45 屋敷にて。(2)
ダグがぽつぽつと語った話はずいぶん長いものだった。
俺が一通りの内容を把握する頃には日が傾き始め、それと合わせたようにエリカが弱音を吐いて訓練の終了をニケに頼み込んだ。
まあ、切りあげるには切りの良い時間だ。
俺もそれに賛同し、ダグと並んで帰路につく。
となりを歩く胡散臭い髭を生やしたエルフを見上げながら、俺は考える。
ダグの話してくれた身の上話やエルフ社界の現状については思うところがないでもない。
蹂躙される故郷。
散り散りになった同胞。
僅かに残った土地を狙う、人間という他種族。
様々な圧力に耐える日々の中で、エルフは自分たちを救済する救い手を求めた。
どこにいるともしれない、そもそも本当にいるかどうかも疑わしいその救世主を探し、ダグは40年放浪した。
なにも得られぬままに時間だけが過ぎていったと、ダグは言った。
例え何かを得たとしても、失ったものもまた多すぎた40年だったと。
ダグがどのような経験をし、そしてなにを思っていたのかは本人にしかわからないことで、それについて俺が慰めや励ましを言うことはできなかった。話すダグの表情はあまりに空虚で、40年という途方もない歳月に過ぎ去った苦労を幾らかでも感じとることができたからだ。
この話の中で俺が直接関係しているのは、俺が失われたエルフの貴種――その体を持っているということ。
危険地域を越えての西征の開始後、サニアスという王国が建国されたのちに『聖なる暗き森』というエルフの一大居住地を築いた人物がいた。エルフ達は彼女とその一族を指して、ハイエルフと呼ぶ。王を戴く慣習のなかったエルフが唯一、敬称をつけて呼び頭を下げて敬った人物たちだ。
俺の外見は、彼らの面影を多分に残しているらしい。
それに加えて俺は、今の世界の基準からは飛び抜けた戦闘能力を有している。
故郷を失いつつある、そして救済の担い手を求めて放浪をつづけていたダグが、なにを思って俺に接していたか。
想像に難くない。
そして事実、一緒に戦ってくれとも言われた。
「あのさあ、ダグ」
俺は前方を見据えながら口を開いた。
「なんです?」
「『一緒に戦ってくれ』って言ったじゃん、さっき」
「――ええ」
ダグは困った表情に髭を撫でた。
その様子は、言わなければ良かったと後悔している風でもある。たしかに、俺はその話を打ち明けられて幾分か動揺している。
これまで熱心で無害なストーカーだと思い込んでいたダグが、よもやそんな使命を背負っていようとは。
俺たちと一緒にお気楽な冒険を楽しんでいる風でいて、しかし本当のところはダグは一人だけ孤独だったのかもしれない。
ダグが40年間背負ってきた責務は、未だどこにも下ろせないままダグの両肩に乗っている。
そんなモノを乗っけていては気楽も何もない。俺たちが笑うたびにダグはその重さを感じずには居られなかったのではないだろうか。
これまで一緒に旅をしてきた仲間として、ダグのその現状は悲しいと思う。
救えるならば救いたい。手伝えるなら手伝いたい。
そう思えるだけの親しみの情はダグに感じている。
――が、
しかし。
「無理」
なんとかしてやりたい気持ちはあるが、こればっかりはどうしようもない。
だってモンスターっていっぱいいるもん。
ボス的なヤツを倒せばそれで終わりってんならいくらでも手を貸すけど、ダグが言ったことはそういうことではない。エルフが安心して暮らせるようにする戦いに手を貸すということは、つまり『モンスター絶滅させようぜ!』とかいう意味に等しいのではなかろーか。
そのなん、いくら時間があっても無理だ。
あいつら無限湧きだぜ。
「そうですか」
ダグは髭を撫でながら言った。
「手を貸してやりたいって気はあるんだ」俺は言った「でもそうなったら、今までみたいにあちこち歩き回るなんて事は出来なくなるんだろ? 特定の個人のためじゃなくて、集団っていう社会を維持するための戦いなんだから」
「そうなります。――まさに、その通りです。我々がヒカルに望むのは単なる兵士働きではありません。英雄として、指導者として、数多の同胞を導く象徴的な存在としてヒカルを望みます」
となればやはり話はややこしくなる。
一兵卒としてなら手を貸すことに問題はないけど、そんな厄介な存在に祭り上げられたくはない。
政治でもさせようってのか。
「なら絶対無理だよ。そんなのに関わりたくないもん」
「でしょうね。そんな気がしていました」
ダグが笑った。
「おそらくヒカルが手を貸すと申し出たなら、同胞たちは喜んで迎えるはずです。そして、自分たちの思い描くような英雄に『仕立て上げる』。それはヒカルの意思に関わりなくです。――そんな様子が容易に想像できます」
「嫌だな……」
「まあ、それほど抜き差しならない状況にあるということです。他人の事情など構っていられない。優先すべきは種の存続で、つまり土地の回復です。そのためならなんだってするでしょう。なにせずっと待ち続けていたんですから。尊い同胞が去って以来の数百年、ヒカルのような存在が現れるのを」
「……」
ダグが軽い調子で言う。
それに俺は疑問を感じた。
なんというかダグの話し方は、俺がエルフに手を貸すことに否定的だという印象を受ける。
立場を考えるとこれはおかしい。
ダグ自身、その奇跡に縋って40年も放浪していたのではないのか。
「ダグはどうなの? さっきは俺に戦ってくれって言ってたけど、でも今の話し方からはそんなカンジがしない。むしろ手を貸さない方がいいって考えている様に聞こえる」
「わたしですか。――本音を言えば、ヒカルに同胞の救済を頼みたいです。その本心は確かに私の中に存在します。しかし、ヒカルの意思を蔑にしてまで優先すべきとは考えていません」
「だから、なんで?」
おまえはそれでいいのか、と問う。
もし――もし仮に、ダグが身も蓋もなく哀れにエルフの救済を乞うたとしたら、俺は断りきれる自信がない。なんとなく状況に流されてズルズルと行ってしまう気がする。
真剣にダグやエルフの事を考えると、引き受けることはできない。だから、切り捨てるのは一時の非情だとわかっている。
しかし所詮人ごとの俺はそこまで真剣になれない。つまり自分の良心を満たすためだけに深く考えることをせずに引き受けそうだった。
「他にアテがあんの?」
ほら。
言ってしまった。
「アテはありませんが」
「――が?」
「いいのです」
ダグはそう言って目を閉じる。
俺から視線を外し、深い息をついた。
「今日、ヒカルに同胞たちの事を伝えたことで、私の旅は終わりました」
「え?」
「いえ。もうとっくに、終わっていたのでしょうね」手を擦り合わせながらダグが続ける。「私はシーカー。英雄を探す使命を一族に課せられました。その使命に従って40年、いるかどうかもわかない英雄を探し求めた」
「……」
「英雄は、いました。同胞を救う救世主に足る者は確かにいたのです。そしてその者を、他でもない私が見つけた。私の40年は無駄ではなかった。――私は、やっと英雄が存在するという確証を得た」
ダグは俺を見つめる。
「同胞を救う英雄というあやふやな存在が、この確証のために強烈な閃光を発する確かな希望に変わった。――英雄は存在する。――後発者たちは、かつての私と違ってその希望を持つことができます」
「おまえはもっと具体的で物理的なものを持ち帰ることも出来るんだぞ? そんな希望でエルフが救われるの?」
俺が手を貸さなければ、結局エルフは英雄を手に入れることができない。つまり事態はなにも変わらず、エルフにとって具合が悪いままだ。
「それに私は関知しません」とダグが言った。「私にとって同胞を救うということは、英雄を見つけ出すことと同義でした」
「……だから、俺と会って終わりってこと? いいの、それで」
「ええ。私は私の責任を全うし、同胞たちの悲願に報いた。――それが達成されるかどうかは、私の意思から離れたところにあります」
「ふうん」
俺は頷いたけれど、本当のところ、ダグがなにを思っていたのかはわからない。
ダグの長い話を聞き終わった今、彼が抑えがたい想いを秘めているのがわかる。だからさっき言った言葉は本心から納得して出たものではないはずだ。
たぶん、もっと違う事を言いたかったに違いない。
それを言えなかったのか。
それとも言わなかったのか。
二つの行為が孕んだ意味合いとその機微を、俺は見抜くことができなかった。
▽
夜。
夕食後にニケの部屋を訪ねると、ニケは日が沈んだのにも関わらず外出の準備をしていた。
どこに行くのか尋ねると、モンスターを狩ってくるとのこと。なんでもエリカの訓練が次の段階に入ったとか何とか。
たしかに、俺とニケの英才教育が功を奏してエリカは見違えるほどに強くなっていた。すでに通常モンスター相手にはさして苦戦しないレベルだ。ということは、今の成長速度を維持するならさらなる強敵が必要なわけで、そこでニケは以前から目をつけていたモンスターを捕まえてくると言っていた。危険地域に近いせいかロングホーンでは討伐難易度の高いモンスターがいくつか確認されていて、ニケはそいつら住処を見つけたらしい。ダグにも手伝ってもらうつもりだとニケが笑って、俺はなんとなく気後れした。
あいつ、いろんなもん背負いこんでるくせに俺たちの手伝いはしっかりしてくれんだよな。
……。
なんか申しわけない。
そんな事を考えつつニケを見送った。
で、翌日。
俺が昼前に牧草地に出かけると、そこには人だかりができていた。
遠目に見てもわかるほどの人数でしかも鎧を身につけ剣を装備しているような人達ばかり。
何だろうと思って近づけば、予想通りというかなんというか、人だかりの中央にはニケがいて、しかもその隣には巨大な物体が横たわっている。
ワイバーンだった。
「……」
本当に捕まえて来たのか、アイツ……。
よりにもよってワイバーンを……。
「……ロープ?」
人々に遠巻きに囲まれているワイバーンはロープでぐるぐる巻きにされていて、特に口周りは革製のベルトと金属の鎖で厳重に封じてある。
ご丁寧にも翼と一体になっている前足も切り落とされていたので、これでは飛んで逃げることもできないだろう。
「ダグと一緒に捕まえて来た」
人混みの中に俺を見つけたニケが近づいてきて言った。
涙目で腰が引けた様子のエリカを引きずっている。
「殺さずに捕まえんのが結構大変だったが、まあ、やろうと思えば何とかなるもんだな。本当ならエリカに合った適当なダンジョンとかがあれば一番いいんだけど」
王都ではまずなかったけれどここロングホーンではワイバーン自体はごく稀に上空を飛んでいる。
飛んでいるのだけれど、まず降りてこない。
降りてきたら降りてきたでエライ騒ぎになるため大半の人が見てみぬフリをしている事柄に、ニケはあえて触れたようだ。触れただけでなく実際にそのあとをつけていって着地しているところを捕獲してきたらしい。
エリカのために朝寝坊を返上してまでワイバーンを捕獲してきたのは涙ぐましい努力だったけど、当然のようにエリカはビビって近寄ろうとしない。
当たり前だ。
ワイバーンは災害指定のモンスターで冒険者の討伐対象の外にいる。一般人には個人でワイバーンに対処するという発想自体がないのだ。
「アホか。あっちいったらワイバーンくらい普通に出てくるんだぞ。一人で倒せないまでも死なない程度に戦えるようにならなきゃいかん」
「ば……ば、馬鹿なの!? ワイバーン相手にどう戦えっていうのよ!? 無理!――ちょ、引っ張んないでよ!!」
「逃げるな。形だけでも戦闘に参加しとけ。ロープで縛ったうえに弱ってんだから、そんなに怖がるな」
ニケはそういってぐいぐいと引っ張る。
この世界での『強さ』は個人の才能や訓練期間にさほど影響されない。より重要な強さのファクターは、どれだけ強いモンスターと戦って勝ったかという、その事実だけだ。
牧草地に出現する大抵のモンスターを倒せるようになったエリカを段階的に鍛えたくとも、フィールド上に出現するモンスターのレベルは40が上限。エリカのレベルに合った40~50のレベル帯のモンスターが出現するダンジョンを見つけられないというのなら、もはやワイバーンくらいを相手にしないといけないということなのだろう。
英才教育というより単なるスパルタな気もするが、これがニケなりの愛情。
なんだかんだ言いつつ世話やきなのだった。
「いつも通りに突っ込んだら死ぬからな。慎重に行け」
ニケが真面目な顔でエリカに注意した。
ワイバーン戦は中盤の山場だ。ワイバーン戦で初めて、飛行能力を有し攻撃力がケタ違いに高いモンスターとの戦闘法を学ぶ。ここで躓くプレーヤーもいたりするくらいなので大抵のヤツはワイバーンを研究していて、モーションやら攻撃のダメージ配分やらを知り尽くしている。
当然俺たちも熟知していて、それを鑑みるにエリカは一撃で即死である。
「いや……でも」
「じゃ、不安ならこれやる。装備パンツ。こないだ没収したのよりデザインが大人向けだぜ」
さすがニケ。
パンツがなくて困っている娘に遭遇することを見越して予備を常備しているとは、如才ない。
パンツァーの鑑か。
「も、持ってるだけで効くの? 実際に身に付けた方がいいのかしら??」
なんて聞くあたり、エリカは相当パニクっているようだ。
パンツは穿くもんだろーが。
そんなエリカをなだめつつ、ニケはエリカと一緒にワイバーンに向かいあう。
「切りますよ?」
そう言って、ダグはニケが頷くのを確認してロープを切った。
拘束がとけたワイバーンは地面に立ち上がろうとするも前足がないために倒れ込む。倒れたまま、封印された口の端から獰猛な唸り声とよだれを垂らし、真っ赤な目でニケとエリカを睨みつけた。
それを真っ向から受けてニケは戦斧を両手で構える。
ニケが構えるとそれにつられてエリカも構えをとり、それを見た人々が一瞬どよめいたあと、急いで2人から離れる。
「――」
ニケが戦闘態勢をとると空気が張り詰めた。
人々も押し黙り、まるで地面に縫いつけられたかのように微動だにしない。
蠢くように身じろぎしていたワイバーンも場の空気に飲み込まれて固まった。
これは対象に消極行動を強いる――
「え、うそ。『威圧』か……?」
がしかし、現状のニケはパッシヴスキル『威圧』を『装備』できていない。
それに加えて『威圧』は敵を対象とした常時発動スキルだ。
この場合の敵はワイバーンなので、効果の対象ではない傍観者がその影響を受けることはないはず。
ということはこの張り詰めた空気はパッシヴスキル『威圧』の効果ではなく、であるなら今ニケが発し、場を制している闘気とか殺気とかに類する気配は、あいつ自身が磨き上げて備えたモノ。
いうなればアクティブスキル『威圧』。
100レベルが発するそれに俺も影響をキャンセルしきれず無意識に身構える。
身構えて、気がついた。
……あれ?
俺、ビビってんの?
まさかニケに?
「――。」
あえてニケの背に声をかけた。
「あ、ちょっと話があんだけど」
「なんだ? 緊急?」
戦いの前の緊張感をはらんだ返答。その返答は俺の言葉があまりに場違いなものだと判じている。
けどニケよ。
必要だったとはいえそんなモノを身につけてしまって、おまえはどんだけ人間離れするつもりなんだ?
リアルじゃ、教師を夢見る大学生だったんだろ。
「あー……。緊急てほどじゃない。危険地域の――プレーヤータウンの情報が入った」
「む……。それは――」
ニケがちらりと俺を見た。俺は鷹揚に頷く。
「今聞こう」
構えを解くと、周りの空気が動き出した。
「人払いしないと」
「だな。――エリカ、ダグ。周りの連中追っ払って、先にアズリアの屋敷に戻っててくれ。ワイバーン倒す訓練は午後だ」
▽
昨夜のうちに話す内容をまとめていたのでニケに伝えるのは短時間で済んだ。
しかし重大な話を短時間の内に聞かされたニケは、その内容をどう判断していいかわからない様子だ。
俺が一通り話し終えた後、ニケは眉間にしわを寄せ、片手で髪をいじりながら訊いてきた。
「ご、ごひゃくねん……?」
「そういうことになってるらしい。ゲーム時代はこの世界では500年前の出来事として受け止められてるっぽい」
「いや――いやしかし、たしかにゲームとは違うなーっと思ってはいたが……けど、500年? そんなん、おかしいだろ。間の499年はどこに行ったんだ。おれら、異世界召還と同時にタイムスリップもしてんのか? ちゃんと戻れんの?」
たしかにこの情報は重要だ。
一応俺も前々から考えてはいた。
つまり、この世界がゲーム時代から見て未来に当たるのなら例え帰る方法が見つかったとして同じ時間軸に戻れるかという、そういう疑問だ。
「そこはあんまり深く考えない方がいい気がする」
「はあん――戻ってみたら一日も経ってなかったって展開な」
そこまで気楽に考えるのもどうかと思うけど、まあそういう可能性もあるだろう。
ゲームに巻き込まれたのなら、500年経ったという『設定』のゲームの中。
異世界なら奇跡的な偶然。
あるいはあっちとこっちは異世界なのに関係しあっていてその上に時間の流れが違うのかもしれないし、もしかしたらそれらが混ざった複雑極まりない状況なのかもしれない。
そんな風にマイナスに考えるとどんな状況でも考えられる。
けど逆に言えばどんな風にも推測出来るのだから、ニケのようにポジティブに考えたほうが精神的に良い。
「うーん……けどよ。仮にプレーヤータウンを見つけたとして、500年も経ってるっていうんなら、はたして手掛かりなんて残ってるのか?」
「いろいろ不安はあるけど、でも他に方法がないでしょ。ゲーム時代が500年前だったとして、そんでいまは見る影もないとしてもだ。少なくとも昔はゲームと関係を持っていたんだから、それを探すのが一番だと思うんだけど」
「ほかには? 例えば、おれらと同じような状況のプレーヤーを探すとか」
「王都で散々やっただろうーが」
おまえはパンチラ一直線だったけど。
実は俺は俺でやれることを考えて行動していたのだ。例えば、冒険者ギルドでプレーヤーならではのクエストを公募してその受注状況を調べたりしていた。
冒険者ギルドは規模の大きい互助組織なので割と期待していたのだけど、残念ながら受注した冒険者の中に特に気を引く人物はいなかった。公募期間が短かったのが悪かったのかもしれない。
「あ。あと、『サニア』ってプレーヤー知ってる?」
自称『制圧者』にして『狂戦士』。
なんとなく、プレーヤー臭い。
「うん? サニアさん?」
首をかしげながら、ニケはパーカーの裾を両手で引っ張って伸ばした。
「……」
その行為に何の意味があるんだ。
「なんで? なんでそんな懐かしい名前が出てくんだ?」
「いや、やっぱプレーヤーなのか」
難民を率いて国を建てるとか、チート補正があればこそのやんちゃだろう。俺も状況が許せば面白がってやりそうなイベントではある。
俺だって一時はハーレムの建設を妄想したりしていたのだけど、自分が女の子になってしまったためにやむなく断念したのだ……。
「なになに? サニア帰ってきてたのか? どこで聞いた?」
「それは後で話すとして、サニアって何者なの? ウチのギルドの関係者っぽいのは知ってるけど、俺そんなヤツ知らないぞ」
ギルメンならば俺も知っているはずだ。
健全にゲームをプレイしていた頃から時間が経ちすぎたためにうろ覚えのメンバーもいるけど、それでもウチにそんな名前のヤツがいなかったことは分かる。
ニケだけが知っている理由がわからない。
「あいつはクローズドβの頃からプレイしてたヤツだよ。おれはオープンβで知り合ったかな。そのあとはガゼルと三人で一緒につるんでたんだけど、100万だか課金してもレアアイテムとれないっつってキレて、アカウント売ってやめた。売ったアカウントは運営にバレて停止になったけど」
ただの廃人だった。
しかもタチの悪い。
「おれ、良くぱんちらスクショされてよ。パンツァーの先駆けっても言えんだが、当時はただの変態扱い。いろいろあってサニアがやめた後、その遺志をついだおれとガゼルがパンツァー集団を立ち上げたわけ」
ノーブル・パンツァー・ソサエティの、俺も知らない創設秘話。
名前に違わず下らない理由でできたらしい。
「まあ。立ち上げ直後にガゼルが迷惑行為でアカウント止められたりなんだりがあって、本格始動はヒカルとかが入ってからだけど」
キャンペーンキャラの加入はデカかった、とニケは懐かしそうにいった。内輪で需要が満たすことができるようになって、運営に通報されることが少なくなったと。
そんなにパンチラを振りまいた覚えのない俺としては何やらパンツァーとしてのプライドを傷つける様な話だったけど、構わず考える。
ふむ。
話を聞いておいてなんだけど、ではサニアはプレーヤーではないな。
「で、ヒカルはサニアの事どこで聞いたんだ?」
「ダグから。――でも多分、そいつの事じゃないな。アカウント停止じゃキャラも残ってないだろうし」
サニアス王国建国史について、俺はダグから聞いた範囲を話した。
はなしはついでと、ダグとエルフの抱える事情についても話す。
ニケとは情報を共有しておくべきだろう。
ダグの頼みは断っておいた、と俺が締めくくるとニケは眉を顰め、重々しく頷いた。
「なんの関係もない赤の他人ってわけじゃないから助けてやりたいのはあるけど、まあ、しかたねぇわな」
「うん。でも気になる点として、俺の外見がある。このままエルフの居住地に乗り込んでいったら騒ぎになりそうな気配が……」
「でも危険地域の地図は必要なんだろ? 変装するなりなんなりして行くしかねえだろ」
トランスセクシャルの上に変装とは、ややこしいな。
「最悪別行動ってのもアリか?」
「俺が留守番? やだ」
「いや、ダグがよ。あいつ一人で戻って、そんで地図持ってきてもらえばいいだろ。エルフの危険地域侵攻に便乗するのは諦めるしかないが」
あ。
そうだった。
エルフの危険地域侵攻。
エリカの訓練やらアズリアの父親に会うことやらに気をとられていて、すっかり忘れていた。
エルフは土地を取り戻すために危険地域に攻め入ろうとしていて、俺らの当初の予定ではそれに便乗して危険地域入りするんだった。
「……」
俺は黙って考える。
「――それくらいなら……」
俺が呟くと、ニケが首をかしげた。
「なにが?」
「手助けだよ。ずっと一緒に戦うことはできないけど、それ一戦だけってのはどうだろう。エルフにしてみりゃ負けられない戦いのはずだし、それだけでも手伝ったらずいぶん状況が変わるんじゃないかな」
土地があれば人口を増やすことができる。そして軍事人口が増えればモンスターの侵攻を防衛出来る。
そんな単純な話ではないだろうけど、でも今のエルフを取り巻く状況よりはマシになるはず。
英雄の出現。
それを待ち続けるというどこか他力本願な状態から少しでも自立できれば、もしかしたら英雄なんて現れなくってもエルフはかつての繁栄なりなんなりを取り戻せるかもしれない。
「あのなあ……なんかおまえ、勝つ前提でいってるけどよ。戦争なんだぜ?」
「わかってる」
「生きるか死ぬかだけじゃなくて、政治やらなにやらが関わって複雑なんだぞ、たぶん。おまえ自身、英雄だか何だかわけわからんもんになってくれっていわれたんだろ?」
「それもわかってる。あっちよりはずいぶん単純だ。――勝てば官軍。敵は絶対悪。戦後処理は全部エルフ達に丸投げしてやる」
俺はニケの顔を見ながら言った。
ニケは真面目な顔で俺を見つめる。
どうにも、俺はこういう性向だった。
思えば学生時代。
この性格が俺をして友人のために暴力事件を起こさせ、そして大学を退学させた。
それは困っている人を見捨てることができないとか、そういうものではない。
仮にそんな人物がいたら俺は鼻で笑い飛ばすだろうし、『偽善者!』と煽ることくらい平気でしそう。
だから、俺は良い人間というわけじゃない。
俺の性向とはそういう博愛主義的なものではなくて、もっと俗物的な、例えば身内に手を出されたら容赦しないという、そういう類だ。
感情的で直線的で単純なものなのだ。
エルフのために、英雄としてエルフの先頭に立つ。
こういうのはいまいちノラナイ。なにをすればいいのかわからないし、そもそもエルフには何の縁もない。
ダグの故郷がピンチだから、モンスター相手に戦う。
こういうのは分かりやすい。モンスターが敵なのはハッキリしているし、なによりダグは身内なのだ。
だから素直に助けたいと思えた。
「エルフに協力して、モンスターと戦おう。これはエルフのためじゃなくて、仲間のダグがエルフだからだ。ダグの仲間がピンチだから、ダグを手伝ってエルフを救う」
「――ふうん」
俺が言うと、ニケが笑いながら頷いた。
「ならいいんじゃねえの。厄介な事情に首を突っ込むつもりはないってハッキリさせた上で、それでも助ける。――助けた後のことは知らん。おれたちは仲間を手伝っただけだ、というわけだな」
「そう」
「おれに否はない。パーティ組んだら一連托生。敵前逃亡は報復対象で、死ぬ時は全員一緒だ」
そこまで過激なことを言ったつもりはないけど……。
でも、そういうことなのだろうか。
「ああ~。戦争とか、久しぶりだよな? 月例戦争を思い出すわ。『勝利の女神』の名前通り、無双してやんよ」
いや。
多分、ニケがおかしいんだな。
現実とゲームをごっちゃにして、しかし自分の中ではそれらが矛盾することなくしっかりと現実に立脚しているニケがおかしい。