3 ラルファス
「おい! エルフのねぇちゃん!」
朝市で賑わう広場の片隅で、俺は突然声をかけられた。「姉ちゃん」なんて呼ばれ方をしたためにしばらく気がつかなかったが、「エルフの」と言われて、俺のことか? といぶかしみつつ振りかえる。
現在、貨幣経済の相場を調査中だ。
今のところ、よくわからん。流通しているのが銅貨や銀貨が主なため、俺の持っている金貨がどれだけの価値があるのかさっぱりだ。ただ、結構高額であるのはわかってきた。
実際に使ってみるのが手っ取り早いとようやく気付き、何かないかとあちこち探して回っている最中だった。
「?」
振り返ると、そこには少年が立っていた。
俺(の外見)よりも少し背が低いだろうか。身長でいうなら「男の子」というニュアンスが合いそうだけれど、意志の強そうな瞳が、「少年」の雰囲気をまとわせている。
そんな、男の子のような少年。
「今呼んだの、お前か?」
「うっ……!」
なぜか少年はたじろいだ。
「なになに。なんか用なの?」
俺が首をかしげると、再び少年は叫んだ。
「ねえちゃん! 冒険者なんだろ!?」
「ねえちゃ……」
なんだろう。すげえ違和感だ。
「冒険者なんだろ!?」
「あ、まあ。そうかな?」
冒険者と言えなくもない、か?
プレーヤーは素材集めやクエスト達成のためあちこちに出かけて行ったから、それを冒険と言えなくもない。
「おれ。ラルファスっていうんだ」
ラルファス。かっけー。
「俺なんてヒカルだぜ」
と自己紹介。
ラルファスは、「ヒカル、ヒカル……」と口をもごもごさせて呟いた。
「言い難いな」
「言い難くないし。ヒカルだし」
おいおい、なんて礼儀の知らない子供だ。初対面でなんてこと言うんだ。
「でも、いい名前だな」
マジかよ。良い子じゃんか。
「で、なんか用なの? ラルハス」
「ラルファスだって」
「言い難いな」
「そんなこと言われたの初めてだ」
ラルファスは傷ついたような顔をした。
あれ、俺大人げなかったか?
「ゴメンて。なんか俺に用事か? ラルファス」
「あ、うん」
頷いて、ラルファスは俺から視線をそらした。
何だろう?
「あのさ、ヒカル姉ちゃんが冒険者だって、キース兄ちゃんに聞いたんだ」
「へえ」
キースが? そう言えば、あいつ今何してんのかな。
「キースって、いまなにしてんの?」
「寝てる。この街に来た次の日は、いつも昼まで寝てるんだ。で、そのまた次の日には帰っちゃう」
「ふうん」
「で、こないだ来た時、今度森に狩りに連れて行ってやるって言ったんだ」
「森? ここって荒野じゃないの?」
ラルファスの単語に引っかかって、尋ねてみた。
とはいえ、この町に到着したのは夜だったので、付近の様子などわからなかった。どこか近くにあるもかもしれない。
「ちょっと行ったところにある。山みたいに大きいやつ。でも、危ないから、大人でも近寄らない。入っていいのは一人前の冒険者だけだって」
「はあん」
そこまで聞いて、なんとなく察した。
その『一人前の冒険者』というのに、子供っぽく憧れているんだろうな。
「でも今日になったら、昨日は大変だったから寝かせてくれってさ」
「ああ、なるほど」
着いたの夜だったし。なにより戦闘があったから、疲れているんだろう。
「まあ、キース兄ちゃんは、あんなんだけど。ヒカル姉ちゃんは森に行くんだろ? 冒険者だから」
「……」
連れて行けってか。
いや、しかし、俺も戦闘慣れしているわけじゃないしな。一人ならどうとでもなるだろうけど、子供連れは拙いか。
「いかない」
連れて行ってやりたい気もあるが、俺はハッキリと言った。怪我でもしたら、どう責任をとればいいのやら。
「なんで!?」
驚いたようにラルファスは叫んだ。
「うっさい。――いいか、キースはいつも昼まで寝てるんだろ?」
「うん」
「俺はいつも、昼まで買い物をすると決めているんだ」
「はぁ?」
意味わからん、というような声。
素直だ。
「つまり、俺もキースも、午後からは暇ってこと」
「午後からならいいのか」
「おう。午後になったら、キースを起こしに行こう」
「やったっ!」
ラルファスはぴょん、と飛び上がって喜ぶ。
「午前中はどうする? 俺の買い物に付き合う?」
「いいぜ! いいもん教えてやる!」
ぐるぐると俺の周り走り出したラルファス。かなり邪魔くさかったので、襟首を掴んでつまみ上げる。
そのまま市場を案内させた。
まあ、あの世話好きのキースのことだ。いくら疲れていると言っても、ラルファスを邪険にはしないだろう。
「ほんっとうに、疲れているんだがな……」
ブチブチと小言を言いながらもキースは俺たちを森に案内した。
やはり世話好き。そして子供好きなのかもしれない。
……もしかして、ロリコンの気もあるか?
俺の外見を考えると、ギリギリありえそうだ。
「? どうした」
「いや、なんでも……」
不毛な想像は止めよう。
「うおお!」
突然、キースの隣を歩くラルファスが声を上げた。
「ラルハス、うっさい」
「ラルファスだって!」
ぶんぶんと手を振り回した。
その手には、鞘に包まれた小さな剣が握られている。午前中、俺が市場案内のお礼に買い与えたモノだ。
ラルファスのお蔭で、少しはこの世界の相場がわかってきた。
まずわかったのが、貨幣では十進法が用いられていないこと。
銅製の小さな補助通貨12枚で、銅貨一枚。銅貨50枚で銀貨1枚。銀貨6枚で金貨1枚。つまり金貨は銅貨300枚。ただ、金貨や銀貨といっても様々種類があるようで、俺が理解できたのは自身の持つ金貨と、幾つかの銀貨とのレートのみだ。
俺は金貨で1500枚は持っている。
『エリュシオン』のノンプレーヤーの、平均的な1日の労働賃金が銀貨1枚に満たないというから、これは途方もない大金ということになる。
いや、物価の安いところで助かった。
ゲーム時代の金貨1500枚は、高価な回復薬で二つか三つ、装備品なら下位武器一つというところか。物価の差は歴然だ。というか、ゲーム時代の最小貨幣が金貨だったし。銀行には金貨で10万枚ほどあるのだが、これの出番はないかもしれぬ。
さておき、ラルファスの剣だ。
これは市場に来ていた武器商人から買い取ったものだ。炎の精霊の加護を受けているとか何とか。昼ごはんの後にチャンバラをして遊んでみると、どうやら魔法付加がかかっているらしいのがわかった。たぶん火属性の追加ダメージでも発生するのだろう。
金貨2枚ナリ。
安っ。
うれしそうに剣を振り回すラルファスを見て、キースは苦り切った顔で言った。
「子供にあんな剣を与えてしまって……」
「いやあ。喜んでるじゃん」
キースは半眼で俺をにらむ。
「君は、子供に剣を買い与えたという自覚はあるのか?」
「? いいじゃんか。モンスターを倒すのに剣は必要だろ。大人だろうがなんだろうが、武器なしでどうやって身を守るんだよ」
俺の言葉に、キースはため息をついた。
「それで、君は彼に対して責任を持てるのか? ただでさえ彼は冒険者にあこがれている」
「……」
俺は黙ってキースの言うこと聞いていた。
「そのうえであんなものを手にしたら、どうなるかわかるだろう? 彼は子供なんだぞ」
「そうだな」
ラルファスを見ながら、俺はうなずいた。
確かに、「常識」と言うものを考えるなら、俺はちょっとやり過ぎたかもしれない。
けれど、俺は間違ったことはしていないと思っている。
なぜなら、ラルファスは装備して見せたからだ。
あの魔法付加の小剣を。
「君な……」
黙り込んだ俺に、ハッキリと怒気を見せたキース。
さえぎるように俺は言った。
「心配ないって」
「なに?」
俺の言葉に、キースは不審げな表情を作った。
「あいつはもう、冒険者だ」
魔法付加武器。
ゲーム『エリュシオン』では、それはどの職業でも20レベルからしか装備できない。
つまり、ラルファスのレベルは20以上ということになる。
ゲーム時代の常識で考えれば、これは異常な事態だ。
ゲーム時代の一般ノンプレーヤーキャラのレベルは3前後。通常の兵士で10前後。騎士ですら20はなかった。例外的なノンプレーヤーキャラを除いて、魔法付加武器は、世界を冒険して回ったプレーヤーにしか装備出来ないモノだった。
「このままいけば、きっとすごい冒険者になる」
新鮮な物事と出会った時の感動と、この世界に来てから抱き続けている違和感を感じながら、俺は言った。
ア・ボーイ・ミーツ・ア・ガール?




