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36 二人で訓練。(3)


 ニケは冒険者を襲うヒポグリフに接近。倒れている冒険者に当たらないように斧を横薙ぎに振るった。

 ヒポグリフは攻撃を察知し、冒険者を放ってニケから距離をとる。


「ニケ! 殺してはいけない!」


 アズリアが鋭く叫んだ。


「なんでだ!」

「ヒポグリフは王都の『守護聖獣』だ! 彼が王都周辺のモンスター達を抑え込んでいる!」


 討伐ではなく撃退しろとアズリアは言っている。

 しかし、ニケには手加減できる余裕はない。

 なにせニケが知らないモンスターだ。その強さは未知数で、もしかしたらニケに致命傷を与え得るほどのレベルかもしれない。


「却下だ。全力で行く!」


 ニケはアズリアの言葉を無視し、ヒポグリフと相対した。  

 仮にニケが倒された場合、アズリア一人では抗しきれないだろう。死なないまでも、ニケが戦えないほどの傷を受けた場合も同様だ。

 全力で挑んで確実に倒す。


「――ッ!」


 ニケはヒポグリフを一瞥し、すばやく観察。飛ばれたら厄介だと思ったニケは、先手を取るべく踏み出した。

 しかしニケが踏み込んだのと同時に、ヒポグリフもニケに向かって飛び込んできた。


「!?」


 ヒポグリフは翼を広げての大ジャンプ。低空飛行というよりは滑空といった形態だ。

 ニケはヒポグリフの飛行能力を警戒して突っ込んだのだが、ヒポグリフの巨体が縦方向に加えて横方向へも移動するとは思っていなかった。

 斧の攻撃を外し、その直後にヒポグリフがニケに向かって体ごと突っ込んでくる。


「くっそ!」


 ニケは斧を引きもどし、ヒポグリフと自身の間に挟み込んだ。

 斧の刃でヒポグリフの前足による一撃を防いだが、体重差によって地面に組み伏せられる。


『Gyaaa!』

 

 ヒポグリフが巨大な嘴でニケの顔を噛み砕こうとする。

 ニケは必死に顔を背け、ヒポグリフの顔めがけて拳を叩きこんだ。

 拳は正確にヒポグリフの側頭部を捉え、その巨体がよろめく。

 ニケはヒポグリフと自分の体の間に脚をすべり込ませ、ヒポグリフを思い切り蹴り上げる。

 武器を持たない接近戦での戦闘能力はヒカルに及ばないまでも、それでもニケは100レベルであり、身体能力が補正されている。ヒポグリフを大きく蹴り飛ばした。


「『霧弾!』」


 アズリアの援護だ。

 ヒポグリフがニケから離れたのと同時に、魔法が次々に命中する。

 ダメージはそれほど与えていないようだったが、攻撃を嫌ったヒポグリフがニケから離れ、今度はアズリアに向かって突進した。


「待てや!」


 ニケはすぐに起き上がり、ヒポグリフの後ろ足を掴んだ。

 力任せに引っ張ってバランスを崩し、その隙にヒポグリフの羽に組みつく。 


 短い攻防で、ニケはヒポグリフの攻撃力と防御力が大した脅威ではないことを見抜いた。

 しかし先ほどの移動には不意を突かれた。

 つまりヒポグリフの脅威は機動性で、特に翼による滑空移動だ。

 翼を失くしてしまえば危険度は下がる。


「おおッ!!」


 ニケはヒポグリフを足で踏みつけ、片手で翼の先端を掴んだままその根元に斧を叩きこんだ。


 バキン!  


 硬質な音を立ててヒポグリフの翼を断ち切り、さらに斧は体を半ばまで切り裂く。


『GYyyyAAAaaa!!』


 ヒポグリフの絶叫。


「っと!」


 翼を切り取られたことで、ニケの拘束から抜け出したヒポグリフが暴れる。

 飛行能力は奪ったが狂暴性は増した。

 危険度が本当に下がったか怪しいところだ。


「『氷槍アイシクル!』」


 ニケが怒りに狂ったヒポグリフの攻撃を避けつつ反撃していると、再度アズリアの援護魔法が行使された。

 霜が降りたように地面が凍りついていく。


「ちょっ……!」


 なにが起きるか咄嗟に理解したニケはバックステップで距離をとる。

 ヒポグリフはニケに追撃を仕掛けようとしたが、一瞬遅かった。

 突如現れた巨大な氷柱にヒポグリフの体の半分以上が飲みこまれて、その動きが強制的に止まる。

 

「アズっち! あぶねえだろ! オレの動きを読んだ上で狙ってやったならナイスアシストだけども!」

「ならナイスアシストの方だ」

「うっそお!?」


 どんな動体視力だ。

 本当ならばゲーム時代のヒカルや、ギルマスであるガゼルのプレイを彷彿とさせる。


「それよりニケ、退こう! 私の魔法ではいくらも足止め出来ない!」


 たしかにアズリアの攻撃では足止めは出来ない。

 なぜなら『氷槍』は高威力単体攻撃で、瞬間ダメージは大きいのだが効果は一瞬。対象を攻撃した氷柱はすぐに崩れる。

 氷の中に閉じ込めることでの足止めが長続きしないのは、これまでの訓練でもわかっていたことだ。


「いやでも……死んでんじゃねえ? これ」


 氷柱に埋もれているヒポグリフは、首をだらんと垂れ下げたまま動かない。


「……なんだと?」

「いやほら、動かねえしよ。――まあ、オレも結構攻撃当てたし、アズっちの魔法もあったからな。『氷槍』とか、割と大技なんだろ?」


 ニケがアズリアに振り向くと、アズリアは呆然としていた。

 ポカンと口を開け、自分が作り出した氷の塊をじっと見つめる


「いや……いやいや。『王都守護聖獣』だぞ? 今ので倒せるわけが――」


 アズリアにしてみれば、『聖獣』ヒポグリフは絶対強者だ。

 王国の建国史にも登場するし、昔話にも出てくる。アズリアも小さな頃から聞いていたので、物語の中のモンスターという認識がある。そして具体的な現実でも、彼らが王都周辺のモンスターを適度に間引いているおかげで人間は平和に暮らせいる。

 アズリアを含めた多くの人間にとってヒポグリフとは、倒す倒せるの次元のモンスターではなく、『聖獣』という象徴として存在するのみで実態を持たないモンスターであり、不滅の存在なのだ。


 しかしニケはそんなことは知らない。


 クエストモンスターはともかく、ニケは低レベルのフィールドモンスターなら大抵は一撃で倒せる。それを考えればヒポグリフはかなりの高レベルではあったが、100レベルの自分の攻撃を何度も喰らったのだから死ぬのも当然だと思えた。


「つっても、微動だにしねえしなあ」

 

 ニケが無防備にヒポグリフの顔へと手を伸ばした。




『――ッGYAAAAaaaaa!』




 突然の、ヒポグリフの咆哮。


「うわ!?」


 ニケは驚き、反射的に斧を振るった。



 ズバン! 



 と、斧はヒポグリフの首を切り落とした。




 ▼




「あ……」

「――ちょッ」


 ゴロゴロと転がるヒポグリフの頭を見て、アズリアが絶句する。 


「……」

「お、おい――ニケ……」

「……」


 何か大変なことをしてしまったということは、ニケにもわかる。

 それでどうなるのか、ということまではわからないが。


「首が……」


 呆けたようにアズリアが言い、地面に座りこんだ。

 やはり取り返しのつかないことをしてしまったのだ、とニケは思うものの、どうすべきかはわからない。 

 ただ、アズリアになにか言わなければならないと思った。


「いや、まあ。――良く考えりゃ、あと三匹はいるっぽいし、大した事でもないよな?」


 ニケは言った。


「えぇ!?」

「そんな大騒ぎするほどでもねえよな? あと三匹いるんだし」

大事おおごとだ……」

 

 前例はないが、ヒポグリフが殺されたと知れれば王国が動くだろう。

 軍か、もしかしたら騎士団が犯人探しに動くかもしれない。


「いやいやいや。まだ三匹はいる訳だし、今すぐどうなるってわけでもねえだろ」


 ニケが言うと、アズリアが考える仕草をした。

 アズリアにとってヒポグリフは実態を持たなかったモンスターだっただけに、死んでしまったことが大変な事態であることが理解できてもその実感が湧かない。


「――。まあ、それはそうだろうが……」

「だろ。――ってか、そういうことにしとこうぜ。ここで騒いでもどうにもならんわ」

「……そうだな」

「今は他にすべきことがある」

「うん?」


 首をかしげるアズリアに、ニケは言った。


「人命救助」


 ニケはヒポグリフの死体の向こう、地面に横たわる冒険者へと視線を向けた。

 

 手が変な方向に曲がっている女の冒険者と、体を食いちぎられた男の冒険者。

 

 彼らが生きているかはわからないが、彼らを助けるつもりでヒポグリフと戦った以上、なんとか生きていてほしいところだ。


「運ぶ前に一応、回復薬使ってみるか」

「……さすがに、あの様子では気おくれするな」

 

 歩きながら、アズリアは特に男の冒険者を見て言った。

 男の冒険者はヒポグリフによって上半身をあちこち食いちぎられていて、白い骨や内臓などが見え隠れしている。

 あまり物怖じしないアズリアだが、その光景には血の気が引いた。


「じゃ、アズっちは女子の方見てやってくれ。これ、回復薬な」

「うむ」


 ニケから回復薬を受け取り、アズリアは女の冒険者の方へと歩いて行った。


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