38 訓練の後。(2)
同行を願い出たユーノと、森に入ることを未だに納得していないセルジュを引き連れ、ニケたちを探して歩く。
俺が先頭で、真ん中にユーノとセルジュ、後衛にはダグを配置した縦列だ。
なので気付いたのは俺が一番早かった。
「あ――おい! ニケ、アズリア! こっちこっち」
とぼとぼと歩くニケたちを見つけて俺は声を上げた。
2人が俺に気付き、小走りにやってくる。
見ると、ニケが何かを背負っていた。
「誰それ?」
ニケが背負っていたのは赤毛の少女だ。
声をかけても身動きしない。
「エリカ!?」
と、俺の後ろにいたユーノが悲鳴を上げてニケに駆けよる。
ニケが背負っているエリカと言う少女がユーノたちが探していた人物のようで、セルジュも顔を青くして続いた。
「あ、探してた人なの? 良かったじゃん」
「エリカっ! ねえって……!!」
聞いちゃいねえ。
ユーノから事情を聴くのは無理だと思った俺は、ニケに声をかけた。
「なんかあったの?」
「いや、ヒカルこそなんかあったのか? こいつらなんなんだよ」
ニケはユーノとセルジュに胡乱気な視線を向けながら言った。
「森から逃げてきたとこを保護した。お前が今背負ってる子の知り合いっぽいよ」
「そうなん?」
俺が言うと、ニケはユーノ達に向きなおる。
ユーノが頷くのを見て、ニケはエリカと呼ばれた少女を下ろした。
「眠ってる。結構ひどい怪我してるから、そっとな」
「――眠ってないわよ……」
呟くようにエリカが言った。
その言葉にニケとアズリアが驚く。
「あ? 起きてたのかよ。――喋っても平気か? 肋骨折れてたけど、痛くないか?」
ニケはぺたぺたとエリカを触った。
「――平気」
「手ぇ貸すか?」
「いらない」
そう言って、エリカは自分で地面に立つ。
ふらふらと立つエリカに、アズリアが訊いた。
「いつから気がついていたのだ?」
「――最初からよ」
「最初?」
「そう。『最初』から」
「……そうか」
アズリアは低くつぶやき、そのまま黙る。
ニケもなにやら事情を知っているらしく、髪を掻いてため息を吐いた。
三人の会話はそこで終わり、入れ替わるようにユーノが言う。
「エリカ! よかった……!」
「――ッ!」
飛び付いたユーノを、エリカは払いのけた。
って、え?
なになに?
なんなの?
「え――」
ユーノは呆然とエリカを見つめ、エリカはユーノを無視してセルジュを睨みつける。
こぶしを『ぎゅっ』と握り、絞りだすように言った。
「どの面下げて――戻ってきてんのよ」
「心配は、していた」
「よく言う……!」
吐き捨て、エリカがセルジュに向かって駆けた。
走りざまにユーノから杖を奪い、勢いをつけてセルジュに振るう。
「!」
セルジュはエリカの攻撃をかわして距離をとる。
その距離を保ったままセルジュはエリカに言った。
「話を聞いてくれと言っても、無理だろうな」
「無理。殺してやる」
言って、エリカは再度杖を振りかぶった。
セルジュはそんなエリカを迎撃しようと、剣を構えて前傾姿勢をとり――
俺とダグがセルジュを羽交い絞めにして、ニケとアズリアがエリカに組みついた。
「離せっ! 離しなさいよ!」
「と、言われもなあ」
ニケがエリカに組みついたまま俺へと視線を向ける。
俺は頷く。
よく事情はわからないけれども。
なんか切迫しているっぽい。
ここは力ずくだ。
「とやかく言う気はないけど、複雑な事情なら自分らだけの時に解決してくれ。とりあえず今は落ち着こうぜ」
俺はギリギリとセルジュを締めあげた。
うん。
こういうのって大体男が悪いんだ。
▼
無事に仲間と合流できた俺たちはキャンプへと戻る。
事情があるなら自分らで解決してくれと言ったけれど、俺たちも関係者といえば関係者だ。少なくともユーノとセルジュ、それにエリカとは全くの無関係とは言えないわけなので、セルジュが気を失っている間に俺たちは一通りの説明を受けた。
「……」
聞き終えて、俺は無言。
アズリアは絶句していて、ダグも不快そうに眉をしかめている。
「サイテーだな。アイツ」
と、唯一ニケだけがエリカとユーノに話しかけるけど、それも適当な言葉かどうか。
いっそ黙っててくれ。
「しかし――」
俺が念じていると、ダグが口を開いた。
「シンクさんやセルジュさんのことは辛いでしょうが、だからといって早まってはいけないと思います。今あなたは辛い経験をした直後で、自暴自棄になっているように見えますよ」
「……そうですか? 早まってはいけないと言いますけど、セルジュが私たちを置いて逃げたことこそ、いけないことじゃないんですか? 咎められるのは私じゃなくて、あいつだと思うんですけど」
「別に、咎めてはいません。私はあなたが物騒なことをしでかさないよう引き止めているだけで。セルジュさんに対しては特に言うべき言葉はありませんが」
ダグがエリカの相手をしている隙に、俺はニケの隣に移動。
ニケが余計な邪魔をしないよう気を配る。
「あいつは……相応の罰を受けるべきよ」
「だからと言って、あなたが罰を下すべき、ということにはならないでしょう。唯一それを下せるのは犠牲になったシンクさんだけで、エリカさんは生きているんですから」
「だからアタシがするんじゃない。生き残った者の義務よ!」
エリカが叫んだ。
「それは何に対する義務ですか? 死んでしまったシンクさんですか? それとも、自分だけが生き残ってしまったという事実にですか?」
「両方よ!」
「違うでしょう。シンクさんを死なせて自分だけが生き残ってしまったという負い目に対して、義務なんて言葉を使って誤魔化しているだけでしょう。――あなたは自身のエゴから、セルジュさんを殺すと言った。そしてそれは、セルジュさんがあなた達にした行為と同じでは?」
「……」
ダグが言うと、エリカは黙った。
俺はそんな二人を眺める。
ダグが言っていることは正論の様だけど、それにしてもずいぶん辛辣な事を言う。
一人生き残ったエリカの気持ちはどうなる?
裏切ったセルジュには何もなしかよ?
俺の自分勝手な思いとしては、まあこれもダグの言うエゴなんだろうけど、エリカを味方してやりたい。
だからと言って、エリカがセルジュを殺すというのが頷き難いものであるのは確かだ。
「あなたがすべきことは、体を休めて、早く元気になることです。――残酷な様ですが、時間が癒すものもある」
「――ッ! アタシは! 今、何かをすべきなのよ! この気持ちを忘れないうちに何かをすべきなの!」
エリカが、ダグに掴みかかるかの様な勢いで叫ぶ。
それを見て、ユーノが泣き出した。
地面を見つめたまま涙を流し「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も謝罪する。
「だからそれは――」
「ダグ、やめとけよ」
俺はダグを止めた。
所詮。
エリカとユーノ、そしてセルジュの問題なのだ。
どこかで落とし所を見つけて彼らが自分で解決すべき問題で、関係者であっても当事者ではない俺たちが口をはさめることではない。
説得や慰めの言葉をいくらかけたとしても、本人たちが納得しなければ意味はないのだ。
「それで気が晴れるって言うなら、エゴでもなんでもいいじゃんか。貫き通せるんなら、他人に文句を言われる筋合いはないわな」
突然、ニケが言った。
俺がダグの方を向いている隙にニケは立ち上がり、そしてエリカの方へと歩いていく。
「俺は手を貸さないけど、お前がやるってんなら知らんぷりはしてやろう」
「……」
「でもまあ、そんなんしない方が良いに決まってるけどな」
「良い悪いの――問題じゃないのよ」
「ふうん。友達が死んだ負い目背負って、今度はそんな余計なもんまで背負うってのか。年不相応というか、ちっちぇえくせして頑張るのな」
「そうやって責めるけど――じゃあ、アタシはどうしたらいいのよ!?」
目に涙を溜めて、エリカが叫んだ。
「泣けば。泣いてもいいんだぜ、別に」
ニケが言う。
「――え?」
「めいっぱい泣いて、泣き疲れたら眠る。俺はそうした方がいいと思う」
「――泣いても、なんにもならない……」
エリカはどこか呆然としながらそう言った。
ニケの言葉に「なんにもならない」と拒絶したけれど、実際はどういう思いなんだろう。
事情を知った今だから不審に思うのだけど、エリカは俺たちと合流してから泣いていない。
親しい友達が死んでしまったのなら泣くのが当然なのに、今までずっと我慢していたのだろうか。それとも、エリカの中で何かが張り詰めていて、それが泣く事を許さなかったのか。
「たくさん泣いて、そんでいつか元気になるんだ」
「元気には、ならない……。なれない……」
「でも今は泣けるだろ? もう泣きそうじゃん。泣いちゃえって。俺の厚い胸板なら貸してやらんこともないぞ」
ニケは胸を張るようにして言う。
だがしかし、というか当然のことなんだけど今のニケには『厚い胸板』なんてものがあるはずもなく、ただデカイ乳があるだけだ。
「意味わかんない……」
「わかっとけ」
「――アタシは、何もできなかった。本当になにもできなかった。あいつは逃げろって叫んだのに、アタシはシンクを助けたかった。アタシにできることって何もないの? シンクの仇も討てないで、ただ泣くだけ?」
「わかったから。今は泣いとけ」
重ねてニケは言う。
「悲しかったら涙が出るのは、当たり前のことなんだから」
その言葉を受けて、エリカは目を見開く。
やっと、だろう。
小さく嗚咽しながら泣き出したエリカは、まるで感情を押し殺すかのような、とても悲痛な泣き方だった。
感想が目に浮かぶようだ……
次はギャグ回です。