできないでしょう。

 忘れることなどできません。


 よき思い出と、なりました。

 よき想い出と、させてくださいました。


 これ以上何も望まないよう、私は何も言わずに去りましょう。


「……そこに、誰かおられるのであろうか……?」

「!」


 息が、止まりそうな心地にございます。

 貴方は私に気付いてくださったのですね。

 それだけで、十分です。


 返事をしてはならないと、静かに首を振る乳兄弟に分かっておりますと微笑み、私は今度こそその場を後にいたしました。


 後ろ髪をひかれる想いですが、これ以上は何も望みはいたしません。


 さよなら、私の初恋。

 この恋心を置き去ることはできませんが、貴方とともに歩くこともできません。


 これは一時の夢だったのです。


 きっと、もう出会うこともないでしょう。



【想ってるから別れる】

和風ものを書きたくなりましてですね(遠い目

あやふやな平安知識を総動員して、しっとりを目指してみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ