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43 色々ひっくるめて。(4)




「うわ……」


 爺さんの言うとおり、店は騎士団に包囲されていた。

 大通りほどではないけれど、それなりに幅のある通りを埋め尽くすほどの人数。

 帰って来た時は気がつかなかったのに、どこに隠れてたんだ。


「大丈夫だ、心配ない。任せておけ」


 爺さんが小声で言い、ごそごそと杖をとりだした。


「ちょ――魔法で殺すとかなしだからな。穏便に逃げられるように手助けしてくれよ」

「相手は騎士団、死にはせんさ。それにこの程度で死ぬようならそれこそ無用というものだ。国庫のためにも死んでしまった方がいい」

「……」


 ……。


 過激だ……。


 呆れて見ていると、爺さんはゴホンと咳き込みした。

 大音量で叫ぶ。


「おのれー! 逆らうか曲者めー! 素直に縛に付けェい!」

「大根過ぎだろ! もうちょっと努力しろや!!」


 酷過ぎ!

 全然大丈夫じゃねえよ!


「問答無用ぅ! 喰らえぃ我が秘儀! 『氷結回廊コキュートス』!!」

「こっ……!?」


 『氷結回廊コキュートス』。

 『魔導師ウィザード』になると習得可能な水属性範囲魔法の最上位。

 ゲーム時代は無数の巨大なツララが地面から生えてくるという魔法だったけど、現実でもそのままに発動する。


 つまり、騎士団ごと通りを氷で埋め尽くした。


「……」


 俺達は絶句。

 アズリアやダグなどは規模と威力に驚いているようだけど、俺とニケは呆れて言葉も出ない。


「範囲魔法っていうか……もう、自然災害だろ」

 

 魔法スキル


 接近戦闘職とか、いらないじゃん。

 パワーバランス崩れまくりじゃん。


「さ。行け!」

「いやいやいやいや。どこにだよ!?」


 本当に氷で埋め尽くされたのだ。

 どこに行っても『氷結回廊コキュートス』の効果範囲で、俺やニケはともかくアズリアとダグは死んでしまうんじゃないだろうか。 


「うん? これくらいなら問題なかろう?」

「俺らはな。アズリアとダグはそうはいかない」

「ほか。――ではバスク君」

「あん?」

 

 爺さんの言葉に首をひねる。

 カミラに何させようってのか。


「ちょっとどいて、ヒカル」


 カミラが俺を押しのけて前に出る。


「ぐええ。お尻で押すな。お前、俺よりでかいんだから潰れるだろ」

「潰れるか! ――というか、ちょっと魔法使うから、ほんとにそこどいてよ」

 

 魔法?

 そういえば、カミラの得意は火属性の魔法だっけ。

 ということは、あらかじめこれを見越して連れてこられたのだろうか。

 いやしかし、カミラ程度の魔法でじじいの『氷結回廊コキュートス』が何とかなるものだろうか。  


 疑う俺の視線の先で、カミラは杖を構えてもにょもにょと何事かを呟いた。


「『炎帝宮イフリート・キャッスル』!」


 そう叫んで杖を振るう。



 突然の、場面転換。



 瞬きする間もなく、一瞬で画面が切り替わる。気がつけば通りの一方が赤く染まっていた。


 赤い燐光が舞い、オーロラに似た炎が揺らめく。


 火の海という表現では言い足りない、まるで焔の世界だ。


「あ。院長が魔法で閉じ込めてた人が出てきちゃったわ」

「火だるまになってるぞ……」


 通りには炎に包まれ狂ったように逃げ惑う騎士の姿。

 オーロラに触れると発火するらしい。

 熱さのためか、爺さんが生み出した氷に飛び付くヤツもいる。


「まあ――騎士だし。死なないんじゃないかしら」


 クルクルと杖を回しながらカミラが言った。

 自分の魔法に満足したのか、地獄のような光景を見ながら柔らかく笑っている。


 怖っ!

 キースのことでからかうと赤くなる、あの可愛いカミラはどこ行ったんだ!?


「とにかく。威力低めで魔法行使したから、ここ通って逃げなさいよ。私たちはヒカル達の逃亡を阻止しようとして魔法を使ったことにするから、これ以上は手伝えないの」

「あ、はい……」


 思わず敬語で頷いちゃった。


「騎士団や軍の追跡を振り切るには、一度王国を出たほうがいいと思う。当然王都から離れるわけだし――しばらくは会えないわね」


 カミラが言った。


 そっか。

 追跡云々と置いておいても、俺らはこのまま危険地域入りするわけだから、上手く運べばもう会えないという可能性もある。

 カミラとは話すのもこれで最後かもしれない。


「寂しくなるなあ。祭りの後みたいだ」

「――元気でね」

「そっちこそ。キースとのこと、上手くいくように祈ってる」

「~~っ! いいから! さっさと行く! 燃やすわよ!?」

「あ、はい。そうですね……」


 ああ!

 また敬語使っちゃった!!


「とにかく、ありがと。カミラ達もヘマすんなよ!」


 色々と話したいことはあったけど、お礼だけ述べて俺は走り出した。 

 途中で振り返る。


「アズリアとニケも! さっさと行こう!」

「うむ!」 


 

 俺の後ろにアズリアが続く。

 そのアズリアをカミラが引き止めた。


「しっかりね。ついていくのは大変だろうけど、頑張って」

「ああ、わかっている。――今日の事、感謝する」

「いいって。今度、どこかへ遊びに行きましょう。また会う頃にはお互い自立しているだろうし」

 

 キョトンと、アズリアは瞬いた。

 やがて笑う。


「うん。約束」

「ええ。――じゃあ、また」


 そんな言葉を交わした。




 ▼



 ニケの目の前には立ち止まったアズリアがいた。

 カミラと何事かを話しているようだが、あまり呑気にされても困る。

 カミラが行使した範囲魔法は、致命傷とはいかないまでも確実にニケにもダメージを与えていたからだ。 


「ほれ、アズっぺ! 呑気に突っ立ってんなよ!」

「む、おぅ!?」


 気をもんだニケが、会話が終わった途端にアズリアを抱え上げた。

 片手で軽々と持ち上げ肩に担ぐ。

 

「こんにちわ」


 アズリアとは反対側に担いがれていたエリカが、アズリアに向かってあいさつした。

 むすっと頬を膨らませている。


「む、エリカ。ニケに攫われたのか?」

「そんなとこね。アタシとシンクには手伝わせる気がないみたいよ」

「……。シンクは?」

「あっち」


 エリカが指差した方には、踊る様に走るシンク。

 熱いらしい。


「役に立つ気があるのかしら」

「いや、そう言っては酷だろう」


 騎士でさえこの炎には手こずっているのだ。

 気分でどうにかなる問題ではない。


「――おい! 喋ってると舌噛むぞ! しっかり捕まってろ!」

 

 走りながらニケが言う。

 その指摘は当然のことで、ニケは2人を抱えながら炎のオーロラを避けつつ走っている。アズリアたちが自分で走るよりは安全で早いのだが、上下動が激しい。


「……」


 エリカは何も言わずにニケの頭にしがみついた。


「いてぇっ。髪つかむな!」

「じゃ、こう?」

「目え塞ぐな!」

「こうかしら」

 

 首に捕まる。


「ぐえあ」

「あ、ごめんなさい」


 変な声を出すニケに驚きながら、エリカは腕に込める力を調節した。

 なんとか落ち着く姿勢を見つけたようだったが、それはニケに抱きつくような格好で、エリカは首をかしげた。


「なんなのかしら、この状況?」


 ニケはそんな声を聞いたが、それ以上は聞こえなかった。




 ▼





「……」

「行ったか」


 カミラがヒカル達の去った方を見ていると、後ろでイクトールが呟いた。

 羽織っているローブの裾を掻き合わせながら続ける。


「にぎやかな連中だったの」

「そうですね……」

「話したいことは山ほどあったのだが――まあ、いいか。そのうち会えるだろ」


 イクトールは言葉の途中で、ぶるり、と大きく身を震わせた。


「寒い……この寒さは、年寄りには辛いな。――そろそろ帰るか。バスク君」

「いいんですか? 騎士がまだ氷漬けなんですが」


 カミラが自身の杖を軽く示しながら言った。

 扱える限りの最大威力の魔法を行使した直後だったが、氷を溶かすくらいの余力はまだある。


「いいさ。他の連中が来るだろ――それに、これからの王国に弱兵はいらぬ。この程度で死んでしまうヤツは、その程度だったということだ」 


 カミラはイクトールが何の事を言っているのかわからなかったが、すぐに気がついた。


 ヒポグリフ。


 王都守護聖獣の一角は崩れ、その守護はすでにないのだ。


「世の中が変わるだろうな。今回のことで貴族連中は、今まで聖獣として敬ってきた存在が何者であったかを知ったのだから」


 ヒポグリフは、ヒカル達によって倒された。

 『聖獣』として人間たちを守護したヒポグリフは、つまるところ只の風変わりなモンスターだった。

 そんなモノの上に築いた平和がいかに危ういものであるか。

 知った以上は変わらずにはいられないだろう。


「どうなるんでしょう?」

「さあな――まあ、自衛を目指すなら王都周辺に展開する中央軍の規模が大きくなるだろう。王の判断か議会の判断かは分からんが、いずれにしてもそれが各地に伝播すれば、軍拡みたいなことになるんじゃなかろかの」


 気楽な口調とは裏腹に、イクトールの言葉には確信があった。

 ということは、そうなるのだろう。

 嫌な空気だ。


「ま、学生身分の君が気にかけることではない。学生が国事を論じだしたら、世も末だからな。――それより、すべきことがあるだろう」

「そうでした」


 カミラは杖をしまった。


「教練棟で『炎帝宮イフリートキャッスル』の修練ですね。確かに、練習のときより制御出来ていないと感じていました。今日中に修正します」


 カミラはアズリアが学院を去ってからイクトールに師事している。


 アズリアの影響だ。

 

 ヒカルと出会ったアズリアは、一瞬の逡巡なく『冒険者』の世界に飛び込んだ。

 なんとなく官僚になれたらいいなあ、と考えていたカミラにとって、友人のアズリアが命がけの世界に飛び込んだとい言うのは途方もない大事件であり、同時に自分の将来についてもあれこれと考えさせられた。


 もしかしたら自分は才能に任せて楽な選択をしているのではないか。

 能力を持ちつつもさらなる高みを目指さないことは怠慢ではないのか。


 あれこれと考えた挙句、カミラはイクトールに弟子にしてくれるよう頼んだ。


 官僚になるには魔術師として能力が求められる。求められる以上、どうせなら厳しい環境に自分を置きたかった。そしてそれには、元筆頭顧問魔術師のイクトールに師事するのがいいと思えたのだ。

 

「いや、練習はよいよ。それより急いで夕食会の衣装合わせだ。騎士団に見かけだけでも協力したのは、騎士団の顧問魔術師と君を引き合わせるためなのだからな」

「……」


 カミラは息を吐いた。


「なんじゃい。まだ不服なのか。わしに師事している以上、弟子なら社交界の一つや二つこなしてもらうぞ」

「……まさかそんな振る舞いまで要求されるとは思っていなかったもので。――正直言って、とても億劫です」


 イクトールは今まで弟子を取ったことがない。

 カミラ自身、彼が何をもって自分を弟子と認めたのかわからない。

 しかしとりあえず、カミラがイクトールの初めて最初の弟子だ。

 自然、他の人物はカミラの事をイクトールの後継と見なすだろう。

 カミラがそのことに気がついたのは師事し始めてからで、なので途中で逃げ出すわけにはいかなかった。

 そしてカミラの最大の誤算は、どうやらイクトールもその気らしい、ということだ。  

 単に魔法を究めたかっただけなのに、横道にそれるようでカミラは気が乗らない。

 気は乗らないのだが――


「――とはいえ、ここで退く気はないですけれど」


 社交界のなにするものぞ。

 もはや只の町娘ではない以上、いずれは経験することだ。

 有力な魔術師だらけ、というのが気になるけれど、それだけだ。

 こういう種類の苦労も成長するには必要なのだろう。


「うむ。それでよい」


 イクトールは満足げに頷いた。


 将来の事や今夜の事、ヒカル達の事などを色々と考えつつ、カミラはイクトールと共に学院へと戻る。



 戻る途中、『置いてかれた……』と泣きべそをかいているシンクを拾った。

 



 ▼




「ニケ! これ!」

「ん? ――おう!」


 走りながら、俺はニケに笛を手渡した。

 遠征用に用意していた移動用アイテム『馬』を呼び出すためのアイテムだ。

 こんなにあわただしく旅立つことになるとは思わなかったけど、事前に用意しておいてよかった。

 このまま騎士団の追跡を撒こう。


「アズリアは馬乗れる!?」


 俺はニケに並走しながら、肩に担がれているアズリアに訊いた。


「乗馬は得意だが、なぜ訊く?」

「これ! これ吹けば馬来るから、その馬に乗って逃げよう」

「これは……笛か? ピー! ピー!」

「迷いがないな」


 誰かが使うのを様子見するとか、そういうのは一切なし。

 アズリアはピーピー笛を吹いている。

 気に入ったのだろうか。


「ダグも」


 俺はダグに笛を手渡した。


「ほう。これは、ずいぶん古い物ですね。これを吹けばいいんですね?」

「そう。ついでに俺も乗せて」

「わかりました」


 ダグは頷き、高く笛を吹いた。

 すると、街中であるにも関わらず馬が現れる。

 俺たちは一旦立ち止まって馬に乗った。

 

「で? これからどこいくんだ?」


 エリカを後ろに乗せながらニケが訊いてきた。


「危険地域入りのためにエルフの居住地を目指す予定なのは前話したと思うけど、とりあえずアズリアの家かな」

「――はぃ? ヒカル。今、なに……」


 俺の言葉にダグが何か言いかけたけど、緊急時なので手で制し、俺はアズリアへと向きなおった。


「家ってどこ?」

「実家はマンシュタイン領ロングホーン郡だ。王都からは北東へ向かえばいい」

「おっけ」


 俺は頷き、ダグを急かす。


「よっしゃ、ダグ行け! 俺は道わからんから、案内よろしく!」

「いや、しかし……」

「ほれ! 騎士団来てるぞ! いけー!」

「――」


 俺が急かすと、ダグはしぶしぶと言った様子で手綱を操った。

 ダグと俺が乗った黒馬が先行し、ニケとエリカの乗った栗毛馬、アズリアの白馬が続く。


「ねえ! マンシュタインの領地に行くの!? これから!?」


 ニケに抱かれる様にしているエリカが叫んだ。


「ああ」


 て。

 

 エリカ?


「おいぃぃ!! ニケ! なにエリカ連れて来てんだよ!!」

「は!? ――しまった。抱き心地がいいからつい!?」

「あほ! 下ろせ! はよ下ろせ!」


 ていうか、一緒に来たはずのシンクが見当たらない。

 もしかして騎士団に捕まったとかだろうか。


「ちょっとっ! ここで下ろされたら騎士団に捕まっちゃうじゃない! 連れてけ!!」

「馬鹿。めちゃ危険なんだって!」

「イクトール様が言ってたでしょ! 捕まったら死刑なのよ! 一旦逃げ出しちゃった以上、王都には戻れないわよ!」

「ああ!?」


 なんだそれ!?


「死ねって言うの!? このアタシに!?」

「いや、お前が何様なのかわからんけども」

 

 まあ、死んでほしくはないわな。

 いやしかし。

 そうは言っても。


 ……。


「あほニケ! お前ちゃんと面倒見ろよ! 俺知らんぞ!」

「ええ!?」


 というか、この面倒事の原因はニケだ。詳しい事情はさっぱりだけど、ヤツが自分で言ったのでそれだけは確か。

 なのでこれ以上の面倒事はニケに任せる。

 ニケならどうとでもするだろうから、俺は知らん。


「ちょ、ヒカル!」

「よんな、馬鹿」


 馬を寄せて来たニケに向かって拳を振り上げて威嚇。

 

「なあって、ヒカル! ど、どうすればいい?」

「知らん! てか、わかんねーよ!」

「連れてけって言ってるでしょ! 連れて行ってよ!」

 

 俺とニケ、エリカは馬に乗ったままぎゃんぎゃん騒いだ

少々強引ですが二章終了。


一週間か二週間ほど、ストックを貯めることに専念します。

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