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35 二人で訓練。(2)


 悲鳴を聞いて、ニケは素早く反転。森の奥へ向けて駆けだした。

 慌ててアズリアもニケを追う。

 

「ニケ! 手助けしないのではなかったか!?」

「前言撤回! 女子は全力で助ける!」


 先ほど聞こえた悲鳴は女性のものだった。

 アズリアは上げていない。ということはアズリア以外の女子ということで、つまり女性の冒険者がいるのだ。


「わははっはははは! 最近はヒカルに妨害されてたからなぁ!? おい!」

「な、なにをだっ?」


 妨害されていたのはパンチラ観賞だ。

 実際には『PANTSer』の経営業務を放り出して通りに繰り出そうとするニケを、ヒカルが仕立屋と一緒になって引き止めていただけなのだが、ニケにとっては大事なライフワークを禁止されて日々鬱憤が溜まっていた。

 最近は遠征準備に忙しかったし。

 身近にいるアズリアはアンダースコート標準装備だ。

 それはそれで素晴らしいものなのだが、ここらでパンチラ成分を補給したい。


「アズっちィ! 良く見ておけよ! これがパンツァーの戦いだぜ!?」

「パンツァーってなんだ!」


 アズリアの言葉に、ニヤリとニケは笑った。 


「オレの背中を、見て学べ……!」




 ▼





 ニケが勢いで開店した店『PANTSer』を訪れた訪れた少女、エリカ。


 エリカは王都にある上級学校の生徒だ。


 上級学校とは12歳で卒業する幼年学校の次に入学する教育機関であり、そこでは中等教育と初期の高等教育を教え、さらに兵科まで備わっている。


 幼年学校は初等教育を教えている機関で、学費が無料。適正年齢に達した子供はほとんどが幼年学校へと通い、学校を卒業したものの大半は見習いとしてそれぞれの職業に就いて働き始める。


 上級学校を出れば国に役人として雇用されることも可能なため、上級学校への入学は一般階級の憧れだ。しかし上級学校では幼年学校では無料だった学費が必要で、その額も安くはない。さらに入学には幼年学校の校長の推薦が必要なので、通うことができる者は限られていた。


 つまり上級学校生とはエリート、またはエリート候補生の集団だ。


 特に上級学校での成績が優秀でありその推薦がある者は、王国の最高学府である魔法学院への進学も望むことが出来た。






「ハァッ――ハァッ――!」


    

 森を疾駆している冒険者の集団。


 その中にエリカがいた。


 エリカたちは上級学校の学生同士でパーティーを組み学校の課題のために森を探索していたのだが、その最中に遭遇したモンスターに敗れて敗走中だ。

 学校の兵科を通して基本的な実戦技術を身につけているものの、出会ったモンスターが強すぎた。

 出会ったのはヒポグリフ。

 鷲の頭と翼に馬の体。知能と気位が高く、『王都守護聖獣』とも呼ばれるヒポグリフの討伐はかなり高難易度だ。単体での高い戦闘能力に加えて短距離の飛行能力まで有しているため、一介の冒険者には荷が勝ちすぎる相手である。

 人々の羨望の対象である上級学校生も、戦闘能力に関しては駆け出し冒険者以下だ。 

 エリカたちの手に負えるはずもない。

 


「エリカ、シンクッ! 一回押し返すぞ!」


 リーダー格であるセルジュが走りながら言った。


「はあ!?」

「本気かよ!?」


 エリカとシンクは併走しながら答える。


「この速度じゃ追いつかれる。けどユーノはこれ以上ペースを上げられないから、どこかでぶつかるしかない!」

 

 ユーノはエリカ達のパーティーのメンバーで、魔術師だ。


 飛行能力をもつ相手に対抗するには遠距離での攻撃手段をもつ『魔術士』や『弓士』が必要だ。通常なら彼らを後衛に配置し、前衛にはエリカ達のような接近職が当たる。

 しかしヒポグリフとエリカたちの戦闘能力の差は隔絶していると言っていいほどで、そんな教科書的な戦術は通用しない。エリカたち前衛ではヒポグリフの攻撃を支えきれないし、ユーノの魔法もさして効果はなく、ほんの目くらまし程度だ。

 なので勝つためではなく、逃げるために魔術師が不可欠だった。


「――はっ――はっ、ごめ――」


 エリカの前を走っていたユーノが、体力を使い果たした青ざめた顔で謝った。

 それを見てとったシンクが叫ぶ。


「――わかった! オッケイ! 一回アイツ止めるぞ!」


 シンクは腰から幅広の剣を抜いた。


「えぇい! わかったわよ!」


 エリカもヤケクソ気味に叫び、背負っていた盾を持ち直した。

 攻撃役のシンクが行くとなれば、防御役であるエリカも出なければならない。ヒポグリフ相手ではエリカの防御技術はあってないようなものだが、それでもシンク一人で突っ込むよりはずっと良い。

 エリカとシンクは学校でもずっとコンビを組んでいて、互いに連携訓練をしている。その連携に縋るしかない。


「セルジュ! あんたカウントしなさいよ!」

「わかった。――カウントは3だ。3で俺たちが反転して攻撃。ユーノはその間に先行して、遠距離から攻撃してくれ。撤収の合図も頼む」

「うん――退くときは、『炎弾』を打つから……」

「タイミングはアイツが怯んだ時だ。それまで何とか持ちこたえるから、焦って打つなよ」

「わかった……」 

 

 よし、とセルジュは頷き、ユーノの背中を押しやって先行させた。

 エリカたちは幾分速度を落とし、ユーノの背を追う格好で走る。


「エリカが先頭で突っ込むぞ。――絶対に初撃だけは防いでくれ」

「わかったから、さっさとカウントしなさい!」

「よし。――1……、2……」


 3。

 セルジュが言って、エリカとシンクが同時に振り返った。


 すぐ向こう。

 20メートルほど距離を置いて、ヒポグリフ。

 障害物が多いために飛んでこそいないが、かなりの速度だ。


 ――近い、というか速い!!


 立ち止まったエリカたちと、走り寄るヒポグリフ。

 互いの距離はすぐに詰まり、ヒポグリフの狂暴なプレッシャーに曝されながらそれでもエリカは盾を構えて前進する。


「――ッ!」


 ドン!


 と、ヒポグリフと前足とエリカの盾がぶつかった。

 エリカは盾を肩に当て、さらには持っていた剣を放って両手を使ってまで防御姿勢をとったが、それでも体重と速度の勢いが上乗せされたヒポグリフの攻撃を受け切ることが出来なかった。

 鈍く重い衝撃を感じつつ、吹き飛ばされる。


 地面をバウンドし、何度も転がってやっと止まる。


「痛った……」

「エリカ!」


 シンクが叫んだ。

 吹き飛ばされたエリカと入れ違う形で、シンクはヒポグリフと向き合っている。


「――馬鹿シンク! 前!」


 シンクがエリカに気をとられた隙に、ヒポグリフがシンクに体当たりをした。

 剣で受けつつも力負けし、地面に押し倒される。

 そのままヒポグリフが噛みつこうとしたが、シンクは剣の刀身をヒポグリフの口に挟み込んだ。

 シンクは辛うじて、頭を食いちぎられることは免れる。


「――くッ」

 

 エリカは反射的に立ち上がり、盾を前面に出してヒポグリフに突っ込んだ。

 しかしその攻撃はヒポグリフにはじき返され、エリカはまたも地面を転がる。


「エリカッ! 逃げろッ!」


 シンクがヒポグリフに押し倒されたまま叫んだ。 


「ふ――ふっざけないでよ!」


 エリカは泣きながら叫ぶ。

 シンクが殺されてしまいそうで、エリカはパニックを起こしている。

 ただ盾だけを構え、遮二無二ヒポグリフに突っ込んだ。 


「馬鹿ッ、逃げろエリカ! 逃げろ逃げろッ! 逃げろ馬鹿エリカーッ!」


 シンクの絶叫。

 エリカはそれを聞きながらヒポグリフに突っ込み、今までにない強烈な衝撃に包まれた。


 ヒポグリフが前足を振るい、その攻撃がエリカを直撃したのだ。


 咄嗟に前に出した腕と、それでも庇いきれずに砕ける胸の骨の感触を感じながら、エリカは地面に倒れた。 


 その、視線の先。


 白い骨が突き出した自身の腕の向こうに――  



 セルジュの後ろ姿が見えた。




 ▼ 


 


「見つけたぜ!」


 草木を斧で切り払いながら走っていると、ニケは前方にモンスターと人影を見つけた。

 一人がモンスターに組み敷かれ、もう一人が盾を構えて体当たりをしている。

 盾を構えている方は服装で女の冒険者だと知れた。


「よし、バックを取るぞ」

「わかった。迂回して、モンスターを後ろから奇襲だな」

「ちげえよ。戦ってる連中のバックを取るんだよ。基本だろ?」

「……。??」


 アズリアが首をかしげた。


「まあ、戦えばわかる。行くぞ」


 ニケはアズリアに言い、身をかがめて進む。

 気配を消しつつ最速で接近しようとした時、女冒険者が吹き飛ばされ地面を転がった。  

 数メートルほど転がって地面に倒れた時、女の冒険者の手はあらぬ方向へと折れ曲がっていて、そして動かなくなった。


「ちょっ――」


 死んだのか?


 まさかこんな場面に出くわすとは、とニケは絶句

 さすがのニケでもぱんちらが吹き飛ぶ。


「あれは……」


 アズリアが追いつき、ニケの後ろに身をひそめながら言った。


「ありえない。ヒポグリフだ……。王都を守護する聖獣が、なぜ人を襲っている……」 

「ヒポグリフ? キメラじゃないのか?」


 ぱっと見で、ニケはモンスターをキメラだと思った。

 二メートル弱ほどの体高のモンスターは頭が鷲で体は馬。その組み合わせは正に合成獣キメラだろう。ヒポグリフというモンスターは覚えがない。


「キメラ? ――いや、あれはヒポグリフだ。王都の四方に棲みつき、人間を守護する聖獣と言われている。金貨の裏にも彫ってあっただろう?」

「ああ、そう言えば――」


 ニケはライオンだと思っていた。

 ちなみに銀貨にはユニコーンが彫られていて、銅貨や補助通貨にもそれぞれ『聖獣』が彫られている。 


「って、んなことより助けるぞ! さすがにほっとけねえ!」


 言って、ニケは駆けだした。

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