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39 訓練の後。(3)

注意。

今回、後半がギャグ回です。

興味ない方はすっ飛ばしてください。


「ヒカル。おいって、起きろ」


 そんなニケの小声に、俺はもぞもぞと体を動かした。

 薄く眼を開けて、声のした方へ顔を向ける。


「……んぅ?」

「起きろ」

「朝――じゃ、ないよな。暗いし……」

  

 目を凝らすと、薄暗い空間にボンヤリとニケの顔が浮かんだ。

 俺はフルフルと頭を揺すりながら上体を起こす。


「今何時」

「知らん。でも明方だ。もうすぐ朝」

「――寝る。昼まで起こさないで……」


 バタン、と倒れこむようにして横になると、さらにニケは言った。


「おいって。起きろよ。頼みごとがあるんだよ」

「まじでー。実は俺もあるんだ。寝かせて……」

「な、割とマジな話なんだって。頼むから起きろ」


 む?

 割とマジな話?


「……何?」


 俺は枕に顔を埋めたまま視線だけをニケに向ける。


「とりあえず、テントから出ようぜ」

「……」


 昨晩の話し合いの結果、一つしかない天幕には女性陣(俺とニケ含む)が眠ることになった。なので俺達の他にもアズリアとエリカ、それにユーノが眠っている。

 この場では話せないということは、つまり万が一にも聞かれたくない話題ということなのだろう。


「――わかった」


 頷き、俺はのろのろと起き上がった。






 ニケに連れられて天幕を出ると、焚き火の前にはダグが座っていた。

 モンスターの警戒と火の番をしていたのだろう。眠りが深くなる明方の時間帯の警戒は熟練の冒険者であるダグが自ら買って出たものだ。


 ニケがダグの体面に座り、俺も座る様に促す。

 重要な話らしいけどダグの同席は特に構わないということか。

 そう考えて俺はダグの隣に座った。


 焚き火はすでに熾火おきびとなっていて、その上には小さな鉄製の容器がかけられている。

 お湯を沸かしているらしい。

 夏にこの世界にやってきて、すでに三カ月以上が経過した。

 ここの季節は多少のズレはあるけれど現実に準じていて、すでに秋だ。 

 日中はともかく明方の冷え切った空気に熾火の熱はありがたく、俺は両手をかざして暖をとった。


「あったか……。さむ……」

「おはようございます」


 ダグが小声で言ってきたので、俺も小声で返した。


「おはよう。……きつい時間を任せて、悪いな」

「いえいえ。――最近はアズリアにお願いしていたので機会がなかったのですけど、久しぶりにヒカルの寝起きの顔が見られたのでよかったです」

「俺今テンション低いから流すけど、今度そんなこと言ったら殴るからな」

「……」


 ダグは何も言わずに湯気の立つカップを差し出した。

 紅茶だ。

 俺はそれを受け取り、ずずずと音を立てて飲む。

 温かくて、ちょっと苦い。


「セルジュは?」


 俺はダグに訊いた。

 昨日、セルジュとは会話らしい会話が出来なかった。ユーノ達から事情を聞いたときには気絶していたからだ。俺が締め落としたんだけど。


「夜中に一度目を覚ましました。一緒に火の番をして、会話もしましたよ」

「ふうん。なにか言ってた?」

「特に何も。他愛のない、世間話程度です。――会ったばかりの私に言ってもしょうがないと思ったのでしょう。まあ、何事も経験ですね。今回のことを乗り越えられるといいのですが」

「やたら肩持つじゃん」


 俺が皮肉ると、ダグは肩を竦めた。


「優秀だとは思います。冷静で、賢い。――皆が皆、ヒカルやニケほどは強くはないんです。冷静な判断が出来るからといって、つまり正しい行動をとれるかというと、そうではない。そういうことがとても多い」


 俺は、寝ているセルジュを見た。

 涙の跡がある。


 たしかに、そうだ。


 出来ることしか出来ない。 

 当たり前だ。


「――で、ニケ。話ってなに」


 セルジュから視線を外し、俺はニケに向きなおる。


「おう――ヒカル、お前確か『不死鳥の羽』持ってきてたよな」

「『不死鳥の羽』? ――うん、一応な」


 紅茶を飲みながら答える。


 『不死鳥の羽』は、所持しているプレーヤーが戦闘で死亡したとき一回だけHPとMPを完全快復させるアイテムだ。

 ショップや合成などの通常手段では手に入れることが出来ず、課金して購入する以外では初回プレイ時に3個だけそれぞれのプレーヤーに配られる。 

 今回の遠征予行ではアズリアの戦闘訓練のことを考えて念のために持って来ていて、あらかじめアズリアに1個持たせてある。


「ちゃんと効くか確認したいって言ってただろ」

「あー……」


 モノがモノだけに、『不死鳥の羽』は検証をしていないアイテムなのだ。

 試しに死んでみるというわけにはいかないし、まして他人を殺して検証するわけにもいかない。

 ぶっつけ本番で使うには覚悟がいる代物だから検証作業はしておきたいんだけれど、現状では、ないよりはまし程度の気休めアイテムでもある。


「あれ、試そうぜ」

「……誰に? まさかセルジュ?」


 試せそうなのはエリカに命を狙われているセルジュか。

 しかし、昨日のエリカの様子を見る限り今更人を殺せるほどの気力と元気があるとは思えない。

 そう思って俺が言うと、ニケは首を振った。


「違う。シンクって冒険者が死んだって言ってただろ。そいつに試そう」

「……」


 ニケの言葉に、俺はすぐに返事を返せなかった。

 しばらく黙って紅茶を飲み、飲み終えてからやっと口を開く。


「まあ。『不死鳥の羽』の効果と発動条件がはっきりしない現状じゃ、最初の1個は誰に使っても同じなんだろうけどさ。――でも、もっと条件がいいヤツがいるだろ」


 条件とはつまり『不死鳥の羽』の発動条件のことで、『不死鳥の羽』は『所持している』『プレーヤー』が死んだときに発動する。

 『プレーヤー』という条件は置いておくとしても、前提としてあらかじめ所持していないと発動はしないはずだ。

 死体相手に試して効果があるのならそれで良い。しかし発動しなかった場合に元々効果がないからなのか、それとも発動条件を満たしていないからなのかがわからない。

 貴重なアイテムであるだけに検証作業も慎重に行いたいところだ。


「なんでシンク?」


 俺が訊くと、「あいつら可哀想じゃん」という返事が返って来た。


「どうせどっかで試す予定なんだろ? なら知り合いのために使った方がいいだろ。効果があるなら俺らもあいつらもハッピーだぜ」

「……」


 ふむ。

 一理ある。

 どうせ、最初の一個には『効果』を期待しているわけではない。

 発動しなくてもそれまでで、差し迫った不都合があるわけではないのだ。


「でもなー」


 俺は渋った。

 ニケの言うとおり効果があれば御の字だし、その幸運を知り合いに譲るというのも悪くはない。

 悪くはないのだが、果たして死人を生き返らせても良いものなのだろうか。

 この世界での『死』は不可逆的なものとして扱われていている。『リバイブ』や『不死鳥の羽』などの蘇生は、通常の生活をする分には理解の外にある奇跡的な例外だ。

 

 死んだ人間は生き返らない。


 これが常識の根底にある絶対的な法則で、だからこそ人々は日々たくましく生きているし命の危険を冒す冒険者や兵士などは一目置かれている。

 当然、彼らも命を落とす覚悟をしているだろう。 

 モンスターなんかが跋扈するこの世界では注意深く観察すればあちらこちらに『死』が転がっていて、同じ数だけの『覚悟』があった。


 そんな世界で、俺らが気軽に『不死鳥の羽』を使って蘇生を試みるのは果たして正しいのかどうか。

 もしかすると、それはシンクの『覚悟』を蔑にするもので、エリカの涙を不当に扱うものではないのか。


 うーん。

 悩ましいな。

 

「あんま深く考えんなよ。別に大量殺人犯を生き返らせようってわけじゃねんだから」

「……うーん」


 確かに。

 悩ましいことは悩ましのだけれど、俺らが知ったことではないか。

 不運にも死んでしまう人もいれば、俺たちみたいな変人が居合わせたおかげで生き返る幸運なヤツもいる。 

 

 不運と幸運。

 人間はどうしようもなく、それに左右されてしまうものだ。


 深く考えなければ割と単純で、そして当たり前のこと。


「じゃ、試すか」

「よし。早速行こうぜ。今から行けば昼前には余裕で帰って来れるし――で、ダグはその間、アズリアと一緒にキャンプで留守番を頼む」

「2人で大丈夫かな」

「アズリアは結構使えるから、ここら辺のモンスター相手なら心配ない。ダグはアズリアよりも強いっぽいし、2人いりゃあいつら守りながらでも十分だ」


 昨日一日中アズリアと訓練していたニケが言うのだ。アズリアの実力を十分に把握した上での判断だろう。


「ダグ、そう言うわけだから留守番よろしくな」

「――はあ」


 ダグはあいまいに頷いた。


「会話に入って行けませんでしたけれど――つまり、『不死鳥の羽』とはどう言った魔術品なのですか?」

「死んだ奴を生き返らせるアイテムだよ」


 俺は答えた。


「まあ、効くかどうか試したことないんだけどな。――不発に終わるかもしれないから、ユーノとかエリカには言うなよ。変に期待させるのも悪いし」




 ▼



 太陽が昇った直後の森には木々の合間を縫って鮮烈な光が射して込んでいた。水気を含んだ空気に光が反射し細かな粒子がキラキラと舞っているように見える。

 夜の間に停滞した空気を光が追い払うかのような光景は神秘的だけれど、それはある種の冷たさをもった光景だ。


 明方の、それも森独特の空気。


 新鮮な空気とはつまりこういうモノなのだろう。


「やっぱ朝は冷え込むな。眠気も吹き飛ぶわ」


 外套をすっぽり着込みながら俺は言った。

 歩いていれば温かくなるだろうと思ったけれど、外套に覆われていない脚がいつまでも冷たい。特に足の指が冷える。 


「寒いというより、痛い」 

「ヒカルもそろそろ衣替えだろ。着てるの夏服じゃんか」


 ニケが振り向きながら言う。

 俺は外套の下に自前の『制服装備』を装備していて、白い半袖シャツに緑を基調としたプリーツスカートという出で立ちだ。

 『魅了反射』のほかにも『応援』というサポート向きの特殊効果を備えた装備なのでアズリアの戦闘訓練を見越してチョイスした。


 TPOを心得ている俺は条件や場所によってコスチュームチェンジするのだ。


「露出の多い夏服じゃなくなるのは残念だが、でも冬服って可愛いデザインの多いよな? ぱんちらも、これからは量より質の季節だな」

「そうだなあ」


 千変万化。

 水着が夏のネタ装備なら、『エリュシオン』には冬のネタ装備もあるわけで。

 女子の服装と共に移りゆくパンチラには季節があるのだった。


「ガード堅いのがネックだけど」

「俺ら相手に堅いもなにもないけどな。ってかお前はどうすんだよ」

 

 冬服がある制服装備と違って、ニケの水着装備は当然夏仕様だ。

 これから寒さがきつくなることを考えれば、さすがのニケも着替えなければなるまい。


「俺? ――ふふふ。気がつかなかったのか、ヒカル。この水着はすでに秋用だぜ?」

「なに?」


 つっても、普段の水着の上からパーカーを羽織っているだけだ。

 パーカーは以前から着ていたのでそれが寒さ対策というわけではないだろう。


「これよ」


 ニケはひらひらと腰に巻いたミニスカート丈のパレオを揺すった。


「……まじで?」


 パーカーに隠れてて気がつかなかった。

 それほど短い。

 意味あんの。


「もちろん。パレオ一択。これしかない」

「せめてショートパンツのタンキニか、スパッツタイプのセパレートを選べよ」


 どんだけ露出していたいんだ?


 俺が言うと、ニケは首を振った。


「……オレだってなあ、ヒカル。着たかったさ。今を生きる若者にとってスク水とはスパッツタイプのセパレートのことで、つまり青春時代の象徴だ。当然、着たかった。一度は手にとった。抗い難く、脚を通しかけた。――でもなあ、あいつ等が登場したおかげでワンピースのスク水が駆逐されたんだぞ? 水着に貴賎はない。ないが、しかしオレまでヤツらに屈したら、一体誰が旧き良きスク水の復権をするって言うんだ?」


 ならワンピースのスク水を着ろよ。

 

「今の若い連中はな、かつて確かに桃源郷があったことを知らんのだ。スパッツのセパレートだって、確かにいいもんだ。きゅっと引き締まったボディラインとか、思わず見とれる。……でもさ、もっと素晴らしいもんがあったんだ。それを忘れちゃいけない」


 だから。

 そこまで言うならワンピースの水着着ろよ。

 

「まあ。ワンピースタイプのは俺も画像とかで見ただけだけど」

「完全に好みじゃん!!」


 パンツタイプのモノを穿いていたいだけだろ!?


「む――。そんなことを言うがヒカルだって好きだろ? あの、水着が食い込んだお尻のラインとか……」

「そっち!? 素晴らしいものってそっちかよ!?」

 

 古き良きスク水のデザイン云々じゃねえのか。

 さっきの話はなんだったんだ。


 て、パンツか。


 納得。

 

「まあ、オレにセパレートが似合わないってのもある」

「あ、確かに……」


 ニケは出るところが出て、引っ込むところが引っ込んだグラマーな体型だ。

 ワンピースタイプやセパレートでも似合わないということはないだろうけど、より魅力を引き出せるのはパッツンパッツンのビキニだろう。

 個人の好みの問題はあるが、見た目の印象からは断然ビキニである。


「タンキニはちょっと気になってるんだが、オレよりもヒカルだろうな。今ちょうど一着手元にあんだが、着る気ない?」

「ねえよ」


 それで寒さがしのげるか。   

 つかなんで持ってんだ。


「なんでなんで? もしかして上がキャミソールタイプなのが不満なの?」

「なんで? なんでそこが不満だと思うの? なんでそう思えるの?」

「やめとけよヒカル。ビキニタイプなんてな、言いにくいけど……それは背伸びというもんだぜ。お前にゃキャミのが似合ってる。ここは我慢しとけ」

「話聞けよ?」


 なんで諭されるように言われなければならんのだ。


 つか、ビキニタイプだって着こなして見せるっつーの。 


 浜辺の視線独り占めだっつーの。


「いやいや」


 ニケは首を振った。


「ヒカル胸ないもん」

「なぁ――ッ!?」


 あるわ!


「ふっざけんなよ! 胸くらいあるわ! 慎ましやかだけど、どうしても隠しきれない立派なもんが二つもついてるわ!」

「いや、ない」

「あるっつーの!!」

「ちゃんと現実を見ようぜ。――ないもんは、ないんだよ」

「揉んでみ! ほら!! 実際に揉めばわかるから!」


 俺はニケの手をとり、自身の胸にあてがった。

 揉んでみろと挑発したけれどニケは揉まず、代わりに首を振る。


「ああ――可哀想に。勘違いしちゃったんだな……。これ、大胸筋だわ」

「だいきょうきん!!?」


 あまりの暴言に、俺は愕然とした。

 小さいとかペタンコとかならまだしも、言うに事欠いて大胸筋なんて。

 いくらなんでも酷過ぎる。



 ……。



 大胸筋なんて!!



「な。キャミにしとけって。ビキニよりずっと可愛らしいって」

「あほか……。絶対着ねえ」


 俺はふにふにと自分の胸を揉みながら言った。



 

 ――まあ。



 

 いつものおふざけである。

 うん……。


休日だったので、がんばりました。


重い話の後なので違和感ありますね。

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