51 騒がしい出会い。(2)
「げほっげほっ――ん! ンん!」
胸に攻撃を受けたせいで呼吸がつまり、気管が変な感じになってしまった。
俺は手で口を覆いながら咳き込む。
咳き込みながら、もう片方の手で素早く襲撃者の手を掴んだ。
ミシリ、と骨がきしむ音がする。
「……見た目に反して頑丈なようだ」
仮面の男が言った。
俺は言葉を発しようとしたけど、咳き込んでいるせいで声が上手く出ない。
「ごほっ、げっほ……」
「無理して立っても、余計に辛くなるだけだぞ」
掴んだ襲撃者の手から、ボウっと赤い霧が吹き出した。
先ほどニケを攻撃したときと同じものか。
『ドラゴンシュート』は炎属性の拳闘士系スキルだったはずだから、つまりこの霧はスキルの予備動作。ただし腕から吹き出ているということは蹴り技の『ドラゴンシュート』ではなく、炎属性打撃スキルかなにかだ。
俺は反射的に襲撃者の手を離し、今度は首に手を伸ばした。
見た目通りに細い首だったけど俺の手の大きさではしっかりとつかむことはできない。
けれど俺はかまわず力を込める。
指が粘土を握るように肌に沈みこみ、男の首に深く食い込む。
握撃。
「ぐぅッ、ううっ!?」
俺の攻撃に襲撃者はバタバタと手足を暴れさせた。
小柄といっても俺よりは背丈が高い男だ。常識的に考えれば呆気なく振りはらわれそうなものだけど、俺は握る力と引っ張る力を強めて無理やり押さえ込んだ。
「ん! んン! あー、あ~」
喉に何かがつまったような感じがやっとおさまった。
何度か声を出して確認してから、苦しんでいる襲撃者を見やる。
「ふむ。エリカの言った通り声を封じたらスキルをキャンセルできたな。やっぱり魔法も体術も『スキル』って事でひとくくりなのかな」
「ぐっ、う、う、うぅうううっ!!」
バシっ――
苦し紛れに放たれた攻撃が俺の側頭部に当たったが、先ほどニケが喰らった様な発火現象は起きない。
つまり単なる物理攻撃だ。
打撃の勢いに負けて顔を背けながらも重大なダメージがあるわけではなく、痛みに涙目になっても我慢できないほどではない。
また、同時にそれは彼我のレベル差を表してもいた。
「……」
もがく男を睨みながら少し考える。
攻撃を受けてわかったことだけど、襲撃者の攻撃は通常のモンスターに比べては高いがさしあたって俺の脅威となるほどではない。つまりそれだけレベル差があるというわけで、俺の攻撃はすなわち致命傷だろう。
このまま首をへし折ればそれで終了させることも出来るだろうし、気絶させるなりして無力化してしまう方法もある。
しかし今は、何らかの情報を聞きだした方がいい。
そもそも俺たちは評議員に会いに来たのだからその動向も気になるし、地面に寝転がっているニケとダグも気にかかる。
「……はあ」
しょうがない、と俺は手を離した。
手を離すと男は素早く後退。
げほげほと咳き込みながら仮面をこちらに向けた。
仮面のせいで表情は見えないけど、多分睨みつけているんだろう。
俺は気にしないで言う。
「めちゃ手加減してやった」
「……!」
良くわからないけど、コイツは俺に対して『失望させるな』と言った。
なんという上から目線。
自分が勝つこと前提で、俺の強さを確かめてやると言わんばかりだ。
「情けをかけてやったんだから、そっちも義理を通せ。逃げんなよ」
だから、プライドを刺激するようあえてそっけなく言う。
予想通り、俺の言葉は相手を絡め取ったらしい。
じっと俺の方へと視線を向け、襲撃者は微動だにしない。
「ふん」
やっぱり意識して鼻をならす。
あくまでそっけなくだ。
全然眼中に入ってないことをアピール。
そのまま無防備に背中をさらす。
さて。
ニケはひとまず置いておいて、ダグを起こしに行こうか。
そう考え、一瞬だけ意識から襲撃者が抜けた。
瞬間――
「逃げるもなにも、続行だ! ――『ドラゴンシュート』!」
ドシン、と俺の背中に襲撃者の蹴りが炸裂。
ニケ同様、俺は炎にのまれた。
☆
ダグが目を覚まして一番最初に目に入ったのは大きな煉瓦の欠片だった。
なぜ目の前にこんなものが?
不思議に思って手を伸ばすと、突然全身に鈍い痛みが走った。
その途端、自分が何者かの攻撃を喰らって壁に叩きつけられたこと、そのまま気を失ってしまった事、ヒカルとニケを残していることを思い出した。
「ぐっ……」
一撃もらっただけなのに相当なダメージを受けてしまった。
うめき声を上げながら体を起こし、エントランスをぐるりを見渡す。
「まさか、そんな……。ニケ?」
自分の10メートルほど先にニケが寝転がっているのを見つけてダグは絶句した。
一緒に旅をしてきたダグはニケの戦闘能力を良く知っている。単騎でモンスターを蹴散らす姿は、いつか見たヒカルの姿に通じるものがあった。そのヒカルもニケの力を評価していたので、ダグはこと戦闘に関してはニケに絶対の信頼を寄せていたのだ。
実際はニケだって傷つきもするし、負ければ敵前に膝を屈する。
そんな当然のことはわかっていた。わかってはいても、そんな不吉な予感を抱かせないほどにニケの戦闘能力は圧倒的だった。
そのニケが地面に倒れている。
ダグの頭が不安で塗りつぶされた。
「ヒ、ヒカルっ……?」
口走りながら視線を忙しなく動かす。
ヒカルは、ニケのすぐそばにいた。
ダグ達を襲った何者かと対峙している。
ヒカルの着ていたコートのあちこちが黒く焦げていて、何らかの攻撃を受けたことを悟ったダグは一瞬肝を冷やしたが、しかし何事もなかったように立っている姿を確認してひとまず胸をなでおろした。
「お、ダグ。起きたの」
襲撃者とにらみ合っているというのにヒカルの声はいつも通りだ。
高く、鈴の音のような声を聞いてダグは安心した。
逆に、なにかを感じとったのか襲撃者は一歩後じ去った。
「ええ。……ひとまず、大きな怪我はないようです。ヒカルは?」
「あちこち痛いけど、怪我は特になにも。服が焦げたくらいかな」
ニケは――?
ダグがそう言葉を続けようとした時、不意にエントランスに足音が響いた。
カツカツという、革靴で硬い廊下を叩く冷たい音。
突然の音にいち早く気がついたのはヒカルだった。
襲撃者を警戒しつつもエントランスの中央部にある階段に注意を向ける。
ダグもそちらに視線を送った。
「なにか起こることを期待してぶつけてみたが……」
低い男の声が響いた。
ずっと昔、ダグがよく聞いた声だ。
あの頃と変わらない、怜悧で冷たい声。
「予想以上だったようだな。――が、しかしこれを収穫とみるかどうかには懐疑的にならざるを得ないが」
姿を見せたのは長い銀髪を後ろでまとめ、簡素な礼装を身にまとったエルフ。
ダグとそう年齢がかわらない彼は、老獪そうな表情をたたえたままダグ達を見下ろした。
「イフテル……」
呟く。
まさか階段の上から聞こえたわけでもないだろうに、イフテルはダグに視線を向けてニヤリと笑みを浮かべた。
「さて。まずは帰着の言葉でも述べようか、『シーカー』ダグラス。それからそちら御仁の扱いについて、おまえの意見が聞きたい」
☆
「あぁ~、いってー。なあおい。血ィ出てないか? タンコブになってない?」
「えぇ? あれくらいでならんだろ。……げほっ」
「髪は? 髪は燃えてない? ……いや、普通に燃えてんなコレ。めっちゃちぢれてる!」
「頭に直撃だったからなあ、おまえは」
評議員として紹介された男――イフテルのあとをついて歩きながら、目を覚ましたニケと互いのダメージを確認し合う。
俺は最後の攻撃の熱を吸い込んでまたしても喉の調子がおかしくなり、ニケは額が赤く染まって前髪がちりついている。
……。
うん。
そんだけでした。
まあ。
考えてみると単に先制攻撃を喰らっただけだし、なにより俺らはカンストだ。同レベルだとしても一撃でプレーヤーに致命傷を与えるのは難しいわけだから、低レベルから多少の攻撃を喰らったからといって俺たちが戦闘不能になるわけがない。
ニケもダグも俺が予想した通りの『気絶』状態に陥ったから身動きが取れなかっただけで、実際のダメージはさほどないみたいだった。
「まさか状態異常とは……なんたる不覚」
ちぢれた前髪をいじりながら、いじけたようにニケが言った。
「水着装備って『水属性吸収』しかないもんな。ほかの装備で耐性追加したら?」
「えー……。水着が隠れる様な重装備はいやだ……」
水着が隠れると重装備なの?
「って、真面目な話さ」
話を戻す。
「あれがダグの言ってた『偽者』かな」
ニケだけに聞こえるように俺は声をひそめた。
俺たちの前方にはイフテルと名乗った男と並んで歩くダグのほかに、件の襲撃者がいる。
名前はメイビス=アッシュカート。
今は仮面を外していて、露わになった顔は俺の予想通りの年若い男のものだった。
耳はエルフっぽく尖っているけど、髪はブロンドでしかも緑目。大半のエルフは銀髪に碧眼と聞いたので、これらの特徴はどちらかというと俺と同種の『ハイエルフ』だと思う。
で、仮にそうだとしたら英雄として担ぐのに適任だろう。
「さあなあ。が、偽者だとしても強さは相当じゃねえ? 少なくともダグよりかは強そうで、ダグより強いってことはこっちの基準じゃかなりハイレベルだ」
「あ、やっぱそう思う?」
「おれが状態異常くらったわけだし」
状態異常が発生する確率の計算式はよくわからないけど、高レベルであれば低レベルから状態異常を喰らう確率は低下するのは経験則として知っている。
いままでは戦闘中に状態異常なんて喰らったことがなかったわけだから、もしかしたらこれまであった人物の中で一番の高レベルかもしれない。
「なにか」
俺たちのささやき声が聞こえたのか、メイビスが振り向いて言った。
ニケが答える。
「いやー、べつに。ただあんたが強いって話をしてただけだ」
「……。襲撃した者にいう言葉か?」
「それは置いといても、あんたの強さには感心する。相当苦労しただろ? 実戦の数をこなさなきゃ成長できないからな」
ふい、とメイビスは視線を戻した。
ニケの言葉を聞いているときは終始無表情で通したけど、背中には怒りが宿っている様に感じる。
「なに、褒めてんの」
俺が訊くとニケが頷いた。
俺らがぴんぴんしてるだけでもメイビスの自尊心を逆なでするだろうに、それにもかかわらず褒めるとは。
「嫌味なことするねえ。悪気はないんだろうけど」
「イヤミ?」
メイビスの言葉遣いや人に接する横柄な態度が自分の戦闘能力への自信と自負から生まれたものだとしたら、自分以上に強い俺たちに困惑していることだろう。
そこにニケの言葉だ。
明確に言葉にしない分、そこにはすでに優劣の前提があった。
認めたくても認められない。そんな気持ちなのではなかろーか。
「――いやでも、そこははっきりさせといたほうがいいのか……? 今後のためにも……?」
また襲われたらたまらないし。
それに嫌味だろうが皮肉だろうが、そもそも俺らにはメイビスを気遣う必要なんてないのだ。
こちらは被害者であちらは加害者。
レベル差のために無残な結果に終わったけれど、襲撃した事実は変わらない。
そう考え、俺はメイビスを呼んだ。
「なんだ?」
ぞんざいな口調で答えながら振り向くメイビスを見ると、なんだかほくそ笑む思いだ。
よわっちークセに。無理しちゃって。
「首さ、大丈夫? ちゃんと手加減したけど、アザとかになっちゃったらゴメンな」
「……」
「ほら。これ、な。ポーション」
すっ、と俺は回復ポーションを差し出した。
ちなみのゲーム時代の持ち込ではなく、王都で大量購入した一番やっすいヤツだ。
メイビスは俺が差し出したポーションをじっと見つめ、しかし受け取ろうとしない。
「ほれ。遠慮すんな。思う存分塗りたくれ」
「……」
「――あ。おまえ右手砕けてんだっけ。ニケの『物干し竿』の直撃喰らって」
「!」
びく、とメイビスの肩が震えた。舌打ちでもしそうなほど表情を歪め、さりげなく右手を俺の視線から隠す。
「え、なにそうだったの? いやー……。――悪いな?」
すまなそうにニケが言うと、メイビスは今度こそ舌打ちした。
「左手も俺が力いっぱい握っちゃったからしばらく動かないっしょ。――どれどれ、俺が手当てしてやろう」
ふふふ。
性格悪いかもしれんが、おまえが隠そうとしている弱さの証明を、衆目の元にさらしてやるわ。
小生意気なプライドは打ち砕かれ、そして耐え難い優劣の認識が刷り込まれることだろう。
「いや。いい……」
「遠慮すんなって。手出してみ」
「大丈夫だ」
「じゃ、見せてよ。隠さなくていいじゃん」
「隠しているわけでは――。それより、お前達はどうなんだ。私の攻撃は直撃したはずだ。回復薬は自分達で使ったほうがいい」
「うるせーって。いいから手ぇ出せってば。手当てしてやるって言ってんだろ。うだうだ文句言うな」
俺は少々強引に、後ろに回されているメイビスの手を掴んだ。
先ほどのこと(=実力差)を思い出したのかメイビスはさほど抵抗しなかったけど、それでも不満そうな顔をしている。
「……つっ」
メイビスの小さな声。
装備されていた手甲を取り外すと、赤黒く腫れた五指が現れた。
出血もしているようで俺の手にも血が伝う。
ひどい傷だ。
とくに血に染まった中指と薬指はおかしな方向に折れ曲がり、爪はほとんどはがれてしまっていた。
「……うあ」
久しぶりのグロい光景に思わず声が漏れる。
「こ、これ……。だ――大丈夫じゃないよね??」
慎重にメイビスの手を持ち上げ、ゆっくりポーションを振り掛ける。
メイビスが歯を食いしばった。
「……ヒカルよう。切り傷とかにはポーションが効くイメージあるけど、骨折ってどうなの」
「ええ?? だ、大丈夫だよね? 効くでしょ? 効かない?」
ニケの指摘にあせる。
たしかに、骨折ってどうなんだろう。
骨を矯正してからポーション使わないと変な風にくっついてしまうとかアリそうだ。
「効く。そのまま使っていい」
少しだけ顔を歪めてメイビスが言った。
と、後ろのほうで見ていたイフテルが声を上げる。
「ほう。傷を負ったのか。メイビス」
「あん?」
「――メイビスは強い。我らの同胞の中で指折りだ。互角かと思ったが、あなた方のほうが先んじているようだ」
互角?
俺たちとメイビスが?
おもわず言葉に出しそうになって、俺は慌てて口を閉じた。
まあ。
まあな。
たしかに。
さっきの戦闘のあの瞬間までに限っていえば、メイビスは俺たちを圧倒していた。
多対一にも関わらず俺たちは反撃すらできなかったし、しかもニケとダグが一時戦闘不能に陥ったのだから互角以上だろう。傍から見ると一方的な戦いで、それでも俺たちが無事なのをみてイフテルは『互角』と評したのかもしれない。
が、あんなん百回やって一回起きるかどーかだ。
次やれば絶対に勝つ自信があるし、あのまま続行したとしても勝ち切る自信がある。
「一応冒険者ですから。それなりに鍛えていますし」
「謙遜だな」
「えぇー? いやー、アハハ……」
そしてそんなことはイチイチ訂正しなくていい。
気を良くさせときゃいいのだ。
作り笑いを浮かべながら俺はメイビスの手当てを続ける。
一番安いポーション一つではメイビスの手を完治させることが出来ず、結局、大きな傷を治すのだけで複数本を消費してしまった。
しかしその甲斐あってか出血はほとんど止まり、変な方向にねじくれていた指も正しい形に戻った。
骨折も変に癒着したりはしてなさそうで、メイビスが指を動かしながら頷いているのを見て、俺はハンカチを取り出す。
治りたての手を刺激しないよう手にこびり付いた血を丁寧にふき取ると、ようやく、見れる程度には回復しているのがわかった。
「ふう……」
一仕事終えたとばかりに息を吐いて離れる。
……。
あら?
「それよりイフテル。先ほどの手荒い歓迎はどういうことですか」
俺とメイビスが一区切りついたと判断したのだろう、ダグが冷ややかに言った。
そうだ。
あの戦闘にはなんか意味があったのか?
「うん?」
「先ほどの、メイビスの襲撃はあなたの指示でしょう」
「ああ、どういうこともなにもない。試しただけだ」
「よりにもよってあんな方法で?」
睨みつけるダグの視線を気にすることなくイフテルは答える。
「手荒い手段だったことは認めるし、詫びよう。しかしこちらにも事情があってな。――今回の面会は元老院の判断ではなく私の独断なのだ。故に、限られた時間で確かめるべきことを確かめるためにあの様な行動をとらせてもらった」
「……独断? まだ決着がつかないんですか?」
「ああ」
と、イフテルはそこでいったん言葉を区切って俺の方を見た。
「あなたの申し出はありがたいが、その扱いについて元老院はまだ揉めている。というのも、今回の侵攻はメイビスを筆頭として同胞一丸となって行うとすでに決めていたからだ。そのために民意を開戦に向けて操作したし、メイビスを育てもした。いよいよという時期になっていきなり外部から正体不明のハイエルフが現れたのだから我々は戸惑っている」
「はあ……」
俺は頷いた。
「相応の待遇でもてなすべきだという意見がある一方で、追い出せという意見もある。追い出せという意見――つまり『受け入れ拒否派』は侵攻計画に変更点が加わることと、議会での権力関係が変わることを忌避している。『受け入れ賛成派』の中にはあなたを担ごうする者がいるのだ」
「あー……。俺、そういうのはちょっと……」
「らしいな。ダグラスから聞いている。――ダグラスもあなたの意見を汲むべく評議員たちと面談を重ねていたのだが、どうにも事態が動かなかったようだ。連中は年若の私が権力を得ることに強硬に反対しているからな」
「権力を得る?」
俺が首をかしげると、イフテルが隣にいたメイビスの肩に手を置いた。
そういえば、ふたりとも同じアッシュカート姓だ。
「親子?」
「ああ。メイビスは養子だ」
ふうん。
で、その子供がハイエルフで危険地域侵攻の要か。
『権力』ねえ。
「動かな状況に焦れてダグラスが奇手にでた。『拒否派』の議員である私と取引し、受け入れの譲歩を引き出そうというのだ」
「……賛成派はヒカルを担ぐことを前提にしています。それは望むところではありません。どちらかといえば、拒否派に譲歩させた形が私たちが望む形に近い。――つまり、エルフの内情に干渉することなく戦いにのみ参加する」
ダグの言葉を受けて俺は頷いた。
「そだな。エルフとか知ったこっちゃないんだよ。俺はダグの故郷がやばそうだから、なんか手伝えないかなって来ただけだ。適当にモンスターを倒して、ひとまず安全になったらそれでおしまい。すぐに出ていくよ」
「ふむ。野心はないと思っていいんだな?」
「ないない」
というか、あまりにエルフの内情が複雑すぎてわけわからなくなってきた。
とりあえず俺達にモンスター倒させろ。後の処理は自分らでやれ。
イフテルは何か考える様な表情を浮かべた後、一度メイビスに目をやった。
それから口を開く。
「譲歩の具体的な内容については後でダグラスと詰めよう。ただ、賛成派があなたを担ぐ事を諦めるよう戦時は私の預かりになってもらう。最低限これを了承してもらえれば、私が拒否する理由はない」
「おっけーおっけー。わかった、了解」
俺はぱたぱたと手を振って答えた。
『預かり』というところにいくらかの引っかかりを感じないでもない。そうなればイフテルはハイエルフを2人も独占してることになってし、その戦果やらなにやらは全てイフテルに還元される。つまり俺が『預かり』になること自体、元老院の権力関係に干渉することになるんだけど、まあ、当然知ったこっちゃないのだ。
「では、あなた方を受け入れるよう議会に働きかけよう」
そんな会話をしている内に、俺たちは館の中のある一室にたどりついた。
なんの変哲もない扉だけど特徴的なものが一つ。
扉には小さな釘が打ち込まれていて、ネームプレートがぶら下がっている。
「ここは?」
ダグが尋ねる。
「真祖たるハイエルフの私室」
イフテルが答えるとダグが慌てて周囲を見渡した。
それから神妙な面持ちになっていう。
「ハイエルフの館? ――ここは神聖な場所だったのですか」
「なんだ。知らなかったのか? もっとも、今は私の秘密の隠れ家だ。なにせ敬ってばかりで誰も近づこうとしないからな」
ぎっ、と音を立ててイフテルが扉を開けた。
「人目はないがまた時間もない。そして話すことは幾つもある。さっさと済ませてしまおう」