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8 出発準備


 俺の日課と言えば外出である。


 外に出て、いろいろやってる。


 まず戦闘訓練。

 この世界に来てからの戦闘はもはやゲームの域を超え、すでに実戦と言ってもいい。

 あえて殺伐と表現するなら「殺し合い」となるだろう。そしてそれは言い過ぎということはなく、手甲ごしに伝わる衝撃や、かすかではあるが確かな死臭を実際に体験した身としては、手に残る感触にいろいろ思わないでもない。 

 とはいえ、とりあえず生き残らなければならないし、死にたくはない。

 この状況に適応するため、俺は100レベルであるということに慢心することなく戦闘訓練に励んだ。大きな町の近くのため、エンカウントする敵のレベルはおそらく15前後くらいだろう。格下相手のこの訓練、役に立つだろうか。


 次に危険地域の情報収集だ。

 危険地域にはプレーヤータウンがあるらしい。その情報の信頼度の調査と、危険地域自体の情報収集を行っている。

 信頼度は、結構高い。

 人々の噂話として様々なものが耳に入ったけれど、特に俺の注意を引いたのは紙媒体に記録された、危険地域についての伝承・昔話である。それには「伝承」として「ストーリー性のある長編クエスト」と思われるものが幾つかあった。

 危険地域にプレーヤー都市郡が存在していた証拠と言ってもいいだろう。本格的に危険地域に向かわねばならなさそうだった。


 最後に、プレーヤー探しである。

 これは冒険者ギルドに通いながら行なった。俺と同じプレーヤーならば、やはり俺と同じチート性能を有していると考えたからだ。気がきくものなら、その能力を活用して何かデカイことをするだろう。俺もいずれは何かデカイことをしたいと考えているので、まず間違いない。

 噂なりなんなり、そういう人物がいないか聞いて回った。

 結果、俺の見た目のおかげか、飴やらお菓子やらを大量に入手しただけで終わった。



「そろそろ引き上げ時かなー」


 カウンターの指定席に座り、俺はぼんやり呟いた。

 この街での活動もそろそろ行き詰ってきた感がある。そろそろ新天地を求める時期かもしれない。


「え、なんだい?」


 俺のひとり言にマスターが反応した。いい人なのだ。


「いやな、マスター。俺もこの街に来て、結構長いじゃんか」


 俺の言葉に、ははは、とマスターは笑った。

 ずっとこの街に住んでいるマスターにとって、俺の言葉は滑稽に見えたのだろう。


「そうだね。カミラが来たのと同じくらいだから、3週間くらいか」

「あれ。まだそんなもん?」


 2か月くらい過ぎてた気がした。結構濃い毎日だったからなー。カミラとか。


「で? 引き上げ時ってことは、冒険かい?」


 冒険。

 なるほど。確かに未開の土地である危険地域を目指すことは冒険と言えそうだ。


「そうだな。今まで自称冒険者だったし、そろそろ冒険するか」

「そうかぁ、行っちゃうのか。ヒカルがいると楽しかったけどなー」

「ははは。まあ、客が一人いなくなるだけだと思ってよ」

「なんだかんだで3週間だからね。宿屋にとっては、長期滞在だもん。情も移るよ」


 マスターにこにこと笑いならも、ちょっと寂しそうだ。


「でもそっかー。もうそろそろ、カミラも王都に戻るだろうし、いきなり静かになっちゃうね」

「そうなの?」

「2か月の夏季休暇っていっても、移動を考えたら1か月くらいだよ。王都と往復しなきゃいけないもん」

「王都か……」


 とりあえず次目指すべきはそこだろうか。王都と言うくらいだから、人も情報も多いだろう。危険地域のさらなる情報、プレーヤーの存在確認。この二つの目的にはちょうど良いかもしれない。


「でも、あれだね。今年はキース、ついに来なかったね」

「え?」


 考え事をしていた俺はマスターの言葉を聞き流した。

 なに? なんかすっげぇ引っかかるんだけど。 

 俺に答えたわけではないんだろうけれど、マスターはしみじみと、その引っかかりの正体を口にした。


「カミラも可哀想にね。キースに会うの、楽しみにしてたのに……」


 ガタン! 

 音を立てて俺は立ち上がった。


「ヒカル?」

「すっかり忘れてたぜ……」

 

 どうやら目的地が決まったみたいだ。

 

   


 ▼




「嫌よ! 絶対いや! そんなの着ないから!」

「はぁ!? なんで。おめぇが今着てるやつより格段にいいモンなんだ。素直に着ておけって!」

「ぜったい、嫌!」


 港湾都市、ポートアーク。

 とある宿屋の一室。

 出発の前日。ある一件以来カミラと急に仲良くなった俺は、自室にカミラを呼び出し、そして言い争っていた。


 くどいようだが、当然俺は下着姿だ。


 もうすでにカミラは俺の下着姿について何も言わなくなっていた。治らないと思って諦めたのだろう。俺は俺でそれをいいことに行動がどんどんエスカレートしていった。もはやこの宿屋は自分の家みたいなもんだ。廊下だろうが厨房だろうが、ガンガン下着姿で歩きまわっている。

 ド級の美少女があられもない格好で泊まっている宿屋と言うことで、この界隈では有名になっているそうな。

 上は余談。


 今はカミラと口論の最中だ。

 なぜかと言うと、俺がカミラにあげた服が気に入らないらしい。突っ返してくるほど。ひどい。


「こ、こんなの――あり得ないわ! 肌が見えるどころの話じゃないでしょう!?」

 

 カミラは俺があげた服を指差して言った。

 

 ケット・シーの布袋(アイテム袋?)から取り出した俺秘蔵のコレクション、『清修学院制服・女』である。

 これまたネタ装備で、なんかのアニメとタイアップしている期間に偶然手に入れた。俺が以前着ていた『黒羽学院制服』と同種の付加効果と性能を持っていて、多少の防御能力上昇、『炎属性反射』を装備者にもたらす優秀な装備品だ。


 ちなみに、俺がいくつも制服所持しているのに深い意味はない。

 制服系統の装備品は高性能の割に、種族・職業・レベルを問わない優れた女性専用装備なのだ。さまざまな職業の新人プレーヤー(同ギルドなので、全員女性キャラ)に配るつもりだったため、汎用性の高い制服を持ち歩いていただけ。

 そもそもなぜ所有していたかについては、俺の職業『制圧者タイラント』に可愛い装備が少ないからだ。この職業専用装備も所有しているので俺が制服マニアだということにはならないだろう。

 制服は数多く所有するコスチュームの一部なんだから。


「肌がどうとかいってる場合じゃないだろ!」


 俺はカミラに反論した。


「町の外に出るんだぞ。モンスターと戦わなきゃいけないかもしれないじゃん。見た目で選ばず、機能で選べよ!」


 俺が言うのもなんだけれど『清修学院制服・女』は実際にカミラの装備品よりも格段に優れている。


「だからって、こんなの……!」


 カミラは制服のスカートを手に取った。


「こ、これじゃ……」


 ぼっと、顔を赤くする。


「ま、股が見えるでしょうが……」

「見せりゃええがな。見せりゃあいい」


 俺だってブレザー着てた時は相当パンチラかましてただろうし。


「よくない!」


 ブン、とカミラはスカートを投げつけた。


「投げんなよ」


 べし、と俺の顔にあたった。


「絶対に着ないのか?」

「着ない!」

「絶対に絶対?」

「くどい!」


 カミラは俺から顔を逸らした。

 もう聞きたくない、という意思表示だ。


「そっか」


 ふう。

 しかし、カミラにはなんとしても着てもらわなければ。やましい理由を置いておいても、実際にモンスターと戦う可能性がある以上、万全の対策を講じたい。

 怪我をしてから着ておけばよかったと後悔しても遅いからだ。


「なら、しょうがない。しょうがないくないけど、しょうがない」


 まいった、と俺は手を上げた。


「この話は、もう終りでいいでしょ? 心配してくれるのはうれしいけど、やっぱり私にそういうのは無理よ」

「残念」


 そう言ってクルリと背を向ける。


「ちなみに」

「え?」

「俺はこれを着て行くからな」


 俺が取り出したのは、白い生地に青いラインの入ったワンピース型制服『聖クリミル学院制服・女』だ。

 ちなみにワンピースは上半身装備で、下半身装備は二ーソックスである。

 ……うーむ。

 これも何かのアニメとタイアップしているときに偶然手に入れた。偶然って不思議。


「また、そんな。貴方ってそういう服しか着ないの? 女性でしょう? 慎みはないのかしら?」


 呆れたように言うカミラ。


「なんだよ。どんな服着ようが、俺の勝手でしょ。そもそもこういうのしかないし」


 言いながら俺はワンピース制服を手に取った。

 ワンピースの背中にある隠しジッパーをおろし、スカート側から頭を突っ込んですっぽりと着る。


「あれ。結構短いな」


 膝上と言うのがおこがましほどスカートは短い。もう、股下10cmだ。


「はしたない」


 そういって顔をしかめたカミラに、俺はニヤッとカミラに笑いかける。


「あー。もう、やべえよ。こんなん着て行ったら、キースになんかされちゃうんじゃないかな?」


「ッ!! なぁっ!?」


 口をぱくぱくと開閉し予想通りの反応を示すカミラ。


「でも着替えもないし、しょうがないな。しょうがなくないけど、しょうがない。襲われたら襲われたで、それもしょうがない」


 それはしょうがなくないけど。てか断固拒否だけど。

 まあ、方便だ。


「き、着替えなさい!」


 顔を赤く染め、ものすごい剣幕でカミラは言った。


「だからー、着替えがないって」


 どこ吹く風と俺は返答。


「貸すから! 私の貸すから!」

「やだ」

「着替えなさいってぇ!!」

「くどい!」

「ッ着替えろぉ!」


 服を脱がそうと俺に組みついてくるカミラ。

 わはは。

 接近戦闘職で100レベルの俺に敵うものかー。返り討ちにしてやるぜ。

 俺はカミラを抑え込みつつその耳元で言った。



「まあ、カミラはじみーな旅行着でも着てろ。そんでじみーな服のままキースに会えばいいんだ」



「はっ!」

「あーあ。ま、そんなじみーなカミラの横に、こんな服着た俺がいたんじゃ、キースも間違いを起こすわな。と言うか、むしろ正解?」

「うぅ……」


 俺がそう言うと、カミラはがっくりとうなだれた。


「カミラ?」

「……わかったわよ」

「ん?」

「着ればいいんでしょ! その、娼婦みたいな最悪な服を!」

「そんなことを言うヤツにはやらん」

「なっ、なんなのよ! ――着ます! 着たいです! これでいいでしょ!?」

「ははは。意地張らないで、素直に言えばいいのに」


 真っ赤なりながら睨みつけてくるカミラの顔に、俺は制服を押しつけてあげた。


8・20 ダッシュ記号訂正

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