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40 色々ひっくるめて。(1)



「ここのはず」


 ニケがそう言って立ち止まったのは、森の中にあるちょっとした空き地だった。

 ここだけぽっかりと開けていて日の光が差し込んでいる。

 膝くらいまである草をかき分けながら歩くと、たくさんの小さな虫が飛んだ。 


「どこ埋めたっけなー。目印に剣をつき立てといたからすぐに見つかると思うんだが」

「埋めたんかい」

「だって野ざらしってのもどうなんだよ。それにモンスターが死体食って人間の味覚えたりしたら嫌じゃん?」

「お前にとってのモンスターって、熊と変わらんのか」


 というか、人間を襲うからモンスターなのだ。

 味を覚えるとか今さらだろう。


「……ん!?」

 

 ガサガサと歩きまわっていると、ニケが驚いた様な声を上げた。

 目当ての墓が見つかったのかと思ってニケに近寄る。

 ニケは地面に突き刺さった剣の横に立ちながら、少し離れた場所を凝視していた。


 なんだろう。


 ニケの視線の先には、地面に開いた大穴があった。


「……何これ?」

「――さあ? なんだろうな」

「墓、ではないよな」


 目印に剣をつき刺したと言っていたので、探していた墓は俺たちの真下だろう。


「ああ――」


 ニケは首を振る。  


「まあ……知らん。それよりこっちだ」


 そう言って、ニケは斧を使って豪快に地面を掘り始めた。

 俺はそれを少し離れた場所から眺める。 

 墓を掘り起こすという行為は何とも薄気味悪く、まして死体に用があるのだから気後れもする。

 にもかかわらずニケがせっせと地面を掘り進めるのは、さすがというかなんというか。

 割とニケにはそういうところがあって、大抵のことには物怖じしない。

 

 だからというわけではないけれど、俺はニケの背中に話しかけた。


「なんだろうなあ、あれ。なんか掘り起こしたっぽいよな」

「そうか?」

「土がさ、割とまとまってるじゃん。2、3人で掘り返したんじゃないかな。ところどころに足跡も残ってるし、割と最近。――てか昨日ニケが気がつかなかったんなら夜の間に掘られたのか」

「へえ」

「残飯処理用のゴミ穴とかそういうのなんだろうか。キャンプ場とかであるらしいじゃん。――いやしかし、ここらに人住んでんのか?」

「どうだろうなー」

「待てよ……。この空き地にしてみても、明らかに不自然だよな。てことは、やっぱり人が住んでんだ!」

「……ヒカル、お前さ。よっぽど手伝いたくないのな」


 土だらけになった斧にもたれ、ニケは呆れたように言う。

 

 ばれたか。

 でもそれは穴掘りが面倒くさいという理由ではない。


「いや、だって……死体が出てくるんだろ? 俺、なんかヤだ」

「ヤダとかいうな。オレの斧より、おまえのグローブの方が穴掘りにはうってつけだろ。文句言わねえで、掘れ」

「うぇー」


 まあ、ニケだけ泥まみれなのもなんか悪い。

 死体は気味が悪いけれど穴掘り自体は大した手間でもないので、サクッと掘り返してサクッとアイテム使ってサクッと帰ろう。


 そう思い、俺も穴掘りに参加する。



 手甲を装備して抉るように地面を掘ると、すぐに死体が見つかった。




 ▼




「……これで全部かな」

「おう」


 穴からシンクの死体を引きずり出し、念のために細かな肉片も拾い上げてパーツごとに並べる。大体のシルエットは出来あがったけど、どうしても足りない部分がある。

 どっかにあるんだろうけど探すのは面倒だし気味が悪いので俺はこのままアイテムを使うことにした。


「じゃ、使うぞ?」


 ぽい、と『不死鳥の羽』を投げた。

 羽はひらひらと飛んでゆき、シンクの体の上に落ちる。


「……」

「……」


 ニケと2人で無言で見守る。


「……」

「……」

「……」

「……ヒカルよう。使い方ってこれでいいのか?」

「しらん」

「なにも起きんぞ」

「なら不発なんだろ」


 ニケの言うとおり羽にも死体にも変化はない。

 『プレーヤー』ではないからか、それとも死んでから時間が経ってしまったからか。


 それか、そもそも効果がないからなのか。

 

 やっぱり無駄だったかと思った時、突然羽が燃え始めた。


「あ!?」

「なんだこれ。――『効果がありません』つって無駄に一個消費しちゃうカンジなのか?」

「うわ。最悪だな……」


 貴重なアイテムなのに検証もままならないとは。

 これではいざという時に頼りにならない。あんまり期待しちゃいけないのかも。


「……」


 羽を拾い上げることもせずに、俺とニケは無言で立ち続けた。

 不発という結果に終わっものの、目的は済んだ。だから帰ってもいいんだけど、俺たちはその場にとどまってなんとなく火を眺める。


 火は死体にも燃え移り、めらめらと勢いを増してゆく。

 その火勢はまるで小さな火柱だ。

 

「人間の体って脂肪があるから、きっと燃えやすいんだな」

「……やめてよ」


 俺は一歩下がる。

 匂いが不快だ。


 火は3分ほども燃え続けて、やがて消えた。

 死体一人分の灰がこんもりと地面に残っている。


 いや。


 一人分?

 こんなに量があるのか?

 体積考えたら、目減りするどころか増えてるんだけど。


「?」


 俺が不審がっていると不意に灰の山が崩れた。

 崩れたところから腕がにょきりと突き出していて、空を切るように動く。


「うわ!?」

「お?」


 俺は驚いてのけぞり、ニケは身を乗り出した。

 ニケはそのまま灰の方へと歩いて行って突き出た手を握る。

 何をする気なのかと思っていると、ニケはそのままぐいっと引っ張った。

  

 その勢いで灰が飛び散る。

 

「――ぶはっ!!」


 と、男の声がした。


「――」


 俺の視線の先には一人の男。

 ニケに片手を握られ、地面に這いつくばる様にしている。


「効果あったみたいだな!」


 ニケが俺へと振り向きながら言った。

 

 なるほど。

 

 『不死鳥の羽』


 ゲーム時代だと無数の光が溢れだすような演出だったけれど、実際にはこうなるのか。


「……」


 俺は、手の中にあるもう一枚の『不死鳥の羽』を見つめる。


 効果があったのは、よかった。


 時間経過に関わらず第三者が使用するだけで効果を発揮する『不死鳥の羽』は、汎用性の高い強力なアイテムであることも確認出来た。


 しかし――


 喜ばしいはずなのに、なんだろう。


 俺は言葉が出ない。


 死人が生き返ったという事実に理解が追いついてないのだろうか。



「ばっちりだぜ! 良かったなヒカルゥ」

「……」

「? シンクちゃんと生き返ったぞ!」

「……」

「――ヒカル?」

「生き返んのかよ」

「あん?」


 ニケが訊き返し、俺は考えをまとめ切れないままに言う。


「こんなんで、ほんとに生き返んのかよ」


 何ともいえない微妙な気持ちだった。




 ▼




 シンクは、気持ちのいい奴だった。


 生き返った当初こそ事情がわからずに混乱しているようだったけど、それでも取り乱すようなことはせず努めて冷静になろうとしているように見えた。

 最初に訊いてきたのがエリカのことで、俺たちは『不死鳥の羽』の事も含めて説明した。

 蘇生に関してはさすがに驚いた表情をしたけど、すぐに理解し、信じた。シンクはヒポグリフに自分の顔を食いちぎられるところまで記憶していたからだ。

 「サンキュー」なんて気軽にお礼を言っていたけど、顔を真っ青にしながらだったのでニケと一緒に笑った。


 そんな俺らの様子に何か感じることがあったのか、シンクは変にかしこまることはなかった。

 友人と話すかのような気軽さで俺たちと打ち解け、特にニケとは気が合ったようだ。


「待てよニケ、それには反論させてもらうぜ。――最近のエリカはな。ああ見えてヒモパンを着用してるんだぜ」

「知ってるっつーの。でもなあ、あいつにはまだ早い。なんとか年相応に矯正させようとしたんだがな」

「早いかどうかはともかく、可愛らしいじゃないか。背伸びしてさ。ニケだってそういう時があっただろ?」

「うぅむ……可愛らしいのは認めるが、しかしなあ。子供は子供ぱんつを穿くべきだとオレは思うぞ。――女が色気づくのはぱんつからなんだ。それはあんな子供でも変わらん。今からひもぱんとか穿いてみろ、将来的にはきわどいセクシーランジェしか穿けない体になってしまうだろ」

「……ゴメンな。ニケ」

「なんでヒカルが謝る?」


 そんな会話。


 まあ、その合間にシンク達のことも聞いた。


 シンク達がヒポグリフの森に来たのは5回目で、訓練が目的だった。


 きっかけはユーノだ。

 ユーノは魔法学院への進学を希望していて、最高学府への進学を希望するだけあって上級学校の兵科の授業(どんな内容だろう?)は生ぬるかった。最初は一人でやって来て訓練していたのだけどエリカが気がつき、本格的に探索しようということになってセルジュとシンクが加わった。

 4人とも上級学校では上位に入るくらいの実力者で、特に主席であるセルジュの加入が大きかった。

 セルジュは剣士としてはかなりの腕前であり、魔術士にとっての『魔法学院』に匹敵する機関である王国騎士団の養成所『騎士寮』への入寮がすでに内定しているほどらしい。


 実力者のいるパーティーというのは、単に人数が集まった集団ではない。

 一本の芯が通る。

 芯が通れば、自然とそれに沿うように行動する。

 つまりは戦術ということだ。


 もともと魔術士であるユーノがいる状態だったのでその戦術はむしろプレーヤー寄りの有機的かつ効率重視のもので、シンクたちは順調にヒポグリフの森を攻略していった。


 そして先日、偶然ヒポグリフの住処を突き止めた。


 ヒポグリフは王都守護聖獣と呼ばれるモンスターでありながらその生態は謎が多く、一流の冒険者でもめったにお目にかかれない。遭遇するのはヒポグリフが相手を認めた時だけと言われ、実際に会うというのは割と名誉なことだったりする。

 シンクたちは、その住処を突き止めた。

 興奮し、証拠に何か持って帰ろうということになった。

 セルジュは騎士寮に入寮する前になにか実績を作っておきたかったし、ユーノにとってもその実績は魔法学院への推薦を得るために魅力的だ。シンクは騎士団に入れるほどの腕前ではなかったのだけど、もしかしたら騎士寮へ入ることが出来るかもしれない。エリカも何やら事情があったようだ。

 4人で話し合い、今回の探索で『ヒポグリフの羽』を持って返るつもりだった。

 持って帰るつもりで住処に侵入し、返り討ちにあった。

 当然だ。

 ヒポグリフが気を許すのは、認めた相手だけなのだから。

 

「ああ、楽しみだなあ。俺が無事だってわかったら、あいつらきっと驚くぜ」


 シンクはニヤニヤしながら言った。


「まあ……」


 俺は黙る。


 そう言えば、シンクが戻ったらどうなるんだろう?

 それぞれが抱えているわだかまりが綺麗に解消し、すべてが元通りというわけにはいかないだろう。

 セルジュはシンクとエリカを見捨てて逃げた。エリカはそんなセルジュを殺そうとした。

 どんなに取り繕おうとも変わらない事実だ。


「もしかしたらエリカ泣くかもな?」

「……」

「……」


 ニケも俺も無言。 


「……お前次第だろうな」


 辛うじてそう言った。


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