33 遠征の予行練習。
冒険に出るにあたり、いろいろ準備しておかなければならないことがある。
今回は街から街への移動ではなく、国境を越え、さらには未開の地へと入ろうというのだ。移動距離も長く、エルフの国へ行くだけでも2カ月の長旅になるらしい。その間には当然戦闘もあるだろうからその準備だって怠れない。
回復アイテム類の準備や、野営の練習。アズリアの個人練習に連携訓練など、することは山ほどあった。
もちろん、アズリアの両親への挨拶も忘れない。
ただこちらは後回しということになった。訪問は早い方がいいと思ったていたら、それをやんわりとアズリアが断ってきたからだ。同行するかどうかは両親の回答次第なのだけど、アズリアには説得する自信があるらしい。
なので旅の途中に寄ることになる。アズリアの実家もエルフの国も、王都から見ると北にあるので一緒に済ませてしまうつもり。
そう言うわけで、旅の準備を優先している。
今は冒険者ギルドの貸し倉庫で魔法の布袋のアイテム整理をしていた。
魔法の布袋は今回の冒険で使う大きな荷物を収納する予定だから、あらかじめ入っているアイテムを全て出してしまわないといけなかった。何せ出てくるアイテムはランダム。このまま使用すると、必要な時に目的のものが取り出せないのが目に見えている。
「ヒカル。これどこに置く?」
石壁に囲まれた貸し倉庫内。いくつか設置されている燭台の明かりを頼りに作業しながら、ニケが訊いてきた。
ニケは蒼い地金に金色の装飾が施された全身鎧を持っている。
「どっかその辺に積んどいて」
「わかった。――うりゃ!」
ぽい、と部屋の一角に築かれた装備品の山に向かって投げる。
ガシャガシャと山の一部が崩れた。
「ニケ、それは貴重なものだろう。もっと丁寧に扱った方がいい」
「けどよアズっち、俺たちには役に立たないもんだぜ。『守護騎士』の装備だもん」
「しかし、『称号持ち』でなくとも身につけることはできるだろう」
『称号持ち』はアズリアが作った単語だ。
ゲーム時代の『制圧者』、『狂戦士』などの二次職以上職業を指す。
この世界では職業の分類は大ざっぱで、どの職業も一次職4職のいずれかに振り分けられている。二次職以上であろう爺さんにしても『魔術師』を自認し、周りからもそう扱われていた。
俺たちの職業を説明したときにアズリアはなかなか理解できず、その名称を何らかの『称号』だと思ったらしい。以来『称号持ち』という単語で一次職と二次職を区別するようになった。
「いや、『称号持ち』じゃないとちゃんと装備できないよ。なんかの魔法付与が付いてたはずだから」
「これもなのか……」
最近検証作業を進めていて判明したことなのだけど、装備品の装備はゲーム時代の職業に関係なく出来るようになっていた。
ただ、付与効果は『適正レベル』と『職業系統』の条件を満たしていないとキチンと発動しない。適正レベルが足りないと効果は暴発し、レベルを満たしていても職業系統でなければ単に性能のよい装備品だ。
ただの高性能装備なら使い道がありそうだけど、装備判定は狭いながらも一定の範囲をカバーしているようで、そのせいで魔法付与付き高位装備品はめちゃくちゃ扱い難くなっている。
例えば、『魔術師』が『守護騎士』装備品を装備することは可能なのだけど、その効果までは発動しない。そしてその『魔術師』の近くに『剣士』系統職種がいればそちらが優先され装備判定が移る。判定が移って、もしレベルが足りていなければ付与効果が暴発。運が悪ければ周りにいる人も被害。
ダグを実験台にそういう事態を確認済みだし、思えば『死霊皇』もそうだった。
たとえ性能が良くても、そんな危険がある装備品では誰も装備しないだろう。
容易に売却するわけにもいかず、ああして山になっている。
「あ、やった。当たりだ」
ズルリと布袋の中から出てきたのは、豪奢な真っ白のドレス。
フリルがたくさんついたミニスカートというけしからんデザインの、女性専用装備品だ。
「アズリア、これもあげる」
「……遠慮しておく。もうそういう服はたくさんだ」
アズリアの足元には高位の魔術師装備のほかに、大量のネタ装備が畳まれている。
見つけるたびにアズリアにプレゼントしたものだ。
「一回着てみるだけでいいから」
「そういう態度が、もうたくさんなのだ。私は着せ替え人形ではないのだぞ」
「えぇー」
「今日だけで何回試着したと思っている……」
はあ、とアズリアはため息をついた。
確かに最近、カミラの代わりにアズリアを着せかえて遊んでいた。なんせ服屋を開いているし、アズリアは容姿も抜群。着せたい服はいくらでもあった。
でも、着たくないとはっきり拒否られちゃった。
あーあ。
飽きちゃったのだろうか。
「じゃ、しょうがないな。――ニケ、これもどっかに置いておいて」
俺はニケにドレスを渡した。
「ちょっと借りてもいいか? 工房に持って行って、同じようなデザインの服を量産させたい」
「いいけど」
「よーし。今度はミニスカワンピを流行らせよう」
「……試作品の試着会には呼べよ」
言いながら俺は布袋を漁る。
以前にしまってあったアズリアの私物を取り出すと、ようやく布袋は空になった。
「しゅーりょー」
ばさっと布袋を放る。
アズリアが空中で掴み取り、丁寧に畳んだ。
「結構あったな」
感心したようにニケが言った。
「だな」
貸し倉庫を見渡すと、おおよそ15メートル四方の空間が様々なもので埋まっている。
「やっぱ、いらんものが沢山あったな」
「いやいや、さすがはヒカルのファインプレイだぜ。こんなに水着を所有しているとは。ほとんど持ってたんじゃねえ?」
そう言ってニケは持参したバックに俺があげた水着を詰め込む。
「100レベクエのは、いくつか持ってない」
そこまで集める暇がなかった。なにせ土日しかプレイすることが出来なかったからな。
思いつつ、俺は改めて倉庫を見渡した。
さて、今度はこれをきちんと整理したいとこだけど。
「めんどくせー」
ほっとくか。
どうせ俺は使わないし。
「よし。終わろう終わろう」
スカートを払いながら俺は立ちあがった。
アズリアが言う。
「整理しなくていいのか? これではどこに何があるのかわからないぞ」
「いいって。俺は使わないし――使いたい他の誰かがやるだろ」
「他のだれかって?」
「ギルドのメンバーかな」
この貸倉庫は、『ノーブル・パンツァー・ソサエティ』名義で借りた。ギルドメンバーなら、自由に持ち出せる。
ギルド名義で倉庫を借りることは、ニケが店を開いた頃に思いついたものだ。
ニケにも会ったことだし、この世界に迷い込んでいるプレーヤーは複数いるはず。そしてプレーヤーなら俺たちと同じように、人が大勢いる街を目指す可能性が高い。
もし、王都へとやってきたプレーヤー中に他のギルドメンバーがいれば、いつかギルド名義で借りたこの倉庫にも気がつくだろう。
サニアには『PANTSer』という店もある。勘がいいメンバーはすぐにわかるはずだ。
その時、なんかの助けになればいいと思う。
「いろいろやんなきゃいけないこともあるし、帰ろうぜ」
俺は言って、さっさと倉庫を引き上げた。
後ろからついてきたアズリアが、おずおずと言った。
「ヒカル。この装備品、本当に貰って良かったのか?」
「いいんだって、アズっち。いちいち気にすんなよ。――でも、ちゃんと着るんだぞ。貰った服は、全部着ろ」
ニケがそう言った。
全くその通りだったので、俺は笑った。
▼
午後の速い時間に王都を出て、近くの森まで出かけた。
これはアズリアの戦闘訓練と、俺の野営練習のためだ。
アズリアは学院での実習以外ではモンスターと戦ったことがないということだったので、今回実戦を行ってもらう。ある程度の個人練習を積んだ上で、俺たちの連携訓練に入る予定だ。集団戦では自分が出来ることと出来ないことを見極め、それに則した行動をとることが重要なので、アズリアには自分がどれだけの技量を持っているかを徹底的に理解してもらい、そのうえで俺たちとの連携を学んでもらうつもりだ。
俺は俺で、野営の練習というものをしている。危険地域から走破してきたニケはともかく、俺は野営の準備をしたことがない。あちこち出歩いてはいるけど、それは日程の短いものだったり、多少無理をすれば近くの街に駆けこんで宿をとることが出来た。そして道中にキースやダグといった熟練の冒険者が同行していたこともある。野営するとなれば彼らに任せっぱなしで俺はその準備を手伝うくらいしかしてこなかった。
しかし、危険地域に行くとなれば野営の知識は必須だろう。誰かに任せっぱなしだといざという時に対処できない。全員が共有して学んでおくべきだった。
アズリアの訓練にはニケに同行してもらい、俺はダグと一緒にベースキャンプを張る。
二泊三日の日程の、いわば遠征だった。
「ヒカル、それはずるいです」
俺の後ろに立って、ダグが言った。
「え?」
今は夕食の準備中。
なんとか天幕を張り終わり、王都で買い集めておいた食料や水を魔法の布袋から取り出している最中だ。
「なんでさ」
「野宿で、こんな豪勢な料理がありますか?」
訊かれて、見下ろす。
調理した肉料理をメインに、パンや野菜、さらにはデザートまで用意してあった。
地面に直置きというのが残念だけど、まあ、文句をつけられるような品ではないわな。
「ふむ。ちょい張り切りすぎちゃったかな」
「ではなく。その布袋に頼る姿勢がいけません」
「あ、やっぱり?」
天幕を張って薪を集めるのに苦労して、あいにく夕食の食材までは調達できなかった。
急遽魔法の布袋の出番となったわけだけど、やっぱり駄目らしい。
「もしそれをなくしてしまったら、どうするつもりです」
「と言われてもな。食材を集められなかったんだし、しょうがなくない?」
「……そう言う時、冒険者はどうするか知っていますか?」
「携帯食で済ます」
「それはそうですけど……ヒカルみたいに食材が集められなかった者が、です」
ダグが言った。
集める方法ではなく、集められなかった場合の対処か。難しい。
少なくとも、合わせる顔はないよな。
そいつのせいで飯食えないんだもん。
「一つに、食事を摂ることができませんね。これは空腹時にパーティー内の雰囲気を悪くし、のちのちまで後を引く重大な問題を起こすことがあります。さらに、課された職務を全うできなかった責任があります。三つめを言うのなら、食事は翌日への備えと考え、その備えが不十分になってしまった責任もあります」
「責められることばっかか。フォローしてくれ」
「そうです」
ダグはポンと手を打った。
「仲間のフォローなくしては食事一つも満足にできないのが冒険です。これはいささかあざといのですが、食料を調達できなかったのなら仲間の擁護を期待した行動をとらなければなりません」
「ほう」
「もっとも、それを悟られてはならないのです。決して表に出さず、絶好の機会を捉えなければなりません。タイミングが悪ければ擁護してもらえませんからね。最低限払うべき注意とも言えます」
俺は頷く。
「そんで、どうすればいいの」
ダグは言った。
「一言、謝ります。精神誠意、申しわけないという気持ちを込めて。一言だけです。言い訳なんかはしてはいけませんよ」
「結局それかよ」
「重要なことです。うまくいけば事態の悪化は最小限で済むわけですから。食事が原因で諍いを起こし、それを戦闘まで引きずるというのは嫌でしょう?」
「……まあ」
確かに、そうだ。
空腹時にはただでさえイライラとするし、些細なことにも怒りやすくなる。
そういうのを何とか抑え込んで、少なくとも表面には出てこないようにするのが肝心なのだろう。
「もっとも」
「うん?」
「食材集めは複数人で分担しますからね。そうそう食いっぱぐれることはないのです」
そう言ってダグは天幕の裏へと回り込んだ。
数羽の野鳥をぶら下げて戻ってくる。
「ヒカルが食材探しに行っている間、私も調達しておきました」
「ダグ、おまえ――」
さすが現役の冒険者。
素人の俺が収穫なしなのを見越していたのか。
やるな。
「でももう夕食は準備したから、それいらないよ」
「そうなんですよね」
しょんぼりと肩を落とした。
「保存食とかにする?」
「では燻製にしましょう。作り方を知っていれば簡単です。覚えておきましょう」
「おー」
いいね。
野外で燻製作り。サバイバルってかアウトドアみたいだ。
「熟成とかどうなんの」
「明日食べるならそれほど味は変わりません。けど、普通の鶏肉とは違った風味を味わえるので美味しいですよ」
「よっし。早速作ろうぜ」
そう言って、俺は腕まくり。
ダグと一緒に焚き火を囲む石を組み始めた。