表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/52

5 シャロンとカミラ

 

 10日ほどの行程で、大きな街に着いた。


 夜は集落に泊まって野営などは一切しない旅だったので、俺の予想したサバイバルよりずっと快適だった。

 途中で小さな町に寄り、そこでも三日過ごしたから、ラルファスの居る町とは馬車で一週間程の距離となる。

 

 結構遠い。

 

 キースとは、途中で立ち寄った町で別れた。

 そこを活動拠点としているらしい。たまには会いに来るとのこと。

 

 着いた街は王国第二の都市『港湾都市・ポートアーク』というらしい。

 

 王国やらポートアークやら、ゲーム時代には聞かなかった名前だ。ゲームは都市国家が無数に存在している世界であり、王国なんていう巨大な国はなかった。どういうことかと不審に思い、俺は道中キースにいろいろ質問してみた。

 

 驚くことに、俺がプレイしていた『エリュシオン』の年代から、結構経っているらしい。ゲーム『エリュシオン』は、昔話や物語でのみ語られる「繁栄の時代」あるいは「理想郷エリュシオン」として今に伝わっていた。

 

 いま人が住んでいるのは、ゲーム時代は未開の土地としてマップが用意されていなかった地域のようだ。かつてプレーヤータウンが存在していた地域は、モンスターが無数に跋扈ばっこする危険地域となっているとか。

 さらに、知能の高いモンスターが危険地域内でそれぞれの勢力を形成していて、それらを総称して魔族と呼んでいる。


 という、とんでもないことになっていた。

 

 「所属都市国家の開拓」という『エリュシオン』の基本的な設定すら消えている。


 これは、プレーヤーが共同して魔族と戦う展開だろうか。

 熱い展開だが、どうなのだろう。ユーザーを置き去りにしている感が否めない。少なくとも、俺は『エリュシオン』にそういう展開は求めていなかった。そんなのはコンシューマー版でやってほしい。

 

 自分で目的を設定して遊べるのが魅力の一つだったのに。

 

 魔族を倒したら、めでたしめでたしで終了しそうだ。

 

 

 さておき、『港湾都市・ポートアーク』である。

 例によってキースに宿を紹介された俺は、簡単な地図を抱えて街なかを歩いている。


「うーん。こうして見ると、やっぱゲームだなあ」

 

 しみじみと、俺はつぶやいた。

 歩きながら視線をあちこちに向けると、さまざまなゲーム時代によく見かけた亜人種がいることが分かる。

 巨大なトカゲのような竜人族ドラゴイド。どこか優雅な雰囲気を持つ猫人族キャイア。尻尾をパタパタ振っているのは犬人族ビーグルだ。

 それぞれが賑々しく通りを歩いているのは、なんだか懐かしい気持ちにさせた。

 こんな事態に陥って以来、ゲームとは乖離した出来事に直面し困惑し続けた俺にとって、ゲームの風景そのままの光景は、安らぎを感じるに十分なものなのだろう。


 ちなみに。


 それぞれの亜人族は、「獣の特徴を持った人間」といものではなく、「人間ぽいシルエットをもつ二足歩行の獣」である。種族ごとのパラメータ変動のない『エリュシオン』では見た目が重視される傾向にあり、これらの亜人族は人気の種族というわけではなかった。 スタンダードに人間ニンゲンか、見た目がきれいな妖精エルフ、シンプルな大素精ノームがメジャーなところか。



「っと。ついた」


 大通りから一本入り、なかなか立地条件のよさそうなところに、キースから紹介された宿があった。


「でっけー」


 見上げるほどの大きさがある。道中の田舎町では、これほど大きな建物は見かけなかった。さすが王国第二の都市だ。

 知らんけれども。

 感心しながら俺は宿屋に入った。

 

 どうやら、一階は酒場らしい。

 それほど広くないフロアの一角にカウンターがあり、他のスペースには幾つもテーブルが並べられている。数人の客がテーブルに着き、黒っぽい色の飲み物を飲みながら談笑しているのが見えた。


「キース。ちょい雰囲気悪くないかな……」


 まんま、ゲームの「酒場」の景色だ。薄暗くて、雑然としていて、酔客がテーブルに突っ伏している。

 現実でこんな居酒屋があったら、絶対入らないだろうと思うような雰囲気だ。


「……」


 カウンターにいる男が、ちらちらと視線を向けてきた。

 男の視線に気付き、俺はカウンターによる。


「キースの紹介なんですけど。部屋を一つ貸してもらえませんか」


 俺がそう言うと、カウンターの男は軽く目を見開いた。



 ▼



「キースの紹介?」

「ええ」

「なら、全然構わないけど。けどウチ、冒険者の泊まり客が多いよ。お嬢さん、それでもいいのかい?」


 お嬢さん、ね。


「大丈夫です。一応、俺も冒険者なんで」

「あ、ああ。うん。なら、いいんだ」


 何泊する? と聞いてきたので、とりあえず一週間と答え、前払いで料金を渡した。


「ところで、キースは来てないのかい?」

「ええ」

「そっかそっか」


 頷きながら、何やら台帳を引き出してきた。


「お嬢さん。名前は?」

「ヒカルです」

「ふーん」


 男は相槌を打ちながら、なにやら台帳に書き込む。

 なんだろう、と思った俺は男の手元を覗いてみた。


『202 ひかる 7/22~7/29』


 さすが国産ゲーム。なんか雰囲気台無しだ。


「ちょっと待ってて」


 台帳を書き終えた男はそう言い残し、身軽に階段を登って行った。


 なんか、宿屋の主というには軽すぎる印象だ。見るからにオヤジ、というのを想像していただけに拍子抜けした。


「逆にリアル、なのか?」


 ぶらぶらと店内をうろついていると、男が戻って来た。

 恰幅の良い女性と一緒だ。


「キースの紹介なんだって? この宿の主人で、シャロンだ。よろしくね」


 おお。

 こっちが本当の宿屋の主。想像していた宿の女主人の雰囲気そのままだ。


「ヒカルです」

「へえ、ヒカルね。キースと一緒に来たのかい?」

「途中まで。ここに来る前に立ち寄った町で別れました」

「ああ、なんだ。そうなんだ。顔見せればいいのに」


 ははは、とカラカラ笑ってシャロンさんは言う。


「さ、こっちだ。案内するよ」






「さて、どうしよう?」


 案内された部屋の寝台に横たわり、天井に向かって俺は言った。

 もちろんだが、返事は返ってこない。

 でもちょっと寂しい。あの木目、実家の天井で見た気がするのにな。


 ついでに俺はというと、やはりというかなんというか、下着姿だ。


 基本、家では裸族だったので本当はブラも取っ払ってしまいたいが、何とか自制する。なんせ今は美少女なのだ。それに、この体で普段通りに過ごして女性の体であることに慣れてしまいたくなかった。どこかで自分を律していないと、男であるということを忘れてしまいそうだ。まあ、それがブラというのもおかしな話だが。



「まずはー」


 俺は思案を巡らす。


「危険地域は、行かないといけないよな」

 

 そこにはかつてのプレーヤー都市群があるはずだった。おそらく、何らかとしか形容のしようのない何らかの手がかりがあるはずだ。ないと困る。


「あとは……」


 自分以外のプレーヤーを探す、かな。


 俺がこの世界に来た時、現実では22時頃だった。ログインしているプレーヤーの数は多かったはず。ならば、俺以外にもこういう状況に陥っているプレーヤーは相当数いるはずだ。

 俺だけが異常な状況に陥っているのでないかぎりは。

 

 ただ、なにをするにせよ。しばらくは拠点が必要だろう。

 危険地域に行くにしても、大体の方角くらいしかわからない。歩けばいずれは着くだろうが、そんな無計画では遭難してしまう。さまざまな準備は必須だ。装備とか回復アイテムとかはもちろん、長旅をするためのノウハウ等も仕入れなければならない。できれば、危険地域のことも事前に情報収集しておきたいな。

 プレーヤー探しをするにしても、人のいない荒野より大きな町の方が可能性は高いだろう。そこに拠点を置けば、より効率的だ。


「しばらくは、この宿に泊まるかな……」


 呟きながら、うとうととしていると、階下から階段を登る音が聞こえた。

 踏みつけるように登っているのか、かなりうるさい。


 ちょっとー。迷惑な客もいるんだな。

 

 目をつむったまま、そんなことを考える。

 すると――

 

 バアン!

 

 部屋のドアが勢いよく開いた。






「な、何事!?」


 唐突な物音に驚いて、俺はベッドから起き上がった。


「ちょっと! あんたキースとどういう関k―って、なんて格好してるのよ!?」


 続いて聞こえた叫び声に、俺は寝台に腰掛けたまま視線をドアに向けた

 入ってきたのは金髪碧眼でエプロンドレスを身に付けた少女だった。

 

 少女は俺を見て叫ぶと、いきなり飛びついてきた。


「な、なんだ!?」

「ちょっと貴方! はしたないわよ!」


 少女はベットの上のシーツを掴み、俺に巻きつけようとする。


「ちょ、なにをする」


 ヒラリ、と俺は少女をかわす。

 二人の位置が入れ替わって、俺がドア側、少女がベッド側になった。


「はしたない!! 隠しなさいよ!」

「な、なんだとぅ」


 はしたないぃ? 


 うろたえながら自分の格好を確かめる。


 薄いピンクの下着の上下。


 うん。いつも通りじゃん。むしろブラまで付けてるんだから、鉄壁のガードと言ってもいい。


 それに、制服はともかく、下着はちゃんと毎日取り替えている。特に今穿いているのはおろしたてで、よそ行きにしたっていいくらいだ。部屋着としては、別にはしたなくはないと思うんだけど。

 というか、そんなこと言われたの初めてだ。

 いま俺、一応女の子なんだけど。はしたないとか、ひどくない?


「隠すものなど何もない。目に焼き付けるといい」


 失礼なヤツめ。


「な、なぁッ――。そうやって、キースを誑かしたのね!?」


 ブン、と少女は俺にシーツを投げつけた。

 目の前でバサッとシーツが広がる。避けれない。


「わっ」


 ふわり、とシーツが俺を包んだ。


「ん? たぶらかす?」


 今こいつ、なんていった? たぶらかす?


 誰が? 誰を?


 首をかしげていると、少女はみるみる瞳に涙をため、わっと崩れ落ちた。

 顔を覆う手の隙間から、低い嗚咽が漏れだしている。

 突然のことに驚きつつも、俺は少女に近寄った。


「なにいってんの? おまえ」

「なによぅ……」


 しくしくと泣きながら、弱々しい返事。

 

 えー、どうしよ。これ? 泣いた女性の扱いなんて、見当もつかないんだけど。あいにく俺は、現実ではそこまでレベルが高くなかった。泣かせたこともないし、泣かれたこともない。いたってほのぼのとしたお付き合いしか経験したことがないのだ。


「泣くなよ」

「う……うるっさい!」


 俺がとりあえず言うと、少女は俺を罵倒しながら泣き出した。


 えー? どうしよう??


 ギャーギャーうるさい少女を前に途方にくれる。 


「……なにやってんだい?」


 と、不意に後ろからシャロンさんに声を掛けられた。

 

 助かった! と後ろを振り返ると、廊下をふさぐようにして立つシャロンさんと、多数の見物客。

 シャロンさんは呆れ顔だが、見物客のほうは顔を赤く染めて俺を凝視していた。

 むっと視線を向けると、彼らは顔をひっこめた。

 よわ。


「シャロンさん、ちょうどいいところに。彼女、何とかしてください」


 そう言って、俺に組み付いている少女を指差した。

 少女見てシャロンさんは顔を顰める。


「カミラ……」


 うん? 

 なにやらシャロンさんはこの少女のことを知っている風だ。

 顔見知りなのだろうか。


 シャロンさんは大股で部屋に入ってきて、少女を抱える。 


「カミラ! お客さんに迷惑掛けるんじゃないよ」

「うぅーっ! だって……だって、きーすがぁ」


 顔をぐしゃぐしゃにして少女―カミラと言うらしい―が言った。


 あれ?


 キースという単語とカミラの様子、さらには自分の性別(仮)を思い出して、俺は遅まきながら事態に気がついた。


「あっ! あーっ! あぁ!」


 とりあえず叫ぶ。それからフォロー。


「っえと。あー、貴方がカミラ!?」

「えぅ……」


 肯定なのかなんなのか、よくわからない返事が返ってた。構わず、続ける。


「あーっと。キースから話は聞いてる。うん。くれぐれもよろしく言っておいてくれって、伝言頼まれていたんだった」


「え……」


 俺の言葉にカミラが顔を上げた。頬が赤く染まっている。

 カミラを抱くシャロンさんは、なにやら驚いた表情を作ったが、俺はかまわず続けた。


「えっと……あのー、あれだ。ほかにも、『何かあったらカミラを頼れ。彼女ならきっと助けてくれるはずだ』って言ってた。うん、そういえば」

 

 この言い方なら、いかにもキースがカミラを頼りにしているかのように聞こえるはずだ。

 実際はそんな伝言も何も聞いちゃいないのだが、知るもんか。

 ていうか、こういうことなら先に言っておけよキース。

 なに、テレてんの? 

 それとも俺の美少女っぷりが、まさかお前を惑わせたなんてことはないだろうな。


「……本当に?」


 上目づかいに確かめてくるカミラ。

 俺は勢いよく首を縦に振った。

 そんな俺をじっとみていたカミラは


「んもぅーっ」


 と叫んだ。

 身をよじってシャロンさんから逃れる。


「しょうがないなー」


 顔全体に喜色を浮かべ、俺に向かって手を差し出した。


「うん。私はカミラ。しょうがないから、困った時は相談してね。手伝えることなら手伝ってあげる」

 

 笑顔を浮かべて言った彼女に、俺はほっと息をついた。

 差し出された手を握り、俺も答える。


「俺はヒカル。まあ、困った時は相談するから、よろしく」

「ふふ」


 カミラは嬉しそうに握った手をぶんぶんと振った。


「で――」


 ギュッと、俺の手を握る力が強くなった。


「キースとは、どういう関係なの?」



 ▼



 迷子になっているときに拾われたことや、ラルファスと過ごした日々をカミラに聞かせてやった。

 まるで英雄譚でも聞くかの様に顔を輝かせていたカミラだったが、唯一、ラルファスのいる村から二人で馬車の旅をした下りで眉を吊りあげた。

 そこは何もなかった。と必死に言いつくろっておいた。

 なんかあってたまるか。


 一通り話し終えた後、カミラは満足そうにお礼を言って、俺の部屋から出て行った。


「ね。ヒカルさ」


 カミラが出て行ったあと、一緒に話を聞いていたシャロンさんが声をかけてきた。


「はい?」

「キースのヤツ。ホントにあんたに伝言なんて頼んだかい?」

「え、ええ。それは、もちろん……」


 シャロンさんは俺の顔をじっと見つめる。逸らすこともできず、俺は作り笑いを顔に張り付けて耐える。

 しばらくそうしていたが、シャロンさんはやがてニヤッと笑った。


「ふうん。そうか」

「そうなんすよ」


 ははは、と俺は乾いた笑い声を上げた。


「よかったよ。これで、あの子の片想いも、実を結びそうだね」

「……え?」

「ヒカルには感謝しなくちゃねぇ。二人の間を取り持ってくれたようなものだし?」

「え……っと。はは。そう? なるんですか、ねぇ?」

 

 俺は冷や汗を垂らしながら頷く。

 片想いぃ!?


「いやいや、間違いないよ。うん、二人がくっつくのはヒカルのおかげだね!」


 ばしばしと俺の方を叩きながら、シャロンさんは言った。


「は、あはは……」


 いや、この人絶対わかっててやってるだろ……。

 

 えー、つまり。

 俺が、何とかしなきゃいけないの??


ここから、カミラとのからみが多くなります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ