オレンジ色の大先輩
九州の実家を思うとき、漠然とオレンジ色のイメージがある。
南国の穏和な日差しか、はたまた家族の温かさの象徴か、いやそれは無いな、などと思い巡らすうちに、オレンジ色は自然と形を定めた。……魚だ。なんのことはない、玄関の金魚であった。
頑強な作り付けの下駄箱の上には年代物の巨大な水槽があり、丸々とした琉金が一匹、悠々と暮らしているのだ。
田舎と呼ぶには物足りない大自然で生まれ育ったものの小学校まではぜんそく持ちでゼエゼエ言いながら山河を走り回り、中学になるとテレビゲームで近視が進み、高校ではインドア系の友達を毎日のように家に招き入れて、テーブルトークRPGばかりしていた。そしてゴボウのような田舎のオタク青年が一本、東京の零細ソフトハウスに出荷された。
その一切を見つめてきたのが、玄関の琉金である。
はちきれそうに太っていて、大きさも形も、まるで硬式野球ボールのような、おばけ金魚だ。
名前は無い。何年生きればこのようになるのかと年齢を考えてみるが、こいつが「いなかった」記憶が無い。物心ついたころには既に、横綱のような風格だった気がする。
ひょっとすると、四捨五入で三十になる自分よりも年上なのではないか? そんな事に思い当たって興奮し、普段は億劫な実家に電話してみたところ、母から驚くべき答えが帰って来た。
「嫁入りした時にはいた。大きな金魚だと思った」
何かの間違いだろう、母は耄碌してきている。とりあえずその場はへえーと頷き、話を収めた。確実に分かったのは、その日も元気に下駄箱の上で揺れているという事だった。
後日、野暮用で三つ上の兄に電話した時、やはり聞いてみた。
忙しい兄だ。そんな事知るか、と一蹴されるかと思ったが、意外にもまともに相手をしてくれた。
「俺も大学の頃ふと気になって、親父に聞いてみたんだ。そしたらどうやら、前の家の時からいるらしい」
前の家というのは、兄が生まれた年に取り壊したという明治以来の古屋敷だ。この屋敷の思い出を親父や叔父から何度聞かされたことか。
「驚いたな、年上か。兄貴よりも」
私が驚きの溜息を受話器に聞かせると、兄も唸った。しかしまだ、続きがあるという。
「親父は言ってた。あの金魚は不死身だって。そもそもが、百匹以上の中から勝ち抜いた選ばれし金魚だそうだ」
「なんだそれ」
「A寺の縁日に駐車場として庭を貸したことがあって、そのお礼といって、テキヤが売れ残りの金魚を丸ごと置いてったと。仕方なく金盥で飼ってたら、共食いはするわ、病気は蔓延するわで、毎朝のように、二匹三匹と水面に浮かんだって」
私はふと、話の内容とは無関係の事が気になって口を挟んだ。
「笑いながら?」
「ああ、親父は大笑いしながら、そう言ったよ。金魚すくいごっこなんて雰囲気じゃなかったとも」
兄と私も笑った。親父が喋る様子が、目に浮かぶようだったからだ。なぜか親父はこういう、ちょっと悲惨な話をするときに、大笑いしたものだった。
そんな時母は「別に笑い話じゃないのに」と不愉快そうな顔をして、子供達もそれに倣うのが常だったが、今はなんだか、親父の方が正しい気がしている。
「その生き残りってわけか」
「ああ、らしいぞ」
私にも兄にも金魚を買った覚えが無い以上、亡き父の話を真実とするほかない。しかし本当に三十年生きているとは。ギネス級ではないだろうか。ここまできたら、金魚の正確な年齢を知りたい。しかし……。
「『金魚すくいごっこ』? それ、結婚直前とかだよね」
「その辺おかしいんだよなぁ。うーん……いや、よく分からない」
「ええー」
そりゃ無いよ、親父がなんと言ったかよく思い出してくれ、と私は食い下がった。
「それがだな、お前も薄々気付いてるように、この話、親父は自分の子供の頃の思い出として語ったような感じだったんだ」
「ありえん!」
「だよなぁ」
半世紀生きる金魚などという物があるだろうか。錦鯉じゃあるまいし。
結局、兄との話でも金魚の正確な年齢を知ることはできず、少なくとも私達兄弟より年上という事がわかっただけだった。それでも驚愕ではあるが。
母の言ったことも正しいのかもしれない。しかし、一歩立ち返ると、親父の話があやふやなように、兄も、母も、そして私の記憶も十割十分信用できるというわけではない。
正月に実家の玄関を開いたら、先ずはオレンジ色の大先輩に一礼し、その瞳をじっくりと覗き込んでみようと思う。