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50 騒がしい出会い。


 集落のはずれにある、岩壁に沿うように段々になった幾つもの岩棚。

 その岩棚を削ってつくられた階段を、ダグがもったランタンの明かりを頼りに上る。

 岩棚がある場所は当然のように人のにぎわいから遠い。あたりはうす暗く、水気を含んだ空気は微かに土の湿った匂いがした


「いや。我ながら失礼だとは思ったんだが、ランぺがずっとおれのことばっか見てるからよ。面白くてつい。あれほどバレバレな視線も珍しいよな」


 ダグに案内されて評議員との面接に向かう道すがら、ニケがにやけながら言った。


 女の姿になってからこっち、俺たちは男どもの視線を感じとる能力を身につけてしまったのだ。

 だからニケの言ってることもわかる。


「あまりからかわないで下さいよ。ランペットもイグノーも腕はいいんです。心証を悪くしたら、損をすることはあっても得をすることはないと思いますよ」


 ダグの言葉にニケは頷いた。


「確かにな。しかし別に嫌いってわけじゃないぞ。ランぺのあの素直なエロ目線には普通に好感が持てた」

「その視線はおまえに注がれてるんだぜ? それでOKなの?」


 俺ならそんなヤツとは仲良くしたくない。


「え――あ、そっか……」

「おい。顔をほのかに赤らめつつ乙女チックに自身の腕を抱いて恥じ入るな」

「思い出したらなんか、照れて……」

「や、やややめろよ! 頬を上気させてうっすら涙目になりながら照れ笑いを浮かべないで!」


 おっそろしいわ!

 

「おう。当然全部演技よ。ランぺに使えるかな?」

「無駄なスキルばっか身につけるなあ、おまえは!」


 ぱんちら回り込みスキルとか、ぱんちらノックバックとか。 

 

「――しかしまあ」


 ダグが強引に話を戻した。


「悪印象を抱いていないならそれで良いですし、好印象ならなおのこと結構です。彼らにはこれからお世話になることもあるでしょうから」

「うん?」


 お世話?

 なんで?


「この地にいる間、私はこれまでのようにヒカルの傍にいつもいるわけにはいきません。というのも、公には広まってはいませんがヒカルはハイエルフで私はシーカーだからです」


 前方を見つめたままダグが言った。


「ヒカルの傍にいることで、私がハイエルフを占有していると見なす者がいます」

「? 公には広まってないんだろ」

「ええ。だから問題なのです。その秘密を知り得るのは限られたごく一部なのですから」

「……」


 微妙な空気が流れた。

 少しの緊張感と、どろりとした億劫さ。


「いきなり面倒事かあ」


 特に興味なさそうなニケの言葉が、漂った空気をゆっくりと払いのける。  


「まあ、そうなります。あの三人には私が不在の間、なるべくヒカルの傍にいるよう頼んであります」

「は……はあ? そんなん頼んだの?」


 ダグが心配することはわからんこともないけど、しかしハッキリいって有難迷惑というものだ。

 呼び出された三人にしてもたまったものではないだろう。


「『なるべく』、です。負担にならない範囲で気にかけてくださいと言ってあります」

「あいつらはその言葉以上に『気にかける』に決まってる。おまえは元副団長なんだろ?」

 

 責めるように俺は言ったが、ダグは肩を軽くすくませただけで何も答えなかった。


「おれは『なんで』あいつらを呼んだのかが気になるなあ」

 

 面白そうにニケが言う。


「ここはダグの故郷なんだろ。頼みを聞いてくれそうな知り合いの一人や二人いるんじゃないのか? なんで外部から人を呼んでそいつらに頼む」

「……長い時間苦楽を共にした彼らの事を信頼しているからですよ。ここにも知り合いはいますが、その関係を信頼と呼ぶには自信がない」


 ふうん、とニケが鼻を鳴らした。


「酒場にいても話しかけてくる奴は一人もなく、俺らが泊まってる家には訪ねてくる奴もいない。友達がいないのかを思えばそうでもないらしいが、信頼できる奴らではないという」

「変な話だよな。40年も仲間のために旅してたダグを慰労にも来ないなんてさ」


 ニケに乗っかって俺も言いたいことを言う。


「そのくせちょくちょく家を空けて、なにをしてるのかと思えばお偉いさん方と話しているらしい。あちらさん戦争の準備で忙しいはずなのにダグと話をしてる時間はあるのか」


 話題が俺の事だけのはずもないから、これほどダグが呼び出されるのには何か理由があると見た。


「……はあ」


 歩を止め、ダグは恨めしげな表情で振り返った。


「……いずれわかることですから、敢えて言いませんでした。私にとって愉快な話ではありませんし。――そうです、私は孤立しています。簡単に言えば文字通り村八分にされています」

「なんでさ。話してみ」

「……元老院の評議員の一人が私の幼馴染で、むかし一緒に旅をしていた元シーカーなのです。彼は私の手からあるものをかすめ取り、それを利用して現在の地位に上りつめた」


 ダグは苛立たしげに銀の髪に触れ、何かを小さく呟いた。

 誰かの名前に聞こえたけれど、よく聞き取れない。


 なんと言ったのか問おうとした時、乱暴にダグが続きを話した。


「彼は今『英雄』を担ごうとしている。しかしそれは偽物であり、ただ私だけがそのことを知っている。彼にとっては目障りな存在のはずです。私が森の外を放浪しているあいだ彼は不干渉を決め込んでいましたが、しかし私は戻って来た。しかも本物の英雄を――その資質を充分に持つ者を連れて」



 ☆



 ダグに案内された場所は入り組んだ岩棚を幾つも登った場所だった。

 そこには洞窟のような横穴が隣接していて、他の場所よりもかなり広い。


「ここは……」


 ぐるりと当たりを見渡す。

 ランタンが照らす範囲には様々なものが確認出来た。

 崩れた家屋や、壊れた石畳。朽ちた木の骨組みに切り出されたまま放置された巨石。足元には平行並んで錆びた金属が二本、光の届かない洞窟の闇の中へと走っている。

 まるでずっと昔に誰かが建設し、完成しないまま放棄された街の跡だ。


「廃墟か?」

「ぽいな。なんか寂しいとこだなあ」

 

 無残だけど、ひっそりした佇まいのなかにかすかな人恋しさのようなものを感じる。

 ニケも同じものを感じているのかしみじみとした口調で言った。


 

 そんな古い遺構に紛れ、大きな館が建っていた。



 周囲に劣らないほど古めかしい館だけど、窓からはにじむ様な灯りが漏れている。

 誰かいるのだ。


 ダグは俺たちに視線で促し、無言で歩き出した。

 ニケと俺が続く。


「あの館にこれから会う評議員がいるの?」


 俺が尋ねるとダグは頷いた。


「ええ。今から会うのはイフテル=アッシュカート。最年少の評議員であり、先ほど話した私の幼馴染でもあります」

「うげ……」


 いきなり面倒くさそうなのに会うんだな。

 呼び出された事といい、面通しとか言ってたけど実際は尋問とかされるんじゃないだろうか。


「……しまった。武器を忘れた」

「またまた、ニケ。人と会うのに武器は必要ないだろ?」


 とかいいつつ、俺はハンカチを取り出して手にぐるぐると巻きつける。

 俺も手甲忘れた。


「しょうがねえ。そこらへんのモン適当に見つくろうか。『狂戦士バーサーカー』だから、一応、武器ならなんでも装備できるし」

「魔法効果付与の武器以外には役に立たない設定だけどな……」


 俺の呟きには答えず、ニケはガチャガチャとガラクタの山を漁りはじめた。

 やがて、手ごろな長さの木の棒を持って帰ってくる。


「しょぼいな」


 俺が感じたままに感想を言うとニケはその場で何度か素振りをした。

 何度か振り回して手ごたえを確かめてから、一つ息をつく。


「ほぅ――気に入った。『物干し竿』と名付けよう」

「はいはい……」


 というか、こんなことやってる場合じゃない。

 これからエルフ社界の重要人物と会うというのに遅れては心証が悪いし、その遅れた理由が武器を拾ってたからなんて言い訳にもならない。

 

 ダグも館の玄関先に立って呆れ顔で俺たちを眺めている。


「ほれ。いくぞ」


 俺はニケのお尻を叩いて先を促した。


「わかってるって。準備万端。穏やかな話し合いでも肉体言語の交わし合いでもなんでもこいだ」

「それほど警戒しなくとも表面上は穏やかな話し合いで終わりますよ」

  

 そういってダグが扉に手をかける。


 古い、けれど丁寧に装飾された扉をゆっくりとあけると――――


「よくぞ参った。我らが偉大なる真祖を騙る欺瞞者よ」


 そんな冷たい声が、意外に傍から聞こえた。



 ☆



「『レイディエン』」


 朗々と響きわたる声に、瞬時に反応したのは俺とニケ。さらに一拍遅れてダグ。

 すぐさま三人は別々の方向に回避行動をとったが、俺らが入って来た時の立ち位置からそれぞれの回避方向を予測していたのだろう、よりにもよって俺の回避方向に向けて雷属性の範囲攻撃が行使された。


 バシン!


 はじける音を伴う放電現象。

 幾条もの紫電が、コートの上から俺を貫いた。


「ぐむ……」


 体を走る激痛は一瞬。

 しかし体は強制的に止まり、堪え切れない苦痛が漏れた。


「ヒカル!?」

「おいッ、そっち行ったぞ!」 


 ダグの驚きの声と、ニケの警告。

 反射的に顔を上げると視線の先には顔を仮面で覆い、後ろでまとめたブロンドの髪をなびかせながら走り寄る人物の姿。


「!」


 嘘だろ。

 突っ込んでくるのかよ!


 痛む体を無理やり動かして後退。

 しかし呆気なく間合いを詰められ、襲撃者が俺に向かって拳を振るう。


 この距離ではどうやっても避けられない。

 まともに喰らってしまう。


 しょうがない、と俺が腹を決めた時――


「させない!」


 鋭い声を発しながらダグが襲撃者と俺の間に割り込んだ。

 後ろ手で俺を押しのけ、襲撃者の前へと踊りでる。


「ちょ、おま……!」

「邪魔だ、落後者め。『サウザンドラッシュ』」


 切って捨てる様な、端から見下している声音で襲撃者が呟いた。

 バシバシッ、と襲撃者の拳がダグの体に連続して着弾し、直後にダグの体が地面と平行に吹き飛ばされる。


「ダグ!?」


 俺の視線の先でダグが壁に激突した。

 壁材を破り、壁に放射状に亀裂が走る。

 背中を丸めたままの姿勢で地面に転がったダグは、そのまま力なく倒れ伏した。

  

「ヒカルッ!」


 赤い髪を巻き上げながらニケが駆け寄って来る。

 敵だと判断したのだろう、ニケは手に持った棒きれを容赦なく振るった。

 しかし襲撃者はいとも容易くかわして避ける。


「むっ?」

 

 意外そうにニケが唸った。

 棒きれを両手持ちから片手持ちに切り替え、特に構えるでもなく無思慮に距離を詰めながら連撃。間断なく、びゅんびゅんと鞭でも振るっているかの様な風切り音があたりに響く。

 しかし、風切り音ということは、つまりニケの攻撃はすべて避けられている。

 様子見のためにニケが手加減しているのか、それとも襲撃者が相当の手練なのか。

 もしかしたら両方かもしれない。

 どちらにせよ、目の前の攻防はハイレベルで、俺は加勢するどころか思わず見蕩れてしまった。


「すげっ! 回避しすぎだろ!」

「――」


 空気を切り裂く鋭い音のみの攻防が数瞬だけ続き、やがて襲撃者が反撃に出た。

 ニケが棒きれを振るうタイミングにあわせて右拳を突き出す。


 ばきっ! 


 と音を立てて『物干し竿』が砕け散った。


 武器を失ったニケは慌てて後退しようとしたが、襲撃者は構わず間合いを詰める。


「『ドラゴンシュート』」

 

 その言葉とともに襲撃者の足に赤い霧のようなものがまとわりつく。


「な、なんかやばそうだぞ!」

「わかってら!」


 ニケは咄嗟に片腕を上げて顔面をガード。

 襲撃者はそれに構うことなく、赤い霧を纏ったままニケに向けて飛び蹴りを放った。

 蹴りがニケの腕に炸裂する。

 途端――



 『発火』した。



「ぐうぅぅ……っ!?」


 常識外の不意打ち。

 ガードしたにも関わらず直撃を喰らったニケが、絞り出すような苦悶の声を漏らす。

 

「ニケ!?」


 湧き出た炎に顔すら巻き込まれたのを見て俺は悲鳴を上げた。

 悲鳴を上げるだけじゃなくて突っ込みかけたけど、  

  

「あっちぃ……。けど、捕まえたぞ……」  

  

 髪をちりつかせながら、ニケは襲撃者の足首をガードの上から掴み取っている。ガードした瞬間に反撃のために掴んだそれを、炎の熱を受けながらも離さなかったのだ。


 反撃すべくニケがぐい、と足を引っ張った。


 すると、襲撃者が飛んだ。


 ニケの力に負けたわけではない。むしろ、それを利用しての機動。

 襲撃者は浮いたままもう片方の足をニケの首筋に当て、つまりニケが掴んだ足とあわせてニケの首を挟み込み、体を落下させながら上体をひねる。

 ニケの首に引っかけた踵と腰を軸にした捻りによって下半身と上半身を無理やり入れ替えると、自然、ニケの頭はその動きに追随した。


「――はあっ!?」


 なにが起きた、とニケが目を剥いた。


「せいっ!」


 かけ声とともに襲撃者が勢いよく足を振りおろした時、ニケは顔面から地面に叩きつけられた。


「……きゅう」


 と、情けない声を上げてニケが地面に大の字の転がる。


 そのまま動かなくなった。


「――」 


 ……ええ?

 

 何が起きた、いま?


 ニケ?


 なんだコイツ? 


 なんでいきなり攻撃してきた? 


 ていうかニケがやられた?


 ……まじで?


「……ダグ? ニケ?」


 襲撃者を警戒しつつ、俺は2人に声をかけた。


 あの短い攻防で死んだとは考えられないので、多分2人とも気絶しているだけだろう。『気絶スタン』は物理攻撃を受けた際に低確率で発生する、一時的に戦闘能力を失う状態異常だ。

 倒れたまま動かない2人は確かに心配だが、ある意味では心配ないとも言える。


 むしろ本当に心配すべきはわが身だろう。


 ロクな武器を持ってなかった上に不意の肉弾戦だったとはいえ、カンストの狂戦士であり戦い慣れしているあのニケが、勝利できなかったばかりかこれほど呆気なく戦闘能力を奪われた。


 ということは当然俺もやばい。


 殺されるとは思わないけど、相当痛い目にあいそうだ。


「――」


 俺は倒れたニケの横に立つ襲撃者をまじまじと見つめた。


 銀色の仮面で顔を覆い、短いブロンドの髪。小柄で細い身体。

 格好や、服越しにわかる骨格などを考えると多分男だ。

 身長を考えるとかなり若いのではなかろうか。


「聞いていたとおり、なかなか強い。良い手駒だ」


 そいつは言った。


「……はあ?」

「お前は、どうかな。話のとおりであってほしいのだが」

「――なに言ってんだ、おまえ?」


 話?

 俺のことを誰かから聞いているのか。


「失望させないでくれよ」


 す、とそいつは左手をあげ――



 とん、と俺の胸にあてがった。



「ッ!」


 はっやあ!

 4、5メートルは離れてたぞ!?


「『ストライク』」


 回避行動はおろかまともな身動きすら取れないまま直撃を喰らう。 

 ドシン、と胸を中心に衝撃が走り抜け、体から何か――なんの味気もなくいうならHP――がそぎ取られた。


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