49 辺境あるいは魔族領。(3)
「……」
「……」
俺はニケからパーカーを借りてフードをかぶり、ニケと一緒に湖畔にある村に出向いていた。
5つあるという村のなかの一つで、ダグの出身村。
そのメインストリートに繰り出して人の流れを眺めるともなく眺める。
今いるのは村人たちが集会用に使う建物で、昼間はちょっとした酒場みたいになっている。周囲には建物に入った商店の他にも露店が出ていて、客の顔ぶれにはエルフだけでなく亜人種の姿もある。
様々な人種が入り乱れて賑わう様子は、ここが常識外れの地下深くに立地している事実を無視すれば、どちらかというと王都よりも港湾都市の繁華街ととてもよく似ている。
しかし、ある一点が決定的に違った。
「いいな……」
「ああ」
「王都では、こう、生足を拝むのにも必死になってたわけだが、その点……」
「溢れてる」
エルフの女性の普段服はミニスカでした。
うん。
そんだけ。
本筋に戻ろう。
「いやでもよ。なんでまだミニスカなんだ? もうすぐ冬じゃん」
「もういいって。真面目な話しようよ」
「東北の女子中高生は冬でもミニスカってはるか昔に聞いたことあるけど、それなのか? 根性で着てるのか? 異性に見せつけるために?」
「可愛いからだよ。そんなことより本筋戻ろうぜ」
「だとしたら、見ないわけにはいかんだろう。いいか? これから大きな戦いが起きるんだ。俺たちが守るもの――日常に紛れてしまっているなんでもない風景こそが、本当に尊いものなんだ。馬鹿なヤツは失って初めて気がつくそれを、おれたちは幸いにも先達が残した数多のコンテンツによって知り得ている。こういう何気ない、一方で途方もなく尊いもののために戦うんだということをハッキリと自覚してこそ戦いに挑む覚悟なりモチベーションというものが――」
「おまえはミニスカのために戦うのか」
「いやむしろ、ミニスカートかちらりと覗く太ももをだな……」
☆
「ヒカル。おかえり」
岩壁の上。
宿に指定された古い民家に戻ると、庭先でアズリアとエリカがいた。
アズリアは学院の制服の上に父親から送られた金糸が縫いこまれた黒いローブを着ている。
エリカはロングホーンで新調し、ニケの改造によってフリルを追加されてフェミニンになってしまった接近職用装備を身につけていた。
2人はどうやら戦闘訓練をしていたらしい。
「ニケは?」
首をかしげて訊くエリカ。
衣装も相まってなんとなく、ほんとうになんとなく、女性らしさというか可愛げが垣間見えるような気がする。
あの生意気だったガキが……と思うとなんか複雑。
ニケはどういう方向にエリカを鍛えるつもりなのだろう。
可愛い系接近職女子?
あれ、俺は?
「煩悩モードに突入中。しばらく使いものにならないな――2人は訓練?」
俺が訊くと、エリカが力強く頷いた。
「危険地域じゃ、魔法を行使するモンスターなんてざらにいるんでしょう? モンスター相手と人間相手じゃ勝手が違うだろうけど、とりあえず魔法にどう対処したらいいか検討中」
む。
相手の対魔法装備とモーション予測による全力回避以外に対抗策を考えていなかった俺は、エリカの言葉に意表を突かれた。
そうか。
当然ながらゲームとは戦闘の勝手が違うわけだから、敵スキルの対抗策ってのはいろいろ考えられる。
思えばニケがロングホーンで拘束したワイバーンの口をベルトで封じ込んだのがいい例だろう。
「なにかあった?」
俺が訊くと、エリカは曖昧に首を振った。
「考えとしては、何とかして詠唱を中断させる方向ね」
「キャンセル狙いか。一応できるらしいけど……」
スキルの『発動時間』中に攻撃すればそのスキルが行使されるのをキャンセルすることができる、とかあった気がするけど、それは狙ってやるものではない。そもそも「スキルはキャンセルされることがあるから慎重にね」という、どちらかといえばプレーヤー側のハンデだったはずだ。
「けどモンスターって呪文詠唱するの?」
「……」
俺が尋ねるとエリカは固まった。
「いやしかしだ。いろいろ試してみるのはいいことだと思うぞ」
アズリアがフォローし、俺も頷く。
「相手の口を封じるのはいい手かも。なにもしないよりは魔法を封じられる可能性があるわけだから」
「そ……そう、よね?」
「でも、アズリア相手にはほどほどに」
一言だけ注意し、俺は切り上げて下宿している家に入ろうとした。
「あ。ヒカル」
とアズリア。
「うん?」
「ダグが探していたぞ。評議員の一人に面通しをしたいそうだ」
「げ。そうなの」
延び延びになっていたヤツがとうとう来たか。
実は、俺たちが宿をとらずに下宿しているのは俺が原因だったりする。村にある集会場は旅人の宿も兼ねていて本来なら俺たちはそこに泊まるはずだったのだ。
しかし、ダグの報告を聞いた評議員たちが俺の扱いでなにやらもめたらしい。多分俺がハイエルフであるのが原因だと思うのだけど詳細はあかされず、なにもわからないままこの家に案内された。
もとはエルフの警備隊が使う民家らしいので家具等の設備が一通り備わっており、泊まる分にはとくに問題はないのだがなにより村へのアクセスが悪い。
改善してくれるというのなら早く改善してほしいところだった。
「ダグどこにいる?」
「さっきヒカルを探しに集落の方へ行った。すれ違いになったのだな」
むう。
お偉いさんがお待ちじゃ待たせるわけにもいかないだろうし、ここは探しに行った方が吉か?
でもまたすれ違いになったりしたら……
「その場合、集会場にいると伝えてくれと言付かっている」
「あ、そうなんだ」
俺は2人と別れて、来た道をまた引き返し始めた。
……。
あまり一人で歩きたくないんだよなあ、あの道。
☆
村のメインストリート。
繁華街も兼ねている通りは行きかう人が多い。
おそらく危険地域への侵攻を控えた時期であることも理由だろう。人々には一般人の他にも武器を携行している人たちが多く見られた。
「わ、すみません」
そんな人ごみにまぎれ、それほど広くない道を歩く。途中でぶつかった人に謝った時、彼らがエルフではないことに気がついた。
「お。わりい、嬢ちゃん。ちっこ過ぎて見えなかったぜ」
謝った俺の頭をポンポンと叩いてきたのは20そこそこの人間の青年だった。
剣を二つ肩に担いでいかにも冒険者っぽい。
「あぁ? なんだおい。撫でんのヤメロ。こちとらちっこいのは百も承知なんだ気にすんなコラ」
「あ、ああ……」
ちっこい発言が勘に触ったけど、ぶつかったのは俺の方なので丁重に対応。
彼は俺の対応の驚きつつ、連れと目をかわしあった。
連れは禿頭で『格闘家』風の男と、長髪でローブを着た『魔術士』風の人物。こちらも武器を隠そうともしていないので、やはり観光客ではないだろう。
「なあ嬢ちゃん。この辺に宿ねーかな。サニアスとは勝手が違って、俺たちじゃ見つけられねーんだよ」
「――」
ふむ。
こいつら王国から来た冒険者か?
でもなんでこんなとこに。エルフは仲間以外には閉鎖的って聞いたけど。
見上げながら考える俺を見て、なにか勘違いしたのだろう、慌てて男が言った。
「ちょっと待ってくれ。あやしいもんじゃない、大声出さないでくれよ」
「はあ……」
「俺らは、ほら。見た通りの冒険者だよ。近々大きな戦いがあるっていうじゃねえの。だから、雇われ兵隊」
「冒険者ってそんなことまですんの」
「自慢じゃないが、金になることは大抵する。もちろん仕事は選ぶから悪いことに手は染めないけどな」
だからって傭兵まがいのことをしなくてもいいのに、と思ったがクエストによっては似たようなことがある。こちらでは傭兵も冒険者もひとくくりなのかもしれない。
「集会場ってとこが旅人の指定宿ってことになってる。俺も行くとこだから、良かったら案内するよ」
たぶん、冒険者も宿をとるならあそこしかないだろう。
「『おれ』……?」
「……なに? なんか文句でも?」
じろ、と睨みつけると男はぶんぶんと首を振った。
「いや。たすかる」
☆
集会場に戻ると、ニケが俺と別れた時と同じ姿勢のまま通りを凝視していた。
隣にはのんびりとお茶か何かを飲むダグの姿。
2人の間には何も会話はないけど、なんだか周囲から浮いている。
なんだろうな。
レベルか?
「ヒカル、来ましたね」
俺に気がついたダグがカップをテーブルに置きながら言った。
「ん?」
続いて歩いてきた男たちを見て、ダグは驚いた声を上げる。
「ランペットにイグノー、それにミミト。やっと会えましたね。いつからいたんですか?」
「なに。ダグの知り合い?」
「ええ。『銀翼の旅団』――キースのギルドのメンバーですよ」
「……ぉお??」
キースって……あのキースか?
ワイバーンの激闘を共に潜り抜け、そしてカミラの婚約者(?)であるあのキース?
「お久しぶりです、ダグラスさん」
そう言ってランペット――さっき俺をちっこい呼ばわりしたヤツ――が頭を下げた。後ろの2人は軽く手を上げて応じている。
「ついたのは今さっきです。これから宿をとろうかと思っていたところ、こちらの嬢ちゃんにここを紹介されまして」
「い、いまさっき……ですか? 私たちが王都を出た直後に連絡しましたから……ここまで一月以上?」
「道中、修行のためにあちこちに寄りました!」
「……ランペット、往来ですよ」
大声で報告するランペットをダグが嗜め、とりあえず三人をテーブルにつかせた。
俺の左右にダグとニケ。ダグの正面に長髪のミミトが座り、ニケの正面にはランペットが座った。
飲み物が運ばれてくる間、俺は事情をダグに訊く。
「兵数を揃えるために元老院が冒険者たちに募集をかけたんですよ。ニケはともかくヒカルはあまり集落の方に来ないので気がつかなかったのかもしれませんね。王国から人間と、周辺国から亜人の冒険者がぽつぽつと集まってきています」
「へえ」
同族以外から大々的に戦力を集めるあたり、いよいよ戦端が開かれるのだろうか。
「森の外にいるシーカーには事前に連絡が来ていまして、腕が確かな彼らに話を持ちかけました。銀翼の旅団は前々から危険地域での活動実績を欲しがっていたんです」
「ふうん。双方の利害がうまく一致したわけだ。――キースのギルドの人たちってことは、俺も会ったことがあるのかな」
三人に視線を向けると、禿頭のイグノーとミミトが手を上げた。
「自分はワイバーン戦のときあの場にいました」
「ワタシは馬車で一緒になったかなー」
へえ。
全然記憶にないや。
……。
というか今、ミミトさん――
「『ワタシ』?」
「……なにか?」
ジロ、とミミトは半眼で俺を睨みつけた。
「あー……っと」
なんか、良く見ると彼の身につけている装備品はエリカのアレと通じるとことがあるような……。
てか化粧してないかコイツ?
「なんでもないっす」
深く考えるのをやめて、俺は話をすすめる。
まあ、いろんな人がいる。よりによって俺が口出しすべきではないな。
「キースは来てないの?」
俺が尋ねるとランペットが答えた。
「団長は別件で仕事す。具体的にいうと新人教育です」
「新人?」
「ええ。才能ありそうなヤツがなんにんか入団しまして。特にラルファスってのに気をかけてて、今が大事な時期だから手を離せないと」
ラルファス……?
おお。
あのラルファスか。
あいつキースのギルドに入ったの。
キース、良く許したな。
「副団長が抜けたのが痛い」
イグノーが言うと、ダグはカリカリと頬を掻いた。
話を聞く限りではどうやらダグが副ギルマスだったらしい。しかも突然やめたのは俺をスト―キングするためだろう。
呆れて俺がダグを見ると、彼はイグノーの言葉には答えずに苦笑いをしていた。
「まあ、こんな感じです。みんな腕のいい冒険者ですよ」
「ふうん。――しばらくここにいるんなら、お互い自己紹介しといたほうがいいのかな。知ってるかもだけど、俺はヒカル」
俺はニケに手のひらを向ける。
「で、こっちがニケ」
「……よろしく~」
ニケは手だけヒラヒラ振って応じた。
「おま……。礼儀なさすぎだろソレ」
「いや、いま忙しいんだって。言っとくけど、おまえが話しかけてるの残像だから。じつは今ぱんちら求めてめっちゃ忙しく動き回ってるもん」
どんな言い訳!?
あらゆる状況下で通じねえだろ!
「……というか、礼儀いうなら俺に色目向けてるランぺとイグノーに言ってくれ」
ちらりと視線を向けてニケが言った。
ぶほ、とランペットとイグノーが飲み物を噴き出す。
「い、いいい色目といいますか、白昼堂々そんな姿でいるんですから目を向けてしまっても仕方ないっしょ!? なんでズボンかスカートを穿かないんですか!! それ下着ですよね!? 薄い青色とかとても素敵だと思うっす!」
「ランペットに同意――いや、後半なに言ってんだおまえ!?」
ガツン、とイグノーがランペットをどついた。
それから腕組みし、落ち着いた口調で取り繕う。
「とりあえず、あなたの格好は目に毒だ。礼儀以前に人前に出る時の服装というものがあるだろう。女性が持つべき当然の慎みを、あなたは持ち合わせていないのか」
その言葉にニケはふん、と鼻を鳴らして椅子にふんぞり返った。
ただし視線はあくまで通りに向けたまま。
「あ~ぁ、なんかあっちぃなあ?」
そう言っておもむろに改造コートの前をはだける。
でてきたのは水着に包まれたデカイ乳二つで、それを見た男2人はびきりと固まった。
「「……」」
「ひひひ」
ぱっと胸を隠す。
「……ニケさん、面白い方ね」
感心するようにミミトが言った。